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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
22/240

二十二節、裸の付き合い

「お帰りなさいませ」

玄関にはサラとルシラがいた。

ダイン達の帰りを待っていたのだろう、こちらを見るなり頭を下げてくる。

「ええ、ただいま」

シエスタは、最後にドアを閉めるなりサラの隣にいるルシラに顔を向ける。

「あら、これまた可愛らしい子がいるわね」

そういって優しく笑いかける。

全員の視線を受けたルシラは、見て分かるほどに緊張した面持ちでいた。

「る、るしらは、るしらって言います!」

自己紹介する声も動きもぎこちない。

ジーグともシエスタとも初対面だが、初対面以上に緊張しているように見える。

それでもぐっと口をかみ締め、思い切ったように声を張り上げた。

「おわせになってます! よ、よろしくおねがいちまちゅ!!」

と、かちこちにしたままシエスタとジーグに向けて腰を直角以上に折り曲げる。

「くすくす。いいのよそんなに畏まらなくて」

ルシラの言動かメイド服姿か、そのあまりに可愛らしい姿にシエスタはまた笑った。

「サラさんから話は聞いてるわ。自分のお家だと思って、好きなだけいたらいいからね?」

目線を合わせ、頭を撫でる。大量の荷物を降ろしながら、ジーグも笑ったまま「そうだな」と頷いていた。

そこでずっと緊張しっぱなしだったルシラの顔に笑顔が戻る。

「だいん! いいって! いいって言ってくれたよ!」

嬉しそうにダインの元へ駆け寄り、ぴょんぴょん飛び跳ねていた。

「だからそう言ったじゃん」

ダインも笑いながら彼女の頭を撫でる。ジーグとシエスタに認めてもらったことが嬉しいのか、ルシラはるんるんと踊りだしていた。

微笑ましいとしか言いようのない光景に、全員が和やかな笑みを浮かべてしまう。

「さて」

ルシラの喜びを一通り発散させてから、サラはいった。

「積もる話は夕食の席ですることにして、シンシアちゃん達にはとりあえずお風呂に入ってもらいましょうか」

「ですね」枝葉や動物の毛まみれになっていたシンシア達の姿を確認し、サラは頷く。そしてそのジト目がダインに向けられた。

「ダイン坊ちゃま、少々連れまわしすぎでは?」

非難の目が向けられたダインは、「いや、まぁ」と言うしかない。

「すっごく、すっごく楽しかったから全然問題ありません!」

シンシアがダインの擁護に回り、ニーニアとティエリアも笑顔のまま何度も頷いていた。

「滅多にできない経験ばかりだったし、大変だったけど面白かったなぁ…」

「まぁ、そう仰るのでしたら…」

サラは仕方なく引き下がり、ジーグが持ってきていた荷物を一手に引き受ける。

「お三方のお荷物はゲスト用の寝室に運んでおりますので、お着替えなどのご用意をお願いいたします。浴室は離れにございますので、ご準備出来次第ご案内いたします故」

「あ、す、すみません」

「お洗濯も致しますので、いまお召しになられている衣服はそのまま脱衣所に置いておいてください」

悪いです、と言おうとしたシンシア達を、先手を打つように「これも仕事ですので」と封じたサラは、荷物を抱えたままダインとジーグを見る。

「お茶のご用意は済ませておりますので、ダイン坊ちゃまとだんな様はリビングへお越しください」

「うむ」

ジーグはスリッパを履きリビングへ向かう。

「俺もちょっとキッチンに立つよ」

そういいながら、ダインは肩に提げていたカバンの中をサラに見せる。

ハイキングのついでに、ダインは山菜を採ってきていたのだった。

「俺も料理を振舞いたいからな」

「承知いたしました」

そこでタイミングを見計らったかのように、「あの、私達もいいですか?」代表してシンシアがいう。

「実はそれぞれの郷土料理を披露したくて、食材や調味料も持ってきていたのでご迷惑じゃなければ…」

シンシア達が計画していたことだった。種族間交流と体の良いことを言ったようだが、自慢の手料理をダインの家族にも振舞いたかったのだろう。

「おや、そうなのですか」

意外そうにサラは言うが、シエスタは「大歓迎よ」と笑顔でスリッパを履いていた。

「良いパーティになりそうな予感。私も何か作ろうかしら」

母としてのプライドが出始めたシエスタに、サラも同調したように「では私ももう一品かニ品ほど追加いたしましょう」と、メイドとしての意地を滲ませる。

「るしらは!? るしらはなにをしたらいい!?」

ルシラは単純にこの楽しそうなイベントに参加したがっているようだ。

「ルシラには引き続きお手伝いをお願いしましょうか」というサラの言葉に、大きく「うん!」と頷いている。

そうしてやるべきことを見つけ出したダイン達は、玄関で解散しそれぞれの場所へ向け歩き出していった。



風呂好きなシエスタとサラの要望もあって、カールセン邸に作られた浴室はまるで旅館の温泉のように広かった。

足場も壁も肌触りの良い材質の岩が敷き詰められており、浴室の角に設置された浴槽は泳げそうなほどに広い。

キングバグベアーの頭だけを模ったような石像が浴槽端に置かれており、開かれた口からは温泉が止め処なく流れ出ている。

壁に一定間隔で設置されたシャワーに、様々な種類の石鹸やシャンプーが整然と並べられている。

温泉の匂いにお湯の循環する音。頭上の僅かに開かれた窓からは星空が見え、夜風が入り込んできている。

シンシア達は本当に旅館に来たような錯覚に陥ってしまった。

どこを見てもすごいという言葉しか出てこなくて、体を洗う石鹸も、頭を洗うシャンプーも、どこのメーカーのものか分からないが高価そうだということだけは分かる。

一切の妥協なく理想の浴室を拵えた。入浴前に説明されたサラの言葉に嘘偽りはなかったようで、体を洗い終えたシンシアが一足早く浴槽に体を沈めた瞬間、あまりの気持ちよさから魂の抜けるような声を出してしまう。

モンスターとの連戦で心地よい疲労感に包まれていた彼女は、今度は疲れを癒す心地よさに包まれ、全身が溶けてしまいそうな幸福感に満たされた。

「あ〜…あ〜…」

湯船に揺られながら、そう何度も声を出してしまう。

「もう出たくない…寝れる…寝れるよぉ…これぇ…」

とろけきったようなシンシアの声に、隣り合って丁寧に体を洗っていたニーニアとティエリアが笑い出す。

湯船の心地よさだけでシンシアがとろけているのではない。エレイン村の土壌には魔力が宿っており、地中から水脈に溶け出た魔力は源泉にも循環し、その特殊な温泉がシンシアの体を包み込んでいるのだ。

疲労回復だけではない聖力の回復効果もあったため、シンシアは普段よりも数倍もの心地よさを感じていた。

本当にそのまま寝落ちしてしまいそうだった。意識もおぼろげになっていき、ボーっとしたまま今日あった出来事を振り返る。

まず真っ先に思い出してしまったのは、夕日に照らされたダインの横顔だった。

「ダイン君って…やっぱりかっこいいなぁ…」

疲労と共に本音まで溶け出てしまったような、シンシアの一言だった。

その声がしっかり聞こえていたニーニアとティエリアは、体を洗っていた手をぴたりと止めてしまう。

「料理上手で優しくて、友達思いで会話も楽しいし…」

女同士、全裸で入浴しているという開放感からか、シンシアの呟きにニーニアは「う、うん」と同意を示した。

「か、かっこいいよね、ダイン君」

「は、はい。そう、ですね」

ニーニアとティエリアの顔が赤いのは、なにも温泉の湯気に当てられただけではないのだろう。

「紳士なところもあるよね」

体を反転させ、浴槽のヘリに腕を乗せつつシンシアはいった。

「さっきの大ジャンプから降りてるとき、ダイン君さりげなく私たちのスカート押さえててくれてたし」

彼女たちの戦闘服は全員がスカートだった。

特にシンシアの戦闘服は動きやすさ重視のためか短めのスカートだったのだが、ダインは誰にも見えないよう器用に押さえていたのだ。

「セブンリンクスに入学する前は地元の学校に通ってたんだけど、ダイン君みたいなタイプはいなかったなぁ」

シンシアの言葉に、ニーニアとティエリアも以前の学校を思い出していたのか、再び頷いている。

彼女たちは全員男女共学の学校に通っていたが、同学年の男が子供っぽく見えてしまうのに種族の違いはないようだった。

男子というものは、好きな女子はからかうし意地悪するし、照れ隠しに思ってもないことを口にして困らせる。

くだらないことに真剣になるし、くだらないことで喧嘩をするし、つまらない意地を張って格好をつけたがる。

簡単に言えば子供っぽい。対して、ダインは同学年の男子に比べたら大分大人びて見えるとシンシアはいった。

可愛いものはちゃんと可愛いと口にするし、意地悪はしないしからかいもしない。冗談は言うが。

取り繕うこともせず強がりも言わない。照れはするものの、思ったことはちゃんと言ってくれる。

吸魔に関しても、生理現象に近いことなのにダインは本当に申し訳なさそうにしていた。

あんな大人みたいな同学年は、あまり見たことがない。

「セブンリンクスに来る前は、ご両親と一緒に各国周っていたって言ってたけど、旅先で色々経験したから大人びたようになったのかな」

シンシアの呟きに、ニーニアは「そうかも知れないね」と返し、「でも」と別の要因もあるかもしれないと口にする。

「周りの環境も良かったんじゃないかなって思うよ」

「環境?」

「うん。お父さんとお母さんの存在が一番大きいんじゃないかな」

ダインはセブンリンクスに通う前まで学校に通ってこなかった。文字も言語も計算の仕方も、全て両親から教わった。

勉強だけじゃない。考え方や倫理といった内面的なことも、きっと教わってきたはずなのだ。

彼の優しさや思いやりといった性格を形成したのは、親の姿を見てきたからこそなのだとニーニアはいった。

世の中には反面教師というものもあるが、大半は子は親の映し鏡だ。この子にしてこの親ありといった言葉は現代にも通じており、だからこそ親の存在は大きいのだとニーニアは続ける。

「確かにそうだねぇ…」

再び溶けたような顔になりながら、シンシアはまた体を反転させる。水面に自分の腕を浮かべ、お湯をかけながら洗うようにして揉んでいる。

「ダイン君のお父さん、大きかったよねぇ。顔つきというか体つきというか、一目見た瞬間に、この人強いなって分かったよ」

話はダインの父であるジーグのことにまで波及した。背中に出現させた羽を洗いながら、ティエリアは「そうですね」と笑う。

「高いところでドラゴンを投げ続けていたというのは、本当なのかもしれませんね」

ニーニアの手伝いもあってようやく全身の泡を落とせた彼女たちは、同時に湯船に体を沈み込ませていった。

温泉の温もりに包まれた二人は、シンシアのように「はぁ…」と声を出してしまい、あまりの心地よさに急速な眠気に襲われそうになる。

「お母さんは綺麗な人だったよねぇ…」

と、シンシアはさらにダインの母についても言及した。

「すらっとした体つきで、でも出るところは出ていて、とてもダイン君を生んだ体型には見えなかったよ」

ダインの母親だからか、シンシアの興味はシエスタの体つきにまで及んでいたようだ。

「そ、そうだね」

ニーニアはやや困ったように返事しながらも、しかし同じ感想を抱いていたため「ああいう人を美人って言うんだろうな」と目を細めながらいう。

「どのようにしたら、あのような方になれるのでしょう…」

ティエリアも同じように目を細めながら呟き、よりお湯に浸かれるよう足を伸ばしていく。

シンシアとニーニアも全身を伸ばしていき、気付けば彼女たちは全員同じような姿勢で湯船に揺られていた。

風呂場のドアが開いたのはそのときだった。

「なかなか嬉しいこと言ってくれるのね」

驚いたシンシア達は慌てて姿勢を正し、後ろを向く。そこには同じく素っ裸のシエスタがいた。

「みんなおふろーーーーー!!!」

シエスタの後ろから、これまた全裸のルシラが両手を上げながら風呂場へ突入する。

「女同士、私達もお邪魔させてもらうわね?」

そうシンシア達に笑いかけ、シエスタはルシラを椅子に座らせた。シャワーを使ってルシラの体を洗い始める。

「痒いところはない?」

「んーん、きもちーよ!」

「そう」ルシラの笑顔に笑顔で返しつつ、シエスタは「この年になってまた子育てすることになるとは思わなかったわ」という。

「でも娘も育ててみたかったから楽しいわ」そう続けるシエスタは確かに楽しそうで、ルシラの頭を洗っている間鼻歌まで飛び出している。

これほどの大人数で風呂に入ることがなかったためか、ルシラはテンションがマックスになっており、きゃっきゃと笑いながらシエスタにじゃれている。

「まま、ふかふかできもちー!」

シエスタの足やその豊満な胸に遠慮なく触れている。ママと言う辺り、もう当初のような緊張感は微塵も感じられない。短時間でルシラはシエスタに懐いたようだ。

「ふふ。ほら、動かないの、じっとして」

シエスタのルシラを見つめる目には優しさしか感じられず、そこにルシラは安堵感を得られたのだろう。

シエスタもサラほどではないが感情の起伏が激しくない。美人であることは確かなのだが、感情の変化を感じにくいため冷たい印象を持たれがちだ。

だがいまルシラを洗う手つきは優しく丁寧で、ルシラに話しかける声も穏やかだ。彼女の全身から母性が溢れ出ているようにシンシア達には映った。

その笑顔と、そしてそのプロポーションにしばし言葉が出ず見入ってしまうシンシア達。

「ごめんなさいね、こんな格好で」彼女たちの視線に気付いたシエスタは、ルシラを洗いながらいってきた。

「ダインの滅多にいないお友達なんだし、もっとちゃんとした形で紹介を済ませたかったんだけど」

確かに初めて知り合ってまだ数十分ぐらいしか経ってないのに、もう裸を見せ合っているというのは変な話だ。

村の中では一応偉い立場にいるわけだし、それなりの形式があってしかるべきだというシエスタに、シンシアは「い、いえ」と首を振っていった。

「裸同士の方が、お互いよく分かり合えることもあると思うので…」

そうシンシアが言ったところで、シエスタは笑う。

「確かヒューマ族の間では、裸の付き合いっていう言葉があったわねぇ」

ルシラと自分の体を洗い終えたシエスタは、ルシラと手を繋ぎながら一緒に湯船に浸かる。

「はひゃぁ〜…」

ルシラの何ともいえない心地良さそうな顔に全員が笑顔になりつつ、「こんな場所で申し訳ないんだけど」とシエスタが再び口を開く。

「重ねて御礼を言わせてもらうわね。ダインと仲良くしてもらってありがとうね」

柔らかく微笑むシエスタに、「そ、そんな!」と慌てたようにシンシアがいった。

「こちらこそです! 私たちの方こそ仲良くしてもらってるから…」

シンシアの台詞に、ニーニアとティエリアはこくこくと頷いている。

「それだったら良かったわ」

シエスタもまた笑うが、一瞬表情を落とした。

「手放しであの子を集団生活の場に送り出したのは初めてだったから、心配もあったのよ。サラさんから聞いたんだけど、あの子学校で色々と無茶してるらしいし…」

ラビリンスやガーゴとの事。一連のことをサラから報告を受けていたらしいシエスタは、小さく息を吐く。

「大丈夫なのかしらねぇ」

ダインの授業態度を気にするシエスタに、「大丈夫だと思います」と答えたのはティエリアだ。

「特に揉め事を起こしているわけではありませんし、ラビリンスのことはシステムエラーの解決に助力していただいただけです。ガーゴでの一件も、ほとんどは私のせいですし…」

こちらこそご迷惑を、と肩を落とすティエリアに、シエスタは優しく笑いかけた。

「そこに関しては気に病まないで。あの子は自分が正しいと思うことをしてるだけに過ぎないんだもの。結果として窮地に立たされたとしても、それは仕方のないことだと私も思っているわ」

それが意外な言葉に聞こえたのだろう。シンシア達は揃ってシエスタに顔を向ける。

「例え退学に追い込まれたとしても、あの子が納得しているのならそれでいいの」

あくまでダインの気持ちを尊重すると、シエスタは続けた。

「あの子のことだもの。あなた達の窮地を救えるのなら、退学なんて進んで受けるでしょうね」

親であるが故の、ダインの性格を知り尽くしたが故の言葉だったのだろう。

確かにダインなら言いかねない。実際、セブンリンクスにそこまで執着してないと言っていたし、彼ならば冗談ではなく本当にそこまでするつもりでいるのは確かだ。

ダインの気持ちは嬉しい。大切に思ってくれているのは分かる。だが彼女達が浮かべた表情は不安げなものだった。

仮にダインが退学することになったのなら、それは自分のせいということでもある。

きっと一生後悔する。自分がもっとしっかりしていれば、選択を間違っていなければと、ずっと悔やみ続けることになる。

「けど安心して。そうならないよう、私は親として息子を守るつもりでいるのだから」

黙り込んでしまったシンシア達を安心させようと、シエスタは柔らかくいった。

「退学に関する事だって、それはもう子供が対処できる範疇を超えているということだもの。私が出ても避けられない事態が起きたときには、引き下がることも選択肢の一つだと考えているだけ。あがいて状況を悪化させるよりは、引き下がった方が良いこともあるのだから」

ダインもその両親も、セブンリンクスという学校に執着していないが、シンシア達にとってはそうではない。

セブンリンクスは、そこの生徒だというだけで付加価値が生ずる。どういう将来を目指したとしても、学歴というのはついて周るのが現実だ。

ダインに関わることによって進路を断たれるわけにはいかない。迷惑をかけるわけにはいかない。

シンシア達それぞれの親の気持ちを考え、シエスタは「場合によってはダインと関わらない方が良い」といったつもりだった。

だがそれが他人行儀のように聞こえたシンシア達は、たまらず一斉に湯船から立ち上がる。

「わ、私は、私も、ダインさんを守れるのなら守りたいです! 私のせいでそのようなことになるのだけは、絶対に避けたいです!」

ティエリアの必死な様子に、ニーニアも頷いて口を開く。

「わ、私も、せっかくできた友達なのに、ダイン君がピンチに陥ったところをただ見ているだけなんてできません! ダイン君のためなら、私だって進路なんてどうでもいいんです!」

シエスタに自分の気持ちだけは伝えたかったのか、ニーニアとティエリアは全身が見えているのに構わずシエスタに訴えている。

「色々お世話になっているのは私の方なんです」シンシアも乗じていった。

「ラビリンスでは助けてくれたり、お弁当作ってもらったり、今日だってお家に招待してくれたり。これだけ色々してもらったのに、いざダイン君がピンチに陥ったら何もできないなんて、そっちの方が私たちにとっては酷です。私だって、ダイン君が助かるのなら例え退学になったって構わない」

本心から出た言葉だというのは、彼女たちの真剣な表情から明らかだ。

しばし呆気に取られていたシエスタだったが、「ふふ」とすぐに笑い出す。今度は嬉しそうに。

「あの子には贅沢すぎるお友達を持ったようね」

再び湯船に浸かりながら、シンシアも笑顔になる。「私の方こそ。ダイン君は贅沢すぎる友達だと思います」

「ね」とニーニアとティエリアに顔を向けると、彼女たちも笑顔で頷いていた。

「そこは謙遜しないでおくわ。私の息子だもの」

「ありがとうね」シエスタが再びお礼を言ったところで、場は再び和みだす。

ルシラが湯船に浮かび漂う遊びを始めてから、シエスタは「そういえば」と別の話題を振った。

「ダインに咬まれたんですってね。大丈夫?」

触手のことを言ってるのだろう。シンシアとニーニアはすぐに顔を赤くさせた。

「あ、は、はい、それは問題なく…」

ニーニアは小声でいう。

「す、すごいですよ、ね…あ、あんなことになるなんて…」

また体を震わせ始める彼女たちに、シエスタは「初めて経験する人はみんなそうなるわ」と可笑しそうに笑った。

「中には気味悪がる人もいたけれど。確かに触手なんて、モンスター以外ではあまり見かけることはないものね」

シエスタもそのヴァンプ族だったんだということを思い出したシンシアは、「あの」と顔を赤くさせながら尋ねる。

「ダイン君の触手はシンプルな形だったように思うんですが、人によって形は違うんですか?」

「そうね」湯船の中でコリをほぐすように腕を揉みながら、シエスタは答える。

「サラさんから自由に触手の形を変えられると説明を受けたはずだけど、馴れないうちは自然と吸いやすい形に変形してしまうようになるの」

「吸いやすい形…ですか?」

「ええ。それこそ人によって形は違うんだけど、無数の管のようなものだったり、対象を丸ごと包み込むような形だったりね」

名称こそ触手だが、それはスライムのように変形することは可能だとシエスタはいう。

その説明を聞きながら、シンシア達が想像したのはダインに包まれる映像だ。

思わずまた体を震わせるシンシアとニーニアに、シエスタは「ごめんなさいね」と謝ってくる。

「こんな面倒なことに巻き込んでしまって。ヴァンプ族と仲良くなるということに、こんなリスクがあるだなんて思いもしなかったでしょう?」

「い、いえ!」シンシア達はすぐに首を振って否定した。

「リスクだなんて思いません。信頼されているという証ですから、その…う、嬉しいです」

ニーニアの台詞にシンシアが頷き、そんな二人を羨ましそうに見ていたティエリアは小さくため息を吐く。

「あの、わ、私も触手による吸魔は可能…でしょうか?」

とうとう本音を言った。

「種族的な問題で難しいとサラさんから聞いたのですが、何か方法はないのでしょうか?」

諦めないティエリアに、サラから何とかしてやってくれと聞いていたのか、シエスタは「そうねぇ」と思案をめぐらせる。

「確かに、ヴァンプ族がゴッド族から吸魔できたという事例はないわ。これまで滅多にゴッド族と交流がなかったというのも理由の一つなんだけれど…」

「でも気がかりなことがある」とシエスタが続ける。

「元々、私たちヴァンプ族は魔に属する存在。最も聖に属する存在のゴッド族には、本来であれば触れることはおろか近づくことさえできなかったはずなの。でも、ダインとティエリアちゃんは触れ合えることが出来る。直接コアに触れることはできないまでも、ある程度の吸魔はできた」

ふんふんと真剣に聞いていたティエリアは、もっとよく聞こうとシエスタの真横まで近づいている。

早く先を聞きたがっていた彼女に笑いかけ、シエスタは「ティエリアちゃんは、純血種?」と聞いた。

他の種族の血が混ざってないか。そんな質問に、ティエリアはしばし流れる湯船を見つめながら考える。

「混血…だと思います」やがてそんな言葉が飛び出した。

「ゴッド族の中では、それほど聖力が高い方ではありませんし、魔法もあまり強いものは使えませんし…」

ティエリアの家系であるジャスティグ一族は、ゴッド族ではあるもののそれほど貴族というわけでもない。

一応上流家庭に分類されてはいるが、ゴッド族の中での上流は中流と同じだ。

厳しい掟もなく重々しい定めもない。一族全体を通してゴッド族というプライドはあるものの、そこまで血筋を重視しているわけでもない。

いってしまえば種族が特殊なだけで、家庭環境は極めて一般的だ。

そんな中で育ったティエリアなので、自分の家系がどこから来たものなのか、混血種か純血種なのかも気にしたことがないため、分からないというのが正直なところだった。

素直にそう話すティエリアに、「えー?」と意外そうに声を上げたのはシンシアだ。

「ハイキング中に見た先輩のバリア、無敵といっても良いぐらいでしたよ?」

「あ、いえ、あれが私の最大限の魔法なので…そのときにも説明した通り、中には天変地異レベルの魔法を使える方もおられます。そのような方々が純血種だと思うのです」

「そうかなぁ」

やや納得してなさそうなシンシアに、シエスタは特に何も言わず漂うお湯を見つめている。

彼女もヴァンプ族であるだけに、その湯に彼女たちの溶け出した魔法力が漂っているのが分かる。

そこから感じるティエリアの聖力は、ティエリアの言う混血だとは()()()()ような聖力が混じっていたのだが…話が逸れるためあえてそこには触れず、「混血なら、ヴァンプ族でも触れることができるのも頷けるわ」と話を戻した。

「けれど混血種でも、ゴッド族から聖力を吸うことは不可能のはず。でもダインは触れることができて、聖力を吸うこともできた。その辺りから、何か解決の糸口があるかも知れないわね」

シエスタの言葉に、光明の兆しが見えたと思ったティエリアは「ほ、本当ですか?」とさらにシエスタに詰め寄る。

彼女の期待の篭った視線に「それが何かは分からないけど」と残念がらせたのも束の間、「でもある程度予想はついてきたかも」とまたティエリアの顔を上げさせる。

「単純に、気持ちの問題かもしれないわね」いつの間にか間近まで近づいていたティエリアの頭を撫でながら、シエスタは優しく笑いかけた。

「気持ち…ですか?」

「ええ。サラさんやダインから何度も聞いてるかもしれないけど、吸魔というのはお互いの信頼関係が成り立ってできる行為。ダインがティエリアちゃんから吸魔できるということは、それほどお互い信頼しているということでもあるの。だから、その信頼がティエリアちゃんの強固なバリアに匹敵するほどの強いものになれば、あるいは…ね」

そのシエスタの推察は、ティエリアにとって希望以外の何物でもなかった。

「が、頑張ります!」

いまやすっかり元気を取り戻した彼女は、真剣な表情で気合を込める仕草をしている。

「良かった」とシンシアもニーニアも嬉しそうにしているが、シエスタはそんなティエリアに怪しく笑いかけた。

「どうしてそこまで吸魔されたがっているのかは、聞かない方が良いかしら?」

ティエリアにとっては鋭い質問だったのか、「う」と全身を固まらせる。

「そ、それは、その…み、みなさんと同じになりたかったから…も、もっと、もっと仲良くなりたくて…」

顔を見る見る赤くさせていく。水面に顔をつけてしまうのではないかというほど、顔を下に向けていた。

「ティエリアちゃんがそう言うのであれば、そういうことにしておきましょうか」

「ふふ」と笑顔のままシエスタは言うが、その目の奥には全てを見透かしたかのような光がある。

事実、彼女はシンシア達の気持ちはとっくに見透かしていた。

経験は夫であるジーグだけだが、これまで各国を飛び回り様々な種族と交流を重ねてきたおかげで、観察眼はかなりある。

交渉にも長けているシエスタなので、顔を赤くする乙女の気持ちなど手に取るように分かっていた。もっとも、シンシア達の態度は相当分かりやすいが。

サラから話に聞いていた段階で、彼女達のことは可愛らしいと思っていた。こうして実際に会ってみて、その気持ちはもっと大きくなった。

気に入った人にしか見せない笑顔を向けつつ、シエスタは「あなた達は、ダインに相当な興味があるようね?」と尋ねる。

「食べ物の中で何が好きなのか、何が得意で何が苦手なのか、すごく知りたがっていたってサラさんから聞いたわ」

「あ、す、すみません、プライパシーに関わるようなことを…」

シエスタの台詞を別の意味に捉えたシンシアが謝るものの、シエスタは「別にいいのよ」と笑いながら首を振る。

「あの子は特に秘密主義というわけでもないし、聞かれて嫌なことなんてないようだから、私やサラさんにどんどん聞いてくれて構わないわ」

「い、良いのでしょうか」

遠慮がちだが聞きたがっているようなティエリアに、シエスタは「ええ」とはっきり頷く。

「じゃあ一つ、あの子に関する秘密を教えてあげる」

男性陣には内緒よ、と人差し指を口元で立てながら、シエスタはシンシア達を近くに寄るよう手招いた。

「ひ、秘密、ですか…い、いいのかな…」

そう言いつつも、シエスタに近寄るニーニアの目は輝いている。

「あの子が初めて連れて来たお友達なんですもの。親として、これぐらいのお礼はさせて欲しいわ」

遠慮はいらない、と言ったところでシンシアとティエリア、ずっと泳いで遊んでいたはずのルシラまでシエスタの周りに集まりだす。

「じゃあ教えるわね。ダインの秘密」

ダインの親であり、一番彼を見てきたであろう母親しか知り得ないこととは何なのか。

「それはね…」

ごくり、とシンシア達が生唾を呑む音が聞こえる。

興味津々に見てくる彼女達を見回してから、シエスタはそっといった。

「ダインはね、女性の胸が好きみたいなの」

…しばし、お湯の流れる水音しか浴室には響かない。

それほどに彼女たちは口を開けたまま驚き固まっており、数秒間動けないでいた。

「…え…と…?」どうにかシンシアの口から飛び出た声も言葉にならず、全員が表情に戸惑いを貼り付けている。

一見するとクールビューティで、堅物にも見えるシエスタの口からそんな台詞が出てくるとは、誰も思ってなかったのだろう。

それにダインにもそんな興味があったのにも驚きだった。

「おむね?」

ルシラだけは不思議そうにしている。「すきなの?」とそのまま自分の平らな胸を見ている。

「これはあの子がまだ乳飲み子だった頃の話だけど」シンシア達のリアクションは想定していたのか、シエスタは語りだす。

「あの子なかなか私の胸から離れてくれなくてね。夜泣きしたり転んで痛くて泣いているときとか、抱き上げて胸で抱くとすぐに泣き止んで寝ちゃってたの。もちろん何年も前のことだからいまはそうでもないかも知れないけれど、でも胸が好きというのは変わってないはずだわ。幼い頃の好きなものは、理性を鍛える特訓をしていてもそうそう変えられるものじゃない」

ダインの母であるシエスタが言うのだから、それは確かな情報なのだろう。

サラも言っていたが、ダインも男なのだ。健全な男子なのだから、女性の体に興味があるのも当然のことだ。

「む、胸…胸…ですか…」

ダインの秘密を打ち明けられたティエリアとニーニアは、同時に自分の胸元を見ながら意気消沈する。

二人とも子供のように背が小さい。そのため胸の成長も芳しいものではなく、申し訳程度の膨らみを見てため息を吐いていた。

対してシンシアは顔を赤くさせている。俯く彼女の胸元には小高い小島が二つ、ぷかぷかと浮いている。

ラフィンに負けず劣らずの質量があり、これまで多くの視線があって多少コンプレックスがあったのだが、いまのシンシアは恥ずかしがっているだけだ。

それぞれの反応を楽しげに見ていたシエスタは、「大丈夫」とニーニアとティエリアに向けていった。

「胸の大小は関係なくて、女性の胸というもの自体に安心感を抱いてるみたいなの。あなた達と同じぐらい幼かったサラさんに抱かれていたときも、ダインは安心しきって寝ていたんだもの」

そこで希望を取り戻したかのように、彼女たちはたちまち笑顔を取り戻していった。

ほんと、なんて分かりやすい子達なのかしら。

シエスタは笑いが止まらず、「ごめんなさい、こんな情報しかなくて」と詫びた。

「い、いえ! す、すごく参考になりました!」

そういうニーニアは目を輝かせている。抱きしめて安心させるという行為は、世話好きなニーニアにとっては最大級のものだったのかも知れない。

「それなら良かったわ」

シンシア達は顔を赤くさせながら、ダインの意外な一面を知って嬉しそうにしている。

「いい機会だし、もう少しお話しましょうか」

まだまだその可愛らしいリアクションを見たかったシエスタの提案に、シンシア達も大きく頷く。

女たちの長風呂はなかなか終わりそうになかった。



一方その頃、ダイニングではジーグが椅子に腰掛けていた。

「我が息子よ」

夕飯の準備が終わったのを見計らい、ダインを厳かに呼び止める。

「何だよ?」

休憩するつもりだったのか、自分の分のお茶を手にダインはジーグの正面に腰を下ろした。

テーブルに肘を突き立て、組んだ両手に額をつけたまま、ジーグはいう。「私は今日ほどお前を誇りに思ったことはない」

重々しそうな口調だったが、台詞の意味が分からなかったダインは「は?」と声を出す。

「今日ほど、かの名門セブンリンクスにお前を通わせて良かったと思ったことはない」

なおも台詞の意味が分からなかったダインは、お茶を飲みつつ「何だよ突然」と首をかしげる。

「っつーか、その喋り方気持ち悪いんだけど」

真面目に突っ込んだが、ジーグは口の端に笑みを浮かべるだけだ。

「謙遜するな我が息子よ。これほどまでの功績、さすが我がカールセン家の長男である」

「いや、その我が息子っつーのが特に気持ち悪いんだけど」

「何が言いたいんだよ?」ダインの訝しがるような視線を受けつつ、ジーグはゆっくりと口を開いた。

「お前が連れて来た友達だが…」

「ああ」

「ヒューマ族に、ドワ族に、ゴッド族である彼女たちだが…」

組んだ両手に額をつけたまま、ジーグは動かない。彼の表情は見えない。

「それがどうしたんだよ?」

尋ねても、彼からはしばし返事がない。

やがて顔の見えないジーグの口から漏れたのは、

「…すんげぇ可愛いな…」

という、一言だった。

一瞬ぽかんとしたダインだが、あまりに正直すぎるジーグの感想に思わず吹き出してしまう。

「何だよそれ」

「いや、一目見た瞬間からやばかった」

顔を上げたジーグは、照れているのか恥ずかしがっているのか顔が赤い。

「何この生き物!? って父さん正直思っちゃったね。一体どんな手段を使ったのだ?」

普段の軽い調子で話すジーグにまたダインは笑ってしまうが、「手段っつーか、成り行きで」と説明した。

「吸魔のこととか色々問題が出てきたから、家に呼んでヴァンプ族の特性についてサラから説明受けてもらうことにしたんだよ」

「なるほどな」納得した様子を見せるジーグだが、「あんな可愛い子達から魔法力を奪ったわけか」と、ふとその表情が険しくなる。

「けしからんぞダイン。非常にけしからんことだぞ」

「別にしたくてしたわけじゃねぇっつの。というか、そういう説明を何で入学前にしてくれなかったんだよ?」

予備知識があれば、事前に防げることもできたはず。シンシア達が甘毒にやられることもなかったはず。

そう訴えたが、ジーグは愉快そうに笑うばかりか「面白そうだったからに決まっているだろう!」と以前にも言っていたことを言い出す。

「何事も動揺せずそつなくこなすお前の慌てる姿が見たかっただけだ」

「…は?」

「なのに、ああも可愛い女子たちとキャッキャウフフの吸魔ライフを満喫してるとは思わんかったわ。正直に言ってくそ羨ましい!」

テーブルの上で拳を握り、歯痒そうに顔を歪めている様は恨めしげだ。

「あのなぁ…」

呆れて反論しようとしたが、先にジーグがにやりとした顔つきになり、「で、誰なのだ?」といった。

「何が?」

「お前は誰を狙っている? どの子を嫁にするつもりなのだ?」

ダインはお茶をぐいっと飲み干し、僅かな動揺ごと息を吐く。

「気が早すぎるし、そんなつもりであいつ等を呼んだんじゃない」

冷静に言ったが、ジーグは「ふ」とまたニヒルに笑う。

「照れるな我が息子よ」また口調を尊大じみたものに戻した。

「なんなら全員まとめて嫁にしても構わんのだぞ? あんな可愛い子達がワシの娘になる…くくく…燃えるわ…久々に滾ってきたわぁ!!」

ジーグは椅子から立ち上がり、両手を振り上げている。

勝手に興奮している父親に始終呆れていたダインだが、彼の背後を見て「あ」と声を出した。

「あなた?」

ジーグの背後からはものすごい気配が漂っていた。

立ち上がって拳を振り上げていたジーグは、そのまま固まっている。

「何を滾ることがあるのかしら?」

顔は笑顔だ。だが、その声は氷のように冷たい。風呂から上がったばかりのシエスタは、いつの間にかジーグの背後に立っていた。

ジーグの話が聞こえていたのだろう。シエスタの背後にはシンシア達の姿があり、彼女たちは一様に顔を赤くさせている。

ルシラは一目散に調理場にいるサラの元へ走っていき、手伝いを始めていた。

「あ、い、いや、そのぉ…」

油の切れた機械人形のような動きで手を下ろし、直立不動になる。

「ヴァンプ族の長として、その品位を下げるような言動は慎むようにと、ケント村での一件で懲りてくれたかと思っていたのだけれど…」

比喩でもなんでもなく、シエスタの背後から地鳴りが聞こえる。

彼女の全身から漂っているのは、もはや殺気としか言いようがないほど尖りきったものだった。

「再教育」

シエスタのその短い言葉にジーグは「ひぃっ!」と身を縮こまらせる。

駆け出そうとしたジーグの襟首を掴み、ジーグの熊のような巨体を細腕一本で引きずっていく。

「ダインはそのままお風呂入ってきて」ダインにそう声をかけてから、シンシア達に笑顔を向ける。

「シンシアちゃん達はそのままくつろいでいてね。すぐに戻ってくるから。郷土料理のこと教えて欲しいし、一緒にやりましょう」

「ちょ…へ、へる…ヘルプ! ヘルーープ!! 我が息子よーーーー!!!」

そんなジーグの叫び声は、シエスタに裏庭まで引きずられていく間も聞こえていた。

そのすぐ後に、遠くの方から何かを叩く音や野太い男の悲鳴が聞こえ始める。

「長湯で喉が渇いておいででしょう」

キッチンからサラが現れ、固まるシンシア達の前にコップを置いた。

「こちら、村の特産物でもあるレッドベリーから搾り取ったジュースでございます」

大きなピッチャーからコップへジュースを注いでいく。

「んじゃ俺も風呂入ってくるかな」

いまも遠くから激しい物音がするのに、ダインもサラもいつも通りの様子だ。

「あ、あの…おじ様とおば様は…」

さすがに気になってシンシアが尋ねるものの、サラは「いつものことですので」という。

「親父はいつも冗談ばっか言ってるから、あんま真面目に受け取らなくていいよ」

ダインもそう彼女たちに笑いかけ、そのまま風呂場へと歩いていった。



ダインは湯船に浸かりつつ、今後の予定を頭の中で組み立てていた。

夕飯を食べた後、何かイベントを催した方が良いか。それともすぐに就寝した方が良いか。

他にシンシア達に伝えるべきことはないか、しかし話ばかりなのもつまらないんじゃないだろうか。

ダインは今回初めて友達を家に招待した。浮かれ気味なのは自分でも分かっているが、しかし彼女達が本当に楽しんでくれているかはまだ分からない。

せっかく泊まりに来てくれたんだ。来て良かったと思ってもらえるような何かをすべきではないだろうか。

おもてなしの心が芽生えてきた彼は、しばしそのまま考え込んでしまう。

シンシア達が喜んでくれること。彼女達が喜びそうなこと。

そのうち、回りまわってシンシア達自体のことにまで考えが及んでいた。

両親もサラも、口を揃えてシンシア達のことを可愛いといっていた。

実際ダイン自身もそう思っていたし、しかも性格も良くて料理上手。

当然男子連中が放っておくはずがなく、シンシアのことが気になっていると漏れ聞いたことがある彼は、どうして彼女達はここまで自分に親身になってくれるのか、という疑問に行き着いた。

もっと金持ちの、強い魔法が使えて自分などよりもっと優しい男なんて校内にも何人かいるはず。

シンシア達がその気になれば、そんな男達と付き合うことなんて簡単なはずなのに。

なのにどうして自分を気にかけてくれるのだろう。陰口を叩かれ校内じゃ疎まれている自分と、どうして友達でいてくれるのだろう。

シンシア達のこれまでの言動を思い浮かべながら、彼女達の心情を推し量ろうとするダイン。

しかしそれは考えるまでもないことだった。裏表がないからか、シンシア達は本当に分かりやすいのだから。

優しくて思いやりがあって、だからこそダインのことを放っておけなくて友達でいてくれているのだ。

決して当たり前なことではない。運よく、たまたま自分を見つけてくれたに過ぎない。

もっともっと、感謝の気持ちを抱きながらシンシア達をもてなさなければ。

そう思ったときだった。浴室のドアが開き、全裸のジーグが顔をしかめながら入ってきた。

「いちち…しーちゃんめ、相変わらず加減を知らん…」

シエスタの折檻はよほど強いものだったのだろう。

風呂場の椅子に腰を下ろすその背中には、シエスタのものと思われる真っ赤な手跡が無数につけられている。

「若い女子などそうそう接する機会がなかったから、たまたま昂ぶっただけだというのに…」

「いやそりゃ問題だろ」

冷静に突っ込むダインの声を笑って受け止めながら、ジーグは体を洗い始める。

「話は戻るがダイン」洗う手を止めずジーグが話しかけてきた。

「本当にあの子達のことは何とも思っていないのか?」

突然の恋バナだ。ダインは「いや、こんな風呂場で急に何言い出すんだよ」とジーグに背中を向ける。

「真面目な話だ。男二人になれる場などここぐらいしかないからな」話題を逸らす気はないのか、ジーグは続けた。「で、どうなんだ?」

「どうって言われても…」

ダインは再びジーグの背中に目を向ける。

彼の背中は、まるで岩の山脈を思わせるような猛々しい筋肉で覆われていた。

腕も大の男一人分ほどの太さがあり、足は屈強な競走馬のように引き締まっている。

若い時代には鍛錬に明け暮れていたらしく、その証拠が無数の傷跡となって彼の全身に刻まれていた。

ドラゴンを手玉に取ったのも頷けるほどの筋肉質な体つきを、一瞬尊敬の眼差しで見ていたダインだが、ジーグが振り返ってきたと同時につい顔を背けてしまう。

「お前も学校に行く前は色んな国へ行き様々な経験を積んできた。相手の気持ちが全く分からないような、そのような野暮な男に育てた覚えはないぞ」

事実であるだけに、ダインは何も反論できなかった。湯船に口まで浸かり、そのまま押し黙ってしまう。

確かに、ダインはシンシア達の気持ちには気づいていた。

分かりやすい彼女たちなのだ。吸魔のことやこれまでの言動を思い浮かべたら、その気付きは単なるうぬぼれでないことは明らかだ。

だが、かといってどうするんだと問われても、学校のことやガーゴ、ルシラのことなど、優先すべき問題がある以上そこまで考えが回らない。

「なるようにしかならねぇよ。これ以上悩みの種を増やしたくない」

はっきりと、しかし困惑したままいったダインに、ジーグは豪快に笑いだした。

「学生は悩むのが仕事のようなものだ。勉強に進路、友達に恋人。やることが沢山あるからな」

「だがこれだけは覚えておけ」大雑把に頭を洗い、シャワーで洗い流しながらジーグは続ける。

「悩むことは沢山あるだろうが、未来は一つしかない。慎重に選択すべきだ。お前が本当にしたいこと、やりたいことを優先し、自分を信じて突き進むが良い。若い時分は何事も勢いが大事だからな」

そのときのダインには、ジーグのいった意味が分からなかった。

「なんだそれ」

首をかしげるダインに、ジーグは「そのうち分かる」と、ダインに背中を見せながらそこを叩く。

よく分からないままでいるダインに広い背中を洗わせ、一緒に浴室を出た。


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