三十三節、七不思議
ホームルームが終わり、ディエルとの約束どおりシンシア達と七不思議について調査をしようとしたときだった。
「ダイン、ちょっといいか」
クラスメイトが一斉に教室を出て行く中、クラフトに呼び止められる。
「はぁ」とダインは返事をしつつシンシア達に集合場所で待っているよう伝え、教壇に立つクラフトの前まで向かった。
「お前に作成を頼んでいた来週の下克祭のプログラム表なんだが、確認したところ少し不備があった。修正を頼みたい」
「いまっすか?」
「ああ。時間はとらせん」
「まぁいいっすけど」
クラフトからプログラム表の原本を受け取り、自分の机に戻る。
教室には早くもダインとクラフトしかいなくなっており、ダインは早速修正作業に取り掛かった。
クラフトがいっていた通り、修正箇所は三箇所ほどしかない。
これならすぐ終わりそうだ。
安心してペンを手に取り書き換えていると、いきなりその紙に妙な変化が現れた。
「ん…?」
空白の部分に、インクが滲み出してきたように文字が浮かび上がってきたのだ。
『今朝のあの塔についてだが、昼過ぎ頃に周辺が封鎖され調査が入ったらしい』
思わずダインは顔を上げてしまう。
教壇の隣にある担任用の机に座るクラフトは、テスト用紙を広げ採点作業に没頭している。
さもこちらを気にしてない風だが、文字を浮かび上がらせているのはクラフトの魔法とみて間違いないだろう。
教室には耳の魔法が仕掛けられている。それを見抜いていたから、魔法による筆談でダインにコンタクトを取ってきたのだ。
何もしてないのに文字が消えていき、再び別の文章が浮かび上がる。
『朝の一件の後サイラが何かいってくるかと思ったが、いまのところ大人しくしている。下手に騒ぎ立てると、ノマクラスのエリアにモンスターを召喚したことがばれてしまうと思ったんだろうな』
ダインが読み終えてから、また別の文字が浮かんだ。
『お前の憶測どおり、奴らはお前を注視している。常に目や耳の魔法が仕掛けられていると思った方が良い。至るところに仕掛けがあるから、妙な行動は慎め。昼間は少し怪しかったぞ』
昼…? 疑問に思っていると、文字が消えてまた浮かぶ。
『不可視のバリアは聖力の高い奴らには見抜かれる。逆に怪しまれるだろうから、できるだけ普通にしていろ』
なるほど、と無言で納得したダインは、修正作業を終えた後何事か思考する。
やがて紙の空欄部分にペンを走らせ、ある文章を書いた。
「できました」、クラフトの元へ向かい、原本を差し出す。
「ついでに気になる部分を追記しときました。参考にしてください」
「ああ、悪かった…」
いいかけたクラフトは、その空欄に書かれた文章を見て目を少し見開く。
『ガーゴが魔法の反作用を引き起こす装置を作っているかもしれない』
その一文をしっかりと頭に入れた彼は、文字を消し同じ部分に直接何かを書き込んでダインに見せた。
それはクラフトが…いや、グラハム率いる改革派が、ガーゴに抱いていた疑惑、その根本ともなるべき一文だった。
『レギリン教について調べてみるといい』
そこでダインはまたクラフトを見てしまう。
レギリン教が何なのかを知らなかったので、表情には疑問が張り付いていた。
だがそれも一瞬のことで、ダインはすぐに表情を素に戻し机からカバンを取る。
「んじゃ、失礼します」
「ああ」
教え子を視線で見送ったクラフトは、やがて椅子の背にもたれて天井を見上げた。
「まさか…な…」
彼の中でくすぶっていた形の無い疑惑は、いまや輪郭を持つほどまでに大きくなっていたようだった。
体育館裏には、すでに見知ったメンバーが集結していた。
ニーニアにシンシア、ティエリア。
女三人だけがいて、首謀者であるディエルはいない。
「ディエルさんは、生徒会のお仕事が終わり次第合流するそうです」
ダインの疑問をいち早く察してティエリアが答えてくれるが、ダインは肩をすくめた。
「のっけからリーダー不在ってのはどうなんだろうな」
その彼の台詞に、シンシア達は「確かに」と笑う。
「まぁ門限もあるし、俺たちだけでできることはとっととやるか」
「うん、そうだね」
「んで最初に手をつける七不思議は…幸せの魔法、だったっけ?」
ダインが聞くと、全員が頷いた。
幸せの魔法━━
校舎のどこかにあるといわれる秘密の場所に、創造神エレンディアの像がある。
見つけ出した者には幸せになれる魔法がかけられるらしい。
単純すぎる上にどこにでも転がってそうな噂話だが、実際に宝くじを当てたり希望する職種につけた人がいたらしい。
偶然とはいいがたいほどの的中率らしく、そのため中には血眼になって探し回っている奴もいるそうだ。
しかし見つけられた者はこの長い歴史の中でごく僅かだ。理由は、その場所にたどり着くまでに非常に面倒な“手順”が必要だったからだ。
まず始めに音楽室の肖像画に触れる。次に体育館のバスケット用のゴールネットにシュートを決め、魔法実験室にある実験用の人形に火の魔法をエンチャント。
その人形を持ってプールに行き、さらにプールの水で人形にエンチャントをかける。
うまくいけばその人形はホムンクルス化を遂げ歩き出し、エレンディアの像がある秘密の場所まで案内してくれる━━という、もはや見つけさせる気などなさそうなほどに面倒すぎる手順だった。
ディエルからその詳細を聞いたときはまず付き合わないと心に決めたダインであったが、魔法の効かないダインであれば、そんな面倒な手順を踏まなくても秘密の場所を見つけられるのでは、とディエルは期待していたのだ。
確かにダインであれば、不可視のバリアでも多少認識することはできる。不可思議な空間を発見するだけなので簡単だろうとのディエルの読みから、その『幸せの魔法』という不思議の解明に着手することにしたらしい。
それでもめんどくさそうだとダインは難色を示したが、朝の勝負に負けたことを持ち出された以上付き合うしかない。
「怪しそうな場所ねぇ…」
ダインは校舎の内部構造を脳内で描く。
だが校舎はドームの何倍もの広さがあり、行ったことが無い場所ばかりなのですぐに諦めた。
「秘密の場所っていうぐらいだから、人気の少ないところとか、普段使われてないところとかにありそうだけど」
ニーニアはそう推理するが、「でも魔法で見えなくしているんだったら、あえて人気の多いところに隠してるのも考えられるよね」、シンシアがいった。
「誰が設定したのか分からないけど、あれだけ沢山手順を作ったんだったら、きっと正解も意地悪なものなんだよ」
シンシアの推理も的を射ている気がする。
とはいえ、ニーニアもシンシアもそれがどこかはさすがに推理しきれないようだった。
「例の二人がいるし、今朝のこともあるから、しらみつぶしに探して校内をうろうろするってわけにもいかないしなぁ」
熟考するダインに、「そうですね…」ティエリアも考えを巡らせている。
「結局は、正規の手続きが一番の近道だった、ということもありますから…」
彼女のその言葉に、全員が「そうかも」と呟く。
「とりあえず正規の手順を踏んでみる? それでも校舎の中を歩き回ることになるし、途中で正解が見つかるかもしれないよ」
とにかく動き出さないことには秘密の場所も分からない。
「そうだな」、同意するダインにニーニアも「うん」と頷く。
「ふふ。ではそうしましょうか」
ティエリアはやけに嬉しそうな顔だ。
放課後、友達と校舎を散策。
それも彼女の夢の一つだったのだろう。
ダインは彼女に笑いかけつつ、始めは音楽室だったことを思い出し、「いくか」、彼女たちにそう声をかけた。
「放課後探検隊、出動ー!」
シンシアは笑顔で片手を振り上げ、ニーニアとティエリアがそれに続く。
リーダー不在の探検隊、その初任務が行われることとなった。
音楽室は防音のため壁に窓が無い。
そのため音楽室前は何も無い壁と出入り口のみの殺風景な外観だったが、どういうわけか手前の廊下には数多くの人垣があった。
種族ごとにグループを作っており、それぞれが音楽室側の壁に張り付くようにして談笑している。
それだけではなく廊下の中央や窓際にまで人で溢れかえっており、異様な光景にダイン一行は思わず立ち止まってしまった。
「な、何か事件かな?」
心配しだすニーニアだが、その人垣はどれも笑顔だ。慌ててる様子もないし、事件性は皆無だろう。
とはいえこの光景は普通ではない。音楽室の中に何かあるのだろうか。
そう思ったとき、ティエリアが「これはもしかして…」と何か思い出したような顔になった。
「何か知ってるのか?」
「あ、はい。今日は確か吹奏楽部と合唱部の方々がこの中で練習中だと思うのですが、普段なかなかいらっしゃらない“ある方”も練習に参加しているので、このように皆さんお集まりになってるようです」
たまに見る光景だとティエリアはいい、情報の裏を取るためにどうにか音楽室の中を覗こうとしている。
「つまりそいつの練習風景を見る…いや、聞くためにこれだけ人が集まってるってことか?」
「はい」
確かに改めて人垣を見てみれば、全員特に音楽室に入りたがっているようでもない。何かを待っているような様子だ。
人が多い分雑談が多く廊下中がざわついていたが、音楽室の中からピアノの旋律が聞こえた瞬間、示し合わせたかのように全員が黙り込む。
「始まりますね…」
静かにティエリアはいい、ダイン達も口を閉じる。
ピアノの旋律に混じって打楽器や弦楽器の音も聞こえてきた。
何の曲かは分からないが良い音色だ。音ずれも無く、機械のように正確に一つの音楽を形作っている。
廊下に集まっている聴衆は全員が目を閉じ聴き入っていた。
魔法関係のみが重視されがちなセブンリンクスだが、ここに集まる生徒は天才肌の者が多く、魔法以外の才能を持つ者も少なくない。
セブンリンクスに通う以前から、それぞれ何かしらの英才教育を受けてきた彼らだ。魔法以外の才能を発揮する場は、主に部活動であることが多い。
身体能力が高い奴は運動部、料理が得意な奴は料理研究部、想像力や発想力豊かな奴は文化部。
そして吹奏楽部と合唱部にいるほとんどの生徒は、音楽関連の才能を持っているのだろう。
もちろんそれ以外もいるのだろうが、少なくとも現部員は天才ばかりのようだ。
聞こえてくる旋律は一切の乱れが無く協和しており、聞こえてきた歌声はメディアで流れるプロ並みに美しい。
ダインは昔、母のシエスタに連れられ合唱コンクールの見学に訪れたことがあるが、これほどまでに完成した音楽は聴いたことが無い。
そのとき、合唱する声に混じって完全に別物のような歌声が聞こえてきた。
澄み切ったような、まるで自然の中から奏でられているような、美しすぎるといっても良いぐらいの歌声だ。
まるで耳から全身に染み渡るかのような歌声は、聴き入る聴衆全ての表情を穏やかにし、笑顔にさせている。
「う…わぁ…」
思わずシンシアは感嘆した声をあげ、ニーニアは目を見開いたままその歌声の美しさに固まっている。
「聴けば聴くほど、綺麗な歌声です…」
何度か聴いた経験のあるティエリアも目を閉じてその歌声に耳を傾けており、身も心もほぐれきったような表情だ。
人垣ができるのも頷けるほどの合唱練習はしばらく続き、やがてフェードアウトするかのように静かになっていく。
『はい、おしまい!』
聴衆が拍手をする前に、音楽室の中から元気そうな声が聞こえてきた。
『まだ終わってないよ〜』
別の女生徒の声も聞こえる。まだセッションしたかったのか、物足りなさげな声だ。
『歌合わせはできてるから、後はそれぞれで練習しよう』
『え〜』
『私生徒会の仕事がまだ残ってるから、ごめんね!』
その会話は廊下にいる人全員に伝わったようだ。
もう終わりか、と明らかに残念そうな顔のまま散り散りになっていく。
静けさを取り戻した廊下に、音楽室から一人の小さな人物が飛び出す。そのフェアリ族の少女は、ダイン一行の姿に気付き「お」と近づいてきた。
「みんな、どうしたの?」
セレスだった。見知った面々を懐っこそうな瞳で見回している。
「セレス先輩って合唱部だったんすね」
ダインがいうと、彼女は空中に静止しながら「うん」と頷いた。
「まぁ歌以外に得意なことないからねぇ」
謙遜するが、「す、すごい綺麗な歌声でした!」、興奮冷めやらぬシンシアが一歩前に出てセレスに思いの丈を述べる。
「ほんっとに綺麗で、すごくて…ずっと聴いていたかったです」
シンシアの隣でニーニアは何度も頷いており、憧れとも取れる視線を受けたセレスは忙しなく羽を動かしながら頭をかいた。
「えへへー、そう? いやー、後輩に褒められるのは嬉しいねぇ」
照れ笑いを浮べるセレスを見てから、ティエリアはダイン達三人に向け説明を始めた。
「セレス・アナスタさんは、稀代の作曲家といわれる父方マルクさんと、天性の歌声の持ち主である母方セフィさんのご息女にあられます。アナスタ家はかつての混乱期、戦地に赴く戦士たちに歌をささげ、戦況をひっくり返すほどに士気を上げたといわれております」
アナスタ。そういえば七英雄の中にそんな名前のフェアリ族がいたことを、ダインはいま思い出した。
「世界を救った英雄の末裔か…またえらい肩書きの先輩がいたもんだな」
肩をすくめるダインに、「英雄だなんだっていうブランド力は、いまはもうほとんど失われてるよ」、セレスはダインに向き直り、いってきた。
「エレンディアの証なんかも重要視されなくなったし、実力がものをいう世の中になってきてるんだよ」
そう話すセレスは若干寂しそうな顔をしている。七英雄の末裔だというプライドは多少なりとも持ち合わせていたのだろう。
とはいえ、その家柄を差し引いてもセレスの歌声はかなりのものだ。
人々を魅了するあの歌声は、才能が無くてはできない。それに歌うことが好きじゃないと、あれほどの声量は出せないはずだ。
「でも良いんすか? さっきの。練習打ち切ったように聞こえたんすけど…」
正直にダインが話すと、セレスはどこか気まずそうに頬をかく。
「フェアリ族の歌声ってさ、声自体に聖力がこもっちゃうから、他のところにまで影響が出ちゃうんだよ。他の部員たちの練習を邪魔しかねないし、だから長い時間一緒に練習するっていうのは難しいんだよね」
フェアリ族のその特徴は知らなかったのか、「そ、そうなんですね」、とニーニアは驚いている。
確かにフェアリ族の歌声は特別なものだとどこかで聞いたことがある。
歌い方一つで聴いている奴のテンションを変えたり、眠らせたりすることもできるらしい。
相手の精神に影響するフェアリ族の魔法。その魔法力は分類上聖力になるのだが、他とは一線を画す性質を持っている。エル族が使う精霊魔法と少し似ているところがあるかも知れない。
「確かフェアリ族の歌声は、周囲の人たちを鼓舞する効果が主なものなんですよね?」
シンシアがいうと、セレスは頭上を見上げてから「あーうん、まぁそうだね」と頷く。
「じゃあその歌声で部員を鼓舞すれば、練習の必要なくコンクールとか優勝間違いなしになるんじゃ…」
シンシアの話を聞いてセレスが浮べたのは、やや呆れた表情だった。
「確かに優勝は狙えるかもしれない。でもそれって本人の実力になるのかな?」
散々いわれたことなのか、やれやれとした仕草だ。
「テンションの上げ下げだって本人の実力のうちだよ。私が手助けして優勝できたとしても、本気で音楽家を目指す人なら心から喜べないよ」
つまりそれほどフェアリ族の…いや、セレスの歌声は強力なものだといいたいのだろう。
確かにさっきの歌声はすごかった。聴いていると寝入りそうなほどに落ち着く音色だった。
セレスほどの強力な歌声ならば、才能の無い部員がセッションしてもプロ並みの力を発揮しそうだ。
セレスはそういう意味でも部員たちの邪魔になると思い、極力合同練習は避けていたのだろう。
「私も合唱部の部員だしコンクールには出るけど、でもそれまでは私の歌声が無い環境の中で練習して欲しいんだよ。そうしないと本当の実力が伸びないと思うし」
「私もみんなと練習したいんだけどね」、そう続けるセレスは、再び演奏の始まった音楽室をやや寂しそうな表情で見つめている。
「って、そんなことはいいから、どうしてあなた達がこんなところに?」
セレスが話を戻してきた。
「私の歌を聴きに来たわけでもないんでしょ?」
「あ、はい。実は…」
ティエリアが説明しようとしたとき、廊下の奥から「ごめーん!」というこれまた元気な声が聞こえてきた。
全員が振り向くと、彼らの元まで走ってやってきたのはディエルだった。
よほど焦っていたのか、ダイン達の前までやってきたときにはすっかり息が上がっていたようだ。
ぜぇはぁと膝に手を付き呼吸を整え、「いやー」、照れた笑いを浮べる。
「ちゃっちゃと終わらせる予定だったんだけど、思いの外やること多くて遅くなっちゃったわ」
音楽室にいることは彼女に連絡済みなので、迷うことなくダイン達の元へやってこれたのだろう。
「なになに、これは何か楽しいイベントの集まり?」
ディエルが来たことにより面白いイベントの予感がしたのか、セレスの目が輝きだす。
「ほら、セレス先輩教えてくれたじゃないですか」
呼吸が落ち着いたディエルは、自分の肩に乗ってくるセレスに向け話しかけた。
「七不思議の一つにある、幸せの魔法のこと」
やはりダインの予想通り、情報源はセレスだったようだ。
セレスは一瞬驚愕したものの、「あはは」とすぐに笑顔を浮べる。
「ほんとに調べる気なんだ?」
「優秀なメンバーが揃いましたから」
「なるほど。でも規律矯正だってガーゴの人たちが赴任してきたこのタイミングでそんなこと始めるだなんて、ディエルはやることが違うなー」
煽ってるわけでもなんでもなく、セレスはディエルの突拍子も無い行動に可笑しそうに笑っている。
「あんなのに怯えてたらいつまで経っても真相究明なんてできませんよ。歴史あるこの学校の謎を解明だなんて、これほど面白そうなことはないですし」
「そうだね! 私も気になってたんだよね」
セレスはディエルの肩から飛び立ち、ダインの前に移動し背中を向ける。
「よーし、じゃあ行こうか!」
早くも参加する気になったのか、そういって先を行こうとする。
ディエルはすぐにノってくるかと思いきや、「あー」、と気まずそうにセレスを呼んだ。
「セレス先輩も加入してくれたら嬉しいんですが、ラフィンが先輩のこと探してましたよ?」
そこでセレスは「うげ」と渋い顔になる。
どうやら生徒会の仕事があったのは本当だったようで、「後でね」とダイン達に手を振りつつ廊下の窓から外へ出て行った。
彼女の姿が見えなくなってから、「ディエルちゃんはもうお仕事終わったの?」、とシンシアがディエルに尋ねる。
ディエルは「完璧よ」と胸を張っていってきた。
「書類整理も下克祭のスピーチ作成も全部終わったわ。私が本気を出せばちょちょいのちょいよ」
生徒会は当然ながら暇ではない。しかし彼女にとっては七不思議の真相解明がいま一番楽しいことであるはずで、そのための努力は惜しまなかったのだろう。
面白そうなことに全力投球なのは、いかにもデビ族っぽい。
「ちょっと普段より実力発揮しちゃったから、何か企んでるんじゃないかってラフィンに少し怪しまれたけど…ま、大丈夫でしょう」
それで、と、彼女はダインに顔を向ける。
「七不思議の一つの幸せの魔法。あれを手順どおりにすることにしたのね?」
「ああ。めぼしい場所浮かばないし校舎の中あんまうろつくわけにもいかなかったから、手順どおり進めるのが一番早いってことになってな。それに探してるうちに隠し場所見つかるかもしれないし」
「その通りね」
深く納得したディエルは、ダイン達の先頭に立って「じゃあ早速行くわよ」、と音楽室のドアに手をかけた。
ドアを開けた瞬間、演奏の音がダイン一行の耳を貫く。
急な大音量にシンシア達は驚きつつも、そのままこっそりと入室させてもらった。
誰もこちらに気付く様子はない…はずだったが、演奏の指揮を執っていた一人の女生徒が近づいてきた。
「ディエルじゃん。どうしたの?」
ヒューマ族のその女はリボンの色から察するに二年生のようで、思わぬ侵入者に不思議そうな視線を送っている。
「もしかして入部希望? ディエルなら歓迎よ?」
顔の広いディエルのことは知っていたようで、部長なのか嬉しそうな笑顔をディエルに向けていた。
「あーいや、ちょっと所用でして。すぐに終わりますから、どうぞ私たちのことはお気になさらず」
「私たちって…」
そこで部長の女はダイン達…いや、ティエリアを見て上半身を仰け反らした。
「てぃ、ティエリアさん!? え!? ど、どうしたんですか!? どうしてここに…」
二年生だからティエリアのことも知っているのか、ひどく驚いた様子だ。
ゴッド族だから近寄るものはおらず、自身も引っ込み思案で人見知りなティエリアだ。誰ともつるまずすぐに逃げ出してしまっていた彼女が、放課後に学校に残っているのが不思議でならなかったのだろう。
「あ、わ、私も所用で…」
ティエリアの声は小さく、演奏や合唱の音に瞬く間にかき消されてしまう。
「えーっ! えーっ! あ、よ、よかったら見ていきません?」
ティエリアが生徒会を抜けどこのクラブにも入ってないというのは、全生徒が知ってることだ。
いま現在フリーといってもいい彼女なので、どうにかゴッド族のティエリアを引き込めないかと、部長クラスのほぼ全てのクラブが画策していたところだ。
「楽器使うの楽しいですよ? 人と音が重なったときとか、すごく気持ちよくてですね…」
部長の女はここぞとばかりにティエリアに音楽の素晴らしさを説いている。
「いまのうちだね」
シンシアがこっそりいってきて、ダインとニーニアは頷く。
誰もこちらを気にしている奴はいない。いまがチャンスとばかりに、音楽室の最後尾に飾られた著名な音楽家の肖像画にシンシアとニーニアが触れた。
「これでいいのかな?」
特に変化が起こったようには感じない。
シンシアもニーニアも首を傾げるばかりだが、とにかく最初の手順は確かに踏んだ。
ティエリアとディエルはまだ部長の女の熱心な勧誘を受けている。
二人は始終困ったような顔で愛想笑いを浮べており、まるで頼んでも無いのに商品説明を始める服屋の店員を相手してるときのような表情だ。
どうにか切り抜けてくれと心の中で二人にエールを送りつつ、ダイン達は音楽室から廊下に出た。
「ディエルちゃんもティエリア先輩も人気者なんだねぇ」
数分後、どうにか抜け出せたディエルとティエリアに向け、シンシアは笑いながらいった。
「た、大変でした…」
ティエリアは深く嘆息している。解放されてようやく一息つけるといったところだ。
「あの先輩ちょっとしつこいから、やんなっちゃうわ」
ディエルはやれやれと肩をすくめていた。
「シンシアとニーニアも紹介してくれっていってたわよ? もちろん断ったけど」
「あれ、そうなんだ」
シンシアは意外そうに反応する。ノマクラスの自分たちなのに、勧誘する気でいたのが信じられないのだろう。
「まぁどっちも可愛いからね。あの先輩、結構見た目重視なところもあるから」
「紹介してくれっていってたのは私たちだけ?」
シンシアが尋ねる。
「え、そうだけど」
それが何か、というディエルに、シンシアは「だったらダイン君も可愛いよ?」、とこれまた意外なことを言い出した。
「いや…いや、無いだろ」
ダインはすかさず突っ込む。だがシンシアは真面目な表情だ。
「目つきがあれだから怖そうに見られるかもしれないけど、ふとしたときに見せる照れた顔とかすっごく可愛いんだよ?」
「いや、だから…」
「分かります!」
大声でいったのはティエリアだ。
「笑った顔もそうですし、恥ずかしそうな顔もすごく可愛くて…」
「うんうん」
ニーニアも何度も頷いている。
突然始まったダイン推しにディエルは戸惑うばかりで、ダインもダインでどう落ち着かせようか困っていた。
「仮にダイン君が入部したら、私も入ってもいいかなぁ」
シンシアはそんなことを言い出し、ニーニアもティエリアも続けて頷く。
「いや、だから無いって。それは絶対に」
ダインは改めて否定した。
「シンシアやニーニアは良いけどさ、俺はノマクラスの中でも悪い方で目立ってるからな。だから勧誘とかは絶対にない。希望しても弾かれるだろうよ」
陰口を叩かれてるという事実をいったが、ダインの性格をよく知るシンシア達は首を傾げるだけだ。
「そうかなぁ? そんなこといってる人見たことないけど」
「お前の周りの友達が良い人ってだけだよ」
「え〜?」
「ディエルもそう思うだろ?」
何故か急に静かになったディエルに問いかけるものの、彼女は窓から外を見つめたまま返事が無い。
「ディエル?」
改めて呼ぶと、一瞬真剣な表情でいたディエルは「あ、ええ」、といつもの人懐っこい表情に戻しこちらを向いた。
「え〜とごめん、聞いてなかった。何の話?」
「聞いてなかったって…」
「ダイン君は可愛いって話だよ!」
「ばっ…! お前、声でかいって!」
シンシアにそう突っ込みつつ、ダインはふとディエルが何を見ていたか気になり、彼女の目を盗んで窓の外を見てみた。
が、特にこれといったものはない。グラウンドでは運動部が練習しており、球技に勤しむ部員もいていつもどおりの風景だ。
その中で、一人両手に大量のパックジュースを持って走る制服姿の女生徒がいるのが見えたが…それもよく見る光景だ。
一瞬のことだがディエルらしくない表情に違和感を抱いたダインであったが、それほど気にすることでもないだろう。
それよりいきなりダインのことをヨイショし始めたシンシア達の暴走を止めなければ。
だがダインが何をいってもシンシア達は聞き入れようとしない。
校内を歩くとき鋭い視線を感じるといっても信じてくれないし、陰口を聞こえるようにいわれたことがあると説明しても、そんな人いないの一点張りだ。
彼女たちは周りが見えてないわけではない。しかし、ことダインに関することだと途端に視野が狭くなってしまう。
ダインに心酔し、妄信しているが故の弊害だった。
シンシア達は尚もディエルにダインの良さを力説しており、ディエルは合唱部の部長に勧誘されたときのような困惑した笑顔を浮べている。
「いや、ほんと…そんなことないから…」
そういっても、シンシアもニーニアもティエリアも全く聞く耳を持たない。
ダインはしばし困り果てていたが、彼に心酔し前しか見えていなかった彼女たちは、この後ダインの言葉は真実だと思わぬ形で知らされることとなった。




