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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百七十一節、『ニーニア・リステン』

ニーニアが待ち合わせ場所に選んだのは、トルエルン大陸東部にある国立遊園地“プリズム”の入り口だった。

たったいま開園時間を迎えたのか、広い出入り口には家族連れやカップル、修学旅行生など沢山の人が津波のように押し寄せている。

そんな人たちを尻目に、通りの端にいたニーニアは携帯画面に視線を落としていた。

何かに夢中になっているのか、目の前に人が立っていることにも気付いてないようで、食い入るように文字を目で追っている。

「ゲームか?」

目の前の人物にそう声をかけられ、びくっとしたニーニアはすぐに顔を上げた。

「あ、だ、ダイン君」

プリーツの入った緑のスカートに、上はベージュのブラウス。

胸元に大きくて赤いリボンがついており、非常に可愛らしい格好をした彼女は、すぐに携帯をスカートのポケットにしまった。

「ご、ごめんね、気付かなくて…」

「いや、俺はいまきたところだからいいんだけど…」

ダインはそのまま顔を横に向ける。遊園地の出入り口ではまだ多くのドワ族の人たちがひしめき合っていた。

「この場所は予想してなかったよ」

と、彼は笑った。「てっきり水族館とか公園とか、静かなところに行くのかと思ってたからさ」

人見知りなニーニアの性格から考えて、遊園地というのはかなり意外だったとダイン。

「こういうときでしか来れないから…」

ニーニアは正直にいった。「せ、せっかくのダイン君とのデートだから、思い切って絶対に行かない場所に行ってみたいって思って…」

「何事もチャレンジってわけだな。いい心がけだ。俺もこういうところは初めてでさ」

と、ダインは自身の携帯を取り出して現在の時刻を確認する。タイムリミットの昼まではまだ時間がありそうだ。

「あ、でも良かった」

と、ニーニア。「この遊園地って最近できたところだから、ダイン君迷っちゃうかもって心配してて…」

「ああ、それならほら、これのおかげだ」

といって彼が取り出したのは、一冊の手帳だった。

「“マスブ”…っていうんだよな? 最新の地図情報が出てくるから、めちゃくちゃ助かってるよ」

おかげで今回の待ち合わせにも迷わなかったとダインが続けると、ニーニアは「よかった」と笑った。

その手帳型の高性能な地図帳は、以前ニーニアから貰い受けたものだ。

転移魔法を使えず、足での移動しかできないダインにとっては非常にありがたい一品だ。

「えと、これは地図だけじゃなくてね、現地のバーゲンセールの情報とかも見ることができて…」

早速ドワ族としての血が騒ぎ出し、商品説明を始める。

「音声入力にも対応してて、右上の部分を長押しすると…」

そんな彼女を、ダインは微笑ましそうに見つめていた。

「あの…ど、どうしたの?」

「あ、悪い、聞いてなかった」

「え?」

「可愛い服着てんだなぁって思ってさ」

「え…」

ニーニアの顔がぼっと赤くなる。

「悪い、ちょっとキモかったかな」

ダインは笑うが、「でも可愛いと思ったのは本当だよ」と続けた。

「良く似合ってるよ。素材が良いからな」

「あ、う…その…あ、ありが、とう…」

「俺が勝手にそう思ってるだけで、お礼いわれるようなことじゃないんだけどな」

白いベレー帽越しにニーニアの頭をぽんと叩いたダインは、「ほら」と手を差し出した。

「出入り口の人は減ったようだし、そろそろ俺らも入るか。遊園地でいいんだよな?」

「あ、う、うん」

ニーニアはそっとダインと手を繋ぎ、遊園地に向けて歩き出す。

「え〜とチケット売り場は…」

券売機を見つけたダインはすぐに買いに行こうとしたが、ニーニアが止めた。

「わ、私がいってくるよ。お金もいいから」

「え? いやでも、結構するぞ? 入園料」

「お爺ちゃんからフリーパスの交換券もらってるから、大丈夫だよ」

といってニーニアが見せてきたのは、金色に輝くチケットだった。

「これをスタッフの人に見せたらパスと交換してもらえるみたい」

「あ、そうなのか、じゃあ俺が…」

「う、ううん、大丈夫だから」

そういって、彼女は券売機の近くにいたスタッフのところに小走りで向かっていった。

ニーニアが何か話しかけ、金色のチケットを見せた瞬間、そのスタッフは直立不動のまま立ち尽くし、そして大慌てで裏口へ走っていく。

入れ替わりに現れたのは幹部以上と思しき、タキシードを着た老齢の男性で、彼もどこか緊張した面持ちでニーニアに何か話していた。

「…永久パスって書いてあったな…」

そのときダインは改めて、ニーニアはリステニア工房という大企業のお嬢様なんだということに気付かされた。

そう、ここトルエルン大陸ではなかなかの有名人なのだ。普段は料理が好きで世話することも大好きで、ちょこちょこ動く可愛い奴というイメージしかなかったのだが。

いや、それよりも気になったのは…、

「もらってきたよ」

ニーニアが小走りで戻ってきて、先ほどのタキシードの老人からもらったらしいフリーパスを見せてきた。

それは見た目にも美しいブラックの硬いチケットで、VIPや政治家が持っていそうなデザインだ。

「これがあれば、いつでもこの遊園地に出入りできるらしいから」

「あ、ああ、ありがとう」

ダインは恭しくそのチケットを受け取る。

「でも俺なんかがもらっていいもんなのか…?」

とても一般庶民などでは手に届かない代物だ。

「是非にって、お爺ちゃんがいってたから大丈夫だよ」

ニーニアは笑っていい、「いこ?」とダインの手を掴んでくる。

「時間がもったいないよ。いくつかいってみたいところあるから」

「そうか。行くか」

ニーニアの手を握り返したダインは、永久フリーパスを手に共に遊園地の中に入っていく。


「は…はわ…はわわ…」

園内の大通りを歩くニーニアの足取りは、酔っ払ったかのようにふらふらしたものだった。

「くく…ほら、そこのベンチで休もうぜ」

笑いを堪えつつ、ダインは近くのベンチまでニーニアの手を引き、一緒に腰を降ろす。

「あうぅ〜…」

ベンチにかけてもニーニアの目は回っているようで、上半身がふらふらしている。

「慣れないことはするもんじゃないな」

笑顔でダインはいった。「“スカイジェット”に続いて“水中メリー”はさすがにきついよ」

スカイジェットとは、レールのないジェットコースターが空中で縦横無尽に走り回るアトラクションのことだ。

水中メリーは文字通り水中にあるメリーゴーランドで、水泡に包まれたアトラクションが延々と回り続ける。

どちらも身体を激しく揺さぶられるものだったので、ダインの隣でニーニアはしきりに叫び声を上げ続けていた。

「こ、こんなに激しいものだとは、思わなくて…」

チャレンジ精神溢れる彼女が思い切って選んだアトラクションではあるが、背伸びしすぎた感は否めない。

いまだふらふらするニーニアに「ちょっと待ってろ」と声をかけたダインは、近くの売店から冷えた飲み物を買って戻ってきた。

「ほら、これ飲んで少しは落ち着け」

差し出したのは、絞りたての十種類のベリージュースだ。

「んん…!」

ジュースの冷たさと甘酸っぱさにニーニアの目はギュッと閉じられ、体の震えと共に息が吐き出される。

「頭すっきりしたろ?」

「う、うん…何とか」

このまま一息つきたいところだが、遊べる時間はそんなにない。

「じゃあ次はどうする?」

ダインは次の目的を尋ねた。「またジェットコースター系に乗ってみるか?」

「も、もういいかな」

即答するニーニアを見て、ダインはまた笑い声を上げてしまう。

「んじゃ何乗る? 俺は何でも良いぞ?」

「んと…」

考え込みながら時間を確認したニーニアは、「はぁ」と残念そうな息を吐き出した。

「もっと色々乗ってみたいものあったんだけど、もう時間が…」

後一時間もすれば昼になろうかという時間だ。

どのアトラクションの入り口にも人は殺到しており、この混み具合から考えると、あと一つぐらいしか乗れないかもしれない。

「確かに物足りないけど、今日が最後ってわけでもないんだし、また来ようぜ」

とダインがいうと、「う、うん、そうだね!」とニーニアもぱっと笑顔を広げた。

「最後はどうする?」

「えと、あれがいい、かな」

そういってニーニアが指差したのは、比較的空いていたアトラクションだった。

そこにはお城のような張りぼての入り口があって、その向こう側の天井からは大きくて丸い物体が次々と浮かび上がっているのが見える。

「ありゃなんだ?」

「空中遊覧カプセルだよ」

パンフレットを眺めつつニーニアがいった。「浮遊石で作られたカプセルに乗って、この広い遊園地の中を高いところから一周できるんだって」

観覧車をもっと自由にしたものだとニーニアは続ける。

「へぇ〜、面白そうだな」

確かに空の高いところでは四人乗りのカプセルが、まるでシャボン玉のようにふよふよ浮いていた。

一見ランダムな動きに見えるが、機械か何かで挙動に制限をつけているのだろう。危険には見えない。

「空を飛ぶことってあんまりないから、楽しそうだなって」

「そうだな」

ダインも空を飛べないだけに、有翼人種には憧れもあった。

とはいえダインならば大ジャンプで町を一望くらいならできるが、ただのジャンプと空を飛ぶのとではだいぶ違う。

「よし、行こうぜ。スタッフに話してくるよ」

とダインが駆け出そうとするも、

「あ、ううん、私がいってくるよ」

ここで待ってて、とニーニアが先に駆け出していってしまい、受付へと向かっていった。

そこにいるスタッフに、ニーニアはやや緊張させながらも話しかけている。

「…う〜ん…」

その様を眺めながら、ダインは思わず唸ってしまった。


「やっぱりちょっと変わったな、ニーニアは」

どんどん遠ざかっていく遊園地を眺めながら、ダインはいう。

「え、か、変わった?」

ニーニアは意外そうな表情で窓からダインに顔を向けた。

「昔は…っていうか知り合って間もない頃の話だけど、なかなかの人見知りだったろ?」

ダインとニーニアを乗せたカプセルは雲より少し低い位置で上昇を止め、風のレールに乗って空を漂い始める。

「あのときはクラスメイトと話すのにも躊躇いがあってさ、いつも俺かシンシアの後ろに隠れてたじゃん」

四人掛けの狭いカプセル内部を見回してから、ダインはニーニアに笑いかけた。「それがいつの間にか初対面のスタッフに話しかけられるようになってさ」

成長したなと続けると、「そ、そんなこと…」とニーニアは遠慮しだす。

ダインは笑って続けた。「カヤ婆さんがお前の極度の人見知りを改善させたくて、あの学校に通わせたんだろ? あの人の狙い通りだったな」

素直に褒めたつもりだったのだが、何故かニーニアに笑顔はない。

「シンシアちゃんや、ティエリア先輩…ダイン君がいてくれたから…」

俯き加減のまま、彼女は続ける。「私がここにいられるのも、人に話しかけられるようになったのも、私一人の力じゃなくて…私だけじゃ、とてもこうはならなかったと思う…。私には、何の力もないから…」

自虐的に呟くその顔は暗い。

“何の力もない”というのは、明日に迫るダイレゾの救出作戦でのことも含まれていたのだろう。

魔力が低く、力もなくて、シンシアやラフィン、ディエルのような戦闘技術がない。ティエリアのように誰かを守れるほどの力もない。

ダインの役に立ちたいという一心で協力を申し出たものの、こんな自分に何ができるのだろうと考え、力のなさを痛感して落ち込んでしまったのかもしれない。

「私、大して役に立てないかもしれない…足手まといになって、返って迷惑が…」

「違うぞ」

ダインははっきりといって、笑いかけた。「お前は、他の奴らには絶対に真似できないものを持っている」

「真似できない、もの?」

「ああ」

頷くダインは、「それはな…」といって立ち上がり、ニーニアの目の前まで近づいて膝を折った。

そして足の上に置かれていた小さな両手を、包み込むようにして掴む。「この手だ」

「手…?」

「この手で、いままで沢山のものを作ってきてくれたじゃん」

ダインは続ける。「お互いの危険信号が分かるような指輪を作ってくれたり、プノーのときはガスマスクだって作ってくれた。この間作った煙玉も唯一七竜に効果あったんだ。ニーニアが作ってくれたアイテムは、いざっていうときいつも俺たちの助けになってくれた」

「そう…かな…」

「そうだよ。ミレイアとのときにだって、不可視の監視ドローンなんか作ってくれたじゃん。ぬいぐるみもぱぱっと作ってたし、どのアイテムも、俺たちの誰にだって真似して作れるものじゃない」

「前にもいったと思うけど」、ダインはさらに続ける。「ニーニアが思う通りのものを思う通りに作れるのは、俺にはどんなものよりもすごい才能に思う。センスがあって、でもそのセンスに溺れることなく、努力を続けている。はっきりいって尊敬してるんだ。ニーニアのこと」

「そ、尊敬?」

「ああ。俺不器用だから、ものづくりがどれほど難しいか良く知ってる。知ってるだけに、ニーニアがどれほど凄いことしてるか分かるんだよ。派手で強力な魔法や便利な魔法も確かに羨ましく思うこともあるけど、やっぱりニーニアの想像力とかその器用さとか、俺は一番感動してるよ」

「もっと自信を持ってくれ」、そう続けたダインは、あ、と思い出したようにポケットを探り、そこから“あるもの”を取り出した。

それをニーニアに見せながら、「覚えてるか? これ」と笑いかける。

「知り合って間もない頃さ、ニーニアがお近づきの印だっつって俺たちにくれたじゃん」

それは七色に光る、手のひらサイズのリングだった。そのリングには器用なねじりが加えられているため、少し動かしただけでキラキラと光を放つ。

「これだけのものを作り出せるニーニアは凄い奴なんだ。他の奴らがなんといおうと、俺だけはそれを主張し続ける」

だから…と再びニーニアの両手を握り締め、ダインはいった。

「自分には何の力も無いとか役に立たないとか、自分を卑下するようなことはいうな。お前は俺の自慢の友達で、凄い奴なんだよ」

そのダインの言葉が、ニーニアのどこにまで届いたのかは分からない。

だが彼女が涙を浮かべているところを見ると、ダインがいいたかった大方のことは伝わったのだろう。

「…ぐす…」

ニーニアは次第に鼻を啜り始め、ギュッと閉じられた目から次々と涙がこぼれだしていく。

「ありゃ、前に戻っちまったか?」

ダインは静かに笑った。「入学式の日は不安で仕方なかったって、泣きながら俺たちに告白してたもんなぁ」

「うぅ…ぐす…」

「ごめんな」

ニーニアの目元にハンカチを押し当て、涙を拭い取りつつ彼は謝った。「初デートなのに泣かせちまってさ」

ニーニアはすぐにぶんぶんと首を横に振る。

きっと、初めて誰かに認めてもらえたと思ったのだろう。

ダインたちと知り合う前まではずっと一人で、部屋にこもりきりで、ものづくりは好きだけど自分が作ったものを他人に見られることがなかった。

リステニア工房の一人娘として将来の不安もあった中、ダインが凄い奴だといってくれた。

ニーニアの才能を認めてくれて、褒めてくれた。

純粋に嬉しかったのだ。嬉しすぎて、だから泣き出してしまったのだろう。

ダインは彼女の隣に腰を降ろし、そっとニーニアを抱き寄せる。

「遊覧飛行が終わるまで、しばらくこうしてようか」

ダインは静かにいって、その小さな頭を撫で始める。

彼の優しさと撫でられる感触によって、またニーニアは涙が溢れそうになった。

どうにか堪えようとするも、「いまは俺しかいないんだから、堪えなくてもいいんだよ」というダインの声に、また彼女は泣き出してしまう。

彼の手は常にニーニアの頭を撫で続けており、ニーニアを見つめる目はどこまでも優しい。

ニーニアはこのデートにおける“締め”を用意していたのだが、彼女はすっかり忘れてしまっているようだ。

膝枕とキス。

シンシアから早朝デートの詳細を聞いていた彼女は、いつものようにダインを世話させてもらおうと思っていたようだが、それどころではなくなってしまった。

ダインの手の感触も、声も、その表情も、全てがニーニアを優しく包み込んでおり、彼の温もりをただ甘受することしかできない。

その間にも二人を乗せたカプセルはゆらゆらと空中を漂っており、遊覧飛行が終わるまでの約三十分、ニーニアはダインにずっと抱擁されたままでいた。

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