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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百九十一節、宴会の続き

「一つ気になっていることがあるんだけど」

ダインが、ラフィンに改めて“大移動”のことを説明し終えたのを待ってから、ディエルが手を上げて発言した。

「どうしてダイレゾのブレスが飛んでくるって分かったの?」

中庭の宴会は夜になっても続いており、“ママ友たち”、“パパ友たち”、とそれぞれがテーブルを囲んで会話している。

ママ友たち女性陣はお喋りに夢中のようで、笑い声が絶えない。

パパ友たち男性陣は高性能なゲーム機を前に、空に投影されたゲーム画面を見上げながら、白熱した戦いを繰り広げていた。

「サラさんがまた独自ルートで情報を入手したとか? じゃないと、大移動なんて実行してなかったのよね?」

見るからに呑気な大人たちを一瞥してから、ダインは「内部告発があったんだよ」とディエルに顔を向けた。

その情報はシンシアたちも知らなかったようで、驚いた顔を彼に向けた。

「内部告発って…ガーゴの人から?」

「ああ。つっても名乗らなかったから誰かは分からなかったんだけどさ、俺たちがダイレゾの救出に出かけた直後に、家の通信機にコンタクトがあったらしい。親父が出たら、『逃げろ』ってさ」

「逃げろって…それだけ?」とシンシア。

「それだけだ」

「だったらそれがガーゴの人だっていうのは分からないんじゃ…」、というニーニアの疑問は最もだろう。

「発信元がガーゴの本部だったんだよ」

とダイン。「短い台詞だったけど、親父はすぐに察したらしい」

「それで、かねてから準備中だった“大移動計画”を前倒しで実行した…というわけですか」

ティエリアの台詞に、ダインは頷いてから笑った。

「ガーゴの中にもまともな思考を持った奴はいたようだ。おかげで誰も犠牲者が出なかった。大移動した際に若干食器が割れたぐらいでさ」

「でも、誰だろう…」

ニーニアが呟き、シンシアたちもご飯を食べながら、内部告発をした人は誰なのか、推理を始める。

もしかすれば、今後もヴァンプ族の味方になってくれるかもしれない人なのだ。ガーゴの内情を知る強力な助っ人になる可能性もある。

シグ。ロドニー。クレス。それとも、偶然情報を手に入れた、全く予想外な人物か。

予想を巡らせるシンシアたちは次々とガーゴに属していた人名を挙げていくが、

「あんま当てにしないほうがいいよ」

と、当のダインはさして興味がない風にいった。

「基本的にガーゴの奴らって何考えてるのか分からない奴ばっかだし、今回だってただの気まぐれっていう可能性もあるんだしさ」

「でもあなたは気にならないの? 告発者のこと」

ディエルの質問に、「そりゃ気にはなるけどさ、でも分かったところでコンタクトを取れるかどうかは分からないし、そもそも協力する気もないかもしれない」、とダインはいった。

「向こうには向こうの事情ってもんがある。だから親父に何も名乗らなかったんだと思うし、俺たちとしてもそういった人たちにあまり迷惑をかけたくないんだよ」

ダインの言葉はその通りだと思ったのか、シンシアたちは少し残念そうに押し黙ってしまう。

「ま、ともかくダイレゾ戦の一連の流れについては以上だ。ガーゴがあんな大々的に攻撃を仕掛けてきたことは腹立たしいが、でも内部告発のおかげで無事に済んだ」

と、彼は聞きに徹していた人物に顔を向けた。「ラフィン、理解してくれたか?」

そうきくと、「う、うん」と彼女はこくりと頷いた。

「って、もう全部パスタ食べちまったのか」

ラフィンの目の前にあった取り皿は空になっている。

「まだ食べ足りないだろ? 次はスープがお勧めだぞ。沢山の魚介を煮込んだからな」

会話を切ってスープを取りに行こうとしたが、「あ、私がいくよ」とシンシアが立ち上がった。

「ラフィンちゃん、ここ数日間ほとんど何も食べてなかったんだから、沢山食べなくちゃね。私もまだまだ食べられそうだし、揚げ出し豆腐とかお勧めだよ」

「あ、でしたらキング大豆ハンバーグもお勧めです」

ティエリアも立ち上がり、つられてニーニアも立ち上がった。

「わ、悪いから…」

遠慮しようとしたラフィンだが、「ラフィンちゃんもいこ?」、とニーニアが彼女の手を取った。

そのまま女四人は、料理が沢山並べられたビュッフェコーナーまで歩いていく。

「…ねぇ」

楽しそうに料理を取り分けているシンシアたちを眺めながら、残っていたディエルはダインにこそっときいた。

「ちょっとさ…雰囲気変わってない?」

「ラフィンのことか?」

「ええ」

「やっぱりお前もそう見えるか」

ダインがいうと、ディエルはまた頷く。

「さっきお礼いわれたときもかなり驚いたんだけど、何か…落ち着いた? ような…」

先ほど、ダインの説明を静かに聞き、シンシアたちの質問を割って入るようなことはしなかったラフィン。

だらしない身なりも特に気にしている素振りはなく、シンシアたちがお勧めする料理を何の疑いもなく取り皿に乗せている。

「まぁ、今回の一件が原因なのは間違いないだろうな」

ダインは微妙な表情でいった。「以前のあいつならギャーギャーとやかましいほどだったんだけどな。果たしてアレは良い変化なのか悪い変化なのか…」

「も、もしかして、まだ謝り足りないかしら…」

ディエルは少し慌てだした。「実は内心怒っていて、私への当てつけの意味であんな態度とってるんじゃ…」

「それはさすがに考えすぎだろ」

ダインは笑い飛ばした。「過度なストレスがきっかけなんだろうけど、だからといって責められるようなことじゃない。ディエルはちゃんと謝ったんだし、ラフィンも素直に受け止めてくれた。今後どうなるかは、あいつの気持ち次第だろうさ」

「気持ち次第って…」

「あのまま落ち着いた性格になるのか、また以前のように口やかましい奴に戻るかさ」

「…調子狂いそうなんだけど…」

「こればっかりはどうしようもないな」

と、そこでシンシアたちが戻ってきた。

「お待たせ〜」

取り皿には色んな種類の料理が山盛りで乗っており、ダインとディエルの前にも寿司や揚げ物などを置いてきた。

「いただきます」

といって、女四人は料理を口に運んでは、その美味しさに頬を押さえて笑顔を浮かべている。

そんな中でもラフィンだけはやはりリアクションが若干違っていて、ただ静かにスープを飲み、大きなハンバーグを一口サイズに切り分けて食べている。

その仕草は丁寧で、気のせいか以前のラフィンよりも上品なものに見える。

「…ねぇ、ラフィン」

そんな彼女の元に、ディエルが近づいていた。

「ん? どうしたの?」

不思議そうにするラフィンの手を、ディエルが突然掴みだす。

「うん?」

そして指を絡ませ、まるで恋人つなぎのように握ってみる。

全く持って意味不明の行動だが、昔から犬猿の仲だった二人にしてみれば、それは半ば挑発行動に等しい。

以前のラフィンならば、ここで「何すんのよ!!」といってディエルの手を振り払っていたところだが…、

「ふふ、どうしたの? ちょっとくすぐったいわよ?」

…ラフィンは笑っていた。本当にくすぐったそうにしている。

「な…!?」

全く予想だにしない反応だったのだろう。ディエルはショックを受けたような表情になった。

が、すぐに顔を真剣なものに変え、今度はブロンドの髪に触れる。

エンジェ族の髪は敏感で、基本的に触られるのは嫌らしい。

特にディエルに触れられると、ラフィンは激怒する。二人の間にとっては、ラフィンの髪は逆鱗のスイッチといってもいいはずだった。

「ん…そこは本当にくすぐったいから、そっとね…」

…ラフィンは目を閉じて、ディエルからの愛撫を受けている。

「な、ぁ…!?」

そこでまたディエルは雷を打たれたかのように身体を震わせ、ラフィンから一歩二歩離れていった。

「ら…ラフィン…」

「ん? なぁに?」

「その…あ、謝るから…何度でも謝るから…」

「え?」

「だから、元のあなたに戻ってよぉ…!!」

離れたと思えばラフィンに抱きつき、泣きながら謝り始めた。

「え、え〜と?」

ラフィンはまた不思議そうな表情で、自身の胸元で震えているディエルを見つめている。

「よく分からないけど、甘えたいの…かしら?」

困惑しながらも、彼女はディエルの頭を撫で始める。

それもまた、以前の彼女からは考えられない行動だった。

「らふぃんちゃん、るしら! るしらも!!」

いまがチャンスだと思ったのか、給仕に奔走していたルシラがメイド服のままラフィンの元へ走り出す。

さらにピーちゃんたちも群がり始め、泣きつくディエルと相まって、ラフィンの周りは少しカオスな状況になった。

「はいはい、順番、順番ね」

笑顔のラフィンは順番に彼らを撫でていき、みんなとても嬉しそうにしている。

表情も仕草も、明らかに以前の彼女とは違う。

「どういう心境の変化なんだろうな?」

ダインはストレートにラフィンにきいた。「自分が少し変わったかもっていう自覚はあるのか?」

無自覚の可能性もあったのだが、「まぁ、少しは…」、とラフィンは簡単に認めた。

なおも謝り続けるディエルを優しく撫で続け、「上手くいえないんだけど、全部が小さく見えちゃって…」と話す。

「全部って…ディエルの言動とかが、か?」

「ええ。ディエルと揉めてた理由とか、何にそんなに腹を立てていたのかとか、“あのこと”に比べれば全部が些細なことのように思えて…」

“あのこと”とは、大切な人を失ったときの辛さや悲しさのことを指しているのだろう。

「だからディエルに何をされても、何をいわれても、何も感じなくなって…むしろ、可愛いなって…」

今回の騒動をきっかけに、ラフィンはまた一皮剥けてしまったのかも知れない。

達観したような彼女からは、以前から漂っていた“プライドの塊”のようなものは抜け落ちており、そのプライドで隠されていた優しさが前面に現れているかのようだ。

微笑む表情はいかにも優しく、ディエルやルシラ、ピーちゃんたちを撫でる手つきには慈愛すら感じる。

もはや“母性”といってもいいのかも知れない。先を越されたと思ったのか、ニーニアは焦燥感に駆られたような反応を出していた。

シンシアは微笑ましくラフィンを見つめていて、ティエリアは憧れのような視線を送っている。

性格が変わるなどかなりの出来事なのだろうが、かといって深く突っ込めるような事柄でもない。

ダインはこれまで通りにラフィンと接することにして、「ほら、ディエル」と未だにラフィンに抱きついていた彼女に声をかけた。

「ショックなのは分かるが、そろそろ離してやれ」

そういって笑った。「話の続きをしたいからさ。次はこれからのことだ」

泣きながら謝り続けていたディエルだが、それもやはり演技だったらしい。

「はぁ…できる限りでいいから、元に戻してよね…調子狂うから」

そういってラフィンからぱっと離れたディエルは、素の顔だがやや頬が赤い。

「成長したと見てもいいんじゃねぇか? お前も早く追いつくか、慣れたらいいんだよ」

笑いながらいったダインはディエルを元の席に座らせ、「ルシラ」と彼女を呼んだ。

「なにー?」

ルシラもラフィンから離れ、ダインの近くに移動する。

そしてその小さな頭にぽんと手を乗せたダインは、そのままシンシアたちを見た。

「ひとまず七竜救出作戦は無事に終了したから、次は予定通りにルシラの“本拠地”に向かうことにするよ」

そういった。

「本拠地といいますと…エティン大陸に浮かぶ要塞の、遥か上にあったという…?」

ティエリアの質問に、ダインは頷く。

「まだ確証は得られてないんだけどな。でもまぁほぼ間違いないだろ。あの謎の球体までいって、そこにいるであろう“ルシラ”と直接会ってくるよ」

「るしらも行ったほうがいいかな?」

と、ルシラがいった。「げーむとかだとね、だんじょんとか迷宮? に入るには、鍵とかいるんだよ?」

最近RPGゲームをやり始めたルシラには、知識に偏りが出始めた。

ゴディアからはゲーマーの才能があると褒めちぎっていたが、あまりゲームにばかり傾倒されるわけにもいかない。

「お前は別に鍵じゃないだろ」

ダインはルシラの頭を撫で、「それに、外にはまだ出れないんだろ?」といって悪戯っぽい笑みを向ける。

「あのときの叫びようったらすごかったからなぁ」

と続けると、ルシラは「うぅ…」と顔を伏せて唸ってしまった。

「何かあったの?」

何のことか、シンシアが気になってきいた。

「いやさ、“大移動”の話に戻るんだけど、シエスタおばさんの計らいで、引越し先の“ここ”は、引っ越す前のエレイン村と全く同じ環境を作ってくれたっていったじゃん」

「うん」

「ご丁寧なことに頭上も“現地の”空の映像を映し出してくれててさ、ダイレゾの討伐が佳境を迎えたタイミングで、ルシラが外に出ちまってさ」

そこで当時何があったのか、察したシンシアたちは「あー」と声を上げる。

「あの死のブレスが迫ってくる瞬間を直視してしまったっていうことね」

ディエルがいった。「あれは確かに怖いわねぇ。それも自分に迫ってきてる瞬間を、でしょ?」

「そうなんだよ」

頷くダインの隣では、またそのときのことを思い出したのか、ルシラは目を覆いながら小さな身体を震わせている。

「ちょっとしたトラウマになっちまったようでさ、また外に出れなくなったんだよなぁ」

ダインは慰めるようにルシラの頭を再び撫でる。

「へ、平気だもん…」

顔を上げた表情は勇ましいものだったが、それが虚勢なのは体の震えを見れば明らかだ。

「ルシラにまでトラウマを植えつけるなんて…ガーゴはやっぱり許せないわね」

ディエルは改めて、ガーゴ組織に怒りを抱いたようだ。「何かして、ぎゃふんといわせてやりたいわ」

「連中については、サラが話していた通り“例の二人組み”に任せることにしたよ」

そこでダインは少し遠い目をする。「あの二人ならうまくやってくれると思う。俺から見りゃ、あの二人こそがガーゴに残された唯一の“正義”だ」

その二人とは誰のことなのか。

情報を共有していたシンシアたちは、真面目な顔で頷いた。

「それで話を戻すけど、“緑の球体”には俺単体でいってくるよ。入れないようだったら戻って対策考えるしさ」

今後の展開を話すダインに、「いつ実行するの?」とシンシアがきいた。

「来週中には向かってみようと思う。サラの情報によると、先日の一件で俺たちヴァンプ族は滅んだことになってるから、入国の際の種族認証に引っかかることはなくなったらしい。自由に動けるいまがチャンスだから、そのままディグダインのいた『天空迷宮』まで忍び込んでみるよ」

「ついていっちゃ駄目なの?」

うずうずしたようにディエルがきいた。「迷宮も“緑の球体”も謎だらけじゃない。滅茶苦茶面白そうなんだけど…」

「別に謎を解明しに行くわけじゃないし、ディエルは申請が必要だろ」

隣にルシラを座らせ、ダインはジュースを飲んだ。「大人しく待っててくれ。分かったことがあったらすぐに連絡するしさ」

そう話しているときだった。

「悪いけど、その予定は少しだけ先延ばしにできないかな?」

と、話し合うダインたちに誰かが声をかけてきた。

ティエリアの父、ゴディアだった。彼は大きなおにぎりを手に持ちながら、ダインたちに笑顔を向けている。

「君たちには、近々会って欲しい人がいるんだよ」

そういっておにぎりを頬張った。

「会って欲しい人?」

口の中のものを飲み込んで、彼はいう。「ソフィル様だよ」

え、とダインたちは意外そうな表情を浮かべる。

「君たちに伝えたいことがあるそうだ」

その声に、「それって私も…ですか?」一番驚いたように、ディエルがきいた。

「もちろん」

ゴディアはディエルにも笑いかける。「ディエル君も、ラフィン君もね」

色々と吹っ切れたはずのラフィンもさすがに緊張した表情を浮かべ、ディエルは驚愕した顔のまま固まっている。

「大切な話…というわけでもないかもしれないけど、そう伝えてくれっていわれてね。どうかな?」

ゴッド族の頂点に君臨する人物からのお願いとあれば、断るわけにはいかない。

「みんな学校があるから、来週末になってもいいなら…」

ダインがいうと、「うん、ソフィル様にはそう伝えておくよ」とゴディアは満足していった。

「ゴディアおじ様も同行するんですか?」シンシアがきく。

「いや、ダイレゾが倒されて、守人としての私の役目も終えたからね。ダイン君と同じく、私もしばらくは家でゆっくりさせてもらうよ」

「パパ様はいつもゆっくりしているではないですか」

ティエリアが噛み付くと、ゴディアは「それは心外だなぁ」と台詞の割に可笑しそうに笑った。

「たまに家事手伝いはしているし、今日だってみんなが楽しめて私の“タマセン”になれるゲームを見繕うのに、三日以上もかけたんだよ?」

「遊んでいるようにしか思えません!」

内弁慶のティエリアは、そういって剣幕を立てる。「守人のお役目から解放されたとはいえ、パパ様はもう少しジャスティグ家の主として自覚を持っていただきませんと…」

ティエリアの小言が始まりそうになったとき、「みんなー!」、と、ママ友たちの中にいたシエスタから、ダインたちに向けて手を振ってきた。

「ピザが焼けたから、食べに来てー!」

ママ友たちが取り囲むテーブルの上には、直径一メートル以上はありそうな、巨大なピザがある。

シーフードに野菜に肉類と沢山の具材が乗せられ、さらにその上にはこれでもかというほど大量のチーズがまぶされている。

それらの焼ける匂いがこちらにまで漂ってきて、強烈に腹が刺激されたシンシアたちは、その匂いに導かれるようにしてママ友たちの中へ向かっていった。

「ティエリアは行かなくていいのかい?」

パパ友たちもピザに群がりだしているというのに、ゴディアは移動せず、同じく椅子に座ったままだったダインの隣に腰掛けた。

「パパ様が何か余計なことを仰られそうですから」

ピザには惹かれているのだろうが、それでも父を監視しなければと思ったのか、ぐっと堪えたティエリアは父とは反対側の席にかけた。

「私は単にお礼をいいたかっただけだよ?」

と、ゴディアはダインに微笑みかけた。「改めて、ありがとうね、ダイン君。君のおかげだよ」

そういって、ダインの持つコップに、酒の入ったグラスをチン、と打ちつけた。

「いや、お礼をいわれるようなことは何もしてませんよ、俺は」

ダインは困惑したままいった。「ダイレゾを実際に討伐したのはガーゴですし。ゴディアさんを守人から解放したのはあの人たちですよ」

「私がお礼をいっているのはそれ“だけ”じゃないよ」

ゴディアはシャンパンを口にし、ピザの美味しさに頬をとろけさせているシンシアたちを眺める。

「古の遺物を破壊し、ダイレゾは外へ向けて攻撃を始めた。ソフィル様やガーゴの人たちに止められていたとはいえ、守人として起こしてはならない事態だった」

何の話をしているのか、ぽかんと父を見つめているティエリアに向け、ゴディアは続ける。「映像上では、エレイン村という村が壊滅したように映っていた。犠牲者が出てしまったんだ。命を賭してでも七竜から市民を守らなければならないというのが、守人としての私の役目だった。それを破ってしまったんだ。つまり、私は…私の家族は、世界中から批判されてもおかしくない状況だったんだよ」

そこで、ティエリアはハッとしたような顔になる。

ゴディアは続けた。「でもあれから一週間、私たちが批判の的に晒されたことはない。守人の存在とその役目は誰しもが知っていたはずなのに、一切合切、槍玉に挙げられなかった。何故だと思う?」

父に問われたが、何も知らされてないティエリアは首を傾げるしかない。

「“ワルニュー”、だったかな?」

再びグラスに口をつけたゴディアは、ダインに向けてまた笑いかける。「全世界に発信されているニュースアプリ。世界の主要なニュースを取り扱っていて、ダウンロード数は世界一だ。その分、目にする人は多いよね」

ダインは何もいわない。ゴディアは続けた。

「そのアプリはギベイルさんが考案し、ペリドアさんがプログラムしたもの。ダイン君はそのアプリの開発者であるペリドアさんに頼み込んだんだよね?」

「いや…あれは…」

ダインが口を挟もうとしたが、構わずにゴディアはいった。

「ダイレゾの討伐に際して、ガーゴが全責任を負うという文書。その文書を、“ワルニュー”というニュースアプリに載せてくれないかってね」

「え…」

ティエリアが驚いたような顔をダインに向ける。

当のダインは否定も肯定もせず、ただ気まずそうに頬をかいているだけ。

「その文書の内容がアプリを通じて全世界に知れ渡り、結果として守人の私とその家族に批判が向けられることはなかった。守人からの解放だけでなく、七竜の討伐に否定的だった保守層の批判からも守ってくれたというわけだよ」

「だ、ダインさん、本当…なのですか?」

ティエリアの問いかけに、ダインは「いやいや」と手を振る。

「俺は何もしてないですって、マジで」

と、困惑しながら弁明した。「文書をコピーしてきてくれたのはサラだし、アプリを使って公表してくれたのはペリドアさんだ。俺は単に頼んだだけに過ぎませんよ」

「でも君が動かなければそのままだった」

ゴディアはすぐさまそう切り返す。「ダイン君が何もいわなかったら、私たちはいまごろ全世界から批判されていただろう。ソフィル様が守ってくれたかもしれないけど、でも陰口は鳴り止まなかったはずだ。エレイン村を壊滅させたと方々からいわれ、娘のティエリアも幾度も心を傷つけていたことだろうと思う」

「ダインさん…」

ティエリアはやけに熱っぽい目で、ダインを真っ直ぐに見つめている。

「ま、マジで何もしてないからさ」

ダインはそういった。「お礼をいうのなら俺じゃなく、サラやペリドアさんにいってくれ。な?」

「いやぁ、本当に見込み以上の男だよ、君は」

ダインの台詞を無視して、ゴディアはいった。「娘だけじゃなくて、私たち家族をも守ってくれた。大きな借りができてしまったな」

「いや、そんな大げさな…」

「大げさなんかじゃないよ。君には何度お礼をいっても足りないぐらいだ。そんな君に、何をしたら恩返しになるのか…」

勝手に思案を始めたゴディアは、「うん、決めたよ」といってニカッとした笑顔を浮かべた。

「君たちの恋路を全力で応援させてもらおう」

「え?」

「娘と結婚したくなったらいつでもいってよ。入籍の手続きとか式の手配も全部こちらでやるからさ」

というゴディアの台詞をきき、

「な…な…!?」

みるみる顔を赤くさせていったティエリアは、突然立ち上がる。

「ほ、ほら、いいました! いま余計なこといいましたよ、パパ様!!」

そう突っ込みだしたようだが、そんなティエリアに、ゴディアはこそっと言い放った。

「ティエリア、私は断言するよ。ダイン君と一緒になれば、君は必ず幸せになれる」

「え…」

「君もそう思ったから、“あんなこと”…したんじゃないのかい?」

「あ、あんなこと…?」

「ソフィル様がね、“視ちゃった”そうなんだ。少し前…八日ぐらい前かな? バベル島の公園で…」

ティエリアの顔がまたさらに真っ赤になる。何か思い当たる節でもあったのか、全身が硬直していた。

「何だったかな…“マナ・コンタクト”だったかな?」

ダインも固まってしまった。ティエリアと同じく、公園での一幕のことを思い出してしまったのだ。

「いやー、昔はあんなに引っ込み思案で大の対人恐怖症だった娘が、まさか異性のダイン君に公園であんな大胆なことを…」

「ぱ、ぱぱパパ様!!!」

ティエリアは素早く動き出す。

娘が何をしてくるのか瞬時に察したのか、ゴディアは立ち上がった。

「そ、そこにお直りください! 記憶を消させて…!!」

「いくら可愛い一人娘のお願いでも、それは聞き入れられないなー」

逃げ出したゴディアは、途中にいたワンちゃんを拾い上げ、例の“動物と会話できる魔法”を使い出す。

「ワン?」

「君にも教えてあげるよ。娘の可愛い成長っぷりをね!」

「ぱ、パパ様ーーーー!!!」

逃げるゴディアに、追いかけるティエリア。

走っていた彼らは途中から空へと場所を変え、追いかけっこは徐々に広範囲になっていく。

「…やっぱゴディアさんって、色々と侮れない人だな…」

転移魔法での追いかけっこに切り替わり、仲睦まじい父と娘のやり取りを、ダインは笑いながら見上げていた。

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