百八十節、許されざる来客
カールセン邸に来客を知らせる呼び鈴が鳴り、応対するためにサラが玄関の戸を開けたときだった。
そこには、三人の見知らぬ男たちがいた。
彼らは、何故かサラが玄関を開ける前から深々と頭を下げている。
「…真に申し訳なかった」
直角に腰を曲げたまま、中央の男がいった。「此度の件、なんといってお詫びをしたらいいか…」
「…?」
話が見えないサラは、何のことだと声を発しようとしたのだが…彼らの手の甲にある“印”を見つけ、なるほど、と心の中で頷いた。
「随分とお早い謝罪で」
そういったサラは、左右にいる男たちに声をかける。「昨夜はどうも」
顔を上げてサラを直視した男二人は、腫れ上がった顔面を歪めてぎこちなくもう一度頭を下げた。
オニワシュウの面々だ。
そのことを瞬時に悟ったサラは尋ねる。「ということは、あなた様はマサツグ様ですか?」
中央の男に尋ねると、彼もまた緊張させた顔を上げ、「は、はい」と頬の傷跡を見せてからまた頭を下げる。
暗殺組織の頭目という割には華奢で、気の弱そうな男だった。
“マサツグ”は頭を下げたままいう。「後ろの者どもが適当に請け負った仕事がまさか“こちら”とは露知らず、とんだご無礼を…まだまだ新参者でして、我々の組織の“過去のこと”を教えなかった私の責任でもあります」
昨夜サラが負わした深手は、回復魔法によってどうにか動けるほどには修復できていたのだろう。
なのに、昨夜の“珍客”だった男二人は、いま顔面をぱんぱんに腫らしている。
恐らく中央の男…オニワシュウの頭目である彼から、相当きついお仕置きを受けていたようだ。
顔を上げず、全身で誠意を示しながらマサツグは続ける。「つきましては、家主の方共々、直接面会し謝罪させていただければと…」
「お断りいたします」
サラはきっぱりといった。「反社に厳しい目が向けられるようになった昨今、あなた方を旦那様に会わせられるわけがないではないですか。うまいこと“変装”しているようですが、見る者によっては気付かれてしまう。ですの敷居を跨ぐことは許しません。お帰りください」
跳ね除けるようにサラはいったが、「せ、せめて“お詫び”だけでも!」、とマサツグが縋った。
「何でもお望みの品をいってください! ですから報復だけはどうか…!」
「あのですね」
サラは仁王立ちになって腕を組む。「反社からの金品の授受こそ犯罪レベルに悪いことだということをご存知ないのですか? それで何人の有名人が批判の的にされ謹慎や退社させられたことか」
昨今の芸能事情まで言及したサラは、「お帰りください。“措置”については現在相談中です」と追い返そうとした。
だがそれでもマサツグは諦めず、「でしたら…」青くなった顔を上げた。
「金品以外のもの、でしたら…受け取っていただけますか?」
「…何の依頼もするつもりはありませんが」
「い、いえ、失礼ながら、調べさせていただきました。そちら様の最近の“動向”について」
そうきいた瞬間、サラの顔つきが変わる。
「ほう…?」
目が細められ、“昨夜”のような鋭い気配を漂わせた。「まだ諦めていなかったと?」
サラの全身から静かな殺気を感じ、「ち、ちち違います、違います!」、とマサツグは慌てて首を何度も左右に振った。
「きっと金品の類は受け取っていただけないだろうと思っておりましたので、そちら様の動向を調べさせていただいて、“欲しいもの”をこちらが勝手に考えたまでです」
彼は早口のままいった。「いま欲しいのは…“情報”なのでは?」
「情報?」
「え、ええ。情報の提供だけならば、この件が明るみになっても世間のバッシングを浴びるようなことにはならないかと…」
「なるほど」
とりあえず殺気を引っ込めたサラは、「ちなみに何に関することで?」、と男に尋ねた。
「レギリン教に関することです」
マサツグはいう。「裏の事情といいますか、なかなか興味深い情報がございます」
…聞く価値はあるか。
「分かりました」
頷いたサラは、玄関の脇に立てかけてあった大きなカゴを二つ掴んだ。
「ちょうど裏山に山菜を採りに行こうとしていたところです」
といい、配下の男二人にそのカゴを渡す。
「悪い事を沢山してきたのですから、少しぐらいは社会貢献してください」
「は、はいっ!」
元気よくいった男たちを引き連れ、サラはそのまま外に出て裏山へと向かった。
「レギリン教の元幹部から手に入れた情報です」
山中にある川辺の岩に腰掛けながら、マサツグはいった。
「いま世間を賑わせている七竜討伐作戦ですが、裏でそのレギリン教が手を引いている、という情報を掴みました」
小声で、いかにも重要だというような表情で彼はサラを見たのだが、
「ええ、そのようですね」
サラは平然と頷く。
その素のリアクションを見て、「あ、これはご存知だったのですね」とマサツグは汗を拭った。
「大体のことは掴んでいます。連中がガーゴと“途中まで”手を組んでいるということも」
「な、なるほど」
先を越されたと思ったのか、また彼は汗を拭う。
彼の二人の配下たちは山菜の収穫に奮闘しており、時折モンスターに追い掛け回されているようだ。
「もういいですよ」
マサツグの少し苦しそうな表情を見て、サラは嘆息した。「ここには私たち以外に人はおりませんから。無理した敬語は止め、変装も解いてください。話しづらいでしょう」
その言葉に動きを止めたマサツグは、「さ、さすが…」、とまたぎこちない笑みを浮かべた。
「では、お言葉に甘えて」
そういって衣服と顎の辺りを掴み、“変装”を解く。
大人しくて弱々しそうな顔面は消え、その下からはいかにも“その筋の人”のような強面の顔面が現れた。
「重ね重ねすまなかった」
本来の頭目の姿になった男は、口調を改めてまた謝罪を口にする。「騙すつもりはなく、世を忍ぶ仮の姿でなければ、明るいうちは外を出歩けないのでな…」
「いちいち説明していただかなくても、分かっておりますから結構です」
木にもたれかかり、腕を組んでサラは続きを促した。「まさか情報が“それだけ”ということではないのでしょう?」
「あ、ああ。我々が短時間ながら掴んだ情報は、そのレギリン教が七竜討伐作戦に手を貸すことになった“本当の理由”だ」
「本当の理由?」
サラは訝しがるようにマサツグを見る。「レギオスを復活させ、種族統一というレギリン教本来の悲願を成就させるために、作戦に参加しているのでは?」
「その通りだ」
頷くマサツグは、「だが、仮にレギオスを復活させることができたとして、どのようにして意のままに動かすか、ということまでは知ってるか?」、ときいた。
サラから返事はない。マサツグは続ける。「レギリン教は確かに種族統一のため、余分な種族を減らすためにレギオスという邪神を利用しようと考えている。だが邪神はあくまで邪神であり、そう易々と人の手中に収まる存在ではない。奴らがここまで積極的にレギオスの復活に勤しんでいるということは、その存在を思いのままに操れる方法があるということになる」
「…ふむ」
短く返事をしたサラは、無言のまま続きを促している。
興味を示してくれたようだと感じ取り、マサツグは続けた。「長年の研究により、奴らはある秘術を完成させることができたらしい」
「秘術?」
「ああ。“存在”そのものを“事象”として扱うことができるという秘術だ」
辺りの木々を見回しながら、マサツグはいう。「大昔にレギオスが巻き起こしていた大災害を、事象として思いのままに扱える秘術といったほうがいいか」
「つまり天変地異を自在にできる方法だと?」
サラがきくと、マサツグは「ああ」と頷いた。
「具体的にどうやるかまでは分からなかった。が、よほどの自信や確信がない限りはあの連中も動きはしなかっただろう」
レギオスの存在を操れる。“災害”を利用し、自分たちが自由に種族の選別ができる。
そうきくと、確かにこれまでのレギリン教の動きに納得できる部分は見えてくる。
「それで昨日、“あの方々”は私たちの娘を攫おうとしていたわけですか」
サラはそういって、まだモンスターに追い掛け回されている二人の男を目で追った。「秘術に私どもの大切な娘を使おうと考えていたのですか。中庭に怪しげな“品物”も落としていったようですし、首謀者はレギリン教の誰なのです?」
問いかけると、マサツグは真剣な表情で見返してきた。
「昨夜の一件については俺は謝るしかない。謝罪の意味でここまで来させてもらったが、それと守秘義務は別として考えていただきたい」
強面の顔面に似合わず、申し訳なさそうな表情に変わった。「依頼元の情報に関してだけは、どうかきかないで欲しい。我々の存続問題にまで発展してしまう」
反社会組織ごときが何をいうか、とサラは正直思ったが、あまり追い込みすぎると別の問題が起こってしまう。
それにオニワシュウは裏の世界ではなかなかに幅を利かせた組織だが、“義賊”の一面もあったときいている。
諸々の“事情”というものを考慮した末、サラは「仕方ないですね」と息を吐いた。
「すまない。お詫びといっては何だが、もう一つ面白い情報を耳に入れたいと思っている」
ほっと安堵し、マサツグはいった。「こっちのほうはレギリン教や七竜とは全く関係のないものなのだが、俺たちの“シマ”を荒らしにきた盗賊団を粛正したときに、奴らのアジトから発見した“トレジャーノート”にあることが書かれていたんだ」
「何です?」
「そいつらはどうも世界中の“レアアイテム”を集めているらしくてな。高値がつきそうなものを、手当たり次第に盗んでは競売にかけて儲けているらしい。そんな連中が“最重要”として狙っていたものが、コンフィエス大陸のどこかに眠っていると書いてあった」
「コンフィエス大陸に…?」
「とある“文書”だそうだ」
マサツグは続ける。「その文書には、世の中を震撼させるほどの重要な秘密が記されているとか」
そこまできいて、「何ともうそ臭い話ですね」サラは情報の出所から何からまで、疑心を滲ませて肩をすくめた。
「盗賊団が持っている宝の在り処というものは、大抵が真実を隠すためであったり発見者をかく乱させるためだというのが一般的ですよ」
「俺もそう思う」
薄く笑ったマサツグは、「だが仮にその情報が真実だとしたら気にならないか?」といった。
「何しろそのトレジャーノートは盗賊団の頭の部屋に大事そうに保管されてあった。罠やガセの可能性は捨てきれないが、しかし真実だとすれば、世の中を震撼させる情報が何なのか、興味は出てきて当然だろう」
「どうですかね」
曖昧に返事をするサラに、「まぁ信じる信じないは人によるが」とマサツグは続けた。
「コンフィエス大陸の首都、『ゴンデルフィア』。その近くにあると俺は見ている」
「首都?」
「ああ。重要な文書というくらいだから、恐らくは━━『プレミリア大聖堂』辺りが怪しいな」
「もしや狙っているのですか?」
サラがきくと、「いや、我々オニワシュウは盗みはしないのがモットーだ」と顔を横に振って笑った。
「これは単なる俺の予測だ。本当に文書がそこにあったとしても盗みにいくつもりはないし、大体あそこにはとてつもなく強力なプロテクトがかかってる。一般人がおいそれと近づけるところではないし、エンジェ族の歴代国王が厳重に管理している施設だ。エンジェ族に楯突くほどのタマは俺にはない」
「そうですか」
サラが相変わらずクールに返事をしたところで、マサツグは「さて」とすっと立ち上がった。
「俺からの情報は以上だ。今後そちらに関わるつもりはないし、同業者が何かしらのちょっかいをかけると聞きつけたら、オニワシュウ総出で妨害に当たらせてもらう。どうかこれで昨夜の一件は手打ちということにしていただけないだろうか」
サラはじっと目の前の男の表情を窺う。
目が泳いでないか、鼻が膨らんでないか。
彼の言葉が本心かどうか推し量っているようで、マサツグはまるで蛇に睨まれたカエルのように動きを止め、固唾を飲み込んでいた。
「…ま、いいでしょう」
やがてサラはいった。「先代の『カネツグ様』によろしくお伝えください。また次に“お世話”になるようなことがあれば、身に余るほどのお返しをさせていただきますので」
「き、肝に銘じておこう」
ちょうどそこで、「お、終わりました!」と配下の男二人が戻ってきた。
サラの目の前に置いたカゴには、山菜やキノコがどっさり入っている。
「さすがですね」
収穫物を眺め、サラは一応は褒めた。「この山には毒キノコや毒草が結構な割合で群生していたのですが、ちゃんと避けて収穫している」
「サバイバル訓練はしっかりと叩き込んでいるからな」
マサツグはいい、帰還魔法を展開させた。
「真に申し訳なかった。これにて我々は失礼させてもらう」
「ええ」
「では…さらばだ。持たざる者の使用人…いや、“夜凶のキリングメイド”よ」
そこで男たちは魔法陣の光に包まれ、消えた。
「…また懐かしいあだ名を…」
山の中、一人になったサラは小さく笑う。
山菜で山盛りになったカゴ二つを軽々と持ち上げ、ふと空を見上げた。
「…世の中を震撼させるほどの秘密、か…」
少し物思いに耽っていたサラだが、そろそろルシラの勉強が一段落つく頃だと思い、帰路につく。