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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百七十八節、存在しない孤島

空が白み始めて間もない時間、カールセン邸のダイニングではダインたちが朝食を取っていた。

普段よりも数時間早い起床に全員が眠たそうにしており、食べる動きも緩慢なものだ。

中でもダインは特に眠たそうにしていた。無理もないだろう。数時間前までは起きていたのだから。

「…あふ。それで、何かあったの?」

あくびをかみ殺しつつラフィンがきいた。「昨日の夜更けにやけにバタバタしてたみたいだけど…」

「あーいや、それは…」

ダインが答えようとしたものの、

「皆様のおかげですね」

不眠不休なのに全く疲れを感じさせない表情で、サラが答えた。

「皆様がおふざけでダイン坊ちゃまを幼児化させたり、魔法でルシラに擬態させてくれたおかげで、大事に至らずに済みました」

「は、はぁ…」

シンシアたちは何のことかよく分かってなさそうだ。

「あんま時間がないから端折るけど、何事もなく今日を迎えられたってことだ」

ダインがそういって彼女たちに笑顔を向ける。「ありがとな」

「すごく気になるんだけど…」とラフィン。

「詳細は今日のことが終わってからだ」

と、ダインは話を切り替えた。「それより先輩。ゴディアさんにはもう伝えてあるのか?」

話を振られたティエリアは、慌てて口の中のものを飲み下す。

「は、はい。私たちが現場に到着したら、封印に少しだけ“穴”を開けてくださるようです」

準備はできているとティエリアはいい、「いよいよだな」とダインは表情を引き締める。

シンシアたちにも緊張が走り出したようで、眠たそうな表情から一転して不安げな顔になった。

死のドラゴン、ダイレゾ。

文献上でどれほどの猛威を振るっていたか、ニーニアは思い出してしまったようで動きを止めていた。

「気負い過ぎなくていいですよ」

緊張する彼女たちに向け、サラがいう。「失敗してもいいのです。期限はあるものの、チャンスはいくらでもあるのですから」

「そうだな」

パンをかじりつつダインが頷いた。

「こういっちゃ身も蓋もないかもしれないけど、お前らには使命感や義務感といったものを抱く必要はない。これはあくまで俺たちやピーちゃんたちの問題だからな」

「ええ。むしろ今回の作戦によりお嬢様方に何かしらございますと、それこそ私どもはお嬢様方のご親族に顔向けできなくなってしまいます」

サラはいう。「ですから、自身の命を守ることは、同時に私どもを守ることに直結しているのだということを常に心に留めておいてください」

「…分かりました」

ディエルが大きく頷いた。

とそこで、廊下からぱたぱたと誰かの足音が聞こえてくる。

「おふぁ〜…」

あくびをしつつダイニングに入ってきたのはルシラだ。ダインたちが起きているのを見て、「みんな、はやいよぉ…」と呟いている。

「まだ寝てていいんだぞ?」

そうダインが声をかけるが、「おみおくり…」といって、ルシラはいつもの席にかけてしまう。

うつらうつらする姿が可愛らしく、シンシアたちを包み込んでいた緊張が少し和らいだ。

サラは早速ルシラの分の朝食を用意し始め、「ゆっくり食べろよ」、とダインが声をかけつつ椅子から降りる。

「そろそろ行くか」

全員が食べ終えたのを待ってから、彼はそのまま玄関まで歩いていった。

シンシアたちも「ごちそうさま!」と椅子から降りて、荷物を取りに部屋へ戻る。


「ピィピィ!!」

玄関前にダイン一行が揃ったとき、起きたばかりのピーちゃんたちが集まってきた。

彼らに向けてしきりに鳴き声を上げ、翼をはためかせている。

「待っててくれな?」

ダインはそういって、彼らの頭を順番に撫でていった。「最後の仲間を連れて帰ってくるからさ」

「ピィ!」

「みんな揃ったら、またハイキングに行こうよ!」

明るい調子でシンシアがいった。「バーベキューとかどうかな?」

「あ、いいですね!」

ティエリアは笑顔で賛同し、ニーニアも頷いている。

「そういうことは終わってからね」

ラフィンがそういって仕切ろうとするが、「楽しみなくせに」、とディエルが茶々を入れる。

「前から思ってたんだけど、あなたって意外と顔に出やすいからねぇ」

「は、はぁ? 心外なんだけど」

「まさかバレてないと思ってた? 分かりやすかったわよ? 特にダインと一緒にいるときとか」

「な…!?」

またギャーギャーと揉め始めるラフィンとディエル。

「はいはい、時間がないからその辺にしとけ」

ダインが笑って仲裁に入った。「集合場所はディビツェレイド大陸のデザレ岬だろ? 先に行ってるから」

玄関のドアを開けて外に出ようとしたダインだが、

「だいん!」

その背中に向け、ルシラが声をかけた。

「ん? どした?」

「…あの…気をつけて…ね」

不安そうな表情だった。

子供ながら理解力のある彼女は、ダインたちがこれからどこにいって何をしようとしているのか分かっている。だからこそ心配だったのだろう。

「ああ。気をつけるよ」

頷いたダインは玄関の中に戻り、不安がるルシラの小さな身体を抱きしめる。

「行ってくるよ。ピーちゃんたちのこと、よろしくな」

「う…うん…」

思う存分ルシラを抱きしめ、そっと離れたダインは、「んじゃ、お先」とシンシアたちにいって、玄関を飛び出していった。

「じゃあ私も!」

シンシアが出発前にルシラを抱きしめだし、次にニーニア、ティエリアと続く。

ディエルと、流れに逆らえなかったラフィンが最後にルシラを抱きしめたところで、ルシラは満面の笑顔になっていた。

「まってるね!」

そういって小さな手をぶんぶん振り、シンシアたちも応じる。

そして後ろで微笑ましげに見つめていたサラに「いってきます」と告げた彼女たちは、ティエリアの転移魔法によって一瞬で姿を消した。

一気に六人がいなくなったので、玄関前は静かになる。

「…だいじょうぶ、だよね…」

ルシラの表情はまた不安に包まれた。

「もちろんですよ」

サラは静かにいう。「慎重さにかけてはダイン坊ちゃまの右に出る人はいませんから。戦いも恋も」

「ピィ!」

相槌を打つようにピーちゃんが鳴き声を上げ、他の五匹を引き連れ中庭まで歩いていく。

「さて、私はそろそろ旦那様と奥様を起こして参ります。ルシラはそのまま朝食の続きを…」

「んーん! そのまえになかにわのお掃除とお水やりしてくるよ!」

そういって、ルシラは元気にピーちゃんたちの後についていった。

「…いつも通りですね」

ルシラの背中を目で追い、サラは小さく微笑む。「いつも通りが一番です」

そのまま、彼女はジーグとシエスタがいる寝室へと向かう。

二人を起こし、朝食の準備を始めたときだった。

「さら、さら!」

ルシラが足音を響かせながらキッチンまでやってきた。

「どうかしました?」

「なんかなかにわにね、ヘンなの落ちてたよ?」

「変なの?」

「これ」

と、ルシラがサラへ見せた“もの”。

それは、サラが愛して止まなかった日常を崩壊させるものだった。



ダイン一行が岬に集合し、どうやって海を渡ろうか考えているところで、ディエルが海の一部を凍らせてくれた。

一キロ以上にも及ぶ氷の道は圧巻の一言で、目的地はその“ミカエル海”のほぼ中心辺りに存在していた。

そこは、本来ならば存在してはいけない島だった。

見た目は普通の小島だ。が、その小島を覆うようにして膜のようなものが張り巡らされており、来る者を拒んでいるような輝きを放っている。

うっすらと中が見え、そこには岩や山といったものがない。話に聞く通り、だだっ広い平野が広がっているだけだ。

「ここが絶界メビウス…」

ラフィンが呟く。「当時のゴッド族の方々が総力を結集して作られた世界…」

「現実にはない世界ってことか」

ダインはそういってティエリアを見た。「先輩。ゴディアさんとは連絡取れたか?」

「あ、はい。もう間もなく入り口が開くそうです」

携帯をポケットにしまいつつティエリアはいった。「ですが、封印の中にいるダイレゾがどこにいてどのような動きを見せるかは分からないので、細心の注意を払って入るようにと」

「もちろん」

頷いたダインはシンシアたちを見回す。「気を引き締めていこう。始めは散らばらずに、敵影を確認次第、戦闘開始だ」

「うん!」

シンシアは聖剣を発現し、ニーニアはボール状の防御アイテムを。ラフィンは自身に強化魔法をかけ、ディエルは両手に小さく属性魔法を発生させ、コンディションを確認している。

戦闘服に身を包む彼女たちの表情は引き締まっており、誰一人として気の緩みがないことを確かめたダインは、自分の両頬を叩いた。

「っし、入るか」

ちょうどそこで膜の一部が薄まり、人一人分の穴が開いた。

ダインは慎重に歩みを進め、その封印の中に足を踏み入れる。

シンシア、ニーニア、ティエリア、ディエルと続き、最後にラフィンが封印地に入ってきたところで、入り口が閉じられた。

ゴッド族によって創られた世界ははっきりとした現実感があり、本当にそこに存在しているかのようだった。

見渡す限りの平原で、広さは半径にして十キロ以上はあるのかも知れない。

昼間なら見渡せただろうが、全体的に朝靄が漂っているため、奥のほうがどうなってるかまでは分からなかった。

「一箇所に固まってな」

ダインはそういい、頷くシンシアたちは辺りを見渡しながら歩みを進める。

怖いほど静まり返っていた島だった。

ダイン一行の足音以外なにも聞こえず、この中にダイレゾがいるという緊張感のみが彼らを支配している。

歩みを進めるたびに、いま目の前に現れるのではないかと、みんな声には出さないものの緊張で胸が張り裂けそうだった。

「ど、どこにいるのかな…」

「大きな図体してるから、霧があっても影で分かると思うけど…」

警戒しながら歩くシンシアとディエル。

ダインは最後尾にいて、同じく辺りを見回していた。

ダイレゾの気配を少しでも感じたら攻撃を仕掛けようとしていたのだが…

突然、彼のポケットから軽快な音が鳴った。

その音に全員がビックリして振り返る。

「悪い、メールだ」、ダインは悪びれなくいった。

(ちょっと…!!)

ラフィンが小声で叱る。(物音立てたら気付かれちゃうじゃない!! せめてマナーモードにしときなさいよ!!)

「悪い悪い」

ダインは笑いながら携帯の画面を操作する。

メールの画面を開いたのだが、送信者として表示されている名前は意外なものだった。

『クラフト・アーカルト』

ダインが元いたノマクラスの担任だ。

『ダイレゾの特性について分かったことがあったので伝えておく』

その書き出しで始まった本文だが、説明が長すぎるのでダインは適当に流し読みしてしまう。

が、最後の一文に彼は目を見張った。

『死のドラゴンであるダイレゾは、“全てのもの”を殺すという特性がある』

妙に気になる一文だった。

「すべてのもの…?」

考えているところで、

「おかしいな。どこにもいないよ?」

先頭を歩くシンシアが不思議そうに振り返った。「もしかしてここじゃないんじゃ…」

ダインに猛烈な“嫌な予感”が過ぎったのはそのときだった。

こちらを見るシンシアの遥か後方から、何か“黒い光”のようなものが見えたのだ。

「シンシア!!」

ダインはすぐさま駆け出し、シンシアの腕を掴んで引き戻す。

「え?」

バランスを崩すシンシア。彼女と入れ替わって立っていたダインの目の前に、とてつもなく巨大で真っ黒なレーザー光線が迫っていた。

(ゴッ!!!)

ダインにぶつかる直前でそのレーザーは方向を曲げ、背後のバリアに直撃する。

ダインは咄嗟にニーニアが作ってくれた『反射鏡』で防いでいたようだ。

見事に不意打ちの攻撃を逸らすことができたようだが、しかし手鏡を掲げた角度が悪かったらしい。

“死のブレス”は僅かにダインの腕を掠めたようで、突き出していた彼の腕の側面から突然血飛沫が上がった。

「ぐっ…!」

ダインはそのまま地面に膝を着いてしまう。

「だ、ダイン!?」

ラフィンが慌てて駆け寄る。

「せ、先輩、バリアだ!」

痛みを堪えながらダインは叫んだ。

「は、はい!」

混乱しつつもティエリアは咄嗟にダインたちを包むようにしてバリアを張り巡らせる。

と同時に二発目のブレスが別の方向からダイン一向に襲い掛かり、バリアとぶつかって相殺した。

「ど、どういうこと!?」

周囲を見回しつつディエルが叫ぶ。「どこにもダイレゾがいないわよ!? いったいどこから…!!」

確かに敵影はない。“何もないところ”から、ブレスが飛んできていたのだが、

「いや…いる」

回復魔法を試みるシンシアとティエリアを制し、腕から流れ出る血をそのままにダインはいった。「見えないけどいるんだよ、ダイレゾは」

「どこに…」

なおも周囲を見回すディエルだが、敵はどこにも見当たらない。

「ヴァンプ族の皮膚だけじゃない。あいつは全てのものを殺すことができる」

ダイレゾがいるであろう場所を睨みつけながら、ダインは続けた。

「何もかも殺せる。いや、消すことができるんだよ、あいつは━━自分の存在すらもな」

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