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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
19/240

十九節、エレイン村

翌朝、学校帰りにいつも立ち寄っている公園のベンチにはシンシア達の姿があった。

「あ、ダイン君!」

公園に入ってきたダインを見つけるなり、彼女たちはそれぞれ荷物を手に駆け寄ってくる。

「みんな早いんだな」

ダインも予定より早めに来たはずだが、それ以上に早く集合場所に来ていたことに驚いた。

「お、おはよう、ダイン君」

「お、おはようございます、ダインさん、本日はお日柄も良く…」

ニーニア、ティエリアの目は輝いている。

どちらも緊張した面持ちだが、今日という日を待ち望んでいたような顔つきだ。

「そうだな。今日も晴れて良かったよ」

そう言いながら、ダインは三人の姿を改めて眺めてみた。

三人ともスカートで、季節的に少し暑くなってきたということもあり上着も薄着だ。

どれもヒューマ族のファッション誌で見るような衣服を着ており、普段かっちりとした制服姿しか見てなかったので新鮮に見える。

「あ、ど、どこかおかしかったでしょうか」

ダインの強い視線を感じたティエリアはやや顔を赤くさせながら姿勢を正し、ニーニアは自分の服装に変なところはないか何度もチェックしている。

彼女たちが動けば動くほど衣服はふわりと舞い、いかにも女の子らしい服装と色合いにダインは「いや」と笑った。

「可愛いよ」

正直な感想を伝え彼女たちを赤くさせた後、「てっきり種族色の出る服装で来るかと思っててさ」と続ける。

シンシア達はそれぞれ種族が違う。住んでいる場所も、生活も若干違う。

服装にも違いが現れるのは当然で、それなのに全員がヒューマ族の統治する、ここオブリビア大陸で流行している服装でいることが不思議だった。

「あ、じ、実はセブンリンクスに入学することが決まったとき、ここでの流行りの服装を用意しておいた方がいいとお母様からお聞きしまして…」

「わ、私も…この大陸で、誰かとどこかに出かけることがあればって…」

友達とおでかけという、ティエリアとニーニアにとっては夢のようなイベントに期待して、念のために用意していた服なのだろう。

「可愛いよね〜!」

シンシアはずっとニコニコ顔で二人を眺めている。

「学校じゃ校則でそんなにお洒落できないもん。こういうとき、女の子で良かったなって思うよ」

そう言う彼女はカチューシャを頭部につけており、ニーニアは色鮮やかなリボン、ティエリアはベレー帽を被っている。

荷物にはアクセサリーがつけられているし、靴下にまで女の子らしいワンポイントやフリルがあしらわれている。

ここぞとばかりにお洒落を堪能している彼女たちは恥ずかしそうだが嬉しそうで、恐らくダインを待っている間は互いにファッションについて語り合っていたのだろう。

「うん、マジで可愛い。制服姿も良いけどさ、今日ほどお前等は女の子なんだなって実感した日はないよ」

それぞれの服装について説明しようとしていたシンシアは「あう」と真っ赤になって言葉を詰まらせてしまうが、「種族色の出た服装も見たかったけど」とダインが続けたところで顔を上げた。

「だ、大丈夫だよ。ダイン君のお家についた後、裏山でハイキングするんだよね? その時用にみんな戦闘服持ってきたから」

この世界には人に害をなすモンスターが多数存在する。退魔師という職業が成り立つほど世の中に蔓延っているため、どの種族であっても身を守るために一定の訓練が義務付けられている。

もちろん種族や地域にもよるが戦闘服というものまで用意されているところもあり、それこそ種族色の濃い服装なので、楽しみにしててとシンシアは続けた。

「ハイキングっつってもそんながっつりしたもんじゃないぞ? そりゃモンスターはいるが俺が排除するつもりでいたし…」

汚れそうなことはしないつもりだ。そう言うと、シンシアはやや残念そうな顔をした。

「戦闘服もすごい可愛いから見て欲しいんだけどなぁ」

可愛いもの好きのシンシアが言ってるんだ。確かな情報なのだろう。

「持ってきてくれたんなら見たいよ」ダインは笑いながら言い、「んじゃ行くか」と彼女たちの足元に置かれていた荷物全てをひょいっと抱え上げる。

「うわ、え? も、持って行くの?」

「ああ」

「お、重くないの?」

シンシアの言うとおり、彼女たちの荷物にはそれぞれずっしりとした重みがある。

「確かにそこそこの重さがあるな。何入れてきたんだ?」

確か昨日は大した荷物はいらないと伝えたはずなんだが。

「お弁当持ってきたんだけど、みんな作りすぎちゃったようで」

と、シンシア。

重量的に人数分以上の量がありそうだが、みんな張り切って作ってくれたのだろう。

「余るようなら持って帰って食べるけど…」

確かに食べ盛りのダインでも難しそうな量だったが、彼は「いや」と首を振った。

「家の奴らの分もありそうだから、ちょうど良かったよ」

片手で携帯を操作し、サラに昼食の準備はしなくていいというメールを送る。

「んじゃ改めて行こうぜ」

大量の荷物を抱えたまま歩き出そうとしたダインを、シンシア達は慌てて止めてきた。

「お、重いよ。自分の荷物だし自分で持つよ?」

「む、無理しないでください」

心配そうにする彼女たちに、ダインは成人男性ですら持ち上げるのは難しそうな荷物を上下に揺らす。

「無理してそうに見えるか?」

総重量にして五十キロほどはあるかも知れない。しかしダインはなんとも涼しそうな顔で、くるりと一回転までしてみせる。まるでカバンの中には何も入ってなさそうな身のこなしだ。

「力仕事は俺の役目だ。それにお前等は一応は客人なんだから楽にしてろ」

そう笑いかけ、ダインは彼女たちの前を歩いていった。



ダインの住むエレイン村は、オブリビア大陸の西側、ガトレア森林区の中にある。

村の建物はレンガ仕立てが多く、レストランや商店まであり、どこも村人たちで賑わっている。

父ジーグの主導により市街化が進む村であったが、ダインのいるカールセン邸の周りには広大な農地が広がっており、そこだけはのどかな田舎村というイメージどおりの風景があった。

ダインを知る村人たちと笑顔で挨拶を交わしながら、ダイン一行はいまようやくそのカールセン邸の前にたどりつく。

「はぇ〜…おっきいねぇ…」

草木で出来た門越しに邸宅の景観を見るシンシアは、率直な感想を口にする。

「ほ、本当に広いですね…」

「す、すごいね…」

ティエリアとニーニアも驚きのまま口をあんぐりと開けている。

確かに一般的な家とは思えないほどの広さだ。庭も広く、そこでも畑がいくつかある。

「いやまぁ、持て余してるんだけどな。親父がヴァンプ族の長だからって理由だけで、この大きさの家を建てたらしいんだよ」

カールセン一族は代々エレイン村の村長を務めている。

心機一転という名目のもと、代替わりするたびに家を新調するのが慣わしで、初めこそ一軒家ほどの大きさだったらしいがいつの間にか屋敷ほどの広さを持つようになった。

書斎、ゲストルーム、メイド用の寝室と色々部屋があることを説明すると、シンシアがまた深く嘆息する。

「ダイン君、お坊ちゃまだったんだねぇ…」

「いやいや」とダインは首を振る。

「家の見てくれが良いだけで、金持ちじゃないことだけは言っとくよ。特産品の宣伝で儲けた分のほとんどは、村の活性化に使ってるからさ」

インフラの整備やその維持、特産品の開発にその宣伝、農場経営や畜産業に関する有識者を招いての講演会。

ジーグの働きっぷりは村人の誰もが認めているところで、だからこそ村人のジーグに対する信頼は厚い。

人口は少ないが村人の誰しもが笑顔だったのを思い出し、ニーニアは「いいところだね」と笑った。

そうだな、とダインも笑い返し、「立ち話もなんだ。早く入ろうぜ」と荷物を抱えなおして天然の門を潜り抜ける。

「帰った…」

玄関の扉を開け声を出しかけたダインだが、すでに玄関前に待機していたサラを発見し中断してしまった。

「本日はようこそお越しくださいました」

ダインに続いて玄関に入ってきたシンシア達に向け、サラは両手を揃えながらゆっくりとお辞儀をする。

「私はここカールセン家の使用人を仰せつかっております、サラ・シーハスと申します。どうか以後お見知りおきを」

素顔を晒し本名を名乗ったことに意外に思ったダインだが、ダインの初めての友人というところに敬意を払ってのことだろう。

それにダインが気に入って招待した客人だ。それだけで、シンシア達は信用に足る人物と判断したのかもしれない。

「あ、こ、これはどうもご丁寧に…シンシア・エーテライトと言います」

シンシアは慌ててサラに頭を下げ、それにならってニーニアとティエリアも深々と頭を下げる。

「に、ニーニア・リステンです」

「あ、てぃ、ティエリア・ジャスティグと申します」

それぞれの自己紹介を受けながら、サラはまた頭を下げた。

「ダイン坊ちゃまと親しくしていただいているようで、外出中のだんな様と奥様に代ってお礼を申し上げさせていただきます」

「い、いえ、こちらの方が良くしてもらっているので…」

丁寧すぎるサラのお辞儀に恐縮したのか、本当にメイドがいたことに驚いたのか、シンシアは始終うろたえた様子だ。

珍しい姿にダインはしばらく笑っていたが、三人とも恐縮しっぱなしではゆっくりできないだろうと思い口を挟んだ。

「サラは俺たちとそんなに年は変わらない。もっと気軽に接してくれて良いと思うぞ」

「そうです」それまでの堅苦しい態度を若干緩め、「これも仕事のうちですので、何なりとお申し付けください」と続けた。

「ふむ。しかし…」

サラは改めてシンシア達の顔ぶれを見回していく。

何度も頷きつつ最後にダインの方を向き、親指を突き立ててきた。

「ダイン坊ちゃま、非常にグッジョブです」と言いだす。

「ルシラの絵で可愛いというのは分かっていたのですが、実物がこれほどとは…」

「何の話だよ」

ダインが笑っているところで、「るしら?」とシンシアが不思議そうに言ってくる。

「あーそうなんだよ。両親は後で帰ってくるんだけど、家にはサラの他にもう一人いてな」

そう彼女たちに説明してる間に、奥の方からパタパタと足音が聞こえてきた。

「さらー、このふくってこんなかんじで着たらいいの?」

やってきたのは、何故か子供用のメイド服に身を包んでいたルシラだ。

黒いロングスカートにエプロンをつけており、頭にはメイド用のカチューシャまでつけている。

「ええ、問題ありません。よくお似合いですよ。昨晩大急ぎでこしらえた甲斐がありました」

「えへへ〜、だいんもよろこんで…」

にへっと笑顔を浮かべたルシラだが、ダイン達の姿が目に入った瞬間驚いたように飛び上がる。

「うわ!? ひとがいっぱいいるよ!?」

「ええ、いらっしゃいますね」

「だ、だれかな、どちらさまかな!? だ、だいん!!」

ダインを見つけ駆け寄るなり、すぐに後ろに回りこんで影からシンシア達を窺う。

急に騒がしくするルシラに笑うダインだが、シンシア達はシンシア達で顔を寄せ合ってひそひそと話し始めていた。

「だ、ダイン君って、妹さんいたのかな…?」そんな声が聞こえる。

「ニーニアちゃん、聞いた?」

「う、ううん、私も初耳だよ。ティエリア先輩は…」

「い、いえ、妹さんではないかも知れません。髪の色が違いますし…」

いらぬ憶測が飛び交っている。メイド服だからサラの子供ではという話まで出だした。

「あー、なんつったらいいかな…」

まず何から説明しようか。後ろでおっかなびっくりしているルシラに友達だと紹介するのが先か。

困惑しているところで、ずっと三人の顔を見ていたルシラが突然「あっ!」と声を上げた。

「もしかして…しんしあちゃん?」

まさか初対面であるはずのルシラから名前を呼ばれるとは思ってなかったのか、シンシアが「え?」と驚いたようにルシラに顔を向ける。

「それからにーにあちゃんに、てぃえりあちゃん!」

「え、わ、私までどうして?」

ニーニアとティエリアも驚いている。

ルシラは魔法力から相手の顔を識別することが出来る。

いまここで説明しても良いが、そうするとルシラに関することも説明しなければならなくなる。

長くなりそうだと思ったダインは「話してたからさ」といまはそう言うだけにした。

「そうなんだ」と納得した様子のシンシアに、サラが一歩踏み込んで彼女の前に立つ。

「お初にお目にかかります、シンシア様」

そういって再びお辞儀する。

「大陸最強の流派である破魔一刀流。本家本元のエーテライト家の武勇伝は、こちらにまで聞き及んでおりますシンシア様。姉上にあたられるリィン様のご活躍も、どこにいても聞かない日はございません」

「あ、あはは。光栄です」

シンシアは照れたように笑う。彼女にとっても最強流派という触れ込みは自慢なのだろう。

しかし笑顔ながらも眉を寄せ、困ったような顔のまま「ですけど」と言った。

「私もあの二人を目指してはいるんですが、まだまだです。いつかはあの二人ぐらい強くなれたらいいなーとは思ってるんですが」

「あせる必要はないと思いますよ」

サラは口元に笑みを浮かべながらも、淡々と言った。

「私から見て、シンシア様はなかなかの手練れ。研鑽を重ねれば、いずれリィン様に追いつくことは私が保証します」

それは慰めでも励ましでもない。

武道に通じ、対峙しただけで相手の実力を見極めることのできるサラならではの見解だった。

「そ、そうでしょうか」

「うん!」といつの間にかサラの隣にルシラが移動し、彼女に向けて「だいじょうぶだよ!」と笑顔で見上げている。

「しんしあちゃんはつよいよ!」

初めこそ驚いたようだが、ルシラにしてみればシンシア達は見知った顔も同然なのだろう。すっかり慣れた様子だ。

「あはは。ありがとう」

嬉しそうにするシンシアに再び笑いかけてから、次にサラはニーニアに体を向ける。

「そしてあなた様が、かの七英雄の武具を作ったといわれる名工、リステン家の長女様であられますか」

「は、はい」というニーニアは気付いてないかもしれないが、無表情に見えるサラは少し興奮しているようにダインには映った。

「その技術を用いていまも新アイテムを出し続けている、『ザ・ツール』シリーズは当方でも使わせていただいております」

「あ、そ、それはどうも…」

「携帯型通信機の開発に最も貢献し、斬新な魔法技術の応用によって魔法テレビも開発された。量産態勢の構築や流通ルートの開拓、確保など、開発以外の技術力にも目を見張るものがあり、そのノウハウや宣伝方法、売り込みの仕方など夜通しかかってもご教授いただきたい所存です。特に最近発売されたエゴノートは所持者の思念を魔法力に変換し、文字や絵を浮かび上がらせる極めて画期的なもので…」

「ストップ、ストップだサラ」ダインは慌てて止めた。

「何ですダイン坊ちゃま」サラはじろりと睨んでくる。

「特産品の開発に行き詰っている現状を打破できるチャンスなのですよ」

村の窮状を何とかしたいという思いは結構なことだ。

だがダインの「ニーニアがパンクしそうだ」という一言で、サラは我に返る。

ダインの指摘したとおり、ニーニアは前を向いたまま固まっていた。サラのあまりの早口に思考が追いついていないのだろう。

「おや、これは失礼。ダイン坊ちゃまからニーニア様の作品を見せていただき、非常に精巧な作りに感動したのでつい」

そこでようやく思考が動き出したニーニアが「い、いえ」と首を振る。

「あ、アクセサリーばかり作ってましたから、あまり力にはなれないかもしれません…すみません」

「いえ、こちらも少々興奮してしまいました」

サラも落ち着きを取り戻す。

「お客人なのですから、そういうお話は別の日に機会があれば、ということにいたしましょう」

「にーにあちゃんのは、るしらも好き!」話の流れを切るように、ルシラが割り込んできた。

「おにんぎょうのすとらっぷ…でいいのかな? かわいいし、さわりごこちいいし、だいんにおねがいしてもらっちゃったよ!」

そう言ってルシラがスカートのポケットから取り出したのは、いつも肌身離さず持っているモフギツネのストラップだ。

さわり心地があまりに良くて、ずっと触っていたところニーニアからわざわざ作ってもらったものだ。

「あ、ありがとう。じゃ、じゃあ今度、もっとおっきいの作ってくるね?」

「ほんと!?」

「うん。お近づきの印に」

「やったー!」と両手を挙げ喜ぶルシラに、ニーニアも笑顔になる。ルシラの懐っこさに人見知りだったニーニアもやられてしまったようだ。

「お初にお目にかかります、ティエリア様」

と、サラは最後にティエリアに体を向けた。

「類稀なるゴッド族。こう言っては失礼に当たるかもしれませんが、噂どおり眩しいですね。まるでもう一つ太陽があるかのようです」

サラのものめずらしそうな視線を受け、ティエリアは「す、すみません」と恐縮する。

「こればかりは自分でも制御できないので…」

迷惑じゃないかと言うティエリアに、サラは首を振って「神々しいです」といった。

「何と言いましょうか、全身からゴッドオーラが出ていると表現した方が良いでしょうか。思わず傅いてしまいます」

ティエリアの前で方膝をつき、頭を垂れる。

「あ、わ、私はゴッド族とは言いましても五級神なので、何の功績も出してませんしそのようなことをしていただくわけには…」

ティエリアは慌ててそう言うが、サラは動かない。

「先輩は人見知り激しいから、その辺にしてやれ」

ダインが助け舟を出すと、サラは下から顔を上げまじまじとティエリアを見た。

「五級とは言いましても神々しさは変わりませんよティエリア様。それにこれもゴッド族の特徴なのでしょうか。あなた様を見ていると、何と言いますか…抱きしめたくなりますね」

意外な言葉に「へぇ!?」と妙な声を出すティエリアだが、シンシアは「分かります!」と同意を示した。

「でもそれはきっと、ゴッド族の特徴じゃないと思いますよ」

「ほう?」

「単純に、ティエリア先輩が可愛いんです!」

「なるほど」

今度はサラが同意を示した。

「てぃえりあちゃんかわいい!」

ルシラまでそんなことを言い出し、困惑するティエリアにサラは立ち上がって近づく。

「では失礼して」

何の断りもなく、小さなティエリアをそのまま抱き寄せた。

「わ、わわわ…」

「ん…なるほど。いいですねこれは。非常にいいですね」

「あ、あの…え、えぇと…」

ティエリアはさらに困惑している。

「人見知りだっつってんのに…」

呆れ顔のダインの隣で、ルシラは笑っている。

「あの、ダイン君、私もいいかなぁ?」

そんなルシラを見つめながら、シンシアが尋ねてきた。

「ルシラちゃんも、すごく可愛いよ…」そういうシンシアは全身がそわそわしている。

早くいつもの“衝動”をしたくてたまらないといった様子だ。

「いいよね? ね…いいよね?」

まるでご飯を目の前に、待てをされた子犬みたいだ。

「まぁ…苦しがらない程度にな」

ダインのその台詞は、その子犬に「よし」と合図したに近い。

「るしらも!」とティエリアに飛びかかろうとしたルシラは、別方向から突進してきたシンシアに瞬時に捕まってしまった。

「うわぁっ!?」

全身をびくりと反応し驚くルシラを持ち上げ、シンシアはぎゅっと抱きしめる。

「ん〜〜、ルシラちゃーーーん!!」

「みゃーーー!?」

頭に何度も頬擦りし、抱きしめる腕の力に強弱をつけてルシラの感触を心行くまで味わってる。

「はぁ…可愛いよぉ…気持ちいいよぉ…」

「し、しんしあちゃ…く、くすぐったいよぉ! あはは!」

笑い転げるルシラに、いまもなおサラに抱かれ困惑したままのティエリア。どちらも初対面でみんな緊張していたはずなのに、場は混沌としている。

「あ、あはは。面白い人達だね、ダイン君」

ニーニアはもはやそう言うしかない。

「一瞬で打ち解けられたのは良かったけどさ、ちょっとテンション高すぎだよな…」

「私もそうだよ」と笑顔のニーニアだが、「あ」と思い出したように表情を変える。

「それで結局、ルシラちゃんは一体誰の…?」

そういえば説明がまだだったことを思い出したダインは、足元に置いていた荷物を抱えながら説明する。

「公園で倒れてたんだ」

「え」と固まったニーニアに、「拾った子なんだ」と続けると、それまで浮かれ気味だったシンシアとティエリアも動きを止めてこちらに顔が向けられる。

何を言ったんだという三人の視線を受けながら、彼は冗談ではないことを付け加えて真面目な顔で言った。

「今回来てもらったのは、ルシラのことについても相談があったんだよ」



種族不明の女の子が行き倒れてたので、ダインが一時保護した。

そんな彼の説明に、シンシア達は裏山でハイキングする予定すら忘れるほど深刻に受け止めたようだった。

保護してから現在までの流れを聞くシンシア達の表情は真剣そのもので、種族不明だという証明をルシラに実践してもらってる間も瞬き一つしなかった。

リビングにあるテーブルに置かれた、土に種が植えられた一つの小鉢。

そこにルシラが手をかざしており、彼女が「ほっ」という声を上げた瞬間その小鉢から緑色の芽が生えた。

シンシア達が「わっ」と驚いている間にもその芽はぐんぐん成長を続け、ルシラの背丈ほど伸びてから枝の根元に蕾が出来、見る見るうちに真っ赤なオリーブトマトを実らせていく。

またルシラが気合を込めるような声を発した瞬間、その実は蕾に戻り、逆再生のように枝葉が萎んでいき芽に戻ったところでシンシア達はまた驚きの声を上げる。

「す、すごい…ね…」

シンシア達も初めて見る魔法だったのだろう。目をまん丸にしている。

「る、ルシラちゃん、これってなんていう魔法なのかな?」

ニーニアが尋ねるが、ルシラは「名前…」と首をかしげる。

「とくに名前はないよ? こう、きあいをいれる感じですると、にょきーってでちゃうんだ」

シンシア達が驚いているのが面白いのか、ルシラは得意げだ。「もっといろんなものを、にょきーってできるよ!」

他の植木鉢を持って来ようとしたところで、奥のキッチンからサラに呼ばれる。手伝いの途中だったようで、「あとでね!」とそのままキッチンへ駆け出していった。

ルシラの姿が見えなくなってから、ダインは口を開く。

「この魔法が何なのかを解き明かすことが出来れば、ルシラの種族が判明し、その種族から住んでいる場所も特定できるはずなんだよ」

そうダインが言っても、誰も反応しない。みんな一様に考え込んでいる。

「先輩も知らないのか」

この中で一番魔法に関する知識がありそうなティエリアも、ダインの質問には首を振った。

「これは…そもそも魔法、なのでしょうか」

確かに魔法とは別種の“能力”ということも考えられるが、これほど不可思議な現象を引き起こすのは魔法以外に考えられない。

「ルシラの特異な魔力か何かだとは思うんだよ」

自分自身にも問いかけるような様子で、ダインはニーニアを見た。

「物体に魔力を流し込み、変化させる。エンチャント系の魔法に近いところがあると思うんだが」

ニーニアの専門は工作だが、作業工程の中で物質に魔力を込めることもある彼女ならば、エンチャントの魔法に詳しいはずだ。

思い当たる節はないか彼女に尋ねるが、ニーニアは植木鉢をじっと見つめたまま思慮に耽っている。

「確かにエンチャントに近いところはあると思うけど…でも物質が変化するような魔法はないはずだよ」

通常、物質に際限なく魔力を込めたら、その物質は壊れてしまう。

人体含めてこの世のあらゆる物質には魔力を許容できる限界があるというのが、あらゆる機関で繰り返された実験結果を受けての常識だ。

「ルシラさんの持つ魔力が、対象物に変化を促す作用を引き起こす性質があるのかも知れません」

ティエリアの仮説はダインも考えたことだ。一番濃厚だとも言える。

「変化を促す作用の魔力…」

天井を見上げていたシンシアは、ふと顔を落とす。

「となると、エンチャントじゃなくて治癒系統の魔法に近いってことになるんじゃないかな?」

もちろんシンシアの仮説も考えた。

変化という意味では、傷口を瞬く間に塞ぐ治癒魔法も変化といえば変化になる。

だがその作用は聖力によって召喚された英霊が使う能力によるもので、聖力が直接傷口を癒しているわけではない。

「あいつの魔法で効果が及ぶのは、いまのところ植物だけなんだよ」

補助系統の魔法も同じ理由で、しかも効果があるのは意思を持って動くものに限られる。治癒も強化も、植物にはあまり効果がなかったはずだ。

「ルシラの魔法は成長も衰退も出来る。治癒魔法が変化という意味で捉えるなら、その魔法でまた傷口を作れなきゃ説明つかないよな」

ダインの言葉に、シンシアは「あー、それは確かに…」と言い、再び天井を見上げ考え込む。

「見た目は完璧にヒューマ族なんだけどさ…」

シンシアが持ってきてくれていた種族辞典に目を通していたダインだが、お手上げだとばかりに「どの種族にも該当しそうにないな」と辞典を閉じた。

手詰まり感が漂う中、何とかしてダインの役に立ちたいと思ったのか、ティエリアが「あの」と静寂を打ち破る。

「ガーゴの方々には連絡を入れられたのでしょうか?」

「子供相談所があったはずです」というティエリアの疑問はもっともだ。

そういえば、と顔を上げこちらを見てくるシンシアとニーニアの視線を感じつつ、ダインは「いや」と首を振った。

「最初にサラに提案したが、止められた」

「え? 何故…」

「あいつ独特な嗅覚があってさ、これまでにもサラの意見で何度も助けてもらった。言うこと聞いたほうが良いと思って」

ダインのその説明は、彼女たちには漠然とした理由にしか聞こえなかったのだろう。

ぽかんとした彼女たちに、ダインはふと目つきを真剣なものに変えていった。

「今回もまた、その意見を聞いてよかったと思うよ」

ダインの発言の意図がまだ掴めなかったのか、不思議そうにする彼女たちに、ダインは昨日のガーゴ捜査員との一件を持ち出した。

「尾行される理由をずっと考えてたんだ」

「理由…ですか?」

「ああ。これまでガーゴに目をつけられることもなかったし、世話になったこともない。一昨日の一件が関係ないとすれば、直近で俺の周囲に何か特別なことがあって目をつけられた以外に考えられない」

思わず前のめりになる彼女たちに、ダインも似た姿勢になって続けた。

「連中は、ルシラが狙いのような気がしてならないんだ」

「ルシラちゃん…?」

不思議がるシンシア。「何日か前にユーテリア先輩に妙なこと言われたの覚えてるか?」とダインが尋ねたのはニーニアだ。

「あ、うん。覚えてるよ」

そのときの状況をゆっくり語りだす。

「朝、いつものように女の人達に追われてるユーテリア先輩が、ダイン君を見て不思議な匂いがするって言ってたんだよね」

「そう。そのときはよく分からなかったんだが、エル族は嗅覚が鋭敏なのを思い出してさ。ユーテリア先輩はルシラの物質的じゃない“匂い”を感じ取れてたと思うんだよ」

その証拠に、時折校内ですれ違った他のエル族の生徒の視線を感じていたとダインは打ち明けた。

「前回、視察団とのひと悶着があったが、あの時ガーゴの連中と初めて接触した。その視察団の中にはエル族がいた」

「そして翌日、捜査員が派遣されダイン君を尾行しようとした…」

ダインの台詞をシンシアが引継ぎ、そのまま視線を落とす。

「このメジャーな種族辞典にさえも、ルシラの特殊能力については書かれていなかった。つまり俺たちヴァンプ族以上に希少種なのは間違いない。いや、ひょっとすればルシラがその種族の最後の一人なのかもしれない」

シンシア達の表情はなおも真剣なままだ。ダインは続ける。

「類稀なる変化の魔法。稀どころか、その魔法を使えるのはルシラ一人だけなのかもしれない。連中がルシラを狙っているのだとすれば…」

そこから先は、ダインが言わなくてもその場にいる全員が分かった。

「希有な魔力を持つルシラちゃんを、何かに利用しようとしている…」

ニーニアが呟くように言う。

誰もが想像した内容に、誰もが黙り込んでしまう。

「全て俺の勝手な憶測だがな」

考えすぎるなと付け加えて、ダインは少し声色を高くしていった。

「別件で俺を尾行しようとしていた可能性も十分にある。それかルシラの親族に特別な事情か何かがあって、秘密裏にルシラを探していたってことも考えられる」

別の理由を並べるダインだが、その可能性はほぼゼロに近いことは彼の表情が物語っている。

「捜査員の気まずそうな表情とか、視察団の奴らの横柄な態度とか、完全な印象論だけど奴らにルシラを引き渡せばどんな扱いを受けるか分かったもんじゃない」

「融通の効かなさそうな人達には見えたかなぁ」

第一印象を述べるシンシアと同意見だったのか、ニーニアも頷いている。

「これは私の意見に過ぎませんけれど…」

そのとき、やや遠慮がちにティエリアが口を開いた。

「ガーゴが設立されその勢力を伸ばし始めた頃、世の中の利便性向上のためという名目で魔法研究所なるものが設立されました。種族間の隔たりが強かった当時はまともな法案も作られておらず、個人の人権は無視され珍しい種族を拉致しては研究してきた過去があります」

それは、いまやタブー視されているガーゴの後ろ暗い歴史だった。ガーゴとは無関係の学校の歴史書には載せられているところもあり、文学少女で歴史好きでもあるティエリアだからこそ知っていたことなのだろう。

確かに、過去の違法な研究の末に現在の魔法学や科学が確立し、土台となっていまもなお発展し続けていることは否めない。

だが、無理やり拉致し実験と研究を繰り返していた事実は正当化できないし、するものではない。

「法整備がされ、人権も守られるようになった現在では、さすがにそのようなことは行われてはない…と思いたいのですが…」

ルシラは何かの実験の被験者なのではないか。ティエリアの不安げな様子から、そんな危惧が垣間見える。

「一番考えたくないことだ。でも、現状でそれが一番考えられることなんだよな」

種族辞典を見つめたまま、ダインは腕を組む。その表情にはルシラの現状に対する不安と、ガーゴに対する不信感がこびりついている。

「サラにほぼ毎日首都の掲示板を見てもらっているが、いまのところルシラの捜索依頼は出てないようなんだよ。ガーゴが隠蔽している可能性もなくはないだろうが、ルシラ本人の反応を見るに、あいつにはどうも親はいないようなんだ。親族すらいるかどうかも怪しい」

天涯孤独だと告げたところで、シンシア達はショックを受けたような顔になる。

「まだ隣国までしか調べがついてないが、そこでもあいつの名前はなかった。もっと遠い大陸の生まれかもしれないが、少なくともこの地では、ルシラは存在しないものと同じ状況だということだ」

存在しないのだから、何をしても気付かれることも糾弾されることもない。法的に問題にならない。

それはつまりティエリアの危惧する展開も考え得ることを示唆していた。

人権を無視した人体実験。想像もしたくない状況が次々と浮かんでしまい、シンシア達は顔を青くし無言になる。

「繰り返すが、これは完全に俺の憶測だ。俺が変に勘ぐりすぎているだけで、連中は善意で動いているだけかも知れない。尾行なんてこそこそせずに堂々と来てくれりゃ、俺もこんなこと考えずに済んだんだけどな」

「探りを入れようとしていたってことは、ガーゴの人達はルシラちゃんの存在にまだ気付いてないっていうことなのかな?」

シンシアの憶測に、ダインは「そうだ」と頷いて見せた。

「奴らにとってルシラがどれほどの重要度を占めているのか分からないが、捜査員を使って尾行させるほどなんだ。正体に気付いてたなら、無理やりにでも奪いに来てたと思うよ。取り締まる側なんだから、奪う方法なんていくらでも用意できるだろうし」

シンシアもニーニアもティエリアも、深刻そうな表情でテーブルに視線を落としている。

屈託に笑うルシラと、彼女がいま置かれている状況のあまりの違いにしばし言葉が見つからないようだ。

「悪かったな。来てもらって早々、こんな暗くなるようなこと話して」

ダインは申し訳なさそうに頭を下げた。

「でも、まずお前たちには知ってもらいたかったんだよ。何でも相談し合おうって言ったのは俺だしさ」

「う、ううん、話してくれたのは嬉しいよ」

ニーニアが笑いかけてくるが、すぐに表情を真剣なものに戻し考え込む。

自分に何が出来るだろうか。考えていたところで、「でも」と先に口を開いたのはシンシアだった。

「どうしてエル族の人達には分かったんだろ? 確かに嗅覚は鋭いだろうけど、敏感な種族なんて他にもいるはずなのに」

確かにシンシアの言うとおりだった。ニーニアが種族辞典を取り寄せ、隣のティエリアと一緒に目を通していく。

「仮にルシラちゃんが植物を操れる種族なんだとしたら、自然と密接な関係にあるエル族の人達が気付いたっていうのも納得できるよ。自然現象そのものの存在のフェアリ族だったら、ルシラちゃんのもっと踏み込んだことが分かるかも…」

フェアリ族は盲点だった。確かにルシラが使う魔法の特性を考えたならば、そのフェアリ族が何かしらを知っているのかもしれない。

どうにか聞きだせる状況を作ってセレス先輩に尋ねてみよう。そう思っているところで、ニーニアがダインに向け話しかけてきた。

「ルシラちゃんからは、魔力か聖力は吸えなかったの?」

吸魔を通して相手の詳細を見れないのか。ニーニアの質問に、ダインは「ああ」と頷いた。

「これまでにも何度か試みてはいたんだけどな。サラもやってみたが、どういうわけか吸えなかった。信頼関係が成り立ってないってことはないと思うんだがな」

ニーニアの不安を予測し、好かれている証拠として毎朝ベッドに潜り込んでくることを彼女に伝えた。

「朝起きるといつも隣で寝てるんだ。可愛いから良いんだけどさ」とダインが言ったところでニーニアは笑う。

彼に言われるまでもなく、ダインとルシラのやり取りからして二人の間に強い絆が出来上がっているのは確かだ。ルシラのダインを見る目には信頼以上の強い想いに似たものを感じ、ダインのルシラを見る目もそこはかとなく優しい。

吸魔のトリガーである信頼関係の問題はとっくにクリアしている。しかしそれでも吸えない。不思議がるダインに、ニーニアはティエリアが危惧していた実験の被験者という仮説を再び思い起こしてしまった。

「外部に不思議な魔力が漏れないよう、特殊なバリアか封印みたいなものを施されちゃったのかな…」

思わず口にするニーニアだが、ダインは首を振る。

「そういうのは俺らヴァンプ族にはすぐに分かるよ。ルシラからはそういった特殊なものは感じないから、何もされてないと断言しても良い」

ニーニアの説に一応は否定してみるものの、「とはいえ」とダインは再び難しそうな顔で腕を組む。

「吸魔できない段階で、ヴァンプ族ですら干渉できない別種の封印を施されている可能性は否定できないよな。もしそうだったら、俺でも分からない」

しかし子供相手にそこまでするか? というダインの問いかけに、深刻そうな表情で熟考していたティエリアが口を開いた。

「ガーゴ組織は…この大陸では多大なる功績を残し、憧れる方々も多いようなのですが…ゴッド族の間では、あまり良い話を聞きません」

意外な情報だった。ダイン含め、ティエリアもニーニアも驚いたように彼女に顔を向ける。

「あくまで噂程度なのですが」と前置きし、彼女は静かに語りだした。

「私たちゴッド族は、大昔は下界を見守る立場にありました。その名残かどうかは分かりませんが、混血でも他者の思念を読み取れるような特殊能力を持った方はいらっしゃいます。その方がゴッド族本来の責務だとして、下界に降りてからもこの地上の動向を見届けていたそうなのですが、その中でたまたまガーゴの動きが見えたことがあったそうで…」

ティエリアはふと声を潜める。

「ガーゴ組織は取り締まりだけではない様々な事業に手を広げ、職場を提供し、このオブリビア大陸全土の活性化に最も貢献しているのは間違いないのですが、それだけではない裏の動きのようなものを感じることがあると、仰っていたようなのです」

「裏の動き…?」ダインも同じように声を潜めてしまう。「はい」頷いたティエリアは続けた。

「それが何なのかは、強力な壁のようなものに阻まれて分からないようでした。ですが、ゴッド族の“目”すら届かない壁を打ち立てたということは、公に出来ない何かをしているということでもあります」

「…そりゃ確かに怪しいな」指でとんとんとテーブルを叩くダインは深く考え込んでいる。

「それはいつ頃の話なんですか?」と尋ねたのはシンシアだ。

「かなりの昔から…ひょっとすれば、ガーゴという組織が設立された直後から、その動きはあったのではないかと」

後ろ暗い過去に、秘密裏に進めている動き。誰よりも平和を望むゴッド族が怪しむほどなのだから、相当に危険なことをしているのかも知れない。

ティエリアの語り口から考えて、彼女もかねてからガーゴ組織に対してはあまり良い印象を持ってはいなかったのだろう。

そう気付いたとき、彼女の本心も見えてきたダインは「先輩もしかしてさ」と場の空気を一変させるような笑みを浮かべていった。

「生徒会長を辞退したがっていたのって、ガーゴに就職したくなかったってのも理由の一つだったりしないか?」

「へ、ぇ?」

虚をつかれたような顔でダインを見るティエリア。

あわわ、と慌てたように口を動かし、「そ、そのようなことは」とうろたえ始める。

「嘘はつかなくて良い」ダインは笑ったまま続けた。「初めからガーゴを怪しんでいたんだろ? そんなとこに就職したくないなんて真っ当な理由じゃんか」

ティエリアは気まずそうな笑顔を浮かべる。ダインの言っていることはほぼ図星だったようだ。

「まぁ俺もガーゴに就職するつもりは…いやそもそも奴らの眼中にないか」

「私もそうだよ」

シンシアが笑顔のまま言ったところで、話題は進路のことに切り替わった。

「セブンリンクスを志望したのは魔法でも力をつけたかっただけで、目指すところは退魔師だから」

だからノマクラスでも平気だという彼女は、行動理念がとても分かりやすく好感が持てる。

「ニーニアちゃんは元はと言えばお婆ちゃんの提案でセブンリンクスに来ちゃっただけだから、就職はガーゴじゃないもんね?」

詳細を聞いていたらしいシンシアの言葉に、ニーニアは「うん」と頷く。

「私は…アクセサリーショップとかやってみたいなって。学校で魔法の実力を上げたら、創作に応用できると思うし…」

だから自分もノマクラスで構わないと言ってのける。

「先輩は何か目指してるものあるんですか?」

と、シンシアはティエリアに質問を寄せた。

セブンリンクスの志望者にも関わらず、ガーゴに就職を目標としない生徒のほとんどは、将来を見据えた魔法力の向上だ。

魔法に対する知見を広げ、あらゆる魔法を使いこなせるようになりたいという、単純な実力アップを目指す奴が大多数を占めている。

だが、ゴッド族であるティエリアはそもそもの魔法力が桁違いだ。特別な訓練などしなくても賢者クラスの魔法力を持っている。

端的に言ってしまえば、魔法学校など通わなくても良い。

そんなティエリアが、将来何を目指しているのか。

「私は、その…」

ゴッド族というカリスマ性を利用し、どこかの統治者になるか。それとも宗教団体を立ち上げるのか。

興味津々なダイン達の視線を受け、上がり症ゆえ顔を赤くさせてしまった彼女は小声で言った。

「お…お料理屋さん、を…」

「…料理屋?」

「は、はい…すみません…」

期待に添えなかったことに対してか、ティエリアは謝る。

「いや、先輩は料理上手だからおかしくはないんだけど…」

ティエリアの性格から考えて、多人数を巻き込むような大きなことはできないというのは分かっていた。

だが、と意外そうにダインは言った。「ニーニアもそうだけど、どっちも店を開きたいってのは考えてなかったよ」

「そ、そうかな?」

ニーニアこそ意外そうにダインを見る。

「ああ。だって店っつーことは客と接しなきゃなんねぇじゃん。ニーニアも先輩も人見知りなんだから、そこんところ大丈夫なのかなって思ってさ」

ユーテリアに話しかけられたときもダインの後ろに隠れたし、シンシアの姉のリィンがきたときも隠れていた。

どんな相手でも初対面を前にすると隠れてしまう彼女たちなのに、接客している姿はとてもじゃないが想像できない。

「あ、わ、私は作るだけで楽しいから、それが売り物になれば良いなって思ってるだけで…接客はできないけど…」

職人気質だが引っ込み思案という、なんともニーニアらしい予想図が飛び出した。

「無人のアクセサリーショップなら、できそうだなって…」

「いや、それは…防犯的にどうなんだ?」

ダインが突っ込んでいると、ティエリアも同じだったのか「わ、私も」と手を上げた。

「私も、おいしそうに食べている方の顔を影から見ているだけで良いので、接客は魔法でどうにか…」

「接客で魔法…?」

「は、はい。英霊とか召喚して…」

「英霊…」

「そこのところを、学校で習えれば良いなと…」

ダインは思わず「魔法で接客する授業なんてあるのか…」と言ってしまう。

そもそも英霊は治癒や強化といった、自身や他者を守るために召喚される存在だ。

それがまさか接客を任されることになろうとは、彼らも思いもしないのではないだろうか。

「う〜ん、どっちも可愛い風景しか浮かばないなぁ。とってもいいと思うよ!」

のほほんとしたシンシアは、のほほんとした笑顔で二人に「楽しそう!」と言っている。

確かに他人の夢にこちらがとやかく言うべきではないだろう。心配を口にするのは止めにして、ダインもシンシアの意見に同調する。

「それでダイン君は、将来のこと何か考えてるの?」

最後にシンシアはダインに話題を振ってきた。

ダインは思わず腕を組み、「う〜ん」と唸ってしまう。

「特にまだ決めてないなぁ。これといってしたいことがないっていうのが最近の悩みなんだよ」

魔法の使えないヴァンプ族は、魔法が生活の要になっている現在、就職口がそれほどない。

力仕事は得意だが魔法でまかなえているし、創作だって魔法ギミックが仕込めるドワ族には劣る。

ニーニアやティエリアほどではないが、引っ込み思案が多いためタレント業も向いてないし、魔法が使えないため医療や介護関係にも就職できない。

消去法として誰とも接さない、身内だけでできる農業しかヴァンプ族の彼らにはまともな仕事がないのが現状だった。

「料理は好きだからな。先輩みたいに店を開くのもありかもしれない」

ダインが言うと、ティエリアは「本当ですか?」と目を輝かせた。

「で、でしたら、私と一緒にお店を持つというのは」

「ああ、それはなかなか楽しそうだ」

さらに嬉しそうにするティエリアと展望を話し合おうとしたとき、「で、でも」と珍しく強引な様子でニーニアが割り込んできた。

「料理もモノづくりに似たところがあるし、アクセサリー作ったりするのも楽しいよ?」

確かにここエレイン村でも、特産品としてアクセサリーを作っているところはある。

ヴァンプ族は力だけはあるため、あらゆる物を加工できるのが強みだ。だが、如何せん不器用が多い。

「近くの工場で手伝ったことはあるけど、商品化には程遠い出来だったからなぁ」

ダインも例に漏れず不器用だったのだが、ニーニアは「ううん」と首を振る。

「ダイン君の料理美味しかったから、不器用ということはないと思う。練習すればきっとアクセサリー作りも得意になるよ」

「それは…確かにそうかもな」

モノづくりに興味が出始めたダインだが、「ダイン君は単純に強いんだから、ナイトとかガーディアンとかいいんじゃないかな」とまた誰かが割り込んできた。シンシアだ。

「武道の心得もあるようだし、ダイン君がうちの道場に来てくれたらかなり盛り上がるはずだよ」

「退魔師か…それもいいな」

流されっぱなしのダインだが、どの職業も面白そうだと思っているのは本当だった。

瞑目し展望を浮かべようとしていると、隣や前方からダインを引き込みたい一心の彼女たちの意見が飛び交う。

「料理屋を…」

「アクセサリーが…」

「退魔師とか…」

少し必死な様子にダインは「気が早いよ」と笑いつつ、「時間はまだあるし、じっくり考えるよ」と言ったところで彼女たちも落ち着きを取り戻す。

「就職活動する前に、色々体験してみるっていうのもありだと思うしさ」

将来の道は一つではない。魔法学校に通っているからといって、別の道を断たなければならないということもない。

ダインの言葉にシンシア達はその通りだと大きく頷き、それぞれの職業も楽しそうだと言い始めた。

みんなで一緒に一通り職業体験してみようかというシンシアの提案に盛り上がったところで、サラが紅茶を注ぎ足しにキッチンからやってきた。

「ダイン坊ちゃま。お昼までは後二時間ほどございますが、それまでは如何いたしましょう?」

昼までの予定を聞いてくるサラだが、その質問にはこのまま会話を続けるか、先日サラが言っていた“勉強会”を始めるかを暗に尋ねているのだろう。

予定を一部変更し、ハイキングは昼からすることになっている。

ダインは「そうだな」と少し考えた後、サラに「頼めるか?」といった。

「ええ、準備は済ませております」

「じゃあ任せる」

「畏まりました」

何の話か分からないシンシア達に、ダインは笑顔を崩さないままいった。

「お前たちを招待した本来の目的だよ」

「目的…?」

三人とも同じように首をかしげている。リアクションが似てきたことにまた笑いつつ、「ほら、吸魔衝動の対策とか、ヴァンプ族の特性についての説明とかさ」とダインが言ったところでようやく思い出したようで「ああ!」と手を叩いた。

「ご説明させていただきますので、お三方、こちらへ来ていただけますか?」

サラがシンシア達を立ち上がらせる。

「ダイン坊ちゃまはどうされます?」

案内先は書斎のようだが、歩き出す前にサラが振り返ってきた。

「少々長くなることが予想されますが」

サラは口にこそ出さなかったが、吸魔衝動の説明にはどうしてもエッチな意味合いが含まれてしまう。

唯一男子であるダインが気まずくならないか、暗に心配してくれているのだろう。

「まぁ、途中まで聞くよ。俺も知っておいた方が良いこともあるかも知れないしさ」

「確かにそうですね」

サラが言い、歩き出そうとしたところでキッチンからルシラが飛び出してきた。

「るしらもいっていい?」

会話が聞こえていたようで、そういってくる。

ルシラには分からない話かもしれないが、一人にしておくわけにもいかない。

「いいぜ。行こう」

ダインの返事に「うん!」と頷いたルシラは、嬉しそうにダインの手を握り締めてきた。

「可愛いなぁ…」そういったシンシアは、「私も良いかな?」とルシラの隣に移動する。

「いいよ!」満面の笑顔のルシラはシンシアとも手を繋ぎ、ニーニア、ティエリアまでやってきた。

「いや、家の中で五人手を繋いで歩くって…何だこれ」

冷静に突っ込むダインだが、周りのシンシア達は笑っている。

「これは流れ的に私も混ざるべきでしょうか」

サラまでやってくるが、この調子だといつ終わるか分からない。

「いいから早く書斎行ってくれ。夕方までかかっちまうぞ」

単純に歩きにくい。そうダインに言われ、サラは少し残念そうにする。

「あはは。後でちゃんとサラさんも入れますから」

ノリの良いシンシアが言ったところで、サラの顔に希望が宿る。

「ではこちらへ」

先を行くサラに続き、ダイン達も歩き出す。

縦一列に並んではいたものの、両手は繋いだままというのはやはり変だし歩きにくい。

が、それが楽しいといっている彼女たちなので、ダインもつられて笑ってしまった。


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