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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百六十九節、不真面目教育

━━特訓四日目。

その日もいつも通りの流れだった。

始めこそシンシアたちは成体になったピーちゃんたちと模擬戦を開始し、真面目に対ダイレゾを想定した戦いを繰り広げていたのだが、ディエルがふざけた瞬間にピーちゃんたちが付き合い始め、シンシアたちも乗じて遊びだす。

そこにサラ、ルシラ、そしてベアちゃんも混じり、広場はまたテーマパークと化してしまった。

笑い転げるシンシアたち。ラフィンが何度注意しても彼女たちは遊びを止めず、ピーちゃんたちのブレスとシンシアたちの魔法、どちらが“優しくできるか”の、逆力比べのようなものが始まっていた。

「はぁ…」

ラフィンはため息を吐きつつ、切り株の前でノートを広げ、勉強“させられていた”ダインの隣にやってきた。

「ねぇ、残り二日よ?」

腰を降ろしつつ、早速愚痴を漏らし始める。「最初はいいけど、みんなすぐにふざけだす。あの子たち、あんな不真面目じゃなかったような気がするんだけど…ほんとどうしたのかしら」

ダイレゾとの戦闘を控えているのに、あまりの緊張感のなさに疑問しかないようだった。

「いったろ。遊び半分でいいって」

と、ダインは答える。「俺の我侭に付き合ってくれてるようなもんなんだし、軍隊ばりの特訓されても、申し訳なく思っちまうよ」

「でも、真面目に取り組むのは安全のためでもあるのに…」

「あいつ等だってそれは分かってるよ」

ダインはラフィンに笑いかけた。「お前から見ればあいつ等は遊んでるようにしか見えないだろうが、何も考えてないわけじゃない。みんなやればできる奴らなのは、お前も知ってるだろ?」

「それ、できない人にいう台詞だと思うんだけど…」

ダインは笑ったまま反論しない。

ラフィンはもう一度ため息を吐き、切り株に置いていた自身のカバンからノートを取り出した。

表紙に“作戦帳”と銘打たれたそれは、開くとびっしりと文字が羅列していた。

それは、新魔法“ミラクリ”に関するものだった。

魔法の使い方…その効果と作用。何から何まで詳細に書き込まれており、まるで論文に匹敵する文字数だ。

魔法一つに、何をそんなに書き込む必要があるのか。きっとラフィンのノートを見た人たちはそんな感想を抱くだろう。

一般的に使われる魔法━━“聖力魔法”というものは、“詠唱”の部分に魔法の効果が詰め込まれており、召喚された存在が自動的に、その唱えた魔法の効果を発動してくれる。いってしまえばそれは、完成された効果が詰められた、“パッケージ型魔法”と表現するに等しいもので、当然ながら何も考える必要はなく、ただ詠唱するだけでいい。

対して、“ミラクリ”の魔法は無から有を作り出す魔法なのだ。魔法の効果を全て想像力と演算で補完し、発動に導かなければならない。

それはとてつもなく頭を使う作業で、だからラフィンはこれまでに試したミラクリの魔法の詳細をノートに書き留めていたのだ。

効果名からイメージする図解まであり、対象物にどのように効果を及ぼすかの計算式、物理演算、それは実用的かまで書いてある。効果の複雑なものには、ノートの端から端まで説明書きで埋め尽くされていた。一見するとレシピ帳のようだ。

冗談ではなく本当にページが真っ黒になりそうなほど、文字や数字、図画で埋め尽くされていたので、ダインは思わず「うわっ」と声を出してしまった。ぶっちゃけ若干引いていた。

「何よ?」

「いや…それ全部書いたのか?」

「当たり前じゃない」

いまどき携帯でも文字を楽に書き起こせる時代だというのに、ノートに書かれてあるのは全て手書きだ。

「お前…すげぇな…」、ダインは素直に感心するしかない。

「一度試したものは、覚えているうちに全部書いておかないと、また同じ魔法創っちゃうこともありそうだからね」

ラフィンは天才の上に努力家だ。エレンディアの証の保有者という立場に驕ることなく、常に上を目指すその姿勢は見上げたものだ。

魔法に関するコンクールを総なめにしているのも、他の奴の追随を許さないほどの聖力を備えているのも、彼女自身の努力の賜物といってもいいだろう。

ラフィンは地道な努力家なのだ。いかにも真面目な彼女らしいもので、そこはダインも見習うべきところだろう。

だが…

「う〜ん…」

彼は思わず唸ってしまう。眉間に皺が寄せられた表情は、どこか思い悩んでいるようだ。

「どうしたの?」

ラフィンが気になって声をかける。

「いや…」

続く言葉を飲み込んだダインだが、やはり我慢できずに呟いてしまう。

「そういうとこなんだよなぁ…」

「何が?」

ラフィンは本当に何も分かってなさそうな表情をしており、ダインは「いや」ともう一度何でもないと首を横に振った。

「それより、今日はいっぱいだぞ?」

話を逸らせる。

「いっぱいって?」

「人が」

「え?」

ラフィンが何のことだといったところで、また新たな人影が広場に降り立った。

見た目にも華やかな“おば様”たちだ。

「まぁ、いいところですねぇ」

周囲を見回し、そういったのはティエリアの母、マリア。

「少し暑いけど、ピクニックには最適の場所でしょ?」

そう声をかけたのはダインの母、シエスタ。

「暑いけど山の中だから空気が冷たくて、一気に気分が良くなるわねぇ」

ニーニアの母、シディアンもいて、彼女は手に持っていたバスケットをダインと同じ切り株の上に置いた。

「あ、お手伝いします」

と手伝いを申し出たのはシンシアの母、マミナ。

ダインたちの練習場に、とうとう彼女たち…ママ友たちがやってきてしまったのだ。

口をあんぐりさせたまま、ラフィンは固まっている。彼女にしてみれば、シエスタたちは珍客以外の何物でもない。

「わー! ままたち、どうしたのー?」

ルシラが早速駆け寄ってきた。

「私たちもピクニックしたくてね」

シエスタはそう答え、切り株の上にショートケーキやプリン、クッキーにチョコレート菓子を並べていく。

「また増えたなぁ」

ダインは呑気な口調で笑った。「もう練習どころじゃねぇな、こりゃ」

「な、何いってるのよ!」

ダインにぶつかるほど身体を寄せ、ラフィンは彼を睨む。(もういい加減にしてよ! これじゃ何もできないじゃない!)

「つっても、母さんたちに帰れなんていえないしなぁ」

(だからって…!)

「ねぇねぇ! ダイン君とラフィンちゃんも遊ぼうよ!」

いつの間にか近づいていたシンシアがいった。「ニャーちゃんの氷のブレスにピーちゃんの火のブレスをぶつけると、シャワーみたいになってすごく綺麗なんだよ!?」

「い、いや、私は…」

ラフィンは遠慮しようとするものの、

「み、みんな! ガーちゃんすごいよ!」

と、ニーニアまでやってきた。「地属性のブレスって、砂から大きな岩を作れたりするんだよ! それで好きな形に変えられるようでね、それがすごい出来で…!」

「み、みなさん! ヒョーさんの毒属性ブレスが、枯れ木についていたキノコ類を成長させる効果があったようで…!」

ティエリアも興奮した面持ちでそういってきて、さらに「ね、ねぇ!」ともう一人、ディエルが追加された。

「ベアちゃんってものすごく動きが素早いんだけど!? あんな図体してるのに、反復横飛びで残像が出るなんて、あの子一体何者よ!?」

ダインとラフィンの間にシンシアたちが集まっており、ピーちゃんたちの驚愕の能力を見てもらおうと騒いでいる。

ねぇねぇと、ラフィンの制服を掴んで引っ張っており、やがて俯き加減でいたラフィンの手がわなわなと震えだした。

「…私が…こんなに…真面目に取り組んでるのに…あなたたちときたら…」

ペンから手が離れ、そのまま振り上げられる。

そして、バンッ!、とノートを叩いた彼女は勢いをつけて立ち上がった。

「もういいっ!!」

そう叫んだ。

何事かと、ママ友たちや、ピーちゃんたちもラフィンに顔が向けられる。

「もういいわ。もう分かった」

注目を浴びながら、ラフィンはキッとダインを見下ろす。

「こうなったからには、私は徹底的にやらせてもらう」

宣言した。「シンシアたちはふざけるばかりで、あなたはこの空気に慣れろという。そこまでいうのなら、いいわよ。やってやろうじゃない」

「お?」

「徹底的に遊んであげるわよ」

そういって、いつの間にやら手に持っていたハチマキを頭に巻いた。

その白いハチマキには、誰が書いたのか可愛らしい字で、“くう、ねる、あそぶ”と書いてある。

「ダイン。後悔しても知らないから。あのとき真面目にやっておけばなーなんて、後になっていわないでよ」

そういって、彼女はシンシアたちに身体を向ける。「さぁ! 何して遊ぶの!?」

その顔は怒ってはいるが、しかしとことん遊びに付き合ってやろうという気合に満ちていた。

彼女の“覚悟”をきいてシンシアたちはわっと顔に笑みを広げ、ラフィンの手を取ってピーちゃんたちのもとへ走り出していく。

そうしてラフィンも交えての本格的な遊びが始まった。

「…驚いた」

呆然と立っていたディエルが呟く。「まさかあいつが自ら“遊ぶ”って言い出すなんて…」

「な? いったとおりだろ?」

ダインは切り株に頬杖をついて、彼女に笑いかけた。「あいつは素直な奴なんだよ」

「というか、投げやりな感じに見えたんだけど…」

「それでもいいんだよ。要はあいつが自分から進んで遊ぶっていう意思を持ってくれたら、その段階で成功なんだ」

「成功するかどうかは、これからじゃないの?」

「そうだけど、ああなってからは成長も早いだろ」

遠くでルシラと一緒のダンスをさせられているラフィンを、ダインは満足げな表情で眺めている。

ディエルも同様に眺めていたが、「というか、あのハチマキはなんなのよ?」気になってダインにきいた。

「あいつが作ったものじゃないんでしょ?」

「ルシラがな。ラフィンとどうにかして遊びたくて作ったんだと」

「…面白いわね」

言葉どおり、ディエルは口元に笑みを浮かべる。「食う、寝る、遊ぶって、普段生徒会でばりばり働くあいつとは正反対の言葉じゃない。それを頭に巻いて遊んでるだなんて、写メに収めてサリエラさんにでも見せ付けてやりたいわ」

「いいんじゃないか? あの人だったら、泣いてネタにしそうだし」

ダインと笑いあっているところで、「ちょっといいかしら?」とシエスタが割り込んできた。

「ねぇ、ディエルちゃん」

「え? あ、はい」

「ディエルちゃんのお母さんって、どんな人?」

シエスタがそう尋ねだす。

「ど、どんな人?」

「簡単なものでいいから教えてくれない?」

尋ねるシエスタの周囲には他のママ友たちがいて、やけに興味津々な視線を向けている。

「いやいや、待て待て」

シエスタの意図を読んだダインが間に入った。

「ママ友に引き込みたいって魂胆が丸見えじゃんか。ディエルにはディエルの家庭の事情があるんだし、そうずけずけ聞いていいもんでもねぇだろ」

ディエルに配慮を寄せたダインだが、「きくだけなら問題ないでしょ?」とシエスタも引かない。

「それに、あなたが連れて来たお友達はみんないい子ばかりで、ご親族の方々も愉快な人ばかりなんだもの。きっとディエルちゃんのお母さんだって、愉快で楽しい人に違いないわ」

後ろにいるママたちは何度も頷いている。

「いや、そうはいってもな…」

マネージャーばりに断ろうとしたダインだが、「いいの」とディエルがいってきた。

「確かにみんな楽しげなんだもの。お母様におば様たちのことを話したら、きっと自分も話してみたいっていうはずよ」

「いや…そうなのか?」

「ええ。だって“私の”お母様なのよ?」

ディエルはにやりと笑う。「こんな楽しそうなこと、どうしてもっと早く教えてくれなかったのって、逆に怒られるかもしれないわ」

「あら、じゃあ…」

シエスタたちの表情に期待が浮かぶ。

「話してみます」

彼女たちの期待に応えるため、ディエルはいった。「ですがお母様もなかなか忙しい人なので、いますぐにというわけにはいきませんが、近いうちに必ずお話できると思いますよ」

「それは楽しみですね!」

マリアがいい、「ディエルちゃん、良かったらあなたのママのプロフィールだけでも教えてくれないかな?」とシディアンがきく。

「え〜とですね、まずは簡単なものからで…」

ディエルはいつの間にかママ友の輪の中に入れられており、お菓子を食べながら談笑している。

遠くではシンシアたちが未だに遊びに興じており、中でもラフィンの張り切りようが鬼気迫る勢いだった。

もう吹っ切れてしまった彼女は、全力で遊ぶ気でいたのだろう。ピーちゃんたちの追いかけっこには本気で付き合い、ベアちゃんがじゃれてきても本気でじゃれ返している。

シンシアたちも乗じてラフィンにちょっかいをかけだしたが、ラフィンはそれすらも真正面から受け止め、くすぐり返していた。

「あははははは!」

夕方に近い青空に、シンシアたちの大きな笑い声が響き渡る。

再びノートに向き合ったダインは、その賑やかな声をBGMにしながら勉強を再開した。



━━約一時間後。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

ラフィンは原っぱの上に大の字になって寝そべっていた。

その制服には多量の葉っぱや砂、さらにベアちゃんの体毛やピーちゃんたちの鱗まで付着している。

「大はしゃぎだな、ラフィン」

心行くまで遊び倒したようなラフィンの姿に、ダインは上から笑いかけた。

「ラフィンちゃん、すごかったよぉ…」

彼女の近くにはシンシアたちもいて、同じく肩を上下させながらへたり込んでいる。

全員遊び疲れてぐったりしているようだ。ルシラはすでにエネルギー切れを起こしており、談笑するシエスタの膝で眠っている。

「ぜぇ…ぜぇ…き、きたわね…ダイン…」

ラフィンはダインの姿を確認するなり、のそりと上半身を起こす。

「もう、とことん…付き合ってあげるんだから…はぁ、はぁ…そ、それで、次の遊びは!?」

彼女はもう気力だけで動いているようだった。

ダインの遊びにも付き合う気でいたようだが、「いや、もう時間的に無理だろ」とダインは笑う。

空は赤く染め上がっていた。あれだけ明るかった太陽は西に落ちており、遠くでは夜の訪れを知らせる鳥が鳴いている。

「明日に持ち越しっていうわけね…」

ダインから栄養ドリンクを受け取りながら、ラフィンはいった。「こうなったからには、もう明日もずっと遊び倒してやるんだから」

何とも勇ましいラフィンだが、ダインは「いや」と首を横に振った。

「明日は何もしないよ」

そういった。

「え?」

シンシアたちも意外そうな反応を示し、そんな彼女たちに向けて、ダインはいう。

「決行日は明後日だからな。だから本番に備えて、明日は休息日にしよう」

「きゅ、休息?」とラフィン。

「ああ。休息だ」

「練習らしいことはほとんどやれてないのに?」

「思い切り遊んで疲れてんじゃん。明日はみんな学校が休みなんだし、十分に休息をとって体力回復しといてくれ」

「え、えぇ…?」

ラフィンは、本当にそれでいいのかという表情だ。

しかしシンシアたちは、「休息だって…」と何故かお互いの視線を交差させる。

無言のまま頷き、そして「はいはいっ!」とシンシアが手を上げた。

「お休みならお休みでいいんだけど、それなら私“たち”から一つ提案があります!」

「うん? 何だ?」

「実はこの“機会”が訪れたら絶対にやりたかったことで、ダイン君に用事がなかったらお願いしたいんだけど…」

「やりたかったこと…」

疲れきった彼女たちだが、ダインを見上げる目はどこか輝いている。

「それはね…」

そのままシンシアが持ち出した“提案”は、ダインを驚愕させる。

が、その可愛らしい案は、さすがにダインも断れるものではなかった。

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