三十四節、現実
音楽室以上に、体育館の前は人ごみで混雑していた。
外だというのにむわっとした熱気に包まれており、そこかしこから女子連中の黄色い悲鳴が響き渡っている。
「うわ、ここもすごい人だかりだねぇ」
驚くシンシアに、「今度は何なんだよ…」、ダインは飽き飽きとしていった。
「外にいるの、ほとんど女の子ばかりだね?」
ニーニアのいう通り、観客は全て女子だ。全員が体育館に熱のこもった視線を注いでいる。
中には色とりどりの団扇や応援ボードを掲げる女子もいて、まるでライブ会場のようだ。
しかし体育館の中から聞こえてくるのは音楽ではなく、ボールを地面に打ちつけたりキュッキュッという足音だけだ。
どうやら中ではバスケットボール部が練習しているらしい。
「この学校はバスケが人気なのか?」
ダインがディエルに尋ねると、彼女は思い当たる節があったのか「多分…」、そのまま羽を広げて飛んだ。
人垣を飛び越え中の様子を見てきたらしいが、想像通りだったのか「やっぱり」といいながら戻ってきた。
「ユーテリア先輩がいたわ。今日はバスケ部の助っ人してるっぽいわね」
そこでようやくこの混雑の原因が分かった。
「うへー、すごい人気だねぇ」
周囲を見回すシンシアは目を丸くさせている。
「い、いつもこんな感じなのかな?」
そもそも人ごみが苦手だったニーニアは、あまりの密集率に立ちくらみのように頭をくらくらさせていた。
「あの先輩が部活動の助っ人に行ったら、どこだろうとこうなるわね」
ディエルは同じ生徒会役員だからユーテリアの人気はよく知っているのだろう。ティエリアも同学年ということもあり、訳知り顔だ。
「いまもユーテリアさんの教室には女性の方々がよく訪ねて来られますしね」
「う〜ん、そうかぁ…」
ダインは腕を組んで考え込んでしまう。
『幸せの魔法』、二つ目の手順は、この体育館の中にあるバスケットのゴールネットにボールを放り込まなければならなかったはず。
しかしこの人ごみではさすがに難しそうだ。それに体育館はバスケ部が使用中のようだし。
「俺らの用事はすぐ済むんだし、どうにか中に入って一瞬だけボール借りてみるか?」
そうダインが提案するものの、ディエルがすぐに「駄目よ」といってきた。
「みんなユーテリア先輩の活躍に見入ってる。ここで邪魔しちゃ総スカンくらっちゃうのは目に見えてるわよ?」
「まぁ、そうだよなぁ…」
「できることならこっそり忍び込んで、隙を突いてシュート決められたらいいんだけど…」
ディエルはそういいながら上を見る。体育館には二階部分に窓があり、飛べる彼女ならそこから侵入することはできるだろう。
しかしこの人ごみだ。出入り口はもちろんのこと、二階の窓にも羽を持つ種族で埋め尽くされている。
地上では僅かなスペースを巡って争いまで巻き起こっており、さながらバーゲンセールに群がる主婦のようだ。
「他に入れるところはないか、見てくるわね」
ディエルはそういって再び飛び立っていった。
体育館を俯瞰で見だすディエルの姿を追っていると、突然人垣から一際大きな歓声が沸き起こる。
見ると、ユーテリアが体育館の外に出ていた。どうやら外で休憩を始めたらしい。
体操着に身を包む彼は髪が濡れるほどの汗をかいており、褐色色の手足にも玉のような汗が浮かんでいる。
水の滴るその姿は、女子連中にとっては相当に刺激的だったものに違いない。
間近で彼を見ていた何人かは気を失うように後ろに倒れこんでいき、彼から発せられる匂いにやられてさらに何人かが卒倒している。
悶える女子生徒の中には彼の汗を拭いてあげようとタオルを持つ奴がいて、飲み物を渡そうとしていた別の女子グループと揉めだしている。
揉め事から喧嘩、グループごとの抗争にまで発展したようだが、ユーテリアには最早見慣れたものだったのか気にする素振りは無い。
と、彼の顔がダイン達に向けられた瞬間、爽やかな笑顔のまま近づいてきた。
「ダイン達じゃないか。どうしたんだい?」
ユーテリアにとってはダイン達が来ていることが珍しかったようで、タオルで汗を拭いつつダインの目の前で立ち止まる。
「もしかしてバスケ部の入部志望かな? 部長に掛け合ってみようか?」
「あーいや、そういうんじゃないんすけど…」
ダインが応対した瞬間、女子連中の視線が一気に彼らに突き刺さる。
ぴりっとした鋭いものを感じたダインは、すぐさま「ヤバいな」と心の中で思った。
思い焦がれるユーテリアの話し相手が、どこの誰だか分からない怪しげな男。一種の嫉妬のようなものが、ダインだけでなくシンシアやニーニアにまでまとわり付いていく。
歓声は一瞬で鳴り止み、変わりにひそひそ話に変わっていった。
「あの目つきの悪い男は誰?」
そんな声が聞こえた。
「あーほら、最近良く噂になってるじゃない。ノマクラスの…」
「ああ、セブンリンクスの恥さらしか。ジーニ様やサイラ様にまで噛み付いてるって話も聞いたわね」
「なんでそんな奴がユーテリア様と会話してるのよ。誰か止めてきなさいよ」
女子連中は明らかにダインを敵視している。
排除する気配も感じたダインは、シンシアとニーニアにまで被害が及ぶ前に、素早く用件を済ますためユーテリアに手短に説明した。
「ああ、七不思議か。確かにそんな噂話は聞いたことあるね」
「はい。だから、ちょっとだけで良いんでボール貸してくれません? 秒で終わるんで」
「分かった。キャプテンに聞いてみるよ」
どうやら上手いこと話が進みそうだ。
物分りの良いユーテリアにお礼を言おうとしたが、「でも」、爽やかな笑顔ながら、彼は含みを持たせた視線をダインに向ける。
「ちょっとだけ、僕の遊びに付き合ってもらいたいな」
「遊び?」
「ああ。見ての通り僕はいまバスケ部の助っ人をしてるんだけどね。みんな筋はあるんだけど僕にはあんまり歯ごたえの無い相手ばかりで、正直退屈してたんだよね」
ユーテリアが女子たちから絶大にモテているのは、その容姿端麗な外見だけでなくスポーツ万能というのも要因の一つだ。
だからバスケ部だけではなく運動部のあらゆるクラブから助っ人の依頼が来る。その点はディエルと似たところがあるかもしれない。
「だから僕とバスケットの勝負をして欲しい。それに勝ったらコートを使わせてあげるよ」
要は、退屈しのぎに付き合えということだろう。
「いや、バスケのルールはあんま知らないし、バスケ部でさえ歯が立たない先輩に勝てるわけないじゃないすか」
女子連中の目つきは鋭くなるばかりだし、そんな暇も無いのでやんわりと断ったつもりだった。
「退屈しのぎにすらならないと思いますよ」
「そうかな」
切れ長の目の奥が光ったのはそのときだった。
彼はダインにさらに一歩近づき、
「君からは底知れない何かを感じるんだよね…。例の大きな気配とは別種の何かを」
そう、小声でいってくる。
「君の“本気”が見られれば、退屈どころじゃなくなりそうな気がするんだけどなぁ」
無言でいるダインは、その表情に明らかな警戒色が浮かぶ。
「おっと、気を悪くしたらごめんよ」
その気配を察知しユーテリアはすぐさま謝ってきた。いつもの女を魅了するような艶やかな笑顔のまま、持っていたボールをダインに軽く投げ渡す。
「時間は取らせない。君が勝ったら、幸せの魔法だけでなく、七不思議の真相全てを教えてあげよう」
まさかの提案だ。
「え、マジっすか。知ってるんすか?」
ダインは思わず尋ねてしまう。
「付き合ってる子達から色々話を聞けたからね。もしかしたら誰よりも詳しいかもしれないよ」
そう語るユーテリアは相変わらずのニヤけ顔だが、冗談をいっているようにも見えない。
確かに話し上手で二十股と噂のあるユーテリアならば、学校に関することを色々知っていてもおかしくない。
「ああ、でもそれだと君が負けたときのリスクもないと盛り上がりに欠けるか…」
勝負に乗ろうとしたとき、ユーテリアが何やら考え出す。
彼の視線が、ダインの後ろに隠れるようにしていたシンシア達に向いたところで止まった。
「よし、じゃあ僕が勝ったら、君たちと僕とで今度デートしてもらおう」
意外な提案に聞こえたのだろう。ダインの背後にいたニーニアとティエリアは、「え…」、と目を丸くさせたまま固まっている。
シンシアだけは「ほえ?」、と何を言い出したのかすら分かってなさそうな表情だ。
「いや、シンシア達は関係ないでしょ」
ダインはすかさずそういうが、「そうでもしないと、君は少しの本気も出してくれそうに無い気がするからさ」、ユーテリアは引かない。
「つったって、こいつらを巻き込むのは止めて欲しいんすけど」
「可愛い子にはまずデートを申し込むのは僕のポリシーなんだ」
「いや知らないっすけど」
まずシンシア達の意思を確認したいと思ったのか、ユーテリアはダインの後ろにいるシンシア達に顔を向ける。
シンシアは相変わらず不思議そうにしているが、ニーニアとティエリアは彼の視線を感じた瞬間、その視界から逃れるように移動した。
「ほら、こんだけ怖がってる。無理やりつき合わせるっていうのはどうなんすかね」
「う〜ん、おかしいね。他の子達なら二つ返事でオッケーくれたんだけどなぁ」
困った表情こそ優男のそれに近いが、内心ショックを受けているようだった。
だがそれでもすぐに諦めないところは、さすがモテ男といったところだろうか。
「どうかな? ダインとの勝負に勝ったらデートしてくれるかい?」
望みがありそうだと踏んだのか、そうシンシアに訊いている。
そのときに見せた彼の笑顔はとびきりに眩しく、こういう顔に女は弱いのだろうという笑顔だ。
他の女なら即座に了承しただろうが、シンシアは…
「ふぇ? いえ、デートはしませんけど…」
特に顔を赤らめることも無く、真顔のままそういった。
「え…あれ?」
「?」
「いや、デートだよ? 僕と」
「はぁ…」
「楽しませられる自信はある。美味しいお店も沢山知ってるし、君の理想のデートを叶えてあげられることができるよ」
「はぁ…」
「退屈させないと思うし、色んな遊び場も知ってるよ。すごく景色の良いところも知ってるし、穴場のデートスポットもこの大陸じゃほぼ網羅している」
両手を広げてアピールするが、シンシアの反応は薄いままだ。
「お断りさせてもらいますけど…」
「…え〜と…何故だろうか?」
ついには困惑した表情で、シンシアに理由を尋ねだす。
「何故といわれましても…先輩とはデートしたいとは思わないので」
普段のシンシアからでは想像もできないほど、彼女のユーテリアへの応答はドライなものだった。
噂の絶えないユーテリアに警戒しているのかもしれないが、彼は明らかにショックを受けた表情を浮かべる。
「こ、困ったね。女の子にそんなこといわれたの初めてなんだけど…」
女性に対しては百戦錬磨だったユーテリア。
そこまで乗り気ではなかった女性も、ユーテリアの容姿と話術で如何様にもできてきた彼は、これまで相手にされなかった経験がなかったのだ。
だがはっきりと断られた手前、これ以上の誘いは強制的なものになってしまう。
シンシアは諦めニーニアとティエリアに狙いを定めるものの、顔を向けた瞬間また彼女たちはダインの背後に回りこみ視界から逃れる。
「え〜、と…これは…」
ユーテリアはもはや困り果てている。
遠巻きに見ていた女子連中もざわつき始めており、何をしているのかという表情だ。
シンシア達とユーテリアとのやり取りがちょっと面白くなってきたが、ここであまり騒ぎを起こすのも良くない。
「勝負とか止めときましょう。こっちはシュートさえできたらそれでいいんで」
不毛な争いになるとダインはいうものの、「いや、やろう」、ユーテリアは表情を真剣なものに変えた。
「先輩としてのプライドもある。この子達は僕の良さに気付いてないだけなんだよ」
この人はどこまでもポジティブだ。
「でもこの人ごみですよ?」
ユーテリアのファン連中を見回しつつ、「これだけの観客がいたんじゃやりにくいっすよ」、そういった。
「それなら大丈夫だ」
ユーテリアはそっと右手をかざす。
その手に何か文字のようなものが浮かび上がり、次の瞬間彼を中心に周囲に風が吹いた。
いきなり周囲の喧騒が聞こえなくなる。
シンシア達は「あれ?」と周囲を見回し、女子連中が何か喋っているのは見えるのに声が聞こえない違和感に首をかしげている。
魔法が効かないはずのダインにも彼女たちの声は全く聞こえなくなっており、驚くダイン一行にユーテリアは「これなら勝負に集中できるだろう?」、と得意げな顔でいった。
「し、シンボル魔法、ですね」
ダインの背後に隠れつつ、ティエリアが説明を始める。
「魔法でシンボルを浮かび上がらせ、その形に宿る精霊を呼び出し様々な自然効果を発現する魔法です」
「へー」
素直に驚くダインに向け、ユーテリアは「さぁ、勝負といこうじゃないかダイン!」、高らかに宣言した。
「恋は勝ち取るものだという経験も必要だからね、君にはその糧になってもらうよ!」
「まだ粘るんすね…」
「それが僕の取り柄だからね」
笑うユーテリアからは悪意めいたものは一切感じない。ダインも笑いながら「まぁいいっすけど」、とバスケットボールを何度かバウンドさせる。
ようやくやる気を出してくれたダインを見て、より一層闘争心を燃やしたユーテリアは「よし!」、気合を奮い立たせた。
「じゃあ体育館にゴひょおおおおおぉぉぉぉっ!?」
突然ユーテリアが奇声を上げつつ大きく飛び上がる。
そのまま背中に何度も手を回しながら暴れまわっており、ついにはうずくまってしまった。
「な、なん…! な…!?」
驚愕の表情で振り向く視線の先には、ディエルが立っていた。
「あっはははは! ユーテリア先輩のリアクションは相変わらず面白いですねー」
腹を抱えて笑っている彼女は、手に氷の塊を持っている。
どうやら会話に夢中だったユーテリアの背中に、その氷を忍ばせたらしい。
「でぃ、ディエル君…前々からいっていることだけど、いきなり驚かすようなことはやめてもらえないか…」
ユーテリアは全身がぶるぶる震えている。相当に冷たかったようで、しかも仰け反った際に背筋を痛めたのか、なかなか立ち上がれない。
「いやぁ、私がいくら呼びかけても反応が無かったので、どうしようかと思って」
ディエルは全く悪びれない。
ユーテリアがショックを受けたことにより魔法が解けたのか、喧騒が再び聞こえてきた。
「た、体育館を使わせる代わりにその子達のデートを賭けて勝負する予定だったんだよ…」
「ほほう?」
「だから邪魔はしないで欲しいんだけど…」
ユーテリアがそう話してる間に、シンシア達は一斉に首を横に振っている。仮にダインが勝負に負けてもデートの誘いには乗らないと言いたげだ。
「あー、面白そうではありますけど、今回はちょっと諦めてもらいましょうか」
ディエルはそういいながらダインからバスケットボールを受け取り、ユーテリアに返す。
「もう用件は済んだので」
「え…」
彼女はそのままダイン達に体を向けた。
「さ、次行きましょ次」
「いや、いつの間にシュートしたんだよ」
「ユーテリア先輩が外に出たでしょ? 二階の窓から覗いてた子達もいなくなったから、その隙に中に入ってボール拝借してシュート決めてきたのよ」
さすがディエルだ。仕事が早い。
ユーテリアは未だショックから抜け出せないのか、何かいいたげだが口を動かすだけで言葉になってない。
「お邪魔しました〜」
ディエルは軽やかに彼に手を振って、ダイン達を引き連れ体育館を後にした。
「た、助かりましたぁ〜」
体育館から一階の廊下にさしかかったところで、ホッとした様子のティエリアが胸をなでおろす。
「あ、あんなに強引な人、初めてだよ…」
強引な男というのは初体験だったらしく、ニーニアは恐怖心すら抱いているのか顔を青くさせている。
ユーテリアに直接何かされたわけでもない。むしろ優しげな笑顔しか印象に無いはずだが、しかし二人には彼はあまり突き刺さらなかったようだ。
シンシアも同じだったようで、憤然とした表情で息を吐いている。
「ユーテリア先輩って噂どおりの人だよね。見境が無いのかな」
自信に満ち溢れたユーテリアの言動は、その外見も相まって数多くの女性を虜にしてきた。
だがいくら美顔で優男でも、全ての女性がハマるわけではない。逆に反発心を抱く女性もいる。人の好みこそ、千差万別なのだから。
そこを突き破ろうとするユーテリアの言動に、シンシア達はハマってないどころか嫌悪感すら抱いていそうだ。
怖かったと話し合うシンシア達はすでにユーテリアは危険人物と認定したようで、次からは相手しないでおこうとまで決め込んでいる。
とはいえ、女性関係におおらかなだけで性格上に問題があるわけではない。
根は優しい人物なのだろう。あらゆる運動部から助っ人の依頼が来てるのがその証拠で、彼はまめに参加している。
それにユーテリアからは意地汚さや陰湿さは感じなかった。
先輩の顔を立てるためにも、一部の誤解だけは解こうとダインは口を開く。
「可愛い子だからデートしたいと思ったのは本心なんだろうさ。見たところ表裏のなさそうな人だったしさ」
「え〜? そうかなぁ?」
シンシアは疑心たっぷりの目をダインに向けた。「ああいう人はろくでもないって、お母さんからよく聞かされたよ」
「いやまぁ、否定はできないけどさ…」
ダインは困ったように頭をかく。「性格上の問題はないと思うよ。困った人だとは思うが」
「要注意人物だよ」
「欲望に忠実なだけだって。可愛い子とデートしたいなんて、男ならみんな思ってる」
「ダイン君も?」
「ああ。俺も。シンシア達とならデートしたいって思ってるよ」
笑顔と共にそういうと、彼女たちは瞬時に固まってしまった。
それぞれ顔を赤くさせ、ユーテリアのときとはまったく違う反応を見せている。
「ま、まぁ…ダイン君なら、むしろこっちから…」
シンシアが何かいおうとしたところで、ディエルが可笑しそうにくすくす笑い出す。
「いやー相変わらず面白いわねあなた達。ダインはもっと顔がよければさらにモテモテになってたのに、もったいない」
「余計なお世話だ」
ディエルと笑い合った、そのときだった。
「あーあ、いい加減うざいんだけどなー!」
ダイン達が話し合っている、廊下の対面側だった。
そこには男が四人で固まっており、一番体格の大きな男がダイン達に聞こえるように大声を出す。
「インチキで入学したのろまクラスの誰かさんが、こんなところ歩いてるのすら似つかわしくないのにうざいなー!」
男たちはダインの方に顔を向けている。
「ゴミはゴミらしく片隅に縮こまってりゃいいのによー! そうすりゃホウキで掃いて捨ててやるのに」
げらげらと笑う男たち。
たまにいる連中だった。ダインの魔力の無さからインチキで入学したと決めつけ、悪だと思い込み徹底的に排除しようとする連中。
いうなればダイン否定派だ。魔法力至上主義の典型ともいえる。
「規則破りを繰り返して学校の規律も乱す。ジーニ様やサイラ様がわざわざ赴任してきたのも、全部こいつのせいなのにさぁ」
ダインを指差し喚いている。廊下を行き交う他の生徒達が、何だ何だと集まりだした。
突然のことだったので、シンシア達は一瞬何が起こってるのか分からないといった表情だ。
だが男たちの言動と敵愾心をむき出しにした視線から、ダインをよく思ってない連中なのだと理解する。
「分かってんのかよ。お前。反省してんのか? ああ?」
見たところ男たちは全員同学年のようだ。種族はヒューマ族のようだが、口調も目つきもダイン以上に悪い。
ニーニアとティエリアは怯えきったように肩をすくめており、どうしたものかと困った様子のディエルが彼女たちを庇うようにして前に出る。
表情を険しくさせていたシンシアは、やっかみに食いつこうと男たちの元へ向かおうとしていた。
ダインはすぐさまシンシアを制し、グループのリーダーと思しき男と対峙する。
「…で、何がいいたいんだ?」
ギャラリーはますます集まってきたので、手っ取り早く男の用件を済ませるために続きを促す。
「早いとこ辞めてくんねぇかなぁ?」
リーダーの男はダインよりやや体格が大きい。ダインを見下ろすようにふんぞり返り、鼻を鳴らした。
「うざってぇんだよ。視界に入るのも邪魔だし、こうして話してるだけでも虫唾が走る。俺の華やかしい将来に傷をつけんじゃねぇよ」
…こんな輩みたいな連中もいるのか。
腕を組んだダインは、「なるほどな」、と彼と対話する姿勢を見せた。
本当なら相手にすべきではない。まともに話し合ったところで、男たちが改心するようには見えない。
それに連中のような奴らは他にも沢山いるはずだ。いちいち相手していたらきりが無い。
とはいえこのまま放っておいてもろくなことにならない予感がする。ダインはとりあえず反論を試みた。
「んじゃ聞くが、俺がいることであんたの人生にどんな影響があるんだよ。関わりたくないのなら、こうして俺に突っかかってこずに無視すりゃいいじゃねぇか」
男はまた鼻を鳴らす。
「お前がいつまで経っても態度を改めないからじゃねぇか。ゴミなんだから動くなよ。じっとしてろよ」
「質問の答えになってないんだけど。お互い初対面のはずだが、ここまでいわれる道理は何なんだ?」
「記憶力のねぇ奴だな。いっただろうが。学校の規律を乱してるって。それで学校の評判が落ちたら、俺の将来にまで影響出るのが分かんねぇのか?」
顔を寄せてダインに凄む男は、このまま喧嘩になったとしてもどうとでもなるという余裕が窺える。
魔力の無いダインを侮っており、何の力も無い彼を完全に下に見ていた。
だからこそ、ダインの気ままに学生生活を送っている態度が気に食わなかったのだろう。他のノマクラスの生徒なら、自分は劣等生なのだという自覚があるはずなのに。
陰口を気にも留めず、その上女子と行動を共にしている。いよいよ我慢ならなかったのだ。
「分からねぇな。評判は所詮評判だろ」
男の威圧にダインは全く動じる素振りを見せず、睨み返すまま反論した。
「学校の評判であんたの将来に影響するってんなら、あんたはその程度の奴ってことになんねぇか?」
「あ?」
「学歴なんてものは単なる通過点だ。卒業後どうするかはそいつ自身が決めることだ。学校の評判が、就職に上手くいかなかったときの言い訳になるとでも思ってんのか? この短い三年間程度で、何倍もの長いこれからの人生にどれほどの傷がつくと思ってんだよ? 狭い考え方してんだな」
冷笑を返すダインに、男は反論の言葉が浮かばないのか生意気だと思ったのか、顔に朱が差す。
「てめぇ…」
拳が握り締められ、怒りに震えている。
━━これ以上は危ないな。
そう思ったダインは、一方的に口論を打ち切って男に背を向けた。
「もう俺に絡んでくるな」
シンシアは無言のまま、男たちを怒った表情で睨みつけている。
いまにも飛び掛かりそうな様子だったので、どうにかなだめつつその場を立ち去ろうとしたが…突然、ギャラリーからざわっとした空気を感じた。
背後が光る。振り向かないまでも、男が魔法を使ったのが分かった。
男の体格は数倍にまで膨れ上がっている。強化魔法を自身にかけていたようで、次に起こることを予感したギャラリーが騒ぎ始めたのだ。
「死ねおらあぁ!!!」
どすんどすんという足音がダインに迫ってくる。
男は強化して膨れ上がった腕を振り上げ、ダインに打ちつけようとしたが、
「━━手を出すのか?」
ダインは静かにいった。
周囲のざわつきにかき消されそうなほどの声量だったが、男の動きが止まってしまうほどの鋭い声だった。
「やりたいなら相手してやるよ。この学校には別に執着してねぇんだ。やりたいんなら、気の済むまで相手してやろう」
その瞬間、怒り狂った男の表情は驚愕に変わる。
数メートル先にいたはずのダインが、気付けばすぐ目の前にいたのだ。
「ここまでいわれて、俺だって何も思ってないわけじゃねぇ。本気で相手してやる」
ダインは無防備な体勢ながらも、男にさらに顔を寄せる。
「かかってこいよ。お前の今後の人生が、全く違うものになる覚悟があるならな」
シンシア達からは背中を向けているので、そのときダインがどんな表情をしていたかは見えてない。
だが、怒りから驚愕に変わっていた男の顔は、今度は恐怖に染め上がっていく過程だけはしっかりと見えていた。
「っぐ…! く…くそがっ…!」
ダインから形容しがたい“圧”を感じた男は、そのまま背中を向けて逃げるように走り去っていく。
それを追いかけるように、取り巻き連中も足早に廊下から校舎の外へ出て行った。
「…俺らも逃げるか」
ダインはすぐに普段の表情に戻し、シンシア達に声をかける。
「騒ぎを聞きつけて先生が来たら面倒だ」
とにかくこの場だけでも離れようと、ダインは彼女たちを連れノマクラスの教室を目指した。
「いやぁ、相変わらず言うわねぇダイン。あんな怖い顔できるのね」
教室に着いて、早速ディエルがにやにやとしながらいってくる。
「あんなもん、この学校に来る前じゃほぼ毎日あったんだよ。魔力の無い奴は人権が無いって思ってる奴はまだ多いからな」
やさぐれるようにダインはいい、ディエルは「ま、そうね」と、何やら訳あり顔で頷いている。
「あ、あの…」
ニーニアが何かいおうとしたときだった。
「あ!? もうこんな時間じゃない!」
教室から時間を確認したディエルが声を上げる。
「早く帰らないとまたあいつに文句言われるわ…!」
慌てたように自分の机からカバンを取ってくる。
「え? いや、もう終わりなのか? まだ調査段階なのに…」
「どっちにしろ今日中は無理っぽいから、それはまた今度ね! あ、セレス先輩には連絡しておくから、今日はこれで解散!」
一方的に解散を宣言し、そのまま窓から校舎の外まで飛んで行ってしまった。
「あいつ…マジで自由だな…」
ダインが置いてけぼりをくったような表情でいると、またシンシア達がおずおずとダインに近づいてくる。
みんな一様に表情を暗くしており、ダインは明るい調子で「変な奴に絡まれたから終われなかったな」、と笑いかけた。
それでも彼女たちの表情は晴れない。ダインに向けている目は、どれも心配そうなものだ。
「さっきのことなら気にするな。言われ慣れてることだしさ。それより怖がらせちまったな」
謝罪の意味を込め、ダインはシンシア達それぞれの頭を撫でていった。
「軽く脅しただけだ。面倒ごとは避けたいし、喧嘩するつもりは初めからなかったよ」
「それは、分かってたけど…」
もちろん、男たちの暴力に近い言動でショックを受けたせいもある。
だが彼女たちの表情が暗いのは、ダインに対する学校内での評判が思っていたよりも悪いものだったことに他ならなかった。
ユーテリアと会話しているときに漏れ聞こえた、セブンリンクスの恥さらし。先ほどのギャラリーの中にも、ダインに険しい目を向けていた生徒も何人かいた。
彼女たちはようやくいま、思い知ってしまったのだ。
ダインはいつも明るくシンシア達に接していたから分からなかったが、ノマクラスの中でもダインにだけはとりわけ風当たりが強い。気に入らないと思っていた人が多くいた。
ガーゴの連中と口論したことが主な要因だろう。一日では歩き回れないほど校舎は広いが、学校という組織は狭いのだ。悪い噂話はあっという間に広がる。
シンシア達は何かいいたげな視線をダインに向けている。
ダインはなおも彼女たちを安心させるような笑顔でいった。
「とりあえず俺たちも帰るか」
「やっぱり、納得いかないな」
いつもの公園に着き、ベンチで一息ついたとき、憤まんやるかたないといった様子でいったのはシンシアだ。「初対面なのにあの言い方はないと思う。規律だなんだって強制する人の方こそ、規律を乱してるよ」
「そうだね」
珍しくニーニアも同様の顔つきで頷いた。「みんな良い人だと思ってたんだけど、格式高いっていわれてるセブンリンクスにもあんなに柄の悪い人がいるなんて…」
「人の悪意というものは、善意よりも大きくなりやすく、また広まりやすい性質を持っていますから」
ティエリアは残念そうな表情だ。「どの種族、いつの時代にも変わらないものです」
「もういいんだって」
嫌な気分のまま彼女たちを帰らせたくなかったダインは、なだめるようにいった。「こればっかりはどうしようもないんだから。今後ともこういったことはあると思う」
「うん。仕方の無いことだと思う。人の考え方はそれぞれなんだし、ダイン君だけじゃなく私たちのことだって良く思ってない人はいると思うし。でも何より許せないのは、噂や評判だけでダイン君を否定したことなんだよ」
真剣な様子でシンシアはいい、同意見だったのかニーニアとティエリアも大きく頷いた。
「面識の無い人相手に、あそこまで言える神経が分からない。否定したところで自分に何の得も無いはずなのに」
「そうだよ」、シンシアの台詞を引き継ぐように、今度はニーニアが口を開く。
「魔力の強い弱いは生まれ持ったもの。身体的特徴と同じで本人にはどうしようもないことなのに、それだけでその人の優劣を決め付けるのはおかしいよ。魔法が使えなくても生きていける。大昔よりも便利になった。そのために、私たちドワ族はアイテム製作に精を出してるのに」
「さらに悪いのは、非難の対象がその方だけではなく、親族にまで及ぶこと」
そう話し出すティエリアも、表情に理不尽なものに対する悔しさがにじみ出ている。
「生まれやその種族にまで悪意が向けられる。ストレスのはけ口とされることが多いのです」
「規則だなんだって色々と抑圧された学校だから、ストレスを溜め込む気持ちは分かる。でも、だからといって他人を攻撃して良い理由にはならない」
シンシアは断言し、真剣な表情のまま前を向く。
「ダイン君があそこで言い返さなかったら、私が出るところだったよ」
「いやまぁ、その気配感じたから俺が相手したんだけどな」
ダインは苦笑したままいった。「身内のことまでいわれるのはアレだけど、俺自身には何言われたって気にしない。ああいう連中は昔からいたし、もう慣れっこだ。だからそのことでお前たちが気に病むようなことはして欲しくない」
シンシア達には笑顔でいて欲しい。そういってもまだ彼女たちの表情は晴れなかったので、ダインは続けた。
「大体、ここで連中の文句いってたら結局あいつ等と同じになってしまうぞ? 世の中色んな奴がいるんだから、いちいち目くじら立ててもきりがないって。お前たちに怒った顔は似合わない。あまり負の感情を抱いて欲しくない。言ったろ? シンシアもニーニアも先輩も、みんな可愛いって。笑顔が一番可愛いんだから、そんな顔するなって」
ダインはシンシア達の頭を優しく撫でていく。
途端に彼女たちの表情は緩んでしまい、ダインはまた笑ってしまった。
「これでどうにか収めてくれ」
「む、むぅ…」
せめてこれだけはいいたかったと、「でも」、シンシアは口を開く。
「逆の立場だったら、ダイン君だって怒ってたでしょ?」
「そりゃ黙ってはないけどさ」
そう。彼女たちがこれだけ怒っているのは、それほどダインのことを大切に思っているからだ。
親兄弟をバカにされれば怒るのと同じぐらい、彼女たちはダインを非難する連中のことが許せなかったのだ。
シンシアたちの怒った顔は、ダインを心から信頼しているという証でもある。
何だか温かな気持ちが沸き起こってきたダインは、ベンチに横一列になって座る彼女たちを、後ろからまとめて抱き寄せた。
「わ、わわ…!?」
驚くシンシアたちに構わず腕に力を込め、そのまま「ありがとな」、静かな声でいった。
「俺のためにここまで怒ってくれてさ」
「あ、当たり前だよ。友達だもん」
「ああ。そうだな。でも俺は大丈夫だから、それ以上の口出しは無用だ」
シンシア達を抱き寄せたまま、ダインは説得するように優しい口調で続ける。
「何かあればちゃんと対処するし、手に余るときはちゃんとお前等を頼る。逆も然り。な?」
ダインに肩を抱かれ耳元で囁くようにいわれては、彼女たちは従順になってしまうしかなかった。




