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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百九十三節、グッドモーニング

眩しい光を感じて目を開けると、部屋の中が朝日に包まれていたことに気がついた。

すぐに上半身を起こして時間を確認しようとしたダインだが、昨夜はラフィンと一緒に寝ていたことを思い出す。

彼女はまだ眠っているのだろうかと布団を捲くってみるが、そこにいたのはラフィンではなくルシラだった。

「あれ…?」

いつの間に入れ替わったのだろう?

ラフィンはどこにいったのだろうかと思っていると、

「おはよう」

と、部屋の窓があるほうから声がした。

ラフィンはすでに起きていたようだ。

窓際に立つ彼女は、そのまま全身に朝日を浴びて日光浴している。

「いい部屋ね、ここ」

そういって笑顔を向ける。「朝日が差し込んできて、目覚めからいい気分になれるわ」

「ん〜…でも、この光でいつも目が覚めちまうから、寝不足なときもあるんだけどな」

ダインはあくびをかみ殺しながらそういって、まだ起きる様子のないルシラに布団を被せた。

「ん〜…!!」

また窓のほうに身体を向けたラフィンは、そのまま両手と羽を広げて大きく伸びをしている。

「もう平気か?」

上半身を起こしつつ、その背中に向けてダインはきいた。

「ええ。おかげさまで」

伸びをしてから再び振り向いたラフィンは、今度ははっきりと分かるほどの笑顔だった。「ありがとう、ダイン」

彼女の髪がブロンドだからだろうか。それとも白っぽいパジャマを着ているからだろうか。朝日の光に反射するラフィンは、まるでゴッド族のように光り輝いて見える。

その笑顔も朝日に負けず劣らず眩しいほどで、今度こそ心配ないようだと安堵したダインも、「良かったよ」と微笑んだ。

「あ、ご両親にご挨拶してくるわね」

「ん? ああ」

そのまま部屋を出ようとしたラフィンだが、「あ」と何か思い出したように足を止め、振り返った。

そしてダインの目の前まで移動してくる。

「どした?」

見上げる彼を、ラフィンは不意に抱きしめた。

大きな胸にダインの顔面が埋まり、「むごっ?」、とダインから驚くような声が漏れる。

「本当にありがとう、ダイン」

混乱する彼に向け、ラフィンはまた愛しさを込めた笑顔を向けた。「大好きよ?」

力いっぱいに彼を抱きしめ、胸の谷間から覗く彼の額にキスをしてから、そっと離れた。

「先にいってるわね」

と、ダインに手を振りつつ部屋のドアを開け、廊下に出る。

ドアがパタンと閉まり、足音が遠ざかっていった。

そのドアをしばしボーっと眺めていたダインは、次に腕を組んで「う〜ん」と唸ってしまう。

「あれは…ずるいな…」

顔の熱でも冷まそうと洗面所に行こうとしたが、また勝手にドアがガチャリと開かれた。

「おはようございます」

そういって入室してきたのはサラだった。手には綺麗にたたまれたダインの衣類が持たれている。

「先ほど、ラフィンお嬢様とすれ違ったのですが…」

その衣類を部屋の隅にあったタンスにしまいながら、サラは不思議そうにしている。「何か…ございましたか?」

「何かって?」

「何といいますか、こう…初対面のときに見せたようなクールさを微塵も感じないような、陽光のような笑顔でご挨拶されまして…」

サラはラフィンに対して“クール美人”という印象を持っていた。が、さきほどのラフィンは、その印象を突き崩すほどの明るい笑顔をしていたらしい。

「一晩一緒に寝ただけなんだけど、大分持ち直してくれたようだよ」

ダインはそういって笑った。「俺は特に何もしてないんだけどな」

「本当ですか?」

何故かサラは疑わしげだ。「あの喜びようは、絶対に何かいいことがあった顔のようにお見受けしましたが」

「どういうことだよ」

「こう、パーッとした笑顔だったのです」

サラはいう。「あれはまるで、積年の想いが成就したような…そう、例えるなら、想い人と初エッチを済ませたかのような、羞恥と幸福が入り混じったような笑顔といいますか…」

「朝から何バカなこといってんだよ」

ダインは呆れながら部屋を出て行こうとしたが、そこでベッドの布団が突然膨らんだ。

「ん〜〜…!!」

大きく伸びをしながら身体を起こしたのはルシラだった。どうやら目を覚ましたらしい。

「おはよう、ルシラ」

「おはようございます」

まだ少し眠たそうな目でダインとサラを確認したルシラは、「おふぁ〜…」とあくびと挨拶を同時にした。

そのままボーっとしているルシラに、「ルシラ、ちょっといいですか?」サラが近づいていく。

「ん〜?」

「思い出せたらでいいんですけど、昨日この部屋に忍び込んだとき、ダイン坊ちゃまとラフィンお嬢様がどのような状態だったか見ましたか?」

「おい」

止めようとしたダインだが、ルシラは「ん〜」と寝起きすぐの頭を働かせる。

「なんか、繋がってたよ?」

といった。

「ほう、繋がってた?」

サラが強い興味を示す。「それはどのような体勢で、そしてどのような部分が繋がっていたのですか?」

「おい、いい方!」

ダインが突っ込むも、「抱き合ったままだよ?」とルシラは答えた。

「こう、抱き合ったままね、だいんから何かがのびていて、それがらふぃんちゃんの中に…」

「ルシラもいい方!!」

二人とも、ダインの声は届いてないようだ。

「…ふむ」

サラの目がきらりと光る。勘違いしているというのは見て分かった。

「いいか、サラ。昨日はラフィンの不安を取り除くために、“マナ・コンタクト”ってやつをやっただけでな、性的な接触は一切なかった」

ダインは弁明を始めたが、

「ええ、ええ、分かってます。分かっておりますよ、ダイン坊ちゃま」、サラの口元は歪んでいた。

「その顔は分かってる顔じゃねぇ」

「では朝食の準備をしてまいります。ダイン坊ちゃまはどうぞのんびりした後に、ダイニングまでお越しください」

「余計なこというんだろ? 親父とお袋に余計なこといって、俺を困らせようって魂胆なんだろ?」

「さ、行きましょうか、ルシラ」

「うん!」

「聞けよ!」

部屋を出て行く二人を、ダインは慌てて追いかけた。



朝食を食べ終えたちょうどそのタイミングで、シンシアたちが手伝いに来てくれた。

動きやすい服装に着替え、早速宴会で散らかり放題だった中庭の清掃を始める。

ゴミを分別しテーブルを拭き、芝生に散らばっていた紙皿や紙コップも一箇所にまとめていく。

九人(プラス七匹)がかりともなればその作業はあっという間に終わってしまい、やることのなくなったダインたちはそのまま芝生の上でくつろぎ始めた。

「そういやディエルは来てないんだな」

ダインがいうと、「昼からだって」とシンシアが答えてくれた。

「最近週末の習い事がサボり気味だからって、午前中は貯まった分の消化に追われるみたい」

「あー、あいつも大変だな」

沢山の習い事を課されるのは、金持ちの子供として生まれた者の宿命なのかも知れない。

それは考えようによってはとても幸せなことではあるのだが…。

ふと同じ宿命を背負っているはずのラフィンに顔を向けたダインは、「ラフィンは…」といいかけて止めた。

「お前の場合はそれどころじゃなかったか」

「え、ええ、まぁ…」

ラフィンはやや小難しそうな表情で頷き、「けど、そろそろ再開しないと先生方も困る…わよね」といった。

ラフィンのことだから、彼女専属の先生にはちゃんと休むことは伝えてあるのだろう。

しかし向こうにも契約というものがあるので、そう毎週休まれては困るというのも分かる話だ。

「ラフィンもどっかで埋め合わせするとか?」

とダインがきくと、「でも近々ほとんどの習い事を辞めるつもりなんだよね?」、とシンシアが意外なことをいった。

「え、そうなのか?」

何も知らないダインは驚きの声を上げる。「何でまた?」

ダインの質問に、事情を知っているニーニアが、「やりたいことができたから、これからはそっち方面のことに集中したいみたいだよ」という。

「やりたいことって…」

「政治家です!」

そういったのは、これまた事情を知っていたティエリアだ。

「え? マジ?」

これにはダインも驚くしかない。「またとんでもないもん目指し始めたな…」

「政治家になって、やや閉鎖的だったエンジェ族の方々の価値観を変えたいとのことです」

そこでラフィンが慌てたような顔になり、「ち、違いますよ」と手を振った。

「価値観を変えたいというのはその通りですが、政治家は飛躍しすぎです」

コホンと咳払いをして、ラフィンは説明を始める。「教師…のようなものになれればいいな、と。それも歴史や“種族学”専門の」

「教師?」

「うん、そう。昔の私のように、他の種族に固定観念を持ったエンジェ族の人はまだ多いから。でもそれは外の世界を知らないだけで、色々なところの色んな種族のことを知ったら、きっと仲良くなりたいって思ってくれるはずだと思って…いまの私のように」

恥ずかしそうに語るラフィンを、シンシアたちはニコニコ顔で見ている。

「エンジェ族の人たちに説いて回りたいってことか」

「ええ。地域によっては、まだ民族主義で凝り固まったところもあるから…でも、もう種族間の隔たりがある時代は終わらせるべきだと思ったの。お互いの違いを認めた上で、上手に付き合っていくべきだってね。一つの種族だけで生き永らえることはできないんだもの」

「そうだな」

ダインが頷いたのを見てから、ラフィンは続ける。「だから、習い事の方向性を歴史や種族関係に切り替えることにしたの。社会学者の人や、専門家の人から授業を受けたりね」

「その先生の中に、ミーナちゃんのお父さんも入ってるんだよ? あの人、考古学者だから」

シンシアがそういい、「学校でも、歴史と法律に詳しいクラフト先生から特別授業まで受けてるんだよ」、とニーニアが補足する。

「お前…すげぇな…」

ダインはもう感心するしかない。

「ダインの…いえ、みんなのおかげ」

ラフィンは顔を赤くさせながらいった。「私がそういう風に考えるようになったのも、色んな種族の魅力を伝えたいと思ったのも、みんなが優しくしてくれたおかげだから…」

「すごい人になるよ、ラフィンちゃんは!」

突然、シンシアがラフィンに抱きつく。

ニーニアもティエリアもそれに習い、囲まれたラフィンはくすぐったそうに笑った。

「まだ私は何もしてないわ。それに将来のことがもう決まったわけでもない。これからよ」

「何か手伝えることがあったらいってね?」

「ふふ、ええ。もちろん頼らせてもらうわ。ダインもよろしくね?」

「ああ」

頷くダインだが、「でも先生にするなら、もう一人欠かせない人がいると思うぞ?」といった。

「欠かせない人?」

「俺と同じか、それ以上に希少種の人…コーディさんだよ」

ダインがそういったところで、ラフィンは「あ」と声を出す。

「勉強熱心なあの人は色んなことを知っていて、そして希少種だからこそ色んな経験をしたはずだ。いいことも悪いことも含めてな。歴史や種族のことを知りたいのなら、いいことばかりじゃなく悪いことも知るべきだと思うぞ」

「ええ…ええ、そうね。その通りね」

完全に納得した様子のラフィンだが、「でも来てくれるかしら…あの人、カイン様と繋がりが…」と何やら悩んでいる。

「先生っつーもんは教えに来るもんじゃなく、教えてもらう側が行くもんだ。そうだろ?」

ダインはそういって笑いかけた。「時間ができたら一緒に行こうぜ。俺だってあの人から色々と教わりたいし知りたいからさ」

「私たちも行くよ!」

シンシアが、はいっと手を上げた。「だから、ちゃんと紹介してくれると嬉しいな!」

「ああ、そうだな」

「ふふ、できるだけ早くに予定を立てるわね」

しばらく笑い合うラフィンたちの近くでは、ピーちゃんたちが一箇所に集まって日向ぼっこしている。

中庭から見えるリビングではルシラが真剣な顔で勉強しており、サラが答え合わせしていた。

その平和な風景をダインが眺めていると、

「でも…良かった」

ラフィンに抱きついたまま、ニーニアがいった。「ラフィンちゃん、元気になれたんだね?」

彼女はまだラフィンのことを心配していたようだ。

「また昨日のように戻ってたらどうしようって思ってたんだけど…」

「ま、まぁ、ダインのおかげで…」

ラフィンはぼそぼそという。「彼に、沢山元気をもらったから…」

ここでディエルがいたならすぐに茶化されたところだろうが、シンシアたちは素直に受け止めてくれたようだ。

「ですが、元通り…という風には見えません」

と、ティエリアが笑顔のままいった。「落ち着きのようなものが出てきたといいますか、こう…より大人になられたような…」

確かに、いまのラフィンには以前あったような“やかましさ”が抜け落ちているような気がする。昨日の一件で何かしら変化をもたらしてしまったのかもしれない。

「成長したんですよ」

とシンシア。「そしてそのきっかけは、やっぱりダイン君!」

笑顔でダインを見た。「私もそうだし、みんなもきっとそうだよ。ダイン君といると、いつも“変化”や“成長”させられている気がする」

「そう…なのか?」

実感がないとダインが続けるが、ニーニアがそうだと頷いていた。

「吸魔もそうだし、“ダイブ”もそうだし、ダイン君の魔力が体の中に残っているからなのか、強くなっているって実感するときがあるんだよ?」

そういえば以前、ニーニア本人から同じような話を聞いたことがある。

「ダインは私たちの活性剤みたいなものね」

ラフィンがいうと、シンシアたちはその通りだと声を上げて笑った。

「それについては良く分かんねぇけど、でもまぁ役に立ててるなら良かったよ」

そういってダインが彼女たちそれぞれの頭を撫でていき、笑った。

そして立ち上がって“大工仕事”の準備を始めようとしたとき、

「ちょっといいかしら?」

と、ダインたちに向けて誰かが声をかけてきた。

シエスタだった。その背後にニーニアの父、ペリドアと、祖父のギベイルが居る。

「ん? 何かあったのか?」

ダインが尋ねると、「ついでだからみんなにも話しておこうと思ってな」とギベイルがいった。

「例の“遺物”を通じて今後の展開が見えてきたのだ。まだ確定した情報ではないが、共有はしたほうがいいだろう」

「今後の展開?」

「うむ」

白くて長い髭を撫でながら、ギベイルは頷く。

「七竜が討伐された、次の“事象”について━━混沌の神、レギオスの復活だ」

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