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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
37/240

三十七節、破魔一刀流の掟(中)

「お、お姉ちゃん!?」

バリアに閉じ込められたシンシアが声を上げる。

「ごめんね」

妹にひと言謝ってから、木刀を持ったリィンはダインの正面に立った。

「君の実力は私も気になってたところなんだよね」

一方的ともいえる試合運びを見たにも関わらず、リィンは笑顔だ。

「おい、誰か結界をもっと強化しろ!!」

ゲンサイが叫び、門下生の何人かが呪文を詠唱し、周囲の壁や床が眩しく光る。

その強化の度合いから見て、リィンはこの道場の中で誰よりも強いということがうかがい知れた。

門下生だけでなくゲンサイまでもが避難していく中、リィンは、「悪いね」、相変わらず笑顔のままダインに謝る。

「一応、うちの道場ってこの大陸の中じゃ一番強いってされてるから、面目を潰すわけにはいかないんだよ」

確かに、億戦不敗といわれるゲンサイの弟子たちがたった一人の学生に負けたとあれば、彼らの今後の生活にも影響が出てしまいそうだ。

「強けりゃ強いで色々あるんすね」

理解を示すダインに、「そうなんだよ」、リィンは可笑しそうに笑いながら木刀を構える。

「だから…」

笑顔が消え、ほぼ同時にリィンの姿も消える。

一瞬でダインの目の前に移動していた彼女は、下から彼を見上げつつ、

「ちょっと本気でいくね」

そういった。

次の瞬間、リィンとダインの間に凄まじい風が巻き起こる。

その中からカウントする間もないほどの、とてつもない打撃音が聞こえてきた。

ジェイドより段違いのスピードで斬撃を繰り出し、ガイーダよりも数百倍の威力はあろうかという剣撃だ。

剣捌きだけでなく足の運びも目に見えないほど速く、さらにダインの周囲で何度もワープを繰り返している。

高速詠唱での瞬間移動による、全方位からの目に見えないほどの連撃。

大退魔師として世界に名を馳せる彼女だからこそできる、超高難度の技だった。

嵐の中からは未だに凄まじい連撃音が聞こえてくる。

あまりの手数にさすがのダインも避けきれなかったようで、その全身にリィンの振るう木刀がめり込んでいった。

「だ、ダイン君!」

まるでダインだけがその凶暴な嵐に巻き込まれたように、体をくの字に曲げたり反り返ったりしている。

やがてより強い衝撃音が聞こえ、ダインは巨大な鉄球に撥ねられたように大きく後方へ飛ばされ、壁に背中を激突させた。

「お…おぉ、すげぇ…」

ダインは思わずいってしまう。

膝を崩しいまにも倒れそうになっている彼に向け、リィンは木刀を後ろに構え、居合い抜きのような体勢になっている。

その木刀は光を放ち、光がビームサーベルのように長く伸びていた。

「!? お、お姉ちゃん、駄目!!」

リィンが何をしようとしているのか察知したシンシアが叫ぶ。

だがリィンは構わずに、

「━━壊魔かいま

その瞬間、リィンを中心にして光が広がる。

一瞬周囲の結界が解けたように光を失い、その中でリィンが木刀を横に振った。

するとその長い光がレーザービームのように周囲を薙ぎ、一呼吸置いた後、その触れた場所から凄まじい爆発が巻き起こる。

大地が震え、強固なバリアは軋み、とてつもない爆裂音に門下生たちもゲンサイも、シンシアたちも全身を揺さぶられるような衝撃を感じた。

思わず目を閉じていた彼らが目を開けたときには、バリアには大きなヒビが入り、ダインが立っていた場所だけが道場ごと吹き飛ばされていた。

コの字型に残された道場は天井までも吹き飛ばされており、明るい空が見える。

足元には多数の木屑が転がっていて、その中で衣服をぼろぼろにさせたダインが立っていた。

彼は腕をクロスさせ、ガードしたまま固まっていて動かない。

壊魔━━

それは自身を中心に周囲の魔法効果を全て打ち消し、魔法力をエネルギーへ変換させたものを武器に宿し相手の生身へ打ち込むという、破魔一刀流の奥義の一つ。

これまでその奥義を受け耐えられた者はいないはずだが、直撃を受けたダインは立ったまま気絶しているように見えた。

「へー、これで倒れないなんてやっぱりすごいね君は」

消耗の激しい奥義を使ったにも関わらず、リィンは息一つ乱してない。

「じゃあ次はあまり手加減せずいってみようかな」

ダインは気を失ってるかもしれないのに、リィンは構わず再び奥義を使おうと木刀を構える。

一歩踏み出した瞬間だった。彼女の視界の隅に、何か光ったような気がした。

「え?」、と顔を向けたとき、目の前に光の柱が顔面に迫ってきていた。

「どわぁっ!?」

リィンは慌ててその光の柱を木刀で受け止めたが、受け止めた瞬間巨大な何かに激突されたかのように、全身が後方へ撥ね飛ばされる。

「っととと…」

バランスを保ちつつ前を見る。リィンが立っていた場所には、光る剣を握り締めたシンシアが立っていた。

「やめてって言ってるのに…どうしてこんなことするの」

聖剣ムンブルグを発現させた彼女は、そのまま姉のリィンを睨みつける。

シンシアは強固なバリアで隔離させていたはずだ。しかしそのバリアはいつの間にか破られており、そこからニーニアとティエリアも飛び出して大慌てでダインの元へ駆け寄っている。

「ダイン君は何も悪くないのに…何も悪いことしてないのに、こんな一方的に…」

シンシアの声が震えている。もう我慢ならないという表情だ。

「い、いえ」、リィンは突然の闖入者に驚きつつも弁明した。

「それはお父さんと話したでしょ? それに道場の名誉を守るために…」

「そんなことダイン君には全然関係ないことじゃないッ!!!!」

あまりの大声に、リィンはびくりと体を震わせてしまう。

「あ…あー、シンシア、いまはお前が出るときでは…」

ゲンサイは恐る恐る口を挟むが、「黙ってて」、有無を言わせぬ剣幕で、その父にもシンシアは睨みつけた。

「お父さんには後でちゃんと説明してもらうから」

あまりの気迫だったのか、向かうところ敵なしといわれたゲンサイですら息を呑んでしまう。

「こんなにぼろぼろになるまで痛めつけて…」

一瞬泣きそうな表情になっていたシンシアだが、次にリィンを睨む目には相当な怒りが込められていた。

「いくらお姉ちゃんでも許せない…許さない!!」

聖剣を構えたシンシアが一歩踏み込む。リィンまで数十メートルと距離があったはずだが、一秒の間もないほど瞬時にリィンの眼前にまで移動し、聖剣を振り下ろした。

「ちょ…!」

予想外の素早さに驚きつつ、リィンは咄嗟に木刀で攻撃を受け止めるが、聖剣と木刀がぶつかった瞬間また数メートルも弾き飛ばされる。

「うわぁ!?」

聖剣ムンブルグ。

魔法により作り出された聖剣だが、術者の聖力によってその強さは変化する。

シンシアがいま手にしているそれは相当な輝きを放っており、現実にあるかのように密度が濃い。

妹がこっそりと一人で特訓していたのを影で見てきたリィンだが、これほどまでに光り輝いているのは見たことが無かった。

軽く触れるだけで大きく吹き飛ばすほどの威力を持つ聖剣だ。

シンシアにこれほどまでの力があったことにリィンは驚いたが、同時に少し笑みを浮かべる。

「上手くいったね…」

誰に聞かれることも無く呟いた彼女は、すぐに口元を引き締め体勢を立て直す。

「お家の事情を分かってない妹には、少々のお仕置きが必要だね」

木刀を足元に置き、リィンは呪文を呟く。

突如としてシンシアの持つ聖剣以上の輝きを放つ剣が、リィンの目の前に出現した。

聖剣ミストルティンを握り締め、未だ睨みつけてくる妹にそれを突き出す。

「エーテライト道場の掟その六、試合を中断させた者には百叩きの罰を!」

高らかに宣言したリィンは、シンシアの後ろで座り込み、ニーニアとティエリアから介抱を受けているダインにちらりと目をやり、軽くウィンクさせた。

そしてすぐに表情を引き締めシンシアを見据える。

「大退魔師がどんな道を歩んでいるのか、片鱗だけでも味あわせてあげる」

「はぁッ!!」

シンシアが駆け出し、リィンは攻撃を聖剣で受け止める

聖剣と聖剣が交差し、その衝撃が波となって周囲の空気を振動させた。

巨大な鉄と鉄が激しくぶつかり合うような音が何度も聞こえ、同時にギャラリーを吹き飛ばすほどの衝撃波が波のように何度も襲いかかってくる。

「ば、バリアだ、もっと強固なものを張れ! 道場だけでなく家ごと吹き飛ばされる!!」

気を持ち直したグリードが慌てて声を上げる。

聖力魔法を使える門下生が一斉にシンシアとリィンの周囲にバリアを張り巡らせるが、彼女たちが聖剣で打ち合うたびにバリアにひび割れが生じ、簡単に砕けていく。

門下生たちからは何度も悲鳴が上がり、場は騒然としていた。

「こ…こんなはずではなかったのだが…だ、誰か、あれを止めてくれんか…」

この展開に一番ショックを受けているのはゲンサイのようだった。その厳つい顔つきに似合わずおろおろしている。もはや最初のような威厳さは無い。

シンシアとリィンは本当に仲の良い姉妹だった。なのに、いま目の前では本気の姉妹喧嘩をしている。

どちらも殺気立ったように聖剣を打ち付けあう姿は初めて見たので、さすがのゲンサイも動揺しているのだろう。

「ぐ、グリード、頼まれてくれんか」

「あ、あれをですか?」

グリードは思わず目を剥いた。

道場があった広場では、姉妹が未だに激しく打ち合っている。

剣を振るたびに凄まじい風圧が巻き起こり、二人の周りはまるで巨大な竜巻の中にいるようだ。

何度張られたか分からないバリアは未だに壊され続け、彼女たちの戦闘により地面の所々が大きくへこんでいる。

道場はもはや半壊状態で、ほとんどバリアの意味を成してないのでさらに破損が続く。

戦闘を続ける二人の間からは絶え間なく衝撃波がやってきており、近づくことさえ不可能に思える。


「っはー、やっぱすげぇのな」

門下生たちとは別の場所で姉妹喧嘩を見ていたダインは、再び感嘆の声を上げた。

「だ、ダインさん、大丈夫なのですか?」

回復魔法を使おうとしていたティエリアが驚いて尋ねる。

「ああ。あの人加減してくれたからさ」

ダインのその台詞が信じられなかったのか、ニーニアはダインの身体にどこか怪我はないかと彼の周囲を何度も回っている。

ダインは笑いながら「大丈夫だから」、とニーニアを落ち着かせ、未だに聖剣を交差させている姉妹を眺めながらいった。

「ここに来る前にさ、あの人に頼まれたんだよ」

「頼まれた?」

「ああ。シンシアの“ぶれ”を治すために一芝居うってくれないかってな」

「ぶれ…ですか?」

不思議そうにする二人に、ダインはかねてからシンシアに抱いていたある“迷い”を指摘した。

それはシンシアが破魔一刀流の型をサラの前で披露した時にまで遡る。

シンシアには迷いがある━━

何に対する迷いなのかはこれまで分からなかったのだが、リィンがこっそりとダインにだけ打ち明けてくれたのだった。


「あの子はね、優しすぎるんだよ」

父ゲンサイが所用から帰ってくるのを道場で待っている間、リィンがダインを離れの間へ連れ出しそう切り出してきたのだ。

「優しい?」

「うん。日課であるはずの、一日最低一匹はモンスターを倒さなければならないっていう決まりごとも、あの子はほとんどやってこなかった」

「そうなんすか?」

「相手が生き物である以上、命を奪うということに抵抗があるみたい。食べるわけでもないのに殺生する権利は、どの種族にもないんじゃないかってね」

いかにもシンシアらしい動機に、ダインは「らしいっすね」、と笑う。

「うん、シンシアらしい」、表情を柔らかくさせ微笑むリィンは、「でもそんなあの子は、私の背中…退魔師の道を目指そうとしている」、再び表情を険しいものに戻し、続けた。

「討伐対象にされるモンスターは軒並み凶暴で、これまでに何人もの命を奪ってきた殺戮者であることが多い。そんな相手にも、あの子が情けをかけてしまうようなことがあれば、それは自身の命すら危ぶまれるとても危険なことなの」

真剣に話すリィンは、純粋にシンシアの目指す将来を心配しているようだった。

「誰かの命を奪う剣術を邁進し続けても良いのか、本当に退魔師を目指しても良いのか。小さな頃から、あの子は迷い続けていたんだよ」

ようやくシンシアの迷いの形が見えてきたダインは、思わず「…そういうことか」、といってしまう。

「迷いを断ち切れるきっかけが、何でも良いからつかめないかなってずっと考えてたの」

「きっかけ?」

「そう。何も薄情になれといってるわけじゃない。優しいあの子のまま、退魔師を目指すならそれでも良い。何よりシンシアには素質がある。ひょっとすれば私以上にね」

意外に聞こえたダインは、「あるんすか?」、とつい尋ねてしまう。

「多分ね。門下生の誰もお父さんも、あの子自身でさえ気付いてないみたいだけど」

「へー」

「だから退魔師を目指すにしても目指さないにしても、そこに迷いの無いようにして欲しいって思ってるの」

「それで、俺にわざと負けろと?」

「うん」、頷くリィンに、ダインは「きっかけになりますかね?」、疑わしげに訊いた。

「俺が負けることと迷いが吹っ切れるきっかけは繋がってないように思うんすけど…」

「気付いてるかどうか分からないけど、シンシアはダイン君のこと相当気に入ってるよ。大切な人とすら思ってるかもしれない」

面と向かっていわれてしまい、ダインは「あ、あー、どうなんすかね」、思わず照れたようにいってしまう。

彼の態度に笑いながら、リィンは「それだけ大切に思ってる人が、例え身内でもぞんざいに扱われたら誰だって怒るよね」、意味ありげに微笑む。

「つまりシンシアをキレさせたいと?」

「優しいあの子だから、これまで怒ったところは一度も見たことがないんだよ」

そのリィンの台詞にこそダインには意外に聞こえた。

「学校じゃ割りとよく怒ってる気がするんすけど…」

「うん、色々聞いてる。でも家の中ではほんとあの子穏やかでね、最初に聞いたときはびっくりしたよ」

彼女はさらに続けた。

「学校で怒っていた理由も聞いたけど、その全てはほとんどがダイン君絡みだった。だから今回君に依頼したんだよ」

そこでようやくリィンの狙いが見えてきたダインは、あー、と声を出してしまう。

「滅多に出さない感情に支配されれば、迷いを断ち切るきっかけの一つになるんじゃないかなってね。ちょっと危険な賭けなんだけど」

「危険っすか?」

「危険だよ。妹にだけは嫌われたくないもの」

そういえばリィンはしきりにシンシアを抱きしめていた。彼女もブラコンの気が少々あるのかも知れない。

「小さい頃から、私の後ろをお姉ちゃん、お姉ちゃんってついてきてね。ほんっとーに可愛いんだよ。昔もいまもね」

「はは、分かりますけど」

「そもそも私が退魔師になったきっかけも、あの子がモンスター図鑑を見て怖いっていってたからなんだ。これは内緒ね」

リィンは人差し指を立て、ダインにウィンクしてみせる。

「ということで、頼まれてくれるかな?」

「シンシアのためになるならいいっすよ」

ダインは笑顔で了承した。彼があまり考えず返事したことに、「本当に?」、リィンは驚いた様子でいう。

「お父さんも門下生の人たちも何も知らないから、あっちは割りと本気でやってくると思うけど…。それに成り行き次第では私も出ることがあるかもしれないよ?」

つまりこてんぱんにするかもしれないが、それでも良いのかと聞いているのだろう。

「あいつには世話になってますから」、ダインは笑顔を崩さずいった。「恩を返せる機会があるのなら、乗っからない手は無いっすよ」

「ほー? ひょっとして、ダイン君もシンシアのことは大切に思ってたり?」

からかうような口調でいうが、ダインは笑ったまま頷いた。

年頃の男子みたく照れたり反論してくると思っていたリィンは、その素直な反応に目をぱちくりさせる。

「あいつをずっと笑顔のままでいさせたいって程度には大切に思ってますよ」

「んー、それって大切度合いは結構上の方なんじゃないかな」

「まぁ、そうっすね」、ダインは素直に認めた上で続ける。「学校にいられるのはあいつのおかげだといっても良いほど、シンシアにはマジで世話になってますから。あいつのためになるのなら、多少の無理は承知の上っすよ」

それを聞いたリィンは、「あはは!」、面白そうに、嬉しそうに笑った。

「ダイン君のこと、お父さんがちゃんと知っていたら、こんなことにならなかったと思うんだけどなぁ」

リィンが笑っているのを眺めながら、ダインはふと今回道場に呼ばれたそもそもの原因が、姉の告げ口であることを思い出す。

「あのー、まさかとは思うんですが」

「うん?」

「今回のことって、全てリィンさんが仕組んでいたことだったりします?」

リィンは一瞬きょとんとした顔をダインに向ける。

が、次に浮べたのは何とも小悪魔らしい、悪戯っぽい笑顔だった。

「さぁ、何のことかなー?」

そこで全てを理解したダインは、同じように笑いながら口を開く。

「親父さんもなかなか苦労してそうっすね」

「あはは。そうかもね?」

リィンは、これから起こることを予見しているのか、ずっと楽しそうに笑っていた。


「そ、そのようなことが…一方的でしたから、おかしいとは思っていたのです」

ダインから一通り筋書きを聞いたティエリアは、連撃戦で手を出そうとしなかったダインの行動に理解を示す。

「で、でも、すごいボロボロだよ…」

ニーニアはいまだに心配そうにダインの身体を見ていた。

服は所々破けており、肌にも焦げたような跡がある。確かに一般人であれば、病院送りほどのダメージを負っていただろう。

「本当に無傷だから大丈夫だって」

ダインは再び笑いながらニーニアの肩を掴み、落ち着かせた。「ちゃんと手加減してくれたんだし、それにシンシアが習う破魔一刀流がどんなもんか見たかったのもあるしさ」

ダインが話している間にも、前方ではまだ姉妹喧嘩は続いている。

始めこそ同等の衝突音や動きを見せていた二人だが、徐々に変化が出てきた。

どうもシンシアが押され気味のようだ。攻撃よりも防御することの方が多くなってきており、息が上がっているのが見て分かる。

創造魔法は、発現させている間に聖力を使う。

特に強力な聖剣ともなれば聖力の消費も著しいはずで、それを振り回し続けるため体力もかなり必要になってくる。

「はぁ、はぁ、はぁ…!」

「もう終わりかな」

シンシア以上に体力も聖力も消費しているはずのリィンは、涼しげな表情のままいった。

対するシンシアは地面に聖剣を突き立て、それに寄りかかるようにしたまま肩を上下させている。

「じゃあそろそろ大人しくなってもらおうか」

リィンはそのまま聖剣を掲げる。何か大技でも放つつもりなのだろう。

「頑張った方だよ、うん」、とどめの一撃を放つ前に、リィンはそういってシンシアに笑いかけた。「これだけ動けるなんて、周りのみんなもびっくりしてるんじゃないかな」

確かにリィンの言う通り、門下生たちやゲンサイは驚いた顔をしている。

家でのシンシアは門下生たちのために弁当を作ったり掃除や洗濯をしたり、家庭的な面しか見せてこなかった。

門下生たちはすっかりシンシアは保母さんや料理人を目指しているんだとばかり思い込んでいたので、シンシアがこれほどまで強かったというのは驚きでしかない。

影で人知れず剣の修行に打ち込んでいたのは、姉のリィン以外知る者はいなかったのだ。

「お疲れ様。シンシアの強さはもう十分伝わったよ。だから…」

リィンの持つ聖剣が突如巨大化する。

無数の矢へと姿を変え、彼女の背後で扇のように広がって先端がシンシアへ一斉に向けられた。

「もう休んで良いよ」

それも破魔一刀流の奥義なのだろうか。

何百もの矢が一斉にシンシアに放たれる。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

聖剣に寄りかかり、未だに呼吸を整えていたシンシア。

疲労困憊の目に無数の矢が迫ってきたのが映し出されたが、彼女は歯を食いしばり聖剣を構えた。

「誰にも…傷つけさせない…」

震える口で呟く。

「うん?」

「ダイン君は、誰にも傷つけさせないッッ!!!」

突然、彼女の全身が眩しく光る。

その足元に一瞬魔法陣のようなものが浮かび上がり、すぐに消えた。

そしてガラスの割れるような音がし、同時にシンシアへ向かっていたはずの矢が光を失いそのまま消滅していく。

「ッ!? あれは…!?」

ゲンサイが何事か立ち上がるが、リィンは「え? あれ?」、不思議そうな表情を浮かべていた。

「な、何で消え…あれ?」

「はああああぁぁぁッ!!」

戸惑うリィンに向け、シンシアは地面に聖剣を突き立て、大地ごとひっくり返すかのように振り上げる。

「ちょ…!!」

リィンが立っている地面一帯が光を放ち、間欠泉が噴出したかのように光の衝撃波が地面から上空へ放たれた。

凄まじい爆発音と共に周囲が大きく揺れ、光の大噴火が次々と巻き起こる。

あまりの音と眩しさに、ダインの隣にいたニーニアとティエリアが短く悲鳴を上げながら、思わずダインに抱きついている。

門下生の連中も口をあんぐり開けたまま固まっており、目が見開かれたまま銅像のように動かない。

庭の木々に止まっていた鳥たちが一斉に逃げ出していき、門壁の外にいた通行人がとてつもない衝撃音にびっくりしている間に光は収まった。

リィンが立っていたはずの場所は、巨大なクレーターが出来上がっている。

「はぁ、はぁ、はぁ…」

大技を使ったシンシアはもはや立っていることすら辛そうで、聖剣が霧散すると同時にふらりと身体が揺れる。

後ろに倒れそうになったところで、何も無い空間からリィンが現れその体を抱きとめた。

「っとと…」

シンシアはそれきり動かない。聖力を使い果たし体力も限界を超え、いよいよ気を失ってしまったのだろう。

姉妹喧嘩はようやく終わりを迎えたが、しばらく誰も反応できない。

すっかり静まり返ってしまった中、「あ、あんな大技すらあの人はかわすのか…」、門下生の中から驚くような声がする。

シンシアの強さは予想外だった。だがそれ以上にリィンの強さに驚いていたのだ。

「小転移魔法、ですね…」、ティエリアがこそっと耳打ちする。「かなりの高難度の魔法なのですが、あのように連続して使える方は見たことがありません…」

剣の才能に魔法の才能。稀代の大退魔師というのは伊達ではなさそうだ。

「お父さん、今日はもうこれぐらいにした方が良いよ」

シンシアを抱えつつリィンはゲンサイにいった。「これ以上続けると、シンシアが何をするか分からないよ?」

「あ、ああ、いや、うむ…そう、であるな…」

確かにシンシアのあの怒り方は凄まじかった。道場も大破してしまったし、規格外な姉妹喧嘩を見せ付けられた手前、門下生たちもすっかり意気消沈してしまっている。

玄関戸から激しく叩く音がする。

騒ぎを聞きつけたガーゴ関係者か誰かが詳細を聞きにやってきたのだろう。

もはや連撃戦を続ける空気では完全になくなってしまい、ダイン達はそのまま帰らされることになってしまった。



「せっかく来てもらったのに、こんなことに巻き込んじゃってごめんね」

城下町の入り口まで見送りに来てくれたリィンが、笑顔のままダイン達にそう詫びた。

気付けば結構な時間が過ぎていたらしい。空はいつの間にか赤く染まっている。

「あの、シンシアさんは大丈夫なのでしょうか…?」

ニーニアもティエリアも未だにシンシアのことを心配していたようで、そんな彼女たちにリィンは「一日寝れば完治するよ」、と安心させる。

「本当は城下町を案内したり、ヒューマ族の基本的な料理とか振舞いたかったんだけどね。シンシアもその気だったようだけど」

そう話すリィンは、やりすぎたと少し反省しているような表情だ。「道場が大破したのは予想外だったよ」

壊れてしまった道場の修繕。詳細を求めるガーゴへの説明。ゲンサイはいまも苦心しているらしい。

思わぬ形で今回の訪問は終了となったわけだが、これで良かったのかどうかは誰にも分からない。

結局ゲンサイの疑いは晴れたかどうか疑わしいし、いまもまだダインのことは良く思ってないかもしれない。

シンシアにとってもこの結果は決して納得できるものじゃないはずだ。

「この埋め合わせは後日ちゃんとするから、許してね?」

リィンだけは飄々とした様子だが、ある意味今回の首謀者である彼女なのだから、うまく取りまとめてくれるだろう。

ボロボロだったダインの服も道すがら新しい服を買ってきてくれたし、一応悪いとは思っているらしい。

「あの、リィンさん」

ニーニアがリィンに向き直る。「ん?」、という彼女に、ニーニアはカバンから小物を取り出した。

「これ、シンシアちゃんの寝室に置いておいてください。治癒力を高める効果がある香炉です」

それは子豚をモチーフにした、なんとも可愛らしいデザインの香炉だ。

「あ、かわいー、ありがと」

リィンは笑ってそれを受け取り、改めてダインに顔を向けた。

「それにしてもダイン君は本当に未知数だね」

そんなことを言い出す。

「未知数っすか?」

「そうだよ。だってあの技受けて倒れなかったの君が初めてだよ」

数時間前のことを思い出したのか、驚いたように話す彼女に、ダインは「いや、手加減してくれたでしょ」、と返した。

「いやぁ、でも君がそんなに手加減しなくていいっていうから、本当に少しだけ本気であの技使ったんだけどなぁ」

奥義を受けて気を失ったように立っていたダインは、結局は演技だった。

つまり彼はほとんどがノーダメージだったのだ。そのことがリィンにとっては信じられないのだろう。

「まぁ、ちょっと特殊な鍛え方をしてるもんで」

ダインは笑いながら続ける。「でもあの技は派手でかっこよかったっすね。速さも威力もある。噂とかって大体真実と違うものが多いはずだけど、リィンさんに限っては全部噂どおりっぽいっすね」

「いやいや」、照れたように謙遜するリィンを、「他の方々もあのような技を?」、やや興奮気味に訊いたのはティエリアだ。

「あれはさすがに誰でもってわけにはいかないよ」、リィンは笑顔のまま語る。

「一応、破魔一刀流の奥義は一子相伝ってことになってるから、使えるのはいまのところお父さんと私だけだよ。それにあの技は創造魔法の力も少し使うし」

「あ、聖剣もすごかったです…振るだけであんな風圧が出せるなんて」、聖剣のことを思い出したのか、ティエリア以上に興奮した様子のニーニアがいった。

「私のところで作った武器でも、あれほどの威力を持つものはなかったはずだし…」

「まぁ聖剣といっても創造魔法だから、現実にあるものじゃないんだけどね。それに誰にでも出せるものでもないし」

「あれ、そうなんすか?」

魔法に詳しくないダインは素直に驚く。

光魔法を使えるなら誰にでもできるものだと思っていた。

「話すと長くなるし、講義くさくなるから細かいことは省くけど、聖剣を創り出せるのもある意味血筋みたいなものだからね」

どういうことだとダインが思っていると、「確かにそうですね」、ティエリアが補足を始める。

「創造魔法は数多ある光魔法の中でも最上位に近いとされています。才能はもちろんのこと、聖力の高い血筋もあって初めて使える魔法なのです」

「へー。じゃあエーテライト家っつーのは、代々聖力の高い一族だったんすね」

興味ありげにダインがいうと、リィンは「昔は聖力が薄くて名の知れてない一族だったらしいよ」、とエーテライト家の過去を少しだけ話してくれた。

「でもあるとき、うちの祖先にエレンディアの証が出たことがあってね、タイミングがよかったのか相性がよかったのか、覚醒にまで至ることが出来て、その後は覚醒した高聖力が血筋となって私たちの世代にまで受け継ぐことができたらしいんだよ」

「す、すごいですね、覚醒まで至るとは…」

ティエリアはまた驚いているが、エレンディアの証の仕組みがよく分かってないダインとニーニアは首をかしげる。

そんな彼らに、ティエリアはゆっくりとした口調で説明を始めてくれた。

「血筋や種族関係なく証が現れることはよくあるのですが、魔法力の低い一族に現れたこともあれば魔法が苦手な一族に現れたこともよくあり、これまで覚醒に至ったケースは少ないとされています」

証にランダム性があるのは以前に聞いたことがある。

「証を持ってても覚醒しなけりゃそんなに影響ないんだな」

そういえばユーテリア先輩も証を持っていたはず。しかしそこまで騒がれてないのは、やはり覚醒に至ってないからだろう。

「覚醒に至るきっかけは様々なのですが、一般的には潜在能力の高さが引き金になっているといわれています。そして一度覚醒すれば、ゴッド族に匹敵する力を得られるとか」

そういってから、彼女は再び驚いた顔でリィンを見る。「ですが、その覚醒した力が証の無い世代にまで影響を及ぼすというのは初めて知りましたが」

「それも稀なケースらしいけどね」、リィンが答える。「でもおかげでお父さんは大陸最強だといわれて道場も持てて、門下生の人たちも沢山来てくれたから安定した生活を送れてるんだけどね」

「聖剣を扱えるっていうのは、それだけで神聖視されてそうっすからね」

ダインはこれまでいろんな国を回りいろんな種族を見てきたが、ティエリアが言うように創造魔法を使っている種族は見たことがない。それこそ聖剣だなんてシンシアに出会うまでは存在すら知らなかった。

「初めの頃はややこしいこととかあったんじゃないすか?」

尋ねるダインに、「まぁそうだねぇ」、リィンは思い出しながら笑う。

「一時期は信仰されていたこともあったらしいし、そのせいで破魔一刀流が宗教だと信じられていたこともあったらしいよ。まんざらでもなかったお父さんがそれに尾ひれをつけて厳格化したルールを作ったから、いまみたいな変に堅苦しい流派になっちゃったんだよね。お父さんは昔は結構な荒くれ者だったのに」

意外な情報だった。

「どういうことっすか?」、これまた興味津々とした様子でダインが聞くと、リィンは「お父さんにとっては恥ずかしい過去らしいから黙ってて欲しいんだけど」、と前置きして話し出す。

「若い頃のお父さんは強さのみを求め続ける、“シュラ”みたいな人だったらしいよ」

そのときダイン達の脳裏に浮かんだのは、ゲンサイの厳つい外見に厳つい体格だ。

道着姿だったが、その下には相当な筋肉が詰め込まれているのは容易に想像できるほどの大きな図体をしていた。

「強い人がいるって聞けば、どこまで遠くても手合わせに行ってたりしてね。自分を鍛えることしか頭に無かったんだって。お母さんから聞いた話だけど」

「た、確かに強い人だっていうのは見て分かりました」

ニーニアがいうと、リィンは頷いた。

「強いよお父さんは。過去に不慮の事故で回復できないレベルでの傷を足に負っちゃったらしいけど、それでも未だに大陸最強の座は守られてるからねぇ」

そう話すリィンはどこか誇らしげで、頭の固い父親だが彼に対し尊敬の念はあるのだということは窺い知れた。

「事故がなくてまだ独身のままだったら、この大陸だけじゃなくて世界中で名を馳せていたかもしれないよ」

大退魔師であるリィンがそこまでいうのだ。ゲンサイの実力のほどは分からないが、強いというのは確かなのだろう。

「強さに種族は関係無いということですね」

締めるようにティエリアがいったところで、ダインは「あっ!!」、思わず声を上げてしまう。

何事かと彼女たちの視線を感じつつ、「書物…」、その呟きにティエリアとニーニアも同じ事を思い出し、「ああっ!?」、同時に声を上げてしまった。

「そ、そうでした、そちらの目的もあるのでした…!」

そう、ルシラの種族を調べるためにも、エーテライト家が管理しているという『全人網羅の書』、それをどうにか見せてもらおうと考えていたのだ。

道場に着いた途端門下生たちの緊張感やリィンの話を聞くうちに、そのことをすっかり忘れてしまっていた。

「あー、そうだったね」、シンシアから事情を聞いていたらしいリィンも失敗したとばかりに頭をかく。

「全人網羅の書でしょ? あの本はお父さんが所有権を持っているから、お父さんの承認が無いと難しいんだよね。勝手に持ち出すと厳罰だし、そもそも道場が大破しててお願いできる状況じゃないしなぁ…」

その言葉に、ダイン達全員が「確かに」、と呟いてしまう。

「まぁ、今回はほぼシンシアのための訪問だったから、次機会があればまた頼んでみますよ」、と、ダイン。

「うん。今回のお詫びも兼ねて、私からもお願いしてみるね」

そういったところでリィンはダイン達に手を振り、来た道を戻っていった。

リィンの姿が雑踏で見えなくなってから、「俺らも帰るか」、ダインがいうと、「あ…うん」、やや微妙そうにニーニアが頷く。

二人はどことなく残念そうな表情をしている。その視線は各々が持つカバンに向けられている。

そういえばシンシアは、今日ダイン達を迎え入れるつもりだったのだ。

誤解は早々に解いて、町を案内したりショッピングを楽しみたかったはず。

ティエリアとニーニアもそのつもりで来ていたらしいし、そのための準備もしていたのだろう。

以前ダインの家に招いたときとは別の格好だが、それでも可愛らしい服装に身を包む彼女たちを見ながら、ダインは「ちょっと散策しようか」、城下町の入り口から見える森を指差しいった。

「せっかくの休日なんだ。シンシアには悪いけど、少しは休日らしいことしようぜ」

「うん!」

「はい!」

ニーニアもティエリアもほぼ即答だった。



普段シンシアの家に遊びに行ったニーニアが、帰りしなにいつもその森で素材を収集しているらしい。

花やキノコを嬉しそうに籠に詰めていくニーニアを眺めながら、ダインとティエリアは切り株に腰を下ろした。

「適当に切り上げて戻ってこいよ」

ニーニアにそう声をかけつつ、彼女たちが作ってきてくれたお菓子を大きな切り株に並べていく。

「結局、誤解は解けたのでしょうか…」

甘いお菓子を口にして早速、ティエリアはため息を吐いた。

「解けるどころか深まっちまったかもなぁ」

ダインは紅茶を飲みながら夕暮れの空を見上げる。

恋愛関係に発展する可能性をゲンサイに聞かれ、なくはないと答えたダイン。

誤解というより、事実となってしまったのではないだろうか。

ゲンサイの胸中は察して余りあるばかりだが、同様にティエリアにとっても忘れられない台詞だったのだ。

「あの…あのときの台詞は…どのようなお気持ちで…その…」

気にするあまりか、つい尋ねてしまう。

ダインも同じことを思い出していたようで、しかし変にうろたえもせず、「可能性はなくはないといったまでだよ」、正直に胸の内を告白した。

「可愛くて性格も良いんなら、惚れない奴はそんなにいないだろ? 俺だって例外じゃないってことをいいたかったんだよ」

「あ…そ、そうですか…そうですよね…」

ティエリアはどこか落ち込んだ様子だ。「確かにシンシアさんは良い方ですから…私ともお友達になってくれましたし…」

そうぶつぶつ呟く彼女に、「いや、それは先輩にもいえることなんだけど」、ダインは笑いながらいう。

「え?」

「何度もいったと思うけど、先輩だって可愛いし性格も良い。笑顔見てると癒やされる。好きになる可能性でいえば、先輩だって同じぐらいあるよ。もちろんニーニアだってそうだ」

そこでニーニアの身体が震えた。素材収集しておきながら、ダイン達の会話はちゃっかり聞いていたらしい。

背中越しでも恥ずかしそうにしているのが分かったダインは、笑顔のまま続けた。

「まぁこんなこといってる俺の方こそ、好きになってくれる可能性があるのかどうか怪しいもんだけどさ」

「そ、そのようなことは…な、ない、ですよ…」

小さな声に、「そうかぁ?」、ダインは大げさに笑ってみせる。

「友達はそんなにいないしこんな見てくれだし、これといった取り得もないぞ?」

好きになる可能性があるかないかの話で、ティエリアは自虐するダインにそんなことはないと首を振ってみせる。

「取り得なんて…わ、私もありませんし、外見の話をするのでしたら、その…ダインさんは、とても男らしい方だと、思い…ますし…」

そう説明しながら、ティエリアは気付いてしまった。

もうこれは半分告白してしまっているのではないだろうか、と。

続きを口ごもってしまっていると、お菓子が残り少なかったことに気付いたダインがニーニアを呼んだ。

「もう暗くなるし、その辺にしとけ。俺もいくつか作ってきたんだしさ」

「う、うん」

ニーニアがカップケーキを取ろうとしたところで、ダインはその手を掴む。

「汚れてるよ」

カバンからウェットティッシュを取り出し、土や枝葉にまみれたニーニアの手を拭いていく。

「も、もう、そういうのは私がするよ」

早速世話好きなドワ族のプライドを滲ませる彼女だが、ダインは笑いながら彼女の手を拭き続け綺麗にした。

再びカップケーキを手に取り口に含んだ彼女は、「美味しい」、と呟く。

「だろ? 今日のは上手くいったと思うんだ」

そういって歯を見せて笑うダインの顔は、ティエリアやニーニアにとってはとびきりの笑顔に映った。

何より、優しいから…。

ダインの良いところというより、好きになった理由をいいそうになったティエリアは、慌てて口をつぐむ。

「ほら、先輩も食べてみてくれよ」

ジッと見つめていた彼の横顔がこちらに振られたので、思わずどきりとしながらティエリアもカップケーキを口に運ぶ。

「お、美味しいです」

「よかった。飲み物も持ってきたんだ。よかったらこれも飲んでみてくれ」

それからしばらく、彼らは学校での話や食べ物談義で盛り上がる。

道場の剣呑な空気とは一変して、穏やかな時間が過ぎていった。


平和な時間というものはあっという間で、空も暗くなり始めたのでダイン達は森の外に出て、ティエリアとニーニアが魔法で帰還するのを見送った。

一人きりになった中、ダインは携帯でこれから帰るというメールをサラ宛に送信し、帰り道を思い出しながら準備運動する。

屈伸をしつつ大地を踏みしめ、駆け出そうとしたときだった。

「━━待たれよ」

背後から声をかけられ振り向くと、そこには意外すぎる人物が立っていた。

それは、シンシアの父。ゲンサイだった。

たった一人、夜空で薄暗い中、巨体に刺々しいオーラを放っていた彼はいう。

「不完全燃焼なまま終わりたくないのでな」

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