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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百六十六節、ランチタイム(ジャスティグ邸)

大きなテレビ画面の中では、巨大な刀を携えた“サムライ”が襲いくる敵を薙ぎ倒している。

「うん、いい動きだね!」

コントローラーを握り締めつつ、ダインの隣にいたゴディアがいってきた。「やっぱりダイン君にはゲームの才能があると思うよ」

「いや、そういってくれるのはありがたいんすけど…」

ジャスティグ家のリビングだった。小奇麗な室内にはゴディアの趣味であるゲームソフトが沢山並べられていて、ダインは彼のゲームにつき合わされている。

朝から数時間。一緒にクリアしたゲームはもう三本目になる。

ティエリアはとっくに登校しているため、咎める人もいない。

「本当は学校いってなきゃいけないのに、ゲームしてるってのはちょっとした罪悪感が…」

「まぁいいじゃないか。君はそれだけ頑張ってきてるんだし」

ゴディアはそういって、サンドイッチを口にする。「ん〜、ママ、今日も最高だよ!」

振り返ってマリアに笑いかけるが、昼食の準備を進めるマリアは申し訳なさそうだ。

「すみません、ダインさん。お父さんが、どうしてもあなたとクリアしたいゲームがあるんだってきかなくて」

そういいつつ、彼女はダインとゴディアの間にあるテーブルに飲み物を置いた。

「それはまぁ、いいんすけど…」

用意してくれていたサンドイッチをご馳走になりながらも、ダインは困惑気味に呟く。「話をするために来たつもりなんすけどね…」

さっきからゲームしかしてない。

「はは、分かってるよ」

そのときゴディアが愉快そうに笑った。「ダイレゾのことだよね?」

本題に入ると長くなってゲームができなくなると思い、先にやっておきたかったと彼は自白した。

「まだ時間はあるし、ゲームしながらでもいいなら、何でも答えるよ」

彼の言葉を聞いていくつか質問が浮かんだダインだが、

「その前に、ひとつききたいんすけど」

と、彼は別の質問を彼に投げかけた。「ソフィル様はどちらに?」

ジャスティグ邸に来る前に神殿を覗いてきたが、誰もいなかったとダインはいった。

「多分会議中だよ」

答えるゴディアは、やや眉を寄せて困ったような表情だ。「何やら揉めてるらしくて、当分謁見はできないんじゃないかな」

何の会議をして揉めているのか。

ある程度予測できていたダインは、「ああ、やっぱりっすか」、とゲームを続けながらいった。

ダインもゴディアも、お互いの情報は一致している。

だからダインが何をききにここに来たのか、分かっていたゴディアは、「恐らく週末だよ」、とあえて主語を逸らせていった。

「週末?」

「うん。会議は揉めてるけど、“向こう側”が決めた討伐日は週末で、その通りになるだろうって、ソフィル様直々に、親書が私のところに届いてね」

「なるほど…。前にティエリア先輩からきいていた通りっすね」

画面内の操作キャラクターが全回復したので、ダインとゴディアは再びフィールドへと繰り出した。

「流れでききたいんすけど」

コントローラーを操作しながら、ダインはきいた。「絶界メビウスって、どういうところなんすか?」

「何もない、だだっ広い平野だよ」

ダインの質問の意図を理解していたゴディアは答える。「障害物もモンスターもいないから、戦うには最適な場所だね」

「アレを倒すのはガーゴの役目っすけどね」

ダインはそういって、また別の質問を寄せた。「封印地の具体的な場所ってどこになるんすかね?」

「この地上のどこにもない、まったく別の空間にあるよ」

自機キャラを派手に動かしながら、ゴディアはいう。「現世とは隔離された世界を作り、そこにメビウスという島を丸ごと封印してあるんだ」

「丸ごとっすか」

「うん」

「規模がでかいっすね」

「動物でも何でもそうだけど、狭い場所に閉じ込めたら大抵暴れちゃうからねぇ」

確かに、彼のいう通りだろう。ダインもこれまで何度か実際の七竜を見てきたが、どれも解放された瞬間に暴れまわっていた。

「メビウスの解放が実行されたときは、どこに出現するんすかね?」

ダインの質問は、どれも同じゴッド族ですら話せないような、トップシークレットのものばかりだ。

本来なら話すべきことではなかったのだが、ダインは十分すぎるほど信用に足る人物であったので、ゴディアは簡単に答えた。

「外だね。ガーゴの軍勢をバベル島の中には流石に入れられないから」

「外?」

「ああ。バベル島近くの海域にメビウスを出現させる運びになってるよ。それも封印されたままでね」

「もうそこまで決まってるんすね」

「ソフィル様の話によると、会議の結果がどうあれ、連中は乗り込んでくるつもりでいるらしいからねぇ」

困ったようにゴディアはいう。

ダインはまた昨夜のように怒りが湧いてきたが、ジュースを飲んで気持ちを落ち着かせた。

「ちなみに具体的な決行日はいつぐらいか分かります?」

「多分、五日後かな」

テレビの横にあるカレンダーに視線を移し、「五日…っすか」、ダインは難しそうな表情で唸った。

唸るのも無理はない。ダイレゾ救出作戦の詳細についてはまだ何も決まってないのだから。

例の新魔法についても、昨日ラフィンが会得したばかりだし、自在に扱えるようになるには練習を積み重ねる必要がある。

その上実験と称した模擬戦も必要だろうし、シンシアたちの対ダイレゾを想定した修行も必要だろう。

五日後がタイムリミットだと考えると、余裕はほとんどないといってもいい。

ダインが唸りながら悩んでいるところで、

「あまり無理しないほうがいいよ?」

突然、ゴディアがいってきた。「いくら君でも、やれることに限界はある。失敗していいものでもないんだし、やらないという選択肢もあるんだよ?」

それは、ダインを心配しての台詞だったのだろう。

「君のことだ。作戦に百パーセントの安全がないと分かったとき、あの子たちに嘘をついてでも行かせないつもりなんだろう? そして君一人で助けに行くつもりなんだよね?」

ゴッド族だからなのか、それとも人の親という経験によるものなのか、全てを見透かされていたようだ。

「娘のティエリアもそうだと思うけど、きっとそんなことをしたらみんな怒ると思うなぁ。もちろん私だって反対する。命に関わるような危険なことはして欲しくないからね」

昼食の準備を終えマリアもサンドイッチを食べているが、椅子にかけている彼女は静かに夫の話に聞き入っている。

「相手は死のドラゴンだ。娘たちを危険に晒したくないし、もちろん君も死なせるわけにはいかない。ダイレゾのことは可哀相だとは思うけど、どちらの命が大切かは、私もマリアも考えるまでもないことだよ?」

そもそも、そこまでの危険を冒してまで助けに行く必要があるのか、というのがゴディアの持論だった。

五日間何もしなければ、ダイレゾは確実にガーゴに屠られる。

その前にダインたちが助けにいくと、相応のリスクが伴うことになる。

正直いって、全くの安全はない。救出か見捨てるか、悩ましい問題かもしれない。

しかし、ダインの答えは考えるまでもなく決まりきっていた。

「助けますよ。必ず」

一切の迷いのない表情だった。「みんな一緒にいたいっていう、あいつらの声を聞いちまった以上はやるしかない」

「でも…」

「ええ、もちろん安全にです。俺だって別に死にたいわけじゃないし、危険なところに好き好んで突っ込んでいるつもりでもない」

それに、と彼は続ける。

「これは、守人であるゴディアさんのためでもあると思うんすよ」

マリアは不思議そうな顔になる。対して、ゴディアは少しぎくっとしたように動きを止めた。

「どういう、ことかな?」

ゲーム画面内では、彼の操作キャラが棒立ちになっており、敵の攻撃をくらいまくっている。

「遅ればせながら…っていうのも変な話かもしれませんが、一応、守人の役目について一通り調べてきました」

ゴディアが操作するキャラクターを助けつつ、ダインはいった。

「不測の事態によって七竜が“外”に出た場合、その全責任は守人一人が請け負うことになっている」

条約もあって守人に関する文献は乏しいが、その限られた資料の中で最も重要な項目を、ダインは見つけ出していたのだ。

「“決死救済規約”…命を賭してでも七竜の捕獲、保護に務めなければならない」

え、とマリアが思わず立ち上がったのはそのときだ。

「当時の混乱期は、七竜によって何百、何千万と被害を受けましたから」

そのマリアに向け、ダインはいった。「可能な限り被害を抑えるよう、比喩でもなんでもなく、命を使って封印すべしという役割が与えられているんです、守人には」

ゴディアは珍しく困り果てたように頭を掻いている。

「当然ながら相応の保障や遺族へのケアもあるそうですが…そのリアクションを見る限り、マリアさんは何も知らされてないっぽいっすね」

「こ、困るなぁ、ダイン君。そういうことは、男同士になったときに話したかったんだけど…」

焦るゴディアに小さく笑いかけ、ダインはコントローラーを操って、お互いの操作キャラを安全地帯へ移動させた。

「いくら秘匿すべきことだとしても、奥さんや子供にまで隠していいことじゃないっすよ。命に関することなんすから。もしかして最後まで何もいわないでいるつもりだったんすか?」

「そ、それは…」

ゴディアは気まずそうにするばかり。

「あなた…」

マリアは彼のすぐ隣まで近づいていた。

その表情は責めているわけでも怒っているわけでもなく、驚愕と不安が入り混じったものだ。

当然だろう。愛する夫が、もしかしたら死ぬかもしれないときかされたのだから。

「何となく分かりましたよ」

寄り添う二人に向け、ダインは笑う。「どうしてソフィル様がティエリア先輩に声をかけたのか。いまも懇意にしてもらっているのか。後ろめたさがあったからなんすね」

マリアはハッとしたような表情になる。

ダインは続けた。「まぁ後ろめたさがあったっていうのは単なるきっかけで、その後あの二人は親子みたいに仲良くなったようですし、ティエリア先輩の優しさとか可愛らしさにソフィル様もやられたとは思うんすけどね」

そのとき、はぁ…とゴディアから息が漏れる。

「こんなこといいたくはなかったんだけど、本当はダイン君と話すときはいつも少しばかり緊張していてねぇ」

突然関係のない話を始めた。「私の本心を暴くんじゃないか。核心を突いてくるんじゃないかって、びくびくしていたんだよ」

「別にそんなつもりはないんすよ?」

ダインはまた笑った。「ただ、ゴディアさんって変に取り繕おうとしているときがあるから、何でだろうって」

「私の態度の問題だったか…」

ゴディアはお手上げだというリアクションで笑っているが、マリアは心配そうな表情でその横顔を眺めていた。

「大丈夫っすよ」

そんな彼女に向け、ダインはいった。「そういった心配事も消し飛ばすつもりなんで」

単に彼らを安心させるためだけにいったものではなかった。

「ダイレゾを救出した後、ガーゴが失敗しないか見張っておきます。いざとなれば俺が出て対処します。だからゴディアさんの守人としての役目は、五日後に終了ですね」

笑いかけるダインに、「どうしてそこまでしてくれるのか、訊いてもいいかい?」とゴディアが問いかけた。

「七竜を全て救いたいっていうのもあるんすけど…」

答えるダインは、やや照れくさそうに頬を掻く。「まぁ…大切な人たちを悲しませたくないから、っすかね」

もはやダインにとって、ティエリアという存在は家族同様、大切な人なのだ。

そんな彼女たちの親族もダインには大切な存在で、だから何が何でも守りたかった。

しかし守りたいといっても、今回の問題はそんなに簡単なことではない。

「はっきりいって、いまの段階じゃダイレゾを安全に助けられる自信はないです」

正直に、彼はいう。「救助方法や安全面とか、不安要素が多すぎる。どんな方法にしろ、ダイレゾが相手ですから危険がないはずはありませんが…でも、必ずやり遂げます」

自信に満ちた顔だった。「なに、こっちにゃ極めて有能な、根性のある連中が揃ってますからね。俺たちが本気になればどんなことでも可能になる」

だから安心してくださいと、彼は続けた。

「誰も不幸にならないようにしますんで。絶対に」

ぽかんとした表情でダインを見ていたゴディアは、やがて「ははっ」と笑い出す。

「娘のこと、どうかよろしく頼むよ」

突然そういってきた。

何のことか分からず、「ん?」と不思議そうな顔になるダインだが、

「いやぁ、君と娘の子供だったら、きっと滅茶苦茶可愛くて優しい子に育つんだろうねぇ。なぁマリア?」

「ふふ。そうですね」マリアまで朗らかに笑っている。

「いや、何の話…」

「正直いって不安はあったんだよ」

急に真面目くさったように、ゴディアはいった。「ダイレゾの守人という立場に恐怖心もあった。妻と娘ができてからは特にね。私がいなくなった後の妻と娘のことを考えると、不安で眠れない夜もあった」

ゲームを完全に中断していた彼は、「でも…」とダインを真っ直ぐに見る。

「不思議なものだよ。君から大丈夫と聞いた瞬間、あれだけ恐怖や不安に苛まれた心が吹き飛んでしまったようだ。その上、孫のことまで考えられるようになるなんてね」

何とも気が早い話だった。ダインは、「孫どうこうはまぁ、アレっすけど…」と発言を控える。

「でも、今回ここに来させてもらったのは、そういったゴディアさんの不安を払拭したい狙いもありましたから、良かったっすよ」

そういって、ダインは改めて彼らに宣言した。

「どうあれダイレゾは助けます。その上で、誰も傷つかせない。ゴディアさんの守人としての役目も解放して、七竜討伐作戦なんてものは早期に終わらせます。ま、見ててくださいよ」

何とも軽いノリだった。「お礼の一つだとでも思ってください」

「お礼?」

「はい。この美味すぎるサンドイッチの」

用意してもらった昼食を全て平らげ、「ごちそうさん」とダインは両手を合わせた。

「さて、じゃあここからは俺の本題です」

改まって、ゴディアに身体を向けた。「本当ならソフィル様に頼むのが筋なんでしょうが…守人であるゴディアさんに直談判します」

「おや?」

彼ははっきりと、守人のゴディアに頼み込んだ。「お願いします。“絶界メビウス”に入らせてください」

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