表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
23/240

二十三節、重なる心

最初に予定していたパーティは、ささやかなもののはずだった。

サラが気を利かして村の代表的な料理を五品ほどで済ますはずだったが、いま食卓の長テーブルに広がっている料理の品数は優に三十は超える。

焼き物に揚げ物に麺類に煮物、パンや刺身、サラダ、デザートまで。

この世の全ての調理法がなされたような、バラエティに富んだ料理たちだ。

サラとシエスタがはりきったのもあるが、シンシア達の頑張りがすごかった。

ニーニアが作った料理は根菜や豆類を使ったものが多く、それらが昔のドワ族の主食であり好物であったのだろうことが窺える。

シンシアが作った肉や魚を使った料理は、偏見がなく温和な性格のヒューマ族が、他種族の郷土料理からヒントを得て編み出したオリジナルの料理だ。

殺生を好まないゴッド族であるティエリアが作ったのは、野菜やそれらを煮込んだスープ料理が中心となっている。

ダインに招待された瞬間から、自分たちの故郷、そして種族のことを知ってもらおうと意気込んで練習していたのだろう。

三十品という品数に加え、量も多い。各々気になった料理を小皿に盛って食べている様は、さながらバイキングのようだ。

どれも味わったことのない料理だった。初めての味付けに初めての食感、食材。まだまだ世の中にはこんなにも美味しいものがあったのだとダインは驚く。

ジーグやルシラも同じ感想を抱いていたのか、二人もダインのように一心不乱に料理にがっついている。

もう感想を聞くまでもないほどの食べ方で、シンシア達は本当に嬉しそうにしながらお互いの料理を食べあい、作り方の談義に花を咲かせていた。

シエスタとサラはシンシア達が作ってくれた郷土料理を何枚もの写真に収め、レシピのメモを添えてファイルに綴じている。

料理のバリエーションが増えたことにシエスタもサラも満足そうにしており、村の人達に広めていこうとまで話し合っていた。

シンシア達はエレイン村の郷土料理に興味が引かれたのだろう。シエスタとサラの会話に彼女たちも混ざり、料理談義がさらに楽しげなものになる。

「さて、そろそろ話した方が良いか」

食べきれるかと心配になった料理が、半分ほどまで減った頃だった。ワインを飲み口元をハンカチで拭いつつ、ジーグはそう切り出す。

「あまり気がかりを残したままでは、残りのパーティも楽しめないであろう。この辺りで、ダイン達が気になっていることに答えようと思う」

ジーグのその台詞により、全員の視線は彼に注がれた。

だがジーグはすぐに顎に手を添え、「しかし何から話せば良いのか」と思案を始める。

「まずは順を追って説明したら?」シエスタがジーグの隣に移動し、そう助言した。

「そうだな。では私たちのこれまでの行動を簡単に説明させてもらおう。質問はその後受け付ける」

と、彼はいままでの行動を簡略化して語り始めた。


事の始まりは、トルエルン大陸の一角にある国からの応援要請だった。軍隊でも対処しきれないほどの強力なモンスターが出たので、その手助けをして欲しいと。

以前からビジネス上の付き合いがあった国だ。村の特産品の宣伝をしてくれるということだったので、交渉役のシエスタとともに救援へと向かった。

そこで暴れていたのは、二級の危険種であるエンペラーオーガだった。

並みの傭兵では対処に手こずる相手だったが、ジーグはいつも通り普通に捕縛し、地元の騎士団に引き渡した。

宣伝の約束を取り付け、帰ろうとしたときに別の問題が起こった。ドラゴンだ。

全身を真っ赤な鱗に覆われたドラゴンは突然空からやってきて、ところ構わず炎を飛散し始めたのだ。

別件で依頼を受け偶然そこに居合わせていた、リィン・エーテライトと共にそのドラゴンの無力化に尽力した。

そのドラゴンが七竜の一つヴォルケインだとの一報を受けたのはそのすぐ後であり、ジーグは倒していいものかどうか考えあぐねていた。

七竜を動かしている魔力の大本はレギオスだ。つまりそれは七竜の間で魔力がリンクしているということであり、ヴォルケインを倒すことによって他のドラゴンに何かしらの影響を及ぼしてしまうかもしれない。

現地の国王や宮廷魔術師、専門家を呼んで協議した結果、再び封印しようという話になった。

しかし再度封印結界を張るには数日間かかるらしく、その間ジーグがドラゴンを抑えておくということになり、ようやく今日その魔法陣が完成し、ドラゴンの封印に成功したらしい。


「以上が事の顛末だ」

ひとしきり説明し終えたジーグは、再び口にワインを含ませ喉を潤す。

「ニュースで退治したことになっていたのは、そうしないと世界中で混乱するからな。シンシア君の姉君にも黙っててもらうことにしたのだ」

そこでダインは一人「なるほどな」と納得した様子を見せる。

「山のモンスターが荒れてたのはドラゴンが原因だったのか」

ドラゴンの気配がモンスターに影響を及ぼし、そのために暴れていたのだろうと分析する。

ジーグ達の一連の行動は分かったが、しかし新たな問題が浮き彫りになり、ダインは「復活したってのはどういうことなんだ?」と、そのまま疑問を口にする。

「本物が出てきたことなんて今までなかったじゃん」

「ああ。封印されていたとされる場所へ視察に行った者の話だが」ジーグは答える。

「封印に綻びが生じていたらしい。僅かな隙間のようだったが、そこを突き破りドラゴンが出てきてしまったようなのだ」

そう答えつつ、彼は腕を組んでいる。どこか納得のいかなさそうな表情に、今度はシエスタが口を開いた。

「封印は強固なもので、どうやっても綻びることはないと言われてきたわ。全世界に封印地は点在していて、それぞれの種族が管理しているらしいけど、定期的な検査で何も問題なかったはずなの」

シエスタもどこか怪訝そうな表情で、持っていたファイルをテーブルに置いた。

「創造神エレンディアが施したとされる強固な結界だ」ジーグが再び話しだす。「いままでも、そしてこれからも、永久的に封印が破られることはないとされてきていたが…」

原因が分からないとジーグが続けたところで、彼らの疑念がシンシア達にも伝わり、束の間、場は静まり返る。

七竜の復活。それがどういう意味かは、エレンディア創世記を知る者なら誰もが分かっていることだった。

混乱期の再来。レギオスの逆襲。

当時より防衛力が増し対応策も磐石のものになったとはいえ、かつての凄惨な状況は、物語として聞いていても酷いものだった。

ドラゴンがただ暴れまわるだけならまだいい。力には力でいくらでも抵抗できる。

だが、相手は隣の大陸からでも視認できるほどの巨大なドラゴンだ。炎や氷のブレスといった特殊能力は他のモンスターでも持っているが、その規模は桁違いといってもいい。

それこそ自然界に影響を及ぼすほどの規模で、一説には動く大災害だと揶揄されている書物もある。

ドラゴンが暴れることによって、雨が降らなくなり水が枯渇し、作物が育たなくなり飢饉が訪れる。

僅かな食料を求めて争いが始まり、免疫力の低下により流行り病も蔓延りだす。

燃え続ける大陸に住処を奪われ、移転した先にも別のドラゴンが待ち構え全てを壊される。

飢えに病気に、凍傷に争い。犠牲者のほとんどはその大災害によるものが多く、いまもなおその爪痕が残っている大陸もあるらしい。

またあの時代がやってくるのか。今度は何人が犠牲になってしまうのか。

シンシア達が浮べている表情は不安そのもので、ルシラだけが料理にいまだがっついている。

誰もが黙り込み夜鳥の鳴き声が聞こえてきたとき、「経年劣化した、というのは考えられませんでしょうか」やがて静寂を打ち破るように、ティエリアがいってきた。

「通常、魔法というものはどれほど強力なものでも、永久的に持続するというのは滅多なことではありえません。魔法の維持にはその元となるものが必要なのは絶対ですし、元が断たれれば時と共に薄まっていくのが自然な流れだと思うのですが…」

「一般的な魔法であればね」シエスタが答えた。

「ドラゴンを封印する魔法を使ったのは、天地を創造するほどの力を持つエレンディアなんだもの。その身を使って七竜に封印を施したのだから、数千年かそこらで綻びが生じるのは考えにくいわ。それに現地の高位魔術師総出で、バリアの補強を年毎に行っている。おいそれと破れるはずはないのよ」

シエスタが語っているのは事実で、各地に点在している七竜の封印地は種族ごとに厳重に管理している。

バリアの封印状態はほぼ毎日チェックされており、少しでも綻びを発見したら即座に報告、対処するルールが全種族共通で徹底されている。

だからティエリアの言う経年劣化が例えあったとしても、ドラゴンが出てくるまで放置することはあり得ないはずなのだ。

「それは…確かに…」ティエリアはそれ以上の推理ができなくなったのか、再び考え込んでしまう。

シンシアもニーニアも封印が破れた原因を探っているものの、全ては想像上のことなので答えは見つかりそうにない。

どこか腑に落ちてなさそうな両親の顔を見て、「親父たちはどう見てるんだ?」とダインは単刀直入に訊いた。

「うむ…」ジーグはなおも腕を組んだまま難しそうな表情をしており、シエスタはソースまみれのルシラの口元を拭きつつも、同じような表情でいる。

何か分かっていそうな表情だった。

ダインが再び尋ねようとしたとき、「作為的なものを感じるわ」シエスタは静かにいう。

「封印力は絶対だった。内部に要因がないのだとしたら、外的なものしか考えられないわ」

「まぁ、そうなるよな」

ダインもつい腕を組んで考え込んでしまう。

「そうすると、誰が、何のために、どんな方法でっていう問題に直面するんだが…」

外的要因について話をしようとしたとき、「外的、というのは考えにくいんじゃ」次に口を開いたのはシンシアだった。

「七竜の封印はこの世で最も強固なもののはずです。どんな方法、手段を使っても誰にも打ち破ることはできないと聞いたことがありますし、バリア外から内部へ干渉することもできないはず。そもそも場所すら公にされてないし、悪いことを考える人がいたとしても、近づくこともできないはず…」

そう、テロ組織やカルト教信者などの襲撃を避けるため、七竜の封印地はその国の最高権力者と守り人、そして“グリーン”というある特殊組織の一部しか知り得ていない。

偶然部外者が発見したとしても、その場所には近づけないバリアが何重にも張り巡らされており、そのバリアに触れるのも罰則が設けられている。

それにエレンディアが施したとされる封印も、この世のものとは思えないほどの強靭なバリアで、たとえゴッド族でも破られる者はいないと言われていた。

厳重な管理と不可侵のバリア。そのことから、外的要因というのは考えにくいのではというのがシンシアの推測だ。

「不確定なことが多すぎて断言はできない。作為的なものを感じるというのは勘でしかないわ」

シエスタはそう答え、「けれど」と反対意見を述べる。

「ドラゴンの復活と封印までの一連の流れに、きな臭さは拭いきれないのよ。誰もが打ち破れないはずのバリアに偶然ひびが入ったというのは考えにくいし、かといって自然現象で綻びが生じたというのも構造上無理がある。誰かが、意図的に、何かを成そうとして綻びの原因を作ったと考えるのが自然よ」

「それに…」続きを言いかけて、どうしたのかシエスタは黙り込む。

「それに?」ダインが続きを促すと、シエスタは「あのヴォルケインというドラゴン、文献では灼熱を撒き散らして数日で一国を火の海に変えるって書いてあったけど…」そういった後、また考え込むような仕草で黙り込んでしまった。

「何かあんのか?」尋ねるダインに、彼女は「いえ」と首を振った。

「これ以上は余計ね。ここからは完全に私の憶測だし、混乱を招くだけだから控えるわ」

「いや気になるんだけど」

ダインとシンシア達も不思議そうにシエスタを見るものの、彼女は「確定したら話すわ」とそれ以上の言及を避けた。

「いまは楽しいパーティの最中なんですもの。余計なことを話してこの空気に水を差したくは無いわ」

「そうだな」ジーグは同意を示し、「近日中にも自分とシエスタも現地に赴き原因究明の手助けをすることになっている」と続けた。

「え、また出かけんのかよ?」

「ああ。事が事だしな」

「そうだけど…」

ダインは意外そうというよりは、不服そうな表情だった。

出ずっぱりで少しも家族の時間を過ごせないことが嫌なのだろう。

「いますぐというわけではない。数日間はゆっくりさせてもらうよ」そんなダインに向け、ジーグは嬉しそうにいった。


「私たちの問題は、とりあえずは以上ね」

ドラゴン関連の話題を一旦打ち切り、次にシエスタが話したのはルシラについてだった。

身元、種族共に不明のルシラ。彼女についてサラから報告を受けていたジーグとシエスタは、仕事の合間にも色々と調べていたと語った。

「何か分かったか?」

期待を込めたダインの視線に、ジーグは「結論から言わせてもらおう」と咳払いを一つする。

新情報が飛び出すかと思いきや、彼は「分からん」と何故か胸を張っていった。

「なんだよそりゃ」

「ヒントが少なかったのもあるがな」

言いわけじみたことを言いだすジーグだが、「しかし」と彼が続けて語ったのは、ダインだけでなくシンシア達にも僅かな反応を見せてしまうものだった。

「不審な動きを見せている奴らの気配もあって、おおっぴらに聞いて回れなかったのが主な原因だ」

「奴ら?」

「そこはお前やサラの方が詳しいんじゃないのか?」

そこでダイン達はピンと来る。ガーゴのことだ。

「さすがに他国にまでガーゴの権力が干渉することはなかったが、街にはガーゴの紋章をぶら下げた奴らを何人か見かけた。奴らは聞き込みをしているようだった」

「聞き込み?」

「ああ。情報通の知り合いが現地にいたから尋ねてみたのだが、どうも奴等が探しているのは“特異”らしい」

「特異…」

「要は珍しい種族…いや、これまでにない魔力を有する者を探しているようだった」

特異な魔法を使う者。

そこでダイン達の視線は、まだスープやパスタにがっついているルシラに向けられる。

再び口周りをソースや油まみれにしながら、彼女は不思議そうな表情でこちらを見返してきた。

「ダインよ。お前の予測はほぼ合っていると見ていいだろう」ジーグははっきりといった。

「世の中のことを全て把握しているわけではないが、少なくとも私が見てきた限りでは、ルシラのような魔法を使う者はいない」

ルシラは特異な魔法を使う者。ジーグがそう断言したところで、ダイン達は真面目な顔のまま黙り込んでしまう。

ルシラが目的なのは間違いない。となると、疑問はさらに渦を巻く。

ルシラの魔力を狙う目的だ。大陸を渡ってまでルシラを探しているのだから、単なる迷子探しではない。

何に利用するつもりなのか。そもそも、どういった経緯で特異な魔力の存在を知ったのか。

奴らは一体何をしようとしているのか。

始めの楽しげなパーティの空気はどこへやら、場はすっかり黒くおどろおどろしい何かに囲まれたように静まり返っている。

「ガーゴの連中はなかなか食えん奴等が多い」

重く沈んだ空気を振り払うように、ジーグはいった。

「一応私はこの村の顔でもあるし、あまり余計なトラブルに足を突っ込みたくはないのだが、しかしもはや家族の一員となったルシラを狙っているというのであれば、動かざるを得んな」

低く渋い声だからか、その台詞には妙な頼もしさがあった。

「そうだな」

ジュースを飲みながら頷くダインは、口の端に笑みを浮かべている。

「とは言え、詳しいことが分からんことにはこちらも対処のしようがない。当面は様子見のままでいよう。ダインもまだ学生の身分であることに留意しろ」

ジーグの最後の台詞は、つまりシンシア達にまで影響が及ぶようなことは避けろと言いたいのだろう。

「そうしたいんだけど、向こうから絡んでくるからなぁ」ダインは複雑そうな表情で頬をかく。

入学する前から、ダインは余計なことはしないつもりではいたのだ。

だが学級委員を任されたことも、ラビリンスのことも、ガーゴのことも、全てダインは巻き込まれただけに過ぎない。そういう運命にあるのだろう。

「いざとなったら頼れ」ジーグが自分の胸に手を当てていった。「巨大組織が相手では分が悪すぎるだろう」

確かに相手が悪い。この間の口論だって、向こうが本気になっていたら一学生でしかないダインなど社会的に抹殺できたはずだ。

「シンシアちゃん達も、そのままでいいからね」

優しい口調ながらも、どこか本気の声色でシエスタが釘をさす。

「力になりたいという気持ちはありがたいわ。けれどそれでシンシアちゃん達にも被害が及ぶようなことになれば、私たちはあなた達のご両親に顔向けができなくなる。ただでさえ近隣の村や町の人達から気味悪がられているヴァンプ族は、さらに肩身の狭い思いをすることになるから」

何か言おうとしたシンシア達は、シエスタの真剣な表情を見て反論の言葉を失う。

いまダインやルシラが直面している問題は、場合によっては種族問題にまで発展する極めてデリケートな問題なのだ。

ようやくシエスタと同じ問題認識を持て、自分の無力さに肩を落とすシンシア達に、シエスタは「学生同士の問題だったら簡単だったんだけどね」と笑ってみせる。

「けれどシンシアちゃん達の気持ちも分かるから、この問題に首を突っ込むなとは言わないわ」

歯がゆそうにするシンシア達に、今度は優しく語り掛ける。

「頼れるときは頼らせてもらう。けれど、どんな行動を起こすときでも、まず自分を大切に思いながら行動して欲しい。それは結果としてダインやルシラちゃんを守ることにも繋がるから」

お互いが大切に思い合っているのだから。ダインの力になりたいと思っているということは、ダインもまた彼女たちにそう思っているということでもある。

ダインはシエスタの言葉を証明するように「その通りだよ」と笑いかけた。

「ただでさえ吸魔のことで迷惑かけてんだ。俺としてはいまのままでも十分お前たちの世話になってるからな」

「そ、そんなこと…」

顔を赤くし、それでも嬉しそうにするシンシア達の照れた顔が出てきたところで、場は一気に和んでいく。

「さ、つまらないお話はこれまでにして、パーティの続きとしましょう」

シンシア達を含めての家族会議は、シエスタが手を叩いたところで打ち切られた。

準備の良いサラは、会議が長引くと予見していたのか、いつの間にか温めなおした料理をテーブルに並べている。

「曲でもかけましょう」

戸棚の上に置かれてあった、四角い時計のような機械にサラが触れたところで、室内には割と激しい曲調の歌が流れ始める。

どこかで聞いたことのある、子供が好きそうなキャッチーな曲に、「おや、失敬。これはアニメソングでした」とサラが別の曲を流そうとする。

「あ、りーねちゃんのうただ!」

真っ先に反応したのはルシラだった。

普段からその曲を聴いていたのか、ルシラは口を動かしながらも踊りだす。

「あはは、可愛い!」

その姿にシンシアは笑顔を取り戻し、ニーニアとティエリアもくすくすと笑っていた。

「ルシラちゃん、この曲好きなんだ?」

シンシアは料理の乗った小皿を手に、ルシラに近づき話しかける。

「きょくと、あにめもすきだよ!」

エンドロールで曲と共にアニメキャラが踊っている振り付けはすでにマスターしていたのか、ルシラの動きは迷いがない。

「私も好きだよ、そのアニメ」

「ほんと!?」

「うん」

笑顔と共にシンシアが頷いたところで、ルシラはシンシアの手を取って「いっしょにおどろ!」といってきた。

「え、できるかな」

「かんたんだよ! ほら、ここをこうして、つぎにこうして」

小皿を置き、ルシラの振り付けを真似してシンシアも踊りだす。

「じょーずじょーず! あはは!」

嬉しそうに笑うルシラは、そのままニーニアとティエリアにも手を招いた。

「ほら、にーにあちゃんとてぃえりあちゃんも!」

「あ、は、はい」

「お、踊りなんて初めてだよ」

そう言いつつも、彼女たちもルシラの周りに集まりだす。

ルシラのお誘いは誰も断れないようで、サラとシエスタまで彼女の元へ行き、一斉に踊り始めた。

どうにかルシラの動きにくらいつくシンシアに、踊り慣れてないニーニアとティエリアは同じ部分で躓き、ぶつかり合っては顔を見合わせ笑い合う。

その様をサラはなんとも幸せそうに眺めながら踊り、隣のシエスタはダンスの嗜みがあったため、独自の優雅なダンスで周囲の女性陣を驚かす。

「可愛らしく美しい女達の舞は、それだけで酒の肴になるな」

ワインから穀物を使った透明な酒に切り替えていたジーグは、それをちびちび飲みながらシンシア達の踊りを眺めていた。

シンシア達から笑い声が上がるたびにジーグも頬を緩め、酒を一口飲んでは満足げに息を吐く。

「やはり子は持つものだ」ずっと酒を飲んでいたせいか、彼の厳つい頬は赤い。

「このような幸福、稼ぎのために魔物退治を生業にしていた独身時代には考えられんかったわ」

酔いが良い感じに回ってきたらしく、ソファに深く腰掛けるその横顔は始終頬が緩んでいる。

「ダインよ。改めて、お前の質問に答えよう」

酔ってはいるが、その優しげな眼差しが隣にいるダインに向けられた。

「質問?」

「ああ。どうして魔力の薄いお前が、セブンリンクスなどという魔法力至上主義の学校へ通うことになったのか、という質問だ」

今さらだと思ったのか、あまり興味のなさそうな表情で「ああ」と返事したダインは、そのままシンシア達の踊りを眺めている。

どうせまた冗談を言うんだろ。そう思っているようなダインの横顔にジーグは笑いかけ、語り始めた。

「お前も知ってのことだと思うが、我々ヴァンプ族は特殊な能力のせいか、奥手な性格の者が多い。これまであまり他の種族と関わろうとしなかったが故、認知度は下がり村自体の存在すら人々の記憶から薄れてきた」

突然村の窮状について語りだすジーグに、ダインは目線だけはシンシア達に向けられているものの、静かに彼の次の言葉を待っている。

「村の存在が薄れたということは、観光客が誰も訪れなくなったということでもある。村の特産品が売れなくなり、収益が上がらなくなり、地産地消だけでは人口は減っていく一方で、そのために私としーちゃんは売り込みに奔走しているのだが…」

このままでは種族の存亡も危ぶまれる、とジーグが言ったところで、ダインは彼に顔を向けた。

ジーグは台詞の割に表情は柔らかい。諦めなのかシンシア達の踊りに見惚れているのか分からないが、そのまま続ける。

「私としーちゃんの勝手な期待だよ。お前を、種族の混在するセブンリンクスに送り出したのは。お前は私たちの期待通りの、思いやりがあって優しい性格の男に育ってくれた。そんなお前ならば、ヴァンプ族という種族のことを広く知らしめてくれるのではないか。吸魔という特殊能力の偏見を解き、他の種族と何ら変わり無いということを分かってもらえるのではないかとな」

口の中のものを飲み込んでから、ダインはいう。「つまり村の繁栄を期待して、俺をあの学校に通わせたってことか?」

「結果は期待以上だったがな」

ジーグは再び、前方で繰り広げられているヒューマ族、ドワ族、ゴッド族とヴァンプ族の仲睦まじい光景に目を細める。

「とは言え、それはエレイン村の長としての私の勝手な希望だ。息子の幸福を願う親の心情としては、ダインにそこまで期待を寄せるわけにはいかないというのは分かっている」あくまでこちらの勝手な都合だ、と付け加え、ジーグはほろ酔い気味の笑顔をダインに向けた。

「お前の好きなようにしたら良い。お前の大切な友達を、村の宣伝に利用しようなどとはこれっぽっちも思ってはおらん。他種族との縁が出来た。それだけで、私は満足しているのだ」

村の繁栄と息子の幸福に挟まれているはずのジーグだが、彼の答えははっきりしている。

「…そうか」

やはり父は父だった。

そのことに気付いたダインは、同じように頬を緩めながら再びシンシア達のダンスに目を向ける。

「あいつ等にとっても発展が望めるようなら、俺も協力するよ」

ダインの言葉を聞き、ジーグはまた彼に目を向ける。

「リスクのない程度ならお願いしても良いだろうし、あいつ等ならそう考えずに協力してくれるだろ」

シンシア達のことを信頼しているからこそ言える台詞だった。

「ま、期待はしないでくれ。宣伝できるほどの売りがうちの村にはないからな、いまのところ」

笑いながら言うダインに、ジーグも「確かにな」と笑って返す。

それきり父と子の会話は途切れ、ルシラのお誘いが来るまで彼女たちの踊りに見とれていた。



「あそぼーーー!!」

明日の予定を相談するため、シンシア達のいる客室に行こうとしたときだった。

ドアが勢いよく開かれ、そこから飛び出したルシラは一目散にダインのベッドに飛び乗る。

「あ、もう寝る時間かな?」

ルシラに続きシンシア達が顔を覗かせてきた。彼女たちはパジャマに着替えている。

「いや、明日の予定を決めるためにそっちに行くところだったよ」

どうぞ、とダインが中に入るよう促したところで、シンシア達もぞろぞろと部屋に入室してくる。

「こ、ここがダインさんのお部屋…」

座布団に座りつつ、ティエリアは何度も周囲を見回している。

「質素すぎて逆にびっくりしたろ?」

その台詞の通り、ダインの部屋は至ってシンプルだった。

漫画の敷き詰められた本棚、ベッド、勉強机に、部屋の中央には丸いガラステーブル。それだけ。

魔法テレビやゲーム類といった娯楽はなく、特に物が散乱したところもなく整理整頓されているのは、確かに年頃の男子っぽくない部屋だ。

「何度も言ったと思うが、小さな頃は外国に行きっぱなしだったからさ。こうして自分の部屋で落ち着けるのは最近のことなんだよ」

だからどこも散らかってないし物も少ない。

ダインの説明に納得いった様子の彼女たちに、ダインは「それで」と来意を聞いた。

「あ、うん。そんな大した事じゃないんだけど」

シンシアが説明しようとする前に、ルシラが手に持っていたカードをテーブルに並べていく。

「さっきまでルシラちゃんとカードで遊んでいたんだけどね、ルシラちゃんってゲームにすごい強いんだね」

そのカードはニーニアが持ってきていたものらしかった。特殊な加工が施されているらしく、カードの絵柄や数字が常に動いている。

「こう言っちゃ親ばかかもしれないけど、こいつ結構な天才肌なんだよ」

ゲームの準備を進めるルシラの頭に手を置き、ダインはいった。「教えたことは一発で飲み込むし、基本を学べばそこから応用もできる」

これまでにルシラが解いていた問題集をシンシア達に見せると、彼女たちは目を見開き「すごい…」と口を揃えた。

その問題集が専門書レベルのものだったことにさらに驚いたシンシアは、「どこかの学者さんの子かな…?」とダインに尋ねる。

「分からないけど、天才なのは確かだろうな」

そのときニーニアがルシラに話しかけていた。「ルシラちゃんは、夢とかあるのかな?」

「ゆめ?」ルシラは不思議そうに聞き返す。

「これだけお勉強頑張ってるから、何か目指しているのかなって」

そこでルシラは手を止め、にんまりとした笑顔を浮べる。

「んふふ〜、ひみつだよ!」

以前同じ質問をダインがしたときも、彼女はそういって答えなかった。

前回はすぐに引き下がったダインだが、シンシアは食い下がる。

「無いって言わないっていうことは、秘密だけど夢はあるっていうことだね」

シンシアの推理は当たっていたようで、ルシラは「うん!」と大きく頷いた。

「せめてヒントだけでも教えていただけませんか?」

カードゲームを始めつつ、ティエリアは優しくルシラに問いかけている。

「ん〜とね、じゃあねぇ…」

ゲームのノリになっていたのか、ルシラは考え込み、やがてこういった。

「るしらはね、るしらは、だいんが好き!」

一瞬ダイン達全員が頭にハテナマークを浮かべるものの、それがルシラが出したヒントだとすぐに気付いた。

「だいんが好きで、しんしあちゃんたちも好き! みんなだいすき!」

しかしそれはルシラの気持ちなだけで、ヒントになってないような気がする。

シンシア達も分かってなさそうな表情をしていたが、その混じりけの一切無い好意に嬉しさがあふれ出したのか、いたく感動した様子だった。

「私もルシラちゃん大好きだよ!」

カードを投げ出し、たまらずルシラに抱きつくシンシア。

ニーニアやティエリアもルシラを取り囲み、中心にいるルシラは嬉しそうだがくすぐったそうに笑い転げている。

「げ、げーむできないよー」

ルシラから困ったような声が上がるが、シンシア達は離れない。心行くまでルシラの感触を堪能しているようだ。

「だ、だいーーん!」

ダインに助けを求めたようだが、彼も笑ったまま自分の手札を眺めている。

「そうなったらみんななかなか離れてくれないから、諦めろ」

「ん〜〜〜、ルシラちゃーーーん!」

「うみゅーーーー!」

結局解散し客室に戻る間際でも、ルシラはシンシア達にずっと抱きつかれていた。



「ん…」

声と共に目を開けたティエリアは、ぼーっとした意識のまま薄暗い部屋の中を見回す。

真夜中に近い時間だった。

寝苦しさから目覚めてしまった彼女は、その原因が左右から抱きつかれていたシンシアとニーニアだったことに気付き、小さく笑い声を漏らす。

離れまいとするかのような彼女たち。寝起きの混濁した意識の中でも、その感触が心地よくて頬を緩めてしまう。

本当に楽しい一日だった。

眠る瞬間までおしゃべりしていたので、さすがに疲れたようでシンシアもニーニアも深い眠りに落ちているようだ。

自分ももう少し、この幸福を感じていよう。

ティエリアは笑顔のまま再び目を閉じ、シンシアとニーニアのそれぞれの手を握り締めたが…ふと、違和感に気付く。

ルシラの気配が無かった。シンシアとティエリアの間で、彼女が先に寝たところまでは覚えているのだが…。

トイレだろうか。

そう思った途端、自分も急にトイレに行きたくなってきた。

シンシア達が起きないよう気をつけながら、そっと上半身を起こし、大きなベッドから降りる。

トイレの場所を思い出しながら部屋を出て行き、ルシラの姿を探しつつ用を済ませ、引き返そうとしたときだった。

「ん…?」

ぼんやりとろうそくの明かりが照らされた、長い廊下の先。その奥にあるドアが、半開きになっている。

「あれは…?」

開かれたドアの隙間から、緑色の光が漏れている。

そこがダインの自室だったことを思い出したティエリアは、まだ彼は起きているのだろうかと思い、興味に引かれるままそのドアまで近づいていった。

そこからそろりと中の様子を窺うものの、そこに広がっている光景のあまりの不思議さに、彼女は目を見開いたまま固まってしまう。

ベッドには確かにダインが眠っていた。眠りこける彼に、馬乗りになるようにして鎮座している女の子が一人。

ルシラだった。

彼女もまた目を閉じられ眠っているようだったが、ドアから漏れていた緑色の光は彼女から発せられている。

光源は主に彼女の長い髪から出ているようだった。その髪はまるで意思を持っているかのように一本一本が動いており、下にいるダインの腕や胴体に巻きついている。

彼に巻きついた髪からは白い光が放たれており、まるで吸い上げるかのようにルシラへとその光が流れていっているようだった。

あまりに不可思議で、それでいて神秘的にも映る光景に、ティエリアは声が出そうになる口元を手で覆い、そのまま食い入るようにして覗き見を続けてしまう。

これは一体何なのだろう。何が行われているのだろう。

ルシラの下にいるダインは“何か”を吸われているようだが、彼は特に苦しそうにしているようでも、痛そうに顔をしかめている様子もない。

悪いこと…ではないような気がする。

でも、これは止めた方がいいのだろうか。

それとも放っておくべきだろうか。

見ていて良い光景なのだろうか。

頭の中をぐるぐるさせていると、ふとルシラの目がゆっくりと開かれた。

半開きの目が動き、覗き込んでいたティエリアを捉えた瞬間顔も動く。

「あ…」

ルシラと目が合い、思わず声を出してしまったティエリア。

そんな彼女に向け、ルシラは小さく笑いかけてきた。

それは、これまでに見た天真爛漫な子供そのものの笑顔ではなく、まるで全てを見透かしているかのような、見透かした上で全てを包み込んでいるかのような…そんな、子供とは思えないほどの優しい笑顔だった。

ティエリアがどきりと胸を鳴らせていると、突如、ルシラから光が消える。

目が閉じられ、ふらりと彼女の上半身が揺れた。

「あ…!」

倒れる━━!

そう思った間もなく、ルシラはダインから滑るようにしてベッドから落ち、ごとりと絨毯に肩をぶつける。

「あ、る、ルシラさん」

ティエリアは思わずそのままダインの部屋に入り、ルシラの元へ駆け寄った。

回復魔法を使いながらルシラを抱き起こし容態を伺うが、ルシラは…

「すぅ…すぅ…」

寝息を立てていた。

その表情はいつもの子供のような寝顔で、さきほどまでの神秘的な気配は微塵も感じられない。

頭を打ったわけではなさそうだし、そこはホッとしたティエリアだが、彼女の脳裏にはさきほどの光景がこびりついて離れない。

あれは一体なんだったのだろう。

不思議に思いながら、ルシラをダインの部屋と客室のどちらで寝かせようか、ティエリアは迷ってしまう。

「先輩…」

そのとき背後から声がして、驚いた彼女は「ひゃいっ!?」と全身を飛び跳ねてしまう。

振り返ると、いつの間に起きていたのか、ダインがそこにいた。

ベッドから降り、ルシラを介抱するティエリアを見ている。

「あ、す、すみません。このような夜更けに」

物音でダインを起こしてしまったことに謝りつつ、「あの、ルシラさんがベッドから落ちてしまったので…」と続ける。

「ああ…そっか。じゃあここに寝かせてくれないか?」

ダインの返事に「あ、はい」と返したティエリアは、ルシラを抱き起こしベッドに寝かせつつも、彼の声というか雰囲気に若干の違和感を抱いていた。

ダインの表情がぼんやりとしていたのだ。口調も普段よりゆっくりで、彼の目はティエリアを見てはいるものの、こちらを見ていないように感じる。

寝ぼけているのだろうか。

夜中にすみませんと再び彼に謝りつつ、ルシラに掛け布団を被せ終えたティエリアは、「で、では…」とそのまま退室しようとする。

「先輩…」

再びダインに呼ばれた。

「は、はい?」

振り向くが、やはり彼の表情はぼやっとしている。

声にも覇気が無く、立ってはいるものの足元が若干おぼつかない。

「あ、だ、大丈夫…ですか?」

もしかして先ほどの不可思議な行為の影響なのだろうか。

心配に思いダインに近づくが、そこでも彼の反応は鈍かった。

「あ、あの…?」

彼も寝かしつけた方が良いだろうか。

手を取ろうとしたティエリアだが、その前に彼から予想外の言葉が発せられた。

「先輩は…可愛いな」

「え…」

一瞬彼の台詞の意味が分からず、固まってしまう。

遅れて何を言われたのかを理解した彼女は、みるみる顔を赤くさせていく。

「あの、い、一体…?」

顔を見上げたときだった。ダインがおもむろに動き出し、ティエリアの両肩に触れてくる。

「だ、ダインさん?」

またどきりとしていると、「初めて先輩を見たときから、可愛い人だなって思ってたんだ」と、抑揚は無いが、優しい声でいってくる。

「可愛くて触りたいなって思ってたから、頭撫でてしまったりしてたんだ。シンシアやニーニアのときもそうだけどさ」

…やっぱり、彼は寝ぼけている。

ティエリアがそう決め付けたのは、普段のダインなら絶対にそんなことを言わないはずだったからだ。

可愛いとは言ってくれるが、それは半分社交辞令のようなものだったはずで、彼が本心からそんなことを思っているはずがない。

寝ぼけているだけなのだ。ここで勘違いするわけにはいかない。

気のせいだと思い込んだティエリアは、そう自制心を強く持とうとするが、

「本当だぞ?」と、ダインは追い打ちをかけてくる。

「本当にドキドキしてる。聞いてくれないか?」

「き、聞く?」

「ああ。ドキドキしてるって証拠」

ティエリアがどう返したらいいか困ってる間に、彼は動き出した。

ティエリアの肩を掴んでいた手を手前に引いて、そのまま抱き寄せられたのだ。

ダインの感触と体温が肌に伝わってきて、自制を保とうとしていたティエリアは瞬時に全てが吹き飛ぶ。

「あ、あああ、あの、だ、だだ、ダインさ…」

「ほら…聞こえるだろ?」

ダインにさらに抱きしめられ、彼の広い胸板に頬を押し付けるような形になってしまい、ティエリアはますます全身を硬直させてしまう。

押し付けた頬からは、確かにダインの心音を感じる。

胸が高鳴っているのを聞いて、ティエリアはそれ以上に自分の胸が早鐘を打ち始めてしまった。

ルシラの様子やダインを寝かしつけねばという考えは消え失せ、顔だけでなく体中が熱くなってきたのを感じる。

「わ、わわ、わ、分かりました。き、聞こえていますので、その、え、えぇと、その…」

極度の緊張状態にあったティエリアだが、ダインは離す気はないようだ。

「もっとちゃんと聞いてくれ…」

止めを刺すかのように、しっかりと抱きしめられる。

ダインとの密着度が増し、全身を硬直させていたティエリアは、今度は瞬く間に力が抜けていくのを感じた。

骨抜きにされるというヴァンプ族の肌質だ。

触れられ、抱きしめられ、そのまま頭まで撫でられると、何も考えられなくなる。

「可愛い…先輩、可愛い…」

普段のダインなら、絶対にそこまで可愛いと連発することはない。

いつもの彼ではないということは分かっているはずなのに、胸の高鳴りと顔の赤みは抑えられない。

髪を撫でられ、背中も撫でられ、立つことすらままならなくなってきた。

「あ…う、うぅ…」

逃げられない。いや、逃げたくない。

ダインに襲われそうになったら、転移シールで逃げること。というサラの忠告は、そのときのティエリアには思い出すことはできなかった。

彼に抱かれ嬉しいという気持ちと、このまま抱かれていたら自分はどうなってしまうのか、という思いがせめぎ合っている。

もはやダインの心音など聞こえるはずも無く、気にする余裕も無い。

自分の胸からの音がもううるさいほどで、顔も熱くなる一方で火が出てしまいそうだ。

どうしよう、どうしたら、と困惑している彼女に向け、ダインからまた声が発せられる。

「…ティエリア」

優しく、包み込むような声だった。

ティエリアの胸は止まってしまうのではないかと思うほど、一際大きく跳ねる。

「ダイン…さ…」

ダインに…いや、思いを寄せる相手から逃れるための対策など、始めから無意味だったのだ。

彼に触れられたその瞬間、抵抗などできるはずも、抵抗しようなどと思うはずも無い。

ただただ顔を赤くさせたまま、優しい彼にされるがまま、全てを受け入れたいと思っている自分がいる。

「ごめんな、先輩」

ふと、彼からそんな声が漏れた。

「先輩が、欲しくなった…可愛いティエリアが…」

「え…え…?」

突然自分の体が軽くなったと思ったティエリアは、彼に抱き上げられたのだとすぐに気付く。

そのままベッドまで運ばれ、すぐ隣で寝息を立てているルシラと並ぶようにして寝かされた。

「だ、ダイン…さん…あ…の…」

彼に抱かれ、撫でられ、言葉でも骨抜きにされていたティエリアは、彼が何をしようとしているのか、何をされるのか、想像する余裕も無い。

くたっとした自分の手足に、半透明の触手が巻きついてきたことに気付いたのは数秒後のことで、彼が何を欲していたのか気付いたのも大分遅れてからだった。

「ごめんな、先輩。渇いちまったから…ティエリアの、少しだけ…もらうな…」

触手に絡まれ、そんなティエリアに覆いかぶさるダイン。

とても現実とは思えないような光景で、しかし彼の感触がリアルに分かる中、吸魔衝動のことを思い出した彼女は、「あ…」と声を出す。

思考がまとまらない。それでも状況は動いていて、さらに本数が増えた触手はティエリアの至るところに巻きついていく。

すでに身動きができないほどの物量で触手に拘束されてしまい、そんな彼女をダインは申し訳なさそうな表情で見つめている。

「ごめんな、ティエリア…」

そう呟く彼の背中から、何本もの触手が出ていた。

その中の太い触手は先端がティエリアに向けられており、蛇が口を開くようにして上下に分かれる。

されるがままのティエリアだったが、彼の申し訳なさそうな表情を見て、自分の意思だけははっきり伝えねばと思い、唯一動かせる首を左右に振った。

「わ、私の力で、良ければ…」

極度に緊張し、状況も飲み込めない彼女であったが、それでも精一杯の笑顔をダインに向けた。

「私は大丈夫、ですから…ダインさんの望むままに…」

きっと、傍目からは異様な光景に映っていただろう。人型のモンスターに襲われているような構図に近いかもしれない。

それでもティエリアには恐怖心のようなものは全く無かった。むしろ嬉しかった。

ようやく、自分も求めてもらえる。必要とされてもらえる。

授業のことではシンシアに助けてもらい、普段のお世話ではニーニアに助けてもらい、自分の付け入る隙は無かったと思っていたティエリアなので、彼の役に立つことができて嬉しさがこみ上げてくる。

「ん…ありがとう」

意識はないのだろうが、受け答えはできるようで、ティエリアの返事を聞いて彼は少しホッとしたように笑いかけてくる。

「じゃあ、もらうな?」

「は、はい…!」

そのとき、ティエリアは全身に力を込めた。

それは恐怖心から来る防御反応ではなく、バリアがなるべく作用しないようにするためだった。

魔を跳ね除ける性質があるバリアだ。ヴァンプ族が出す触手は本人の分身。バリアの拒絶反応によって触手に傷がつけば、その傷は本体にまで及ぶ。

絶対に彼を傷つけるわけにはいかない。

そう強く思ったティエリアは、どうにか自分のコアにまで彼の触手を届かせられるよう、力み続ける。

とはいえバリアは無意識に発動しているものなので、収め方も分からない。作用を弱める方法も分からないので、そうして力むしかなかったのだ。

やがて、口を開いた触手の先端がティエリアの足や腕に吸着する。

吸魔が始まった。光る液体のようなものが、触手を通じてティエリアの中から出てきたのが見える。

「んぁ…!?」

肌で触れ合ったときのような表面的な快感ではない、体の奥から力が抜かれるような感覚に晒され、ティエリアは声を上げてしまう。

やがてその感覚は断続的に、徐々に強くなってきた。

吸われる量も増えてきたようで、透明なホースの中で液体が次々と流れ出ていっている。

「あ…あ…!? あ、あ、う…あ…!」

すぐ隣にルシラがいるというのに、声が抑えられない。それほどに強い快感だった。

自分でも分かるほどに全身から力が抜けていき、強烈過ぎる感覚に眉間に皺が寄り、目を細めてしまう。

「ん…っ!」

ティエリアに覆いかぶさるようにベッドに腕をつきたてていた彼は、時折顔をしかめていた。

それは明らかに痛そうな表情で、よく見れば聖力を吸い上げている触手に電撃のような線が走っているのが見える。

「だ、ダインさ…ん…!」

大丈夫かと声をかけたかった。傷ができてしまっているようなら回復魔法を使いたいところであったが、吸われる感覚が強すぎて、その上全身を触手で拘束されているので少しも動くことができない。

ダインの表情から、バリアが拒絶反応を起こしているのは明らかだ。

吸われた聖力に乗って、ダインを内部から攻撃しているようにも見える。一旦止めた方がいいはずだが、それでも彼は構わずにティエリアから聖力を奪い続けている。

「ダインさ…あ、あまり、無理…は…!」

喘ぎそうになるのを必死に押さえながら、彼女はそう訴えた。

だが意識の無い彼は吸魔行動が最優先とするかのように、吸魔を続け自身も触手もティエリアから離れない。

それどころかさらに吸魔する数を増やしてきて、触手の物量も増やしティエリアの全身を包み込もうとする。

「大丈夫、か…?」

無意識であるはずなのにティエリアを気遣い始め、安心させようとするためなのか、上から彼女を抱きしめた。

頭まで撫でられてしまい、全てが彼の体温や匂いに包まれる。

「そ、そん、な…あぁ…」

回復魔法を使うことも彼を気遣うことも阻止されてしまい、ティエリアは体を震わせ声を上げ続けることしかできない。

シンシアやニーニアから聞いていた通りだった。

ルシラから力を吸われ枯渇状態に陥り、余裕が無いにもかかわらず、ティエリアを不安がらせないようにと、少しでも安心できるようにとしてくれている。

触手に拘束されてはいるものの、その力は強すぎず柔らかい。ティエリアを抱く腕の力も絶妙の力加減で、頭を撫でる動きもゆっくりだ。

全身が彼の優しさで包まれたような感覚に陥り、意識まで曖昧になってきてしまう。

甘毒なるものの影響もあるのだろう。だが彼の優しさが、甘毒以上にティエリアを骨抜きにさせ、安堵感で満たさせていたのは間違いない。

ティエリアは何度も声を上げてしまい、そんな彼女が苦しくないようにと、辛くならないようにと、彼は聖力を吸い取りながらもティエリアを撫で続けている。

「う、あ…あ…ダイン…さ…!」

時折強い快感が襲い掛かり、彼女は強く触手や彼の手を握り締めてしまう。

ダインがその都度手を強く握り返してくれて、快感と感触に翻弄されながらも、ティエリアは嬉しさで心が満たされた。

「ごめんな…」

ダインは謝りつつ、震え続けるティエリアを優しく抱擁している。

ゴッド族であるティエリアは、その無尽蔵ともいえる聖力を吸われきるのに時間がかかる。

当然長い時間快感に晒されるということでもあり、彼の愛撫も長い時間受け続けることになる。

ティエリアはもうすっかり身も心もとろけきってしまい、口は開けっ放しで、手足も震えっぱなしだ。

これまでに出したことも無いような声を延々と出し続けてしまい、顔だけでなく全身が火照ったように熱くなり、汗まで滲み出してしまう。

「ダイン、さ…ダイン、さん…!」

吸魔による快楽と、触手や本人ごと彼に包まれ、愛撫され続けていた彼女は、もはや思考することすらできない。

意識は混濁しており、何もかも分からなくなってきていた彼女は、それでも彼の名前を呟き続けた。

「だい…ダインさん…ダイン、さん…!」

内側から沸き起こる感情は抑え込むことができないところまできており、理性のたががとうとう外れてしまった。

「す…き…」

一度口にしてしまえば、後は決壊したかのようにその台詞を呟き続けてしまう。

「好き…好き…です…ダインさ…好き…」

眉間に皺を寄せ、顔を真っ赤にさせ耐えるような表情のまま、息のかかるほど近くにいた彼に何度も自分の想いをぶつける。

「ダインさ…ダイン、さん…! 好き…好き…です…! 好き…!」

体だけでなく心まで彼の触手に絡みつかれたように錯覚した彼女は、小さな全身を延々と震わせ続け、延々とダインに告白し続けていた。



ダインが先かティエリアが先か、二人は重なり合うようにしたままお互い気を失ってしまった。

寝息を上げ始めた二人には、一時的に同じ聖力を宿したからなのか、同じ夢を見ていた。

青い空の下、無限に広がっているかのような大きな草原。

何の建物も無い視界の中央に、ダインとティエリアの全く記憶に無い一人の女性が立っていた。

ブロンドのロングヘアーに長いワンピース姿でいた彼女はこちらに背を向けており、多数の翼を広げている。

ゴッド族と思しきその女性は、こちらに気付いたのか笑顔と共に振り向いてきた。

「こんにちはっ! 今日はどこに行きましょうか」

まるで少女のように愛らしい顔立ちの彼女は、そういって近づいてくる。

誰なんだろう。

ダインとティエリアがそう疑問に思った瞬間、辺りに風が吹いた。

柔らかい風であったはずなのに、二人はそのまま風に乗って飛んでしまう。

そのまま意識も曖昧になってしまい、その不思議な夢は一瞬にして終わりを迎えてしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ