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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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二十一節、昼下がり

「え、あれと遊んでたの!?」

木漏れ日の降り注ぐ森の中、シンシアの声が木霊する。

「そうだよ」

振り返るダインの前方には、獣のような姿形をした真っ黒なモンスターがいた。

ハイキングの最中だった。サラとルシラを交えての中庭での昼食会はそれはそれは盛り上がり、高揚した気分のまま裏山のハイキングに出てのダインの一言だ。

「なんとなくそうなんじゃないかって思ってたんだが、あれってレギオスの残滓だったんだな」

「な、なんとなくって…」

驚くシンシアは青と白を基調にした制服のような格好をしていて、腰には真剣を携えている。

「あ、遊べるもの、なのかな…」

同じく驚愕しているニーニアは茶色いロングスカートのワンピース姿をしており、エプロンのような前掛けには多数のアイテムがぶら下がっていた。

「く、黒さが薄いので、確かに通常のモンスターと見紛うかもしれないとは思うのですが…」

ティエリアはドレスのような真っ白な衣服を身にまとっている。

朝言っていた通り、三人とも戦闘服に身を包んでいた。

どれも種族色の出た非常に可愛らしい格好をしているが、ダインの感想を聞くよりも彼の言葉に驚き固まっているようだ。

「ラビリンスで見たやつと似てたからさ、まさかな〜とは思ってたんだけど」

「で、でも、あっちは偽者みたいなものだから、こっちは本物…だよ?」

シンシアが驚くのも無理はない。

何しろ世界に点在するレギオスの残滓は、数多くいるモンスターの中でも特に強力な部類に入る。

退治するのに一つの軍隊をぶつけなければならない者も存在し、姿は様々だが意思の疎通はできないというのが常識だ。

動くものには見境なく襲い掛かるはずであるため、そんな凶悪な敵を前に“遊んでいた”はありえない。

「あ、遊んでいたっていうのは、退治していたっていう意味だよね?」

別の意味だろうとシンシアが問いかけるものの、ダインは「いや?」と首を振る。

「そのままの意味だよ。追いかけっこしたり腕相撲したり」

さすがに信じられなくなったシンシアは、隣にいたニーニアに「ニーニアちゃん、どう思う?」と尋ねている。

「わ、私もレギオスの残滓は見たことあるしその凶暴性も知ってるから、ありえない…と思うけど…」

「ですが、ダインさんなら恐らく…」そういったのはティエリアだ。

「そりゃたまに自我を失って襲い掛かってくることはあったけどさ、そん時はねじ伏せて落ち着くまで待ってたりしたかな」

その彼の台詞が真実だと証明するかのように、こちらを遠巻きに見ていた黒いモンスターはぷいと顔を他所へ向け、どこかへ歩いていった。

「…もしかして、ダイン君が強いから認めたっていうことかな?」

と、シンシア。

「あ、ボス猿的なあれ、かな?」

ニーニアはレギオスの残滓にも強さによるランク付けがあるのではと推察している。

「で、ですけれど、そもそも彼らには意思というものはあるのでしょうか…」

ティエリアは未だに信じられないといった顔をしていた。

裏山でモンスター相手に遊ぶことを日課にしていたダインにとっては、驚いている彼女たちの方こそ疑問だった。

「あいつらだって生き物なんだ。意思ぐらいはあるんじゃないのか?」

「それは…そう、なのかなぁ? 暴れまわっているイメージしかなかったんだけど…」

しかし確かに、ラビリンスで湧き出ていたモンスターはどれも動いてはいるものの意志は感じられなかったような気がする。

「地域によるのかな? 種族は同じだけど、住んでいる場所によっては凶暴性が低いとか…」

ニーニアの仮説が濃厚だと思ったのか、シンシアとティエリアは「そうかも」と頷いていた。

続けて他にどんなモンスターと遊んでいたのかダインに尋ねようとしたとき、側の草むらが大きく揺れだす。

そこから突如として現れたのは、全身に青い炎をまとわせた狼だった。

「グアアアアアァァァ!!」

咆哮を響かせながら、シンシア達に向け襲い掛かろうとする。

「うわあぁ!? ほ、ほほホンケル!?」

驚愕したシンシアが即座に聖剣を出そうとしたが、その前に狼の側面から激しい衝突音がした。

何もぶつかってないように見えるのに、狼の側面がひしゃげ、そのまま遥か彼方へ吹き飛ばされていく。

「オオオオォォォ…ンンンン…」

後には狼の遠吠えだけが木霊していた。

「え…え? い、いきなり飛んでいったよ?」

身構えたまま固まっていたシンシアは、すぐ隣で拳を突き出す動作をしていたダインに気付く。

「あ…ああ、く、空気の塊をぶつけたのです、ね」

ダインの動きが見えていたティエリアがいったところで、ダインは頷いた。

「ハイキングだっつったからな。戦闘はしないつもりだ。その可愛らしい服汚させたくはないし」

ちなみに魔力を使ったものが彼の“攻撃”であるため、単純な打撃や蹴りなどはその攻撃のうちに入らない。

枯渇状態への懸念もあるため、ごく限られた状況でしか魔力を使った攻撃はしないというのが、彼のポリシーでありサラの助言だった。

「楽にしてくれて良いよ。裏山は基本モンスターが多いけどさ、いまのところ苦労するような相手は…」

「ッガアアアアアアァァァァァ!!」

再び別の草むらが揺れ始め、黒い体毛に覆われた巨大な熊が出没する。

ダインは即座にその熊との距離を詰め、シンシアが「ば…!?」と何事か言い切る前に投げ飛ばしていた。

「…苦労する相手は、いまのところいないしさ」

そういい直すダインを驚愕のまま見つめていたシンシアは、「い、いまのってバグベアーだよね…?」とニーニアとティエリアに尋ねている。

「そ、そうだね…。体毛から考えて、かなりの上位種だったように思うけど…」

そんなシンシア達の会話を聞きながら、「っかしいな」とダインは首をかしげる。

「今日はなんかみんな荒れてんな」

先ほどダインが言った通り、この裏山はモンスターが多い。

が、これほど頻繁に襲い掛かってくることはこれまでなかった。

一歩進めば草むらが揺れ、モンスターが飛び出てきてはダインが吹き飛ばしていく。

空からも巨大な怪鳥が飛んできては空圧波で押し返し、地中から現れたモンスターは再び地中へ押し戻す。

遭遇するモンスターはどれも強敵の部類に入るはずだったが、ダインは首をかしげながらもその全てを一人で対処していった。

秒殺という言葉が遅いと感じるほどの速度でモンスターを追い払う彼には、もはや驚き以外の言葉が見つからない。

「いや、マジで多いな」

なおも不思議がるダインを見つめながら、ティエリアは「な、なるほど」と一人納得したようにいう。

「ダインさんの強さはこの山にあったということでしょうか」

もちろんヴァンプ族という種族的な強さはあるのだろうが、彼の地道な努力が実を結び、ここまで強くなったのだろう。

「あ、あはは。そうみたいですね」

同感だと笑うシンシアは、「でも」と笑顔のまま彼に尋ねた。

「倒さないんだね?」

「何をだ?」

「モンスターだよ」

一連の動きに彼の考えが伝わってきたシンシアは続ける。

「私のところじゃみんなモンスターは退治してるんだけど、ダイン君は違うんだね」

モンスターは人を襲う。どの種族にとっても天敵となりうる存在だ。

混乱期と比べれば今の世は平和だろうが、モンスターの脅威は昔から変わってない。犠牲者が年間で数百というところもある。

そのため、どの種族でもモンスターは排除するのが当たり前で、研究目的で捕まえることはあっても共存はできないというのが一般的な認識だ。

しかしヴァンプ族にとってはそうではない。どんなモンスターであれ、滅多なことでは殺すようなことはしないとダインはいった。

「親の教えでもあるからさ」

笑顔のまま言うダインに、シンシアは「教え?」と首をかしげる。

「聞く人によっちゃ偽善でしかないがな」

そう一言付け加え、親の教えというものをシンシア達に伝えた。

「モンスターにも命がある。これまでに生きてきた軌跡がある。簡単に強くなれる俺たちヴァンプ族だからこそ、命を粗末に扱うようなことはしてはいけないって教えさ」

確かに、それは聞く人によっては偽善だろう。

モンスターに身内を奪われ、嘆き悲しんでいる人の前でも同じことが言えるのかと激昂する人もいるかも知れない。

しかし、力がある者にはある者なりの苦悩がある。感情だけで動いていては余計な敵を作るし、あらぬ誤解を招き、思わぬ障害も出てきてしまう。

殺さず関わらず。それが、ヴァンプ族、いや、カールセン家の家訓であり、これまでに守り通してきたことなのだ。

「退魔師の育成も兼ねてるシンシアんところの道場じゃ、理解できないことかも知れないだろうがな」

というダインの言葉に、シンシアは「あう」と気まずそうな顔をする。

「いや、煽ってるわけじゃない」ダインはすかさずフォローに回った。「一族にはそれぞれ教えってものがある。ただ、俺のところはそうなんだってだけの話だよ。シンシアのところの流派を否定するつもりもないし、凶暴で融通の効きそうにないモンスターだったらさすがに倒すしさ」

無意味な殺生はしないだけだ。そのダインの言葉に、ティエリアは「優しいですね」と嬉しそうにいう。

「甘いんじゃないかとは思ってるよ」そこで彼は持論をいった。

「モンスターの蔓延ってるこの世の中、何も殺さずに生きていけるはずはない。身を守るために倒さなければならないときがあるだろうし、誰かを助けるために排除しなければならないときもある。相手にも命があるからといって、自分の大切なものを犠牲にしちゃ何の意味もない。俺だって殺さずを何が何でも守り通すつもりはないし、親からも強制されてはいないしさ」

「だから、仮に━━」ダインが続けようとしたとき、空から突如として巨大なモンスターが一行の前に立ちはだかった。

地揺れと共に現れたのは、山のような巨体をした、一つ目のモンスター。第三級の危険種であるサイクロプスだった。

「あ…!?」

驚くシンシア達に向け、巨木のような腕を振り下ろしてくる。

ダインはすかさず彼女たちの前に回りこみ、その振り下ろされた腕を片手で受け止めた。

ズシンという響きと共に、あまりの衝撃だったのか彼の両足が地面にめり込む。

想像を絶するほどの衝撃を受けたにもかかわらず、振り向くダインは涼しそうな笑顔だった。

「仮にお前等が危険な目に遭いそうなんだったら、その種は潰すよ」

サイクロプスの腹部から、強力な攻撃を受け止めた音とは桁違いの衝撃が走ったのはそのときだ。

モンスターは悲鳴を上げる間もなく空に打ち上げられ、あっという間に見えなくなる。

「しかしちょっと異常だなこれ。何かあんのかな」

そう呟きつつ、シンシア達の前を行きモンスターを蹴散らしていくダイン。

そんな彼の後姿を見つめるシンシア達は一様に顔を赤くさせており、しばしボーっと突っ立っていた。

相変わらず、彼は物事がはっきりとしている。

殺さずという誓いは立ててはいるものの、その誓いとシンシア達のどちらが大事か、当たり前のような顔ですでに決断していたのだ。

と同時にそこまで大切に思われているんだという事実に気付き、先ほどの彼の笑顔がとても眩しいものに思え、三人とも胸が激しく高鳴っている。

「もうちょっと行けば良い感じの川辺があるんだ。行こうぜ!」

やや遠目からダインが振り返っており、シンシア達はハッとして歩みを進めた。


しかしいくらダインが軽く蹴散らせるとはいっても、今日のモンスターの荒れ具合は尋常ではなかった。

山全体がモンスターハウスと化したかのような湧き具合で、さすがのダインもうんざりとした様子だ。

見かねたシンシアが加勢したのはそのときで、つられるようにニーニアとティエリアも戦闘に参加した。

「いや、汚れるから…」

ダインの遠慮した様子に、シンシアは「楽しそうだよ!」と笑いかけ、モンスターを倒すのではなくダインと同じように吹き飛ばすか退散に追い込ませていく。

「せっかくの戦闘服だから」

ダインに良い格好を見せたいという気持ちもあったのだろう。ニーニアも無理しない範囲で、攻撃用のアイテムを要所で用いて群がるモンスターを弾き飛ばしていく。

楽しいハイキングの予定がいつの間にか戦闘訓練になってしまったが、元気一杯に体を動かすシンシア達を見てダインも笑顔になった。

相手は本気で襲い掛かってきてはいたが、ダイン達一行はモンスターと遊んでいるような感覚で、それぞれの得意武器や得意魔法でモンスターを追い払う。

聖剣を使うシンシアは、その一振りで聖力が波動となってモンスター達に襲いかかり、数十体のモンスターをなぎ倒していく。

ニーニアが作った手袋には冷気が込められており、地面に触れただけで瞬く間に彼女の周囲が凍りつき、大量のモンスターを瞬時に冷凍させていく。

主に己の肉体のみで戦うダインとは違い、魔法を使った彼女たちの戦い方は見た目にも派手で美しく、彼は「すげぇ」と見とれてしまっていた。

素直に驚くダインに気を良くしたシンシアは、「こんなこともできるよっ!」と聖剣を振り上げた。

首から提げていたペリドットのペンダントが緑色の光を放ち、その聖剣に濃縮された風が纏いだす。

ペンダントは風の力が込められた、ニーニアお手製のものらしかった。

「ニーニアちゃんとの、合体技…だよっ!」

激しい風は、周囲の塵や砂を巻き込み互いに激しくぶつかり合っている。

やがて聖剣に帯電し始め、彼女が横一閃に聖剣を振った瞬間、その太刀筋が巨大な電撃となってモンスターをまとめて感電させた。

彼らは悲鳴を上げることも動くこともできず、そのまま激しく全身を震わせており、やがて地面にばたばたと倒れていく。

聖剣の光に多属性を使った色彩豊かな魔法だった。

「やっぱ魔法は派手でかっけぇな!」

少年のように目を輝かせたダインは、そのままシンシア達に顔を向ける。

「いつの間にそんな技開発してたんだ?」

シンシアは得意げに胸を反らせていった。

「私たちだってラビリンスで修行してるから」

自分たちも日々強くなってると言うシンシアに、ダインは「そうだな」と笑いかける。

「す、すごいですね…」

ティエリアはシンシアとニーニアの強さに圧倒されるばかりだった。

ダインと同じく目を輝かせていた彼女を見て、ダインはかねてから疑問だったことを口にする。

「そういや、先輩が魔法使って戦ってるところは見たことがなかったな」

ティエリアもセブンリンクスの生徒だ。ラビリンスに潜ることも当然あっただろうし、そこでの戦闘もしてきたはず。

エンジェ族をも凌駕する、奇跡の一族であるゴッド族の戦い方とはどのようなものか。

興味深そうなダインの視線を受けつつ、ティエリアは申し訳なさそうに言った。

「わ、私は他の方ほど派手な魔法は使えませんので…攻撃魔法もあまり得意では…」

スポーツ選手にも得意不得意があるように、魔法力があるからといって一律に誰しもが同じ魔法を使えるとは限らない。

特に精神によって効果に差が出る魔法は本人の性格に影響されがちで、ティエリアのように優しい性格の者は防御や回復の魔法に特化しており、誰かを傷つけるような魔法は一応は使えるものの、その効果は弱く殺傷力はないに等しい。

「強化魔法は使えますが、それもあまり派手ではありませんし…」

ダインに良い格好を見せたいのはティエリアも同じだ。だが地味な魔法しか使えないことに、彼女は少し落ち込んでいるようだった。

「いや、それでもいいよ。派手じゃなくて良いからさ、先輩の魔法見てみたいな」

ただ純粋に、ティエリアの魔法が見たいというダイン。

そんな彼の要望に断れるはずもなく、ティエリアはどこか緊張した面持ちで「で、では…」と恐縮しつつ一つの魔法を披露した。

おもむろに胸の辺りで手のひらを上に向けた彼女は、小声で何かの呪文を詠唱する。

するとその手のひらの上に小さな光の球が出現し、その光が突如として巨大化した。

戦闘を続けるダイン達一行を包み込み、全員が光を放ち始める。

「おおっ! これってバリアですか!」

シンシアは驚いたようにいった。

「は、はい」

それはどうやら物理バリアのようで、モンスターが近寄ってこない。いや、近づけないようだった。

モンスター達は悔しそうに咆哮を上げながら、そのバリアを力いっぱい叩いてる。

強力なモンスター群の、数十はくだらない数での攻撃だ。突進を繰り返したり、岩石をぶつけてきたりしている。

生半可なバリアではあっという間に打ち破られたはずなのに、彼女が張ったバリアはびくともしない。

「す、すごいですね…傷一つついてない…」

周囲を見回していたシンシアは、驚きの顔のままティエリアに聞いた。

「靭性はいくつなんですか?」

靭性とは壊れやすさのことだ。聞かれたティエリアはしばし思い出すような仕草になり、答える。

「以前学校の魔法力検査で測っていただいたときには、確か靭性は三百ほどだったと思います」

「さっ…!?」

シンシアはさらに驚愕の表情を浮かべ、そのまま固まっている。

「す…すごい…」

ニーニアも同様のリアクションで、すごい以外の言葉が見つからないようだ。

「ん? 靭性三百ってのはそんなになのか?」

ダインだけはいまいちピンときていない。靭性は何なのか知ってはいるものの、基準値がいくらなのかまでは知らないためだ。

「え〜と、ダイン君、この地上で一番硬くて壊れにくい材質が何なのか知ってる?」

シンシアの質問に、「ああ、知ってる」とダインは過去シエスタに教えてもらった一般常識を披露した。

「絶金剛石ってやつだろ? 混乱期のレギオスとの戦いで活躍したらしい太古の鉱物で、あらゆる攻撃を跳ね除けるほどの強度があるらしいな」

「うん。その通り」シンシアは笑った。「強度がすごすぎて、こぶし大の鉱物でも加工するのに数ヶ月かかるほどのものなんだけど…」

その続きを、驚愕した顔のまま話したのはニーニアだ。

「その絶金剛石は、靭性は二十ぐらい…だよ」

「二十? 二十っつーことは、先輩のバリアはその十五倍だから…」

未だ良く飲み込めてないダインに、シンシアは分かりやすく例えて言った。

「いますぐに天変地異が起こって周囲が全て壊滅したとしても、このバリア内にいる限り私たちは無傷じゃないかな…」

「…そりゃ、確かにすげぇな」

遅れて、ティエリアのシンプルだが尋常ではない魔法力の強さに気付いたダインは言う。

「あ、あの、何だか体も軽いような気がするんですが…」

と、ニーニア。

「あ、身体能力や魔法力の向上といった強化魔法も織り交ぜておりますので…」

「自動回復もできているはずです」と続けるティエリアの台詞を聞くごとに、シンシアもニーニアも開けっ放しの口をさらに大きく広げていく。

「こ、こんなところに最強のサポーターが…」

強化と自動回復機能つきの無敵バリア。字面だけで見ればチートとしか言えないだろう。

地味とティエリアは言っていたが、その効果はやはりゴッド族だった。

驚愕しっぱなしのシンシア達の視線に気付いたのか、ティエリアはやや謙遜するように「そこまででは」と首を振った。

「こ、これほどのバリアとなると聖力の消耗が激しいので、あまり長時間維持はできません…ゴッド族の中では弱いと思います。中には、天災レベルの魔法を使える方もいらっしゃいますし」

「いや、それでも先輩はすげぇよ」

素直に褒めるダインに、ティエリアはさらに顔を赤くし俯いてしまう。

その反応に笑ってしまったダインだが、バリア魔法というものに興味が引かれた彼はいった。

「な、先輩。ちょっとだけ聖力もらっていいか?」

「え?」

「俺も使ってみたいんだ。できるかどうかはわかんないけどさ」

バリアの外では未だにモンスターがダイン達に襲いかかろうと群がっている。

牙を剥き出しにしたままバリアを叩き、噛み付いたり壊そうとしている様はゾンビ映画を彷彿とさせる。

無数のアンデッドに取り囲まれたような絶望的な状況に見えるが、バリア内のダイン一行は何とものんびりとしていた。

「あ、は、はい。ど、どうぞ」

赤いままティエリアが体を向けてきたので、ダインは「じゃあ触るな」と一言断ってから彼女の手に触れた。

ティエリアから一定量の聖力を吸い取らせてもらい、ダインは即座に集中し始める。

ゴッド族が使う魔法は、他の追随を許さないほど強力なものが多い。

いくら聖力があったとしても、ゴッド族という血筋と素質があって始めて使用できるものもある。

地味だと言いながら披露したティエリアの魔法も同じで、通常であれば賢者クラスでしか使えないものだ。

それは相手の聖力を吸えるヴァンプ族でも例外ではないはずで、いくら聖力を吸ったとしても同じ魔法をそう易々と再現できるものではない。

だがいま、彼の周囲にはバリアが張り巡らされている。

ティエリアほど強い光を放ってはいないものの、それは確かに彼女が披露した防御魔法そのものだった。

「え、す、すごいです! ど、どうして使えるのですか?」

ティエリアは信じられないといった顔でダインに詰め寄る。

「いや、正直言って自分自身でも分からないんだよ」

ダインは笑いながら答えた。

「呪文とか、何となく頭に浮かぶだけでな」

「ラフィンちゃんの魔法も使えたもんね」

と、ラビリンスでの一件を思い出したシンシア。

ニーニアとティエリアに、少し前にあったことを楽しそうに伝えた。

「ダイン君、本当に何でもできちゃうんだね」

何故か嬉しそうな顔で言うニーニアに、ダインは「自分の魔法でも自分に効果がないのはあれなんだけどな」と同じく笑顔のまま肩をすくめる。

「他のヴァンプ族の人はここまでのことはできないはずだよ。ダイン君の何か固有技みたいなものでもあるのかな」

「ほ、本当にすごいです…」

そのとき、ティエリアから「あ」という声が漏れた。

「あの、ダインさん」

「ん?」

「ダインさんは、証を持っていないのですか?」

「証って…エレンディアのか?」

「は、はい。ダインさんほどの実力があるのなら、証があってもおかしくはないのですが。体のどこかにそれらしいアザなどはありませんでしょうか?」

体を見てこようとするティエリアに、ダインは笑いながら首を振った。

「先輩も良く知ってんだろ? 証を持つのはレギオスを封印した七英雄の種族たちだけだ。その種族の中にヴァンプ族はいないはずだぞ?」

「そ、それはそうなのですけど…」

そのとき彼女は、自分を不思議そうに見つめるシンシアとニーニアの視線を感じた。どうして急に証の話になったのか分からないようだ。

そういえば二人に伝えてなかったことを思い出し、ティエリアがセブンリンクスに通う切っ掛けも追加して、彼女たちに夢のことを伝えた。

「夢の中での声に従って、証を持つ人を集めている…?」

なおも不思議そうに首をかしげるシンシアに、ティエリアは「はい」と頷く。

「ですが、いまのところ証を持っている方は二名ほどしか分かっていないのです」

「二人?」初耳だったらしいダインが顔を向ける。「ラフィンは知ってるけど、もう一人は分かったのか?」

「あ、はい。以前それとなくラフィンさんとその話をしたときに、ラフィンさんからユーテリアさんも持っていると仰られまして」

「へぇ〜。あの女たら…いや、あの先輩がか」

「覚醒には至ってないらしいのですが、間違いはないと」

ティエリアはティエリアで独自に調べていたのだ。進展があったことは喜ばしいが、まだ半数もいってない。

「後五人か。まだまだだな」

「そう、ですね。なかなか見つかるものではありませんね」

バリアを維持しつつ、モンスターの群れをそのバリアで押しのけるようにしながらハイキングを続ける一行。

外野がうるさいのでシンシアがサイレンスの魔法を使ったすぐ後に、ニーニアが「あの」とダインとティエリアの間に入り込んできた。

「証を持つ人を集めてどうするんですか?」

素朴な疑問だった。だが、ティエリアはこれまで“声があったから”という抽象的な言葉に従ったまま動いてるだけで、目的のようなものは何も聞かされていない。

「全員揃えば何かが起こる、ということかな」

モンスターを黙らせついでに鈍足の魔法をかけてから、シンシアがいってきた。

「レギオスに関することなのは間違いないと思います。証を持つ方々は、レギオスを封印した七英雄に関係しているということでもあるのですから」

「だろうな」ダインは頷きつつ、シンシアとニーニアに向けていった。

「比較的時間のある学生のうちに集めてみたいんだ。先輩はそのためにセブンリンクスに入学したんだし、卒業すると仕事やら何やらで探す時間もなくなりそうだしさ」

「うん。協力はしてもいいんだけど…」シンシアはどこか難しそうな顔をしている。

「エレンディアの証って、いまはそれほど注目されてないからなぁ」

シンシアが語ったのは、平和ボケが続く現在を象徴したような内容だった。

かつては、レギオスに対抗できる唯一の存在だとして、エレンディアの証というのは重要視されていた。

神格化もされシンボルのような扱いを受けていたらしいが、数千年も平和が続きレギオスの脅威が御伽噺としてしか語り継がれなくなったいまは、証の現所有者が誰なのか気にしている人は少ない。

レギオスの残滓やモンスターといった、人類の脅威はまだ残ってはいる。

だが魔法の開発が進み武器防具も驚異的な進化を遂げた現在、証の力などに頼らなくても誰でも対処できるようになったのだ。

モンスターに対抗するための訓練プログラムも日々向上しているし、その中で天才的な戦闘スキルを持つ人材も多数輩出されてきた。

装備品の充実に天才の発掘。有事の際のシステムの構築にルール作り。

レギオスなど恐れるに足らずというかのような、完璧なまでの防衛システムはもはや磐石なものとなった。エレンディアの証はもう過去の栄光なのだ。

存在が薄くなった理由はさらにもうひとつある。それは、証の所有者の引継ぎが世襲制ではないということだ。

一つの種族につき、証が現れるのは一人というのは絶対だ。だが、その選出にはランダム性があり、必ずしも七英雄の子孫が引き継いでいるというわけではない。

どうしてそんなややこしいことになったのか、それこそ神のみぞ知るところなのだが、選定方法が謎なだけにいまどこの誰が証を持っているか分からない。

調べようにも、平和ボケのせいで証自体それほど重要視されてないため、見つけ出すことは至難の業に近いだろう。

証を持つラフィンとユーテリアがセブンリンクスにいるというのは奇跡に近いことだっただろうが、他の証を持つ者がセブンリンクスの生徒とは限らないし、同じ年齢とも限らない。

遠く最果ての地に住む老婆である可能性もある。生まれたばかりの赤子の可能性だってある。

「一応、私の周りでいないか探してみますけど…」

シンシアは言い、ニーニアも「私も探してみます」とやや難しそうな顔のままいってくる。

「お役に立てるかどうか分かりませんが…」

「あ、いえ、そこまで真剣になっていただかなくてもいいので」ティエリアは慌てたようにいった。

「見つかればいいな、という程度に考えていますので。集めてどうするということも私自身分かりませんし、夢は中等部時代に一度見たきりですし、そこまでの緊急性はいまのところ感じません」

あくまで何かのついでで、と付け加え、負担がないようにとお願いした。


そこで会話に区切りがつき、ティエリアが張り巡らせていたバリアが薄まってきたのもそのときだ。

やはりティエリアが言っていた通り、無敵バリアは聖力の消耗が著しいのだろう。

「次は俺が維持し続けてみるよ」ダインは引き続きバリア魔法を展開しようとするが、「いや俺じゃ数分と持たねぇか」と早々に諦める。

「あの、私からの供給を受け続けていれば維持も可能なのでは」

そうティエリアがいってきた。

「魔法の訓練も兼ねられそうですし、そうなさってはいかがでしょう?」

珍しくティエリアが意見を押し付けてくる。

ダインは気付かなかったのかもしれないが、彼女はまだサラに『種族的な相性の問題』と言われたことを気にしていたようだ。

自分とダインの仲はその程度のものではない。種族的な問題など、想いの力でクリアできるはず。

「そう負担ではありませんし、副作用のことも耐えてみせます。これはダインさん部の活動の一環でもあるのですから」

胸の前で両手を組み、さらにダインに詰め寄る様はいつになく真剣だ。

「い、いや」押され気味のダインは困ったように首を振る。

「今日は普通に休日なんだし、プライベートだろ? 部活動云々は学校の中だけでいいんじゃないか?」

ダインはダインで、サラから常習性や甘毒のことを聞かされたので、吸魔に対していつになく消極的だ。

軽く魔法力を使う程度には負担も軽いし、彼女たちから吸魔することに躊躇いはない。だがそれ以上となるとやはりサラの言葉が脳裏を過ぎる。

「大丈夫です!」

だが、ダインのそんな心配よりも信頼の証を確認したかったティエリアはさらに彼に詰め寄る。

「さぁ、ダインさん! バリアがいまにも切れそうですから、もっと吸魔なさってください!」

「いや、だから…」

「私も手伝うよ!」

そういってきたのはシンシアだ。ニーニアも近くにいる。

「プライベート云々関係なく、ダイン君部は楽しいから暇があればやりたいよ」

落ち込んでいたティエリアに、どうにか力になりたかったが故の申し出だ。だが、ダイン部をやりたいというのは本心に違いない。

「色々とやってみたいこともあるし…」

ニーニアも同意見だという。

「やってみたいこと?」

「人づてに吸魔できるのかなとか、できたとして何人まで同時に吸えるのかなとか」

「そう、それだよ! ずっと気になってたんだよそれ!」

よくぞ思い出させてくれたとばかりに、シンシアはニーニアの手を握った。

「学校帰りのダイン君部じゃ、くっついてたり手を握ったりしてるところ誰かに見られる可能性があるし、そこで変な噂が立つ可能性だってあるもん。ここなら誰かに見られる心配もないし、できないことをやってみようよ!」

本当に彼女たちは仲が良い。三人一緒にいるときは、一丸となって相手に意見を押し通そうとしてくる。

その内容が可愛らしいものばかりだから余計に性質が悪い。

ダインは毎度の事ながら折れるしかなく、仕方なく彼女たちと手を繋ぐ。

横一列になって山の中を歩く様は、夢見がちな少女が思い描いてそうなハイキングの風景そのものだ。

だがバリア外ではゾンビ映画よろしく凶暴なモンスターがバリアをぶち抜こうと暴れまわっており、別のモンスターと小競り合いが始まり阿鼻叫喚と化している。

「何なんだこの図は…」

思わず呟いてしまうダイン。周囲のシンシア達は顔を赤くさせており、人伝にダインから吸魔されてることに驚きつつも嬉しそうだった。

「な、何だか、ダイン君とシンシアちゃんから魔力吸われてるような感覚がするよ」

「あ、あはは。私もだよ」

「す、少しですけれど、みなさんの魔法力を感じて…こ、心地良いです…」

初夏の陽光のように和やかな空気の中、シンシア達の照れくさそうな笑い声が木霊する。

バリアの外ではモンスター達の雄叫びやうなり声が響き渡っている。

彼らの怒りの矛先は、どうも自分だけに向けられているのではないかと、そのときのダインは思った。

いや、きっと気のせいではないだろう。可愛い女性陣に囲まれた自分を羨んでいたのだ。

モンスターの気持ちに気づくはずもない彼女たち。この穏やかな空気を壊したくないため何も言えなくて、泣き叫んでいるようなモンスター達に向かってダインは心の中で「悪い」と詫びるしかなかった。



ダインのお勧めする絶景ポイントである水辺周辺は、早くもモンスターで溢れかえっていた。

こうも多くては落ち着いて涼めないとの判断で、ダインはシンシア達と一緒になって蹴散らしていったが、途中で何かを発見したシンシアが「あっ!?」と声を出す。

彼女の視線の先には、これまで対峙したどのモンスターよりも強大で獰猛なモンスターがいたのだ。

二本の足と手を地面に突き立て四つんばいになっているそれは、一見すると熊に近い。

しかしその体格はどのような種類の熊よりも巨大で、真っ黒な体毛を押し上げるようにして盛り上がった筋肉は、盛り上がりすぎでもはや異常とも言える。

その眼光は鋭く全身から異様な気配がしており、目が合ったシンシアは全身に緊張を走らせた。

「ちょ、ちょっと待って! 危険種がいる!」

それがどれほど強く危険なのか、モンスターに詳しいシンシアは警戒心を最大限にまで引き上げダイン達を後ろに回した。

「あ、あれは…キングバグベアーですか…!?」

その強さはティエリアもニーニアも知っていたらしい。思わず動きを止め、顔を引きつらせている。

周囲のモンスターもそのキングバグベアーにだけは警戒心を抱いていたのか、一定の距離を置いているようだ。

「わ、私が何とかするから…!」

慌てたように聖剣を構えようとするシンシア。「いや、俺が対処する」彼女を止めたのはダインだった。

「す、すごく強いよ!?」

「ああ、分かってる。大丈夫だ」

そう言いつつ、彼はそのキングバグベアーに向かって歩み始める。

敵がダインの姿を捉えた瞬間、そのモンスターは一直線に彼に襲い掛かっていった。

「ゴアアアアァァァァァッ!」

一歩進むたびに地面がめり込むほど重いのに、その動きは他のどのモンスターよりも速い。

瞬時にダインとの間合いを詰め熊手が振り下ろされ、ダインは即座にかわし、がら空きの腹部に向かって正拳突きを放つ。

他の敵ならワンパンだったろうに、そのモンスターはなんと飛び退いてダインの攻撃をかわしたではないか。

距離を置いた後、モンスターは再び突進を始め、ダインに体当たりをかます。

ダインは全身でその突進を受け止め、衝撃音と振動が広がり周囲のモンスターを震わせた。

突如始まったダインとキングバグベアーの激しい攻防に、シンシア含めその場に居合わせた全てが固唾を呑んで行方を見守っている。

やがてダインとモンスターはプロレスラーのように手を組み合い、力比べをしている。

「だ、大丈夫、かな…加勢した方がいいんじゃ…」

いよいよ見てられなくなったシンシアが駆け出そうとしたとき、なんとダインの方が力負けしてしまったのか、キングバグベアーの腕の中に収まってしまった。

「あ…!?」

食べられる…! とニーニアも駆け出そうとしたそのときだった。

「ははっ」

何故かそのモンスターの胸部からダインの笑い声がする。

「強くなってんじゃんお前!」

嬉しそうなダインの声に、モンスターは答えるかのように「がふがふ」と唸り声か何なのか分からないものを出している。

「筋肉もこんなについてさ。さすが俺が見込んだだけはある!」

ダインの言葉は分かるのか、モンスターは嬉しそうだ。傍目には襲われているようにしか見えないが、モンスターも嬉しそうにダインの頭に頬擦りしていた。

「あ…あれ…?」

急に展開が変わったことに、シンシア達は疑問符を浮かべている。

モンスター達も困惑しているのか、動きはない。

やがて彼ら…いや、彼と一匹は体を離し、シンシア達の元へやってきた。

「紹介するよ。俺のダチだ」

と、ダインは後ろのキングバグベアーを親指で差しながらいった。

「え、だ、だちって…え?」

「俺の良い修行相手だったんだ。初めは本気の殴り合いしてたんだが、気付けばこうなっちまってさ」

キングバグベアーは見た目の割りに知能が高い。ダインの言葉はやはり分かるのか、そのまま大人しく地面に座った。

「と、友達っていう…こと? き、キングバグベアーと?」

「そう」

「き、危険種で、人類の天敵っていわれてるほどの…?」

「他所の奴はそうかも知れないが、こいつは違うよ」

キングバグベアーに向かって、ダインは目配せをする。

それだけで意思疎通ができたのか、そのモンスターは立ち上がり、のそのそとした動作でシンシア達の目の前までやってきた。

「ひゃ…!?」

驚き慄くシンシア達に向かって、キングバグベアーは会釈するかのように頭を下げる。

そしてシンシアのスカートの辺りに鼻を寄せ、匂いを嗅いでからぺろりと手を舐めた。

「ひゃわっ!?」

驚くシンシアに構わず、同じ動作をニーニアとティエリアにもしている。

「よければ撫でてやってくれ」ダインは笑いながらいった。

「筋肉のつきすぎで頭の後ろに手が回らないらしくてさ、その辺り触ってやると喜ぶよ」

「え…こ、こう?」

ニーニアが恐る恐るといった様子で、モンスターの後頭部辺りを撫でる。

すると彼は頭を何度も上下させ、「がふがふ」と嬉しそうな声を出した。

「気持ちいいってさ」モンスターの声を代弁するようにダインはいった。

「良かったらシンシアと先輩も、ほら」

「え、あ…う、うん…」

「で、では…」

シンシアとティエリアにも撫でてもらい、モンスターはさらに嬉しそうに頭を上下に振っている。

「獰猛だってのは俺も知ってたけど、よく見りゃ可愛いだろ?」

「そ、それはそう、だけど…」

未だ信じられないといった顔のまま、シンシアはダインに尋ねた。

「だ、ダイン君って、モンスターの言葉とか分かるの?」

それもヴァンプ族の隠された特殊能力なのだろうか。

そう思ったが、ダインは「いや?」と笑顔のまま首を左右に振った。

「こいつとはそこそこ長い付き合いだからな。何となく分かるだけだ」

「そ、そうなんだ…す、すごいね…危険種なのに、手なずけるなんて…」

「いや、ペットとかそんなんじゃない」それだけは否定しようと、ダインは口を挟む。

「こいつとはあくまで対等な関係だ。お互い深入りとかしないし、こうして居合わせられたら一緒に行動するぐらいでな」

確かに、そのキングバグベアーはダインを恐れているようには見えない。

言動こそ懐いているように見えるが、服従している素振りも、脅威を感じているようにも見えない。

彼の厳ついが凛とした顔つきから、動物界の中で最強種であるという誇りを持っているようにシンシア達には映った。

「ぐぁがう」

そのモンスターはダインの方に向き、何か言いたげに口を動かす。

「はは、そうか」

ダインはまた笑って彼の後頭部を撫でた。

「お前たちのこと気に入ったみたいだ。撫で方が優しくて合格点らしいぞ」

「え、あ、そ、それは…ど、どうも…?」

おずおずと頭を下げるシンシア達に向かって、キングバグベアーはおかわりを希望しようと頭を差し出してきた。

シンシア達は再び彼の頭部を撫でようとしたが、それまでずっと遠巻きに見ていたモンスターが動き出す。

キングバグベアーもダイン一行の仲間だと思ったのか、一斉に襲い掛かってきた。

「ガアアアアアァァァァァッ!!」

誰よりも速く反応したのは、そのキングバグベアーだった。

振り向くなり大木より太い腕を振り、襲い来るモンスターを数十体単位で一気になぎ払う。

「グオオオオオオオォォォォッ!!」

邪魔するなとばかりに咆哮を上げ、モンスターの一団に向かって突進を始めた。

「す…すごい…」

「あいつがいたら百人力だ。俺たちも行こうぜ!」

「あ…う、うんっ!」

大きく頷いたシンシアは聖剣を構え、ダインと一緒にキングバグベアーの後に続く。

「先輩とニーニアはバリア張ってゆっくりしといてくれ! すぐ終わる!」

そう彼女たちに伝えてから、ダインとシンシア、そしてキングバグベアーを交えての掃討作戦が始まった。

キングバグベアーの攻撃は大振りが目立ちどうしても隙ができてしまう。そこをすかさずシンシアがフォローに周り、背後から襲おうとするモンスターを蹴散らしていく。

連戦が続いたためシンシアも隙が出来てしまったが、彼女の背中を庇うようにしてキングバグベアーが回り込み、襲い掛かるモンスターを体当たりで吹き飛ばし豪腕でねじ伏せていく。

互いに助け合い、隙を埋めあうような立ち振る舞いを続けているうち、戸惑いっぱなしだったシンシアはいつの間にか笑顔になっていた。

「キングバグベアーと共闘するなんて初めてだよ!」

数あるモンスターの中でもかなりの上位種であるキングバグベアーとの共闘など、シンシアにとっては全く予想だにしない展開だったのだろう。

驚きでしかなかったようだが、力にものをいわせた彼の戦闘スタイルは豪快の一言に尽き、見ていて全く飽きない。

言葉が通じず意志の疎通すらままならないはずなのに、それでも何故か息の合った連係プレーが連続して起きてしまう。

「ダイン君、後は任せて! ベアちゃんともっと共闘したいから!」

いつしか戦闘自体が楽しくて仕方なくなっていたシンシアは、残りのモンスターも全部片付けたいとまで言い始める。

あいつと一緒なら問題ないだろう。そう思ったダインは、「ほどほどにな」と笑顔で返事しながらニーニアとティエリアの元へ戻った。

回復したティエリアが再びバリアを張り巡らせていたため、バリア内は一応平和ではあった。が、ティエリアの周囲では少し妙なことになっていた。

「あ、だ、ダインさ…ひゃぁ!?」

ダインを見つけ声をかけようとした瞬間、彼女の目の前に丸々と太ったウモウスズメが一匹降り立つ。

その一匹だけではない。彼女の周囲には、ヤワラカジカやモフギツネといった、本来ならば臆病で人前に姿を見せないはずの動物が多数いた。

「これは…どういう状況なんだ?」

ダインの質問に、ニーニアも困惑したまま答えた。

「た、多分、バリアの中は絶対に安全だと分かったから、出てきたんじゃないかな」

「あー、なるほど」

バリアからティエリアの聖力を感じ、近くにいればもっと安全だと思ったからティエリアの周囲に集まりだしたのだろう。

座り込んでしまったティエリアの両肩にウモウスズメがおり、頭にも一匹いる。

背中や腕にはヤワラカジカやモフギツネが体を擦り付け甘えており、側にいるツブラナウサギやデカメリスがティエリアの膝上を狙って小競り合いが始まっている。

「あ、あの…じゅ、順番、順番で…」

ティエリアはそう言うしかなく、争いを止めさせようと手を出した瞬間、その隙を狙って撫でてもらおうと別の動物が頭を差し出してきていた。

その数は増える一方で、ティエリアの小柄な体はあっという間に動物たちに埋もれ見えなくなる。

「た…助けた方がいいかな…?」

ニーニアが聞いてくるが、ダインは「まぁ…無害な奴らだし大丈夫だろ」と返した。

それよりもと、彼はニーニアに顔を向け申し訳なさそうにいう。

「こんなはずじゃなかったんだ。普通のハイキングを予定していたつもりだったんだが…」

シンシアは戦闘に明け暮れており、ティエリアは動物に埋もれている。

もっとのんびりとしたハイキングを想定していたのに、結局彼女たちの戦闘服を汚す羽目になってしまった。

「あのままルシラと遊んでた方が良かったよな」

若干後悔するダインに向かって、ニーニアは「大丈夫だよ」と笑いかけた。

「驚きっぱなしだけど、みんな楽しそうだよ。私も楽しいし、こんなハイキングはあってもいいと思う」

「そう、か?」

「うん。他の山では絶対に経験できないことばかりだから」

そう話すニーニアはずっと笑顔で、気を使っているようにも見えない。

「まぁ楽しんでくれてるならいいんだけどさ」

ティエリアは相変わらず動物にもみくちゃにされており、シンシアはキングバグベアーの背に乗りモンスター集団相手に無双している。

どちらも大変そうだが顔は満面の笑顔だ。

想定していたものとは全く違う展開に気を揉んでいたダインだったが、彼女たちの笑顔を見て若干肩の荷が下りた。

「あ、そうだ。ハイキングだって聞いてたから、持ってきてたものがあるんだった」

ニーニアは思い出したように手を叩き、ダインに川辺にいこうといってきた。

「山の中でよく釣りするとも聞いてたから、面白そうなアイテム作ってきたんだよ」

川辺付近の岩場に腰を下ろしたとき、ニーニアが肩から提げていた大きめのバッグから何かを取り出す。

「ほう、釣竿か」

ドワ族のニーニアが作ってきたものなんだ。見た目は普通の釣竿だが、何かしらギミックが仕込まれているはずだ。

「何か仕掛けがあるんだろ」

にやりとしたまま尋ねると、彼女は笑顔で頷いた。

「電撃の魔法が込められた、伸縮自在な釣竿だよ。麻痺竿って名前つけてみたんだけど…」

「使ってみていいか?」

「うん。あ、針先に餌の匂いがついてるから、そのまま垂らしたら釣れるはずだよ」

「マジか」

ニーニアからその釣竿を受け取り、早速使ってみる。

水面に垂らし、餌の匂いが強いのかすぐに魚が寄ってきた。

魚は躊躇うことなく針に食いつき、その瞬間魚の全身が震えだす。

そこそこ強い電流だったのか、一秒とかからず魚は麻痺して動かなくなった。

「すげぇ」

ものの五秒で魚が釣れたことに、ダインは驚きを隠せない。

「あ、保存袋も作ってみたよ。冷気込めてあるから、生きたまま瞬間冷凍できるの」

と、ニーニアが見せてきた袋は透明なビニール製の袋だ。

「あとこっちの袋は風の力を込めたもので、入れた瞬間に三枚卸ししてくれるはずだよ」

「そんなのもあんのか!?」

驚くダインを見て、ニーニアはまた笑う。

「普通のビニール袋じゃすぐに破れたりするんだけど、ハイレジスタンスツリーっていう材木から採れる樹脂を使うとある程度魔法に耐えることができるから、それとミラクル油液っていう特殊素材と組み合わせると魔力の循環も可能になってね。素材の形状と捌き方をプログラムしたデータを携帯通信機に入れて、その袋に仕込んだスキャンシートと連動できるようにすれば誰にでも…」

そう話している途中で、ダインの笑顔に気付きハッとする。

「あ、ご、ごめんなさい。急に変なこと喋りだして…」

いままでニーニアがこれほどまで饒舌になったことはない。

説明に熱が入ってしまったと彼女も気付いたのだろう。恥ずかしそうに俯いてしまった。

「はは。謝る必要なんかないよ。面白いよ」

やっぱりニーニアもドワ族なんだな、とダインは笑って続けた。

「何でも作れるお前を見て、前々からすげぇ奴だなって思ってたんだよ。正直に言って尊敬してる」

嘘偽りないダインの真っ直ぐな言葉に、ニーニアはさらに顔を赤くさせてしまった。

「そ、そんなこと…これぐらい、工房にいる職人さんならみんなできることだから」

謙遜するニーニアを、ダインは「それでもだ」と言って、食べる予定ではなかったため釣った魚をリリースする。

「料理作ったり植物の世話したり色々してるけど、やっぱ不器用なのはなかなか直らなくてさ。でも不器用だからこそ、何かを作る難しさっていうのは分かってるつもりだ」

優しくニーニアに笑いかけたまま、彼は続ける。

「もちろん発案するのも大変だし、イメージが浮かんだとしてもそれを扱いやすい形にするにはどうすればいいのか。それは目的どおりの性能なのか。材料は、作り方は。設計から何から何まで自作なんだろ? すげぇよお前は」

アイテム製作というのは、ドワ族にとってはできて当たり前のことなのかもしれない。だがそれは決して簡単なことなのではないとダインはいった。

「はっきりいって羨ましいよ。ものが作れるっていうのは。俺も器用になれたらいいんだけどな」

釣竿を返してくるダインを見て、ニーニアは「あ、じゃ、じゃあ」と顔を赤くしたまま提案した。

「こ、今度、私のところの工房見てみたらどう…かなぁ」

「ん? 工房って、リステニア工房か?」

「う、うん。ダイン君さえよければ、だけど」

そこでサラにリステニア工房について説明されたことを思い出したダインはいった。

「確かそこって部外者は立ち入り禁止じゃなかったか?」

モノづくりは何よりもオリジナリティが求められる。情報漏えいは一番気を使っているはずだ。

特に技術力の最先端を行くリステニア工房は、セキュリティがかなり厳重だとダインは聞いていた。

「昔はそうだったけど、いまは違うよ」

ニーニアは笑いながら首を振る。

「見学に来てモノづくりに興味を持ってもらわないと、職人さんがどんどん減っていっちゃうから」

彼女の語り口からそこまで深刻なものではないのだろうが、人手不足なのだろうということは読み取れた。

「俺でも見学して良いのなら、お願いしたいところだぞ?」

最高峰の技術力を持つ、リステニア工房の見学。プロフェッショナルの工作現場を見れる機会などそうそうない。

村の名産品に一役買いたかったダインにとっては願ってもないことだった。

「じゃあ明日にでも両親に話しておくね」

「そんときはよろしくな」

「ふふ、うん」

頷くニーニアは未だに顔は赤いものの、実家にダインが来てくれることが決まりかなり嬉しそうだ。

早くも日取りを決めようとした彼女だが、背後からダインを呼ぶシンシアの声が聞こえたところで会話が切れてしまった。

「ま、まずいよダイン君!」

相変わらずキングバグベアーに()()していたシンシアは、そのままダイン達のところまでやってくる。

「モンスターが減るどころか増える一方だよ!」

確かにシンシアの説明どおり、あれだけ暴れたはずなのにバリア外は多数のモンスターで埋め尽くされている。

どこから湧いているのか分からないが、レギオスの残滓もちらほら見えていた。

明らかに異常だ。原因の究明に乗り出しても良いが、空がいつの間にか赤くなっているため今日はもう無理だろう。

「ちょうど良い時間だし帰るか」

ニーニアと一緒に立ち上がり、岩場を降りる。

「あ、あの、だ、ダインさん、そろそろ、私も聖力が…」

髪をぼさぼさにし、体中動物の毛だらけになっていたティエリアもいつの間にかダインの側まで来ていた。

危険を察知したのか、彼女に群がっていた動物たちは別の場所へ逃げていったのだろう。

「ああ、帰ろう。ちょっと遊びすぎたな」

「だ、大丈夫かな」

帰路に着こうとしたとき、シンシアが不安を口にする。

「結構山の奥まで来ちゃったし、帰る頃には真っ暗になるんじゃ…それに、モンスターも沢山いるし…」

少し危険ではないだろうか。

そんな彼女の心配を、ダインは笑い飛ばした。

「来た道そのまま引き返すとそうだろうが、問題ないよ」

「え?」

「飛んで帰りゃいいんだよ」

「え、と、飛ぶって?」

ダインはシンシアとニーニア、それからティエリアを近くに寄らせる。

「ど、どうするの? ティエリア先輩以外はみんな飛べないよ?」

「いや」

首を振りつつ、ダインは彼女達をまとめて抱き寄せた。

キングバグベアーはダインが何をしようとしてるのか分かるのか、彼の背後に回りその背中にのしかかる。

「俺が言う、飛ぶっつーのは…」

ダインはそのまま深く膝を曲げ、大地を踏みしめた。

地面から地割れのような音がし、亀裂が走るほど窪んだ次の瞬間、大地を蹴る音と共に彼女たちは天高く舞い上がる。

ダインが跳躍しただけだった。周囲にあった木々もモンスター群も、気付けば遥か下にあり点のようになっている。

「う、うわーーーーーー!!!」

シンシア達は揃って驚きとも感動とも取れない声を発していた。

「いつも帰るときはこうしてるんだよ!」

風音を切るようにしてダインが叫ぶ。

「走ってもいいんだけど、後ろの奴がこれが好きでさ!」

後ろの奴、と言われたキングバグベアーは、眼下に広がる山を見下ろしながら咆哮を上げていた。

まるで自分がこの世の王だと言わんばかりの叫び方で、周囲に何も障害物がないためその咆哮はどこまでも響き渡っている。

言葉どおり天に届くのではないかというほど跳躍しているので、地平線がはっきりと見える。

言うなればパラシュート無しのスカイダイビングに近い。飛行手段を持たない種族なら恐怖でしかないだろうが、

「あはは、分かるよ!」シンシアは笑顔だった。

「すごい気持ちの良い眺めだね!」

ダインがジャンプしただけだから。彼に抱かれているから。

絶対的な安心感があるから、初めは驚きこそあったもののみんな笑顔になっていた。

遮蔽物が何も無いため、夕日がはっきりと見える。晴れ渡った空は赤とオレンジのグラデーションが視界いっぱいに広がっており、眼下は全てが黄金色に染め上がっている。

「こ、こんなに高いところまで飛んだの初めてだよ!」

おっかなびっくりとしたニーニアは、ダインにしっかりとしがみつきながら彼に笑いかけている。

「先輩は見慣れた景色だろうがな!」

「い、いえ! 私もこれほど高く飛んだことはないので…!」

ティエリアも初めて見る景色に感嘆の声を漏らしていた。

「転移魔法で先に帰っててもらっても良かったんだけど、こっちの方が楽しいだろ!?」

「眺め最高だしさ!」そう言うダインは地平線に浮かぶ夕日を満足そうに眺めている。

少年のような屈託のない笑顔だった。

シンシア達も最初は夕日に見とれていたが、気付けば夕日に染め上がる彼の横顔を、ぽーっとした表情で見つめてしまっている。

それぞれがはっきりとした胸の鼓動を感じ、顔の熱さに黙り込んでしまっていると、彼は突然「ん?」と声を出した。

何かを見つけたような顔で、彼女たちも前方に顔を向ける。

頂点を過ぎ、目的地へ下降を始めたときだった。遥か遠く、ダイン達と同じ高さの辺りに、黒い点が浮かんでいるのが見える。

その点は凄まじいスピードでこちらまで迫ってきており、それが何なのか確認する間もなく“それ”は目の前までやってきた。

真っ赤な鱗に全身を覆われた、トカゲのようなモンスター。

トカゲのような外見だが、その体格は大国を収める城ほどはあろうかという、超がつくほどの馬鹿でかい…ドラゴンだった。

「うおおおおおぉぉぉ!?」

「ええええぇぇぇぇぇ!?」

誰もが予想しないタイミングで、誰もが予想できないモンスターの出現に、ダインとシンシア達の驚愕の声が重なる。

が、ドラゴンは何故かダイン一行に一瞥もくれずに、ジェット機が通り過ぎるような轟音を残したまま通り過ぎていく。

「え…?」

とシンシアが声を発している間に、本当に凄まじいスピードで飛んでいたのか、ドラゴンはあっという間に点になって見えなくなった。

「え…え…?」

下降速度が増し、ジェットコースターで表現すれば一番怖い瞬間であるはずなのに、彼女たちは気にする余裕はない。

「な、なん…何だったのあれ?」と、シンシア。

「ど、ドラゴン…だったよね?」ニーニアは驚愕の表情のままだ。

「あ、あのシルエットはどこかで見たことがあるような…」風に長い髪をなびかせつつ、ティエリアは考え込んでいる。

「赤くて巨大なドラゴン…赤…あっ!」

思い出したのか、目を丸くさせダインを見上げた。

「れ、レギオスが使役していたドラゴンです! ヴォルケインという灼熱のドラゴンだったはず…」

「う、嘘…!?」

シンシアも驚愕した顔のままいったが、ティエリアは「見間違いでなければ…」と付け加える。

「文献に描かれていた、七竜と姿形が全く同じでした」

「ふ、復活したっていうことかな?」ドラゴンが過ぎ去った方角を再度確認したニーニアは、少し慌てたようにいう。

「あの方角って、確かエル族の人達がいる大陸があったはずじゃ…」

「え、そ、それってかなりまずいんじゃ…! 襲撃しにいったとか…!」

早くも誰かに連絡しようとしたシンシアだが、ダインは「ちょっと待て」と止めさせた。

「一瞬だったけど、でもさっきの奴は自分の意思で飛んでいるようには見えなかったぞ?」

「え、ど、どういうこと?」

「いやほら、普通飛行能力のある奴が飛ぶときって、大体うつ伏せみたいな状態のまま、羽ばたかせるために翼を上に向けるじゃん」

「う、うん」

「でもさっきの奴、その翼を進行方向に向けてたぞ」

先ほどのドラゴンの体勢を思い出したダインは続けた。

「背中向きのまま、前に飛んでったような姿勢だったと思うんだけど」

自分の意思で飛んでいるのではなく、まるで誰かに()()()()()()()()()ような姿勢だった。

そうダインが言うと、「え、あ、ちょ、ちょっと待って」シンシアは何事か思い出したのか、慌てていった。

「ヴォルケインって、ちょっと前に復活騒ぎのあったドラゴンじゃ…」

「あ!? そ、そうだよ!」ニーニアも思い出したのか、また目を丸くさせる。

「シンシアちゃんのお姉ちゃんと、もう一人の誰かが退治したって話だったはずだよ?」

「で、ですけど、先ほどのドラゴンは確かにヴォルケインだったように思います」

「え…ど、どういうこと…?」

地上が迫り、ダインが彼女たちとキングバグベアーに衝撃が及ばないよう上手に着地する。

シンシア達を放し、キングバグベアーが再び満足げな鳴き声を発しながら、のっそのっそと帰っていっても、彼女たちは立ち尽くしたまま思案していた。

「あれは一体…」

思わず全員が腕を組んで考え込んでしまった、そのときだった。

「お、ダインか? こんなところに突っ立ってどうしたのだ?」

山の入り口の反対側にある獣道から、知った男の声がした。

「え、あ、ああ、親父か」

現れたのは荷物を大量に抱えたジーグと、その背後から手提げカバンをいくつかぶら下げたシエスタだった。

「いま帰ってきたのか」

「ええ。そうだけど…こちらの可愛らしい方々は、ダインのお友達かしら?」

突然のダインの両親の登場に、ドラゴンのこともあり彼女たちは混乱してしまう。

だが挨拶の方が先だと思い直した彼女たちは、それぞれ簡単に自己紹介を済ませた。

「ええ、こちらこそよろしくね。サラさんから話は聞いているわ。一緒に帰りましょう」

と、シエスタが先導し歩こうとしたが、ダイン達の困惑した顔つきに疑問を感じた彼女はどうしたのか尋ねる。

「いや、さっきジャンプして帰ってきたんだけど…上にドラゴンがいてさ」

突拍子もない話だったはずだが、どういうわけかシエスタもジーグも驚かない。

「ああ、あれか」

何か知った風な言い方に、今度はダインの方が疑問を抱く。

「あれかって…あれってドラゴン、なんだよな? ヴォルケインってやつなんだろ?」

「いかにも」ジーグは簡単に答えた。「正真正銘、本物の七竜がひとつ。消えぬ炎で何もかも焼き尽くす灼熱のドラゴン、ヴォルケインだ」

思わず固まってしまうダイン達。そんな彼らに、ジーグはさらに困惑するようなことをいった。

「いまは“お手玉中”でな。ようやく封印方陣が完成したらしいから帰って来れたのだ」

「いや…お手玉ってなんだ?」

「そのままの意味だ」ジーグは大量の荷物を抱えなおす。「二、三日置きに投げ続けなければならんから割と面倒でな。ようやく解放されて一息ついたところなのだ」

状況が飲み込めないのはダインだけではない。ニーニアもシンシアもティエリアも、ジーグが何を言っているのか全く分からなかった。

「えー、あー…じゃあ何か?」飛んでいたドラゴンの姿勢とジーグの言葉からどうにか咀嚼できたダインは、要約して尋ねる。

「上空にいたヴォルケインは、飛んでいるんじゃなく定期的に投げ飛ばされていたってことか?」

「うむ」

「何日間も?」

「そうだ。ある程度勢いがなければ、暴れてしまうのでな。それに誰にも見つからないほどの高い位置でお手玉するのが、なかなか骨の折れる作業でなぁ」

伝説のドラゴンを、文字通り上空で“お手玉”していたとジーグ。

「え、と…さ、さすがに冗談、だよね…?」

シンシアはダインにこっそりといってきた。

「そんな…レギオスの使途を…みんな苦労してようやく封印できたドラゴンを、ボールみたいに…」

「普通の感覚なら、そうだよな…」

ダインも信じられないといった顔だが、しかしジーグの言っていることを冗談として受け止めている顔ではない。

「昔からさ、親父は俺の想像の遥か上を行っちまうんだよ…親父にかかりゃ、できないことはないんじゃないかな…」

どういう顔をすればいいか分からないシンシア達に、場を仕切るように「はいはい」と手を叩いたのはシエスタだ。

「みんなひどい格好じゃない。お客様に立ち話させておくわけにはいかないし、積もる話は中でしましょう」

そういって先導して歩き出す。

帰路につく間、ダイン達は始終困惑した表情を浮かべていた。


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