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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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三十節、干渉

「おかえりだいん!!」

玄関に入るなり、待ち構えていたルシラが飛び込んでくる。

ダインは笑いながら彼女を受け止め抱っこするが、ルシラの服装がまたメイド服だったことに気付き、「お?」と声を出す。

「今日もお手伝いしてたのか?」

「うん! 今日はね、しもふりさばの塩焼きにちょうせんしてみたよ!」

「おお、調理したのか!」

ダインは驚いていった。

ルシラの手伝いは主に何かを混ぜたり盛り付けたりばかりであったはずだが、調理したのは今回が初めてのはず。

危ないので包丁はもちろん使わせてはいないのだろうが、焼き作業させてもらったのはかなりの進歩だ。

「なかなかの出来でしたよ」

遅れてサラが玄関にやってきた。

「味付けも焼き加減も完璧です。奥様も驚いておられました」

ダインからカバンを受け取りつつ、ダインのスリッパを用意してくれる。

「楽しみだな」

荒れた海の中でしか獲れないという霜降りサバは、名の通り全身が霜降りの脂で覆われている。

その脂身は甘くとろけるような食感で、焼きにも生にも適している高級魚だ。

ダインの好物の一つであり、玄関の奥から焼き魚の良い匂いが漂ってきて、テンションが上がらないはずはない。

「えらい? るしらえらい?」

「ああ、偉い。よくやった」

ルシラを足元に降ろしその頭を撫でてやると、彼女もテンションが上がったのか踊りだした。

「うっれしっいな〜♪」

メイド服をひらひらさせながら、回転したりジャンプしたりしている。

あまりの可愛らしさにしばらくダインとサラは笑っていた。

そこまではいつもの光景だったのだが、若干の違和感があったダインは「ん?」と声を出す。

ルシラが踊っている空間に僅かな歪みのようなものがあったのだ。

最初は見間違いかと思っていたが、明らかに歪んでいる。

まるで軌跡のようにルシラの動きの後に続いており、異常を感じたダインは「サラ、これは…?」何事かという顔で尋ねる。

「いえ、私にも何が起こっているのか…」

サラも初見のようで、少し驚いた表情でルシラのダンスに見入っている。

ルシラに何か良くないことが起きたのではないかと一瞬心配に思ったが、踊る彼女はいつもどおり元気一杯だ。

「もしかすれば、ルシラの魔力か聖力が戻りつつあるのかもしれません」

驚いたままサラはいい、「その証拠に…」と彼女が指し示す先には観賞用の植物が置かれてあり、その植物がルシラの動きに合わせて成長したり退化したりしている。

早送りと巻き戻しを繰り返しているかのような光景に、さすがのダインも「うおっ!?」と声を上げずにはいられなかった。

「な、なるほど。ルシラの魔法の効果範囲が広がったということか」

動揺を落ち着けつついうダインに、サラもこくりと頷く。

「しかしこういっちゃなんだけど、あんま心臓に良くない光景だな…」

「確かに、そうですね。ですがこの魔法はどこまで影響が出ているのか…」

サラがいいかけたときだった。

(うあああぁぁぁ!!)

廊下の奥から野太い男の悲鳴が聞こえ、大きな足音が近づいてくる。

「れ、霊…霊が…! し、心霊現象が…!!」

玄関にやってきたのは、狼狽しきったジーグだった。

あまりに驚いたのか短く刈りそろえられていた髪型は乱れ、持っていたグラスはガタガタ震えている。

完全無欠、百戦錬磨のジーグだが、そんな彼が唯一苦手だったものがお化けだった。

中庭の庭園を眺めながら一杯やっていたらしいが、庭園にある植物が一斉に急成長と急退化を繰り返し始めたのでひどく驚いたのだろう。

顔面に恐怖を貼り付けた彼の心情を察しているところで、また別の足音が玄関までやってくる。

「何事かと思ってきてみれば…おかえりなさい、ダイン」

最後に廊下からやってきたのはシエスタだった。

サラと一緒に夕飯を作っていたのか、エプロン姿の彼女の片手には玉ねぎが持たれている。

「これ、ルシラなの? さすがにちょっと驚いたんだけど…」

そういって見せてきたその玉ねぎは、ルシラの動きに合わせて頭から芽を出したり引っ込めたりしている。

「…もしかして、収穫し終えた植物にもルシラの魔法って影響するのか?」

さらに驚愕してダインがいうものの、サラが冷静に「いえ」と否定した。

「木造の椅子やテーブルには反応がないですし、収穫直後の野菜などに影響があるだけでしょう」

確かに彼女の言う通り、観葉植物が動いているだけで、それ以外の木製のものは何も変化が見られない。

どうやらルシラの魔法が影響するのは、()()()()()()()()()に限られ発現してしまうようだ。

「でもこれ、生物みたいでさすがに調理しづらいわね」

ルシラは未だに喜びのダンスを踊っており、熱中しているのか周りの様子に気付いてない。

「ふ〜ん、ふふ〜」

ダインは踊る彼女に近づき、顔がこちらに振られたのを見計らい、

「ルシラっ」

ルシラの両頬を手で挟みこみ、踊りを止めさせた。

「ぶみゅっ!?」

動きが止まったと同時に、植物たちも元に戻る。

「みんなびっくりしてるから、この辺でな?」

ダインがそういったところで、ようやくルシラは周囲に人が集まっていたことに気が付いた。

「あ、あれ? るしら、何かやっちゃった?」

異変を起こしてしまっていたことにも気付いたようだが、ダインは「いや、面白いもの見させてもらったよ」と笑いながら彼女の頭を撫でる。

「そ、そうか。ルシラの魔法だったのか…」

ジーグも霊現象でないことにホッとしたようで、「あーびっくりした」と呟いている。

「目の前の植物たちが一斉に動き始めて、怖かったよ…」

正直に恐怖体験を語るジーグを、シエスタは冷ややかに見ていた。

「これまで色んな珍しい魔法を見てきたのに。今更驚くようなこと?」

村長としての威厳を持つよう常日頃言い聞かせていただけに、ジーグの怯え方が気に食わなかったのだろう。

「どんな強面のモンスターも物怖じ一つしなかったのに」

「それとこれとは違う」ジーグは反論した。「想像してみろ。視界一杯に広がっている緑が、突然ざわざわと動き始めるのだぞ? いくらしーちゃんでも、あれを目の当たりにしたら逃げ出すに決まってる」

せめてもの強がりにとそんなことをいいながら、彼はとぼとぼとした足取りで風呂場へ向かおうとする。

そんな彼の背中に向け、シエスタは…

「わっ!!!」

突然声を張り上げた。

「びょわあああぁぁぁぁッ!?」

全身を飛び上がらせたジーグは、そんな悲鳴と共に風呂場へ駆け出していく。

「…ほんと、情けない」

呆れ顔のままため息を吐くシエスタの隣で、サラは口元を押さえながら頭を垂らしている。

「…ぶふっ…」

肩を震わせる彼女からは、堪えきれない笑い声が漏れていた。

鉄仮面と揶揄されるサラだが、ジーグとシエスタのやりとりにはいつもそうして笑わされてしまうらしい。

「お化けが怖いだなんて。夫に憧れを抱いてる人たちが聞いたらどう思うのかしらね」

やれやれとした仕草のシエスタを、ルシラは申し訳なさそうに見上げている。

「ぱぱ、怖がらせちゃった?」

そういってくる彼女に、シエスタは目線を合わせ「大丈夫よ」と頭を撫でた。

「驚きはしたけど喜ばしいことだわ。本来のあなたに戻りつつあるようね」

「ほんらいのるしら?」

「ええ。魔法力が戻ってきたようだし、その影響力も大きくなってきてる」

確かにシエスタの言う通りだが、別の懸念もあるダインは「どこまで影響してるんだろうな」といった。

「村全体にまで影響してるんだったら、今頃混乱してるんじゃないか?」

「ああ、そうですね。確認してきます」

震える声でいったのはサラだ。

口元や眉までぴくぴくさせながら、靴を履いて外に出て行く。

「魔法だけじゃなくて身体も成長してるわよ? 気付かない?」

シエスタはそうルシラに話しかけている。

「あれ、っていうか、昨日よりも伸びてねぇか?」

よく見てみれば、ルシラは昨夜よりも身長も手足も伸びていた。

「ほんと!? るしら、のびてる!?」

常識で考えたら異常であるはずなのだが、それを知らないルシラは素直に喜んでいる。

「昨日とは明らかに違うわね」

シエスタも大した驚きは無い。

「しゃがんで、しゃがんでだいん!」

「え、こうか?」

言われた通りに中腰になると、ルシラと目線が同じになった。

「おお! だいんに追いついた!」

「いや、それはまだだと思うけど…でもマジか。すげぇな…」

ここへきての唐突な成長スピードは何なのだろうか。

「考えても分かることじゃない」

思考をめぐらせるダインに向け、シエスタはいった。

「そういう種族だと思った方が頭を使わないで済むわよ? それにいずれ分かることだと思うし」

シエスタはとっくに考えることを止めたらしい。だから驚いてないのだろう。

「ルシラを引き取るにしろ引き渡すにしろ、身元と種族の解明は避けては通れないことだもの」

「まぁそれは確かにそうだけど…」

そう話しているところで、サラが戻ってきた。

「村には影響が出てないようです。このお屋敷の中だけかと」

戸を開けつつそういった彼女に、シエスタは「そう、よかった」と笑顔を向ける。

「じゃあ続きに取り掛かりましょうか」

「はい、奥様。さ、ルシラも」

「うん!」

ルシラとサラはすぐにキッチンへ戻っていき、シエスタが途中振り向いてダインに風呂に入るよういってくる。

「ああ…」

玄関にはダインだけになり、言われた通り風呂場へ行こうとしたが、そこに何かがあるように見えた彼は足を止めた。

「お…?」

ルシラが踊っていた場所だった。

その空間にはまだ歪みがある。

「ルシラの魔力…か?」

ダインはふとその歪みに手を伸ばしてしまった。触れるかもしれないと思ったのだ。

すると次の瞬間、水のように波紋を広げていたその歪みがダインの手にまとわりついてくる。

触れた部分から感情のようなものが伝わってきた。

狙い通りそれはルシラの魔法力だった。つい先ほどまでルシラが感じていた嬉しさや感謝といった、穏やかで温かな感情が伝わってくる。

その感情に混じって、見慣れない光景までもが流れ込んできた。

辺り一面が緑に覆われた、森の中のような光景。

頭上では小鳥が飛び交い、遠くから小動物の鳴き声が木霊しており、開けた場所には穏やかな風が吹き込んでいる。

大自然に囲まれたような景色の中、開けた場所の中央には大きな岩石が転がっていた。

その上にぽつんと腰掛けている、一人の少女が目に入る。

それは、これまで夢の中で何度も出てきた成長したルシラだった。

寂しそうに佇んでいた彼女は、何かに気付いたように顔を上げる。

「?」

こちらと目線が合いそうになったその瞬間、映像が切れてしまった。

「…これは…」

ルシラの記憶、なのだろうか? それともいま現在の映像か?

いくら考えたところで正解など見つかるはずもなかったが、寂しそうな彼女の表情がやけに脳裏にこびりつき離れなかった。



「さて、それでは本日の成果をご報告いたします」

談話室のソファにかける面々を見回しつつ、サラはいった。

ルシラが寝静まった遅い時間だった。本来なら報告会の時間帯であったが、カールセン一家が揃ったときにはそうして集まって懸念問題を相談し合うこともある。

人生相談や単なる雑談、試作品の試食など内容は多岐に渡るが、今回のテーマはもちろんガーゴ関連だ。

「先に所感を述べたいのですが」開口一番、サラは表情を変えず言い放つ。「ガーゴにはどうもきな臭さを感じずにはいられません」

「というと?」

片手に持っていたティーカップを傾けつつ、ジーグは促した。

「極秘での資材搬入、突然のセブンリンクス赴任に、このカールセン家への…いえ、ルシラへの干渉。彼らが何かを企てているのは事実です」

「後ろめたさのある企てなのは間違いないだろうな」

ジーグの隣で深く腰を下ろしていたダインはいった。

「奴らの態度やこれまでのやりとりから、良い印象はこれっぽっちも抱けないんだが、本当にこの大陸でのガーゴの評価は高いのか?」

そうサラに尋ねるダインの目には、ガーゴに対する不信や不満がひどくこびりついている。

「町の警備員や公務員といった、市民と密接に関わりのある方々はまともな人が多いですよ」

契約の更新や確認のため何度も役所に足を運んでいたらしいサラは、ガーゴ直属の公務員たちは良い人ばかりだと答えた。

「マニュアル的でない柔軟な対応で人気は高いです。迷子は親身になって探してくれるし、非行少年を更生させたのも先日ニュースになりました。モンスター災害で被災した現地に赴いて炊き出しをしたり、仮住居の提供や負傷者の手厚い保護、メンタルケアに至るまで。末端は本当に良い人ばかりなのです。末端は」

末端、と強調している辺り、彼女も上層部に対しては良い印象を抱いてはいないのだろう。

「市民の支持がどこから得ているものなのか、上層部が気付いてないだけなのだろうな」

「どの組織も同じか」、そう呟くジーグにサラは頷き、話を戻す。

「ダイン坊ちゃまにはすでに報告済みですが、彼らが仕入れている資材は組み立てると魔法の反作用を促す装置が出来上がるようです。私がお尋ねした専門家個人の意見ですので、可能性の域は出ませんが」

「そうね…」

ジーグの対面に座るシエスタの手には、サラが入手した極秘資料が持たれている。

資材の細かな一覧表を熱心に眺めながら、シエスタは「その専門家の意見は大方合ってるでしょうね」といった。

「他の用途に使うであろう資材もいくつか混ぜ込んでいるけれど、組み合わせからカモフラージュにしか見えないわ」

ある程度ものづくりの知識があるシエスタの意見である。サラは「そうですね」と頷き、「その見立てが事実だとして、その装置で何をしようとしているのかが問題なのですが…」推理できないかと辺りを見回す。

問うようなサラの視線に誰も答えを見出せず、しばし談話室内は静かになる。

そのとき、「これまでのガーゴの行動を、無理やりにでも繋げるとすれば…」、思案しつつシエスタが口を開いた。

「照射装置とルシラの力を使い、セブンリンクスの中で何かを為そうとしている…といったところかしら」

現状で掴めたヒントを元に組み立てれば、確かにそんな結論に達するだろう。

「ダインよ。セブンリンクスには重要な何かがあったりするのか?」

ジーグが顔を向けてくるが、ダインは「まだ新入生だから分かんねぇな」と首を振った。

「世界中で一番古い学校だから、何かしらはあるんだろうが…」

そこでシエスタが何か思いついたようにダインを見る。

「ティエリアちゃんだったかしら。一年先輩のあの子なら、何か知ってるんじゃない?」

セブンリンクスで一年間学生生活を過ごしてきたのだから、知っていることもあるはず。

シエスタはそう期待を寄せるが、ダインはそれも「いやぁ」と首を振ってみせた。

「先輩は人見知りだし、去年は生徒会長の仕事でてんてこ舞いだっただろうし、噂を耳にする機会も余裕もなかったんじゃないかな」

ティエリアの性格はシエスタも先日知ったところだ。「それもそうね」と頷いた彼女は、再びソファの背に身を沈める。

「あ、いやでも…」ふとあることを思い出したダインは、「セブンリンクス七不思議ってもんがあるらしい」と呟いた。

「ほう、七不思議?」ジーグが眉を上げる。

「そういう噂はある。古いから当然っちゃ当然だろうけど、シンシアが何か知ってそうだったよ」

「調べた方がいいか?」両親にそう問いかけると、ジーグもシエスタも顎に手を添えるだけですぐには返事を返さなかった。

「もはやガーゴの介入を許してしまっている学校内では、特に目立つ行動は避けた方が良い」

やがてジーグが釘を刺すようにいってきた。シエスタも頷く。

「一昨日の繰り返しになるけど、危ないと思ったらすぐに身を引いて。被害が及ぶのはあなただけじゃないんだから」

シンシア達のことをいっているのだろう。ダインは「分かってる」といった。

「俺の…いや、俺たちの目的は、ルシラが元いた居場所を突き止めることだからな」

「その通りだ」ジーグは笑った。「我々は、家族の一員となったルシラのためだけに行動している」

そして彼はサラに顔を向け、「サラにも引き続き情報収集をよろしく頼む」と頭を下げた。

「仰せのままに。潜入は得意ですから」

顔色一つ変えずにサラはいうが、「潜入?」ダインの顔に疑問が浮かぶ。

「まさか本部に?」

問いかけに、「ええ」、彼女はさらりといってのけた。

「いや、一般人は入れないはずじゃ…」

「お小遣い稼ぎですよ」、なおも顔色を変えずにサラは続ける。「週一回、短時間での清掃のお仕事です。大した汚れはないので簡単でしたね」

その口ぶりから、すでに面接を済まし働いているようだった。

「い、いや…え? いつから…?」

「今日からです」

顎を落とすダインの様子にくすりと笑ったのはシエスタだが、すぐにその表情を残念そうなものに変える。

「サラさんの掃除術は、このお屋敷以外ではあまり披露して欲しくはないんだけどね」

代々カールセン家に仕えてきたシーハス一族の家事術は、もはや神の領域に達するまで磨きがかかっていた。

力のあるヴァンプ族の為せる業ともいえるかも知れないが、シエスタにとってはその門外不出とされる神業は独占しておきたかったのだろう。

「あの華麗なほうき捌きや雑巾がけは他人に見られたくないわ」

彼女は身元バレや技術漏洩を恐れているのではなく、単純に妬いているように見える。

「ご安心を」サラは小さく笑って首を振った。「所詮パートですので、ある程度手を抜いております」

「でもあなたのことだから、手を抜いたとしても相当綺麗に仕上げているのでしょう?」

「まぁ、出来映えを見た上司の方から週五日での清掃をお願いされましたが…断りましたけど」

「ほらやっぱり」

サラとシエスタは笑い合っている。

話が逸れてきたようなので、ジーグは軽く咳払いをして軌道修正を図った。

「ともかく、まだまだ情報が少ないな。これではまだこちらも何を対策すればいいのか分からん」

同意見だったダインは、紅茶を飲みながら頷いている。

「このままサラに家事以外の仕事を押し付けるのも忍びないし、もっと手っ取り早い方法でもあればいいのだがなぁ」

確かにジーグの言う通りだろう。

ルシラの素性を調べるために、ルシラを付け狙うガーゴのことを調べる…というのは、あまりに遠回りで非効率だ。

ふと訪れた沈黙の中、「ガーゴはルシラの力を欲している、か…」と、何も無いテーブルを見つめたままシエスタが呟く。

「そもそもあの子の魔法は、植物だけを成長させたり退化させる効果しかないのかしら」

その気になる一言に、「…どういうことだ?」ダインが尋ねる。

「いえ、それがあの子の本来の魔法の姿なのかしらと思って…」

そこで談話室には再び沈黙が訪れる。

ルシラが使う魔法の、本来の姿。皆考えていることは一緒だった。

植物の進化と退化。

確かに見たことはない魔法だが、似たような効果を出せる魔法は他にいくつもある。

いってしまえば地味だ。そこにガーゴが狙うほどの価値はいまのところ感じられない。

しかしそれは植物を変化させるため()()の魔法ならば、だ。

「別の線も考えてはみました」

沈黙を破り、サラが口を開く。

「粘土のように任意に形を変えているのではないか、植物に限定して時間を操っているのではないか、と」

「可能性としてはあり得るわね」

シエスタがいう。

「変化、時間操作。色々あるけれど…でも、ルシラの魔法が植物にどう影響して盛衰できているのか。単純に考えれば、ある一つの可能性が最も大きいかもしれないわ」

「といいますと?」

詳細を知りたがっているサラに向け、シエスタはソファから前のめりになり、声を潜めて呟く。

「対象への成長力、そのものへの干渉よ」

シエスタのその言葉にサラが固まる。

ダインははっと顔をあげ、ジーグは腕を組んでまた唸りだした。

「対象の成長力を増減させることができる。植物に限定されず、あらゆる対象物へ成長も衰退も意のままに操ることができるとしたら…」

「それは…あまりに危険ですね」

シエスタの真剣な表情から察したサラはいい、シエスタも「ええ」と頷く。

「今日の玄関前での一件から、ルシラのあの魔法は広範囲に及ぶことが分かったわ。仮に成長の増減があの子の魔法だとして、それが町の…いえ、世界中にまで影響が及んでしまうものだとすれば…」

そうなれば、もはやゴッド族…いや、この地上のどんな魔法をも越える効果を持ってしまうことになる。

身を守りたければ周囲の物質を成長させ硬質化させればいいし、魔法の効く相手であれば退化させればいい。それこそ消滅させることも可能だろう。

物体に限らず魔法力としての成長力にも干渉できるのなら、無限に魔力を増幅することができるだろうし、人の感情すらコントロールできてしまうかもしれない。

そうなれば相手に勝つどころの話ではない。戦争を起こさずして、世界を牛耳ることも容易だろう。

さすがに飛躍した考えかもしれない。しかし、もしそれが可能だとすればこれほど危険なものはないだろう。

そしてその力をガーゴが利用しようとしていたのだとすれば…想像しなくても、ろくなことにならないのは目に見えている。

「あの子の魔法力の性質を調べられれば、何か対策は浮かぶんだけれど…」

シエスタは困ったようにいう。

「どういうわけか干渉できないんですよね、あの子のコアには…」

サラも難しそうな表情だ。

二人の口ぶりから、ヴァンプ族の特性を活かしルシラのことを調べようとしていたのだろう。

しかしどういう原理かは分からないが、ルシラには触手で触れることはできるものの、吸魔しようとすると途端に肌に妙なぬめりが出てしまい滑ってしまう。

肌と肌の直接的な吸魔も、硬く蓋がされてるかのように全く吸えなかったのだ。

「信頼はしてくれてると思うんだけどねぇ…」

そのとき、ダインが「俺、少しだけだけど触れることができたよ」、おもむろに手を上げる。

「え、そうなの?」

シエスタが意外だとばかりに聞いてきた。

「さっきの話の続きだけど、玄関前でルシラが踊ってたじゃん。あの時、魔法の残滓みたいなもんがあってさ、触れたよ」

「何か分かることがあったか?」

ジーグも興味ありげに尋ねてくる。

「あいつの感情と、どっかの景色が見えたな」

ダインは思い出しつつ答えた。

「ほう、景色?」

「森かどっかの中だったと思う。どこにでもありそうな風景で、木や葉に特徴のありそうなものは無かったな」

「そうか…」新情報はないと思ったのか、ジーグは肩を落とす。

「魔法の特徴は分からなかったの?」

シエスタが期待を込めて聞いてくるものの、ダインは首を振った。

「感じたのは感情と景色だけだったなぁ」

「ではその感情というのは?」

今度はサラが聞いてきた。

「ほぼプラスの感情だ。嬉しいとか感謝とか、あいつらしい、可愛らしいものだったよ」

「そうですか」

頷くサラは、残念がっているというよりは嬉しそうだ。

シエスタもジーグも微笑んでおり、ルシラの気持ちを聞いて心が和んだ様子だ。

ルシラは文字通り拾った子だ。突然の環境の変化と、知らない人に囲まれての日常に、ストレスになってないかと誰しもが懸念していたのだが、ルシラの魔法力を通じて心から安心しているということが分かり、みんな笑顔になったのだろう。

「まぁ、少しは前進したな」

ジーグは明るい様子でいった。

「ルシラは森の中にいた。森の住人だと決め付けるのは早計だが、いまはその情報だけで十分であろう」

「そうだな」

ダインも気楽な様子でティーカップを傾ける。

「ルシラの魔法力が戻ってきたから、ああして触れられたんだ。これからも触れられる機会は増えていくはずだしな」

「うむ」

懸念を話し合い空気は沈んでいたが、ルシラの心理状態を知って場は一気に明るいものになる。

そのまま明日の献立でも話し合おうかとなったとき、誰も触れてないのに談話室のドアがゆっくりと開かれた。

「ん〜…みんな、なにしてるのぉ…?」

入室してきたのはルシラだ。明らかに寝起きの様子で、ふらふらとした足取りでダイン達のところへやってくる。

今日はジーグとシエスタの寝室で寝ていたはずだが、起きたとき誰もいなかったので不安に思ったのだろう。

「この辺で切り上げましょうか」

シエスタは微笑んだまま立ち上がり、ルシラをひょいと抱き上げる。

「うみゅ…」

抱っこされたルシラは、その気持ちよさにかすぐにまた寝入ってしまった。

パジャマ姿で眠りこける小さな彼女は、やはり見ているだけでこちらが笑顔になってしまいそうなほどに可愛らしい寝顔をしている。

「はぁ…可愛いのぅ…」

ジーグはたまらないといった様子でルシラの頬をつついており、その柔らかさに感動すらしているようだった。

何度もつつくものだからルシラの寝顔は迷惑そうに歪み、「こら」とシエスタに叱られている。

「でもどうしてダインにだけは、ルシラの力に触れることができたのかしら」

そのことだけが気になっていたらしいシエスタに、サラは「簡単ですよ」と食器をまとめながらいってくる。

「好き以上の感情があるからです」

冗談半分でいったに違いない。そうダインは思っていたが、ジーグはまともに受け止めてしまったようだ。

「娘はやらんぞ!」

途端に語気を荒げダインを睨みつけてくる。

「どっちの立場の台詞だよ。俺はあんたの息子だ」

そう突っ込んでいると、「二人とも静かに。また起きちゃうじゃない」とシエスタからお叱りが飛んできた。

そのまま部屋を片付けようとしていたサラを呼びとめる。

「お片づけは明日にして、みんな同じ寝室で寝るためにベッドメイクしましょう」

笑顔でそういい出す。

「この子ずっと楽しみにしているそうだし。私と夫のベッドをひっつければ全員寝れそうだし、そうしましょう」

「なるほど」

サラは頷き、全員談話室を出て行くのを確認してから部屋の明かりを消した。

そしてサラとジーグの寝室へ向かい、ベッドメイキングを済ませて全員横になる。

中央で寝かせられたルシラは、寝ていて状況が分からないはずなのに、その寝顔はとても嬉しそうなものだった。

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