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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百八十三節、冷酷な王

最古の遺物である“触れざるもの”を目の前にしたダイレゾの暴れようは凄まじいものがあった。

「ガルル…!!」

興奮のあまりか、現世に姿を現した彼は、その遺物…“雷そのものが石化したようなもの”へ向けて激しいブレス攻撃を浴びせており、カインやサイラが張り巡らせているバリアを何度も破壊していた。

ダイレゾはその遺物しか認識していない様子で、周りから一斉に攻撃を仕掛けてくる戦闘員には見向きもしない。

ガーゴの作戦通り、一方的に攻撃できる状況を作り出すことができたようなのだが、しかしダイレゾが動くだけで、彼に群がっていた戦闘員たちは嵐に巻き込まれた枯葉のように吹き飛ばされていく。

ダイレゾが爆心地となったかのように幾度も爆風が巻き起こり、その爆風の中から黒く輝く死のブレスが吐き出されていく。

周囲には衝撃音や爆発音がひっきりなしに聞こえ、熾烈な光景が広がっていた。

「さすが最強の七竜なだけはあるな」

遠巻きに眺めながらシグはいう。「最後ぐらいは歯ごたえがねぇとな」

座り込んで呼吸を整えているところで、

「笑っている場合ですか」

と、隣で立っていたジーニが突っ込んできた。「サイラさんとカイン様のバリアをも楽に破壊できる難敵ですよ? 早く参戦してくださらないと、このままではシグさんの大事な『ジャッジ』部隊が壊滅してしまうと思うのですが」

「んなヤワな連中じゃねぇよ」

そういってシグは笑顔を引っ込める。「封印の破壊に聖力使いすぎたから、ちと動けねぇんだよ。回復するまで耐えてもらうしかない。そっちこそサポートはちゃんとやってんだろうな?」

逆にシグがジーニを睨み上げると、「当たり前です」、と掲げた両手をそのままに、ジーニはいった。

彼女は精霊魔法を駆使して、ダイレゾに攻撃を仕掛ける戦闘員をサポートしていた。

魔法で攻撃している人には聖力アップを。武器を手に直接打撃を加えている人には筋力アップを。

エル族が扱う精霊魔法は、召喚する精霊の種類によって効果量に差が出るのだが、ジーニが召喚した精霊たちはほとんどが最上位の存在であり、戦闘員たちは最大限以上の力を発揮している。

「右舷、前に出すぎ。前列と交代しなさい」

状況を冷静に分析し的確に指示を送りつつ、彼女はシグに小瓶を差し出した。

「回復剤です。これで少しは復帰も早まるでしょう」

「ああ?」

シグは意外そうに瓶を見つめる。「怪しいモンでも入ってんじゃねぇだろうな?」

「そんなわけないでしょう」

そういったジーニだが、その顔に意味ありげな笑顔が浮かぶ。「“そちら”は後で使用しますから」

シグは納得のいってなさそうな表情で小瓶を受け取り、注意深くラベルを見てから服用した。

「やっぱ合わねぇな…」

そういって前を見据える。

ダイレゾが暴れている場所では、戦闘音が一段と激しくなっていた。

様々な属性の攻撃魔法がダイレゾに炸裂しており、派手な爆発が何度も巻き起こっている。

砲撃型兵器“ダイス”も使って爆撃を行っているようで、破壊音と相次ぐ爆風で滅茶苦茶な光景が広がっていた。

怒り狂ったように“遺物”に集中砲火を浴びせるダイレゾ。

暴れまわる彼を、ちょっかいをかけるように攻撃を仕掛けていくガーゴ戦闘員。

「…ふぅ。よ〜し、もういいか」

ようやく聖力が回復したようで、シグは立ち上がった。創造魔法を使い、全身に銃器を纏わせる。

「行くぜ野郎ども! これで決着つけようじゃねぇか!!」

後ろに控えていた部下たちにいうと、彼らは拳を振り上げて突入を始めた。



最後の七竜“ダイレゾ”対ガーゴ部隊の激しい戦闘の中継を、ディエルの自室にいたシンシアたちは食い入るように見つめていた。

「やっぱりすごい戦力だよね、ガーゴって…」

サンドイッチを食べながら、シンシアは感心したようにいう。

「そう、だね。それはすごいと思うけど…」

返事をするニーニアは、別のことに気を取られているようだった。

「あれは…もしかして…」

ティエリアもテレビ画面の一部を見つめながら何か呟いている。

「何? どうしたの?」気になってディエルがきいた。

「あ、うん、どうしてガーゴの人たちが、あの“遺物”を持ってるんだろうって思って」

ニーニアがいう。「あの“触れざるもの”っていう遺物は、確かバベル島の立ち入り禁止区域の中にあったって、お爺ちゃんからきいて…だから誰が持ち運んできたんだろうって」

「それは…確かに気になるわね」

ディエルが思慮し始め、「恐らくは…」、同様に考え込んでいたティエリアが代わりに答えた。

「ソフィル様…だと思います」

「え?」

意外そうにシンシアが顔を彼女に向けた。「ソフィル様が?」

「あ、はい。恐らく、ですけど」

ティエリアは続ける。「ソフィル様のことですから、あの遺物と七竜の関係については知悉されていたものだと思われます。ですから、あの遺物を的にすれば被害者は生まれないだろうとガーゴの方々に提案されたのでは…」

「なるほど」

シンシアが納得したように頷く。「ソフィル様だったら、バベル島の中の物を外に持ち運べますからね。ダイレゾの討伐には最後まで反対していたらしいですが、せめて誰も傷つかないようにと提案されたということですね」

「はい。きっと」

テレビ画面の中では、まだダイレゾとガーゴの熾烈な戦闘が繰り広げられている。巨大なドラゴンに小さな人々が挑む構図は怪獣映画さながらで、敵の圧倒的な力を前に翻弄されているようにも見えた。

ダイレゾの標的になっている“遺物”は、ある意味でガーゴたちの生命線だろう。あれが破壊されれば、次はガーゴたちに標的が移る。

だからカインとサイラは何度バリアを破壊されようが新たにシールドを張り、ダイレゾの猛追を珍しく必死な様子で食い止めていたのだ。

しばらく戦況に変わりはなかったのだが、途中でシグが参戦したことによって徐々に変化が訪れた。

彼の多数の銃器による攻撃によって、ダイレゾの皮膚に傷ができ始めていたのだ。

ダイレゾは段々と動きを鈍くさせていき、銃器から槍に変えたシグの攻撃をまともにくらい、派手に黒い血飛沫が上がっていく。

切り裂かれる翼。手足にも刺突痕が次々にできていき、足も動かせなくなる。

と同時にダイレゾの攻撃も弱まってきており、見えてきた勝利にガーゴ戦闘員たちの攻撃がさらに激しくなっていった。

「あ…そろそろかもね」

ディエルが少し残念そうにいった。「もう決着つきそう。早いものね」

そんな呑気な声を耳にしながら、シンシアたちは固唾を呑んでこの“七竜討伐作戦”の結末を見届けようとしていた。



「…いよいよだな」

ガーゴ本部にある『総監室』で、現総監のヴァイオレットは大きな身体をソファに埋めた。

「いやぁ、お強い。さすがは精鋭部隊『ジャッジ』ですねぇ」

ヴァイオレットの側に立っていたハイドルは、同じくテレビ中継を眺めながら笑顔を浮かべた。

「ガーゴの名が、より世界に知れ渡る日。このような日に総監と同席できるのは光栄なことですよ」

いつもの爽やかな笑顔と共に、ヴァイオレットに頭を垂れる。「一足お先にお祝いのお言葉を述べさせていただきます」

「まだ終わってはおらんよ」

ヴァイオレットは表情を引き締めたままいった。「ここからが本番だ。我々の躍進はまだ始まったばかりなのだからな」

「ええ、仰る通り」

ハイドルもソファにかけた。「これから“あらゆる事態”が想定されますからね。ガーゴの真価が試されるときです。そのご活躍を楽しみにしておりますよ」

他人事そのもののような態度に、

「悪い男だ」

酒の入ったグラスを傾けつつ、ヴァイオレットは口元に笑みを結ぶ。

「君はあくまで傍観者という立場を貫くつもりなのだな。此度の件は、君が所属しているレギリン教…いや、モルト卿が仕掛けたことであるというのに」

「私は依頼されたことを淡々とこなしているだけですからね」

ハイドルの目が細められた。「誰が何をして、それで何がどうなろうが、私には知ったことではない」

「積まれた金の分は仕事をするということか」

「ええ。ですが請け負った以上はクライアントの要求にはできる限り応えるつもりではおりますよ。どのような仕事でも、信用というものが大事ですからね」

そう話すハイドルの笑顔は、どこか邪悪じみていた。

レギリン教の教祖であるモルト卿が何を考えているか、ハイドルはある程度は聞かされていたのだろう。

口数の多い彼がヴァイオレットに口を滑らさないのはさすがとしかいいようがないが、しかしヴァイオレットはヴァイオレットで知っていることもある。

お互いの間にある明確な“壁”を意にも介さず、ハイドルは中継を見つめながら「おや」と声を出した。

「そろそろ大詰めのようですね」

ダイレゾが弱ってきたのを確認しつつ、「やや苦戦したようですが、トラブルもなく作戦が完遂しそうです」といった。

誰が見てもガーゴ側が優勢で、ボロボロになったダイレゾはいまにでも討伐されそうな瞬間だった。

「最後まであっけないものでしたね」

「そうだな」

頷くヴァイオレットは、「だが…」ふと、物憂げな表情になった。

「そう、楽に事が運んでくれるとは思えんがな…」



「あ、あれ…?」

中継の映像を食い入るように見つめていたシンシアが、不思議そうな声を出した。

「動きが止まってる、ね…?」

画面の中では未だにガーゴがダイレゾへ向けて激しい攻撃魔法を浴びせていたのだが、火中にいるダイレゾが瀕死状態にもかかわらず、動きを止めていた。

いよいよ倒れるのかと誰もが思ったのだが、見た限りそうではなさそうだ。

どうしたんだろうとシンシアたちが思ったそのとき、戦闘員の何名かが空を見上げていることに気がついた。

彼らは空を見上げたまま、どこか惚けているように動かなくなっている。

他の隊員もその様子を見てつられるように空を見上げ、同じく“つい”攻撃を止めてしまっていた。

『空に何か…え…?』

リポーターも異変に気付いたようで、隊員たちと同じ方向を見上げながら固まっていた。

そこでようやくカメラが上空へと向けられる。

雲ひとつない晴天のはずだったのだが、その大空は何故か薄暗くなっていた。そこに、何か巨大な“白い文字”のようなものが浮かんでいたのだ。

「え、何あれ?」

ディエルはすぐに立ち上がって、窓まで向かう。

中継先であるミカエル海は、ディエルたちのいる家から近い。

窓から空の様子を確認したようなのだが、すぐに彼女から「うわ」と驚いた声が出た。

「ほんとに文字が浮かんでる!? 何なのあれ!?」

そのまま何が書かれてあるのか読もうとしたようだが、すぐに顔をしかめた。

「あれって何語かしら? 読めないわね」

「そう、だね…」

テレビ越しに謎の文字を確認するが、シンシアもニーニアも何が書いてあるか読めないようだ。

「あれは…古代文字、ですね…」

ティエリアがいった。「愚かな者ども、と記されてあります…」

「お、愚かな…?」

「はい」と真剣に頷くティエリアは、「あ、文字が変わりました」と画面を見つめながら解読を始めた。

「お前たちは禁忌を犯した」

テレビ画面の向こう側ではジーニだけが解読することができたようで、ティエリアと同じ台詞を語りだしている。

「我が同胞を殺すなど、万死に値する」

ダイレゾはまだ動きを停止させている。ガーゴたちも攻撃を完全に止めており、空に浮かんでは消えていく文字をただ眺めており、この予想外の展開に戸惑っているようだ。

「平穏はたったいまより終わりを告げる。次に訪れる時代は、“混沌”の時代だ」

まるで全世界の住民に投げかけるようなその巨大文字は、いったい誰のものなのか。

「混沌…?」

直感したディエルは、思わず叫んだ。「まさかこれ━━レギオス!?」

「まず手始めにお前たちに粛正を与える。自らが犯した罪の深さを、その身を持って思い知れ」

そのとき、動きを止めていたダイレゾの目が赤く光ったような気がした。

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