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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百七十九節、絶望の竜

ルシラが中庭で見つけたといって持ってきたものは、小さな欠片のようだった。

「これは…何かの一部か?」

朝、リビングの一室。

テーブルの上に置かれた“それ”をまじまじと眺めながらジーグはいう。「見たところ石で作られたもののようだが…」

ただの石ころに見えなくもないが、長細いそれは所々に文様のようなものが刻まれており、折れている形跡もある。明らかに何かの一部だ。

「真っ白な石…石造…」

朝食を食べるのを中断したシエスタは、何か思い当たることでもあったのか、急に自分の携帯を弄りだした。

「ねぇ、ひょっとしてこれじゃない?」

携帯から何かの映像を呼び出したようで、それをジーグたちに見せる。

「古の忘れ形見…」

サラはやや驚いたようにいった。「確かに…似ていますね…」

まだ断定することはできないが、材質といい手触りといい、ギベイルたちとの調査過程で見てきたものとほぼ同じだった。

「しかしどうしてこんなものが」

ジーグは当然の疑問を口にした。「中庭に落ちていたときいたが…」

三人の視線が、美味しそうに朝ごはんを食べているルシラに注がれる。

「なかにわの真ん中にあったよ?」

ルシラは無邪気な瞳でいった。「ぴーちゃんたちがさわいでたから、なんだろうって思って…」

当然、中庭はカールセン邸の敷地内だ。昨日までは何もなかったはずだし、ダインたち以外の“誰か”が持ち込んできたものだとしか思えない。

「まさか、昨夜の連中の持ち物か?」

ジーグが予測を口にする。「ルシラを攫うことしか頭になかったから、偶然落としてしまったとか…」

「ないわね」

シエスタがきっぱり否定した。「そもそも、あんな連中がどうして遺物なんて大層なもの持ってるのよ。拉致だけが目的なんだったら、持ち歩く必要もないわ。必然的な場合を除いてね」

気になることをいった。

「必然的?」、サラが尋ねる。

「夫が予測したとおり、この遺物はあの連中が持ち込んだものでしょう。状況から考えるにそれは明らかよ。でもそれは偶然じゃなくて必然。昨日のあの連中にはもう一つミッションがあったってわけ」

「…そのミッションとは、この遺物の欠片を、この敷地内に置いてくること、ということでしょうか?」

「そう」

シエスタは頷き、続ける。「ルシラを拉致するよう頼んだ依頼者…レギリン教かしら? その連中の誰かが昨日の人たちに遺物を渡して、“ここ”に置いてくるよう頼んだと考えるのが自然じゃない?」

金に目が眩んだ暗殺者とはいえ、昨夜襲いに来た二人組みはプロだ。

そんなプロが、仮に偶然的に遺物を持っていたとしても、うっかり落としてしまうということは考えられない。

「でも何のために?」

ジーグの質問に、「そこまでは分からないけれど」、とシエスタは遺物を手にとって考え込んでしまう。

「けれど何か意図があって仕掛けたものなのだから、私たちに何かするつもりだったのは明らかじゃない?」

そう続けた。「監視か、何かしらの罪をなすりつけるつもりだったのかとか」

「どちらにしろ“良い事”でないことは間違いなさそうですね」

サラがいう。「利子つきで送り返すか、その辺に投げ捨てるか、様々に選択肢があると思いますが」

そこでシエスタとサラの視線がジーグに向けられた。彼の判断を仰ぎたいようだ。

「う〜む…」

腕を組んで唸っていたジーグは、

「もう少し相手の出方を待つなり調べるなりしたほうがいいのかも知れん」

といった。

「これがどこのなんという遺物なのか気になるしな。単なるイミテーションの類かも知れんし」

「気になりますか?」とサラ。

「ああ。ギベイル殿のおかげで、世の中に存在する遺物はどういったものなのか、大方明らかなものになった。しかしまだ知らないことはある。連中は我々の知らない遺物の特性を理解し、こうして仕掛けてきたのかも知れん。何をしてくるのかは見等もつかんが、あえてやられてその特性を知るのもありだと思う」

じっと耐えて情報収集に努める。忍耐力の高いジーグならではの、昔からのやり方だった。

いつ如何なるときも動じずじっと機を窺う彼は、流石といえば流石かもしれない。

だが、シエスタが見せたリアクションは「はぁ」という残念そうなため息だった。

「ねぇあなた。前々から思ってたんだけど、最近ちょっと弱腰すぎない?」

そういった。「ガーゴがちょっかいかけてきても静観。ルシラが攫われそうになっても静観。ダインが退学させられたこともそう。やられっぱなしじゃない」

打たれるばかりで反撃がない、とシエスタはいいたいようだった。

事実その通りだったので、ジーグは「う」と思わず呻いてしまう。

「たまにははっきりと反撃なり抵抗なりしないと、ちょっかいがエスカレートして取り返しのつかないことになるわよ? 村の人たちまで巻き込んでしまうようなことになればどうするのよ」

「そ、それはそうなのだが…でも下手に動くと目立ちかねないし…」

「たまには、ドーンと殴り込みに行くぐらいの気概を見せて欲しいものだわ。あなたはこのエレイン村の村長なのだから。私に『自慢の夫』だって言わせてよ」

シエスタの相次ぐ不満を浴び、ジーグは徐々に縮こまってしまう。

「まぁまぁ、奥様その辺りで」

と、サラがシエスタを諌めた。「慎重に慎重を重ねるのが旦那様のいいところなのですから。仰るように無理に動くと外交問題に発展しかねませんし、村長としての対応はいまぐらいでちょうどいいと思いますよ」

「そう?」

「はい。それに旦那様のことです。いざというときには男らしい一面も見せてくださるはずですよ」

そこでサラはニヤリと笑う。「何しろ“国崩拳”の使い手なのですから」

「ぬぐ…!」

ジーグの全身がびくりと震える。

「こくほーけん?」

じっと聞き耳を立てていたルシラが反応した。

「夫の得意技なの」

ルシラに向け、シエスタもニヤニヤしたまま説明を始める。「国を滅ぼせるほどの力があるんだぞって、付き合う前の私にいってきたことがあるのよ」

「そうなの?」

「ええ。恋人同士になった後で、どうしてあんなこといったのか聞くとね、私を振り向かせるために調子に乗ったって、顔を真っ赤にさせながら弁明してきてね」

恥ずかしい過去だった。

「も、もうその話はよそう。な?」

そうジーグが間に入ろうとするものの、「ほかに何かいったの!?」、とルシラが興味を持ってしまった。

そこからはもう止められなかったようで、シエスタとサラはルシラにジーグの“黒歴史”を次々と暴露していってしまう。

強面の顔面が真っ赤になるジーグ。そんな彼を女三人はニヤついた目で見ている。

代わり映えのない日常…朝のリビングはいつものように、笑いで包まれていた。




━━━




すぐ目の前では、黒い光と白い光が幾度もぶつかり合っていた。

「きゃぁっ!?」

衝突の衝撃が分厚いバリア内部まで伝わっており、体が揺さぶられる度にシンシアたちから悲鳴が上がる。

「ダイン! しっかりして!」

そのバリアの中心には、未だ腕から血を流しているダインがいた。

地面に膝を着く彼の意識は朦朧としており、立ち上がれそうにない。

傷を負ってはいるものの、彼の肉体的なダメージはそれほどでもなかった。が、“死のブレス”には人々の様々な“負の感情”が込められている。

以前の“ディグダイン戦”のときのように、ダインの傷口からその負の感情が入り込んでしまったようで、そのために意識が混濁し満足に動くことができないようだった。

「ど、どうして…どうして回復魔法まで効かないのよ!?」

どれだけ強力な回復魔法もダインの肉体は受け付けず、ラフィンはついに取り乱してしまう。

「いいから落ち着きなさい!」

ディエルも叫んだ。「落ち着いて状況を把握して、何が最善か考えて!! 頭良いんでしょあなたは!」

このまずい状況をどうにか打ち払おうと彼女はところ構わず攻撃魔法を放っている。が、どの魔法にも手応えはない。

シンシアが聖剣を飛ばしても衝突音はせず、ニーニアが作った索敵機にも反応がなかった。

“存在を殺している”というダインの台詞の通りに、ダイレゾは封印地のどこにも存在していないようだった。

にもかかわらずダイレゾからの攻撃はこちらに届いているようで、ティエリアの張り巡らせるバリアと何度も衝突している。

存在を消すというのは、ダイレゾの特性であって魔法ではない。そのためあらゆるアンチマジックの魔法も、高性能な索敵アイテムでも認識することができない。

相手が何なのか、どういった存在かも分からずに死のブレスを浴びて倒れていく。ダイレゾが混乱期に於いて最も被害者を生み出してしまったのは、そんな秘密があったからだ。

「っくぅ…!」

ダイレゾからの攻撃を受けるごとに、ティエリアからくぐもった声が漏れた。

光線に近いブレスは相当な威力があるようで、“死”という属性を持つ故か、彼女が張り巡らせていた多重バリアを一度に何枚も破壊している。

破壊される度にティエリアは新たにバリアを張っており、聖力の消費は著しいものがあった。

状況は逼迫している。意識が混濁しながらもそのことだけは理解していたダインは、

「ら…ラフィン…」

と、小さく隣にいた彼女を呼んだ。

「な、なに!? どうしたの!?」

「頼む…俺の“中”から…浄化魔法を試して…」

「な、中? 中って、どうやって…」

ダインの震える手がラフィンの腕を掴み、自身の傷口へと当ててくる。

手にぬるりとしたものを感じ、ラフィンは驚いた。

突然何をするのだろうと思ったが、すぐに理解する。つまりその傷口からダインの“中”へ浄化魔法を使えということなのだろう。

「わ、分かった、やってみる」

彼の意図を理解したラフィンはすぐさま詠唱を始め、ダインの中に届くよう念じながら浄化魔法を使ってみた。

浄化の光がラフィンの手からダインの中にもぐりこんでいき、内側から彼の身体を僅かに照らしていく。

と同時に、朦朧とした意識が徐々に明確になってきた。

「…ふぅ」

息を吐く彼の表情ははっきりしており、その目はラフィンをしっかり見ている。「サンキュ。楽になった」

「だ、大丈夫、なの?」

「ああ。まだちょっとくらくらしてるけどな」

彼はそのまま、何度か頭を振って立ち上がった。

「だ、ダイン、動けるようになったの!? どうするの!?」

必死にダイレゾの居場所を探りつつ、ディエルがきいた。「この展開はさすがに予想できなかったわ! 退却して練り直す!?」

「いや、続けよう」

前方を睨みつけながらダインはいった。「みんな、初手で大分魔法力消費しちまったからな。短期で決着をつけよう」

「で、でも、血が…」

心配そうにニーニアがダインに近づいた。彼女の指摘の通り、彼の腕からはまだ血が流れ落ちている。

「何か縛るものはないか? 何でもいいんだけど」とダインはニーニアにきいた。

「え? え、えと、ハンドタオルぐらいなら…」

ニーニアは大きなカバンから長いタイプのハンドタオルを取り出した。

「悪いけどそれで止血してくれたら助かる」

「う、うん」

彼女はいわれた通りにダインの上腕の辺りにハンドタオルを回し、きつめに縛った。

「こ、これでいいの?」

「ああ。完璧だ」

腕を回し具合を確かめていると、

「ご、ごめんなさい、ダイン君…」

今度はシンシアが謝ってきた。「油断しちゃいけなかったのに、私のせいで…」

「反省は後だ」

ダインは笑って別のハンドタオルで血を拭い取り、それからシンシアの頭に手を置いた。「いまは目の前のことに集中しよう。先輩がそろそろピンチだ」

その言葉の通り、バリアを張り続けるティエリアの息は上がっており、聖力切れを起こしそうになっている。

敵の絶え間ない攻撃に、ゴッド族である彼女もさすがに凌ぎきれなくなってきたようだ。

「で、でもどうするのよ。ダイレゾの姿が見えないんじゃ手の打ちようが…」

ラフィンの言う通り、ダイレゾの気配はどこからも感じない。確かに“ここ”にいるはずなのに、ただブレスだけが飛んできている。

存在しないのだから攻撃は届かないし、ましてや本体を助け出すことも不可能だ。

「魔法でもニーニアのアイテムでも存在を発見できないんじゃ、何をしたって…」

また取り乱し始める彼女に、

「いいか、ラフィン」

と、ダインはラフィンの両肩に手を置いた。「こういう不測の事態にも対処できるよう、お前は何を頑張ってきた?」

「え?」

「俺たちには“何が”ある? そのことを思い出せ」

そこでラフィンはハッとした顔になる。

「そ、そうだ、ミラクリ…!」

「ああ」

ダインは頷く。「ミラクリの魔法を使えば、奴の特殊能力すら解除できるはずだ」

「えと…で、でも、どうやって? 何をイメージすれば…」

「相手は死のドラゴンだ」

自分だけを見るよういいながら、ダインは続ける。「いま、奴は自分という存在を“死なせている”。死んでいるんだったら、どうすればいい?」

「どうすればって…」

「逆のことをすればいいとは思わないか?」

笑っていったダインの台詞を聞いて、ラフィンも閃いたようだ。

「まさか…い、“生き返らせる”?」

「そう」

頷いたダインは、彼らを守るようにして立っていたシンシアたちに透明な触手を巻きつけていった。

四人から魔法力を吸い取らせてもらい、ダイン自身の中で循環させる。

早速ミラクリを使わせようとしているダインを見て、「ま、待ってよ」ラフィンは慌てた。

「生き返らせるって、そもそもどういう原理でダイレゾが自分の存在を死なせているのか分からないし、そこを解明しないことには…」

「奴は死のドラゴンだ。特殊能力に原理もクソもない」

言い切ったダインは続けた。「お前はただダイレゾが生き返ることを望めばいい。ミラクリは文字通り奇跡の魔法だ。お前ならできる」

「い、いやそんな、投げ出すようにいわれても…」

ダインは動揺する彼女の両手を掴み、「流し込むぞ」といった。

「このまま悪戯に時間を使うわけにはいかない。先輩が倒れたらバッドエンドだ」

「え、ちょ、ちょっと待っ…!」

ラフィンが何かいおうとしたが、ダインは無視して彼女に無属性の魔法力を流し込む。

「う…!」

分からない事だらけなのに、考える隙を与えてもらえず、なのに難問を丸投げされてしまった。

文句をいいたいところではあったが、ダインのいう通り状況は逼迫している。

「も、もう、知らないわよ!!」

混乱してはいるものの、彼女はとにかくいわれた通りに手を掲げ、ダイレゾが生き返るよう願ってみた。

次の瞬間、彼女の脳内では膨大な計算式で埋め尽くされた。

エレンディアの証を持つ彼女でしか為しえなかった“奇跡”は、“蘇生の魔法”という形を持って発現に至る。

彼らの前方に広がる白いモヤの一部が突如として光り始め、次いで巨大で真っ黒な“影”が現れたのだ。

その姿形からして、間違いなく最後の七竜だということが分かる。生きているダイレゾだ。

「え…せ…成功、した…?」術者であるラフィンは信じられないという顔をしている。

「そうみたいだな」

「やったじゃない!」

ディエルたちが沸き立つが、その側でラフィンはがくりと足を崩した。

一瞬にして莫大な集中力を使ってしまったので無理はないだろう。

「そ、そんなに持たないかもしれないから…いまのうちに、早く…!」

ラフィンは地面に座り込んだまま、回復に努めだす。

「ダイン、どう仕掛ける!?」

ディエルは振り向いて彼の指示を仰いだ。

「ひとまず分散して奴の集中攻撃を散らそう」

ダイレゾの動きをじっと見つめながら、ダインは“反射鏡”を取り出した。

「ダイレゾのブレスにもこのアイテムが効果的だってことが分かった。奴の攻撃はこれでどうにか凌いでくれ」

そういってから、「先輩」と踏ん張り続けるティエリアの背中に声をかけた。

「俺たちが飛び出した瞬間に、念のためにバリアを張ってくれないか? 一枚でいい」

「は、はい!」

「足止めはシンシアに頼む」

と、今度はシンシアに顔を向けた。「例のサスマタで食い止めてくれ」

「うん!」

「ディエルは少し危険だけど、奴の周囲を飛び回って注意を逸らしといてくれないか?」

「任せて!」

「ニーニアは、先輩が万が一聖力切れ起こしても大丈夫なよう、どんなアイテム使ってもいいから二人を守っていてくれ」

「わ、分かった!」

ニーニアが頷くのを確認してから、「よし」とダインは改めて前を睨む。

「次の攻撃を受けてから動こう」

ダインがそういった瞬間にダイレゾのブレスがまた飛んできて、ティエリアが張り巡らせているバリアと衝突する。

激しい崩壊音と耳をつんざくような金切り音が鳴り響き、数秒後その光線は収束した。攻撃の切れ間だ。

「いくぞ!」

ダインは即座に合図を出し、シンシア、ディエル、そしてダイン自身もバリア内から外へバラバラに飛び出していく。

ダイレゾへ一直線に向かったのはディエルだった。

「ほらほらぁ!」

ダイレゾの周囲に炎や氷を派手に散らしていく。

効果はあったようで、ダイレゾは長い首を右へ左へ動かし、的が絞れなくなった。

「ったぁ!!」

一瞬の隙をついてシンシアが創造魔法で作り上げた巨大なサスマタを突き出し、ダイレゾの胴体をがっちり固定させる。

「シンシア、ナイス!」

ダインはいまがチャンスだとナイフを取り出し、ダイレゾの懐へ駆け出そうとしたのだが…、

「グルル…!」

ダイレゾからくぐもったような声が漏れる。

その長い首が大きく右に曲げられており、口元には黒い光が灯っていた。

察したダインは動きを止めて叫ぶ。「ブレスだ!!」

彼がそういうや否や、ダイレゾは死のブレスを吐き出しながら首を大きく反対側に振った。


(ズァ…!!)


首の動きに追従して、横に薙がれる死のブレス。

群がろうとしていたダイン、シンシア、ディエルが直撃を受け、ティエリアが張っていたバリアが一瞬にして剥がされてしまった。

「きゃっ!?」

「わぁっ!?」

バリアが砕け散った衝撃で、シンシアとディエルがバランスを崩す。

後方にいたティエリアが、すぐにまたダインたちにバリアを展開させようとしている。

が、左に振られたダイレゾの口元がまた光っている。再び死のブレスを薙ぐつもりだ。バリアが間に合いそうにない。

「グルル…!」

バランスを崩し、無防備になったシンシアたちに死のブレスを浴びせようと、ダイレゾは続けざまに首を横に振ろうとする。

が、その直前、ダインはダイレゾの目の前にいた。

「少しは大人しく…してろっ!!」

ブレスが吐き出され、横に振られようとした敵の顎目掛け、ダインは下からパンチを放った。


(ドッッ…!!)


とてつもない衝突音と共に、数万トンはありそうなダイレゾの巨体が上空へ打ち上げられる。

「…ッ!?」

空中で二転三転し、その巨体は地面に打ち付けられる。

また激しい音が鳴り、震動でシンシアたちは再びバランスを崩してしまった。

崩れたのはダイレゾも同じで、地面でもがいて体勢を立て直そうとしている。

「シンシア、いまのうちだ!」

「う、うん!」

すぐに立ち上がったシンシアは再びサスマタを発現させ、もがくダイレゾへ走り出していく。

「サポートするわ!」

ディエルは強力な氷の魔法を使い、ダイレゾの首元を氷で固めて押さえつける。

ダイレゾはまだ動けない。今度は上手くいきそうだ。

ダインも駆け出そうとした、その瞬間だった。

彼の全身を、突如意味の分からない“悪寒”が襲ったのだ。

「う…?」

何故かダイレゾに関する文献が過ぎり、頭の中が混濁する。

━━何か、重要なことを忘れているような気がする。

そう思った瞬間、勝手に記憶が遡る。

いまになってダイレゾの特徴を思い出してしまい、その特技までもが蘇った。

ダイレゾの凶悪なまでの特技。それは確か…。

氷で押さえつけられ、もがいているダイレゾの口が大きく開かれる。

と同時に、“あること”を思い出したダインはシンシアたちに大声でいった。

「耳を塞げッ!!!」

「え?」

「早く!!」

何のことか、シンシアたちが困惑した直後、


『ギャアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ!!!!!』


ダイレゾの口から、とてつもない咆哮が発せられた。

それは、まるで沢山の断末魔が織り交ざったような鳴き声だった。

そう、ダイレゾの特技はもう一つあったのだ。

“聞く者を死に至らしめる咆哮”

伝承上の特技ではなく、ダイレゾは実際に使うことができたのだ。

当時のものより声は弱く、死に至らしめるほどの威力はなかったのかもしれない。

が、聞く者の“魂”に大きなショックを与えることはできたようだ。

ダイレゾへ向かおうとしていたシンシアとディエルはびたりと足を止めている。

そのまま声を発することもできず、ばたりと地面に伏してしまった。

後方にいたニーニア、ティエリア、ラフィンまでもが倒れており、気を失っているのか動かない。

唯一ダインだけは耳を塞いでいたので倒れることはなかったのだが、よろめく彼の目の前で、ダイレゾはゆっくりと身体を起こし体勢を整えた。

「グルル…」

全身が真っ黒な肌をした中、目だけが怪しげな光を放っており、眼下のダインを睨みつけている。

「こりゃ…さすがに…まずいな…」

周囲を見回しつつ、ダインは必死に考えを巡らせていた。

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