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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百七十三節、『ラフィン・ウェルト』

雪に覆われた大陸、コンフィエス大陸北部にある“プロキア聖堂前”には、沢山のエンジェ族が列を成していた。

敬虔な人が多いその地域では、昼下がりのいま、お祈りのためにこうして現地の人々が聖堂に毎日訪れてくるらしい。

そんな聖堂の近くには創造神エレンディアの大きな銅像が建てられており、立ち並ぶ人たちの視界を避けるようにして、ラフィンはその像の裏側にいた。

表地は黒、裏地は白のバイカラーなワンピースに身を包む彼女は、いかにもお嬢様然という出で立ちで、見た目に麗しい彼女は裏側を通る参拝客の目を引いている。

そろそろ他人の視線が煩わしくなってきたそのとき、

「悪い、ちょっと遅れたな」

という声がして、見上げたラフィンはハッとした表情になる。

そこにはダインがいた。

待っていた人物が来てくれて彼女の中で嬉しさがこみ上げてきたものの、やや赤い顔をしていた彼の表情から…いや、その全身から、とてつもなく大きな“何か”を感じた。

「ど、どうしたの?」

思わずきいてしまう。「あなたの中からものすごい聖力を感じるんだけど…」

「あ、あーいや…」

ダインは気まずそうに頬を掻いた。「ちょっとさっきまで、ティア…じゃなくて先輩とさ。遊んでたんだよ。色々と」

歯切れが悪いのも当然で、“心”というとてつもないプレゼントをもらったとは言い出せなかったのだ。

「それより、ちゃんとしてきてくれたか?」

と、彼は話題を逸らせた。「ちゃんと、デートプランを“考えずに”来てくれたか?」

「…意味が分からないんだけど」

ラフィンは小さく嘆息する。「デートって、男女がどこにいって、何を食べて、どんな話をして、どう過ごすかっていうことを予定通りに進めるものなんだって、サリエラからきいていたんだけど…なのにノープランで来いだなんて」

昨日シンシアから個別デートのことをきかされ、ラフィンも初デートだとそれなりに緊張はしていた。

サリエラや他のメイドたちからデートとはどういうものかを教えてもらったのだが、直前になってダインから『予定を立てるな』と連絡してきたのだ。

服選びだけは多数のメイドたちと一緒に決めさせてもらったが、本丸であるデートプランを何も立てられなかったことに、彼女は少し不満そうにしている。

「きっちり予定を立てないと落ち着かないんだけど…」

相変わらず真面目なラフィンらしい台詞に、「デートに決まった形なんてないんだよ」とダインは笑っていった。

「楽しみ方なんてそれこそ人それぞれなんだから、枠を決める必要なんてない。現に今日は朝からほぼそうしてきたし、ちゃんと楽しいものだったぞ?」

「そうかしら?」

懐疑的にいってから、「あ、それよりも」と彼に別の話題を振った。

「こんなところできくのもあれだけど、明日のダイレゾ救出作戦って、具体的にどうやるのよ?」

ずっと気にしていたといい、彼女は続ける。「死の属性を持つダイレゾなんだったら、体の中も当然危険なんじゃないの?」

「ニーニアに特別なナイフを作ってもらったよ」

と、ダイン。「七竜の皮膚をも簡単に切り裂ける代物だ。それを使って本体を取り出すよ」

「生きている状態で…ってことよね?」

「ああ」

「体内に触れるだけでも危険なんじゃないの? そもそもどうやって本体の場所を探り当てて…」

明日のことを考えるあまり、ラフィンは次々にダインに疑問を投げかけようとしてしまう。

そんな彼女を、「こーら」とダインは遮るように彼女の頭に手を置いた。

「いま俺たちはデートしてるんだ。そういう真面目な話は後だ後」

「い、いや、でも気になるし…」

「今夜俺ん家で全員集まるんだから、そのときにちゃんと話すよ。だからいまはデートに集中してくれ」

ほら、とダインはラフィンに手を差し出す。

「? なに?」

彼女は不思議そうな表情だ。

「デートってのは手を繋いで歩くのが基本だぞ? サリエラさんからきかなかったのか?」

「あ…え? そ、そう、なの? きいてないけど…」

「まぁそれならそれでいいけど。ほら、時間もないんだし歩こうぜ」

ダインは半ば無理やりラフィンの手を取った。

「うひゃっ!?」

彼の手の感触は相変わらず艶かしいもので、ラフィンはびくりと肩を震わせてしまう。

「も、もう、いきなりは駄目よ!」

文句をいいつつも手を離そうとはしない。

ダインは笑ったまま彼女の手を引き、一緒に街中へと躍り出た。

「そ、それで、どうするのよ?」

顔にやや緊張を浮かべつつ、ラフィンはダインを見る。「いっとくけど、私ショッピングとか外食とかほとんどしたことないから」

ダインに対して見栄を張ることはやめた彼女の、正直な告白だった。

「え、超お嬢様なのにか?」ダインは意外そうにきいた。

「常識が何かは知らないけど、祝日や休日はいつも習い事とか勉強しかしてこなかったんだもの」

ラフィンはなかなかに箱入り娘だったのだと、ダインはいまになって思い出した。

「ノープランでいいっていったのはあなたなんだからね。ちゃんとエスコートしてよ?」

恥ずかしそうだが嬉しそうでもあるラフィンの顔を見て、「そうだな…」とダインは頭を働かせる。

思い出に残るような初デートにするにはどうすればいいのか。そう考えたところで、ダインのポケットから音が鳴った。

「あれ、着信だ」

携帯を取り出したダインは、そこに表示されていた名前をそのまま読み上げる。「サリエラさんからだな」

「…え? なんであなたがサリエラの携帯番号を…?」

「お前のこと色々頼まれてるからな」

ラフィンに笑顔を向けつつ着信に出たダインは、携帯の向こうからのサリエラの言葉を聞いた後、「…なるほど」と頷く。

「分かりました。んじゃ適当に移動します」

といって、通信を切る。

「何だったの?」

疑問に思ったラフィンが質問するが、「やっぱラフィンって有名人なんだなってな」と、ダインはよく分からない返事をした。

「は?」

「そういや通行人の視線もなかなか刺さってるしなぁ…」

と呟くダインの台詞の通り、前方を行き交うエンジェ族の多くは、ラフィンを二度見してから足を止めていた。

一部ではざわめきも起こっており、『ウェルト家の…』という声もちらほら聞こえる。

そこで、ようやくラフィンにも自分が注目されているということに気付いたようだ。

「お前って滅多に外に出ないってさっきいったけど、顔は知られてるみたいだな」

そういってから、ダインは改めて彼女の格好に目を向ける。「それでなくてもこんな綺麗な格好してたら目立って仕方ないか」

急に服装のことを褒められ、「え? は?」とラフィンの顔はまた赤くなる。

「な、何の話よ」

と詳細を求めようとするも、ダインは笑ったまま答えなかった。

「エンジェ族の中にもゴシップ好きっているんだな。雑誌記者か誰だか分からないが、早速マスコミが嗅ぎ付けたらしい」

「へ…は?」

「サリエラさんたち親衛隊が押さえ込んでくれていたらしいけど、一部が漏れてこっちまで来てるんだと」

「は…は?」

ラフィンにはあまりに突然すぎることで、理解が追いついていないのだろう。

だがそうしてる間にも通行人のエンジェ族は集まってきており、超がつくほどの大財閥の一人娘であるラフィンに、興味のこもった熱い視線を向け始めている。

「しょうがない」

ダインはいって、混乱しているラフィンを突然お姫様抱っこした。

「ひゃぁっ!? え!? ちょ、ちょっと何を…!!」

「移動しよう」

ダインは笑顔でいった。「逃げるぞ」

そのまま膝を曲げる。

ラフィンは自身の体が一瞬沈んだような感覚を抱き、そして次の瞬間、見えていた街並みは俯瞰して見る景色に一変した。

「きゃあああああぁぁぁぁぁ!?」

ダインが大ジャンプしていたのだ。

二人の身体は空高いところにあり、彼らがいた場所ではカメラやマイクを手にした、マスコミと思しきヒューマ族の人たちがいる。

困惑する彼らをニヤリと笑いながら一瞥したダインは、そのまま街外れの森林帯に着地し、すかさず駆け出した。

その駆け足も凄まじいスピードだった。

迫る木々をひょいひょいとかわしていき、縄張りに侵入してきたことに気付いたモンスターが攻撃をしかけてきても、ラフィンを抱えていた彼は身軽に避けていく。

「な、何!? なになになに!?」

目まぐるしく景色が変わっていき、ラフィンはもう混乱しっぱなしだ。

「ラフィンは…いや、ラフィンたちって、基本的に移動はワープなんだろ?」

ダインは雪原を駆けながら、胸元のラフィンにきいた。「こういう道中の景色なんて、なかなか見る機会ないんじゃねぇか?」

「け、景色…?」

「ああ。川とか山とかさ」

ダインに揺られつつ、徐々に落ち着きを取り戻してきたラフィンは、「ま、まぁ…」素直に頷いた。

「ワープして目的地にさっさとたどり着くのもいいけど、たまには歩いて移動して自然を眺めるのもいいもんだぞ?」

そう話しつつ、ダインは走るスピードを緩めた。

近くに雪に覆われた街並みが見えていた。反対側の平野には大きな湖があり、そこではレッサーペンギンたちがアイススケートのように湖面を滑って遊んでいる。

街を通り抜けさらに進むと、何かの観光地かカマクラが乱立しており、ツアー客と思しきヒューマ族の人たちが寒空の下でバーベキューしている。

またさらに別の場所では雪に覆われた寺院があり、お城があり、まるで観光名所を巡っているようだった。

どの景色も真っ白に染め上がっており、その銀世界に見入っていたラフィンは、「綺麗ね…」と、ダインにお姫様抱っこされているのも忘れて呟いた。

「…っと、ここまで来りゃ大丈夫か」

そういって、ダインはぴたりと足を止める。

前方に広がるのは大海原。ダインはなんと大陸の端っこにまで移動していたようで、目の前には崖があった。

「で、ここは…どこ?」

ダインに降ろしてもらいつつ、ラフィンは尋ねる。「見たところ岬っぽい感じだけど…」

「さぁ、どこだろな」

ダインはあっけらかんといった。「そこに展望台があるから、どっかの名所だとは思うけど」

確かに、彼らの近くには円柱状の真っ白な建物がそびえ立っていた。頂上にはライトが取り付けられてある。

「どうするのよ」

展望台以外に何も無いことを確認しつつ、ラフィンは呆れたようにいった。「私は魔法で帰れるけど、あなたは徒歩なんでしょ? ここがどこか分からなかったらまずいんじゃないの?」

ラフィンの指摘は的確だった。

「…そうだった」

ダインは周囲を見回し、今更慌てだす。「え、マジじゃん。適当に走ってきたから方角が…」

すぐさま高性能な地図帳“マスブ”を取り出すも、それはつい先ほど長時間メンテナンスに入ったようで、起動スイッチを入れても何も表示されない。

「あ…」

マスブから顔を逸らし、そのままラフィンを見る。

ダインはやらかしたような表情のまま固まっていた。

彼のなんともいえないその表情を直視したラフィンは、

「ぷっ…あはははは!!」

盛大に笑い出した。「ノープランでいこうって格好つけていったくせに、なんて表情してるのよ!!」

ツボに入ってしまったのか、お腹まで抱えだす。

「し、しょうがねぇだろ。まさかマスブにメンテがあるなんて知らなかったんだから」

「ふふ、ほんとおかしい…無茶苦茶よ、あなたは、相変わらず」

ひとしきり笑った後、「安心して。さすがにあなたを置いて帰るようなことはしないから」と彼にいった。

「それよりほら、せっかくだし展望台の頂上までいってみましょうよ」

そういって彼の手を取る。

展望台はなかなかの高さがあり、名所ではあるのだろうが、あまり有名ではない場所のようで人の姿は全くない。

マスコミが追いかけてくる心配もなく、誰かに見られることもなさそうなので、ダインは手を引かれるまま展望台の中に入り、頂上まで向かった。

そこは海面から百メートルほどはあるだろうか。かなりの高さがあり、大きくてガラスのない窓から見下ろす大海原はなかなかの迫力があった。

「へぇー、ここもいい景色ねぇ」

海風は常に吹きすさんでおり、ラフィンの服や長いブロンドの髪を激しく揺らしている。

「偶然とはいえ、いいところに連れてきてくれたわね?」

「だろ?」

ダインは得意げにいった。「こういうのがノープランのいいところなんだよ。偶然の発見っていうのかな」

「それで迷子になったら世話ないけど」

ちくりといわれ、ダインは「うぐ」と言葉に詰まってしまう。

「あはは。冗談よ」

またラフィンは明るく笑うが、彼の手元を見て疑問が沸いた。

「あれ、どうしたの?」

彼の指先が少し震えていたのだ。

「い、いや…ちょっと風がきつくてな」

正直に話したダインの頬は普段以上に赤い。

雪に覆われたコンフィエス大陸は、その性質上気温は常にマイナスだ。

そのままでいたらとても生活などできない大陸なのだが、エンジェ族の“安全管理委員”らによって常温を保てるバリアが張られているため、いくら寒かろうが彼らには大して影響はない。

そのため薄着のラフィンも平気だったのだが、魔法の影響を受けづらいダインにはそういうわけにもいかず、常に海風が吹き込んでくるこの場所は寒くて仕方なかったのだろう。

「一応厚着はしてきたんだけど、まだちょっと布が足らなかったな…」

確かに何枚か上着やズボンを着込んでいるようだが、極寒の寒波にはあまり効果がなかったようだ。

「もう、寒いなら寒いって早くいってよ」

何故か彼を叱り付けたラフィンは、何かの魔法の詠唱を始めたようで、吹きさらしの窓に薄い膜のようなものが張り巡らされていった。

「風の進入を塞いだわ」

バリア魔法を使ってくれたらしい。

「おお、助かる」

そういったダインは、近くの木のベンチに腰掛けた。

「コンフィエス大陸の海って滅茶苦茶寒いんだな。凍えそうになったよ」

と笑う彼だが、まだ体は震えているようだ。

「ノープランも考え物じゃない?」

小言をいいつつ、ラフィンも彼のすぐ隣にかけた。

突然身体を密着させてきたので、ダインは「お、おお?」と少し驚いたように彼女を見る。

「…また前みたいに倒れられると困るから」

ブラッディスワンプでの一件のことをいっているのだろう。

「い、いや、あのときは寒さだけじゃなくて毒で倒れたようなもんだし…」

「いいから」

ラフィンはぴしゃりといって、彼の体の側面とぴったりと寄り添うようにした。

「まったく、あなたがしたいこといってくれれば、私は何でもしてあげる気でいたのに」

遠くの空から雲が漂ってきたのを眺めつつ、ラフィンは続けた。「美味しいレストランとか遊興施設とか、サリエラに頼めば何でも用意してくれたはずなのに」

「デートってのはそういうんじゃないよ」

答えるダインは小さく笑った。「俺らが楽しければそれでいいんだよ。結果こんなとこにきて寒い思いしても、それはそれでいい思い出になる」

「いまのところ、マスコミから逃げた思い出しかないんだけど」

笑いながら返したラフィンはさらに追撃してやろうかと目論んだが、彼の表情に変化を感じ取り、「あれ?」と声を出した。

「どうした?」

「いえ…あなた、ちょっと…眠たそう?」

ダインの目が半開きだったのだ。

「いやぁ…温いなぁってさ。ラフィンの体」

ラフィンはまた顔が熱くなるが、しかしそれだけで彼は眠たそうにしているわけではない。

彼はいま、“五連続デート”の真っ最中なのだ。ニーニアが作成したらしい、今日のダインの予定表をメールで見せてもらったが、ハードという言葉だけでは足りないほどのハードスケジュールだった。

早朝にオブリビア大陸、トルエルン大陸、昼にバベル島に行き、そして午後の昼下がりにはここ、コンフィエス大陸。さらに夕方にはディエルが待つディビツェレイド大陸が控えている。

いくら体力があるヴァンプ族といえど、一日をかけていくつもの大陸を渡るのはさすがに疲れる。

「寝てなさいよ」

彼の肉体的な疲労を考慮し、ラフィンはいった。「夜もあるんだし」

「いや、さすがに悪いよ」

ダインは眠たそうにしたまま笑う。「せっかくの初デートを寝て過ごすのはさすがに…」

「いいの!」

ダインの腕を掴み、手前へ引き寄せた。

隣から彼を抱くようにしたまま、続ける。「どんな内容にしろ、あなたと一緒なら十分に思い出に残るデートだから…」

ラフィンに寄りかかったダインは身体を起こそうともしない。彼女の柔らかな感触によって一気に眠気が増してしまったため、ラフィンの台詞も半分ほどしか聞けてなかったのだろう。

「あぁ…悪い、ラフィン…一瞬だけ…」

そういって、彼はあっという間に眠りに落ちてしまった。

大陸を渡り歩いたばかりか、今日はかなり早起きしたらしいので、即座に寝落ちしてしまうのも当然かもしれない。

「…無理しすぎよ。まったく…」

小さく文句を口にしたラフィンは、すぐにその口元に抑えきれない笑みを結ぶ。

どうしてか彼の寝息が心地のいいものに聞こえ、触れ合う部分は暖かく、嬉しさがこみ上げてきてしまった。

いくら真面目一辺倒のラフィンであっても、彼女も女だ。

異性とデートということは多少なりとも想像したことがある。

が、当時思い浮かべた“理想”といまの“現実”はあまりにかけ離れたものであることは間違いない。

まさか初デートがこんな辺鄙な場所で、誰もいない寂れた展望台で過ごすことになるとは、誰が予想できただろうか。

おまけに意中の彼は眠りこけており、その表情は緩みきって何とも情けないものに見える。

見えようによっては非常に地味で、感動のかの字もないような淡白なデートであったが、当のラフィンはいまとても充足した気分でいた。

「あなたともっと早くに知り合えていればな…」

眠るダインをそのままに、彼女は呟く。「そうしたら、もっとあなたとの思い出が沢山作れたのに…」

彼女の記憶は十数年前まで遡っている。幼少期、できたばかりのラビリンスで、ダインに助けてもらったときのことを思い起こしていた。

「あのときからあなたと友達でいれば、私はもっと素直に、可愛げのある子になってたはずなのに…」

そこまでいってから、全く意味のない願望を呟いていることに気付き、笑ってしまった。

「あなただったら、いまでも十分素直だっていうでしょうね…優しいから」

おもむろに、彼の垂れ下がった右腕を掴む。

その手はラフィンと手を繋ぐためか、手袋はしていなかった。

ラフィンはそのまま右手を自身の顔に持っていき、頬に当ててみる。

ひんやりとしたダインの手。筋肉質だが柔らかく、触れていると大きな安心感に満たされた。

「ふふ…」

あぁ、この手だ。

このダインの手が、いつも自分を助けてくれた。

モンスターに襲われそうになったところを助けてくれたのはこの手だし、ダングレスの幻影を退けてくれたのもこの手だった。

奇襲戦のときも大量のモンスターから守ってくれたし、ピンチの時にはいつも彼の手があり、時には慰め、励ましてくれた。

優しくて、力強くて、包み込んでくるようなダインの手。

彼の手に触れながら過去のことを思い出していると、自然と頬が緩んできてしまう。

もし…仮に、彼がいなかったら━━

この手がなかったらどうなっていただろうと、ふとそんな考えが脳裏を過ぎった。

もしダインと知り合うことがなかったら、自分はセブンリンクスという学校を選んではいなかっただろう。

親や親戚に決められたままの人生を歩み、そこに何の疑問も抱かないまま、決められた見知らぬ男性と結婚させられていたかもしれない。

きっと凝り固まった思想しか持たなかったはずだ。

エンジェ族とはこうあるべきだ。ウェルト家の長女として生まれ、エレンディアの証を持つ自分には、運命に逆らってはならない。

人形のようだと、昔の自分は周りの人たちからいわれたことがある。それは彼女本人も自覚していた。

だがその人形のような目に“生気”を宿らせてくれたのは、間違いなくダインなのだ。

世の中にこれほどの“色”が満ちているということに気付かせてくれて、他種族にも魅力に溢れる人たちがいるということにも気付かせてくれた。

視野が広がり、自分の人生をがらりと変えてくれたのだ。彼には沢山の恩がある。

だがそのことを直接伝えたとしても、きっと彼は何もしてないと笑うのだろう。

「…ダイン…好きよ」

また、前回のように囁くような告白をしてしまう。

が、完全に夢の世界へ旅立ったダインに届くはずもなく、彼からリアクションはない。

相変わらずすやすや眠り続けており、その寝顔はまるで無邪気な少年のように可愛らしいものだった。

展望台の外はいつの間にか薄暗くなっており、激しい吹雪となっていた。まるで台風のような風音がひっきりなしに聞こえうるさいほどだが、ダインの寝顔に魅入られてしまったラフィンには微塵も気にならない。

いま彼女の胸中を占めていたのは、ダインに対する強い愛情だった。

「ダイン…」

きっと無意識だったのだろう。

“そういうこと”をするつもりもなかったはずなのだが、彼の寝顔を…いや、その唇を見た瞬間、我慢できなくなった。

海に面していたためか、外の猛吹雪は凄まじいまでに激しく、塔のようにそびえ立つ展望台を瞬く間に雪で覆いつくしていく。

ラフィンのバリアによって守られた頂上は完全なる密室状態となってしまい、人も動物の気配もない。

外界と遮断された静かな空間で、ラフィンは自身に寄りかかっていたダインに顔を近づけ…、

起きる気配のない彼の唇を、そっと奪っていた。

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