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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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三十六節、破魔一刀流の掟(上)

名門、破魔一刀流の師範代、ゲンサイ・エーテライトの弟子であるヒューマ族の男、グリードは、道場に向かうまでの道すがら、いつもとは別のルートを通っていた。

最近モンスターが増えてきて入りづらくなったという報告どおり、森の中は凶暴なモンスターが多数いる。

注意書きを見ずに山菜採りへ向かっていたのか、グリードの前方では巨大なイノシシに襲われそうになっている二人の子供がいた。

一本の短い棒切れを手に、男の子は恐怖に座り込んで泣きじゃくっている女の子を守るようにして立っている。

「このっ…! く、来るな…来るなよ…!」

男の子はぶんぶんと棒切れを振り回すものの、モンスターは全く意に介さない。

それどころか活きの良い食べ物が見つかったといわんばかりに、鼻息を荒くさせている。

グリードが剣を構え自己強化の魔法を使っている間に、モンスターは子供たちに向け突進を始めていた。

「う、うわあああぁぁぁ!!」

この距離から走ったのでは間に合わない。

咄嗟の判断でグリードは携えていた剣を思い切り振るう。

すると空圧波が発生し、カマイタチとなって目にも止まらぬスピードでイノシシに向かい、その巨体を瞬時に真っ二つに切り裂いた。

モンスターは悲鳴を上げながら自身の血で全身が真っ赤に染め上がっていき、そのまま息絶える。

何が起こっていたのかと固まっていた子供たちの元へ、剣を鞘に収めつつグリードは走っていった。

「大丈夫か」

「あ…ぐ、グリード兄ちゃん…」

男の子はグリードのことを知っていたようで、彼もまたその少年が馴染みの店の子供だと気付く。

「山菜を採りに来ていたのか? お前たちだけで」

「う、うん。食材が切れそうだったから…ここでしか取れない山菜が必要だって聞いて…」

どうやら親に黙って森にやってきたらしい。

「そうか…」

見た目に好青年な印象を受けるグリードは、その整った顔に安堵した表情を浮かべる。

「家族のためにと動くその優しさと、モンスターに立ち向かう勇気はさすがだ」

そういって少年を褒めるものの、「だが」、グリードはすぐに表情を険しくさせた。

「親の心配を考えなかったことと、妹も連れ出してきてしまったことは感心しない」

生真面目で口数少ないグリードだが、その短い台詞は彼に憧れを抱く少年には突き刺さったことだろう。

「ご、ごめんなさい…」

素直に謝り、しゅんとなる少年にグリードは優しく笑いかける。

「蛮勇と勇気は履き違えるな」

そういってから、彼は「帰ろう」、転がっていた籠を少年に背負わせる。

「え、で、でも、道場に向かうところじゃ…」

「森にはまだモンスターが沢山いる。困っている人がいるし、お前たちも今後こうして山菜採りに来るつもりだろう?」

グリードは少年の頭をぽんぽんと叩き、腰を抜かしたままの女の子を背負い込んだ。

「ここを抜けても道場には行ける」

そういって、子供二人を引き連れて森の出口を目指し歩き出した。

数歩進むたびに草むらからモンスターが飛び出し、グリード達に襲い掛かってくる。

どれも見た目に凶暴で高位のモンスターであり、少年はいちいち驚き飛び上がってしまう。

「ふんっ…!!」

だが大陸最強とされるゲンサイの一番弟子であるグリードの敵ではなく、出た瞬間に全てを一振りで葬り去っていった。

彼らが通り過ぎた道には多数の“残骸”が転がっているが、前方にはまだまだ多くのモンスターが我が物顔で歩いている。

普段から武道家やガーゴへの入隊を志す者達の修行場でもある森なので、森にモンスターがいること自体はそう珍しいことではない。

だが、これほどまで数が増えたのは初めてだ。明らかに異常な状況は数十メートル先にまで続いている。

さすがにこの中を子供二人を守りながら戦うのは、いくらグリードでも難しい。

そう判断した彼は、「少し離れていろ」、と女の子を降ろし、少年と一緒に岩陰に隠れるよういいながら剣を構えた。

その瞬間グリードの殺気が伝わったのか、モンスター達は一斉にこちらを振り向く。

「グアアアアアアァァァァァ!!!」

多数の高ランクのモンスターは一つの塊となってグリードに襲い掛かり始めた。

重たい足音が響き渡る中、グリードは剣を構えた姿勢のまま目をつぶる。

精神を統一させながら魔法を詠唱し、自己の肉体を強化させた。

そして眼前にまでやってきたモンスターに向け、後ろに構えていた剣を振るう。

「鬼神・破砕斬!!」

魔法により極限にまで高められた筋力から放たれる斬撃。

上下左右、あらゆる角度から繰り出される太刀筋は無数のカマイタチとなり、敵陣に襲い掛かっていく。

辺り一面から切り刻むような音が聞こえ、同時にモンスターの阿鼻叫喚の声も響き渡っていた。

その巨体は瞬く間に細切れになっていき、無数の残骸となり地面に飛び散っていく。

「グア…?」

出遅れたモンスターたちは、気付けば足元が真っ赤に染め上がっていることに疑問を抱いていた。

何が起こったのかと見上げた瞬間、太陽を背に剣を振りかぶっていたグリードがそこにいた。

残ったその集団に向け、グリードは思い切り剣を振り下ろす。

その軌跡は巨大なカマイタチに変化し、大小様々なモンスターをまとめて押しつぶした。

トマトが潰れたような音と共にその集団は事切れており、再び地面に大量の血が広がっていく。

全て数秒間の出来事だった。

「よし、もういいぞ」

そう言うや否や、妹を連れ岩陰から飛び出した男の子はグリードの元へ一直線に向かう。

「すげぇ! さすがグリード兄ちゃん! すげぇよ!」

一瞬にして多数のモンスターを屠ったグリードの強さに、ひどく興奮した様子でぴょんぴょん飛び跳ねだした。

「つおい、つおい〜!」

すっかり元気を取り戻した女の子も、舌足らずにいいながら兄と同じ動きをしている。

可愛らしい動きに仏頂面のグリードもさすがに笑わずにはいられなくて、二人の頭を撫でながら「いこう」、といった。


「いつかグリード兄ちゃんみたいになりたいな」

森を抜け、ルインザレク城下町が見えてきたところで男の子が呟く。

「俺も早く強くなりたい。妹を守れるようになりたい」

憧れの視線を向けられたグリードは、警戒を解きながら、「そうだな」、また笑いかけた。

22歳の彼は、生まれながらにして剣術の才能があり、数多の武道大会で優勝経験を持つ根っからの天才だった。

瞬発力に特化したエンチャント魔法が得意で、通常ではありえないような剣技を扱う。

過去別流派に所属していたのだが、ある大会で見たゲンサイの強さに惚れこみ、弟子入りを志願したという経緯がある。

ゲンサイの元で修行した彼はその才能をめきめきと伸ばし、もはやゲンサイの片腕といっても良いほどの強者だ。

「日々の鍛錬を怠らなければ、いずれなれる」

安心したのか眠り込んでしまった女の子を背負いなおしつつグリードがいうと、少年は「うん」、神妙そうに頷く。

強さを追い求める彼は、モンスター相手に何もできなかったことが悔しくて仕方なかったのだろう。

「早く俺もグリード兄ちゃんがいる道場にいける年齢になりたい」

「ああ、待っているよ」

そう返しつつ、グリードの脳裏には二日前のことが蘇っていた。

いつものように道場での練習を終え、挨拶と共に解散しようとしたときだった。

「話がある」、門下生全員を集めさせたゲンサイはどこか切り詰めたような表情をしており、ただならぬ気配を全員が感じているところでこう言ったのだ。

「明後日、娘のシンシアがボーイフレンドを連れて道場にやってくる」

直後のどよめきは、グリードはいまも鮮明に覚えている。

破魔一刀流、現師範代であるゲンサイの次女、シンシアは、男くさい道場での唯一の癒やしだったのだ。

一日中練習があるときは昼食を作ってくれたり、練習試合があるときは応援に駆けつけてくれたりと、気立てがよく見た目にも可愛らしい、看板娘といっても良い女の子だった。シンシアの笑顔に癒やされなかった門下生はおらず、作ってくれる弁当も美味しくて、シンシアがいるからこそ辛い修行にも耐え抜いてこれた者は少なくない。

いつしか門下生全員が献身的なシンシアを妹として可愛がるようになり、妙な協調性が生まれたのだ。

妹という存在から守りたい存在へ。男しかいない門下生全員がその気持ちを胸にし、これまでシンシアに降りかかったであろう様々な難局を潜り抜けてきた。

特にマスコミへの対応だ。

姉のリィンが有名になりすぎたため、妹のシンシアが取材対象になりかけたことが何度もあった。

シンシアは目立ちたがらない性格だし姉と比べられるのも嫌だろうということで、門下生総出でそういった俗物を遠ざけた実績がある。

シンシアには屈強なボディガードがいる。それが功を奏したのか、おかげでこれまで浮ついた話など一切なかった。

そのはずなのに、ある日突然シンシアにボーイフレンドがいると知らされたのだ。

ゲンサイの言葉にグリード含め門下生全員が驚かずにはいられなくて、次第にそいつは誰なんだという空気になった。

「エーテライト家、ひいては破魔一刀流の掟に従い、彼にはしきたりという名の洗礼を受けてもらうことにした」

腕を組み冷静にいうゲンサイだが、皺の彫りは深くなっており苛立ちが窺える。

もちろん門下生であると同時にシンシア親衛隊ともなっていたグリード一門も、ゲンサイの提案には大賛成だった。

強さを求め続け、生涯精進を貫くエーテライト家と関わりを持つということは、最低でも門下生よりは強くなければならない。

迎え入れの洗礼。まず手始めに、門下生たちとの総当たり戦だ。その後、師範代であるゲンサイとの手合わせという流れになる。

何より強くなければならない。それがゲンサイの娘と付き合うための条件でもあった。

ゲンサイが勝手に決めたことでシンシアにもリィンにも伝えてないが、門下生にはそう口すっぱく教えていたことだ。

グリードほどではないが、総勢30名ほどはいるであろう門下生も全員何かしらの優勝経験を持つ。

戦闘のスペシャリストといってもいい彼らとの連戦だ。きっと無事ではすまない。

とはいえ、もし降参などといった生ぬるいことを言い出したときには、強制的に破魔一刀流の流派に入らせ徹底的なしごきが待っている。

連戦の末に待つしごき。恐らくそれはどんな人間でも耐えられない、過酷なものだろう。

普段から厳格で自身も強さを追い求め続けているゲンサイだが、愛娘にだけは甘い顔をしている彼なのだ。

リィンもシンシアも溺愛しているからこそ、彼女たちの伴侶となる者にあえて重い掟を突きつけているというのは、グリードたちも分かっていたことだ。

ひょっとすれば単純な嫉妬心なのかもしれない。だがシンシアを妹のように想っていた彼らも、ゲンサイと気持ちは同じだ。

自分たちの知らないところで、どこの馬の骨とも分からない奴がシンシアを独占しようとしている。

これまでずっと守り通してきたシンシアなのに、そのガードを潜り抜け接触を果たした。そのことに、親衛隊としてのプライドを傷つけられたという思いもあったのだろう。

重大そうに話すゲンサイだが、グリードたち門下生もその事実を重く受け止めていた。

もしチャラい奴やナヨっとした奴なら、しごき上げるだけじゃなく徹底的に追い立ててやる…。

「グリード兄ちゃん?」

険しい顔でもしていたのか、男の子が不思議そうに見上げている。

「いや、なんでもない」

グリードは気を引き締めなおし、そのまま城下町へ足を踏み入れた。



「だ、だからボーイフレンドじゃないんだってば」

広い道場の中で、シンシアの否定する声が木霊する。

「ダイン君は普通の友達だよ。特別な何かはないよ」

身振りを使って必死な説得を試みるシンシアだが、上座で胡坐をかくゲンサイは瞑目したまま眉一つ動かさない。

壁際に座る門下生たちもまた、誰なんだこいつ、という冷ややかな視線を道場の中心に座っているダインに向けていた。

彼のすぐ後ろにはニーニアとティエリアもおり、やや不安げに成り行きを見守っている。

「女の子の友達のお家に泊まりに行くって嘘ついたのは謝るけど…でもみんな一緒だったし、ダイン君の両親もいたんだから」

そう訴えかけるようにいっても、ゲンサイはやはり動かなかった。

組まれた腕もそのままで、まるで銅像のように微動だにしない。

中心にいるダインは始終困ったような表情をしており、どう対応したらいいか分からない様子だった。

「ふふ。なかなか面白いことになってきたね」

張り詰めた空気の中、グリードの隣にいつの間にいたのか、リィンがこそっと話しかけてくる。

「り、リィン殿。どうしてこのような場に…?」

驚いてグリードも小声で聞くと、「いやぁ」、リィンは緩く笑い出す。

「可愛い妹の初めての反抗期だから。姉として、行く末を見守らないわけにはいかないでしょ?」

そう話すが、顔はずっとにやにやしており、このぴりついた空気を楽しんでいる気配がある。

「相変わらずですね…」

天才だから故の難解な思考に作り笑いを浮べつつ、グリードは視線を戻した。

「…うぬよ」

やがてゲンサイが目を開き、沈黙を破る。

「ダイン君だよ!」

シンシアがすかさずいうものの、「シンシアは黙っておれ」、重低音を響かせ、シンシアの発言を遮った。

「これは男と男の話だ。それに男の名前などどうでもいい」

ダインの名前など覚える気が無いといわんばかりに、ゲンサイはダインに話しかけた。

「シンシアはこのように申しておるが、うぬはどう思っている。この子とは単なる友人か?」

言葉だけなのに、その声色やゲンサイの気配から刃のような鋭いものを感じる。

歓迎されてないのは明らかで、その上ダインの言葉一つで場は一気に殺気めいたものになるものも感じたが、ダインは特に気を使う様子もなく、「はぁ、そのつもりっすけど…」、何とも砕けた様子で答えた。

どんな要人でも大陸最強であるゲンサイには一目置いているのに、ダインのその口の利き方にまずグリードの青筋が一本増える。

「しかし友人関係とはいえ男と女。ゆくゆくは恋人関係に発展する可能性も考えられるのではないか?」

大事な娘に関して内心冷静ではいられなかったゲンサイは、男女間の友人関係は成り立たないとまで断言し始める。

「そこのところ、うぬはどう思っておるのだ?」

ゲンサイの目の奥がぎらりと光る。

白髪の長髪が逆立ちそうなほどの怒気を感じつつ、グリードは意地悪な質問だなと、僅かながらダインに同情心を寄せた。

ここでダインが何とも思ってないと答えたら、シンシアは傷ついてしまうかもしれない。

だが可能性があるといえば、ゲンサイは激昂してしまうかもしれない。

どう答えても、良い結果など出てくるはずも無い。

そうグリードが予見していると、「まぁ…」、ダインは特に考える素振りも見せずに答えた。

「無くはないんじゃないっすか?」

意地悪な質問だとシンシアも思っていたので止めようとしていたが、ダインの台詞が思いがけないものだったのか、「え?」、と固まっている。

「見た目可愛いのはもちろんっすけど、料理上手で友達思いで、よく笑う。これだけ性格が良い奴なんだから、恋愛感情を抱かない奴なんてそんなにいないと思いますよ」

シンシアの顔がみるみる赤くなっていく。立ち上がろうとした足は、すぐに座布団の上に落ちてしまった。

こんな状況なのに、なんとも正直に言う奴だ。

グリードは思わず感心したが、ゲンサイは全身を奮わせ始める。

顔面に怒りの形相が浮かんでおり、どうにか沸き起こってきた激情を静めようと息を吐いた。

「素直で良し。然らば、その可能性を孕んでいる以上、シンシアの父として此度の件は看過するわけにはいかん」

「はぁ…」

「うぬにはこれよりこの道場伝統の連撃戦を受けてもらう」

え、と、またシンシアが驚いて顔を上げた。

「エーテライト家は古来より強さを求めてきた家系だ。生涯精進を貫き、強さこそ全てだと考えてきた。我ら一門に入るということは、うぬの方にもそれなりの強さを求めるのが昔からの習わしだ」

「もうそんなの古いよ!」

シンシアが咄嗟に噛み付く。「いまはそんな時代じゃないし、一門に入るともいってないよ!」

「リィン」

ゲンサイはリィンに目配せする。

それだけで意図が伝わったのか、「はいはいっと」、リィンは呪文を詠唱し、シンシアの周囲にバリアを張り巡らせた。

お互いに干渉できない、不可侵のバリアのようだった。そのままリィンの隣にバリアごとシンシアを移動させている。

「お姉ちゃん!」

非難の目が姉のリィンに向けられるものの、「ごめんね」、リィンは軽い調子で謝る。

「道場の中じゃ、お父さんの言うことには従わないとならないから」

「そ、そんな…」

リィンが張った結界は相当な強度があったのか、シンシアはそのままがっくりとうなだれてしまう。

「うぬよ、それで良いな」

「はぁ、まぁ…いいっすよ」

ゲンサイの鋭い眼差しにも、ダインは軽い調子で了承した。

連撃戦が、どれほどのものなのか知らないのだろう。

ダインのどこまでも軽い様子に、グリード含め門下生たちが殺気立つ。

悪い奴ではなさそうだというのは何となく分かる。だがその態度が気に食わなかったのだ。

「っし!」

壁際にずらりと控えていた門下生たちは、それぞれ木刀を手に一斉に立ち上がる。

「ティエリア殿とニーニア殿も、リィンの隣に移動をお願いする。そこならどのようなことになろうと安全だ」

ゲンサイがそういっても、ティエリアとニーニアは戸惑うばかりですぐには動かない。

「大丈夫だから」

心配そうに見上げる彼女たちにダインは笑いかけ、言われた通りにするよう指示した。

素直に従う可愛い女の子二人を見て、門下生たちはさらにダインに対し苛立ちを覚える。

彼らはこれまで男しかいない生活を送ってきた。

なのに、そのダインという男はシンシアだけじゃ飽き足らず、あの可愛い二人とも楽しい学生生活を送っていたのか。

リア充が…。門下生のどこからかそんな恨み節が聞こえ、門下生たちの顔はかなり険しいものになる。

広い道場を包むこの剣呑な空気は、彼らの嫉妬心によるものに他ならない。

そのことに気付いているからリィンだけは始終面白そうにしていたようで、ティエリアとニーニアが近くへ来たタイミングを見計らって彼女たちを抱き寄せていた。

「うぬは武道の心得はあるのか?」

素人相手に連撃戦はさすがにまずいと思ったのか、ゲンサイが問いかける。

「いや、剣を握るのはそんなに経験はないっすね」

「格闘術は?」

「あ〜、まぁ、それなりに」

少なからず武術の経験はある。それを知ったゲンサイは、「では好きに戦え」、そういった。

「うぬの得意な獲物でも構わん」

道場の壁には木刀だけでなく、槍や棍棒も飾られている。

ダインは一応それら武器に目を通すものの、「いや、このままでいいっすわ」、立ち上がりながらいった。

「武器の扱いはそんなに慣れてないんで」

緊張感のかけらもなさそうにダインがいったときだった。

「丸腰とは舐められたものだ!」

最初の対戦相手なのか、体格の大きなヒューマ族の男、ガイーダが吼える。

ダインを真っ直ぐに見つめながら木刀を構えた。

一撃の下に伏してやろうという気迫が全身から発せられている。

「始め!」

ゲンサイの掛け声と共に、ガイーダは「参る!」、とダインに向かって突進を始めた。

彼もまた数多くの優勝経験を持つ実力者だ。彼の剣技はその大きな体格を活かした力技が多く、素早さはないものの一撃一撃が重い。

「っはぁ!!」

ダインとの距離をつめ、振り上げた木刀を渾身の力で振り下ろす。

それは目にも止まらぬスピードで、振り下ろした勢いだけで周囲に風が発生した。

木刀がぶつかる激しい衝撃音。が、振り下ろした木刀はダインが立っている床に突き立てられているだけだ。

「ふッ!!」

攻撃を避けることは予見済みだったガイーダは、間髪いれずに木刀を横に薙ぐ。

力任せの剣技だが、当たればその時点で大怪我は免れないだろう。

しかしダインはすぐさましゃがんでそれをかわしていた。

「ふっ! はッ!!」

さらにダインに踏み込み、上下左右、様々な角度から木刀を振るうガイーダ。

だがダインはそれらを全て見切っていたかのように、軽くかわしていく。

「このっ…! ちょこまかと…! うおおおおぉぉぉ!!」

全く当たる気配が無いことに苛立ったガイーダは、滅茶苦茶に木刀を振り回した。

初速こそ遅いものの、勢いがつけば馬車車のようにその回転力を増していく。

だがどれほどガイーダが斬撃を放とうともどれだけ回転を上げようとも、ダインにはかすりもしない。

「ぜぇ…! ぜぇ…!!」

やがてガイーダの方が体力が尽きてしまい、そのまま床に膝を着いてしまった。

「それまで!」

戦闘続行は不可能だと判断し、ゲンサイが叫ぶ。

「ぐ…く、くそ…」

歯痒そうにしながらも、ガイーダは大人しく引き下がっていく。

次にダインに対峙したのは、素早さが自慢の細身で低身長の男、ジェイドだった。

ヒューマ族の彼もまた、数多くの剣術大会で優勝経験を持つ。

「始め!」

「っしゃ!!」

その小さな体躯から繰り出される斬撃は、先ほどのガイーダの比ではない。

秒間にして数十。まるで雨のような斬撃が相手に襲い掛かる。

「ふんっ! っしゃ!! っすあ!!」

並みの対戦相手ならばあっという間に全身に打撃を受け地に沈むはずだが、彼が振るう木刀からは打撃音が一切聞こえなかった。

風切り音のみが彼の周囲に木霊しており、ダインの姿がほとんど見えない。

ジェイドが振るう剣速以上に速く動いているのは明らかで、門下生たちからどよめきが起こった。

「超速旋風斬!!」

痺れを切らしたジェイドが、魔法で身体を強化し飛躍的に攻撃スピードを上げる。

あまりの剣速に周囲は竜巻に巻き込まれたかのように風が吹き荒れるが、それでもやはり打撃音は全く聞こえない。

「ぬっぐううううううぅぅぅぅ!!!」

もはや攻撃回数は百は超えているかもしれない。

それでもダインのどこにもヒットする気配は無く、服にすらかすらない。

「ぐっ! う、ぐ…! っぜぇ! ぜぇ! ぜぇ…!!」

ついには聖力切れを起こしてしまい、ジェイドは地に沈む。

ガイーダもジェイドもかなりの実力者だ。剣道の有段者ですら、この二人の連戦には耐えられなかったはず。

にも関わらず、道場の中心にいるダインは呼吸一つ乱さずそこに立っている。

「ふん、少しはやるようだな」

ゲンサイは鼻を鳴らし、「そこそこの実力者だと見受けた。遠慮はいらんらしい」、そう声をかけ呼び寄せたのは、デビ族で魔法が得意のアストロだった。

「始め!」

ゲンサイの掛け声と同時に、「せいっ!!」、アストロは早速魔法を使い、ダインの足元を凍らせる。

そして風の魔法を使い、彼の周囲に風の渦を発生させた。

「これで動けまい!」

ダインの素早さを封じ、アストロはそのまま木刀に炎をまとわせ斬りかかる。

万全の対策をしたうえで斬りかかったつもりだった。しかしやはりその木刀は空を切ってしまう。

「な…!? 何故動ける!?」

アストロは驚きつつも、地水火風、あらゆる属性を使いダインに攻撃を浴びせていく。

木刀による斬撃も繰り出すが、やはり彼には全く掠りもしなかった。その上魔法によるダメージも全く負ってない。

炎と風が止み、その中から現れるダインは汗すらかいてない。

「な、何なんだ…何なんだこいつ…!」

驚きながらもいままでに習得した魔法、剣術、その全てを用いダインに攻撃を仕掛けていった。

だがその攻撃も魔法も悉く空を切り、彼もまた魔力と体力が同時に切れてしまい床に沈む。

そこで門下生たちのどよめきはさらに大きくなる。

当然だろう。所詮学生だと完全にダインを舐めきっていた門下生たちなのだ。

一戦も持たずに終わると誰もが思っていたのに、気付けば有段者が次々と地に伏せている。しかもダインからは一度も手を出していない。

見た目にも魔法力がなさそうで、そこらの学生と何ら変わりない外見をしているのに…。

次の対戦相手である男はたじろいだ様子を見せ、なかなか前に出てこない。

「先生、俺にいかせてください」

やがてグリードが挙手しつつゲンサイの前に歩いていった。

表情はすっかり引き締まっている。木刀を握る手は強く、こんな若造に手玉に取られている現状に耐え兼ねないといった様子だ。

「…そうだな」

ゲンサイが頷いたところで、門下生たちのどよめきは止まった。

「グリードに任せよう」

グリードは、このエーテライト道場の中で二番目の実力を持つ。

第四種の危険モンスターを彼一人で処理したことは未だに語り草になっている。

その強さは他の門下生のみならず、城下町全ての住人に知れ渡っているほどの剣豪だ。

「あいつ終わったな…」

門下生の中から誰かの呟きが聞こえる。

ずっと成り行きを見守っていたニーニアとティエリアはより一層不安げな顔になり、「もういいよ!」、バリアの中からシンシアが叫んだ。

しかしグリードは聞く耳を持たないといった様子で木刀を構え、得意の強化魔法を使った。

表情には怒りが浮かんでいる。避けてばかりで少しも攻撃しないダインの戦い方が気に入らなかったのだ。

つばぜり合いも無く一方的にこちらが体力切れで倒れているだけ。

グリードにとってはダインの戦い方はこちらを舐めているとしか思えなくて、木刀を握る手にさらに力が篭った。

「あ、そういえば」、ゲンサイが合図をする前に、ダインは声を出す。

「今更ながら聞きたいんすけど、どうなったらこれ終わるんすか?」

尋ねる口調も軽いものだった。余裕とも取れるその態度に、グリードの額にさらに青筋が一本増える。

連撃戦に終わりは無い。必ずどこかで倒れるはずなのだから。

「どちらかが力尽きるまでだ」

ゲンサイがいい、「なるほど」、ダインは頷きつつグリードに顔を向ける。

「舐めるなあああぁぁぁ!!」

合図を待てないほど激昂していたグリードは、ダインに向け上段に構えた木刀を力いっぱい振り下ろす。

太刀筋はカマイタチとなり、ダインに襲い掛かる。

音速に近いスピードのそれを、ダインは難なくかわした。

「はああああぁぁぁぁ!!!」

グリードは続けざまに二発、三発とカマイタチを発生させていく。

しかしダインには当たらない。音速の剣技すら、彼は見切ってかわしているのだ。

「力尽きたら終わりか」

ダインがつぶやく。

そこでとうとうグリードはキレてしまった。

魔法を使い全身の筋肉が盛り上がるほど強化し、瞬時にダインとの距離を詰める。

構え方から奥義の気配を感じたゲンサイは、「グリード、いかん! 結界が破れるぞ!」、思わず立ち上がって叫ぶものの、グリードには聞こえない。

「くらえ! 覇空体・鬼神…!!」

構わずグリードが奥義を繰り出そうとしたとき、

「…要は倒しゃいいのか」

ダインが拳を握り締める。

彼の目が動き、グリードを捉えた瞬間だった。

「…ん?」

気付けば、グリードはダインから距離をとっていた。

怒りに我を忘れていた彼だが、自分自身でも分からない行動に疑問を浮べていた。

長年剣の道を極めようと鍛錬を積んでいた彼の直感が、危険を知らせたのかもしれない。

手が震え、足も震えている。何をされたわけでもないのに、何故か敗北のイメージが浮かんでしまう。

ダインは不思議そうにグリードを見ている。

一見、普通の何の変哲も無い男にしか見えないが…何なんだ…。

すっかり意気消沈してしまったグリードを見て、ため息を吐いたゲンサイは「もういい」、試合を中断させた。

「ワシが出よう」

立ち上がったゲンサイが木刀を拾おうとする。それを必死で止めたのは、周囲の門下生たちだった。

「お、お止めください。それはいくらなんでも不味すぎます…!!」

相手は一学生ですよ!? という声もする。その表情から、どうも少々障害の残る事故に遭ったゲンサイを気遣ってということではなく、ダインのことを心配しての行動だったようだ。

大規模な武術大会で、ゲンサイは誰にも打ち破れないほどの連勝記録を打ち立てた。少々の障害など関係ないとばかりに、彼の大陸最強の伝説はいまもなお続いているのだ。

そんな彼が学生でしかないダインに挑むなど、流派としてのプライドが許さない。破魔一刀流の象徴でもあるゲンサイは、あくまで挑まれる立場でなければならない。

どうにかゲンサイの怒りを鎮めようとする門下生たち。だが彼らの表情には戸惑いも浮かんでいる。

連戦を申し込んだのはこちら側なのに、現状ダインの一人勝ちだからだ。どこの流派にも属してない、一般の学生でしかない彼に、負け知らずで知れ渡っている破魔一刀流が退くわけにはいかない。

「これでは破魔一刀流の名折れだろう…!」

悔しがるゲンサイ。そんな彼を落ち着かせる門下生たち。落としどころはどうすればいいのか。

「…うん、仕方ない」

そのとき、彼らから離れたところにいた誰かが立ち上がる。

それは、大陸最強のゲンサイよりも世界中で名の知れた、第一級の大退魔師。

「お父さんの言うことも最もだし、次は私が出るよ」

ゲンサイ以上に魔道と武道の天才と噂される、シンシアの姉━━リィンだった。

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