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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百八十八節、託された意志

私服のロドニーとクレスは、静まり返った森の中を黙々と歩いていた。

いまは朝を少し過ぎたあたりで、太陽は真上近いところにある。

季節的には夏真っ盛りのため暑いはずだったが、森の中はひんやりと涼しく空気も美味しい。

「…はぁ」

が、そんな心地のいい森の中を歩きつつも、クレスからは何ともいえないため息が漏れた。

「二日前にあれほど息を巻いて捜査に乗り出そうとしたのに、何で俺たちは未だにオブリビア大陸にいるんですかね…」

そう、二人は“まだ”出発してなかったのだ。

いや、できなかったといったほうがいいのかもしれない。

「仕方がないさ」

前を歩きながら、ロドニーはいう。「休暇をもらえたと伝えた瞬間に私は妻に子守を任され、長期“旅行”を心配し、クレスの両親はなかなか賛同してくれなかった。よく考えれば当たり前な話だよ。突然数日帰らないなんていわれたら、身内としちゃ心配になる」

ロドニーとクレス、それぞれの家庭の事情があったのだ。

「二日目でようやく了解をもらえたんだから、早いほうだと思うよ」

「相変わらず格好つきませんよね、俺たち」

森を見回しながら、クレスは肩をすくめた。「ひょっとすれば、俺たちはすでに迷宮入りしていた大事件を暴こうとしているかも知れないのに」

「これもまた、エレンディア様の思し召しということだろう」

ロドニーは笑った。「急がば回れというコトワザがある。もっと心に余裕を持てということだろうさ。おかげで“この場所”に来ることができた」

そう彼がいったと同時に森の出口に差し掛かり、二人はそのまま外へ出る。

突然陽光が二人を覆い、思わぬ眩しさに彼らは目を閉じた。

そして額に手を当てて影を作りつつ、ゆっくりと目を開けていく。

眼前には、巨大なクレーターが広がっていた。

彼らが訪れたのは、“元”エレイン村だった。

が、目の前には大きな穴が開いているだけで村があったという証拠は何一つ残っておらず、クレスは思わず息を呑んでしまう。

「改めて見ますけど…惨いですね…」

クレーターの深さは約十メートルほど。直径は二キロほどはあるようで、まるで巨大な隕石が落ちてできた跡のようだ。

「本当に、愚かなことをしたもんだよ」

ロドニーは悔しさに顔面を歪ませた。「真相を隠したいがために村民ごと村を壊滅させるとは。人を守る組織のやることじゃない。いや、それ以前の問題だ」

「全くです。“プラス計画”と同様、ガーゴが犯した大悪事として後世に遺すべき出来事ですよ」

憎憎しげにクレスはいったが、クレーターの縁に何かを発見し、表情を少しだけ明るくさせる。

「俺たちと同じ考えを持つ方々もいるようですよ」

クレスと同じものを発見したロドニーも、やや表情を緩めた。

そこには献花台が備えられてあった。

誰が準備してくれたのかは分からないが、簡易的なテーブルを埋め尽くすほどの沢山の花束が添えられている。

ロドニーとクレスはその献花台の前まで向かい、手に持っていた花を人形やお菓子の前にお供えした。

そして二人揃って両手を合わせ、目を閉じる。

しばし黙祷する二人の脳裏に浮かんでいたのは、彼らに対する心からの謝罪と、そして必ず真相を究明するという固い決意だった。

約一分。

小鳥の鳴き声が収まったところで、二人は顔を上げる。

「さて、じゃあ今度こそ本当に出発するか」

「はい!」

踵を返して歩き出そうとした。

が、その途中でロドニーが「ん?」と声を出して立ち止まる。

「どうしました?」

「いや、そこに何か…」

ロドニーが指をさすが、そこは道を逸れた藪の中だ。

「ちょっと見てくる」

といって、彼は藪の中に入っていった。

そしてすぐに“それ”を手にしてクレスの元へ戻ってくる。

ロドニーが拾ってきたのは一冊の本のようなものだった。

まだ真新しいそれは、どうやら本ではなくファイルのようで、そのファイルのタイトルを目にした瞬間、二人の動きが一瞬だけ停止する。

《━調査報告書━》

置いてあった場所から考えて、それがどこの誰のものなのかは考えるまでもなかった。

「ろ、ロドニーさん…!」

クレスは慌てて上司の顔を見る。

「ここだと目立つ。少し移動しよう」

短くロドニーがいい、二人は人目に付きにくい物陰へと移動した。

そして周囲の気配に注意しつつ、ゆっくりとファイルを開いていく。

彼らが予測していた通り、それはダインが…いや、カールセン家が所持していたもののようだった。

そこにはガーゴに関する内部情報が記されており、現在の幹部たちの氏名、役職、親族や交友関係など、かなり詳細に書き込まれている。

「…すごい…」

クレスは目を見開いた。「これ、どうやって調べたんですかね…俺でも知らないような情報が沢山ありますよ…」

ガーゴの歴史や、直近の七竜討伐作戦の作戦内容までもが書かれてあり、普通に調べただけではとても知り得ないようなものばかりだ。

「内通者でもいたんでしょうか…」

クレスは予想を口にするが、「いや」、ファイルを真剣に調べつつ、ロドニーは首を横に振った。

「ガーゴは縦割り社会だ。こういった情報は部署ごとに管理して共有はされてないはずだから、内通者がいたとは考えにくい」

「ですがかなり上の上層部なら全てを把握しているのでは…」

「そういう上層部こそ、“彼ら”を目の敵にしていた。第一、彼らに協力するメリットがない」

断言したロドニーは、「恐らく独自に調べ上げたものなんだろう」といった。

「何しろ彼らは我々の想像の遥か上をいくことをやってのけるからな。これぐらいのこと、造作なかったのかもしれない」

「確かに…」

そのときクレスがふと思い出したのは、ダインを尾行するように上司から命令が下されたときのことだった。

授業が終わるところを狙って待っていたのだが、何故かダインに気取られてしまい、森の中をひっくり返すような勢いで追い掛け回されたのだ。

さらに、“パンドラ”によって強化したジグルとは互角以上の力で渡り合っていたし、“ディグダイン戦”のときはパンドラの力によって苦しんでいた隊員たちを不思議な方法で助けてくれた。

ヴァンプ族とは、魔力と引き換えに“奇跡の力”を手に入れた一族。

そんな彼らなのだから、きっと一般人である自分たちには及びもしない方法を使って、ガーゴの内部情報を調べ上げたのだろう。

「隠したいことがあるガーゴ側からすれば、彼らの存在は脅威だった、ということでしょうね…」

クレスはいう。「だからカイン様や、あのハイドルも、魔力がない弱小種族だとバカにしながらも、強く警戒していた…邪魔だった、ということか」

「そう、だな…」

ロドニーはまだ真剣にファイルの内容を読み漁っている。

何か情報がないかと探っていたようだが、“クィンセス女帝”に関する記述まではなかったようで、小さく息を吐いた。

「やはり、彼らもまだ真相まではたどり着いてはいなかったようだな」

パタンとファイルを閉じる。

そのまま歩き出そうとしたようだが、ファイルを閉じた拍子に、そこから一枚のメモ用紙がひらりと出てきた。

「うん?」

ロドニーはすぐにそのメモを拾い上げる。

クレスが隣から覗き込むが、そのメモには不思議な一文が書かれてあった。

《コンフィエス大陸》→《首都ゴンデルフィア》→《プレミリア大聖堂》

ロドニーもクレスも、しばしその文字をジッと見つめてしまう。

「これは…なんだろうな」

ロドニーにきかれ、クレスも「なんでしょう?」と首を傾げる。

「最後の『プレミリア大聖堂』に赤丸が何重にも付けられています。ここに何かあるのでは?」

クレスの言葉に、「そう、だろうな」、ロドニーは頷いた。

「恐らくだが、ここで何か調べたいことがあったのかも知れないな」

「ええ。この調査報告書のファイルに挟むぐらいですから、ガーゴに関することなのかもしれません」

「よし」

ロドニーはそのファイルをカバンの中にしまった。

「ひとまず現地に着いたら、メモに記されている場所を調べてみることにしよう。これも彼らの意思だ」

「はい!」

元気よく返事をしたクレスだが、「ですが少々タイミングが良すぎる気がしますけどね」といって笑った。

「タイミングがいい?」

「ええ。だってこんな重要そうなファイルが俺たちの目に止まるようなところにあって、しかもメモの内容が俺たちがこれから向かう大陸のことなんですから」

思わずロドニーは立ち止まる。

無言のままカバンを開け、再びファイルを取り出した。

「そういえば…やけにこれ…」

ぶつぶつ呟きながら、ハッとして顔を上げる。「まさか…」

そのまま、突然振り返って駆け出した。

「ど、どうしました?」

クレスが慌てて追いかけようとするが、

「すぐ戻る!」

とロドニーはいって、クレーターのほうまで走っていった。

そして数秒後、本当にすぐ彼は戻ってきたのだが…

「考えすぎだったようだ」

と、ロドニーはいった。「杞憂だった。列車の時間まで残り僅かだし、早く駅まで向かおう」

「は、はぁ…あの、何を…?」

クレスは尋ねるが、「“彼らの意思”について確認していただけだ」、とロドニーはよく分からないことをいった。

「お前がいった通り、どうも私たちは託されたらしい」

「託された?」

「いっただろう。エレンディア様の思し召しだと」

ロドニーはまた笑顔を見せる。「お詫びをするチャンスを与えてもらえたようだ。いいから早く駅まで行くぞ。さすがにこれ以上遅れるわけにはいかない」

始終不思議がるクレスを引き連れ、ロドニーは足早にエレイン村の跡地を離れていった。



そんな二人の頭上を、あるデビ族の女が入れ違うようにやってきていた。

ロドニーとクレスの姿に気付いてないのか、それとも気にしてすらいなかったのか、“彼女”はクレーターの周囲を飛び回って“何か”を確認している。

その確認作業はすぐに終えたのか、そのまま進行方向を別の方角へと変えた。

「こんな役ばかりね…」

空を飛びながら、彼女は愚痴を漏らす。

そして自身に風を纏わせ、高速移動に切り替えた。

音速に近いスピードで飛翔し続けた彼女は、いくつもの大陸を跨いだ後、“ある場所”の前に降り立つ。

雪に覆われた中そびえ立っているのは、豪邸の一言では済まされないほどの、巨大な邸宅だった。

お城と表現したほうがしっくりくるほどの大きさで、彼女は…ディエルは、その邸宅の入り口まで向かう。

「お久しぶりでございます」

大きな門のすぐ側には、一人の長身のメイドが立っていた。誰かが来たことを察知して、インターホンを押さずとも出迎えてくれたのだろう。

ディエルを見つけるなり丁寧なお辞儀をしてきたが、しかしアポ無き来訪者がディエルだと分かり、少々驚いているようだ。

「ディエルお嬢様、用向きをお尋ねしても…」

「決まってるじゃないですか」

肩をすくめつつディエルはいった。「ラフィン、いまも部屋にいるんですよね?」

問われたメイド…サリエラは、やや困ったような表情を浮かべた。

「いらっしゃるには…いらっしゃいますが…」

「入らせてもらいます」

と、ディエルはそのメイド長の了解も得ずに門を潜り抜け、ずかずかと中庭に入る。

「い、いまはそっとしておかれたほうが…」

ディエルの背中を慌てて追いかけながら、おろおろした様子のサリエラはいった。「お嬢様はここ数日、お食事も取られて無いようですし、世話係ですらお姿を見た者はおらず…」

「だったら尚更じゃないですか」

真顔のままディエルはいう。「生徒会長なのに引きこもりなんて。『ウェルト家の長女として〜』なんて偉そうにほざいてた数週間前の姿を見せてやりたいわ、全く」

その背中は明らかに怒っているようだった。

「あ、あの、あまり手荒な真似は…」

そう話すサリエラは、どこか憔悴しきっている。

ラフィンの“あの様子”は初めての事態だったのか、困り果てているようだ。

足を止めたディエルは、そんな彼女のほうを振り返らず、

「申し訳ないですけど、手荒な真似をしに来ました」

そう、はっきりといった。

「引きこもって現実逃避しているあのバカエンジェに、現実というものを突きつけてやります」

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