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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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三十二節、痛み

草木を掻き分け、迫り来る木々も襲い来るモンスターもダインは身軽にかわしていく。

ダインの狙いは、前方を行くボスモンスターのダークエレメントのみだった。

「あ、相変わらずすごいねダイン君!」

ダインに抱えられたままのシンシアは、彼の鮮やかとしか言いようが無い体捌きに驚きの声を上げる。

「魔法の制約が無かったら絶対に一位取れていたはずだよ!」

ダインにしっかりしがみついていたニーニアも始終驚きっぱなしだった。

「俺の順位なんてどうでもいいんだよ」

モンスターの攻撃を避け、大きく跳躍しつつダインは二人に笑いかける。

「俺よりお前らの順位の方が大事だ。どっちもノマクラス以上の実力があるのに、こんなことで評価を下げて欲しくねぇ」

それが彼の本心だった。本当ならシンシアもニーニアもノマクラスにいるべきではない。実力は確かなんだということを他人に分かってもらいたい。

今更ボスを倒したところで順位が大して上がらないことは分かっている。だが、ノマクラス内ではディエルしかボスを狩れてない。ここでダイン達がボスを一匹でも狩れると、シンシアとニーニアは実力は確かだとクラスメイトに知らしめることができるはずなのだ。

さらにスピードを上げ、敵との距離を詰めていく。

道なき道を突き進み、やがて広い場所に出たところで彼の足は止まった。

その広場の中心には不思議な建物があった。

円柱状で外壁はレンガ仕立て。塔のようなそれは経年劣化により地盤が緩んだのか、やや傾いている。

見るからに古い建造物だ。

「何だこれ?」

一瞬モンスターを追うことも忘れたダインは、左右に抱えていた彼女たちを地面に降ろす。

「これは…なんだろうね…」

ニーニアも同じように斜塔を見上げており、同じ仕草でいたシンシアからいきなり「あっ!」という声が出た。

「これ、七不思議の一つだよ、思い出した!」

「え、セブンリンクスのか?」

「うん! 確か、戦神の斜塔!」

「せんじん…」

不思議そうにするダインとニーニアに、シンシアは思い出したばかりのその七不思議について説明を始めた。

「混乱期にレギオスとの戦いで拠点になっていた塔だったはずだよ。中に魔法力を増幅する装置があってね、起動させるとバリアが張られるようになってるとかなんとか」

「へー」

「大昔のことだしいまはもうそんな装置も機能も残ってないんだろうけど、長い間その塔にすごく強い英霊を宿していたせいか、夜中に突然光ったりするんだって」

つまり斜塔が突然光るのが七不思議の一つといいたいのだろう。

「電飾でもついてんじゃねぇか?」

真顔でダインがいうと、「そんなわけないでしょ」、シンシア達とは別方向から突っ込みが入った。

いつの間にやってきたのか、隣にいたのはディエルだった。どうやら彼女もボスを追ってここまで来たらしい。

「確かにこの斜塔は七不思議の一つだけど、調べるまでも無くシロよ、これ」

すでにその斜塔のことは調べがついているといい、その詳細について語りだす。

「混乱期に建てられ、レギオスとの戦いに使われていたのは本当よ。でも当時の英霊の力が残っていて、現在も夜中に光っているっていうのは間違い。パワースポット化されていて、信仰者とか邪教徒がお祈りに来ているだけよ」

「そうなんだ?」シンシアが意外そうにいう。

「混乱期に建てられた建造物は、それだけで神聖視され有難がられる傾向がある。そのモノ自体になんの力もなくてもね。そこから勝手に伝承が作られ噂となって広がり、そこにお金の匂いを嗅ぎつけた連中が信憑性を高めようと、建造物に何かしらの細工を施したりすることがあるのよ」

斜塔を指差し、「これがそうだと?」、尋ねるダインに、ディエルは頷いた。

「ここの地元の環境組合が夜中にライトを浴びせてるらしいわ。神秘性を出すために公言せずこっそりとね」

ディエルの話は聞けば聞くほどがっかりするものだった。

「あー、そういえば斜塔クッキーとかゼリーとか、城下町で斜塔の名物品が売られてたの見たことあるよ」

シンシアも追い打ちをかけてきて、戦神の斜塔というものは不思議でもなんでもないことが証明された。

「まことしやかに囁かれる噂なんて所詮そんなもんよ。真相を知るまでが楽しいだけだから…」

ディエルが続きをいいかけたとき、タブレットから鐘の音が鳴り出した。

画面には小テストの終了まで残り十分と表示されている。

「こんなこと話してる場合じゃなかったわね」

斜塔を見上げながらディエルはいう。彼女の視線の先を追うと、その斜塔の頂上にダークエレメントの姿があった。

「うわ、よくあんなとこに登れたね?」

シンシアは見上げながらいい、ニーニアは「あ、あれじゃあ届かないよ」と困った顔で呟く。

確かに斜塔の頂上は三十メートルはありそうだ。あの高さでは魔法が届きそうにない。

「あなた達はそこで見てなさい」

ディエルは不適に笑い、背中に黒い羽を広げた。

「あれで最後だし一気にカタをつけてやる」

足に力を込め、大きく跳躍する。

「わ、わわ、飛んじゃうの? ディエルちゃん、スカートの中が…!」

慌てたようにシンシアはいうものの、上から「そんなものとっくに対策済みよ!」という声が聞こえてきた。

黒いスパッツは徐々に小さくなっていき、頂上付近までディエルが飛んでいくのが見える。

ボスに向かいつつ魔力を溜めているのか、ディエルの両手が紫色に光っているようだ。

攻撃の気配を察知したのか、敵が突然動き出しディエルに突進を始める。

反撃に出てきたことにディエルは驚いたものの、すぐにその両手に溜めた魔力を敵にぶつけた。

「はああああぁぁぁぁっ!!!」

耳をつんざくほどの衝撃音が頭上から聞こえてきた。斜塔の頂上付近で七色の爆発が巻き起こり、その衝撃波が地上にいるダイン達にまで降りかかってくる。

「わ、わぁ!」

凄まじいまでの音と衝撃に、シンシアとニーニアは思わずしゃがみ込んで防御体制をとってしまった。

爆発は何度も巻き起こっている。最後とばかりにディエルは魔力を解放したのだろう。

「す、すごいね」

シンシアは背をかがめつつ、ディエルの魔法の威力に舌を巻いていた。

「い、一撃だね。ずっと一位なのも頷けるよ」

メガクラスの実力がどれほどのものか、いま知った様子のニーニアもびっくりしながら上を見ている。

ダインもディエルの強さに驚いていたが、ふと爆炎を見つめていた彼の表情が変わる。

「いや…」何か異変に気付いたような表情で、「あれは…」と呟いたときだった。

爆発の煙の中からディエルが飛び出してくる。

ダイン達のすぐ目の前に降り立つものの、すぐに地に膝を突くようにして崩れ落ちた。

「っぐ…ぅ…!」

腹を押さえ、うずくまっている。

「え、え? ど、どうしたの? ディエルちゃん」

シンシアとニーニアは慌てて駆け寄るものの、彼女は呻くばかりで反応が無い。

表情は痛みに歪められ、全身が小刻みに震えている。

ダインが頭上の爆発を注視していると、やがてその煙は薄れていく。

煙の中から現れた敵は、何事も無かったかのように斜塔の頂上に立っていた。

確かにディエルの魔法が直撃したはず。相当な威力だったはずなのに、その黒い塊は怯んだ様子すらない。

「あれ…ダークエレメントじゃねぇな」

その呟きに、シンシアが「え?」と彼に顔を向ける。

「クラフト先生に見せてもらった奴と、体格や大きさが違う」

霧の濃さも違うし、何よりその敵から禍々しい魔力のようなものを感じた。

そのダークエレメントではない“何か”は、塔の頂上から降り悠然とダイン達の前に立ちはだかる。

地面に胴体が触れた瞬間また霧のようなものが放射状に発生し、その霧からも禍々しい力を感じた。

ダークエレメントを模したそれは、目の辺りに赤い光を放っておりそれがダインに向けられている。

明らかな敵意を感じたダインは、ディエルを介抱するシンシア達を守るようにして前に立った。

『おい、ダイン、聞こえるか』

そのときだった。タブレットからクラフトの声が聞こえる。

『そいつはダークエレメントじゃない。別の何かだ』

「何か?」

『誰かが意図的にノマクラスのエリアに出現させたんだろう。いまから処理に向かうから相手するな』

そんな声が聞こえてきた瞬間、目の前の敵は動き出した。

音も無くダインに近づき、その太い腕を振るう。轟音を轟かせるほどの速さで、ダインは咄嗟に避けると同時にシンシア達を全員抱え上げ、安全な場所へ運んだ。

敵は尚もダインを追いかけ攻撃を繰り出してくる。

振り下ろした腕を避けると、地面に激突した瞬間辺りが大きく窪む。

突進をかわすと敵とぶつかった大木が根こそぎ吹き飛んでいき、威力の高さをうかがわせた。

確かにその敵はダークエレメントではない。それどころかオリジナルより何倍も強そうだ。

『おい、やりあってるんじゃないだろうな』

戦闘音を聞きつけたのか、クラフトがまた通話してくる。

「向こうからきてるんすよ」

ダインは避けつつ答えるが、敵の攻撃は激しさを増す一方だ。

地面は至る箇所が窪み、木々は薙ぎ倒され、爆発魔法まで使ってきてるせいで空気が何度も振動している。

シンシアは必死に防御バリアを張り巡らせており、ディエルを回復する余裕すらない。

もっと別の場所に移動することも考えた。しかしどこも別の生徒がモンスターと戦闘中のようで、被害が大きくなるだけだろう。

「あー、めんどいんで倒していいっすか」

そう尋ねた瞬間、『だから待て!』、クラフトが慌てていってきた。

『意図的に出現させたといっただろう? 狙いが何であるか、お前なら考えたらすぐに分かるはずだ』

含みを持たせたそのクラフトの台詞に、ダインは瞬時に例の二人のことが脳裏に浮かぶ。

「確証はあるんすか?」

そうクラフトに尋ねつつ、ダインは自分の心がすっと落ちていくのを感じていた。

『突然お前たちの近くに現れ、誘導するようにその斜塔の場所へ移動するのが視えた』

タブレット越しでも、クラフトが声を潜めたのが分かる。

『目的は分からんが、お前が狙いなのは間違いではないはずだ』

心が沈み、変わりに浮上してきたのは沸々とした怒りだった。

うずくまるディエルの姿と怯えたようなシンシアとニーニアの顔を見た瞬間、ダインは避けるのを止める。

両手を下げ棒立ちになった途端、敵の猛攻はダインに直撃した。

黒い霧に呑まれたダイン。中から激しい打撃音が聞こえる。その凄まじさは嵐さながらだ。

「だ、ダイン君!」

回復魔法でディエルの傷を癒しつつシンシアが叫ぶ。

ニーニアは咄嗟に走り出そうとしたが、その瞬間黒い嵐の中からとてつもない衝撃音がした。

視界に映る全ての物が振動するほどの音と衝撃波だった。

全身を揺さぶられたように感じたシンシア達はまた悲鳴をあげ、次は何だと身構える。

見れば、黒い霧が完全に霧散していた。

嵐の中心にいたダインは拳を握り締めたまま、そこに立ち尽くしている。彼が攻撃して葬り去ったのだろうか。

あれほどの猛攻を受けたにも関わらず、彼はどこも傷を負ってない。ディエルが一撃で沈むほどの攻撃を連続で受けたはずなのに、制服が多少破れているだけだ。

ダインの持つタブレットからはクラフトの声がする。

しかしダインはその声に耳を傾けず、霧散した魔法力が誰のものであるか、探ろうとしていた。

天空を睨みつけるダインの表情は険しい。シンシア達にとっては初めて見る、ダインの怒りに満ちた表情だった。

「ダイン…君…?」

ニーニアが戸惑ったまま彼を呼んだとき、強風が吹いたような音と共にダインの姿は突如として消えた。

いや、あまりの高スピードで消えたように見えただけだった。彼は転移魔法よりも速く移動し、力の“出所”を突き止めていたのだ。


「な、ぁ…!?」

七色の森の片隅、人気の無い岩陰に身を潜めていたその女は、いきなり目の前に現れた男子生徒に驚きを隠せないでいた。

どうやってここを見つけたのか、どうやって近づいてきたのか。

あまりの出来事に激しく動揺すると同時に思案を巡らせていると、自分を睨みつけるようにしていたダインはふと表情を笑顔にする。

「あれ、こんなところでどうしたんすか?」

そう尋ねる表情こそ笑顔だが、目は一切笑ってない。

怒りをたたえたその視線に、防衛第一部隊隊長、エンジェ族のサイラ・キーリアはたじろいだ。

「迷ったんすか? それとも帰還魔法使おうとして、間違って召喚魔法使っちまったんすかね?」

サイラの目が泳ぐ。

「な、何のことですか」

搾り出すようにいったものの、ダインはすかさず「とぼけても無駄っすよ」、腕を組んだ。

「俺、魔力が薄い分魔法力とかそういうのに敏感なんすよ。だから“あれ”が誰のものかすぐに分かるんすよね」

「だ、だから何のことですか。話が見えないんだけど?」

ようやく落ち着きを取り戻してきたのか、強風で乱れた長い金髪を手で整えつつ、サイラも負けじと睨み返してくる。

「しらばっくれるんならいいんすよ別に。ここで俺が何をいったところで変わらないでしょうし」

「ただ…」激しい怒りの炎を押さえつけ、ダインは声を低めていった。

「おかげで友達が一人傷ついちまったんすわ」

サイラが犯人で間違いない。目的は分からないがダインを狙い、結果としてディエルに被害が及んでしまった。

そのことに対する怒りに打ち震えていたダインだが、サイラが仕向けたという証拠はどこにもない。

書物や魔法陣を用いた召喚でない限り、証明しようが無いのだ。

「関係ないっていってるでしょう。それに何ですか怪我をしたって」

そのことにサイラも気付いたようで、衣服を正し開き直りともいえる態度で冷笑する。

「怪我なんて実戦の多いセブンリンクスの中じゃ当たり前にあることじゃないですか」

「は…?」

「怪我程度を恐れていたらこれから先、進学なんて無理ですよ。争いやモンスターのいない国にでも移住すればいい」

サイラの台詞も態度も冷ややかだ。どこまでも上から目線で、この場をどう切り抜けようかだけを考えている。

「それに…」

しかし続くサイラの台詞は、恐らく誰であってもいってはいけないものだっただろう。

「怪我なんて魔法で治るでしょう?」

その瞬間、ダインの怒りは頂点に達した。

サイラの右側に手を突き出し、彼女のすぐ背後からとてつもない爆発音が鳴る。

「ひっ…!」

あまりの物音に驚いたサイラは、背後の巨大な岩石が粉々に砕け散っているのを見て表情を恐怖に染め上げた。

「治るんだからどれだけ痛い思いしても良いっていうんすか?」

ダインはそのまま、激しく燃え盛るような目でサイラを見据える。

「死んでも生き返るんだから、どれだけ怖い思いしても良いっていうんすか?」

弱小だと思っていたダインの思いがけない反撃に、ジーニと同じく仮面のように感情を表に出さなかったサイラは、いまや怯えきった表情でダインを見上げている。

「魔法で簡単に傷が癒せるとしても、そのとき受けた痛みが忘れられねぇこともあるんだよ。一生残ることだってあるんだよ。心の傷はどんな魔法でも癒やせやしない。市民を守るガーゴに属しながら、そんなことも分からねぇのかよ?」

サイラは怯えるばかりで何も言い返せない。ダインの言葉がどこまで届いているのか分からないが、ダインはそういわずにはいられなかった。

回復魔法が効かないからだけではない。セレネの件含め、これまで様々な裏切りを経験したからこそ、痛みを軽視する奴らが許せなかったのだ。

「身を挺して市民守ってる人らの上司として、その考え方はどうなんだよ? ガーゴ上層部は一体誰を守りたいんだよ? 多額の金を寄付してくれる重役か? 支持してくれる政治家か?」

静かな声でそこまでいっても、サイラからは反応が無い。怯えつつも唇の端を噛み悔しそうにしているところ、全く声が届いてないわけでもなさそうだ。

「んなことどうでもいいけどさ」

ダインは一呼吸おいて、改めてサイラを間近から睨みつける。

「また同じようなことがあれば、今度こそ許さねぇからな。先に仕掛けたのはそっちだ。徹底的にやるから覚悟しとけよ」

そういってから、彼はサイラから距離を置く。

「んじゃま、そういうことなんで」

最後には取り繕ったような笑顔を残し、暴風と共に彼の姿は消えた。

ダインが見えなくなっても、サイラはしばらく立ち尽くしたままだ。

やがて恐怖が過ぎ去ったことに思い至ったのか、へなへなと膝を崩してしまう。

肩を震わせているのは、単純にダインが怖かったからなのか、それとも彼の台詞により過去のことを思い出してしまったからなのか。

「なん…なのよ…」

呟くようにいったまま、サイラはしばらく動けないでいた。



「あ、だ、ダイン君」

斜塔のある場所に戻ると、そこにはシンシア達のほかにクラフトの姿があった。

「急にどこ行ってたの?」

尋ねるニーニアに、ダインは心配させまいと「ちょっとな」と笑いかける。

「また余計なことしてくれたよ、お前は」

サイラとのやり取りを目の魔法で視ていたのか、肩をすくめるクラフトはため息を吐いていた。

「あー、やっぱりまずかったっすかね」

頭をかきながら気まずそうに笑うダインだが、そこに後悔している様子はない。

クラフトも口の端に笑みを浮かべ、「いや」と首を振った。

「お前は何も間違ったことはいってないよ。それに少し痛快だったしな」

サイラの怯えた顔も視えていたのだろう。くく、と不気味な笑みに表情を変えるクラフトは、一瞬デビ族のようにも見える。

「ディエル、大丈夫か?」

ディエルは傷は癒えたようだが衝撃の余波が残っているのか、シンシアに支えられたままだ。

腹をずっと押さえたままで、足元も若干震えている。

「え、ええ。私もまだまだね」

それでもどうにかダインに笑顔を向けた。

自分の不甲斐なさに情けないとまでいいだした彼女に、ダインは「あれはイレギュラーだ」とフォローした。

「悪かった。お前を巻き込んじまったようだ」

「どうしてあなたが謝るのよ。あなたは何も…」

いいかけたところで、ダインの表情から何か察したディエルは、なるほど、と声を出す。

「後でちゃんと教えてね?」

また好奇心の虫が騒ぎ出したようだ。

巻き込んでしまった以上、ディエルの疑問には答える義務がある。

「分かったよ。後でな」

やれやれとした仕草のままいうと、いつの間にかニーニアが近くまで来ていた。

彼女は間近からダインの全身を見ている。先ほどの戦闘で怪我が無いか、改めて確認してくれているのだろう。

「見ての通りだよ」

ニーニアに向け、ダインは両手を広げて心配には及ばないとアピールした。

「所詮魔法で作られた奴だからな。俺には効かない」

「でも、制服が破れてるよ…」

心配そうなニーニアのいう通り、ダインの制服は所々が破けている。

当然だろう。ダイン自身には魔法が効かないとはいえ、身に着けている衣類まで無傷であるはずはない。

「校舎に戻ったら裁縫するね?」

「いや、そこまで世話になるわけには…」

みるみるニーニアの表情が暗くなってきたので、ダインは続く台詞を止め、「頼むよ」、そう笑いかけた。

「うん」

途端に彼女は嬉しそうな顔になり、大きく頷く。世話したがりなところは相変わらずだ。

ニーニアと笑いあっているところで、「しっかしこれはどういうことだ?」、というクラフトの声がした。

彼は斜塔を見上げていた。ダインもつられてその塔を見るが、その塔から明らかな異変を感じ表情を驚愕に変える。

「え、これ光ってるよな?」

「あ、う、うん。そうなんだよ」

ディエルの手当てをようやく終えたシンシアが近づいてきた。

「ダイン君が立ち去った瞬間にこの塔が光りだして…何なんだろうね?」

周囲に誰かが塔を照らしている様子はなく、塔の中にも人の気配はない。

「ほんとおかしいわよね…」

斜塔の不思議を完全に解明できたはずのディエルは、聞いていた話と全く違う状況に誰よりも不思議そうに小首をかしげていた。

「こんなこと、いままでなかったはずなのに…蛍光塗料でも使ってるのかしら」

「え、でも立ち入り禁止のはずだよ」

シンシアの指摘する通り、斜塔の周囲には黄色のテープが張り巡らされている。

経年劣化により塔が傾きだしたので、安全面の観点から誰も入れないようにしてあるようだ。

全員が斜塔の謎について考えていると、やがてそれはゆっくりと光を弱めていく。

「まぁ、この現象が連中がダインをここに誘導した理由なんだろうが…」

光が消えた塔を眺めながら、クラフトはぽそりといった。

「秘密があるのは間違いないが…」

深く思案するクラフトに、ダインは「中入ってみます?」と尋ねた。

ディエルは目を輝かせ付いていく気満々な様子を見せるが、クラフトは「いや」と手を振った。

「調べてみたい気持ちは満々だが、国家規模の記念物を壊したとあってはシャレにならん。それにもう昼だしな」

「え?」

ダインはすぐさまタブレットを見る。いつの間にか昼を過ぎている時間になっていた。

「校庭に集まるよう指示が出てるぞ。結果発表はそこでする」

校庭へ向かおうとするクラフトをダインはすぐさま呼び止める。

「なんだ?」

「あのー、さっきの黒い奴なんすけど、俺が倒したの視ましたよね?」

「ああ。視たが」

そこでクラフトにタブレットを見せる。ダイン達の順位が何も変わってないことを指摘した。

まだ有効時間内であったはず。そう訴えかけたが、クラフトからは無慈悲なひと言が飛び出した。

「俺が召喚したやつじゃないんだから、得点なんて無いに決まってるだろう」

「いやいや、でもノマクラスのエリアにいたわけだし、本家のダークエレメントよりも強かったんすよね? 放っておけば大変なことになってたでしょうし」

特別ボーナスを期待するダインだが、「あのな」、クラフトは改めてダインに体を向けた。

「俺がお前を贔屓目に見ていることは確かだよ。文句は多いがクラス委員の仕事はちゃんとしてるし、授業態度も真面目だ」

「だったら…」

「だがそれとこれとは別だ。採点はきっちり平等にする。俺だって仕事は真面目に取り組んでいるつもりだ」

真剣な顔でいうクラフトだが、ノマクラスの担任を進んで請けるほど“物好き”であることをダインは知っている。

普段の授業もめんどくさそうだったことを思い出し、「こんなところで真面目さ発揮されても…」、呟く声にはボーナスが無いことに対する不満が込められている。

「決められたルールぐらいは守らないとな。いち教師として」

「いや、ルールなんて先生基準なんだからどうとでも…」

「おっと早く戻らないと。先に行ってるぞ」

クラフトは咄嗟に転移魔法の呪文を唱え、ダインが追いかける間もなく姿が消えた。

「…校舎内は転移魔法禁止だっつールール、破ってんじゃん…」

そのダインの突っ込みは、虚しく空気に溶け込んでいくだけであった。

「まぁ、何はともあれ私の勝ちね」

立ち尽くすダインにさらに追い打ちをかけるかのように、ディエルが胸を逸らしていってくる。

彼女もランキングはチェックしていたのだろう。

勝ち誇ったような彼女だが、ふいに表情を不満げなものに変えダインを見る。

「もっとデッドヒートを期待してたんだけど、この点差は何なのよ?」

期待に反してダイン達が下の順位だったことが気に入らないようだ。

「あなた達なら私と同じぐらいの得点でもおかしくなかったはず。まさか途中から諦めてたんじゃないでしょうね?」

疑わしげなディエルの視線に、「いや、始めは勝つ気でいたんだよ」、ダインは弁明した。

「でもまぁ諸々の問題が出てきてさ」

シンシア達の魔法力の消費が著しかったこと。触手による吸魔が思いの外難しく、結果として悪戯に彼女たちを刺激させてしまったこと。

勝負には乗ったが結果は半ば見えていたようなものだった。

「シンシア達にあまり負担かけるわけにもいかなかったしさ。でもお前と勝負したからこそ焦りの気持ちが生まれ、良い緊張感を持ててたよ」

「負けたけどな」、と続けるダインの顔は晴れやかで、シンシアとニーニアも「うんうん」と笑顔のまま何度も頷いている。

「何その反応…不完全燃焼なんだけど…」

ディエルは勝負らしい勝負がしたかったようだ。負けて悔しがる姿を見たかったのかもしれない。

勝ったのに結果にあまり納得いかなかったディエルは、ダインに再戦の約束を取り付け一緒に学校へ戻ることにした。



「斜塔が光った…?」

ダインから一通り説明を受けたティエリアは、予想外の出来事を聞いて可愛らしいおにぎりを頬張ろうとしていた手を止める。

「そうなんだよ。どうも俺が攻撃した際に出た“あいつ”の魔法力に反応したように思う」

昼食の時間だった。体育館裏のいつもの場所にはいつものメンバーが揃っており、念のためにと彼らの周囲には不可視のバリアが張られてある。

「イレギュラーの敵を…サイラ先輩が…」

ティエリアの隣で同じように固まっているのは、本日のゲストであるラフィンだ。

一緒に昼ごはんを食べようという一方的な約束を果たしてくれるか怪しかったので、昼休憩に入った瞬間にティエリア、シンシア、ニーニアの三人がギガクラスの教室へ行きラフィンを拉致してきたのだ。

「確かに、ギガクラスの副担任であるジーニ先輩についていたサイラ先輩が、いつの間にか私たちのエリアからいなくなったのは気になっていたけれど…」

思案する彼女は草むらの上に行儀よく座り込んでいる。

地べたに座ってご飯を食べるなど、仕草も行動もお上品だったラフィンは当然やったことがない。

始めこそ戸惑いっぱなしの彼女だったが、ダインの話がよほど気になるものだったのか、いまはもう気にする様子はなかった。

「二人はあの塔について何か知ってることはあるか?」

ダインはティエリアとラフィンに尋ねたが、まずティエリアが「いえ」と首を振った。

「あの場所は、普段から見かけることは無いので…」

ティエリアは転移魔法で家と学校を行き来している。斜塔は通学路より大分離れたところにあるし、しかも一般人は入れない七色の森の中だ。

ノマクラスのエリア内だから校外授業でも見る機会は無いだろうし、彼女が知らないのも無理はない。

「ラフィンも知らないか」

期待せずに彼女に顔を向けるが、大きな弁当箱を前にラフィンは固まったままだ。

「古の忘れ形見…」

ぽつりと、考え込むラフィンから気になる単語が漏れた。

「え、なんだそれ」

全員の視線に気付いた彼女は、はっとして「あ、いえ」、思い出したことを語りだす。

「ほら、私のお父様がラビリンスを建てたことは知ってるわよね?」

「ああ」

「魔法の建造物だから、建てた後周囲に影響が出てしまわないか調査するために森の中まで探索したらしいんだけど、そのときに初めて例の斜塔を発見したらしいの」

ディエルも知らなさそうな情報だ。

ダイン達は大人しく耳を傾け、続きを促す。

「混乱期に建てられたものだっていうところまでは分かってるんだけど、何のために存在してるのかはまだ解明されてないのよ」

「レギオスとの戦いで拠点にしたやつなんだろ?」

「通説はね。でも本当のところは分かってない。発見当時から中は空洞だったし、何かが置かれていた跡や使われた形跡はない。内側の壁面に書かれた文字だって、未だに解読には至ってない。その情報だけなら、誰かが趣味で建てた巨大なオブジェとか、本来は何かの壁画だったけど、風化して文字のように見えてるだけだって説明もできるんだけど…」

ここからが不思議なことだといわんばかりに、ラフィンは声を潜める。

「その謎の建造物というか用途の分からない混乱期の遺産というか、そういったものは世界各地にあるようなのよ」

「塔みたいな奴がか?」

「いえ、場所によって形は様々よ」

ラフィンの目は真剣だ。冗談をいってるようには見えない。

「石造りは共通なんだけど、原形の分からない石像だったり単なる球体だったり、石版もある。それら全てに、解読できないけれど同じ文字列が刻まれているらしいの」

ラフィンがいうのだから、きっと本当だろう。

根拠は無いが、ディエルよりもよほど信用できる情報に聞こえる。

「石版、か…」

そのとき、ダインはふとそのディエルの言葉を思い出していた。

あいつの別荘に謎の石版があるっていってたな…。確かガーゴが調べていたはずだ。

「相当に古い物なのは確かで、僅かに何かの魔力のようなものは感じるらしいの。それが誰のものなのか、何の目的で作られたものなのか、謎が多いのよね」

「なるほど。それで古の忘れ形見だと」

いまや全員が考え込んでおり、誰も弁当に手をつけてない。

「何だろうね?」、シンシアはニーニアに話しかけていて、ニーニアは「分からないけど面白そうだね」、と笑顔で返している。

「単純なものでないことは分かりましたが…」

考え込むティエリアが続けていった台詞は、まさにダインも感じていたことだ。

「どうして、ルシラさんの魔法力に反応したのでしょう…」

そう、それだ。結局それが分からない。

「普通に考えれば、その古の忘れ形見とルシラに何かしらの関連性があると見るべきだろうが…」

「そうね…」考え込むラフィンは、「原理は分からないけれど、でも今回の件でのガーゴの狙いは何となく見えてきたわね」と続けた。

「ルシラ…ちゃん? その子の持つ魔法力が、ガーゴが探しているものかどうかを確認するためだったんでしょうね」

「まぁ、そうだよな」

ダインの表情には警戒色が浮かんでいる。

「当たりをつけられただろうな。最悪強硬手段に出てくる可能性もある」

例の黒い敵が襲い掛かってきて、ダインが抵抗するところまで織り込み済みだったのかは分からないが、結局ここまでガーゴの思う通りの展開になってきている。

こちらは情報が少なく分からない事だらけなのに。そんな中で、奴らの思惑通りに事が運んでいるのは気持ち悪さしかない。

「だ、大丈夫なのかな?」

心配してくるシンシアに、「つっても奴らもバカじゃない」、とダインは笑顔を向けた。

「ボロが出て世間の評判が地に落ちるのは、奴らにとっても一番避けたいところであるはずだ。直接攻め込んでくるのは最終手段にとっておくだろうし、色々手回しも必要になってくる。こちらとしても監視の目を強めたり裏で動いてくれてる奴もいるから、いますぐどうこうってのは無いはずだよ」

ダインもダインでできる限りの対策を取っている。

そのことを知ってシンシア達はホッとした様子だ。

「でもこのままって訳にもいかないわよね。近い将来動き出すことは分かってるんだもの」

ラフィンのいう通りだった。

「そうなんだよなぁ…このまま奴らの手のひらの上で踊ってるのも癪だし…」

またディエルのように第二の被害者が出るかもしれない。

弁当を食べながら空を見上げ、考えていると…見上げた方向から誰かが降りてきたのが見えた。

ダインのすぐ前に降り立ったのはディエルで、少し不思議そうに辺りを見回している。

「そこ、いるん…でしょ?」

そういえば不可視のバリアを張ったんだった。ティエリアが張り巡らせたのは強力なものだったようで、こちらの声も姿もディエルからは見えてないようだ。

だがダインだけはぼんやりと認識できているようで、眉間に皺を寄せつつこちらを凝視している。

「おお」

ダインはバリアの範囲外に出てディエルに話しかけた。

シンシア達もディエルの姿が確認できたようだが、ラフィンだけは露骨に嫌そうな顔をしている。

予想通りな態度に内心笑みを浮かべながら、どうしたのかディエルに聞いた。

「そこにいつものメンバーいるんでしょ?」

「ああ。いるにはいるが…」

「不可視のバリア張るぐらいなんだし、面白い話してるんでしょ? 私も混ぜてもらって良い?」

探検隊のことも話したいし、という彼女は手にビニール袋を持っている。

中は惣菜パンにきな粉ミルク。いつものランチメニューだ。

「俺は別に…」

いいかけたところで、バリア内でラフィンがぶんぶんと振り回す勢いで首を横に振っているのが見えた。

ティエリアは一瞬きょとんとした表情を浮かべるものの、ラフィンとディエルの仲の悪さに思い至り、「大丈夫です」、と彼女に声をかける。

「ラフィンさんにだけ、二重のバリアをかけますから」

「え、で、できるんですか?」ラフィンは驚いた顔でティエリアを見る。

異なる効果の魔法を同時使用するのはかなり難しいはず。セブンリンクス内でもできる者は限られているはずだが、ティエリアは「はい」とラフィンに笑顔を向けた。

「ディエルさんにだけは、ラフィンさんを視認することができず声も届かないようにすることもできますので」

そのままティエリアは目をつぶり、呪文を詠唱する。

するとラフィンとディエル、二人の全身が淡く光った。

「おお」

シンシア達の姿が見えるようになったのか、ディエルは驚きつつ「おじゃましまーす」、と笑顔で彼女たちの近くで腰を降ろす。

ちなみにディエルが座った位置はラフィンの真横だ。ラフィンから声にならない声があがったが、顔つきから「ぎゃー!」と叫んでいるのが分かる。

ディエルは全く気にせずビニール袋からパンを取り出し、かじり出す。本当にラフィンが見えてないようだ。

「さ、流石ですね…こんな器用な魔法の使い方ができるなんて…」

驚きのあまり喋ってしまうラフィンだが、その声すらもディエルには届いてないようだった。

楽しげに談笑を始めるディエル達。

ダインは会話に参加しつつも、これが毎日続くようではティエリアも大変だろうと思っていた。

休憩時間ぐらいはゆっくりしたいし、ラフィンとディエルの仲が悪くなければこんなことをする必要も無い。

とはいえ気分屋のディエルだから昼食時は来たり来なかったりなので、いますぐに対策を考える必要は無いだろうが。

「いやー、しかし斜塔のあれは色々と驚きだったわねぇ」

ダインが一人考え込んでいると、話題はいつの間にか朝のことに切り替わっていた。

「規格外のモンスターとはいっても、あんな一撃で倒れちゃうなんてスウェンディ家の名折れだわ。もっと精進しないと」

そう話すディエルは確かに悔しそうにしている。

世界に数えるほどしかない大財閥の一つであるスウェンディ家は、莫大な資産もさることながら、運動神経や魔力の高さといった戦闘面においても相当な素質が備わっているようだった。

祖先はデビ族ではなく、もっと上級であるエンド族だったと本人から聞いたが、あながち全てが冗談というわけでもないのだろう。

あのイレギュラーな敵に負けたことをいまだに引きずっているのも、元は戦闘民族だったというプライドがあるからなのかもしれない。

「再三聞くけど、痛みはもう残ってないのか?」

ダインが聞くと、ディエルは笑いながら「大丈夫」と手をひらひらさせてきた。

「心配しすぎよダインは。あの時は油断しただけなんだもの。次出てきたときには一撃でやっつけてやるんだから」

何も無い空間に拳を突き出すディエルは確かに元気そうだ。

だが今回の件はそのやる気が要因の一つだったことは間違いない。もっと慎重に敵をよく見ていたのなら、違いに気付いたはずなのだから。

「怪我だけはすんなよ?」

弁当をかき込みつつダインがいうと、パック牛乳を飲みつつディエルは含み笑いを漏らした。

「なんだよ?」

「いーえ? 何でも?」

明らかに何でもなさそうなその態度にダインが問いただそうとしたが、すぐにやぶ蛇だったことに気付く。

「ただ、休み時間の前にクラフト先生から詳細聞いちゃってね?」

「いやぁ、まさかあなたがあそこまで怒るなんてねぇ?」、ディエルはにやにやしている。

「クラフト先生め…」、ダインは舌打ちと共に恨み節を呟いた。

シンシア達にはいわなかったことだ。

仕掛け人がサイラであることは伝えたが、詳細なやり取りは話してない。

仮にも先生相手に偉そうに持論をいっていたことも、その内容も思い返せば恥ずかしいものだったからだ。

止めに入ろうとしたダインだが、ディエルの思わせぶりないい方にシンシア達は一気に気になりだしたようだ。

話の流れ上止められない空気で、ディエルはダインを目の前にしてサイラとの詳細なやり取りをシンシア達に打ち明けている。

ラフィンまでこっそり聞き耳を立てているのはどうしようかと思ったが、もはやダインができることは顔を赤くさせる以外何も無い。

「そ、そうなんだ。それでダイン君、あんなに怒った顔してたんだね」

ニーニアは納得した様子を見せ、シンシアは「ダイン君らしいね」と笑っている。

「でも確かにその通りだと思う。魔法が効く私たちは怪我を魔法で簡単に治せるから、怪我することに対しての意識が軽いのは否定できないもん」

「心の痛み…確かに、魔法では治せませんね。どのような魔法でも」

続くティエリアはそういって、優しい笑顔をダインに向けている。

「あ、あー、ごちそうさん。ちょっとトイレ行ってくるよ」

女子連中の暖かい視線にいよいよ耐え切れなくなったダインはそういって立ち上がった。

にやにやしっぱなしのディエルにどうにか仕返ししてやりたい気持ちが湧いたが、いまは引き下がるしかない。

「あ…」

そのとき、ずっと無言でディエル達の会話を聞いていたラフィンが声を上げた。

食べかけの大きな弁当箱をしまいつつ、何か言いたげな視線をダインに向けている。

ディエル達が午後の予定を話し合ってる隙に彼女を物陰まで引っ張ると、「そろそろ戻らないと…」、と携帯の時計を見て少々焦ったようにいってくる。

「予鈴までまだ時間あるぞ?」

「いえ、生徒会でまだやることがあって…」

「そうなのか。頑張るなぁ」

笑いながらラフィンを送り出そうとしたとき、まだ放課後の行動を話し合っているディエルが視界に入った。

「あいつも呼ぶか?」顎でディエルを指す。「一応あいつ副会長なんだし」

「いえ、そこまでの仕事じゃないから大丈夫よ」

「そうか」

地べたに座りなれてない彼女は、スカートの汚れに気付いてない。

ダインが手で払ってやると、「あ、ありがと…」、顔を赤くし、素直なお礼の声が返ってきた。

「でも悪かったな。ディエルが来たから、満足に話せなかった」

もっと会話したかったというと、顔を赤くしたままのラフィンは「べ、別に気にしてないから」といってくる。

「ま、今後もさ、いつでも来てくれよ」

ラフィンの可愛らしさに笑いながら、ダインはいった。

「待ってるっていうと押し付けがましくなるからいわないけど、あいつらみんな嬉しそうにしてたしさ」

会話も盛り上がったということを伝えると、ラフィンは一瞬嬉しそうな顔になり、はっとして表情を引き締めた。

「ま、まぁ、気が向いたらね」

いつもの生徒会長の顔に戻ったラフィンだが、初めて友達と昼食を共にした今日のことはきっと印象に残ってるだろう。

ラフィンの両親はどちらも仕事で忙しかったため、食事はいつも一人だったのだ。

たまにメイドや執事がいるが、一緒に食べているわけでもない。

友達と談笑しながらの食事。美味しいものを美味しいと笑い合える相手がいるということ。

「楽しかっただろ? シンシア達がいっていた通りだろ?」

「ま、まぁまぁよ、まぁまぁ」

強がって見せるラフィンだが、いつも残してしまっている弁当のおかずが、今日はほとんどなくなっていたのは事実であった。

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