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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百九十節、悲劇の真相

「すぅ…すぅ…」

ダインの自室で、布団に包まれていたラフィンは静かな寝息を立てている。

その寝顔は穏やかで、心から安堵しているようにも見えた。

が、ベッドで横たわるその寝顔は穏やかではあるものの、その手も頬もかなりやつれている。

リビングであれほど泣き続けていたのだ。連日ろくに睡眠も取れてなかったようだし、体力的に限界を迎えてしまったのだろう。

泥のように眠っているくせ、ダインの手を掴む力は強く、絶対に離すものかといわんばかりだ。

「…なぁ、シンシア」

ダインは、泣き叫んでいたラフィンの尋常ではなかった様子を思い出しながら、後ろで心配そうにしていたシンシアに声をかけた。

「こいつさ、もしかして…何も知らなかったのか?」

困惑したように振り返った。「“予兆”のことも、“大移動”のことも、何も…」

「う、う〜ん…そうだと思う」

シンシアは頷く。「ラフィンちゃんには、誰かが話してくれるだろうってみんなが思い込んでて、結局最後まで誰も話してなかったっていうパターンなんじゃないかな…」

「やっぱりか…」

「ご、ごめんね。“大移動”のことは、ずっと前からダイン君に教えてもらってたのに…」

「いや、誰のせいでもない…と思うよ。こいつ、いつも忙しそうにしていたし。まぁでも、後で謝ったほうがいいだろうな」

そのまま、ダインはシンシアに笑顔を見せた。「俺はこのままラフィンを見とくからさ、シンシアは宴会のほう頼むよ」

「う、うん」

頷いたシンシアは、できるだけ物音を立てないように注意しながら部屋を出て行く。

パタンとドアが閉じられ、足音が遠のいていった。

その音が寝入っていたラフィンに届いてしまったのか、突然彼女の目が開かれる。

「だ、ダイン…!!」

ガバッと上半身を起こした。

「ダイン、行かな…!!」

「何だ?」

その視界の中に、ダインは顔を割り込ませた。

彼の顔を直視したラフィンは、小さく「あ」と声を漏らす。

「俺はちゃんとここにいるからさ」

ダインの顔を確認してラフィンは安堵の息を吐き出すが、すぐに不安げな表情になる。

「ほ、ほんとに…ダイン…?」

「本当に俺だ」

「夢じゃ…夢じゃ、ない…?」

「ああ。夢じゃない。ほら、ちゃんと触れられるだろ?」

繋いだままだったラフィンの手をにぎにぎする。

「ん…」

そこで彼女の表情は安堵感に包まれていく。

「ほら、もう少し寝とけ。疲れたろ?」

肩を押して寝かしつけようとしたが、

「や、やだ…」

彼女は小さく抵抗した。「次に起きたら、ダインがいなくなる…」

「そんなことないよ」

ちなみに、このやりとりは今回でもう四度目になる。

泣き叫んだ反動か、それとも大きなショックから自己防衛反応を起こしてしまったのか、ラフィンの精神年齢は十数年も前に逆行してしまったようだ。

寝かせようとする度に不安そうな顔をこちらに向けてきて、手をギュッと握り締めてくる。

「今日はこのまま離れないでいるからさ。安心してくれ。な?」

「えと…じゃあ…じゃあ…一緒に寝て…」

ラフィンは何も知らされてなかった。ダインたちごと、エレイン村が本当に壊滅したと思っていたのだ。

その上誰からも真相を聞かされず、今日にまで至ってしまった。

どれほどショックだったのか。どれほど悲しかったのか。

彼女の心情を思えば、ショックの余り幼児退行し、その綺麗な外見とはあまりにかけ離れた言動を目にしても、とても笑えたものではない。

「ね…ダイン…」

「ん、分かったよ」

ダインは笑いながら布団の中に潜り込み、ラフィンを抱き寄せる。

「これなら安心か?」

「うん…」

頷いたラフィンは素直に目を閉じて、満足したのかすぐにまた寝息を立て始める。

「…ごめんな」

その頭を優しく撫でながら、ダインは謝った。

「ゆっくり元に戻していけばいいからさ…」

ラフィンはまだ混乱しているはず。

次に目を覚ましたときには、今回の件の真相を少しずつ伝えていこう。

ラフィンの可愛らしい寝息を聞きながら、ダインは脳内で説明の順序を組み立てていった。



「こ、心が…心が痛いです…」

宴会場の端っこで、シンシアたちは円状のテーブルを囲んで昼食を取っていた。

シンシアからラフィンの現在の様子をきいて、ニーニアもティエリアもラフィンの心情を理解し、沈痛な表情を浮かべている。

「もし私も何も聞かされずにあの現場を見てしまったら、きっとラフィンさんのようになっていたと思います…」

そのティエリアの話に、完全に同意したのかニーニアは何度も頷いている。

「やっぱり意思疎通は大事だよね…まさか誰も何も教えてなかっただなんて…」

そう深刻そうに話す彼女たち。

ふと、その視線が一人だけ気まずそうにしているディエルに向けられた。

「ディエルちゃん、どうして直前までいわなかったの?」

シンシアがストレートに尋ねた。「ディエルちゃんには、ダイレゾ戦の数日前に“大移動”のこと教えたと思うんだけど…」

「い、いや、話そうとは思ってたのよ?」

弁明を始めた。「ちゃんとタイミングを見て打ち明けるつもりだったんだけど、あいついつも忙しそうにしていたし、なかなかそのタイミングが見つからなくて…」

「それでそのまま忘れて、ダイレゾ戦の“あの瞬間”を迎えてしまったっていうこと?」ニーニアがきく。

「え、ええ、そうね。シンシアたちの誰かが伝えたはずだと思い込んでて、それでダインから今日の宴会のことをきいて、大移動のことを知ってるかどうか、確認のためにラフィンに連絡しようとしたんだけど…」

「…ショックを受けすぎていたラフィンさんは、誰からの通信にも出ることができない状態にあった、と」ティエリア。

「そう、ですね、はい…」

ダイレゾ戦から今日までの一週間。ラフィンがどんな精神状態だったのか、見抜けなかったディエルはさすがに落ち込んだ様子だ。

「ダイレゾ戦の翌日からずっと学校休んでたのは、習い事をサボった罰なんだろうと勝手に思っちゃってて…」

思い込みが招いた不幸な出来事だと考えているのは、ディエルだけではない。

「ま、まぁ、私も人のこといえないんだけど…」

シンシアが呟くようにいったところで、「あ!? そ、そうよ、シンシアも同罪じゃない!」とディエルが突っ込みだした。

「まさか“元エレイン村”の現場まで飛んで、泣き崩れる“演技”をするなんて…タイミングよくテレビ画面に映りこんでたから、みんなびっくりしてたわよ?」

それもまた真実だった。

シンシアのその演出がラフィンのショックを助長し、世間には“悲劇”ということを強く印象付けてしまうこととなったのだ。

「どうしてあんなことしたのよ?」

「だ、だって、ほんとにダイレゾを使って村を崩壊させようとするだなんて思わなかったから…」

シンシアは少し落ち込んだ様子で答えた。「だから、ガーゴがこんな酷いことをしたんだって、世間に伝えたくなっちゃって…」

そのシンシアの狙いは少しは当たったかもしれない。が、狙い通りに事が運ぶことはそうそうない。

シンシアの泣き崩れる演技はメディアを通じて全世界に報じられたのだが、どのメディアの論調もダイレゾの脅威を伝えるものでしかなかった。

村を簡単に破壊するダイレゾは危険だ。

その危険な存在をガーゴは倒してくれた。

彼らはやっぱりすごい。

…といった次第である。

「余計なことしちゃったかなぁ…」

落ち込むシンシアに、「とりあえず、謝るしかないと思うよ…」とニーニアが話を戻した。

「ラフィンちゃん、きっとものすごくショックだったと思うから…だからあんなに泣いていたんだし…」

彼女はその場にいる全員に向けていったつもりだったのだが、ディエルだけは誰よりも重くその台詞を受け止めていた。

シンシアたちとは違い、ディエルだけはラフィンに真相を打ち明けるタイミングは沢山あったのだ。

連絡先を知っているし、ウェルト家のメイドたちとも顔見知りのため、いつだって家の中に上がらせてもらえたはず。

それにこの“新エレイン村”にラフィンを連れてくるまでの間にも、真相を話すタイミングはいくらでもあったはずなのだから。

学校を何日も休んで生徒会長の仕事を任され、その腹いせにラフィンの思い込みを助長するような言動を取っていたことは否めない。

「どっきりよ!」といって報復を済ませようと考えていたのだ。

ラフィンのことだから、いつものように「もう!」といって軽い調子で済ませてくれるものだと思っていた。

だが結果は全く違っていて、まさか普段からプライドだのなんだのいって威張り散らしていたあのラフィンが、恥も外聞も捨ててあそこまで泣き叫ぶとは思ってもみなかった。

腐れ縁のディエルですら、初めて見た姿だった。

ある意味で、ディエルも大きなショックを受けていたのだ。

いまではもう罪悪感しかなくて、大泣きしていた姿を思い浮かべては、胸が締め付けられそうになる。

「あ、あーそれでシンシア、ダインはいま…」

「ラフィンちゃんと一緒に居るよ。起きたとき視界の中にいなかったら、すぐに泣き出しちゃいそうだったから」

「そ、そう…」

ダインと死別したという“思い込み”は、ラフィンの心に深いトラウマを植えつけてしまったようだ。

ショックのあまりラフィンの精神は幼児退行してしまったようだとシンシアから打ち明けられたが、とても茶化せるような気分にはなれない。

「私たちみんなが同罪なのですから、後で全員で謝りましょう」

ティエリアがそういったところで、シンシアたちは真面目な顔で頷いた。

会話が一段落し、彼女たちは昼食を再開する。

「…でもほんと、すごいよねぇ…」

宴会で騒いでいるカールセン一家を眺めつつ、シンシアがいった。「まさか“土地ごと”別の大陸に移動しちゃうなんて…」

━━“大移動”。

それは、文字通りエレイン村という土地ごと、別の大陸へ移動するという、やや考えられない規模の引越しのことだった。

農地を入れて約二十ヘクタール。二十戸程度の家々が建っていたエレイン村。そのヴァンプ族が住んでいる農村には、ある“仕掛け”が施されていた。

どんな重みにも耐えうる超硬質素材『エアマテリアル』の“板”が、村の大きさそのままの形で地中深くに埋められていたのだ。

村人たちはその板を村ごと掘り起こし、別の大陸へと移動した。

映画でもなかなか見ないようなその仕掛けは、カールセン家の先代が命じたものだった。

他の種族との交流を持てるようにとの思いで施されたものだったのだが、近隣の町人からは忌むべき村として避けられていたので、実際に大移動したことはなかったのだが…。

「みんな、食べてる?」

とそのとき、刺身の乗った皿を手に、シエスタがシンシアたちのところに割り込んできた。後ろにはニーニアの母、シディアンがいる。

「ラフィンちゃんはもう大丈夫なの?」

続けて尋ねてきたので、「あ、はい」とシンシアが答える。

「まだ混乱していたようでしたけど、ダイン君があやしてくれて…」

「そう。なら安心ね」

シエスタは空いていた椅子に腰を降ろし、テーブルの上に皿を置いた。シディアンは余っていた椅子を引っ張ってきて、彼女の隣に腰掛ける。

「でもみんな、ごめんなさいね」

と、シエスタが謝ってきた。「念のため家具を固定器で固めながら大移動したんだけど、どうしても食器が割れたり蔵の中の荷物が散乱したりで後片付けが大変で…みんなも数日かけて手伝ってくれたのに、今日の宴会の準備までさせちゃって」

「ふふ、いいんです」

ニーニアは笑顔で首を横に振った。「おかげで村の人たちとお知り合いになることができましたし、年下の子たちともお友達になれたりして…」

子供たちに“お姉ちゃん”といわれたことがよほど嬉しかったのか、満面の笑みだ。

「特にニーニアちゃんの張り切りようったら、すごかったのよねぇ」

同じくニコニコ顔のシディアンがいってきた。「自分の家の近くに引っ越してくるからって、大移動の前からすごく乗り気でね…」

暴露するシディアンに、ニーニアは「お、お母さん!」と顔を赤くして遮ろうとしている。

そう、ここエレイン村は、元のオブリビア大陸から、ドワ族が統治する大陸…トルエルン大陸にまで引っ越してきていたのだ。

ガーゴが“何か”してくるかも知れない。

そう予兆していたダインたちは、村に施された仕掛けのことを思い出し、大移動のことを計画したのだ。

一番の問題点は移動先のことであったのだが、村を初観光したシディアンが、その日のうちにエレイン村を誘致することを申し出てきたのだ。

エレイン村の職人たちと、シディアンが音頭を取るリステニア“裏”工房の人たちとは、既に業務提携を結んでいる。

仕事を円滑に進める上でも近いほうがいいだろうということで、シディアン主導の下でエレイン村の受け入れ地を確保し、ライフラインを整え、混乱のないようにとできる限り引越し前と同じ環境を作ってくれた。

農村を丸ごと受け入れられるよう地下都市への入り口を広げてくれて、さらに法務局にヴァンプ族の村人たち一人一人の(仮の)永住権の申請、市役所に住民登録も済ましてくれた。

大移動と一言でいうのは簡単だが、シディアンにも村人たちにとってもそれは決して楽な作業ではなかった。

しかし終わってみればみんな笑顔で、カールセン邸だけでなく、外の民家でもそれぞれで打ち上げのような宴会が昼間から行われている。

地下都市のドワ族の人たちも、今回の大移動については非常に好意的に受け止めてくれた。恐らくジーグ夫妻とルチル王との間にある、強い友好関係を知っていたからだろう。

むしろ今回の大移動計画に積極的に参加してくれたのがドワ族のほうで、引越し作業を終えたいま、早速ドワ族の人たちがエレイン村に訪れてきて、村人たちと労いあいつつ打ち上げをしている。

「正直、ちょっと妬けちゃうな」

サラダを食べてから、シンシアがいった。「村自体には魔法でいつでも来ることができるんだけど、物理的な距離が近いっていうのは、何だか羨ましいよ。前までは私のほうがこの村とは近かったのになぁ」

それは彼女の嘘偽りのない気持ちだった。

「ふふ、分かります」

ティエリアは笑顔で頷く。「ドワ族の方々とエレイン村の方々が交流を持ち始め、親交の輪が広がっていくのを感じます。歩いていける距離にあるというのは、はっきりいって羨ましいです」

ちなみにエレイン村が引っ越した先と、リステニア工房のあるリステン家とは徒歩五分ほどの距離しかない。

「提案なんですけど、定期的に大移動しません?」

とんでもないことを言い出したのはディエルだ。「次は私のいるディビツェレイド大陸で、その次はティエリア先輩のいるバベル島とか」

「さすがにそこまでの体力はないわねぇ」

シエスタは可笑しそうに笑った。「村の移動自体は力仕事だからそんなに苦でもないんだけど、許可申請にとにかく時間と頭を使わされるから」

当たり前な話だが、大陸間の移動には何かと制限がある。どこの大陸、国でもパスポートは必須だし、なければ強制送還か、難民に間違われることもある。

その上、国によっても申請の内容に差があり、その“差”を村人たち一人一人に当てはめていかなければならないため、とてつもない労力を要するのだ。

「ルチル王と旦那が懇意にしていたから色々と融通が利いたところもあると思うし、楽な作業じゃないわよ、ほんとに」

シエスタの話に、シディアンは何度も頷いてみせる。

「私としては、当分じゃなくて、ずっとここにいてくれてもいいんだけどね。シエスタさんたちとは公私共に付き合いがあるんだもの。ニーニアちゃんも嬉しいだろうし。ね?」

また話を振られ、ニーニアは顔を赤くして俯いてしまう。

「まぁ先のことは分からないけれど、シディアンさんたちとは長い付き合いになるとは思うわね」

シエスタはまた笑った。「でも正直にいって、いまもまだ信じられない気分なのよ? 本当にエレイン村ごと受け入れてくれるなんて」

「これぐらいなんでもない…っていうことはなかったけど、でも受け入れたくなったの。みんなのこと大好きだから」

「ふふ、私がいうのもなんだけど、あなたってとんでもない人だわ」

それからシエスタとシディアンは親しげに会話を始める。

そんな二人を眺めながら、「ニーニアちゃん」、とシンシアはこそっと彼女にいった。

「シディアンおばさんの世話欲って、もしかしたらものすごいのかも知れないね?」

「え?」

「気に入った“その人”だけじゃなくて、その人の種族ごと気に入って、村を丸まる迎え入れようとするだなんて…」

確かに、とニーニアたち三人は頷く。

もちろん仕事上の関係もあるだろう。円滑にプロジェクトを進めるために村を受け入れることにしたとシディアンはいっていたが、しかしそれは単なる理由付けでしかなく、エレイン村の“仕掛け”を発見した瞬間から、彼女は考えていたのだ。

知り合ったときからシエスタとシディアンは気が合い、まだ時間はそんなに過ぎてはいないが親友と呼べるまでになった。エレイン村の人たちもみんな優しいし、ジーグ・カールセンという村長のことを慕っている。

シディアンは次第に何かしてあげたいという気持ちが沸き起こってしまい、エレイン村の受け入れ案を言い出したのだ。

もちろん彼女の独断ではなく、親族を説得したりルチル王へ打診したりと、入念な根回しをした上での提案だった。

家事や仕事の合間を縫ってのことなのでとてつもなく大変だったのだろうが、その大変さをものともしないほど、シディアンの“世話欲”は計り知れないほどに大きかったということだ。

改めて、ドワ族という小さな種族の大きな愛情を痛感していたシンシアたち。

「あの〜、談笑してるところすまないが…」

と、のそりと大きな図体がシエスタとシディアンの間に現れた。ジーグだ。

「料理がそろそろ切れてしまいそうなんだ。まだみんな物足りないようだから、何か作ってくれるとありがたいのだが…」

確かに、大人たちが囲んでいる大きなテーブルの上には、空の大皿が沢山ある。

「ちょっと食べすぎじゃない?」

一応突っ込むシエスタだが、余ると思っていたものが完食されては悪い気はしない。

「仕方ないわね。食材なら沢山あるし、スープか何か作ってくるわ」

笑顔で立ち上がると、シディアンも同じく立ち上がった。

「あ、じゃあ私たちも…」

とシンシアたちが立とうとするが、「いえ」と、シエスタが止めた。

「ここからはママ友たちに任せて」

マリアとマミナ、そしてカヤがキッチンへ向かっている。

「まだまだ宴会は終わりそうにないし、このまま晩御飯まで突入するでしょうから、あなたたちはゆっくりしてて」

と、二人も中庭からリビングへ上がり、キッチンへと歩いていった。

「さて、ラフィン殿はもう大丈夫なのか?」

ジーグはそのままシエスタが座っていた椅子にかけ、シンシアたちに笑いかけた。「まさかあれほどまでに心配をかけていたとは。我が息子ながら、まだまだ未熟者だということか」

肩をすくめつつ果実酒を飲む。

「い、いえ、私たちも同罪なので」

ダイン一人だけのせいではないと、ティエリアがいった。「もっと密に連絡を取り合っていればこのようなことには…後で、ラフィンさんにはみなさんで謝罪するつもりです」

「ふふ、そうか。ま、そちらのことは全く心配などしてはおらんよ」

そういって新しくグラスに酒を注ぎ、「ところでディエル殿」とパンを食べようとしていたディエルを見た。

「依頼したものはどうなっただろうか? いま現在の“現場”の様子は…」

「ええ、もちろん撮影してきましたよ、ジーグおじ様」

ラスクを食べてからディエルは立ち上がり、ポケットから自身の携帯を取り出し、画面を操作しながらジーグの隣に移動する。

「どうぞ」

そういってジーグに差し出された携帯には、“旧エレイン村”の跡地の映像が表示されていた。ラフィンを迎えに行く途中で撮影してきたもののようだった。

「ふむ…特に変化はないようだな」

映像を繰り返し眺めながらジーグはいった。「てっきり誰かが調査に来てるものだとばかり思っていたのだが…」

「悲劇だとしか報道されてないですし、このことにはあえて触れさせないようにしてるみたいですからね」

ディエルは少し憤っているようだ。「大移動して難を逃れたとはいえ、ガーゴがエレイン村を滅ぼそうとしたことは事実。私個人の気持ちとしては絶対に許せませんよ。お父様も看過できないと仰ってましたし、近く抗議集会を開く予定のようです」

「そうなのか。それはありがたいことだが…」

ジーグが少し困ったような表情をしていると、

「お花がたくさんあるね!」

いつの間にか近くにいたルシラがそういった。ディエルが撮影していた映像を覗き込んでいる。

「これってなんのお花? どうしてここに沢山あるの?」

彼女が尋ねているのは、クレーターの近くに備え付けられた献花台のことだ。

「あ〜、これは…」

弔われていると、正直にいっていいものかどうかディエルが考えてしまう。

「大変だったねと、労いの意味で添えられているのですよ」

と、これまたいつの間にかサラが近くまで来ていた。

「ねぎらう?」

「ええ。村ごとお引越ししましたでしょう? ですから、ご苦労様と、我々ヴァンプ族と親しくしてくださっていた方々が、お花を送ってくださったのです」

「へー」

一応納得はしてくれたようだ。

「はい、ルシラ」

そんなルシラに、ディエルは七輪ほど束ねられた、色とりどりの花束を差し出した。「いくつか持ってきたの。可愛いでしょ?」

「わ、いいにおい!」

「でしょ? このまま飾るも良し、組み合わせて生け花にするも良し、ルシラが好きなように…」

とディエルが話している途中で、彼女の下から突然何かが飛び出した。

「ポー!!」

子竜の“ポーちゃん”だった。

彼はそのまま花束をクチバシで咥え、ディエルの手から奪い取る。

「あっ!?」

そのまま、とてとてと走っていった。

「わわ、ぽーちゃん! それ食べ物じゃないよ!!」

ルシラが慌てて追いかけていくものの、そこでたむろしていたピーちゃんたちと共に、むしゃむしゃと食べだした。

「もー! こらーーー!!!」

ぷんすこと怒りながらルシラが走り出すと、彼らは楽しそうな鳴き声を上げつつ、散り散りに逃げていった。

可愛らしい光景に一同笑顔になるが、

「それで、どうするので?」サラがジーグに何かを尋ねた。

「ラフィンお嬢様ほどではないのでしょうが、これほど“悲劇”を真実と捉え悲しんでおられる方々がいらっしゃいます。真相をバラすタイミングを見誤られると、返って顰蹙をかわれる恐れがあると思うのですが」

献花に訪れてくれた人々のことをいっているようだった。

「それなのだよなぁ…」

同様のことを懸念していたのか、唸ったジーグは腕を組む。

難題だった。

ルチル王やソフィル女王神、グラハム校長にクラフトといった、シンシアたちやジーグと繋がりの深い主要メンバーには真相を打ち明けてある。

だがそれ以外の人たちには、できるだけ教えたくはなかった。世間一般には、エレイン村は消滅したということになっており、色々と“動きやすい”状態だったから。

とはいえいつまでも隠していると献花人はどんどん増えてくるだろうし、ラフィンのように大きなショックを受けている人がいると思うと、こちらも胸が痛い。

どのタイミングで打ち明けるのがいいか。ジーグは頭を悩ませていた。

「当分は何もいわなくていいんじゃないですか?」

ディエルがいった。「中には今回の件でガーゴに怒りを覚えてる人もいるでしょうし、そういった人たちの批判の声が高まれば、好き放題しているガーゴの行動を抑制することに繋がるかもしれませんし」

「まぁそれは確かに…だが善意の心を利用しているようで心苦しくもあるのだが…」

ジーグとディエルが話している途中で、「おや?」と携帯の映像を眺めていたサラが声を上げた。

「誰か人がいらっしゃいますね」

そういった。

「え、どこですか?」

シンシアたちが携帯を覗き込む。

「ほら、こちらに」

俯瞰でクレーター全体が映し出されていた映像の一部を指差すが、よく見えない。

映像を止めたサラは、指を使って指摘する箇所を拡大していく。

すると、確かにそこには私服姿の男の背中が二つ、映りこんでいた。

「え、誰だろう。献花に来てくれた人かな?」シンシアがいう。

「…ふむ」

ジッとその男たちを眺めていたサラは、「なるほど」と急に納得したような声を出した。

「どうやら“種”を拾ってくださったようです」そういった。

「種?」

「ええ。ガーゴの件は、この“方々”にお任せすることにしましたから」

サラはいった。「この方々は、ガーゴについてなかなか良い線を突いておられましたからね。後はこの方々の頑張りに期待したいところです」

「はぁ…」

よく分かってなさそうなシンシアたちに、「細かいことは、ダイン坊ちゃまがいらっしゃったときにお話します」といった。

ちょうどそのときだった。

「悪い、待たせた」

と、固まる彼女たちの後ろから声がかかった。

ダインだった。

リビングから中庭へ足を出し、サンダルを履きつつ後ろを振り向き、誰かの手を引いている。

「段差、気をつけてな?」

「う、うん…」

そういって現れたのは、ラフィンだった。

「え、ら、ラフィンちゃん?」

まさか彼女まで来るとは思ってなかったらしく、シンシアたちは慌ててラフィンの元へ集まる。

「ラフィンちゃん、もう大丈夫なの?」

ニーニアがきいた。「まだ一時間ぐらいしか経ってないような…」

確かにラフィンの表情に疲れは見える。まだ寝不足ではあるのだろうが、「ううん、大丈夫」と彼女は柔らかく笑ってみせた。

「今日は、話し合いも兼ねてみんなに集まってもらったって、ダインからきいて…だから、私も同席したくて」

ダインから一通りの流れはきいたはずなので、その表情にはあまり困惑した様子は見られない。

一応平静を保ててはいるようだが、ボサボサの髪はそのままで、おまけにパジャマも皺だらけのまま。普段から身なりだけはしっかり整えていた彼女からは想像もつかないし、違和感しかない。

「無理してるんじゃないでしょうね?」

疑わしげにディエルが口を開いた。「また強がったりしてるんだったら、無理やりにでも…」

そこでラフィンの視線がこちらに向かれ、ディエルは途中で台詞を切る。

「…あ〜、いや…」

気まずそうな表情になって、後頭部を掻いた。

そして顔を真剣なものに変え、ラフィンの目の前まで移動する。

「その…ごめんなさい」

と、ラフィンに向けて深く頭を下げた。「あんなにあなたがショック受けてたの知らなくて…すぐに本当のこと話さなくて、ごめんなさい」

ディエルが先んじて謝罪したのをきっかけに、シンシアたちも慌てだす。

「わ、私もごめんなさい! 誰かが教えてるもんだと思い込んでて…!!」

ニーニアとティエリアも、ディエルと同じく深々と頭を下げた。

ラフィンは少し驚いたような顔をしている。まさかこんなに真摯に謝罪されるとは思ってもみなかったのだろう。

「これがみんなの気持ちだ」

ダインはそういって、ラフィンの頭にぽんと手を置いた。

「お前も分かりきっているだろうことをわざわざ言う必要はないとは思うんだけどさ、みんなお前のこと大切に思ってるんだよ」

笑いかけるダインを、ラフィンはしばしぽかんとした顔で見つめている。

気付けば宴会であれほど騒いでいた大人たちは一時的に会話を止め、遠巻きに子供たちのやり取りの行く末を見守っていた。

ディエルたちの真剣な謝罪を受け、ラフィンがどういうリアクションをするのか。

ピーちゃんたちを捕まえ、両手に抱えたままのルシラも見つめる中、

「…ディエル」

と、ラフィンは、昔から犬猿の仲だった彼女の名を呼んだ。

「あの時の台詞は…全部、演技…だったの?」

そう尋ねた。

「あの時?」

不思議そうに、ディエルの顔が上がる。

「私を“ここ”に連れてくる途中で、私を説得しているときにいった、あの台詞…みんな味方だって…」

その経緯については、ディエルは誰にも話してなかったのだろう。

ダインもシンシアたちも何のことか分からなさそうにしていたが、

「あれは…う、嘘じゃない、わ…」

ディエルも砂漠での一幕を思い出したのか、少し顔を赤くさせた。「あの時、演技は…正直してた。悪ノリしてたからそこは謝るしかないけど…でも、台詞は嘘じゃなかったわ」

茶化す空気ではないとさすがに思ったのか、ディエルは真面目な顔のままいった。

「というか、あんな塞ぎ込んだ状態だったくせに、なんでそこは覚えてるのよ…」

最後に小さく文句をいってしまうディエル。こんなときでも思ったことを口に出してしまうのは、いかにも彼女らしい。

普段のラフィンならば、ここですかさず噛み付いていたところだろうが…、

「ん…それなら良かった」

やつれた顔ではあるものの、ラフィンは嬉しそうに微笑んだ。「ありがとう、ディエル」

なんと、お礼をいった。

あのラフィンが、あのディエルに。

まさかの台詞にシンシアたちは表情を驚愕に変え、怒られるものだろうと思っていたディエルは驚きの顔のまま固まっている。

そんな彼女たちをそのままに、ダインに顔を向けたラフィンはいった。

「ダイン。これまでと、そしてこれからのことをきかせて欲しい。話してくれる?」

「ああ。もちろん」

遠巻きに子供たちを見守っていた大人たちは、全員ホッとしたような嬉しいような、優しい表情で微笑んでいた。

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