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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
189/240

百八十九節、現実

“あれ”からどれぐらい過ぎただろうか。

いまは何時で、外の世界はどうなっているのだろうか。

何も考えられなくなっていたラフィンは、いまもまだ、自室にあるベッドの中に突っ伏していた。

彼女の頭の中は、まだ“あのとき”の映像が繰り返し再生されている。

ダイレゾの巨大な死のブレスに襲われ、エレイン村が壊滅した。

クレーターのみになってしまった村の惨状が、そのテレビ映像が、頭の中で何度も再生されていた。

次に思い浮かぶのはダインの笑顔と、ルシラの笑い声と、そして優しい表情でこちらを見つめているジーグとシエスタ、サラといったカールセン家の人々。さらに、エレイン村を散歩したときに挨拶を交わしてくれた、優しいヴァンプ族の村人たち。

そこはのどか過ぎるほどの村で、争いとは全く無縁な場所のはずだった。

なのに…。


彼女の胸中には、未だに“どうして”という言葉が埋め尽くしている。

一体あの時何があったのか。どうしてあんなことになってしまったのか。

考えなければならないことは沢山あるはずなのに、村が消滅したという事実が大きすぎて、ショックを受けていたラフィンはそこまで考えが回らないようだった。

ふと思い出したのは、デザレ岬での一幕。

“ダイレゾ”を入れたカバンを背負い、ダインは村に異変が起こっているからといって帰っていった。

あの時、無理にでも引き止めるべきだった。

どんな魔法や方法を使ってもよかったから、村に帰らせるべきではなかった。

私のせいで…ダインが…。

「うぅ…」

枯れ果てたはずの涙がまた溢れそうになったときだった。

部屋のドアから、突然ガチャガチャと音がする。

(…あー、やっぱ鍵かけられてるか)

そんな声がドアの向こうからする。

(サリエラさん、すみません。後で弁償します)

という声が聞こえた直後、


(バガンッ!!!)


大きな物音と共に、突然ドアが“破裂”した。

驚いたラフィンは、悲鳴を上げそうになりながらも恐る恐る布団の中からドアを見る。

そこにあったはずの大きなドアが、なくなっている。

いや、粉々に砕け散っている。

「…よし」

拳から白い煙を立たせながらドア前に立っていたのは、ディエルだった。

彼女の背後にはメイド長のサリエラがいて、予想だにしないディエルの行動におろおろしている。

そんなサリエラの様子に気を使うこともなく、ディエルはずかずかとラフィンの自室に入ってきた。

そして周囲を見回し、

「そこね」

布団の隙間から覗き込んでいたラフィンを見つけ、また大股開きでベッドまで向かった。

むんずと掛け布団を掴み、勢いよく捲り上げる。

「あ…」

そこでディエルとラフィンは視線がぶつかる。

“あのとき”以来の、久しぶりの再会だった。

「…また酷い顔してるわね」

開口一番、ディエルは呆れたような表情を浮かべる。

事実、夜通し泣いていたラフィンの目の下には濃い隈が現れており、目も赤い。

自慢のブロンドの髪はぼさぼさで、着ているパジャマも皺だらけだ。

特にその顔つきがやつれたようになっていて、一週間前と比べると別人かと思うほどの変わりようだった。

ラフィンがどうしてこんな状態に陥ってしまったのか。

ディエルも彼女の気持ちは分かっているはずなのに、険しい表情をしていた彼女は腕を組んだままラフィンを見下ろしている。

「セブンリンクスの生徒会長ともあろう者が、不登校ってどうなの」

棘のある声だった。

が、ラフィンから返事はない。

「みんな…特に副会長の私が迷惑してるんだけど」

ディエルは続けた。「確認する書類が多すぎるし、会議は連日あって帰りも遅い。おかげでやりたいことが一つもできなかったんだけど?」

責めるような口調だが、それでもラフィンから返事はない。その表情にも変化はなく、無表情だ。

「生徒会長やりたいって言い出したのはあなたなんでしょ?」

ディエルはさらに続けた。「なのに不登校になって全部投げ出すなんて、ウェルト家の長女としてどうなのよ。あなたのあのうざったいほどのプライドはどこにいったの?」

ラフィンは反応しない。

ディエルを見上げる目は空虚そのもので、まるでディエルの言葉が全く届いていないかのようだ。

「…はぁ、もういいわ」

嘆息したディエルは、スカートのポケットから緑色のボールのようなものを取り出す。

「サリエラさん、こいつを外に連れて行きますね」

と、後ろにいたサリエラにいった。「このまま引きこもられても私が迷惑するし、誰にとってもプラスにならないから」

ディエルはそのままボールを地面に叩きつける。

転移魔法の魔法陣が絨毯に広がるが、「あ」、とサリエラが声を上げた。

「あの、む、無理だと思います」

といった。「お嬢様、どうも拒絶の魔法を使っているようでして…」

「え?」

ラフィンをよく見てみれば、確かにその全身はぼんやりとした紫の光に包まれていた。

転移魔法でラフィンを目的地まで飛ばそうとしたのだが、彼女には何の変化もない。

「え、じゃあ…連れ出したいんだったら…」

「自力で飛んで向かわれるしか…」

ディエルは思わず表情を歪めてしまう。

「あーもう、こんな面倒な奴だとは思わなかったわ!」

そういって、ラフィンの腕をがしっと掴んだ。

抵抗されると身構えていたのだが、意外にも彼女は暴れだそうとはしない。

いや、無気力だった。表情からは生気を感じられないし、全てを諦めたようにも見える。

声を発さず自ら動くような素振りもなく…まるで人形のようだ。

「サリエラさん、靴持ってきてくれました?」ディエルがきいた。

「あ、はい、こちらに」

サリエラはラフィンに靴を履かせ、ディエル自身も靴を履き、外に繋がる大きな窓を開けてもらった。

「じゃあ、しばらくこいつを借りますね」

そうサリエラに告げて、無気力で無抵抗なラフィンを脇に抱えたディエルは、窓から外へと飛び立っていった。



そうして空を漂って、かれこれ三十分ほどは過ぎただろうか。

「…どこへ…」

雪に覆われた大陸から別の大陸に変わり、砂漠地帯が見えてきたとき、ラフィンがようやく声を発した。

「ねぇ…どこに…」

「決まってるじゃない」

進行方向を見つめながら、ディエルは真面目な表情のまま答える。「あなたに“現実”というものを見てもらうのよ」

「え…」

「逃げてるだけじゃ前に進めないわ。だからしっかりと“現実”を見てもらう」

その瞬間、ラフィンは悟ってしまった。

ディエルは、ダインのいた…優しいヴァンプ族たちのいた、エレイン村の跡地に連れて行こうとしている。

大量殺戮された、惨たらしい現場を突きつけようとしている。

そのことに気付いたラフィンは、目を見開いた。

「いやッ!!!」

ここで彼女は初めて強い反応を見せた。

突然ばたばたと暴れだし、「ちょ、ちょっと…!」ディエルが慌てて押さえつけようとする。

が、いきなりラフィンの周囲にバリアが張られ、ディエルはそれに弾かれてラフィンを手放してしまった。

「きゃっ!!」

飛行力を失い、二人はそのまま砂漠地帯に墜落してしまう。

いまは真昼間だったので、その砂漠はかなり熱されていた。

「あっつ!!」

ディエルはすぐに飛び起きて、ラフィンの姿を探す。

彼女も砂漠の上に倒れていたようだが、先ほど張り巡らせたバリアのおかげで無事なようだ。

「ちょっと!」

ラフィンの元へ走り出し、そのバリアを外から叩く。

「嫌じゃないわよ!! 何してるのよ!!」

「いや…いや…!」

座り込むラフィンは、絶望したような表情で何度も首を横に振っている。

「いいからこれ、消しなさいよ! 運べないでしょ!!」

「ほっといて!!」

「この…!」

力ずくでバリアを破ろうとしたが、強固なものらしくびくともしない。

「私のことはもう放っておいてよ!!」

拒絶の気配を全身から発しながら、ラフィンは叫んだ。「あなたはあなたで楽しくやってたらいいじゃない!! ダインのことも忘れて!!」

「…何ですって?」

ディエルの表情が瞬時に怒りに染め上がる。「悲しんでいるのは自分だけだっていいたいの? そうやって殻に閉じこもって何か解決すると思ってるの?」

ディエルは怒りに任せるまま、バリアを殴りつける。

やはりそれはびくともしないが、ラフィンはいってはいけない台詞をいってしまったのだろう。逆鱗に触れられたディエルは、そのバリアへ向けて高威力の攻撃魔法を次々にぶつけていった。

「そんなことして何になるっていうのよ! 部屋に閉じこもって悲しみに暮れて、悲劇のヒロイン気取り!? こんなあなたの姿、ダインが見たらなんていうでしょうね!!」

厳しい口調で言えばいうほど、ラフィンのバリアは硬く濃くなっていく。

いまやその姿が見えないほどの多重のバリアが張られており、強度はさらに高くなっていった。

ディエルのどんな攻撃も一切受け付けなくなってしまったようで、一瞬ディエルは攻撃の手を止める。

「…ああ、そう。聞く耳持たないってわけ」

ディエルの両目が真っ赤に光る。

「いいわ。そっちがその気なら、私もそれなりの対応をさせてもらうから」

“血の力”を発現させた彼女は、その両手に赤黒く渦巻く炎を纏わせた。

そしてラフィンが張り巡らせている拒絶のバリアに向けて、あらゆるものを溶かすほどの超高温の炎を放つ。

周囲の温度が一気に上昇し、彼女たちの周囲にある砂が溶け始める。

凄まじい衝突音が何度も鳴り響き、地形まで変形してきたが、それでもディエルは攻撃を続けた。

「足を止めたあなたなんかに…! 前しか見てない私が、負けるわけ…ない、のよ…!!」

これだけの攻撃を浴びせても、ラフィンのバリアにはひびが入らない。さすがエレンディアの証を持つラフィンの魔法だといいたいところだが、負けず嫌いのディエルはさらに魔力を振り絞って、あらゆる魔法を放ち続けた。

氷、風、土。次々に高威力の攻撃魔法をバリアにぶつけていき、それをこじ開けようとする。

怒りに似た攻撃魔法を使いながら、ディエルはふと脳裏をよぎるものがあった。

何ものも受け付けないラフィンのバリア。それは、これまで自身とラフィンの間にあった“溝”ではないかと。

エンジェ族とデビ族は決して相容れないもの。

そういう思い込みが具現化したもののように感じ、意固地なラフィンそのもののようにも感じてしまった。

「ほんっと…! バカエンジェ、なんだから…!!!」

苛立ったディエルは、大きく息を吸い込み、ありったけの魔力を両手に込めだした。

「いい加減にしろ…っつってんでしょおおおぉぉぉ!!!」

その両手から、とてつもなく巨大な魔力の塊が撃ち出された。

自らの“想い”を乗せた、渾身の一撃だった。

黒に近い紫色の球が白く輝くバリアと衝突し、滅茶苦茶な破壊音と共に、電撃を伴った大爆発が巻き起こる。

あまりの威力に砂漠の砂が大量に吹き飛ばされていき、辺りは砂煙で何も見えなくなった。

砂煙が風に攫われていき、視界が開けたが…剥き出しになった岩盤の上には、ディエルが座り込んでいた。

「ぜぇ…ぜぇ…」

全力を出し切ったディエルは魔力が底を尽いてしまったようで、激しく肩を上下させている。

少しも動けないようだが、彼女の強い意志は、間違いなくいまのラフィンを凌駕したようだった。

あれだけ強固だったバリアは砕け散っており、爆発に吹き飛ばされてしまったのか、やや離れたところでラフィンが仰向けのまま倒れている。

「…もう…どうでもいい…どうなっても…」

そう呟いているのが聞こえる。

「はぁ、はぁ…ったく…」

ディエルはよろよろと立ち上がり、また人形のようになってしまったラフィンの元まで向かう。

彼女のすぐ隣で腰を降ろし、その上半身を起こさせた。

「いい? ラフィン。よく聞きなさい」

虚ろな目に向けて、ディエルは真剣に話しかける。

「悲しいのはあなただけじゃない。あなたと同じぐらい、ダインに想いを寄せていた私だって…いえ、“あの子たち”だって、同じ気持ちなの。だからあなたがこんなにまでなってしまう気持ちは、痛いほど分かる」

ラフィンから返事はないが、構わずにディエルは続けた。

「だからこそ、前を向こうと決めたの。あの“事故”だとされた出来事の原因は何なのか。どうしてエレイン村があんなことになったのか。確かめることも調べることも沢山あって、だから悲しんでいる暇なんてないはずなのよ」

相変わらず反応はない。

「ここは、悲しむんじゃなくて怒るべきところなの。原因を特定して、その原因を糾弾すべきなの。だってこんなの、許せないでしょ?」

僅かに…本当に僅かに、ラフィンの瞳が揺れ動いた気がした。

ディエルは尚も続ける。「戦いましょうよ。そして守りたいものを守れる力をつけましょう。このままじゃやられっぱなしじゃないの。あなたはエレンディアの証を持つ者。そうでしょ?」

最後に、ディエルはそっとラフィンを抱き寄せた。

「ニーニアにシンシアにティエリア先輩。あなたには、とても心強い味方が沢山いることを自覚して。もちろん私だってその一人よ。ね?」

…少しずつ、ラフィンの体が震えていく。

虚ろだった目に徐々に光が宿りだし、同時にその目元から涙が次々に溢れ出してくる。

「う…うぅ…」

ディエルを抱き返した彼女は、静かに嗚咽を漏らし始めた。

あやすようにその背中を撫でていたディエルだが、遠くからサイレンの音が聞こえてきたので、ぱっと身体を離した。

「ごめん、現地警察が来たみたい。見つかると厄介だから、さっさと移動するわよ」

立ち上がって手を差し出すと、ラフィンは小さく頷いてその手を取った。

「じゃあ、飛ぶわね。今度は大丈夫?」

「ん…」

ラフィンと手を繋いで飛び立つディエルだが、

「…ちょっとやりすぎたかしら…」

彼女は小声でそういった。



目的地にたどり着き、目の前に広がる景色を見て、ラフィンは固まっていた。

理解ができなかった。

「…な…んで…」

思わずそういってしまう。

彼女が困惑してしまうのも無理はない。

何故なら、目の前に広がっている景色は、彼女の心に色濃く残っていたものだったから。

沢山の緑。整理された道。川、水車。

━━“エレイン村”が、そこにあったのだから。

看板も、近くの木々も、遠くに見える木造の家々も、全てに見覚えがある。

形状も何もかも間違いなく、壊滅させられたはずのエレイン村だった。

「…どう、して…ディエル…」

目の前に立つディエルに、ラフィンは信じられないという表情を向ける。

「どうして…こんな…幻なんかを私に見せて…」

「…まぁ、そんなリアクションするんだろうなとは思ってたわ」

笑ったディエルは、困惑した様子の彼女の手を取り、引っ張った。

「とにかくついてきて。文句は全部見てからいって」

そのまま村の中に入っていく。

どこを見ても、そこはラフィンの記憶の中にある村、そのままだった。

通行人の人たちも間違いなくヴァンプ族で、彼らは何事もなかったかのように談笑している。

店も畑もあって、こちらに気付いた何人かの村人は、久しぶりだと手を振ってくる。

ディエルは笑顔で応じながら、さらにラフィンの手を引いて村の中を突き進み、やがて…

…やや大きな屋敷の前に着いた。

そこも、ラフィンの記憶にある場所━━“カールセン邸”だった。

「ほら、ラフィン」

ディエルは手を引こうとしたが、彼女は表情を歪めてまた拒絶しようとする。

「い、嫌…これ以上、夢を見させない、で…もうこれ以上、辛い思いは…」

「どっちが幻を見てるのよ」

息を吐いたディエルは、優しい笑顔をラフィンに向けた。

「私いったわよね? あなたに“現実”を見せるって」

「え…?」

「ほら、早く入って。みんな待ってるんだから」

ラフィンの背後に回り、その背中をぐいぐいと押していった。

押し出されたラフィンは門の中に入り、開けっ放しの玄関を潜り抜けてしまう。

「あ、ラフィンちゃん!」

玄関前には、何故かエプロン姿のシンシアがいた。

「ちょっと待っててね! もう少しでお昼ご飯が…ってあれ?」

ラフィンの姿を再確認したシンシアは、不思議そうな表情を浮かべる。「何でパジャマ姿…?」

「ただいま戻りました!」

と、そのときディエルとラフィンの後ろから誰かがやってきた。

そこにいたのは、ティエリアとニーニアだ。彼女たちもエプロン姿で、買出しにでもいっていたらしく、両手にビニール袋をぶら下げている。

「おはよう、ディエルちゃん、ラフィンちゃん」

笑顔でいったニーニアは、シンシアに買ってきたものを全て渡して彼女たちの背中を押した。「ほら、早く中庭にいこ?」

ティエリアが二人の靴を脱がしにかかってきて、彼女たちはそのまま玄関に上がらされる。

ラフィンの頭はまだ大混乱していた。

何が起こってどうなっているか何も分からないのに、そのままリビングまで連れて行かれる。

リビングから見える中庭に、数え切れないほどの人たちが集まっていたのが見えた。

ニーニアの両親と祖父母、ティエリアの両親、シンシアの母親に、ピーちゃんたち七匹の子竜。さらにシエスタやジーグ、サラまでいる。

大きなテーブルを囲んで談笑している様は宴会のようで、そんな中にディエルやシンシアたちが混ざっていき、歓談の声はさらに賑やかなものになる。

ラフィンはリビングに突っ立ったまま、ぽかんとしていた。

訳が分からなかった。

滅んだはずの村は何故か存在していて、死のブレスに晒され殺されたはずのヴァンプ族の人たちは笑顔を見せていて。

それにジーグにシエスタ、サラもいて…。

そのとき、ドンッと突然ラフィンの身体に衝撃が走った。

「わぷっ!」

何かにぶつかられたようだった。

「え…?」

振り向くと、そこには小さな女の子がいる。

「あたた…」

…ルシラだった。

「あ、らふぃんちゃん!!」

額を押さえつつ見上げるなり、彼女は笑顔になる。「いらっしゃい、らふぃんちゃん!」

両手を広げて歓迎してくれる彼女だが、

「こーら、その前に、ぶつかってごめんなさい、だろ?」

リビングの奥から声がした。

懐かしい…もう二度と聞くことはないと思っていた、優しい声だった。

「久しぶりだな、ラフィン」

彼女の目の前に姿を現したのは、ダインだった。

「つっても一週間ぐらいか? 悪いな、こっちから連絡してやれなくてさ」

彼もエプロン姿で、何か料理を作っていたのか、大皿を持っている。

「だいん! るしらが! るしらが運ぶ!」

ルシラはダインの足元でぴょんぴょんと跳ねていた。

「気をつけてな?」

「うん!」

ダインから大皿を受け取ったルシラは、十分に注意を払いながら中庭に出て、宴会場まで歩いていく。

豪華な大皿料理に、また宴会場からワッという歓声が沸き起こり、ダインは笑いながらラフィンに顔を向けた。

「しかし珍しいな。お前がそんなだらけた格好のまま来るなんてさ。数日見ないうちに堕天の仲間入りになっちまったのか?」

冗談をいって、また笑い始めた。

いつも通りの、優しい…ラフィンが大好きだった、彼の笑顔だった。

「って、もしかして何も聞いてないのか? ダイレゾ戦のお礼を今日始めるからって、ディエルからお前に連絡するよう伝えたはずなんだけど…」

ダインが何か喋っている。

重要なことを話しているのかもしれないが、いまのラフィンにはその内容を理解することは難しい。

体が震える。

頭の中はぐちゃぐちゃで、溢れてきた涙のせいで目の前の景色が歪んでくる。

胸から熱い“何か”がこみ上げてきており、何度も息が詰まったようになってしまい、

「…っ…ひ…ひっ…!」

膝を崩してしまい、そして、

「うええええええええぇぇぇぇぇ!!!」

その口元から、これまで上げたことのないほどの泣き声が出てしまった。

「うぇ、うええええぇぇぇぇ!! うあああああああぁぁぁぁん!!!」

ぐしゃりと潰れたような顔面から、大粒の涙が何度も伝い落ちている。

「あああああぁぁぁぁ!! うええええぇぇぇん!! うわああああぁぁぁぁ!!!」

宴会の喧騒はラフィンの泣き叫ぶ声にかき消され、全員のぎょっとした視線がラフィンに向けられる。

「うああああああぁぁぁ!! ひっ…ひっ…うああああああぁぁぁぁぁ!!!」

人目も憚らず、彼女は泣き叫んでいた。

まるで、ルシラよりも幼い子供になったかのようだった。

それでも彼女は泣き止むことができず、なんだなんだと宴会場にいた人たちが集まってきて、ラフィンを取り囲んでいく。

彼女の突然の大泣きに、目の前にいたダインはおろおろしており、事態が飲み込めていない。

「ひっ…ぐすっ…! ああああああぁぁぁ!! うわあああああぁぁぁん!!!」

これまでの悲しみや絶望を全て吐き出していくかのように、ラフィンの泣き叫ぶ声は続いていた。

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