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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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二節、希少種の特徴


「それで、どうなったのですか?」

学校から家に帰り、早速入学式のことを尋ねてきたサラが続きを促してくる。

「どうもこうも、生徒はざわつくばかりだし先生は静かにしろと叫ぶばかりだし、滅茶苦茶だったよ」

すぐ終わるかと思われた入学式は一時間以上伸びてしまい、結局帰ってこれたのは昼過ぎだ。

ダインはため息を吐きながらカバンをサラに渡し、共にダイニングルームへ向かう。

彼女が用意してくれていた昼食の前に座り、早速パンにかじりついた。

「入学式に新入生と現生徒会長の交代ですか…その展開はさすがに予想できませんでしたね」

ジュースの入ったコップを持ってきてくれたサラは、どことなく楽しげだ。

予想外の展開や常識外の出来事など、ほぼ家事仕事で屋敷から出ないサラにとっては貴重な刺激物なのだろう。

「まぁあの先輩が独断で承諾したっぽいから、先生連中の反対もあるだろうし簡単にはいかないだろ」

「しかし何故承諾したのでしょう?」

当然の疑問をサラは口にする。

「セブンリンクスの生徒会長など、いくら望んでも簡単になることはできないはずです。聞いたところによると、生徒会長を務め上げた生徒はどこに就職するにしてもかなり有利なポジションの立場に就けるはず。オファーも断りきれないほど来るそうですし、将来を考えれば辞退する理由などないはずですが」

確かに将来を考えるならば、サラの言う通りだ。

生徒会長という肩書きがあれば、職探しなどしなくていいぐらいオファーが来る。

「それほど嫌だったんだろうなぁ…」

泣きそうだった先輩の顔を思い出しながら、ダインは野菜を煮込んだスープを飲む。

「生徒会長の職がですか?」

「ああ。登校中に少し話せる機会があったんだけど、こっちが心配になるぐらい緊張しててさ。極度の人見知りなんじゃねぇかな」

「なるほど…確かに人前に出るのを嫌がる方もおられます。衆人環視にさらされ、自分の一挙手一投足を見られていると意識すれば動けなくなる方もおられますしね。そのような方に行事の度に壇上に上がらせ、喋らせるのは、その方にとっては拷問に近い状態だったのかもしれませんね」

二つ目のパンをかじりながら、ダインは「誰しも向き不向きがある」と言った。

「器じゃないってあの先輩言ってたけど、本心からそう思ってたんだろうな」

「そのような中で生徒会長の交代の申し出があれば、新入生とは言え承諾したくなったのでしょう」

「しかし」コップにジュースを注ぎ足しつつ、サラは言う。

「生徒会長の交代を提案したのは、ラフィン・ウェルト様、ですか」

何か知ってるような口ぶりだったので、ダインはボウルに入っていたサラダを食べようとしていた手を止め、サラに顔を向ける。

彼女はいつの間にか学校のパンフレットを持ってきていた。

「あいつのこと何か分かるのか?」

「ダイン坊ちゃまはご存知ないでしょうが、相当なお金持ちですよ。数ある財団法人の中でも一等級であったはず」

「マジか」

「天上神エレンディア様に仕えていた、というのは本当かもしれません。先日お読みいただいた物語の本に記載がありましたし」

つまり名実共に相当な有名人だったらしい。

「確かレギオスを封印した英雄の一人だったはずです」

「マジか…」

「名声から多額の援助資金が入り、資金運営の才能もあったそうで後世に残るまでの莫大な資産を貯蓄したとか」

開いたパンフレットをダインの前に置き、ページの一箇所を指差す。

「セブンリンクス創立の際最も高額な資金援助をし、唯一の魔法訓練所『レギオン・ラビリンス』の立案と建築費の全額負担までしていたそうです」

「…マジか…」

確かにサラの言うとおり、セブンリンクス創立者の下に特別支援者としてウェルトの名前がある。

「創立の資金援助に、セブンリンクスの目玉ともいえる重要施設の建造…学校側からすれば、ラフィン様はVIP中のVIPでしょうね。そしてその自負があるからかは分かりかねますが、生徒会長に立候補した、と」

「…………」

とうとう黙り込んでしまったダイン。

彼の心中を見抜いていたサラは、包み隠すことなく言った。

「それで、ダイン坊ちゃまはそのVIPであるラフィン様に楯突いたと。お前なんか知らねぇと罵り、睨まれ目をつけられてしまったと」

「うぐ…」

パンフレットを閉じながら、サラは長い溜息を吐いた。

「家がもう二件ほど買えるぐらいの入学費用が無駄になりそうですね…高い授業料ですよ。まぁ授業は受けてもいないわけですが」

駄洒落がうまくいったとダインに得意げな顔を見せるが、それどころではないダインは気まずさを隠すかのようにサラダを一気食いする。

「だって仕方ねぇじゃん。ちょっと立ち止まってただけなのに、邪魔だの魔力がないだの…」

まるで子供のように言い訳をするダインに、サラはやれやれと肩をすくめた。

「性格は問題ないと昨日は言いましたが、認識を改める必要がありそうです」

「田舎者って馬鹿にされたんだぞ」

「事実このエレイン村は田舎ではないですか」

「それはそうだが…」

「売り言葉にカッとなるところは、旦那様譲りですね」

サラはダインを責める一方だが、もちろん本気で怒ってなどいない。

ダインを弟のように接してきたサラにとって、ある意味でダインも彼女の重要な『刺激物』なのだ。

弟をからかうのはそれまでにして、サラは空になった食器を片付けていく。

「成り行きを見守りましょう。仮にラフィン様が生徒会長になったとき、覚悟だけはしておくべきだと思いますが」

覚悟とは、もちろん退学のことだろう。

プライドの高そうなラフィンのことなので、ちょっとの口論だけでも権限を使い追い込まれそうだ。

「中庭行ってくる…」

「ごちそうさま」と両手を合わせ、ダインは椅子から立ち上がる。

「ご趣味のガーデニングですか?」

「ああ…ちょっと落ち着けてくるよ…」

「午後のティータイムはいかがしましょう? 時間までおられるのでしたら中庭までお持ちしましょうか?」

「頼む…」

彼はそのままとぼとぼとした足取りで、制服を着替えに自室へ向かった。

「…ふむ…」

ダインの背中が消えるまで眺めていたサラ。

「あのご様子では当分お気づきにならないでしょうね…」

そう呟きつつ、再び手にしたのは学校のパンフレットだ。

「偶然ではないにしろ、あちらもお気づきではないのでしょう」

誰もいなくなったところで、サラは一人笑みを浮かべる。

「どうなるのか…ダイン坊ちゃまがいつお気づきになられるのか、楽しみに待つことにしましょう」

笑みを浮かべながら彼女が見ていたのは、セブンリンクスが魔法の授業に特化している証だと言われる訓練施設、『レギオン・ラビリンス』のページだった。



カールセン家の邸宅は村長として相応しい大きさを誇っており、中庭は吹き抜けになっていた。

現在は昼を少し過ぎた時間であるため、屋根の空いた上空から中庭に日光が降り注いでいる。

咲き誇る草花に水やりを済ませたダインは、自身が丁寧に手入れした中庭を一番良い角度で眺められる場所にベンチを移動させ、腰掛ける。

その瞬間に上空から日光で温められた風が吹き込んできて、彼の髪や草花を揺らした。

「やっぱ自然が一番だよなぁ…」

そう呟きつつ、ベンチに深く座りなおす。

咲いた花や立派に育った野菜を見ていると、不思議と心が落ち着き穏やかな気持ちになっていく。学校での懸念が吹き飛んでいくようだ。

ダインは緑が好きだった。全てが思い通りに咲いてくれるとは限らないが、植えた植物は水と日光さえあれば素直に育ってくれる。

これまでに彼には趣味らしい趣味はなかった。親の都合で世界各国を渡り歩いていたときは趣味を作る間もなく、やっていたことと言えば父との筋トレだ。

母に義務教育を教わっては父と体を鍛え、母に倫理教育も教わっては父との特訓の日々。

充実してなかったことはないが、定住の地はなく常に歩き回っていたので友達も作れなかった結果、年齢に見合った遊び方というのが分からなくなっていた。

そんな中で、ダイン本人に何の断りもなく勝手に入学手続きを済まされ、半ば強引にこのカールセン邸に帰らされた。

突然出来てしまった暇を持て余し、父の書斎にあった植物辞典からガーデニングというものを見つけたのだ。

ガーデニングの手引書もなかったので手探りで始めたものだったが、昔から自然が好きだったダインには合っていた。

沢山の緑に赤や黄色、青や紫といった花々は、体を鍛えているか勉強しているかの間、彼に束の間の休息を与えていた。

育てた野菜は買ってきたものよりも美味しく感じるし、好きな色で選んだ花は球根から育ててみると色合いが本とは違って濃く見える。

花々や草木からは声が聞こえないが、その立派に咲き誇る姿を見ていると元気な声が聞こえてくるようだ。

ダインが「ん〜!」と背中を伸ばすと、再び風で緑が動き、葉音を奏でる。近くの草は先端が丸みを帯び始め、球体になってきた。

来週にはその蕾たちも、立派な花を咲かせることだろう。

午後のティータイムまで、まだ少し時間がある。

ダインはそのままベンチに横になり、ゆっくりと目を閉じる。

「良い匂いだ…」

風にあおられた花が、爽やかな香りをダインに届ける。

まるで眠りをいざなう様なその香りに、ダインはあっという間に落ちてしまった。







登校二日目だというのに、その日は教室に入る前から学校内は賑わっていた。

廊下の所々では生徒達が輪を作っており、彼らから昨日のことを話し合う声がこちらまで聞こえてくる。

それはダインのいるノマクラス内まで伝播しており、入学二日目で知り合いなどいないはずなのにもう話し相手を見つけているようだ。

入学式に生徒会長の交代という強烈な話題性が、新入生の友達作りに大きく貢献してしまったのだろう。

「あり得ない」「面白い」「どうなるんだろ」様々な声が、ダインが教室に入り自分の席についてからも聞こえてくる。

「あ、ダイン君、おはよ〜」

カバンから取り出した教科書を机の中にしまっているところで、前方から声がした。

シンシアだった。その隣にニーニアもいる。

「お、おはよう、ダイン君」

若干気恥ずかしそうにしているニーニアは、何故かシンシアに手を繋がれていた。

「ああ、おはよう…なんで手を繋いでるんだ?」

「あ、うん。ニーニアちゃん可愛いから、握手ついでにハグしてたんだ〜」

「仲良しかよ」

「仲良しだよ!」

そう言ってシンシアはまたニーニアに抱きついている。小さな感触を思う存分堪能しているようだ。

どうも彼女は可愛いものが何よりも好きらしい。

ダインが登校する前から二人はそうしていちゃついていたのだろう。

周りでは昨日の交代劇の話題で持ちきりなのに、二人はどこ吹く風だ。ダインは思わず笑ってしまった。

「にしても良いのか? シンシアはハイクラスの5組なんだろ? 向こうで友達作らねぇと」

登校初日は第一印象が大事だ。それ次第で今後の学生生活が決まる。

サラから聞いた台詞そのままをシンシアに伝えたが、彼女は「大丈夫」と軽やかに手を振ってきた。

「もう私のクラスじゃみんなとお話できたし」

「早いな」

「まぁほとんどのクラスメイトはハイの上目指してるから、あんまり構ってもらえなかったけど…」

少し寂しそうに言うシンシアだが、「でも」とすぐに笑顔になりニーニアに顔を向けた。

「私たちはもう友達でいいよねぇ?」

満面の笑顔で見つめられたニーニアは、赤い顔のまま照れたように頷いた。

「だよね〜」と嬉しそうに笑ったシンシアが、再びニーニアを抱きしめ頬擦りまでしている。

ニーニアは若干困り気味ながらも、それでも心地よさなのか嬉しそうに笑っていた。

「ね? ダイン君」

その「ね」は、俺も含めているという意味だろう。

「そうだな。よろしくな」

断る理由のなかったダインは、そう言ってまた笑う。

「よろしくね」

シンシアはニーニアから離れ、ダインに手を差し出してくる。

ダインは自然な動作でシンシアの手を握り、握手に応じたが…、

「ん…?」

シンシアが不思議そうな顔になる。

その瞬間“あること”を思い出したダインは、すぐさま彼女から手を引っ込めた。

「…………」

シンシアは自分の手を見つめている。

「ど、どうかしたのか?」

内心沸き起こってきた動揺を落ち着かせつつ、シンシアを見やる。

「ん〜…ね、ダイン君って…」

まずい、と思ったそのとき、チャイムの音が教室に響き渡った。

「ほら、チャイム鳴ったぞ。早く戻った方がいいんじゃねぇか?」

シンシアを急かすと、「あ、そうだね」と言って教室を出て行った。

「ど、どうかしたのかな…」

一連のやり取りを見ていたニーニアが不思議そうな顔をしている。

「さ、さぁ…あいつのところの握手は一般的なそれとは違ったのかも知れないな」

苦しい言い訳にも、素直なニーニアは「そうなのかも」と納得してくれた。

「それよりほら、先生来ちまうから自分の席に着け」

「あ、うん」

ニーニアはそのまま一番前の席に腰を下ろす。

他のクラスメイトも自席に着き、そのタイミングで先生と思しき人が教室のドアを開け入室してきた。

長い金髪をした男性だ。

耳が長いところをみると、エル族だろう。

「全員揃ってるな。では挨拶から始めようか」

見た目も声も若そうに見えるが、エル族は長命だ。

幼年期まではヒューマ族と同じ成長をするが、青年期に入ってからが長いらしい。

「日直は決めてなかったな。ではそうだな…ライラ。お前がやってくれ」

ライラと呼ばれたヒューマ族と思しき男は、やや緊張した面持ちで「起立!」を声を上げ、全員が立ち上がり一礼したところで「着席!」と声を出し全員を座らせた。

「よし。ではまず始めに、改めて自己紹介をさせてもらう。俺はクラフト・アーカルト。このクラスの担任だ。これから一年間よろしくな」

エル族らしく、そのクラフトと名乗った担任は顔が整っている。

だがその目は細く、どことなくきつそうな印象を受ける。

「まぁ一年間よろしくとは言っても、一年間残っている生徒がいるかどうかは分からんが…」

その先生の発言により、クラス全体がピリッとした空気に包まれた。

念願のセブンリンクス魔法学校に入学できたはいい。だがここは落ちこぼれとされるノマクラスだ。

階級の中で最も下で、「あそこには行きたくない」と生徒の向上意欲をあおるためだけに作られたクラスなのだ。

「皆も聞いての通り、ここは階級では最低だ。授業内容も上とは違って緩い。楽といえば楽だろう。しかしそれが、お前等の今の実力に見合った内容なんだということは覚えておけ」

先生の台詞一つ一つがクラスメイトの心に突き刺さるようで、昨日の交代劇で沸いていた気持ちは完全に憂鬱な波でさらわれた。

「とは言え基本的なことは教えるつもりだ。ノマクラスとはいえ、ここがセブンリンクスなのは間違いないのだからな」

前置きはそれまでにして、クラフト先生は黒板にチョークで学校のシステムを書いていった。

「授業内容は大雑把に分けて“知識学”と“魔法学”の二つだ。知識学は数学や地理、物理、文法や世界史などだな。ここはお前等がこれまで学校で習ってきたものと同じだろう」

黒板に知識学の内容が書かれ、その下に魔法学の内容も書き連ねていく。

「魔法学は魔法の使い方、応用や実技など、知識学ほど多くはない。だがその内容はかなり濃いものだ。授業内容の中でも特に魔法レベルの向上に関係するのは…」

先生は黒板の余白に大きく『レギオン・ラビリンス』という文字を書いた。

「ラビリンスだ。これは特殊な素材と創造魔法の融合によって地下に建てられたもので、実際にモンスターを召喚し模擬戦が出来る。特殊ギミックによって回復魔法や転移魔法の発動が可能で、入場者の戦闘能力を特殊機材によって数値化もできる」

モンスターとの模擬戦。

それは他の場所でも似たようなことはできるが、ラビリンスではそこでしかできないことがあるとクラフトは続けた。

「ラビリンス内では過去のデータに基づいたモンスター情報が記憶されており、地下へ行くほど強いモンスターと遭遇するよう設計されている。戦闘による魔法レベル向上というのは些か古い気はするが、召喚するモンスターは全て幻視を織り交ぜた召喚魔法なので、大怪我することはないはずなのでそこは安心しろ」

召喚魔法とはいっても、召喚されたモンスターに実体はないと説明するクラフト。

「モンスターの仕様を変更することも可能で、レベルを一気に上げたり魔法だけしか通用しないようにすることも可能だ。モンスターデータも豊富で、今も世界中で困りものだと言われている“レギオスの残滓”を召喚することも出来るだろう」

そこで教室内が少しざわめく。

レギオスの残滓というのは全身を真っ黒に染めた実在するモンスターで、当時ほどではないが生半可な武器では歯が立たないほどの皮膚と筋肉を持っている。

獣型や無機物型など色々あるが、人やモンスターを無差別に襲ってくる厄介な存在だった。

「入場者の能力もいじれるから、まるでテーマパークみたいに面白いはずだぞ」

説明を聞いているだけで、ダインも楽しそうだなとは思った。

「在校生であれば、そのラビリンスは自由に使って良い。もちろんそこに階級制度の壁はない。強くなることに制限などないからな」

クラフトはチョークを黒板の下に起き、クラスを見回す。「ここまでで質問がある奴はいるか」

そう声をかけても、誰からも手は挙がらない。

「ま、お前等にとってはこのラビリンス活用が一番有効な手段ではあるだろうな」

いつの間にか真剣な面持ちになっていたクラスの面々を見たクラフトは薄く笑った。

「知ってる奴もいるだろうが、この学校には実力に応じた階級制度があるが、それは固定ではない」

再びチョークを手にし、黒板にシステムの詳細を書き込んでいった。

「クラス分けは入試試験当時の判断で、後々急なレベルアップで能力が覚醒する奴もいるからな。その想定を踏まえた定期的なテストがあり、その内容如何によっては上の階級に繰り上げられることも可能だ。逆も然りだがな」

上にいける…。

そのことをいま初めて知ったであろうクラスメイトの何人かが、驚くように顔を上げていた。

「ある意味でお前等はこのクラスで良かったかも知れんぞ? ハイクラスより上は降格があるが、ノマクラスは下の階級がない。上を目指せば良いだけだからな」

「能力も魔法力も、努力次第でどうとでもなる」そのクラフトの台詞に、クラス全体が湧いた。

「やる気が出てきたところで、自己紹介を兼ねて意気込みでも聞こうか」

クラスの反応に満足げに笑みを浮かべた先生は、名簿を開き出席番号順から種族と名前、そして意気込みを聞いて回った。

「レオルド・チェスケイド! デビ族です!」

「レオルド。お前はこの学校で何がしたい?」

「はい! まずはハイクラスを目指し着実に魔力をあげていければと思っています!」

「そうか。では次、ラハル」

「は、はい! ラハル・レライラ! ヒューマ族!」

「目指すことは?」

「魔法を沢山覚え、メガクラスまで行きたいです!」

「そうか」

次々に名前と種族、そしてやりたいことを聞いていくクラフト。

初めこそ笑みを浮かべていた彼だが、後半に行くにつれ何故だかその顔が素に戻っていった。

「では、次、ニーニア」

「あ、あ…は、はい! に、ニーニア・リステン、ドワ族…です!」

「目指すことは?」

「え、えっと、えと…ま、魔力が上げられたら、いいなぁと…」

「お前もノマクラスの脱却か」

…飽きたのかな。

まぁ一人で何十人も見なければならないし、数十年と教師を続けてればそうなるのも無理はないかもしれない。

そんなクラフト先生の心情を考えていると、いつの間にかダインにまで自己紹介が回ってきていた。

「では次。ダイン」

名前を呼ばれ、ダインは椅子から立ち上がる。

「え〜と、ダイン・カールセン。ヒューマ族っす」

とりあえず答えたダインに、クラフトはどこかつまらなさそうに聞いた。「お前も似たような口か? ノマクラスは嫌か?」

「それは…」

ヒューマ族ということを信用してもらうために嘘を言おうかと思ったが、そのときふと「そのままを貫け」と言っていたサラの台詞を思い出した。

確かに嘘をつき続けるのは疲れる。せめて本心だけは隠さないでいこう。

「いや、別に俺はこのままでもいいっす」

正直に言ったダインに、名簿を見ながら次の名前を呼ぼうとしていたクラフトが「ほう?」と止まる。

「底辺クラスだぞ? 年中上の奴らに馬鹿にされ続けられるところなんだぞ? なのにこのままでも良いと言うのか?」

クラスメイトの視線がダインに集まる。「こいつ何言ってるんだ」という視線だ。

ダインは無視したまま口を開く。

「ここに来たときから…いや、前から疑問に思ってたことがあったんすよね」

ニーニアの心配そうな視線も感じるが、彼はそのまま持論を展開した。

「そこまで魔法に頼らなくてもいいんじゃねぇかなって」

「どういうことだ?」

「別に魔力が無くても生活できるし、困ることなんてほとんどないっすよ」

「力の無い女子供ではそうはいかんだろう。力の弱さを魔法でカバーできる」

「そこは男連中の出番じゃないすか。魔法に頼らなくても自衛は出来るっすよ」

「突然攻め込んできたらどうする。魔法の無い防衛などほとんど意味がないだろう。火に焼かれれば誰だって熱いぞ。力ではどうすることもできんこともある」

「それを言うなら、魔法じゃどうすることもできないこともあると思うんすけどね」

持論を曲げないダインに、クラフトは奇妙なものでも見るような目で彼を見た。

「お前、何故この学校に入学した? 魔法力至上主義の学校だというのは入学前から分かっていたことだろう?」

それはもっともな話だ。いま目の前に父のジーグがいたら、同じことを問い詰めたい。

「それはまぁ親父が勝手に…話すと長くなるんで端折らせてもらいたいっすけど」

その点に関しては何も言えなかったダインは、頭をかくしかない。

「…妙な奴だなお前は」

クラフトの声が一瞬低くなる。

「危険因子ともとれる考え方だな。この学校の規律を乱し、主義すら曲げかねん思想だ」

クラス名簿を教壇机に置き、ダインをまっすぐ見るその視線は鋭かった。

正直に話したつもりだったが、結論として学校の理念を否定するものだったかもしれない。

それが先生の逆鱗に触れてしまったのだろうか。

だがこれまで魔法に頼らず生きてきたダインにとっては、魔法が全てという考え方が理解できずにいた。

両親からもそう教えられてきたし、魔法が使えなくて困ったことがなかったのも事実だ。

だからその結果学校の方針と合わず、退学処分になったとしても仕方のないことだろう。

いきなり始まったクラフト先生と新入生ダインの舌戦に、教室内は静まり返る。

先に静寂を破ったのは先生だった。

「では一応尋ねよう」クラフトは改まってダインに体を向ける。

「お前は、ここで何かやりたいことはあるか?」

問われたダインは、「そっすねぇ」とクラスメイトの緊張を感じていないような態度で天井を見上げた。

「魔法が全てじゃないってことを知ってもらえたらいいかなって思います」

この際だ。誰にも響かないだろうが、言いたい事を言わせてもらおう。

「火が欲しけりゃ起こせばいいし、水が欲しけりゃ川に行けばいい。例え魔力が無くても、知恵と工夫で大抵のことはどうにかなる。無いことを嘆くよりも、自分にしか出来ないことを見つけそれに誇りを持って欲しいっすかね。そういう人らを増やしていければ」

「あ、それと」ダインは続ける。

「火や氷の魔法で攻撃されるより、殴られた方が身も心も痛いもんすよ」

そこまで言ったところで、教壇に立つ先生が俯いたまま肩を震わせていることに気がついた。

怒りの余り身を震わせているのかと思ったが、顔を上げ口から出たのは大きな笑い声だった。

「はははっ! そりゃそうだ! 殴られたらどんな大賢者だろうが痛い!」

冷静沈着に見える先生は、豪快に笑い飛ばしたまま続けた。

「まさか魔法学校の中で、魔法が全てじゃないと言う生徒がいるとはな」

ひとしきり笑った後にダインを見る彼は、どこか嬉々としている。

「いいなお前。お前みたいな型破りな奴がいつか出てきてくれないかと思ってたんだよ」

「え、いや、型破りなつもりはないんすけど…。入学した以上、この学校の校則は守るつもりだし」

「いいや、破ってこその校則だ。くだらない主義主張を押し付けてくる奴はどこの学校にもいる。いけ好かないと思ってたんだよ」

生徒の模範となるべき先生とは思えないような台詞が、彼の口から次々出てくる。

ほぼ全てのクラスメイトが動揺を見せる中、クラフトは「よし!」とダインを指差し、言った。

「今日からお前がこのクラスの委員長だ」

突然の指名に、落ち着いていたダインもさすがに「いやいやいや!」と声を荒げた。

「なんなんすかそれ! めんどいの嫌なんすけど!!」

「魔法に頼りすぎるなってことを広めたいんだろ? だったらまずこのクラスから始めてみろよ。全員納得させろとは言わんが」

「んな無茶な…俺個人の考え方なのに…」

ダインの反論を聞こえない振りでもしてるのか、クラフトは名簿に挟んだプリントに目を通す。

「今日はクラスの顔合わせと自己紹介に授業内容の説明だけだったな…よし! 今日はこれまで! 明日から本格的な授業を始める! ライラ」

「あ、は、はい! 起立!」

ライラに終了の挨拶をされ、半ば無理やりHRを打ち切られてしまった。

先生が教室を出て行き、同時にチャイムが鳴り響く。

クラスメイト達は未だ何が起こったのか分からない様子のまま、遠巻きにダインに視線を送りつつぞろぞろと出て行った。

「…何でだ…?」

突然クラス委員を任され立ち尽くしていたダインは、そのまま力なく椅子に座り込んでしまう。

「どこだ…どこで間違えたんだ…?」

あのまま退学だと思ってたのに。この展開はどういうことなのだろう。

「だ、ダイン君」

困惑しているところに、ニーニアが遠慮がちにやってきた。

周囲にはもう誰もいない。

「ニーニア…これは一体どういうことだ…?」

「え、え〜と、そ、それは私にも分からないけど…」

「そうか…そうだよな…」

サラから種族を隠すためにも極力目立たないようにと言われていたのに、まさかクラス委員に任命されてしまうとは。

「あの先生が一番型破りじゃん…」

落ち込むダインに、ニーニアはやや声を張り上げていった。

「あ、あの、ダイン君の言ってること、その通りだと思う」

「ん?」

「わ、私のところも、よく魔法だけでものを作るけど、で、でも、魔法を使わず作ったものの方が、達成感があるし愛着も沸くから…」

まだ知り合って間もないからか、ダインに話しかけるニーニアはやや緊張しているようだったが、その表情は嬉しそうだ。

ダインが持っていた疑問を、ニーニアもかねてから抱いていたのだろう。

「ものづくりの楽しさ、皆に分かってもらえたらいいな…」

願望を話すニーニアが可愛くて、思わず抱きついたというシンシアの気持ちがいまならよく分かる。

「そうだな。一緒に頑張ろうな」

ニーニアに笑いかけながら、ついその小さな頭を撫でてしまった。

「ふわ…」

触れた瞬間、彼女の顔がとろけたような表情になる。

目が細められ、小さな体が少しふらつく。

“ヴァンプ族の特性”が出てしまったことに気付いたダインは、すぐに彼女から手を離した。

「っと、わ、悪い」

「う、ん…? あ、あれ? い、今のは…」

「あーっとな…」

どう説明しようか考えていると、教室のドアが勢い良く開け放たれた。

「かえろー!!」

教室に入ってきたのはシンシアだ。

内心驚いた気持ちを落ち着け、ダインもカバンを手にして椅子から立ち上がる。

「ほえ? どうしたの?」

「いや、何でも。帰ろうぜ」

ダインは急かすようにニーニアとシンシアを連れ、下校することにした。



上履きから靴に履き替え、校舎の外に出る。

外ではすでにニーニアとシンシアがいて、ダインが出てくるのを待っていたようだ。

まばらだった他の新入生たちも校舎から外に歩いていて、校門を出てバリア外になった瞬間、転移魔法で消えていくのが見える。

「もう誰もいないね」

周囲を見回しながらシンシアが言う。

「二年生と三年生の人達はまだ授業中らしいけど…」

ニーニアの言うとおり、確かに上の階層からは物音や人の気配を感じた。

「みんな早いんだな」

「明日の準備があるからね」

と、シンシア。

「準備?」

「あれ、聞いてない? 明日はラビリンスに入るんだって」

ニーニアを見る。彼女も首を左右に振っていた。

どうやらクラフト先生が伝え忘れたようだ。半分はダインのせいなのは間違いないだろう。

「で、戦闘道具とか武器とかあるなら、調達しておけって」

「武器の持込っていいのかよ?」

「魔法力を上げるためのアイテムなら良いらしいよ? 実際杖とか魔導書とか、魔法力上げられるものに頼ってる人も沢山いるし」

「あ…じゃ、じゃあ、私も必要かも」

「あー、ニーニアちゃんは絶対に必要だね。ドワ族は主に戦闘アイテムで戦うから。ニーニアちゃんもでしょ?」

「う、うん」

この世はまだ世界にモンスターが蔓延っている。

中には良いモンスターもいるが、大体のモンスターは人を襲う。

そのためどの種族も戦闘訓練だけは怠らないでいたが、その種族ごとの戦い方というものがある。

ヒューマ族は武器と魔法を用い、聖力の強いエンジェ族は魔法のみ。魔力がさほど高くないドワ族は、魔力を込めた武器を使って戦う。

「ほんとは近くの公園でお話とかしたかったんだけど、それは明日以降だね」

シンシアもシンシアで準備するものがあるのだろう。

「じゃあ途中まででお開きだな」

「そうだね。でもバリア外までは一緒に帰ろうよ」

「ああ」

校門までもう少しというところで、ニーニアが「あ」と何かに気付いたような声を出す。

彼女の視線の先を追うと、大きな体育館のさらに奥に、これまた大きな円柱状の建物が見えた。

「あ、あれが確か、噂のラビリンス…だよね?」

「うん、そうだね。あれもおっきいねぇ。何だか闘技場みたいだね?」

「確か地上は闘技場で、奥にラビリンスへの地下階段があるんだっけか」

「確かそうだったね。早く行ってみたいなぁ」

校舎と同じく、その建物も所々が黒ずんでおりかなりの年季を感じる。

見た目にも古めかしい建物だけに、その内部がハイテクなものだとはとても思えない。

「…?」

そのとき、ダインの中で違和感が生じた。

体育館やグラウンドなど、周りの風景がどうだったか覚えてない。

だが、あの建物、どこかで…。

「ダイン君?」

立ち止まっていたダインに、シンシアが話しかけてくる。

「悪い、ちょっと教室に忘れもんあったんだわ」

「そうなの?」

「ああ。今日は先に帰っといてくれ」

もちろんそれは嘘だった。

どこかで見たその建物に、単純に興味が湧いたのだ。

「また明日な」

「う、うん。また明日…」

「じゃね!」

手を振るシンシアとニーニアに笑い返し、ダインは二人が見えなくなるのを待ってからラビリンスへ向かう。

幸いにもいまはどのクラスでも使用してないようで、人の気配は無い。

近くへ行き、そのレンガ造りで城壁のような建物を見上げる。

近くで見るほどに、違和感は徐々に大きくなっていった。

「どっかで見たような…パンフレットか?」

外壁の周囲を回り、レンガを触る。

だが何度思い出そうとしても、はっきりしない。

「いっそ中にでも入って…いやさすがにまずいか」

そう一人で押し問答していたときだった。

「━━━」

誰かの声がした。

何者かの気配が動いたのを感じる。

「ん…?」

声はラビリンスの中からした。

入り口には、立ち入りを制限するロープが張られているのに。

何か不穏めいたものを感じたダインは、記憶を探ることを中断しラビリンスの中に入ってみることにした。

内部は本当に闘技場のようで、中央は開けている。

上には客席があり、どこからでも中央が分かるような構造だ。

「いい加減にしたらどう?」

声の元を探ろうとしたとき、広場の中央からそれは聞こえた。

物陰からこっそりと覗いてみる。視界の中に見えたのは、長いブロンドの髪に背中に翼の女子生徒。

━━ラフィンだった。

腕を組みながら前を睨んでいる。

誰と話してるんだ…?

ダインがさらに身を乗り出し、彼女が睨む先を見ると、

黒のショートヘアに、コウモリのような黒い羽。

デビ族と思しき知らない女生徒が、睨み返すようにしながら立っていた。

「ずっと私を付け回して、学校まで同じところ選ぶなんて…ストーカーなんじゃないかしら」

ラフィンの声色は険しい。傍から見ても、彼女が苛立っているのが分かる。

「付け回してるのはそっちじゃない」

デビ族の女は、ラフィンの睨みに微塵も怯む様子も無く反論した。

「ただでさえ聖セラフィエ士官学校でうんざりしてたのに、ここでも同じになるなんてどうかしてるわよ」

「それは私の台詞よ。入学してまだ間もないし、今のうちに退学したら別の学校の入学式には間に合うんじゃない?」

「そっくりそのままお返しするわ。ここでも生徒会長目指すなんて、自分なら何でも思い通りになるとでも思ってるの?」

かなり険悪な空気だ。

二人は前から知り合いのようだが、その関係は良好というわけではなさそうだ。

エンジェ族とデビ族。規制する側と自由を好む側。

両者は、昔から相容れない存在とされている。

種族間戦争の発端とまで噂されており、ラフィンとその女も例外ではなかったようだ。

「いい加減決着つけなきゃとは思ってたのよね。そろそろぎゃふんと言わせてあげる」

デビ族の女が身構える。

ラフィンは腕を組んだまま何か唱えたのか、召喚魔法を使ったようで背後から白く輝く人影のようなものが現れた。

「そのために私をここに呼んだんでしょう? 決闘したいというのなら受けてあげる」

ラフィンもその女も、本気ではないだろうとダインは思っていた。

だがその目論見は甘く、二人は突如として戦闘を始めてしまった。

「はぁッ!!」

女が空中で大きく腕を振るう。

彼女の腕がいきなり燃え盛り、炎の波となってラフィンに襲い掛かった。

ラフィンの背後に召喚していた英霊が動き、その炎を弾く。

「ふんッ!」

ラフィンは右腕を上げ、女に向かって振り下ろした。

英霊が弓を射るような動作をし、光の矢が一直線に女へ向かう。

女はそれをすぐにかわすが、ラフィンが続けざまに二本三本と光の矢を放たせる。

英霊の放つ光の矢は正確で、女が逃げた先を見越して飛んでいった。

「ふ…!」

風の魔法でも使ったのか、女の動きが通常ではありえないほどに加速する。

ラフィンの目でも追えないほどのスピードで移動し、彼女の死角に降り立った瞬間地面を踏みしめる。

何かを予感したラフィンが飛び退くと、彼女がいた場所から岩石が飛び出した。

女を視界の中に捕らえたラフィンは、再び光の矢を雨のように放っていく。

しかし風の魔法によってスピードを上げた女に追いつけない。

「この…ちょこまかと…!!」

その素早い動きと共に、女はラフィンの死角から次々と炎や氷の魔法を浴びせる。

ラフィンはその全てを防御魔法によって防ぎ、隙を見つけては反撃している。

ラフィンは召喚魔法を使い、女は自然を扱った魔法を使う。

聖力と魔力。二人の魔法には決定的な違いがあった。

それは種族ごとに定められた魔法力で、世に多数ある種族は聖族と魔族の二種類に分類されている。

聖族とされるエンジェ族、ヒューマ族、エル族は聖力を。

デビ族、ドワ族、ヴァンプ族といった魔族は魔力を。

その二つの力は共存できず、どの種族もどちらかの魔法力しか宿せないのがこの世界のルールだった。

「いい加減捕まりなさいよ…!」

「そっちこそその光るばっかでうざったいバリア消したら!?」

徐々に彼女たちの魔法の応酬は激しいものになっていき、規模も大きくなってきた。

地面は焦げ、崩れかかっていたレンガが欠け落ち、風に巻き込まれ飛んでいく。

二人は真剣に魔法戦を繰り広げていたが、魔法自体を滅多に見なかったダインにはまるで花火のように映っていた。

火は赤く、水は青く、地面は黄色で、風は白。

光魔法は七色のような光を放ち、魔力を使った魔法に揉まれ様々な輝きを放つ。

思わず見とれていたダインだったが、周囲にまで影響が及ぼし始めていたのでさすがにどうにかした方が良いかと考え始めていた。

「同じ魔法しか使えないの!? 相変わらず一直線なんだから!」

女はそう叫びながら、多属性を使った魔法でラフィンを圧倒する。

「加減してあげてるんじゃない! それがあなたの全力なの!?」

ラフィンも相手の攻撃魔法に合わせたバリアを展開し、英霊を飛ばし矢を浴びせていく。

ダインは魔法にそれほど詳しくはなかったが、二人は相当な実力者だというのは戦い方を見て分かった。

たまに映画や格闘技番組を見て魔法の応酬を見たことはあるが、これほどまでに激しいのは見たことが無い。

気付けば彼女たちは空を飛び、空中戦まで繰り広げている。

「昔から意味が分からないのよあなたは! ちょっかいばかりかけてからかって! 何がしたいのよ!」

「高飛車なラフィンには分からないでしょうね! 冗談も通じないあなたはつまらないわ!!」

戦闘に乗じて口論まで始めてしまったようだ。

それはいつの間にか悪口合戦になり、余計に頭に血が上ったのか戦闘音まで激化していく。

「所詮スウェンディ家はウェルト家より下なのよ! デビ族がエンジェ族に勝ることなんて何一つ無い!」

「融通の利かないエンジェ族なんて、周りからうざったがられるだけ! それで何度も足元すくわれてるのをいい加減学習したら!?」

「うるさい馬鹿ディエル!」

「何よおねしょ魔ラフィン!」

「な…!?」

戦闘の最中、ラフィンの顔が真っ赤になったのが見える。

何故か突然攻撃の手が止まり、地面にゆっくりと降り立った。

それが口論での勝利だと思ったのか、女は続ける。「セラフィエに入りたての頃かしら」

笑みを浮かべながらラフィンの前に降り立った。

「私見たのよね。あなたの家の庭に、大きな地図が描かれた敷布団が干されてたの」

「ふ…ふふ…」

ラフィンの肩が震えている。

「初等部から上がりたてとは言え、中等部になってからおねしょするなんて…」

「もういいわ」

ラフィンが話を打ち切る。表情こそ無に近かったが、その目には激しい怒りの炎を携えている。

「もう黙りなさい」

胸元が青白く光った瞬間、彼女の全身が太陽のような眩い光を放ち始める。

足元に巨大な魔方陣が広がった。

「記憶ごと消し去ってあげる」

何か大きな魔法を使うというのは、その輝きとラフィンの構え方で分かった。

「やれるものならやってみなさいよ」

完全に敵意を向けられた女も、表情を真剣なものに戻しその全身から赤黒く揺らめくような魔力を放出する。

彼女も全力の一撃を叩き込むつもりのようだ。

あまりに強い聖力と魔力が渦巻き、空気が振動する。

地面から小石が舞い上がり、壁はびりびりと細かい衝撃が走りだす。

ラフィンは巨大な光の玉に包まれ、女は赤と黒の光球に包まれた。

そして二人同時に地面を踏みしめ…蹴った。

踏みしめた地面が音を立ててへこみ、凄まじい速さで白と黒がぶつかり合う。

金切り交じりの壮絶な衝突音がして、大気の振動と共に衝突の余波が闘技場を覆う。

聖力と魔力がうねりと共に交じり合い、連続した爆発のようなものが巻き起こる。

まともに受けたら、大怪我は免れないであろう威力だった。

“エレンディアの証”を持つラフィンと、“エンド族の末裔”と噂される女…ディエル・スウェンディの全力の一撃は、中で何が起こっても良いようにバリアを張り巡らせた闘技場でなければ、確実に崩壊していたはずだ。

その渦中にいるラフィンもディエルも無事では済まないはずだった。

後先を省みないほど頭に血が上った一撃なので、ラフィンの強固な防御魔法すら破壊するほどの衝撃だったはず。

だが聖力と魔力のうねりが収束し、視界が戻ってきた頃にはラフィンもディエルもお互い無傷だったことに気付き驚愕する。

想像していたより魔法の衝撃がすぐに収まったことに二人は疑問を抱いたが、前を見てその目はさらに大きくなった。

「あぶねぇ…ちょっと遅れそうだったわ」

魔法を放つ動作のまま止まっていた彼女たちの間に、男が立っていた。

両手を左右に広げ、対面していたラフィンとディエルに掌を見せている。

「え…」

「な…」

二人は何が起こったのか分からない様子だった。

かなりの衝撃だったはずなのに、中央にいるダインは全くの無傷だったからだ。

「その辺でやめとけ。これ以上は先生連中に気付かれちまうぞ?」

二人に向かってダインが言う。

「確か校内での学生同士の喧嘩は校則違反だったんじゃねぇか?」

「ど…どうして…あ、あなた…」

「だ、誰なの?」

ラフィンとディエルは違った反応を見せている。

「ここは黙っといてやるから…」

と言いかけたところで、ダインは彼女達が驚いている理由に気がついた。

魔法の直撃を受けたんだ。

ヴァンプ族は魔力が極端に低い代わりに、魔法も極端に効きにくい体質を持っている。

ヒューマ族だとそうはいかないということを今更思い出し、彼は仰々しくその場を飛び退いた。

「うわああぁぁ遅れて魔法効いちまったあああぁぁぁ!!!」

そのまま壁際に自らぶつかり、地面に倒れこむ。

…我ながら馬鹿みたいな演技をしてると思う。

情けない気持ちで仕方なかったが、こんなことで種族がばれるよりはマシだ。

「いてぇよぉ…!」

「な…何して…」

(あの〜…! 誰かいるんですか〜…!!)

闘技場の入り口から別の声がした。

どうやら誰かが騒ぎを聞きつけやってきてしまったようだ。

「やば…!」

ディエルは即座に地面を蹴り、そのまま天井を抜け外まで飛んでいく。

「あ!? ま、待ちなさいよ!!」

ラフィンはたじろいだ表情をダインに向けるものの、慌てるように宙を飛びディエルを追いかけていった。

二人の姿が消えたのを確認し、ダインは呟く。「行ったか…」

どうやら仲裁はできたらしい。

だが安心したのも束の間、誰かが闘技場の中にまでやってきたようだ。

「ダイン君…?」

シンシアのようだった。

壁際で倒れるダインを見つけるなり、慌てて駆け寄ってくる。

「だ、大丈夫!? 何があったの!?」

「ああ、いや、大丈夫だ。ここで喧嘩してた奴らがいたから、その仲裁に入ってただけだ」

「で、でもすごい音と衝撃がしたよ? ニーニアちゃんが先に帰ったすぐ後に聞こえたから来たんだけど…その人達はどこに行ったの?」

「逃げちまったみたいだ」

ダインが体を起こそうとする。

怪我をしてると思ったのだろう。手伝おうとシンシアが彼の手を掴んだ。

「ふぁ…!?」

その瞬間、シンシアが妙な声を出す。

ダインは慌てて彼女から手を離した。

「わ、悪い、大丈夫だから」

シンシアを制そうとする。だが何故か彼女は、

「ううん、私も大丈夫だよ」

そう言って、再びダインの手を掴んできた。

「ちょ…!」

「ん…ほ、ほんとなんだね…」

体を小さく震わせ、顔を赤く染めながらシンシアは言う。

「大丈夫だよ、私は本当に。多少聖力を吸われても…ね?」

「え」と固まるダインに、シンシアは笑顔のまま続けた。

「ね、ヴァンプ族のダイン君」

はっきりと言われてしまい、しばし反応できないダイン。

それが答えだと見抜いたシンシアはまた笑顔になる。「やっぱりそうだったんだね」

「い、いや、何で…」

「大退魔師のお姉ちゃんは、沢山のモンスターを相手するために種族のことに詳しいんだ。私も色々聞いててね。その中で、ヴァンプ族っていう人から力を吸う珍しい種族がいるって聞いたことあるの覚えてて」

「そう、なのか…」

「うん。魔法が効かなくて、聖力か魔力を誰かからしか吸わないと魔法を使えないっていうのも知ってるよ?」

吸魔。それがヴァンプ族という種族の、最大の特徴だった。

「いつから気付いてたんだ…?」

「朝、手に触れたときから。見た目はほんとに私たちと変わらないから分からなかったけど」

「やっぱあのときからか…気持ち悪くないのか?」

ストレートに尋ねると、シンシアは「何が?」と聞き返してくる。

「いや、力を吸うんだぞ? 気味悪いだろ」

そう言っても、彼女は繋いだ手を離さない。

「気持ち悪くなんかないよ?」

「いやでも…」

「これが証拠だよ」

繋いだ手を通し、さらにシンシアの聖力がダインの中に流れ込んできた。

彼女は目を閉じ、顔を赤くさせながらも慈しむような表情で言う。

「これも知ってるよ。力を吸うのは、その人との信頼関係がトリガーになっているってこと。信頼関係がなくちゃ、いくら触れても吸えないってこと」

ダインを握るシンシアの手に、またさらに力がこもる。

「だから、これが気持ち悪くないっていう証拠」

ダインはとうとう何も言えなくなってしまった。

種族がばれてしまったショックよりも、種族がばれた上で信頼してくれていたことに嬉しさがこみ上げる。

ダインの表情から感情を読み取ったシンシアは続ける。

「もちろん、種族を偽って入学したことは誰にも言うつもりは無いけど…その理由は知りたいかなって」

ここまで信頼してくれてるんだ。

もはや隠す必要もないと思ったダインは、諦めの表情と共に口を開く。

「とりあえずここを離れようか。シンシアと同じように騒ぎを聞きつけて誰か来るかも知れねぇし」

頷くシンシアと一緒に、周りに誰もいないのを確認してから闘技場を抜け、校門を出て近くの公園で話をすることにした。







「まだ二日目なのですが」

昼食の席で、山菜のパスタを頬張るダインに向けてサラが言う。

シンシアに種族がばれてしまった。そのことに対しての、サラの小言だった。

「いや、ヴァンプ族に詳しい奴がいるなんて思わなかったし、触っただけでバレるのは仕方ねぇって。あいつに気付かれないようにすんのは難度高すぎだろ」

「超奥手なダイン坊ちゃまのことですから、女性に触れる状況などまずあり得ないと思っていたのですが…」

自分の事ながら同感だとダインも思ったのか、少し前まで触れていたシンシアの手の感触を思い出し、顔を赤くさせてしまう。

「シンシア様は他言しないと言ってくださったのですよね? でしたらそれはまぁ良しとしますが…」

サラは懸念の残る表情のまま続ける。

「ラフィン様と、デビ族の…ディエル様、と仰られてましたか? あの方々にまで感づかれたかもしれませんね」

コーンスープを飲んでいたダインの手が止まる。

まずいことをしてしまった、という後悔が表情に出ていた。

「やっぱまずいよな」

「まずいですよ」

サラは言い、追及を続ける。

「しかもクラス委員に任命され、クラスメイトの方々の疑念を植え付けてしまった。ヒューマ族らしい行動を、と念を押して言ったはずなのですが」

「そ、それも仕方ねぇって。先生の反応が予想外すぎたんだよ」

「まぁ考え方を変えろとまでは言いませんが、ヒューマ族の方ならやりそうな行動を想像しつつ、言動に注意を払っていただきたかったですね」

「役者じゃねぇんだからそんなことまで出来るわけないだろ」

「全く…先が思いやられます」

さらに追及が続くかと思われたが、「ですが」と口を開く彼女はどこか優しげだ。

「喧嘩の仲裁に入ったのは良いことだと思います。ダイン坊ちゃまのお話を聞く限りだと、あの場を収めてなかったらきっと大変なことになっていたでしょうし。であるからこそ、シンシア様はダイン坊ちゃまを信頼なさったと思いますし」

ダインは自分の手を見る。

自分の中に、シンシアの温かな聖力が流れているのを確かに感じ取っていた。

「始めての吸魔はいかがでした?」

サラが聞いてくる。

「心地いいものでしょう?」

「え、いや、それは…まぁ…」

「だが」とダインは懸念を口にする。

「触れる度に吸っちまうってのは、シンシア以外の奴に触る機会が無いとは限らないし難しいんじゃねぇか?」

「吸魔の経験が少ないからですよ。慣れれば吸収量の調節ができるようになります」

「そうなのか?」

「はい」

「それはともかく」サラは話題を変える。

「身バレすれすれだったのはまずいですが、しかし協力者を得られたのは大きな進歩ですね。魔法を使う授業があった際は、聖力の提供を約束してくださったのでしょう?」

「ああ、まぁ…あいつも何か困ったことがあったら俺も協力するって言ったしな」

二人だけの秘密。

公園で話していたとき、シンシアがそう言って笑っていたのを思い出す。

「でもクラスが違うから、協力っつっても難しい気がするんだけどな」

「同じノマクラス内でも協力者の方がいらっしゃれば良いのですが…まぁ、当分はシンシア様に頼りましょう」

「そうだな…あいつにあんま負担かけないようにしねぇと…」

「ごちそうさま」と両手を合わせる。

サラはお粗末様、と言い、夕飯の献立が肉料理であることを彼に伝えた。

「んじゃ今日も中庭に行ってくる」

「承知しました。お風呂は何時ごろ入られますか?」

「日が落ちた頃で良いよ」

ダインは椅子から立ち上がり、自室へ行こうとする。

途中で「あのさ」と足を止め、サラの方へ振り返った。

「何でしょう?」

「種族の隠蔽って、うまいことやってくれてるんだよな?」

「と言いますと?」

「いや、ばれそうになって追及されても、証拠がないんじゃ貫き通せるから…」

そのことですか、とダインの言いたいことを理解したサラははっきりと頷く。

「お任せください。そういったことは私の得意技ですので」

「大丈夫なんだよな? 入学の申請書類には確かにヒューマ族って書いてくれてたんだよな?」

「もちろんでございます」

「他にも根回しとか色々…」

「大丈夫です。やっておりますよ。しっかりやってます。やってるやってる」

「………」

サラを見るダインの目には疑惑が張り付いている。

サラはあえてそれを無視しつつ、食器を重ねていった。

「頼むぜマジで…」

何か言いたげだったが、それだけを残し彼は自室へ歩いていった。

「…吸魔は成功、ですか…」

ダインが見えなくなってから、サラは呟く。

「だとすれば、“あれ”も近いかもしれませんね…」

再び彼女の口元が緩む。

「懸念はありますが、ダイン坊ちゃまが学校に通われて私の楽しみも増えるばかり。明日はどのようなお話が聞けるのでしょう」

キッチンで食器を洗う彼女の足取りは軽い。

「明日も忙しくなりそうですね…ダイン坊ちゃま…ふふ…」

サラは堪えきれない笑いを一人で浮かべていた。





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