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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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三十五節、改革派

広大な土地を持つマレキア大陸。

エル族が統治するその大陸は森林部が多く、他の大陸よりも街が少ない。

そのため飲食店も少なく、僅かに存在する店には利用客が殺到し平日でも混雑している。

首都郊外にひっそりと佇む居酒屋『ムーンライト』も同様で、翌日に休日を控えているため普段以上の賑わいを見せていた。

円形状のテーブルはどこも埋まっており、カウンターは客が納まりきらず、新たな椅子が僅かなスペースに置かれたところだ。

両手に酒瓶を抱えたウェイターが、慣れた動きで隙間を縫うように移動しており、その傍らでウェイトレスが酔客に一曲披露してくれとしつこく言い寄られている。

木組みの店内は喧騒に満ちており、その中で一人寂しくテーブルで酒を飲んでいた老人の元へ、一人の男が眉間に皺を寄せながらやってきた。

「すみません、遅くなってしまいました」

ひと言そう詫びた男は、老人の対面に座ると同時に店員にビールを注文する。

ふぅ、と息を吐く男はようやく落ち着けたと思ったのか、表情を少し柔らかくさせた。

「こっちは先にやってるよ」

老人はいい、男にメニュー表を渡す。

「ライザは来れないようです」

店のお勧めメニューをいくつか注文してから、男は残念そうにいった。

「来週には下克祭が控えてますからね。体育教員はいまが一番忙しいので」

「ふむ。そうか」

「とても残念そうにしてましたよ。この店の肉野菜スープは彼の一番のお気に入りでしたからね」

男…クラフトがそういったところで、老人…グラハムは「ふふ」、と笑う。

「また別日にでも彼を誘ってみることにしよう」

運ばれてきたビールを手に、クラフトとグラハムは「お疲れ」、と互いのグラスを打ちつけた。

クラフトは早速そのビールを口に含み、特有の苦みと冷たさに「っかぁ!」、と息を吐く。

「しかし、定例会議がこのようなやかましい場に移さなければならなくなったのは、些か不本意ですね」

周囲を見回すクラフトは、店内の騒がしさにまた眉間に皺が寄った。

月に一度開催される、改革派のみの極秘の定例会議。

普段は学校の仕事が終わり次第校長室に集まっているところだが、電撃赴任してきたガーゴの二人が、様々な場所に分かりづらいよう耳の魔法を仕掛けていたため、会議場所の変更を余儀なくされたのだ。

場所の選定はクラフトが取り仕切り、ガーゴの手が及ばないマレキア大陸のこの居酒屋が選ばれた。

隠れ家的な店だが名店であることは間違いない。つまみを食べる客はどれも満足そうな笑みを浮かべており、プロの生演奏により愚痴も掻き消えていく。

場所柄により客の全てはエル族で、プロの生演奏どころかそこら中から弦楽器や管楽器の音がする。

やかましさは激しくなる一方で、クラフトは自分で店を選んでおきながら迷惑そうに表情を歪めていた。

「私は別に気にならんよ。何より料理が美味しい。酒も旨い。話も弾むというものだ」

新たに運ばれたつまみを早速口にし、グラハムはその美味しさに満足そうに微笑む。

「奴らが不穏な動きを見せてきたいま、弾むような楽しい話にはならないと思いますがね」

クラフトも好物のつまみを口にしたが、舌鼓を打つよりもまたため息が出た。

「仕掛けは全て解除してもよかったんだがな。だが奴らの動きがなかなか見えん以上、しばらくは奴らの好きにさせておくしかない」

「それはそうなんですが、後から来たくせに好き勝手に弄繰り回してくるのは腹が立って仕方ありません」

「同感だな」

早くもビールからワインに切り替えたクラフトに、グラハムは酒をあおってから問いかける。

「それで、君はどう見る?」

主語の無い唐突な質問だったが、グラハムとは長い付き合いであるためクラフトはすぐに彼の意図が分かった。

「“道”を探しているのは間違いないですね」

クラフトの視線は手前にあるサラダに釘付けになっており、そのまま続ける。「校内をしらみつぶしに当たっていたようです」

「そうか」

頷くグラハムは、「そのサラダ、ワインのあてになるぞ」とクラフトに一瞬笑いかけ、再び酒を飲んだ。

「先ほどライザ君から得られた情報を元に推察すると、標的は“解放の鍵”か」

初体験であるにんにくキノコのサラダを恐る恐る口に運ぼうとしていた手を止め、クラフトの顔はグラハムに向けられた。

「ということは、やはり?」

驚愕の表情で聞いた彼に、グラハムは「うむ」と頷いてみせる。

「どうやら例の集団と繋がりを持っているようだ」

「…そうですか」

尻尾を掴んだとばかりに、クラフトの目の奥が光った。

例の集団とは、反社会派の裏組織だ。ガーゴと裏の繋がりがあったとすれば、相当なダメージを与えられるだろう。

少なくともセブンリンクスから追い出す決め手にはなる。

クラフトの表情から考えていることを読み取ったグラハムは、難しい顔をしていった。

「しかし奴らは組織力のある集団だ。長年大陸を統治し発展と成長を続ける奴らは、一筋縄ではいかないだろう」

「例の集団と繋がりがあるという事実程度では揺るがないということですか」

「うむ。それに何より証拠がない。ワシの推察に過ぎんからな。いまのところは」

自信の無さを窺わせるグラハムに、クラフトは「先生の推察は、ほぼ確定情報だと断言しても良いと思いますがね」、と思い切ってサラダを口にした。

グラハムの教員歴は長い。それこそ、一般的な長さとは比べ物にならないほど、長年教鞭をとってきた。

長命であるが故に培ってきた洞察力、観察眼はもはや一般的な探偵や心理学者を超えている。

これまでにも幾度と無くグラハムの推察が当たっていたところを見てきたクラフトにとって、彼の発言に疑う余地は無かった。

「証拠さえ見つければ、追い出すことは容易そうですね」

「そうなのだが…」

グラハムはまだ難しそうな顔をしている。

桃酒から梅酒に切り替えた彼は、酔いが回っているのかいないのか分からない表情をクラフトに向けた。

「君は気にならんかね? なぜ、例の集団と繋がりを持ったのか。解放の鍵を使い何をしようとしているのか」

彼の疑問は最もだ。クラフトは鶏肉の蜂蜜焼きに頬を緩めそうになりながら、真剣な表情に戻し「気にはなりますが…」と返す。

「これまでは極力目立たぬよう、秘密裏に動いていた奴らのはずなのに、最近は特定の生徒を尾行したり学校に乗り込んできたりと、行動が大胆なものになってきた」

問題の本質を見抜こうとするかのように、グラハムの視線は何も無い空間に縫い付けられている。

「何かを焦っているのはそうであろうが、やろうとしていることが公になったとしても構わないという意図を感じるのだ」

「なりふり構っていられないのではなく?」

「うむ。最近の奴らの行動と、裏で繋がっている例の集団。これらは一つのことに集約していると見て間違いないだろう」

クラフトはグラスを見つめたまま考え込む。

解放の鍵の使い道。リスクを冒してまで反社会組織と繋がる意図。

「私はね、思うんだよ」

黙り込んでしまったクラフトに向け、普段の堅物な姿勢とは打って変わり、方肘を突いた砕けた体勢でグラハムは続ける。

「混乱期が終わりを告げ無法地帯となっていたかつてのオブリビア大陸を、ガーゴという組織を作り法整備し統治した彼らの理念は、設立当初から現在に至るまで何も変わっていないのではないかとな」

そういってから、グラハムは再び酒を飲み始める。

「旨いなこれは」、霜降りサバのチーズ菜巻きを口にする彼を、クラフトはしばしぽかんとした表情で見つめていた。

やがて彼の発言がどのような意味を孕んでいたかに思い至り、徐々にその目を大きく広げていく。

「まさか…」

驚きと共にかつての恩師を見るクラフトの目には、グラハムが思い描くある“答え”にたどり着いていた。

「いや、しかしそれはいくらなんでも暴論すぎでは…」

同じ推論に至りながらも迷いの表情を浮かべる彼に向け、「そうともいえん、過去の歴史がそうであったようにな」、グラハムは嘆息した。

「ですが…」

クラフトは自分でたどり着いてしまったその答えを、間違いであるようにと別の糸口を探し出す。

そんな彼をグラハムは微笑ましげに見つめていた。他に可能性が思いつくなら聞かせてもらおうと、楽しんでいるかのようだ。

ふとそのとき、グラスを傾けようとしていたグラハムの手が止まった。クラフトの背後に顔を止めたまま、「おお」、と声を出す。

「君も来てくれたのか」

グラハムの声につられ、クラフトも背後を振り返る。

そこにはクラフトの倍以上はありそうな大男が立っていた。居酒屋に訪れるようなラフな格好をしてはいるが、顔は何故か白い仮面で覆われている。

一瞬誰だろうとクラフトは思ったものの、その体格と髪型から旧知の友人だったことに気付き、「お前っ…!」、思わず立ち上がった。

「よく来たな! いや、来れたといった方が良いのか」

普段は冷静沈着であまり感情を出さないクラフトだが、大男の肩を叩く彼は珍しく笑顔だ。

それほど大男との仲が良かったという証で、グラハムは彼のために店員を呼んで新しい椅子と酒を注文した。

「少し暇ができたところで、グラハム殿から呼んでいただけたのでな」

大男も笑顔で応じ、グラハム達と同じテーブルに着く。

クラフトは半分酔った顔のまま、その男の顔をまじまじと見た。

「しかし何故仮面なんてつけてるんだ?」

そっちの流行りか? と問いかけるクラフトに、男は笑って答える。

「こっちもこっちで色々あってな。どこで誰が見ているか分からん。それに、この店は基本的にエル族の者以外は入店できないだろう? この仮面をつけると周囲からはエル族と認識される仕掛けがあるらしいから、念のため装着してきた次第だ」

確かに、クラフトが見てもグラハムが見ても、男のことは昔から知っている人物であるはずなのに若干の違和感がある。

種族を偽装できる代物なのは確かなようで、クラフトはなおも物珍しそうに男の顔を見ていた。

「それで、いまは何の話をしていたんだ?」

尋ねる大男に、クラフトは三人で再び乾杯とグラスを打ち付け合いながら答える。

「少なくとも、酒の肴になるような話ではないな」

宴席だというのに再びつまらなさそうにするクラフトの傍らで、グラハムも長い髭を撫でながら頷いている。

「愚痴のようなものだ。上司からの理不尽な圧力に対するな」

二人の不満げな表情を見て、男は「はは」、と笑った。

「先生までそう仰るということは、相当な鬱憤が溜まっているようだな。話には聞いているよ」

小耳に挟んだ程度だが、と続ける男は笑顔のまま彼らに同情心を寄せる。

「お堅い連中に付き合うのは大変だな。融通が効かんし心も感じない。何もかも規則で縛りつけようとする」

「ああ。そのくせ自分たちがしていることにはどんな校則違反があったとしても目をつぶる」

腹いせのように空になったグラスをテーブルに叩きつけるクラフトは、不満そのものの表情だ。「組織が大きくなればなるほど、身内に甘くなるのはいつの世も同じだな」

彼の怒りはなかなか収まらないようで、好物のカモトロのから揚げを口にしながら続けた。

「法律を作った側と法で裁く側が同組織にいるのがおかしいんだよ。いまこそガーゴに相当するほどの別組織を作るべきだと、俺は思うね」

「確かにあれが大きくなりすぎているのは問題だとは思うな」

大男は早くも三杯目の酒を口にしている。「今後も更なる発展を目指しているようだし」

その言い方に含みを感じたグラハムは、料理を追加するため店員を呼ぼうとした手を引っ込める。

「何か掴めたのかね?」

ふと真面目な顔になって問うグラハムに、男は上着に仕舞いこんでいたクリスタルで出来たタブレットを取り出した。

「手ぶらで先生に御相伴に預かるわけにはいかなかったのでな」

男はいい、そのタブレットを操作してクラフトとグラハムにある映像を見せる。

「…先生」

映像を見終えたクラフトは目を大きくさせ、驚愕の表情でグラハムに顔を振る。

「ふぅむ、当たり…か」

グラハムは再び自分の長い髭を撫で、椅子に深く座りなおす。

「なぁ、この映像はどうやって?」

尋ねるクラフトがやけに興奮気味なのは、酔いのせいだけではない。

「優秀な探偵がいると前に言っただろう?」

男は笑って答えた。「雑誌記者よりも素早く、確実な情報を持って来てくれるんだ」

「そうか。しかしこれは…なぜ皆こんな格好を?」

「元の記録媒体のラベルには『儀式』と書かれてあったらしい。その儀式を執り行うための正装のようだが、しかしそこに出ている連中の顔は例の組織の者たちのようだ」

「確かに例のロゴもあるな。先生、これは決定的なものでは?」

クラフトは期待を込めた目でグラハムを見る。

大男の視線も受けつつ、グラハムはしばし瞑目し考え込んでいた。

「奴らはこれを見ても狼狽はしないだろうな」

やがて目を開け、ゆっくりとした口調で話し出す。「映像など、魔法でどうにでも細工が出来ると言いかねん。切り札にはまだ弱いかも知れんが、しかし証拠にはなり得るであろう」

「では…」

続くクラフトの台詞を、「いや、まだ気が早い」、グラハムは制した。

「我々が見据えねばならんのはその先だ。奴らが目指す、最終的な目標はどこにあるのかということ。君は先ほど、ガーゴはさらなる発展を目指しているといったな」

グラハムの問いかけに、クラフトの腕ほどもありそうな大ジョッキを傾けていた大男は、満足げな息を吐きながら頷く。

「つまるところは力の誇示か。強大な敵を倒し、その力を見せ付けるのは何よりの宣伝になる」

「だと思う。あの組織はオブリビア大陸だけでは収まりきらんほど大きくなりつつある。外に目を向け始めたということだろうな」

「種族の統治…。実現には力の誇示が一番簡単で伝わりやすいということか」

困ったような表情でグラハムが呟いていると、「馬鹿共が。そんな簡単にいくわけがない」、クラフトは鶏のモモ肉にかぶりつきながら吐き捨てた。

「あの組織は確かに統治力があり各々の魔法力は高い。上層部は猛者ぞろいで、総監以下であるナンバーと呼ばれる連中はゴッド族にも匹敵する力を持っているだろう。だが、だからといって“あれ”を倒せるわけが無い。単純な力では適わないことを忘れたのか」

数百年の永きに渡り歴史を学んできたクラフトは、その辺の学者よりも知識がある。

連中のやり方では、過去と同じ過ちを繰り返すだけだと憤った。

「大体、映像にあるような方法では良くて傷程度しか与えられない。あの障壁には何人たりとも侵害できないんだ」

断言するクラフトは憤慨の表情を浮かべており、そんな彼に向けてグラハムは冷静に口を挟んだ。

「しかしその傷を与えられたこと自体、重大なことではなかろうか。このような事例はこれまでになかったはずだ」

「それは…」

クラフトが反論の言葉を探してる間に、グラハムはやや前のめりになって大男に顔を向ける。

「━━連中は、“特異”を手に入れたということか?」

グラハムは酔ったような顔をしているが、その眼底には鋭い何かが光を放っている。

男の返答次第では大事になる━━そんな目をしていた。

「いや」

だが男はゆっくりと首を左右に振った。

「手には入れておらんな。いまのところは、だが」

「…そうか」

そこでグラハムはホッとしたような笑顔を浮べる。椅子に座りなおす彼だが、男は「しかし」、と酒を流し込んでから口を開いた。

「間接的に供給できるようにしているようだ。僅かなものだが、“それ”をどうすれば有効的、効率的に使えるかを長い年月をかけ極秘裏に実験を繰り返していたらしい」

「なるほど。これはそのときの映像か」

納得した様子を見せるグラハムの正面で、クラフトは相変わらず苛立った様子で空になったグラスをテーブルに置いた。

「規律を作り強制しておきながら、裏ではこんな創造神に唾を吐くようなことを繰り返していたのか。滅茶苦茶だな」

敬虔なクラフトであったため、彼の怒りはなかなか収まらない。

「まぁまぁ」、グラハムは彼の怒りをどうにかなだめつつ、「実際問題、君はどう見る?」、問いかけた。

「連中は“あれ”に対抗しうると思うかね? かつてガーゴに所属し、内情を知っていた君の意見を伺いたい」

問われたクラフトは、大きくため息を吐いた。

「所属していたのは僅かな期間ですよ。それに大分昔の話ですし」

そう言い訳をしながらも、本来真面目な性格であった彼は、グラスを回し中で踊る氷を見つめながら推察した。

「混乱期より文明は発達し、いま現在も発展を続けている。種族間の仲も昔よりは良くなり、“あれ”に対抗する術も理論も確立されつつある。そのことから鑑みて、絶対に無理だと断言は出来ません」

「しかし」、大男が口を開こうとしたとき、まだいいたいことがあったのかクラフトが続ける。

「かといって己の組織の拡大のための道具として利用するのは、あまりに稚拙だし危険すぎる。もし本当に実行に移すようなことになれば、相応の損害が生ずることは間違いないでしょう」

静かにクラフトの持論を聞いていたグラハムは、「確かにな」、一定の理解を見せてから、「しかしこうも考えられんかね?」、彼なりの推察を展開し始める。

「奴らの目的が組織の拡大だとしたら、損害を被るような方法は世論の影響も考えたら悪手であるはずだ。なのにあえてそのような方法をとるということは、損害が生じず確実に“あれ”に対抗しうる何かしらの手法や技術を得たのではないか」

そこでクラフトと大男はテーブルに視線を落とし、同時に唸りだす。

仮に損害が無く“あれ”を対処できたとしたならば、これ以上ない宣伝となる。

どの大陸もガーゴという組織を認めざるを得ず、防衛力の高さを買って内国に誘致したいと考え始めるのは必至だろう。

しかし、そんなこと本当にできるのか━━?

自然災害よりも強力で、凶悪な“あれ”に…どうやって…。

想像力を働かせるクラフトは、確信めいた目でグラスを見つめるグラハムを見て、ある可能性が思い浮かんだ。

「まさか…特異の…」

再び驚愕するクラフトに軽く頷いただけで、グラハムは顔を上げて大男を見る。

「あのお方はどのようなご様子だ?」

問われた大男は、300グラムはあるであろうステーキを一口に頬張り、飲み込んでから口元を拭く。

「まだ推し量っている段階だろうな」

そろそろ満腹かと思いきや、新たに運ばれてきた料理にがっつき始める。

「推し量る?」

いつもの豪快な食べっぷりに目を剥きながらも、クラフトは不思議そうな表情を向けた。

「介入するに値する世の中かということさ」

そこでグラハムがまた難しそうな顔をして椅子の背にもたれる。

「本来であれば遮断していたであろうな。あのようなことをされれば誰であろうと怒る」

やや憤ったようなグラハムに続き、クラフトも不機嫌そうに口を開く。「不法侵入に無断利用ですからね」

彼らの会話には固有名詞は少ない。あえてずらしているのだが、そもそも居酒屋というものは愚痴を吐き出す場のようなものなので、彼らの会話に耳を傾けている者はいない。

グラハム達の隣では陽気な男が演奏を始め、仕事で失敗したのか失恋したのか、泣き出す仲間を慰めている。

「判断していただくに至ったきっかけは、“彼”のおかげであることは間違いないであろうな」

耳障りのいい旋律を聞きながら、グラハムは表情を穏やかなものに変えた。

「大層なお気に入りのようだな。お前がうまいことやったのか?」

クラフトは大男に尋ねるが、彼は笑いながら首を横に振る。

「何もしてはおらんさ。出会ったのも気に入られたのも、全て偶然に過ぎん」

「それにしては少々出来すぎのように思えるぞ? あのお方のお気に入りは“あいつ”以外にも複数増えてきたようだし」

怪しむクラフトにいわれ、男はふと黙り込んでしまう。

「どうした?」

仮面越しで分かりづらくはあったが真面目な表情になった彼に、クラフトとグラハムの視線が集中した。

「いや…それについては自分もずっと考えていたんだ。確かに偶然にしてはあまりに出来すぎている。何故“あやつ”なのか…」

食べる手をぴたりと止めた彼は、空になった皿を見つめながら続けた。

「もし出会いのきっかけを偶然のひと言で片付けず、そこに何らかの意図があるのではないかと、無理やりに見つけるとするならば…」

七色に光る酒を一口だけ飲み、大男はグラハムとクラフトにだけ聞こえるような小声でいった。

「糸を紡いだのは、“彼女”━━なのかも知れんな」

男は名前を出さない。

しかし長い付き合いであったため、その“彼女”が誰であるか、グラハムとクラフトにはすぐに分かった。

しばし二人は口を開けたままでいたが、クラフトは目を見開いたまま口を開く。

「もしそれが事実なら、こんな辺境の酒場で話すような小規模なものではなくなってくるんだが…」

「いや、ひょっとしたら、だ。無理やりにでも意図を見つけたとすれば、といっただろう?」

「ふぅむ…」

グラハムはグラスを回しながら何やら考え込んでいる。

「現段階で我らができることはあるだろうか」

迷いの視線が男に向けられたが、男は「無いな」、すぐにそう答えた。

「というより下手に動かれてもらっては困る」

大男の目の前には、すでに空になった食器が10枚以上も積み上がっている。

店員に下げてもらったところで、彼は続きを話した。

「仮にも三大族長の一人である先生が動けば、それだけでエル族全体にまで影響が及ぶ。よほどの事態に陥らない限りは控えて欲しい」

「しかし良からぬ事を企み、実行に移されるのが分かっていながら何もしないというのでは、“グリーン”としての存在意義が無いのではないか?」

「そういう重要組織が動くのは後手でいい。何か起こってからでは遅いとよくいわれるが、何か起こる前に対処しても別の問題しか起こらん。前例があっただろう?」

そのときグラハムとクラフトの脳裏に浮かんだのは、今回と似たケースで“グリーン”が動き、後にそれが冤罪だと分かり種族間戦争寸前にまで陥ったある悲劇のことだった。

昔のことなのでグラハムもクラフトも関わってはいなかったが、その悲劇がきっかけで世界規模で問題が起こらない限りは動かないという暗黙のルールが出来上がってしまったのだ。

「まぁ、どうにかなるだろう。いざとなれば俺が動く」

「しかし歯痒いのだが…」

そういい出すグラハムに、男はまた声を上げて笑った。

「先生もまだまだ若いな。その気持ちは学校を守ることだけに注いでくれ。多種族が共存する学校はいまのところあそこだけだ。あれがなくなってしまえば、また種族間でいざこざが起きてしまう」

「簡単にいってくれるよお前は」

すっかり出来上がってしまったクラフトは、グラスを傾けつつ据わった目で男を睨んだ。

「前々からガーゴから種族の受け入れを絞るよう圧力があり、今回介入までしてきやがった。創立者の連名にあるガーゴ創始者の名前を外すのは並大抵のことじゃないんだぞ」

「そのために改革派なるものを作り、土台を固めてきたんだろう? 切り札は確実に集まってきているし、難度は徐々に下がってきているはずだ」

「今回の奴らの計画が成功すれば、それが全てパーになるんだよ。分かるだろう?」

最早愚痴っぽくなってしまったクラフトに、大男は豪快に笑いながらその背中を叩く。

「別に何もするなといっているわけじゃない。学校のため、その生徒を守るためならば、内側のことだし他の長老は動かなくて済むだろう。お前は教職員で、先生は校長だ。その立場を大いに活用すれば良い」

男の意見に、その通りだと頷いたのはグラハムだ。

「確かにいま我々は教職員だ。先のことばかり見ていては、目の前にいる大事な生徒のことがおざなりになってしまう」

「まぁ、否定はしませんが」

「生徒たちを守るためにも、我々は我々でできることをしようではないか」

グラハムがグラスを掲げると、クラフトも薄く笑って同じ仕草をした。

男もそれに倣ったとき、「さて、つまらん話はこれまでにして」、クラフトは口の端に笑みを残したまま男を見た。

「ここからは楽しい楽しい呑みまくりタイムだ」

「おいおい、明日も早いんじゃないのか?」

「構わん。酔いつぶれても魔法でどうとでもなる」

「羨ましいことだ」

「お前も付き合ってもらうからな」

グラハムもクラフトも相当な量の酒を飲んでいるはずだが、まだ呑み足らないいわんばかりに店員に人数分の倍以上の酒を注文した。

「お手柔らかに頼むよ」

大男は笑うが、「久しぶりの再会だ」、クラフトは真剣な表情でいう。

「本気でいくからな」

不適に笑い出すクラフトに、さっきまでずっと余裕そうだった大男は一瞬嫌そうな顔をする。

二人のやり取りに昔のことを重ねていたグラハムは、かつての教え子を見守るような目で微笑んでいた。

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