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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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二十四節、悩ましい目覚め

朝、目が覚めたダインは、自分のベッドに本来そこにいるはずがない人物が寝ているのを見て、しばし混乱していた。

毎回ルシラが部屋に忍び込んでくるのはもう慣れた。

目を開けてすぐルシラの寝顔が飛び込んでくるのは、いつもの光景なのだが…。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

今日はルシラの隣に、もう一人女の子がいる。

長い銀髪をした、ゴッド族のティエリアだ。

彼女は眠ってはいるようだが、その寝顔はどういうわけか真っ赤だ。しきりに全身を痙攣させており、寝ているというよりは気を失っているようにも見える。

そして自分の体内には優しい力。以前吸ったことがあるから分かる。これは紛れもなくティエリアの聖力だ。

「…あー…」

状況から瞬時に何があったのかを理解したダインは、思わず額に手を当てうなだれてしまう。

恐らく夜中だろう。ティエリアの様子から察するに、触手による吸魔なのは明らかだ。

「やっちまった…」

長い溜息を吐いた彼は、できるだけ静かにベッドから移動し、そっと部屋を出る。


「う〜ん…ルシラちゃんも無意識にしてることだから、止めることもできないよねぇ」

すでにダイニングで朝食を摂っていたシンシアとニーニアに相談を持ちかけたが、彼女たちはまずルシラにも吸魔に似た能力があったことに驚いたようだった。

「でもびっくりしたよ。朝起きたらルシラちゃんもティエリア先輩もいなかったから心配してたんだけど…」

まさかそんなことになっていたのかと、二人とも食べる手を止め情報を整理している。

「シンシアを入れると、これで二度目になっちまうんだよな…」

昨日どういう状況でティエリアに襲い掛かってしまったのか、ダインは考えるあまりスープを飲むペースが遅い。

「でも…どうしてダイン君なんだろう?」

ニーニアがふとした疑問を寄こした。

「どうして?」

質問を返すダインに、ニーニアはジュースを一口飲んでから口を開く。

「昨日は確かにルシラちゃんは私たちと同じお部屋で寝ていたのに、どうしてわざわざダイン君のお部屋まで行ったのかな」

そのニーニアの素朴な疑問はダインをハッとさせた。

「確かに…そうだな」

ルシラの吸魔行動にはまだ謎が多いが、しかし無意識にしろ理由も無くそんなことをしているとは思えない。

魔法力の充填が目的なのは明らかだろうし、それならばなぜダインよりも魔法力があって同じ部屋で寝ていたシンシア達は襲わず、わざわざ魔力の低いダインの部屋まで行き吸魔を行ったのだろうか。

「魔法力が欲しいだけなら、私たちから摂取しても良かったはずなのに」

ニーニアの疑問にダインもシンシアも答えが見つからず、しばし考え込んでしまう。

「仮説を思いついたのですが、よろしいでしょうか」

ジーグとシエスタの朝食を用意しつつ、ダイン達の会話を聞いていたサラが割り込んできた。

「どんな仮説だ?」

「あの子が欲しいのは、恐らく何ものにも染まっていない純粋な魔法力ではないかと思われます」

サラはそのままダインの隣に移動し、シンシアとニーニアの視界に入りつつ話を続ける。

「魔法というものは、術者の性格に準ずる性質を持っているというのは、ダイン坊ちゃまでも知っての通りですよね?」

「ああ、まぁ…魔法の属性や作用に得意不得意があるってやつだろ?」

「その通り。それはつまり、魔力にも聖力にも、それを宿している方の“色”が宿っているということになると思うのです。この世に全く同じ人物は一人としていないように、魔法力の性質にも個人差がある。血液と同じようなものだと捉えていただければ分かりやすいかもしれません」

その説明を聞いてシンシアは思い出したことがあったのか、「そういえば」と口を挟んできた。

「魔法力テストのチェック欄に、識別型っていう欄があったはず。アルファは攻撃型、ベータは防御型とか」

「あ、あったね」

ニーニアも思い出したようだが、ダインだけは「そうなのか」といま知ったような顔だ。

「これは長年の研究で分かったことなのですが」

サラは話を戻す。

「他者から魔法力を吸える我々ヴァンプ族は、その吸った魔法力の“色”を薄める能力を持っています」

それはダインも知らない情報だった。ヴァンプ族の体には個人の色を取り去るフィルターの役割もあると説明を受け、彼は思わず「マジか」とサラに顔を向けてしまう。

「魔族の我々が聖力も吸えることを考えれば、当然のことではないですか。違う型の血液を投与されれば、具合が悪くなるどころではなくなるでしょう? 聖力を吸って体内で拒絶反応を起こしてしまっては、吸魔そのものの能力は淘汰されていたはずです。どのような方からでも吸えるように進化したのが、いまの我々なのですから」

サラの説明には納得できる部分しかない。ダインは感嘆するような息を吐いてしまった。

「つまり、無意識のルシラちゃんが純粋な魔法力を求めた結果、フィルター機能で純度の高い魔法力を持っていたダイン君が選ばれた…」

シンシアの推理にサラは頷き、ニーニアもダインも考えうることだと思ったのか真っ直ぐ前を向いている。

「拒絶反応を恐れて純粋な魔法力を欲しがっているのなら、ルシラは聖族か魔族かのどちらかに分類されるってことになるのか?」

さらなる推理をダインが言うものの、「それに関してはまだ分かりかねますね」とサラは首を振った。

「ルシラが使う魔法は植物の盛衰以外に確認できておりませんし。その魔法も魔力と聖力どちらでもなさそうです。それにそれよりも、現状として問題視すべきことがひとつございます」

「問題?」

「はい」

頷くサラは、ふいに真剣な表情になる。

「ルシラは魔法力が必要な状況に陥っている、ということです」

そこでシンシアとニーニアは動きを止め、ダインはパンを食べながら天井を仰ぐ。

「そうなんだよなぁ…」

これまでダインは何度かシンシアやニーニア、ティエリアやラフィンからも魔法力をもらってきたが、翌日には全てなくなっていた。

思い出せる限りだと、昨夜の吸魔騒ぎを含めるとこれでルシラから襲われたのは四回目になる。つまりそれほどルシラは魔法力を欲しているということだ。

「ルシラがダイン坊ちゃまから吸魔しているのは複数回に及びますが、あの子から感じる魔法力は依然として微弱なまま。ダイン坊ちゃまから吸い上げた魔法力は、ルシラを通じて別のどこかに流れていっていると考えるのが自然でしょう」

「う〜ん…」

シンシアは再び朝食に手をつけながら、難しそうな顔で唸っている。

「ルシラちゃん、大丈夫なのかな…」

心配しだすニーニアに向け、サラは「いまのところは大丈夫でしょう」と返した。

「あの子の様子を見る限りでは、そこまで差し迫った状況ではないでしょう。いずれ無視できない問題に直面するかもしれませんが、我々がいますぐ対処法を考えなければならないことは別にございます」

「なんだそれは」

尋ねるダインに、サラは真面目な顔のまま言った。

「ルシラの吸魔によってダイン坊ちゃまが衝動に駆られたのは、一度きりではなかったということ。シンシア様やティエリア様に起こったことが、今後も起こる可能性がでてきたということでございます」

シンシアとニーニアが顔を赤くしたのはそのときで、ダインもその通りだと思ったのか口の動きを止める。

ルシラの影響によって、吸魔衝動の発生確率は飛躍的に上がった。確かにそれは今すぐに対処しなければならない問題だ。

「その場しのぎでもいい。とにかくいますぐ回避できる方法はないか」

真剣な顔でサラに問うと、顎に手を添えていた彼女は「そうですね…」といくつかの回避手段を提案した。

「別の方法で魔法力を供給できるようにするか、私やだんな様、奥様をローテーションでルシラに吸わせるようにするか…」

「ローテーションは良いかもしれないな。俺よりは親父や母さんの方が若干魔力はあるだろうし」

サラも同意見だったのか、「そのようにいたしましょう」といった。

だがそのとき、「そうできたらいいんだけど…」異論を唱えたのはニーニアだ。

「サラさんの言う通りルシラちゃんは純粋な魔法力が欲しかったのかもしれないけど、それだけじゃない気がするよ」

「どういうことだ?」

「これまでも、ルシラちゃんはサラさんのお部屋に、一応は寝ていたんだよね? それでもいつもダイン君のお部屋に忍び込んでいた」

「あっ!」と、何か思いついたらしく、今度はシンシアが顔を上げた。

「昨日もルシラちゃん言ってたけど、ダイン君のこと大好きだもんね。そっかそっか」

それが毎度ダインを吸魔相手に選ぶ理由だと思ったのか、シンシアもニーニアも納得した顔だ。

「やはりそうですよね」

サラも同感だとばかりに頷く。

「ルシラの吸魔能力にも性別間による効率の差はあるのかもしれませんが、単純にダイン坊ちゃまのことが好きだから、毎度襲い掛かってると考えるのが一番自然ですよね」

「い、いやでも、あいつサラのことも大好きだっつってたぞ?」

「それは嬉しいことですが、ダイン坊ちゃまに対する好きは若干特別感があったことは事実。元より、ルシラは初めからダイン坊ちゃまのことは知っていたようですし」

確かにサラの言う通りだった。

初対面とは思えないほど、ルシラは出会った瞬間からダインに懐いていた。

どこかで面識があったのか、ダインは未だに思い出すことができずにいたが。

「ではこうしましょう」

ダインのコップにオレンジジュースを注ぎ足しながら、サラはいった。

「ルシラにはこれまで通り、矯正も誘導もせずダイン坊ちゃまから吸わせることにいたしましょう」

何もしなくて良いという風に聞こえたダインは、「いや、事故が…」と懸念を示す。

「ええ。ですから、ダイン坊ちゃまは枯渇状態に陥らない程度に、魔法力を確保していただければいいのです」

サラの提案は単純明快なものだった。

シンシア達から魔法力の提供を受けた日は、ルシラに吸魔されても枯渇状態に陥ることは無かった。

つまりルシラはダインから一定量の魔法力しか吸わないはず。ある程度の備蓄があれば、事故は起きないとサラは読んでいた。

その場しのぎの案としては無難だろう。しかしそれは遠まわしにシンシア達の協力を仰ぐことになる。

「こいつ等にこれ以上負担かけたくないんだけど…」

ただでさえ授業やダイン部で吸魔させてもらっている。これ以上は申し訳ないと、ダインは首を振った。

「ですが現状それが最善の策だと思いますよ。ルシラには魔法力が必要のようですから、止めさせるわけにもいきませんし」

「それはそうだけど…」

「ありがたいことに、シンシア様もニーニア様もご協力いただけるようですし」

ダインが顔をあげシンシア達を見ると、二人は少し顔を赤くさせながらも笑顔で見返してきていた。

「ルシラちゃんのこと、私たちだって放っておけないから」

ニーニアの台詞にシンシアは「そうだよ」と頷く。

「ダイン君部もあるんだし、これまで通りってことで良いんじゃないかな。魔法力なんて、寝れば回復するんだし」

シンシア達の台詞にも、ダインは「う〜ん…」と唸るばかりではっきりしない。

不確定要素が多すぎるためだ。ルシラが一定量しか吸わないというのは憶測の域を出ないし、その一定量がいくつなのかもまだ定まってない。

場合によってはシンシア達にさらなる負担を強いることになる。ダインはそれが気がかりだった。

「わ、私も協力しますので…」

そのとき、廊下側から誰かの声が聞こえてきた。

全員が視線を向けると、ふらふらとした足取りのティエリアが、ルシラに支えてもらいながらダイニングへとやってきていた。

「ティエリア先輩!」

シンシアとニーニアが立ち上がり、ルシラと支え役を交代して彼女を椅子に座らせる。

「大丈夫…じゃない、よな?」

ダインが遠慮がちに声をかけると、ティエリアは「だ、大丈夫です」と笑いかけてきた。

だが強がっているのは明らかで、全身はぐったりしたままで呼吸も少々荒っぽい。顔も真っ赤で何かを支えにしてないと自立すら難しそうだ。

それに目がとろんとしている。ろくに睡眠が取れてないというのは、彼女の顔を見ただけで分かる。

「私も、ルシラさんのお役に立ちたいので…これまで通りで、いきましょう…」

ダイン達の会話が聞こえていたようだが、このまま会話に参加させて良い状態にはとても見えない。

「部屋でお休みになられた方がいいのでは」

サラの提案に、シンシアとニーニアは「そうしよう」とティエリアを再び立ち上がらせようとする。

「あ、で、ですが…」

「いや、この話は後だ。とりあえず先輩は休んでくれ」

会話を打ち切り、ダインはティエリアの分の朝食をトレイに乗せていく。

「行ってくるよ。サラとルシラは日課の体操しといてくれ」

ダインが言うと、頷くサラの隣でルシラは元気よく「うん!」と返事していた。


「す、すみません…」

客室のベッドに寝かせると、ティエリアはすぐに申し訳なさそうにいってきた。

「いや、謝るのは俺の方だよ」

照明器具を置いていた台座にトレイを乗せつつ、ダインも謝る。

「こんなことになるとは思いもしなかった」

「い、いえ、謝らないでください」ティエリアは即座に言い、「誰のせいでもありませんので…ダインさんのお役に立てて、嬉しく思っていますし…」と、顔を赤くさせながら呟くように続ける。

「まぁ、そう言ってくれるのはありがたいんだけど…」

近くの椅子を手繰り寄せ腰掛けたダインは、「それで」とティエリアに体を向ける。

「体に異変は感じないか? 痛いところとか痒いところとかないか?」

悪い影響は出てないか。尋ねるダインに、ティエリアは小さく首を振った。

「そ、その辺りに関しては問題ありませんので…」

大丈夫だと彼女は言うが、しかし依然として顔が赤い。甘毒の影響はあるのだろうが、それだけではないような気もする。

「あの、何があったんですか?」

ベッドの端に座るシンシアが詳細を尋ねてきた。

「触手に襲われただろう事はダイン君から聞いたけど、詳しい状況は知りたいなって…」

それはダインも知りたいことだった。いや、当事者なのだから知る必要がある。

隣にいるニーニアも興味のありそうな顔をしていた。

「あ、それは…」

恥ずかしいことかもしれないが、情報の共有は必要なことだと思ったティエリアは、赤い顔のまま昨夜の状況を教えてくれた。

ルシラがダインの部屋に忍び込んでいたこと。

髪を使って、ダインから魔法力を吸い取っていたのを目撃したこと。

そこでダインは枯渇状態に陥ってしまい、近くにいたティエリアが襲われてしまったこと。

「以上が、事の顛末…です」

どうにか昨夜の状況を説明したティエリアだが、その詳細全てを話したわけではない。

意識の無いダインに何を言われたのか。何をされたのか。そして気を失う瞬間、自分は何を口走っていたのか。

可愛いといわれたこと。親しみを込めた声で呼び捨てにされたこと。そして告白してしまったこと。

その全てを未だに鮮明に覚えていた彼女は、さすがに恥ずかしすぎて説明することができない。

掛け布団を口まで被ってしまい、どうにか顔の赤みをダイン達に見られないようにしていた。

「ルシラの場合は髪を使うのか…」

ルシラから吸魔されている状況をいま初めて知ったダインは、何事か考え込んでいる。

「あいつ、どんな様子だった?」

尋ねるダインの顔には、ティエリアがいま何を思い出しているのか、気付いている様子はない。

「あ、えと…少し、別人のように見えました」

「別人?」

「は、はい。姿形はそのままで、ダインさんと同じく意識がないようでしたが、雰囲気と言いますか、こう…とても大人びているように見えました」

「大人びて…」

そのときダインは、『ひょっとしたらずっと年上かも』と言っていたサラの言葉を思い出す。

「苦しそうにはしてなかったってことだよな?」

「あ、は、はい。ルシラさんもダインさんも、特段苦しそうにしているご様子も、痛がっているご様子もありませんでした」

会話を聞きながら、しかしティエリアの世話もしたいと思っていたらしく、ニーニアはトレイのある台座の前に移動し、ティエリアに朝食を食べさせようとする。

「あ、だ、大丈夫です」

さすがにそこまで世話になるわけにはいかないと思ったのか、ティエリアは慌てたように上半身を起こした。

ニーニアにお礼を言って、静かに朝食を食べ始める。

「れ、冷静に考えたらすごいよね、ダイン君のお部屋で襲われただなんて」

いつの間にシンシアも顔を赤くさせていたのか、困ったような笑顔でいってきた。

「あー、そうだよな…抱きついたりしちまったんだろ? 完全にセクハラだよな…」

再び申し訳なさそうにするダインに、スープを飲みながらもティエリアは首を振る。

「だ、抱きついたというよりは、倒れこんできたようなので…」

そう話すティエリアはますます顔を赤くさせていく。昨夜の状況を鮮明に思い出してしまったのか、そのままちらちらと彼の顔を窺っていた。

あのときのことを、彼は本当に覚えていないのだろうか。

自分が口走っていたことを、彼は聞いていないのだろうか。

ダインの表情からどうにか本心を読み取れないか。

窺うもののダインは気にしてる風も無く、不安げな様子でティエリアを見つめ返す。

「ベッドに引きずり込んじまったんだよな?」

「そ、それは…は、はい…」

「その…」ダインはなにやら言いにくそうにしていたが、思い切ったようにティエリアに聞いた。

「何か…されなかったか?」

「何か?」

「吸魔以外の、ほら…い、色々と問題になりそうなこととか…」

気まずそうな彼の口調とその台詞に、彼が何を聞きたかったのか瞬時に理解したティエリアは、同じように顔を真っ赤にさせながら小さく首を振る。

「だ、大丈夫…です…は、はい…それは…」

吸魔の感覚が残っている以外、自分の体には本当に何の違和感もない。

そう説明すると、ダインは心からホッとしたように「そうか」と笑顔をティエリアに向けた。

「吸魔以上のことはしてなかったんだったら、良かったよ」

そう話す彼の笑顔に裏の色は無い。本当に彼は何も覚えてないのだと思ったティエリアは、安心したような残念なような複雑な心境に陥る。

「わ、私やニーニアちゃんよりすごい体験ですね…」

同じく顔を赤くさせたままのシンシアが割り込んできた。

「ダイン君のベッドの中で、触手に絡まれながらダイン君に抱きしめられるなんて…」

想像しただけなのに、彼女は体を震わせている。

「わ、私だったらあっという間に気を失っていたかもしれないよ」

ティエリアの口元を拭くためティッシュを用意していたニーニアも、顔を赤くさせたまま笑っていた。

彼女の台詞は冗談でもなんでもないのだろう。

絶大な聖力を持つゴッド族のティエリアですら、触手による吸魔の快感には耐え切れなかったのだ。

その上聖力の回復力も驚異的なものであるはずなのに、彼女は未だに完治していない。

「やっぱこれ以上の負担はまずいよな…」

募ってきた不甲斐なさそのままに、ダインは口を開く。

「ルシラのことはこっちで何とかするよ。今後も吸魔は控えよう」

シンシア達を思っての台詞だったのだが、予想外な反応が彼女たちから返ってきた。

「嫌だよ」

シンシアが真正面から否定する。

「嫌って…」

「私たちだってルシラちゃんの力になりたい」

と、ニーニアもシンシアに加勢する。

「私たちは本当に大丈夫ですので」

ティエリアもシンシア側に着き、笑顔を向けてきた。

「困ったときはお互い様って言うんだし、遠慮なんかしないで欲しいよ」

「いや、そっちに負担かけてばっかだろ? フェアじゃねぇよ」

そうダインが言うものの、シンシア達は誰も納得しない。

「負担かどうかなんて関係ないよ。私たちが力になりたいって言ってるだけなんだから」

その気持ちはありがたいがと、ダインも反論する。

「俺としちゃ心苦しいだけなんだって」

お互いがお互いのことを思いやるあまり、議論は平行線のままだ。

「ダイン、あなたも少しは大人になりなさい」

客室のドアが開き、予想外の援護射撃がきたのはそのときだった。

「どのような種族でも、一人だけで生きていける種族はいない。相手の厚意を素直に受け取る心を持ちなさい」

入室してきたのはシエスタで、サラもやってくる。

「あなたはもう少し、頼ることを覚えたほうが良いわね」

親であり、そしてダインの人生の教師でもあったシエスタには、さすがのダインも言い返すことができない。

「厚意を断るのは無礼に繋がることもある。負担だからというのはこちら側の勝手な解釈であることを知りなさい。シンシアちゃん達は良いと言ってくれているのだから。無理してるようには見えないでしょう?」

「わ…分かったよ…」

仕方なくダインが折れたところで、シンシア達はさらに笑顔になる。

シエスタとサラは朝食の説明に来たようだった。

料理好きだったシンシア達と昨夜意気投合したのもあり、早朝から料理談義で盛り上がり始める。

使っている野菜の特徴や独特な調理方法など、サラからの説明を熱心に聞いているシンシア達を横目に、シエスタはそっとダインに言ってきた。

「ダイン、ちょっと来なさい」

「え?」

不思議そうにするダインを連れ、シエスタは客室から廊下に出る。

「ほら、背中。見せなさい」

突然そう言い始めるシエスタは、コンパクトな球状の容器を持っている。

蓋を開けると中には真っ白いクリームのようなものが入っており、よく見るとそれは軟膏だった。

「親なんだもの。あなたに何があって、何を隠そうとしてるかぐらいは分かるわよ?」

シエスタのゆるぎ無い視線に射抜かれ、ダインは小さく笑ってため息を吐く。

「親父にもお袋にも、勝てねぇよほんと」

そういいながらダインはシエスタに背を向け、シャツを捲り上げる。

彼の背中には無数の切り傷があった。原因はもちろん、昨日吸魔衝動に陥りティエリアに襲い掛かったことだ。

バリアがダインを傷つけないよう、ティエリアは必死に抵抗していたのだろう。だがそれは徒労に終わったらしく、広範囲に渡って引っかかれたような細かな切り傷がある。

ティエリアを触手で襲ったという何よりの証拠だった。背中の痛みで即座に気付いたダインだが、ティエリアの気持ちを考えずっと表情に出さないでいたのだ。

「いっ…!? つつ…」

軟膏が傷口に染み、ダインは思わず悲鳴を漏らしてしまう。

そんな彼に向かって、シエスタはため息を吐いた。

「優しすぎるのも問題かもしれないわね」

台詞の意味が分からず、「ん?」と振り向くダイン。

そんな息子を見ず、彼女はそのまま背中に軟膏を塗りつけていく。

「優しさは、返って壁を作ってしまうこともある」シエスタの意味深な台詞は続く。「ある意味、この傷はあなたが原因かもしれないわよ?」

「へ? そりゃどういう…」

「それぐらいは自分で考えなさい」

処置を終えたという意味か、シエスタはダインの背中を音が鳴るほど叩いた。

「あでぇっ!?」

ダインは激痛に顔を歪める。

息子のリアクションが面白かったのか、シエスタは最後にはくすりと笑っていた。


ティエリアの回復を待つ間、各自自由行動しようということになった。

ルシラは嬉々としてシンシアとニーニアに屋敷の案内を買って出て、サラとシエスタは昼食の準備に。

ジーグは書斎に篭って書類の整理を始め、ダインはティエリアを一人にしておくわけにいかなかったので、そのまま客室に居残ることにした。

「先輩、何か飲むか?」

「あ、い、いえ、お気遣い無く…」

二人きりになった部屋の中、ティエリアは体力も聖力も回復してきたものの、顔の赤みは治まる気配はない。

どうしても昨日のことが頭から離れないでいたのだ。

ダインに抱きつかれたこと、囁かれたこと、口走ってしまったこと。彼の顔を見るたびに思い出してしまう。

対するダインは、そんなティエリアの様子が気になって仕方なかった。

吸魔以外何も無かったとティエリアは言っていたが、本当は何かしでかしてしまっていたのではないか。

シンシア達がいる手前、彼女は本当のことが言えなかったのではないか。

ティエリアととりとめの無い会話をしつつも、昨夜の出来事をどうにかして思い出そうとしていたダイン。

集中したそのとき、ぼんやりと見えてきたものがあった。

薄暗い部屋の中、ベッドの上で仰向けに寝転がるティエリアが目の前にいて、熱に浮かされたような目がこちらに向けられている。

彼女の全身には何本もの触手が巻き付いており、しかし嫌がる様子のない彼女は、顔を真っ赤にさせながらもダインに何かを訴えかけている。

「なぁ…先輩」

おぼろげな記憶をどうにか繋ぎとめながら、ダインは改めてティエリアを呼ぶ。

「は、はい?」

「集中してたら、昨日のこと何となく思い出してきたんだけど…」

「え…え、え!?」

「でも浮かぶのは映像だけで、音が出てこなくて…何か、俺に言ってたか?」

ダインの質問に、驚愕の表情でいたティエリアは真っ赤なまま固まっている。

「あ…う…え、と…そ、の…」

ぱくぱくと口が動き、あまりに心音がうるさいのか胸を押さえている。

何事か言いそうになった彼女は、やがて視線をベッドに戻しつつ「な、何も…」といった。

「何も? …本当に?」

「は、はい、な、何も…」

ティエリアのリアクションから考えて、何も無いことはないだろうとダインは思ったが、彼女が話そうとしない以上問い詰めるわけにもいかない。

しかし一つだけ、どうしても確認しなければならないことがある。

事と次第によっては家族も巻き込んでしまうようなことだ。

「先輩。本当に、俺は何もしなかったんだよな?」

二人きりになったいま、ダインは改めてティエリアに問いかけた。

「ベッドの中で抱きついて吸魔しただけなんだよな? それ以上のことは…」

思わずダインは顔を赤くさせてしまったが、それ以上に赤ら顔でいたティエリアはゆっくりと首を振った。

「だ、大丈夫、です」

と彼女は言うが、途中で気を失ってしまったため分からないというのが正直なところだった。

だが力が抜けている以外に体に異変を感じないのも事実。吸魔以外に何もされて無いというのは間違いなさそうなので、彼女は再び「大丈夫です」といった。

「そっか」

今度こそホッとした様子のダインは、ティエリアに向けて重ねて謝った。

「ごめんな。得体の知れないもんに巻かれて気味が悪かったろ?」

昨夜の映像を思い出しながらいうダインだが、ティエリアは今度は大きく首を振る。

「そ、そのようなことは決して思っておりません!」断言し、次に小声で「う、嬉しかったので…」と続けた。

これ以上謝るとティエリアの嬉しさすら傷つけかねないと思ったダインは、「ありがとうな」と感謝の言葉を述べた。

そこで彼女もようやく笑顔を浮かべ、照れた様子で布団の上に置かれた両手を絡ませている。

触手に絡まれ聖力を吸われ、恥ずかしい思いをしただろうに。なのにダインの役に立てて嬉しいとまで言ってくれる。

優しいティエリアに感謝の気持ちが沸き起こってきたダインは、彼女に何かお礼がしたくなり、「何か今できることはないか」と尋ねる。

「い、いえ、何も…」

「気が収まらないからさ。何でも良いんだ。簡単なものでも」

「で、ですけど…」

「抱きしめたりとかってどうだ?」

冗談半分で言ったつもりだった。

だが彼女からは返事が無い。時折こちらに向けられる視線には、どこか期待の込められたようなものを感じる。

「ん? それで良いか? お安い御用だぞ?」

セクハラだの何だの反省していたダインだが、ティエリアが「お、お願いします」と言っているのならやらないわけにはいかない。

椅子からベッドに移動し、恥ずかしがるティエリアをそっと抱き寄せたところで、胸元から「ふぁ」という声が漏れた。

甘毒の影響はまだ残っているらしく、体がまた震える。だがそれでも彼女もダインの背中にそっと腕を回してきた。

単純に心地良いのだろう。彼の感触と彼の体温、匂い。ダインに包まれていると、不思議と聖力の回復量が増したような気がする。

「俺も気持ちいいよ」笑いながらダインはいった。「先輩の体、ふわふわしてる」

頭を撫でられ、撫でるついでに長い髪を指で梳かれ、ティエリアはまた気持ち良さそうな声を上げてしまう。

そんな姿にダインは思わず「可愛いな」と呟いてしまい、昨夜の出来事と状況が完全に一致したティエリアは、はっとしたように顔を上げた。

「ああ、いや、悪い。思わず…」

「だ、ダインさ…あ…」

吸魔された感触と快感を明確に思い出してしまい、瞬く間に全身から力が抜けていく。

ベッドに上半身がぽとりと落ちてしまい、さすがにベッドの中に入ってまで彼女を抱きしめるわけにいかなかったダインは、抱きしめるのはそれまでにして椅子に移動した。

掛け布団を被せつつ、代わりといっては何だけどと、今度はティエリアの小さな頭を撫で始める。

「あ、あの、も、もう大丈夫、ですから…」

「いや、まだだ。お礼をもっともっとさせてくれ」

「で、ですが、このままだと、眠たくなってしまい、ます…」

確かに、ダインに頭を撫でられるたびにティエリアの目がとろんとしてきた。

ふかふかの布団に包まれ、頭には心地の良い彼の手。

こんな状況で眠たくならないはずはなく、みるみる彼女の目が閉じられそうになっていた。

まだ起きていたいのに。回復次第、シンシア達と同じく屋敷の中を見て回りたいのに。

お喋りや遊びなど色々やりたいことはあるのに、寝てしまったらその時間が少なくなってしまう。

そう訴えかけるものの、ダインは聞く耳を持たない。ティエリアに優しく笑いかけながら、寝かしつけるような手つきで頭を撫で続けている。

「睡眠あんまとれてないんだし、そのまま寝ちまえ。これもおもてなしみたいなもんだしさ」

「そ、そん…な…」

困ったような顔のティエリアだが、ダインの手を振り払うわけにもいかず、とうとうその目は完全に閉じられてしまった。

やがて彼女の小さな口から寝息が漏れ始め、布団が一定の間隔で上下し始める。

ティエリアの寝顔はルシラに匹敵するほどの可愛らしさがあった。

ダインは再び笑ってしまいながら、しばしその小さな頭を撫で続けてしまう。


「ダイン君…?」

客室のドアが開き、顔を覗かせてきたのはシンシアだった。

何か言おうとした彼女だったが、ティエリアが寝ていたことに気付いたようで、物音を立てないよう気をつけながら部屋に入ってくる。

「かわいー…」

ティエリアの寝顔を見たシンシアは小声で第一声を上げつつ、割り込んでティエリアの頭を撫で始めた。

「はぁ…ほんと可愛い…」

うっとりとしたシンシアに笑ってしまうダインだが、「どうしたんだ?」と彼女に用向きを尋ねた。

「あ、そうだった」

何か思い出したらしいシンシアは周囲を見回す。

「あ、あった」

と彼女が自分の荷物カバンから取り寄せたのは携帯だった。どうやら途中で携帯がないことに気付き取りに戻ってきたらしい。

「あれ、履歴がある…」

誰かから連絡が来ていたらしい。「ちょっとごめんね」とダインに一言断ってから、彼女は部屋を出て行き廊下で連絡を取り始めた。

『もしもし、お姉ちゃん? うん…いま友達のところだけど…』

ドア越しにシンシアの声がする。

ぼんやりと会話を聞きながら、ダインは再びティエリアに視線を戻した。

穏やかに眠る彼女は、未だに顔が赤い。時折ぶるりと体を震わせる辺り、中々甘毒は抜けないようだ。

それでもたまに微笑んだりしている。恐らく夢でも見ているのだろう。

「ダイン…さ…」

寝息に混じり、ダインを呼ぶ声が聞こえる。夢の中でもダインが出てきているのだろうか。

そのとき、ダインはふとジーグが言った台詞を思い出していた。

人の気持ちが分からないような、野暮な男に育てた覚えは無い。

ダインの役に立ちたがっていたり、家に泊まりに来てくれたり、引っ込み思案なティエリアだが、彼女なりのアピールにダインは気付かないはずは無かった。

いや、ティエリアだけではない。シンシアやニーニアの気持ちにも気づいている。ありがたいし光栄なことこの上ないが、いまは何の返事もしてやることはできない。

ルシラのこともそうだが、何よりいまの関係がダインにとって一番心地よかったからだった。

シンシアにニーニアにティエリア。優しくて可愛らしい彼女たちのやりとりは、見ているだけでこちらまで癒される。

もしここでダインが何かアクションを起こしてしまったら、この関係に亀裂が入ってしまうかも知れない。

彼女たちの気持ちを考えると、曖昧なままというのはずるいだろう。いずれはっきりしなければならないことも分かってる。

だが、いまは…いまだけは、この心地の良い関係をもう少し続けたい。屈託無く笑うシンシア達の笑顔に、癒されていたい。

「もうちょっと待っててくれな、先輩…」

シンシアとニーニアの顔も思い浮かべながら、ダインはしばしティエリアの頭を撫で続けていた。

『ええっ!?』

突然、ドア向こうからシンシアの声が客室にまで鳴り響く。

『そ、そんないきなり…』

何やら揉めているようだ。

気になったダインはそのまま立ち上がり、ドアを開けて廊下に出た。

すぐ側にはシンシアが立っていた。まだ誰かと通話していたようだが、彼女は困惑しきった表情を浮べている。

「う、うん…分かったよ…一応聞いてみる」

こちらをちらりと見やってから通話を切り、次に彼女は長いため息を吐いた。

「何か問題発生か?」

今日は夕方までカールセン邸にいる予定だったが、切り上げた方が良いんじゃないのか。

そんなダインの台詞にシンシアは首を振り、「あのね」と申し訳なさそうな顔でこちらに体を向けた。

「ダイン君、来週って空いてるかな」

「来週?」予定を思い出しつつ、首を振る。「特に予定はないが」

「じゃあ、その…来週、うちに来れたりしないかな?」

「シンシアの?」

そこで先ほどの電話と何か関係があったのだと察したダインは、「何かあったのか」と訊いた。

「う、うん…」

頷くシンシアは、憂鬱そうな表情だ。

「ダイン君にはほんと関係ないことなのに…」

「いや、良かったら聞かせてくれ」

そこでおもむろに彼女が語りだしたのは、シンシアが現在属している流派である、破魔一刀流、その掟だった。

一、日々精進しなければならない。

一、一日一体以上は魔物を倒さなければならない。

一、素振り一万本。

道場でよく聞く基本的な掟だったが、彼女が最後に話し出したのは、破魔一刀流の現師範代であるシンシアの父、ゲンサイ・エーテライトが最近新たに組み込んだとされるある掟だった。

一、一族の伴侶となるものは、その強さを示さなければならない。

破魔一刀流は世襲制だ。ゲンサイの子供は、シンシアとリィンの女二人しかいない。

そのために新たにその掟を組み込んだらしいのだが、何をどう伝わったのか、今回シンシアが男友達の家に泊まったことに気づいた父ゲンサイが、その掟を持ち出しダインを連れて来るよう騒いでいるらしかった。

「お姉ちゃんとお母さんには、女の子の友達の家に泊まるって、口裏合わせてもらってたはずなのに…」

嘘だとばれたことが主な原因のようだった。そもそも自分とダインはそんな間柄ではないと伝えたらしいが、ゲンサイはそうは思わなかったらしい。

「名門とか道場の跡継ぎって、そういうのありがちだよな」

「あ、も、もちろん、ダイン君とのことはちゃんと否定するから」シンシアは慌てたようにいった。

「手荒なことはしないしさせないつもりだよ」と口にするが、怒り狂うゲンサイの姿を思い浮かべているのか、またため息を吐く。「お父さん、一度言い出したら聞かなくて」

大陸最強と噂されるゲンサイだ。厳格である一方、娘を想う父としての一面もあるのだろう。

「だから、いい…かな?」

遠慮がちに、上目遣いで見てくるシンシアに、ダインは笑って「別にいいぜ」と頷いた。

「最強流派とされる破魔一刀流の剣術ってやつも見てみたいしな」

そういってから、何か思い出したようで「あーでも」と腕を組む。

「一応あいつの了承得ておくか」

「あいつ?」

「しんしあちゃん、みつかったー?」

そのとき、廊下の奥からルシラとニーニアがやってきた。

「あ、うん。携帯なら見つかったけど…」

「おっと、ちょうど良い」

ダインは膝を折り曲げ、ルシラと目線を同じにする。

「なぁルシラ」

「んー?」

「来週の休みさ、ちょっとシンシアのところに出かけてきてもいいか?」

そういった途端、ルシラから「えー?」という声があがる。露骨に嫌そうな顔だ。

公然と口にするほどダインのことが大好きだったルシラだけに、一緒にいられないことが不満なのだろう。

「あ、何だったらルシラちゃんも連れてくれば…」

シンシアの案に、ダインは「いや」と首を振った。

「シンシアの家ってルインザレクの城下町にあるんだろ?」

首都圏であるルインザレクの近くには、ガーゴの本部がある。

そのことを思い出したシンシアは、「あ、そっか」と残念そうな顔をした。

「美味しいお土産とか持ってくるからさ、待っててくれないか?」

「おみやげよりだいんにいてほしいのに…」

物欲の無いルシラは、ダインと一緒にいられることが一番嬉しいのだろう。

「本当にダイン君のこと、好きなんだね」

シンシアは笑いながらいった。ルシラは大きく頷く。

「うん! だからそのために…あ! な、ないしょだよ!」

何か言いかけたようだが、すぐに口をつぐむ。

「えぇ? そこでまた内緒?」

シンシアも背を屈めてルシラに笑いかけると、ルシラの後ろにいたニーニアは堪えきれない笑いを漏らしていた。

「あれ、ニーニアちゃん、その顔…さては?」

「ふふ、うん」ニーニアは頷く。「聞いちゃったよ」

「えー? 私のいない間に?」

「ごめんね」

謝るニーニアを見てから、シンシアはすぐにルシラに顔を戻した。

「ルシラちゃん、私にも! 私にも教えて! お願い!」

ルシラがひた隠しにするものだから余計に気になっていたのだろう。頼み込んでいる。

「んー、しょうがないなぁ」

「いいよ!」と、シンシアの手を掴んだルシラは、そのままダインから離れていった。

彼には秘密にしたかったのだろう。ニーニアも一緒に、三人でひそひそ話している。

「えっ!?」やがてシンシアから驚きの声が上がり、困惑しつつも「でもルシラちゃんなら…」と話す声がする。

「よし、そういうことなら私も協力するよ!」

突然自分の胸に手を当て、シンシアがいった。

「勉強は結構自信があるんだ。分からないことがあれば言ってね?」

そこでルシラにも笑顔が広がる。

「じゃあるしらもいいよ! だいん、かしてあげる!」

そうルシラがいったところで、嬉しそうな顔になったシンシアは「ありがとー!」とルシラを抱きしめ喜びを表現している。

ダインには良く分からない状況だったが、うまく事は進んだらしい。

ただニーニアだけは不思議そうな顔をしていた。

「あの、でもどうして突然、ダイン君がシンシアちゃんのお家に?」

何も知らされてないニーニアに、ダインの元へ戻りつつシンシアは経緯を説明した。

「そうなんだ」

シンシアが大変そうな顔で説明しているにも関わらず、ニーニアは笑う。

「おじさん、シンシアちゃんのことを大切に想ってるから」

ニーニアはゲンサイと面識があるようだった。何度かシンシアの家にお邪魔していたからだろう。

「誤解を解くためにも、ニーニアちゃんも来てもらって良い?」

「もちろんだよ」

「あ、じゃあティエリア先輩にも…」

シンシアが客室へ入ろうとしたときだった。

「ルシラ、お屋敷の案内は終わりましたか?」

そう声をかけつつやってきたのはサラとシエスタだった。

「ん、いまおわったところだよ!」

ルシラは二人にも笑顔を向ける。

「シンシアちゃん、ニーニアちゃん、良かったらなんだけど」

シエスタは彼女たちの前に一歩踏み出した。

「サラさんとお昼ご飯の買出しに市場へ行くところなんだけど、一緒に来ない?」

「あ、エレイン村のですか?」

シンシアの質問に、「ええ」とシエスタは頷く。

「他では売られてない珍しい食材もあるかも知れませんし、お土産屋さんも立ち寄る予定です」

「い、行きたいです!」

サラの言葉を聞いて創作に役立てられると思ったのか、ニーニアはすぐに反応した。

「決まりね。早速でいいかしら?」

「はい!」

財布を確認し、元気よく返事するシンシア達。

「あーついでに言うけどさ」ダインが割り込んできた。

「来週の休みにさ、シンシアんところに行ってくるよ」

「シンシアちゃんの…?」

意外な展開に聞こえたのか、シエスタの目が少し大きくなる。

だがすぐに表情を素に戻し、「粗相の無いようにね」といってきた。

その僅かな“間”にダインが疑問を抱いていると、シエスタは何故かシンシアの顔をじっと見ている。

「シンシアちゃんは確か…エーテライトさんのところの娘さんよね?」

シンシアは不思議そうに、「え、そうですけど…」と返す。

「お父さんのお名前は、ゲンサイさん…だったかしら?」

「はい」

「奥様、ご存知で?」サラが尋ねる。

「ええ」と頷くシエスタは、何か言おうと口を開いたが、途中で止めて「いえ」と軽く首を振った。

「どこの大陸に行っても、ゲンサイさんのお名前を聞かないことはなかったから。よほど有名な方なのだと記憶していてね」

話しながら、シエスタはダインをちらっと見る。

「そんなお方のお家に招待されるなんて、ダインが本当に粗相の無いようにできるか不安に思って」

「いや…」反論しようと口を開いたダインだが、

「確かに」サラが先回りして同意した。「口調は乱暴だし態度も横柄に見られがちだし、悪人面ですし」

「えらい言われようだな」

辟易とするダインに、シンシアとニーニアはくすくすと笑っていた。

「大丈夫です。ダイン君を招いたのは、今回のお返しの意味もありますから」

笑顔のままシンシアはいった。

「少しぐらいの粗相があっても問題ありませんし、口調も態度も気にしない人ばかりですよ」

「いや、悪人面は否定してくれないんだな」

フォローになってないことを指摘すると、今度はニーニアがいってきた。

「ダイン君は良い人だよ。顔は怖いけど」

「こわいけどねー!」

隣にいたルシラと笑い合っている。

「何だと!」

血相を変えたダインが駆け出すと、ニーニアとルシラは「きゃー!」と声をそろえて逃げ出した。

シエスタはしばらくダイン達の背中を微笑ましげに見ていたが、再びシンシアに顔を戻す。

「ゲンサイさんによろしく言っておいてね」

そのときの彼女の表情は、どこか申し訳なさそうなものにシンシアには映った。

「あ、はぁ…」

とりあえず返事をしたシンシアだが、シエスタの表情に息子の粗相だけではない、別の何かがあるような気がしてならなかった。

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