百九十二節、優しい光
いまは深夜を少し回った時間だろうか。
つい先ほどまで喧騒に包まれていた中庭は静まり返っており、リビングにはぼんやりとした明かりが点っている。
「では、私もこの辺で」
サラは、ダインに向けて軽く頭を下げた。その両手には、遊び疲れてぐったりと眠っているルシラがいる。
「ちなみに明日のご予定などはございますでしょうか?」
尋ねられたダインは、「今日は色々あって流石に疲れたからな。ゆっくりさせてもらうよ」といった。
リビングには、サラとルシラ、ダインの三人しかいない。
泊まる気満々だったシンシアたちは、「今日ぐらいは家で寝なさい」とそれぞれの親に無理やり連れ帰らされてしまったのだ。
シンシア母娘が帰り、ジャスティグ一家が帰還し、ニーニアの家族も歩いて帰っていき、ディエルもメイドのラステが突然現れて帰らされていった。
ジーグとシエスタはたったいま自室に戻って、中庭にはすっかり人の気配はなくなってしまった。
中庭のそこかしこには、酒瓶や紙皿、プラスチックのフォークや食べかすが散乱している。
「ゆっくりする前に、まずは朝一で中庭の掃除だな」
ダインがいうと、「やれやれですよ」、サラは少しめんどくさそうに息を吐いた。
「酔っ払いはあまり放置するものではありませんね。この散らかり具合、子供よりタチが悪いです」
もっともだと笑ったダインは、そのままリビングのほうに顔を向ける。
ソファにはピーちゃんたちがいた。
いつものように固まって眠っている姿は可愛らしいとしかいいようがないが、しかし七匹ともなるとなかなかの混雑模様だ。
「…そろそろあいつ等専用の部屋を用意してやんねぇとな」
サラもピーちゃんたちに顔を向け、「そうですね。明日はのんびりと大工仕事をなさっては?」といってきた。
「あの子たちはそれぞれ性格に差がありますからね。同じ部屋というのは味気ないですし、彼らの意見を取り入れつつ部屋を工作するのもなかなか楽しそうですよ」
「ああ、いいなそれ」
サラの意見を採用することにして、「じゃあ明日は裏庭にいるけど、何か頼みごとがあるならいってくれな」と彼女にいった。
「畏まりました」
サラはダインに向けてもう一度頭を下げ、「それでは」とルシラを抱っこしたまま自室へと戻っていく。
ダインは最後に誰かの忘れ物はないかを見て周り、ピーちゃんたちにちゃんと毛布がかかっていることを確認してから、リビングの明かりを消した。
そして冷蔵庫から飲み物を“二つ”用意して、自分の部屋へと向かう。
ドアを開けると、ダインがいつも使っている勉強机にはラフィンがいた。
机を睨みつけている彼女の手には鉛筆が持たれており、とてつもないスピードでプリントに文字や数字を書き込んでいる。
「捗ってんな」
そう声をかけると、よほど集中していたのか、いま彼に気付いたかのように「あ、ダイン」と顔を向けてきた。
彼女はいま、宿題をやっていたようだった。一週間の間不登校だったので、その間に出されていたものらしい。
ディエルがわざわざラフィンの実家から持って来てくれたらしいが、その宿題をラフィンに渡したときのディエルの顔が、やけにニヤついていたことを思い出す。
「絶対に二日三日で終わらない量だっつってたけど…」
回答済みのプリントはラフィンの右側に積みあがっており、いま彼女が解答しているプリントで最後のようだ。
「流石だな。お前の手にかかれば一時間もかかんねぇか」
「お疲れ」と続け、ラフィンの近くに熱めのどくだみ茶が入ったマグカップを置いた。
「あ、ありがと…」
宿題を中断させたラフィンは、早速お茶を飲み始める。
しばし無言のまま、お互いお茶を啜る音だけが聞こえていたが、
「あの…」
ラフィンがふと声を出した。
「迷惑じゃ…なかった?」
そうダインに尋ねてきた。
「迷惑って?」
「お昼からずっと、ここのお世話になってるから…」
ラフィンだけカールセン邸に泊まることに、彼女はやや遠慮があったらしい。
「これぐらいなんでもないよ」
ダインはそういって笑いかける。「実をいうと大移動の手伝いで、シンシアたちは昨日ここに泊まってたんだよ。毎週あいつ等が押しかけてくるのはもう定番になっちまったんだし、ラフィン一人だけだと静か過ぎるぐらいだ」
「そ、そう…良かった…」
「それよか、ラフィンの家のほうは大丈夫なのか?」
ダインは逆に尋ねた。「“あんな状態”だったお前をディエルが連れ出して、そのままここに泊まってるんだから。家の人は心配してんじゃねぇのか?」
「あ、それは、ディエルがちゃんと連絡してくれたみたいで…」
ラフィンはパジャマのポケットをまさぐり、そこから携帯を取り出してダインに見せてきた。
その画面には、ラフィンの専属メイドであるサリエラからの返信が表示されていた。『明日お迎えに上がります』と書かれてある。
「宿題と着替えを持ってきてくれたり、生徒たちへの私の休学理由を病欠といってくれたり、ディエルにも色々気を使わせちゃったみたい…優しい子だったのね、あの子…」
「今更な話だろ」
ダインはいう。「ミーナのときもそうだったけど、あいつはいってることとやってることが一致しないときがある。あんまり内面の部分は覗かれたくないようだけど、あいつがやったことだけを見れば、どれだけ友達想いの優しい奴か分かるだろ」
側に本人がいたらすぐに否定しそうなものではあったが、ラフィンは笑顔を浮かべて、「ふふ、そうね」と頷いた。
そこで会話が途切れ、ふと机の上に置かれていた時計に目を向けたラフィンは、「あ、もうこんな時間か」といって筆記用具を片付け始めた。
「中途半端だけど、残りは帰ってからやるわ」
「そうしろ。もう寝ないとな」
そしてまた無音。
ラフィンの寝室は別に用意してくれているはずなのだが、彼女は立ち上がろうとしない。
「あー…やっぱ“ここ”がいい、のか?」
きくと、
「…だめ?」
と、彼女は上目遣いで見てきた。
「できるなら、今日は一日、一緒がいいなって…」
確かに、ラフィンが“あんなこと”になったのは、大元を辿ればダインのせいだ。
混乱して動揺していたラフィンを昼間からあやして、ようやく混乱が落ち着いてきたところなのだ。ここでまた引き離すと、不安感から元に戻ってしまう可能性もある。
ラフィンの心が完全に安定するためには、ラフィンが望む通りにするのが一番だろう。
「まぁ、俺も最初からそのつもりだったけどさ」
ダインは再び笑い、ラフィンの手を取って椅子から立たせた。
そしてベッドの端に彼女を座らせる。
「………」
ラフィンは少しそわそわしている。
自分で一緒に寝たいといったくせに、異性の部屋にいるといまごろ自覚し始めたようで、気恥ずかしさからか落ち着きなく手足を動かしていた。
部屋を見回してはチラリとダインを見上げ、視線が合えば顔を真っ赤にさせて俯いてしまう。
ちなみにラフィンはすでに入浴済みだ。
帰宅前のシンシアたちと一緒に風呂に入り、そのシンシアたちから入念に身体を洗われたらしく、顔はさっぱりして肌の艶も良く、ボサボサだった髪はいつも以上に綺麗に整えられている。
心身ともに元通り、とはまだいかないようだが、しかし元気な彼女には戻りつつあったようで、ダインも安堵の息を吐いてしまった。
「来週からは学校にいけそうか?」
安心したままそうきいた。
「あ…うん。そのつもり」
ラフィンは頷く。「ディエルもそうだけど、生徒会役員の人たちにも沢山迷惑かけちゃったと思うし…」
「その前に、まずは明日家に帰ってから親やサリエラさんに謝らないとな?」
「あ、そ、そうね。かなり心配かけちゃったと思うから…」
素直すぎるラフィンにダインはまた笑ってしまいながら、そのすぐ隣に腰掛ける。
チラリと彼を見たラフィンは、「まだ、少し…信じられない…」と呟いた。
「今朝までは、何もかも…全部失ったんだと思っていたのに…ダインは、もうどこにもいないんだって…」
また、この一週間の絶望を思い出してしまったらしい。
「ごめんな」
ラフィンの頭を撫でつつ、ダインは謝った。
「う、ううん、私が勝手にそう思い込んでいただけだから…」
そう話すラフィンは嬉しそうで、撫でられる感覚に心地良さそうにしている。
顔の血色は良く、表情も豊かだ。もう本当に心配なさそうに見える。とりあえず一安心といってもいいだろう。
が、ダインの脳裏には、まだ彼女が泣き叫んでいた映像が強くこびりついていた。
大切な人を失ったという絶望。あの時引き止めておけばよかったという、激しい後悔。
ラフィンにしてみれば、この一週間は地獄のような日々だったに違いない。誰よりも真面目だった彼女が不登校になって世間から断絶し、その精神は崩壊寸前だったのだろう。
何度慟哭していたのだろう。どれほど心を軋ませていたのか。
「…な、ラフィン」
頭を撫でつつ彼女を呼ぶ。
「ん? なに?」
こちらを向いてきたところを見計らって、ダインは不意に彼女を抱き寄せた。
「え…だ、ダイン?」
「…ごめんな」
と、再び謝った。「辛かっただろ…しんどかったよな…」
ぎゅっと抱きしめながら、その背中を何度も撫でる。
「でも…ありがとうな」
と、今度はお礼をいった。「あんなになるまで、俺のこと心配してくれてさ…あんなになるまで、悲しんでくれて…」
そこでラフィンは少し違和感を覚えた。
自身を抱きしめるダインの体が、少し震えていたのだ。
「だ、ダイン?」
声をかけても、彼から反応はない。
「…まさか、泣いて…るの?」
尋ねても、しばらく答えなかったダインだが、
「…どうにも、あのときのお前の姿がちらついて、さ…」
ラフィンを強く抱きしめながら、ダインは小声でいった。
「あの時のラフィンの気持ちを考えて…でも、嬉しくて…どっちの感情で出ているものなのか、俺自身も分からなくてさ…。駄目だな、我慢してたのに…」
ダインが泣いている。
そのことに気付いたラフィンも、徐々に目頭が熱くなってきた。
「い、いい、の…私が、勝手に…」
「いや…嬉しいんだよ。嬉しくて、でも申し訳なくて…」
それからどちらも声を出せなくなり、しばらく鼻を啜るような音しか聞こえなくなる。
そのまま数分が過ぎ、ようやく気持ちの昂ぶりが落ち着いてきたとき、
「な…ラフィン。俺は何をすればいいんだ?」
そう、ラフィンにきいた。「どんな形でもいいから、お前の気持ちに応えたい。何をすれば、嬉しくなってくれるんだ?」
「な、何をって…私は、別に…」
ラフィンはぼそぼそという。「ダインが側に居てくれれば、それだけで十分嬉しいし…それ以上のことなんて…」
「本当か?」
なおも抱きしめた状態のまま、ダインはきいた。「いまは特別サービス中だぞ? いまなら、何でもいうこときくぞ?」
「な、何でも?」
「ああ。何でもだ。このまま撫でていて欲しいならそうするし、朝まで引っ付いていたいならその通りにする」
ラフィンの可愛らしい要求なら、何でも聞き入れるつもりだった。
時間が時間だし、小さな希望をいってくると思っていたのだが、
「じゃあ…じゃ、じゃあ…ダインが、欲しい…」
と、彼女はいった。
「ん? どういうことだ?」
尋ねると、ダインの肩から胸元へ顔を埋めるように移動し、彼女はいった。
「ダインの、温もりが…あなたの、温もりを…私の、中に…」
という台詞をきき、ダインは少し固まる。
「…あー…もしかして、さ…それってエッチなこと…だったりする、か?」
…ラフィンは動かない。
ただダインを抱き返す腕の力だけは強く、彼の胸に顔を埋めたまま、
「…ん…」
こくりと、頷いた。
「う、う〜ん…」
ダインは思わず唸ってしまう。
まさか生徒会長のラフィンから、そんなことを要求されるとは驚きでしかなかった。
「その…理由を尋ねても?」
こんなシチュエーションでそんな質問をするダインは野暮としかいいようがないのかもしれないが、彼も経験がなく真面目なので仕方のないことである。
「あ、あなたの温もりが体の中にあれば、明日…離れても寂しくないと思ったから…」
彼女の応えは至って真っ直ぐで、そして非常に可愛らしいものだった。
「い、いや、でもな…」
ダインはそれでも難色を示してしまう。
理由ははっきりしている。信頼関係だ。
家柄やしきたりなどでがんじがらめになっているはずのウェルト家が、大切な一人娘であるラフィンの外泊を黙認している。
それはいうなればダインという男のことを信頼しているからに他ならず、ここでもし彼がラフィンに手を出してしまおうものなら、その信頼が崩れ去ってしまうのではないか。
もちろんお互いに揺るぎ無い気持ちがあるのなら、たとえ親族の信頼を失うことになっても突き進めばいいとは思うのだが…。
「ほ…他には何か、ないのか?」
…ダインは、ある意味でヘタレだ。
「さっき、何でもいいっていった」
ラフィンはすぐさまそう切り返す。「ダインの温もりが欲しい。くれなくちゃ、やだ…」
こんなときに幼児返りするのは本当にずるいなと、ダインは思った。
「あ、あーとな、じゃあ…」
必死に代替案を考えたダインは、ふとティエリアのことを思い出した。
「悪い、ラフィン。もう深夜で寝なきゃなんないし、あまり時間のかかることはできないよ」
と、そういって謝る。
ラフィンから寂しそうな声が出そうになったのを察し、「ただ誤解のないように聞いて欲しいんだけど」ダインはすぐさま続けた。
「俺にとってお前はとてつもなく魅力的に見えてるんだからな?」
といい、真っ正直な感想をぶつけた。「性格が可愛いのは分かりきっているから抜きにして、顔も髪も綺麗だし、体つきはモデル並だし、特に胸には何度も目がいっちまうこともあった」
ラフィンはさぞ驚いていることだろう。“そういうこと”を全く考えてなさそうなダインが、まさか自分の胸や足を見ていたとは思ってなかったのだから。
「ぶっちゃけ、母さんやサラの精神鍛錬がなかったらとっくに襲い掛かっていたと思う。こんなときでしかいえないけどさ」
ラフィンはびくびく身体を震わせている。ダインの告白が衝撃的過ぎて、顔を上げられないようだ。
それでも逃げることなくダインの声に耳を傾け、次の言葉を待っている。
「だから、決してお前に魅力を感じないから応じられないっていってるわけじゃないんだ。そこだけは分かって欲しい」
「う…うん…」
「前にも話したと思うけど、“こういうこと”はルシラやガーゴ関連の問題がクリアできたら、ゆっくり進めていくつもりでいるよ。俺だって男なんだし、我慢にも限界ってもんがある。さっきのラフィンの台詞に、結構“クる”ものがあったってことだけは正直に伝えておく」
「は…はい…」
「だから、その代わり…といっちゃなんだけど、“アレ”…やってみないか? いまの俺とお前なら絶対に成功すると思うんだ」
「あれ…って?」
「まだ先輩にしかしたことないんだけど、シンシアたちの誰かからきいてないか? “マナ・コンタクト”ってやつ」
「マナ・コンタクト…」
そこでラフィンは、魔法力の“コア”とダインの触手が直接触れ合ったという、ティエリアの話を思い出した。
真っ赤になりながら告白するティエリアはかなり恥ずかしそうにしていたが、でもとても嬉しそうにしていたのが印象的だった。
「ラフィンの肉体に俺のアレを残すっていうのは、その…“色々と”問題が出てきちまいそうだけど、心と心の交流なら大丈夫だと思うからさ」
『精神のエッチね!』とディエルがいっていたのも、ラフィンは印象に残っていた。
「俺の僅かな魔力でも、お前の“コア”に残せるはずだからさ。それなら寂しくはならないんじゃないかなって、思うんだけど…」
「う、うん」
顔を赤くさせながら、ラフィンは頷く。
「する…したい…ダインと…」
「そっか」
ラフィンから離れたダインは、部屋の明かりを消してから、彼女に横になるようにいった。
「今日はそのまま寝ような?」
「ん…」
ベッドに寝そべるラフィンに掛け布団をかけようとしたダインだが、ふとその手を止める。
部屋の窓からは月明かりが漏れており、その青白い光に照らされたラフィンを、上からジッと見つめてしまった。
「だ、ダイン…?」
どうしたの? という視線がダインに向けられる。
「いや…本当に綺麗だなって思ってさ…」
彼はこれまた正直にいった。「もっと自覚を持ってくれな? お前は綺麗で、俺はいつも目のやり場に困ってたんだから。“色々と”想像しちまうこともあったんだし」
「い、いってくれれば、私は何でも…あなたが望むのなら、裸になったって…」
「だからそういうことをいうなって。理性が持たない」
ダインは笑って遮って、ラフィンの身体に布団を被せたと同時に、自身もそこへ潜り込んだ。
するとすぐにラフィンが抱きついてきた。
“あの一件”から彼女は甘えモード全開のようだが、途中ではっとしたようにダインから少し離れる。
「あの、マナ・コンタクトって、具体的に私は何をしてたら…」
「そのまま自然体でいてくれたらいいよ」
ラフィンのすぐ隣で寝そべり、掛け布団越しの彼女の胸元に手を置きながら、ダインはいった。
「触手をラフィンの“中”にまで持っていくからさ、その感覚さえ我慢してもらえれば…」
「あ、じゃあ…抱きついても…いいの?」
「え? 大丈夫だけど…」
そういうや否や、ラフィンは再びダインに抱きつく。
彼を抱きしめる腕の力は強く、彼の広い胸板に何度も頬擦りをし、思う存分彼の感触や温もりを堪能しているようだ。
「…今日の昼までは、こんなことになるなんて思ってもみなかったのに…」
そう呟いているのが聞こえる。
「甘えたい盛りだな」
ダインはそういって笑った。「他の奴らが見たら、またビックリされるかもしれないぞ?」
「あなたの前でだけだから、別にいい」
ラフィンはさらに彼に身体をくっつけて、密着度を高める。
「…ね」
ラフィンの背中に手を添え、触手を伸ばそうとしたとき、彼女がまた小声でいってきた。
「ね…ダイン…」
「ん?」
「どこにも…どこにも、いかないで、ね…」
「…ああ」
小さく笑ったダインも、彼女を強く抱き寄せた。「お前を泣かせるのは、もうあれで最後にするよ」
そして手から透明な“管”を出し、ラフィンと繋げる。
マナ・コンタクトなどラフィンにとっては全く未知のことで、意識せずとも身構えるのだろうと思っていたのだが、触手は意外にもすんなりと彼女の衣服と肌を貫通していった。
体の内側から触られる感触があり、そこだけはラフィンはどうにも震えてしまったようだが、それでも触手が彼女の“コア”に到達するまで、何の障害も感じなかった。
それは一重にダインに全てを預けているという証拠でもあった。ラフィンは完全にダインに身も心も捧げるような心情でいたのだろう。
「ゆっくりな…? そのまま寝てもいいからさ」
ダインは優しい声で囁いて、ラフィンの“コア”から直接吸魔を始める。
するとすぐに、その聖力に乗ってラフィンの感情や想いが流れ込んできた。
それはとてつもない大きな奔流となって、あっという間にダインの内側を満たしていく。
愛情、感謝、嬉しかったことや悲しかったこと。ラフィンそのものの“心”が、ダインの心をも覆いつくしていった。
とても甘美でまろやかな感情の波は、ダインを否応にも震わせてしまったようだ。
彼自身もその行為に没頭してしまったのだが、ラフィンの反応はダインよりやや鈍い。
感覚が鈍化しているのではなく、吸魔した瞬間に気を失ってしまったためのようだった。
感情が爆発し、睡眠不足が蓄積していたのもあって、マナ・コンタクトの感覚にはさすがに耐え切れなかったのだろう。
しかしそんな状態でもダインを抱きしめる腕は強く、決して離れようとはしない。
「…ごめんな…」
ダインは最後にもう一度彼女に謝罪の言葉を述べ、そこで彼もとうとう気を失ってしまった。
━━━━
…その晩、ダインは“また”夢を見ていた。
目の前の世界が、全て白一色に染まっていた。
感覚はあるのに、“自分”という存在がその世界でどうなっているのかが分からない、不思議な夢。
見えているのは空なのか、地上なのか。そもそもここはどこなのか。
何も分からないが、しかし視界の中心には“誰か”が浮かんでいるように見えた。
そこには、夢の中で度々出てきていた、名前も分からないゴッド族の少女がいたようだ。
徐々にその少女の姿だけがはっきりと現れてきて、彼女は“こちら”を見ている。
以前までは彼女ともう一人“誰か”がいたようなのだが、周りには誰もおらず、彼女はただ優しげな表情で佇んでいる。
まるで慈しむようなその視線は確実にダインを見ているようで、しかし…その表情に、ふと翳りが差した。
「…お願い…」
光に“囚われたような”彼女は、初めてダインに向けて口を開く。
だがそれは、初めて話しかけたにしては、あまりにも唐突なものだった。
「…助けて…」