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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百八十一節、ミラクル・クリエイション

目が覚めたラフィンは、目の前で起きている惨状に理解が追いつかなかった。

平野の四方八方にシンシアたちがばらばらに倒れており、そのまま動かない。

「え…な…に…」

よろよろと上半身を起こし、何が起こっていたのかと思い起こそうとしていると、

「ラフィン!!」

激しい物音のする場所からダインの声がした。

「目が覚めたか、ラフィン!」

彼はいまもダイレゾと格闘中だった。

その全身はダイレゾの巨大な顔面にへばりついており、無理やり口を閉じさせてダイレゾの攻撃手段を封じている。

どれだけダイレゾが暴れてもダインは決して離そうとせず、もがくダイレゾは忌々しそうに地団太を踏んでいた。

「こ、これ、は…」

自分が倒れている間に何があったのか分からない。

分からないが、ダイレゾを押さえつけるダインの身体は傷だらけになっており、ラフィンたちが気を失っている間も、彼は必死にダイレゾの動きを封じ続けていたのだろう。

「だ、ダイン!」

ピンチだという状況だけは理解し、ラフィンは力の入らない足をどうにか動かして立ち上がった。

「に、逃げましょう! 無理よ、こんなの!!」

そう進言するしかない状況だった。

強力な防御役だったティエリアは気を失ったまま。シンシアもニーニアもディエルも倒れたまま動かなくて、意識が回復しそうにない。

こんな状況で、もしいまダインの制止を振り切ってダイレゾが解放されてしまったら、この場にいる全員が死のブレスを直接浴びてしまうことになる。

そうなると一貫の終わりだ。取り返しのつかないことになる。

「ダイン!!」

だからダインに退却するよう強くいったのだが、彼はどういうわけか周囲に倒れているシンシアたちに透明な触手を伸ばしていた。

そして彼らの中で魔法力の循環を始めたのだ。

「だ、ダイン!?」

ラフィンは再び叫ぶ。「何してるの!! 早く逃げましょうって…!」

「いいか、ラフィン!!」

ダイレゾに振り回されながらも、ダインは叫んだ。「今回の作戦は、お前の“ミラクリ”の魔法にかかってる!!」

「え?」

「純度の高い魔法力を渡すから、使ってくれ!! お前しかいないんだよ!!」

ラフィンしかいない。

「この場を切り抜けられるのはお前しか…! いや、最初から決めてたんだよ!! お前の力が頼りだ!!」

突然重要な役割を告げられてしまい、ラフィンは驚愕した顔のまま動きを止めた。

「な、何いってるのよ!!」

差し迫った状況だというのに、ラフィンはすぐさま反論する。「こんな状況で使えるわけないじゃない! みんな倒れてるんだし、退却しかないの分かってるでしょ!? それに、そもそもどんな魔法にしたらいいのか、結局思いつかなかったんだし…!!」

そう彼女が弁明してる間にも、ダインはダイレゾに滅茶苦茶に振り回され、何度も地面に打ち付けられている。

衣服がボロボロになっていき、また傷が増えてしまったようだ。

ハラハラしてきたラフィンはつい顔を背けてしまうが、

「きけ、ラフィン!!」

ダインが再び叫んで彼女の顔を上げさせた。「お前はいままで何をしてきた!?」

「え…?」

「以前のお前にあった固定観念っていう“殻”はもう破かれているはずだ!!」

「な、何のことよ!!」

とそこで、「グルル…!」とダイレゾが鬱陶しそうにまた長い首を振った。

その動きに合わせてダインの全身も大きく振られ、地面に打ち付けられる。

「だ、ダイン!!」

「いいから、きけ!!」

ダインは衝撃に耐えつつ叫んだ。

「ラフィン、常識に囚われるな!! お前いったよな!? “ミラクリ”は何でもできる魔法だって!! お前が望みさえすれば、不可能なんかないんだよ!!」

また地面に背中を打ち付けられ中断させられたが、それでもダインは叫び続ける。

「何だっていいんだよ! 計算式だの成功率だの考えず、いまこの状況を打破するには何の魔法がベストなのか考えろ!! そしてその魔法が成功…いや、使えるんだと思いこめ!!」

「そ…んなこと…いわれても…」

ダインの体が光っている。循環が終わり、彼の体内には大量の“無属性の魔法力”があるようだ。

「お前はエレンディアの証を持ってるんだろ!? 天才なんだろ!?」

ダインの透明な触手がラフィンまで伸びてくる。

躊躇い、困惑している彼女の腕に巻きついてきた。

「俺は確信してるぞ! お前ならできるって! 何でもできる、天才だってな!!」

正直なところ、ダインにそこまでいわれてもまだ彼女は自分に自信が湧かなかった。

伝承のドラゴンを前にして、自分の力だけでどうにかできるとはとても思えなかったのだ。

「で…でも…」

また言い訳を始めようとするラフィンに、ダインは訴えかけ続ける。

「ミラクリは絆の魔法なんだろ!? “この力”はお前だけの力じゃない、この場にいるみんなの力だ!!」

「みんなの…」

「自信なんてなくていい! 失敗したときのことなんて考えるな! ただ望め!! お前を信じている俺のことを信じろ!!」

触手を伝って、白く光る奔流がラフィンにまで迫ってくる。

大量の無属性の魔法力が自身の身体に流れ込んできた瞬間、ダインはダイレゾにまた地面に打ち付けられ、そこで手を離してしまった。

「あ!? だ、ダイン…!!」

「いいからやれ!!」

地面に転がるダインの眼前に、ダイレゾの大きな口が開かれる。

その口の奥が黒く光っている。ダインの全身に死のブレスを浴びせるつもりのようだ。

「やれ、ラフィン!!」

至近距離からの、ダイレゾの渾身の死のブレス。例えヴァンプ族のダインであろうと、即死は免れない。

だが恐怖することなく、ラフィンに全ての力を託してダインは叫んだ。

「ラフィン! 奇跡を…起こせええぇぇッ!!」

ダイレゾの口から死のブレスが飛び出そうとする。

何もかもが無茶苦茶だった。

目覚めたばかりなのにこんな光景を見せ付けられ、挙句この状況を打破しろといわれ、混乱の極みに達していた。

それでも、彼女は望んだ。

ダインを救いたい一心だった。

「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

翼を大きく広げ、全身が震えるほどの大声を上げた。

詠唱がなく演算もない、ラフィンの魔法…いや、“望み”だった。

ラフィンを中心に滅茶苦茶な紋様が描かれた魔法陣が浮かび上がり、それはとてつもなく眩しい光を放ち始め、そして次の瞬間━━


“奇跡”が起こった。


眩しい光の中、一瞬にして物音が消えたのだ。

「…え…?」

徐々に光が収まり、ラフィンはゆっくりと目を開けたのだが…目の前で起こっている光景がすぐには理解できなかった。

目に映る全ての世界に、“色”がなくなっていたのだ。

まるでモノクロの世界に迷い込んだようで、足元の草も、頭上の雲も、バリア外にある海も色を失っており、動かない。

そう、動かない。何もかも動きを止めていた。静寂に包まれ、あれほど暴れまわっていたダイレゾですら、口を開けたまま彫像のように停止している。

「…こ…れ…は…」

息が上がり、これまでの人生の中でありえないほどの集中力を使ったせいか、頭の中がまだ混濁している。

「な、何が…これは…」

訳が分からなくなっているところで、

「は、はは…ははは!!」

遠くの方から声がした。紛れもない、ダインの声だった。

「マジかよ! こんなことできるんだな!?」

色のない世界の中、唯一“色があった”ダインは動くことができていて、ラフィンの元へ走り寄ってきた。

「見えるもの全部が止まってやがる! さしずめ、“時止め”の魔法ってところか?」

ダインは相当興奮しているようだ。

「時…止め…?」

反芻するラフィンはまだ頭の中が混濁しており、自重を支えきれなくなり足を崩してしまう。

「っと、大丈夫か?」

ダインがすぐに抱き留めた。

「こ、これ…私が…?」

「ああ、そうだ。みんなの魔法力を作って、お前が発動させた“ミラクリ”…まさしく奇跡を起こしたんだよ」

そういって、ラフィンに笑いかけた。「時止めの魔法なんて、この世のどこにも存在してないんじゃねぇか?」

「…時が…止まってる…」

「おかげで命拾いしたよ」

「命拾い…?」

ダインに支えられつつ、ラフィンはふと先ほどまで彼が倒れていた場所に目を向ける。

そこでは、ダインが元いた場所に向け、ダイレゾが上からブレスを浴びせようとしていた。

その大きく開かれた口からは黒い光が漏れていて、射出される直前のまま停止している。

「いや〜、俺もさすがに肝が冷えたよ」

軽い調子でいうダイン。

その全身には多数の切り傷があり、血が止まってない部分もある。

ボロボロになった衣服のまま笑っている彼を見て、ラフィンの中から沸々と沸き起こってきたのは彼に対する怒りだった。

「もうっ!!!」

怒りに任せたまま、拳をダインの胸に叩きつける。

突然殴られたので、ダインは驚いて「うわっ」と声を上げた。

「いつもいつも、どうして無茶ばかりするのよ!!」

激しい剣幕で彼に迫った。「肝が冷えるどころじゃなかったわよ、こっちは!! 私が失敗してたらどうなってたか考えなかったの!? 体中傷だらけだし、私たちが気を失っている間に退却しても良かったじゃない!!」

そういってぽかぽかと彼の胸板を叩き続け、最後に抱きしめた。

「何度私に心配をかければ気が済むのよ…! あなたを失うことが、自分が死ぬことよりも怖いことだっていうのが、どうして分からないの…!」

ダインの胸に顔を埋めたまま、彼女は肩を震わせている。

「…ごめんな」

そこで興奮気味だったダインも落ち着きを取り戻し、優しい笑みと共に彼女を抱きしめ返した。「心配かけてるっていうのはその通りだな。悪かった」

でも、と彼は続ける。「ラフィンならやってくれるって信じてたんだ。だから俺も多少の無茶はできた。お前になら命を預けられるってな」

「命って…そんな、簡単にいわないでよ…」

「簡単なんかじゃない。シンシアたちはもちろんのこと、お前らは可能性の塊だって分かってたからさ」

「そんなこと…」

ラフィンは何かいおうとしたが、「細かいことは後だ」、とダインが遮った。

「とにかく、いつ時止めの効果が切れるか分からない。いまのうちにダイレゾの本体を救い出そう」

ラフィンから離れたダインは、懐から小さなナイフを取り出した。ニーニアが作ってくれた、特別製のナイフだ。

「ラフィン、ついてきてくれ。ダイレゾの腹を割くから、本体を出した後に修復して欲しい」

「え、ええ、分かった」

いつ時間が動き出してもいいように身構えながら、二人はダイレゾの目の前まで歩いていった。

「本体がどこにいるか分かってるの?」

「大体な。プノーの時と同じだとすれば…」

ダインが当たりをつけたのはダイレゾの腹の中心辺りで、ナイフを使って切れ込みを入れる。

そしてその“肉”を左右に開いてすぐ、“それ”は現れた。

「いた」

ダインは慎重にその傷口の中に手を入れ、ダイレゾの本体を引き抜く。

“彼”もまた時間が止められていたようで、身体を丸めたまま動かなかった。

「よし、修復できるか?」

ダイレゾをカバンの中に入れながら、「あれ」とダインは疑問に思う。

「時間が止まってる間の回復って、そもそも効果あんのかな?」

「それは分からないけど…でもやらないよりはね」

ダインが力技で傷口を閉じ、その切れ込みへ向けてラフィンは回復魔法を使ってみた。

すると、その縦線に一応回復魔法の光が宿ったようだ。

「…よし、終わったわ」

「じゃあ離れよう」

二人はすぐさまダイレゾの元を離れ、ついでに散らばって倒れていたシンシアたちを一箇所に集めた。

「しかし面白いな」

脱出の準備を進めてる間に、ダインは笑う。「触った部分とかそのままなんだな。押したら押したまま返ってこないよ」

ニーニアの頬を指で突っついている。彼女の小さな頬はダインの指の形のまま窪んでいた。

「ちょっと、怒られるわよ」

ダインを咎めたラフィンは、「それでどうやって脱出するのよ?」とダインにきいた。

「さすがにこれだけの人数を抱えながら飛ぶなんてできないわよ? 封印の中だと転移魔法も使えないみたいだし、ここから一歩外に出れば海に落ちちゃうわ」

「ああ。だから俺がシンシアたちを抱えながら外にジャンプするから、お前は俺らがバリア外に出た瞬間に転移魔法でワープしてくれ」

「って、ダインはどうするのよ?」

「俺は泳いで渡るよ」

「え、だ、大丈夫なの? 傷だらけなのに…」

「どっちみち俺はそうするしかないからな。ディエルか先輩が動けていれば運んでいってもらえたんだけど、無理そうだから泳いで…」

いいかけて、ダインはハッとする。「待てよ…もしかして、海も停止しちまってる状態なんじゃ、飛び込んだ瞬間俺は海の底まで落ちちまうんじゃ…」

「ちょ、ちょっと、怖いこといわないでよ」

海底をイメージしたラフィンは青ざめた。

「ま、落ちてもどうとでもなるし、俺のことはいいよ」

「どうとでもならないでしょ!! 途中で時間が動き出したらどうするのよ!」

「そうだけど、でも少なくともここよりは安全だ」

ダインは笑いながらシンシアたちをまとめて抱え上げた。

「ほら、とっととずらかろうぜ」

「も、もう、無茶しないでっていってるのに…」

ぶつぶついいながらも、ラフィンは先導して島の端まで歩いていく。

「じゃあダイン、ここから…」

振り向くが、何故かダインは動きを止めていた。

「ダイン?」

剥製のように硬直していたダイレゾをジッと見ている。

「どうしたの?」

そこでようやくラフィンの声が届き、顔を戻した。

「いや、ちょっと…」

「ちょっと?」

「伝承できいていた通りに強い奴だったなって」

「ダイレゾが?」

「ああ。親父以外でこんなに傷を付けられた奴はあいつが初めてだよ」

ダインはまた笑う。「あのブレスはヴァンプ族の俺らでも、くらったらひとたまりもないだろうな…」

その彼の一言によって、ラフィンは戦慄してしまう。

ダインは強いが、しかし無敵ではないのだ。死ぬときは死ぬ。だから、ヴァンプ族の総人口は百人を切ってしまい、彼らは種族存続のために切磋琢磨している。

「も、もういいから、早く出ましょ。長居は無用よ」

ラフィンは一刻も早くこの場を立ち去りたいようだ。「後のことはガーゴがやってくれるでしょうし」

「そう…だな」

頷いたダインはそのまま島の淵に立ち、膝を曲げて足に力を込めた。

「じゃあ、せーの、でいくからな」

「ええ」

「せー…のっ!!」

その掛け声と共に、シンシアたちを抱えたダインは大ジャンプする。

地上から雲の近くまで、あっという間だった。

「ちょ…高い!!」

ラフィンは慌てて飛び立って、彼を追いかけていき、そのまま外に出た。

ちょうどそのタイミングで時止めの魔法の効果が切れたようだった。

モノクロの世界に突然鮮やかな色が宿り、“物音”も復活する。

「ん…ん…?」

見計らったようにシンシアたちも目が覚めたようだ。

「え…?」

本当なら、もう安全だといって彼女たちを安心させたいところだったが、空中で目が覚めた時点でそれは難しいだろう。

「え!? ど、どこ!? な、なんで私たち宙に浮いて…!!」

説明している暇はない。跳躍が頂点に達し、下降を始めている。

「ラフィン、頼む!」

シンシアたちの反応を無視してダインは声をかけた。「デザレ岬な!」

「ええ! みんな、飛ぶわよ!!」

ラフィンは空中で転移魔法を使った。

「ちょ、ちょっと! な、何が…!? 何これ!? ちょま…!!」

慌てふためくディエルの声が、魔法陣の光によってかき消された。

「…説明が大変そうだな」

単身下降していたダインは笑いながらいい、そのまま海の中へ突入する。

海面を掻き分け泳ぎ始めるが、いまごろデザレ岬でディエルたちに問い詰められているであろうラフィンのことを想像し、少し迂回しようかと考えてしまった。

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