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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百九十六節、七竜の行方

「う〜ん…」

青空の下、広場にある簡易テーブルにノートを広げながら、ダインは唸り声を上げていた。

そのノートには“完成図”という文字が書き込まれており、その下には建物の外観や内観といった、設計図のようなものが描かれている。

「ガー!」

ダインの右肩に乗っていたガーちゃんは、そのノートを覗き込みながら鳴き声を上げた。

「ん? 何だ?」

「ガーガー!!」

ノートを見てはダインを見て、何やら訴えたいことがあるようだ。

その鳴き声から、何となく察したダインはいう。

「丸い石…か?」

きくと、彼はその通りだといわんばかりにまた鳴き声を上げた。

「分かった、丸い石な」

ノートに文字を書こうとしたとき、

「ピィ!」

と、今度は左肩に乗っていたピーちゃんから声がする。

彼の鳴き声からまた何かを察したダインは、彼に向けて笑いかけた。

「お前は赤っぽい色の部屋がいいと」

「ピィ!」

ダインはいま、裏庭でピーちゃんたちのための小屋を作ろうと計画していた。

ノートに設計図を描き、それを見たピーちゃんたちがそれぞれ要望を出している。

文字や図柄という概念を理解している彼らはやはり普通の生き物ではなく、彼らの要望を聞き入れながらもダインは内心驚いていた。

「うん、なるほど、少し読めてきたぞ」

頭の上にいたニャーちゃんが鳴き声を上げようとしたとき、ダインはニヤリと笑う。

「ニャーちゃん、お前はもしかして…部屋の中に水が欲しい、とかだろ?」

いうと、彼は翼をはためかせながら「ニャー!!」と鳴いた。どうやら合っていたらしい。

「んで、シャーちゃんは花が欲しいと。そうだろ?」

「シャー!!」

テーブルの上に立っていたシャーちゃんも、嬉しそうな声を上げる。

「ヒョ?」

同じくテーブルにいたヒョーちゃんはダインを見上げ、首を傾げてみせる。「どうして分かるんだ?」と問いかけているような視線だ。

「何となくだよ」

彼らの頭を撫でつつ、ダインはいった。「属性…っていっていいのかどうか分からないけど、みんなそれぞれ違った属性を持ってるからな。火は赤、水は青、といったように、連想していけばお前らの好きなものは何か、大体分かってくるよ」

彼らの口が開かれる。声は出ないが、まるで「おー」と驚いているかのようだ。

「だいーん!」

とそのとき、カールセン邸の裏口からルシラがやってきた。

「だいん、これ! これがないと始まらないよ!」

駆け足でやってきた彼女は、ダインに細長くねじられた布のようなものを差し出す。

「これは?」

「ねじりはちまきだよ!」

ルシラはいった。「大工さんはね、頭にねじりはちまきを巻いてお仕事するんだよ?」

それもテレビかゲームでの知識なのだろう。

「みんながみんなそうしてるとは限らないが…まぁいいか。サンキュ」

笑いながらハチマキを受け取ったダインは、素直にそれを頭に巻く。

「どこまで進んだの?」

と、ルシラもピーちゃんたちと同じようにノートを覗き込んできた。

「ワンワン!」

途中でワンちゃんがルシラに向けて鳴き声を上げる。

ダインよりもかなり鮮明に彼らの思念を読み取れるルシラは、「え、ほんと!?」と驚いたようにダインを見た。

「だいん、ぴーちゃんたちの好みが分かるの!?」

「ん? 何となくな」

ダインはやや得意げにいった。「属性の概念を考えれば分かってくるんだよ」

「へー! るしらも分かんなかったのに!」

「お、そうなのか。何だったら残りの奴らも当ててやろうか」

ダインはノートに彼らの名前を記入していき、そしてその名前の下に彼らが小屋に置いて欲しいものを追記していく。

そしてまだ言い当ててないポーちゃん、ワンちゃん、ヒョーちゃんの名前を書いたところで手を止めた。

「よし、三匹とも前に並べ」

ダインがいうと、彼らはどこかわくわくした様子でダインの前に並ぶ。

「まずポーちゃんな」

彼を真正面から見つめ、「ポーちゃんの属性は死だから…」、予想を巡らせたダインは、ピンとくるものがあっていった。

「ドクロマークのついた何かだ!!」

決まったとダインは思ったのだが、

「…ポー」

と、何故か彼は力ない鳴き声と共に俯いてしまった。

「あれ? 違うのか?」

「ポー」

ポーちゃんはルシラに向けて鳴き声を上げる。

「ん〜…ぽーちゃんは、なんかきらきらしたものがいいんだって」ルシラが彼の声を代弁した。

「え、そ、そうなのか。キラキラしたもの…ガラスとか、金粉とかってことか?」

「ポー!」

と、今度は元気な鳴き声と共に翼を広げた。嬉しそうだ。

当ててやろうとルシラに大見得を切ったものの、早速つまずいてしまった。

が、ここで流れを切るわけにもいかなかったので、ダインは今度はワンちゃんに顔を向けた。

「ワンちゃんの属性は雷だ」

その黄色い体色を確認しつつ、ダインは怯むことなく断言する。

「ずばり、電化製品だ! どうだ!」

「…ワン」

彼からまた力のない鳴き声。

「あ、あれ? これも違う?」

「とんかちとか、のこぎりが好きなんだって」ルシラがいった。

「工具類…ってことか?」

「ワン!」

「そ、そうか」

ダインはノートに彼らの好みの品を書いていく。

ごほんと咳払いをして気まずい空気を振り払いつつ、「じゃ、じゃあ最後は…ヒョーちゃんだよな」と彼に顔を向けた。

「ヒョー!」

最後に残ったヒョーちゃんは翼を広げる。

「元プノーのヒョーちゃんの属性は毒だ」

めげないダインはいいきった。「毒は紫。紫のものといえば…そう、ブルーベリー!!」

「…ヒョゥ」

ヒョーちゃんまでもが顔を俯かせてしまう。これもまた違ったらしい。

「ひょーちゃんは、犬のぬいぐるみがいいんだって」とルシラ。

「なんだそれ!!」

ダインはとうとう我慢できず突っ込んでしまった。「属性関係ねぇじゃん!!」

「あはは! そうみたいだね!」

ルシラは面白そうに笑い、ピーちゃんたちも翼をはためかせながら鳴き声を上げている。

「…全く、見てて飽きない奴らだよ」

ダインも笑顔になった。「いまのところ、お前たちのことで分かったことはその性格ぐらいか」

そう続けると、「それでもすごいよ?」とニーニアがいった。

「ぎべおじいちゃんとか、ぺりどあぱぱは、ぴーちゃんたちのことがほとんど分かんないっていってたもん」

「俺のほうが毎日見てるからな」

ダインは再びノートに彼らの要望を取り入れた、新たな設計図を描き起こしていく。

「ん〜でも、ぴーちゃんたちのお部屋っているのかなぁ?」

そもそも論でルシラがいった。「みんな仲良しなんだし、お部屋作っても、ねるときは一緒にねそうな気がするよ?」

確かに彼女のいう通り、彼らはいつも一緒に行動している。寝床を作るという意味では、七匹別々の小屋を用意する必要はないのかもしれない。

「ないよりはあったほうが良いと思ってさ」

ダインは答える。「七匹揃ったんだし、いつまでも中庭に固めさせていたんじゃ申し訳ないからさ」

と彼はいうものの、別に彼らは行動範囲が中庭で制限されているわけではない。

ただ、他人に見られては色々と問題があるような気がしたので、村のほうには出ないようにといっているだけで、家の中ではどこでも自由に移動ができる。

わざわざ躾ける必要がないほど彼らは賢いので、彼らがどこにいようと困る人はいないのだが、しかし彼ら専用の部屋がないというのはそれはそれで申し訳ない。

だから、彼らが落ち着ける場所を作ろうとダインは考えていたのだ。

「使わないなら使わないでいいんだよ。半分暇つぶしみたいなもんなんだし、それにこいつらの趣味の部屋にしても面白そうだろ?」

「おー、それはそうかも!」

ルシラは乗り気になって、ピーちゃんたちの声をききつつ、ダインと一緒に彼ら好みの部屋の設計図を描こうとした。

「あ! るしらもはちまきしなきゃ!」

途中で自分の頭に何も巻かれてないことに気付き、彼女はすぐにまた家の裏口へと走っていく。

「ハチマキはどっちでもいいんじゃねぇかなぁ」

ダインが笑いながらいうもののきこえてなかったらしく、そのまま家の中まで入っていってしまった。

「設計図が完了したらすぐに取り掛かるから、もうちっと待っててくれな?」

ダインがそう話しかけると、「ピィ!」、とピーちゃんが元気な声を上げる。

そして彼らは身を寄せ合ってノートを眺め、クチバシで突付いたりお互いに顔を見合わせて鳴き声を上げ始めた。

部屋のコーディネートでも相談しあっているのか、単調な鳴き声だが建設的な議論をしているようにも見える。

その可愛らしい光景を眺めながら、ダインはふとあることが過ぎった。

それはいまのダインが抱えていた懸念ごとであり、思わず手を止めてしまう。

そんな彼の様子が伝わったのか、鳴き声を止めたピーちゃんたちはダインを見上げる。

「…お前たちは、どこから来たんだろうな」

思うところがあったダインは、おもむろにニャーちゃんを両手で掴んで持ち上げた。

「ニャ?」

ダインの考えていることが分からず、視線を同じにしたニャーちゃんは不思議そうにしている。

「もし仮にさ、レギオスが…あの存在が復活したら、お前たちはどうするんだ?」

そうきいた。「このままここにいてくれるのか、それとも…昔仕えていたレギオスのところに、戻っていく…のか?」

彼らには、ダインが助け出す前までの記憶がない。ルシラと同じく、何も思い出すことができないらしい。

しかしもし、レギオスが復活したことによって、自分がどういう存在だったのかを思い出してしまったら、彼らはどうするのだろうか。

ギベイルからレギオス復活のことをきいて、ダインはずっとそのことが頭の片隅でくすぶっていた。

ギベイルの調査によって、かつて人類を滅亡寸前まで追い込んだ七竜と、いまのピーちゃんたちには直接的な繋がりはないということは分かっている。

だが、その七竜を形作った“基礎”はピーちゃんたちであることは間違いない。繋がりはないが、関係はしているはずなのだ。

その上、あのレギオスがピーちゃんたちをどこからか引き連れてきたこともまた事実。あの存在がまた彼らに干渉を図るという可能性も、完全にないとは言い切れない。

それは見方によれば、レギオスの復活によってピーちゃんたちも人類にとって危険因子となりうるということになる。

だからダインは不安だった。こんなにも懐いてくれている彼らと相対することになるのではないかと。討伐しなければならないときが来てしまうのではないかと。

もちろんダインは毛頭そんなつもりはない。仮に彼らが暴走することになったとしても、あらゆる方法を用いて行動を封じ、殺める以外の方法を模索するつもりでいる。

だが、もし…もし仮に、レギオスの悪意によって彼らが操られ、人々に襲い掛かるようなことになってしまったら…シンシアたちに危害を加えようとしてしまったら…。

「…どう…なるんだろうな…」

ニャーちゃんを両手で持ち上げたまま、ダインはつい俯いてしまう。ニャーちゃんの柔肌に触れる両手はじんわりと暖かく、彼らが危険な存在になることなど微塵も想像できない。

彼の心配が伝わったのか、ニャーちゃんから「ニャー」と可愛らしい鳴き声があがった。

そして長い首を動かし、俯くダインの額に自らの頭部を押し当て、ぐりぐりと頭を動かす。

最近分かったことだが、それは彼らなりの愛情表現のようだった。

顔を上げると、目が合った途端ニャーちゃんはまた「ニャー」と鳴き声を上げる。

まるで心配するなといっているようだった。

気付けばニャーちゃん以外の子竜たちもダインの周囲に集まり、同じように頭を押し付けぐりぐりさせている。

「みんな…」

彼らの行為でほっと安堵したのも束の間、今度は背中からも誰かの頭部を感じた。

振り向くと、そこには頭にねじりハチマキを巻いたルシラがいた。

「だいじょうぶだよ?」

彼女はダインを見上げるなりそういった。「ぴーちゃんたちは、みんな家族だもん!」

どうやらダインの不安の声を聞いていたらしい。

「みんな家族で、だいんのことが大好きで…! だから、みんなどこにもいかないよ?」

「…そっか」

表情を笑顔に変えたダインは、ルシラも交えて彼らをまとめて抱き寄せた。

「わわ」

「ありがとうな」

そういうと、ピーちゃんたちはまた嬉しそうな鳴き声を上げ、ダインに頭を押し付けてくる。

「お礼をいうのはるしらたちだよ?」

と、ルシラが笑顔でいった。「助けてくれてありがとうって。見つけてくれてありがとうって。みんなもるしらも、だいんのこと大好きだから!」

「はは、そうか」

ダインはピーちゃんたちと、そしてルシラの頭を優しく撫でていく。

「えへへ…でも…るしらの好きは、みんなとはちょっと…違うけど…」

恥ずかしそうにルシラは呟く。

その姿を見てたまらなくなったダインは、もう一度だけ強めに彼女を抱きしめ、そして離した。

「よし、んじゃ小屋作りの続きに取り掛かるか」

完成予想図をピーちゃんたちに見せ、ダインは明るい声でいった。「みんな家の中に戻ってお気に入りのものを見繕って持ってきてくれ。俺は近くの工房から木材をもらってくるからさ」

「おー!」

ルシラは拳を振り上げ、ピーちゃんたちと一緒に家の中に入っていこうとする。

「おいおい、ルシラまでついていかなくていいだろ」

ダインが呼び止めるが、「ピーちゃんたちと一緒にねれるお部屋、るしらもほしーよ?」といってくる。

「おっきくてふかふかなお布団でね、みんなと一緒にねるの!」

ルシラと一緒に眠る七竜たちを想像したダインは、「…ありだな」といった。

「だいんもそうしよーよ! それとも大変かな?」

「いや、小屋を作ること自体は俺にはそんな大した作業じゃないが…」

「じゃあほら、一緒にお気に入りのもの探そうよ! ね?」

ルシラに手を掴まれ、引っ張られる。趣味の個室がもらえると分かり、ピーちゃんたちはかなりハイテンションだ。

「こりゃ…今日中には終わりそうにないな…」

ダインは笑いながら彼らの後をついていった。

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