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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百六十五節、ランチタイム(学園)

「ちょ、ちょっと待って、ラフィンちゃん」

シンシアが慌てたように遮る。「え〜とつまり…どういうこと?」

彼女は困惑した様子で、周りにいるディエル、ニーニア、ティエリアも同様に表情に疑問を浮かべていた。

昼休みの時間だった。

今日も今日とて体育館裏に集合して昼食を取っていたのだが、全員食べる手が止まってしまっている。

というのもラフィンが興奮気味に昨日の新魔法のことを話し出したのだが、その内容にそろそろみんながついていけなくなってきたようだ。

「簡単にいうと、魔法を創れるようになったの」

ラフィンは丁寧に説明を始めた。「無属性の魔法力を使えば、ある程度頭は使うけど思い通りの魔法を創れる。魔法の“効果”を創れるっていったほうがわかりやすいかしら」

「思い通りにっていうのは…制約がないっていうこと?」

ニーニアが尋ねる。「創造魔法みたいに物を作り出せたり、人や物体を別の物に変化させたりできるっていうこと? マンガみたいに…」

「理論上はね」

ラフィンは頷いた。「ただ、複雑であればあるほど想像力がいる。それに能力アップのような効果維持系統の魔法や、その効果範囲によっても相応の想像力と魔法力が必要だから、何でもっていうのは少し語弊があるかもしれないわ」

「で、ですけど、すごいですね!!」

ラフィンの説明で徐々に理解が進んだティエリアは、目を丸くしていった。「“再現不可能魔法”をさらに越える魔法が使えるとは…! これはひょっとして、魔法学の歴史に名を残すほどの偉業なのでは…!?」

ラフィンと同じく興奮した様子の彼女に、「あ、いえ、ですが大々的に発表するつもりはありませんよ」とラフィンは手をひらひらさせた。

「ダインがいてこその魔法ですし、注目されるのは嫌がるでしょうし、彼。そもそもいったところでみんな信じないと思いますし、実際にやってみせたところでうそ臭いだのインチキだのいわれそうですしね」

自分でやっておきながら、誰も信じてくれないだろうとラフィンは笑っている。

だが彼女が嘘をついているだなんて、シンシアたちの誰一人も考えていないのだろう。

「具体的にどんな魔法にしようか考えてあるの?」

シンシアが話を進めた。「シンプルに考えれば束縛形の魔法にするか、いっそのことダイレゾ自体を別の可愛い動物に変化させちゃうとか?」

「何にするかはまだ思案中よ」

食べきれないおかずをシンシアの弁当箱に分けながら、ラフィンはいった。「そもそも七竜であるダイレゾに新魔法が効くかどうかも分からないし。だからまずはどんな魔法であれ、練習を重ねて効果を上げて、七竜に効くかどうかの実験も繰り返さないとね」

「実験って、どうやるのよ?」とディエル。

「ピーちゃんたちが協力してくれるっていってたから、頼んでみようと思う。時間はないから、今日にでもね」

「あ、じゃあ私たちもいっていい?」

早速同行しようとするシンシアに、「ええ、もちろん」とラフィンはにこやかにいった。

「というかあなたたちの協力がなければこの魔法は成功しないわ。どんな魔法がいいのか、一緒に考えましょ」

「わー! いいね、楽しそうだよ!」

シンシアは沸き立ち、ニーニアもティエリアも笑顔になって、どんな魔法にしようかと相談を始める。

そんな中、ディエルだけはラフィンの顔をジッと見ていた。普段口うるさい彼女なのに、不気味なほどに大人しい。

「何よ?」

視線を感じてラフィンは顔をディエルに向ける。

「一つ気になってることがあるんだけど」

焼きそばパンをかじりつつ、ディエルはいった。「昨日、ダインと何かあった?」

…約五秒、間が空いた。

「…は?」

遅れて疑問の声を出すラフィンの表情は、どこかぎくりとしたように固まっている。

「この術法を開発したのは昨日なのよね?」

ディエルはラフィンにずいっと迫った。「ダインと“協力”して無属性の魔法力を生み出したと。つまり吸魔されたってことでしょ?」

「ぐ…」

ラフィンの表情が歪む。

どうしてコイツは、こういうときだけ名探偵ばりに鋭くなるのだろうか。

そういいたかった台詞を慌てて飲み込み、根性で感情を消した。

「…魔法力循環のことをきいて、思いついたから実験に付き合ってもらっただけよ」

無感情にいった。「純粋な興味で吸魔してもらっただけ。それ以上でも以下でも…」

「ほんとに?」

ディエルがラフィンの目前まできていた。「ほんとーに、何もなかったの?」

心の中を覗きこんでくるような視線だった。

「な、ないわよ」

若干動揺しつつも、ラフィンは平静を装う。

「エレンディア様に誓って?」

「え、エレンディア様に誓って」

そう答えても、ディエルはいまひとつ納得していないようだった。

「ふーん? ほーん?」

ディエルがさらに迫ってくる。

「ちょ…! な、何よ、もう…! 近い!」

ラフィンが仰け反ってもディエルは顔を寄せてきて、まるで抱きつこうとしてくるかのようだ。

そうしてラフィンの耳元にまでディエルの口が寄せられたとき、

「…好きよ」

と、ディエルが囁いた。

「な!? ぁ…!?」

目を見開いたラフィンの心臓は思い切り跳ね上がり、顔が一気に赤く染め上がっていく。

まさか“昨日のこと”を見られていたのではと、ラフィンの警戒心はマックスになったが、

「…なんてこと、ダインにいったんじゃないでしょうね?」

ぱっとラフィンから離れ、ディエルは可笑しそうにいった。「ま、とはいっても奥手なあなただから、有り得ないとは思うけど」

どうやらいってみただけのようだ。

「もー、お行儀悪いよ、ディエルちゃん」

いつもの悪ふざけだと思ったのか、シンシアたちはさして気に留めてない。

「ご飯のときぐらいは、お行儀良くしてたほうがいいよ?」

ニーニアも咎めだし、「ごめんごめん」とディエルはまた笑った。

「何だかラフィンが変に動揺してるもんだから、何かあったんじゃないかなって思っただけでね」

そういって再び食事を再開するが、昨日の“出来事”を思い出してしまったラフィンは真っ赤なまま固まってしまっている。

その僅かな“隙”を見逃さなかったのも、やはりディエルだった。

「…ラフィン?」

「え、な、なな、何?」

動揺しまくっていたラフィンは見るからにおかしな動作で返事をしてしまう。

明らかに“何か”を思い出しているような素振りに、「え…まさか…」ディエルの表情は驚愕に染まっていく。

「図星…?」

「な、何いって…! そ、そんなわけないでしょ!」

否定の声がやけに甲高い。

ラフィンとディエルは腐れ縁だ。だから、微妙な変化でもラフィンが何を考え思い出しているのか、ディエルには少なからず伝わった。

「あ、あなた、本当に抜け駆けを…!」

「そ、そんなわけないって! もういいの、その話は!!」

無理やり打ち切ったラフィンは、「そんなことより、何の魔法を創るかの話をしましょうよ!!」とテーマの舵を切る。

「えと、シンシアがいってた通り、束縛か変化系の魔法がいいんじゃないかなって考えてるんだけど…」

会話の主導権を握り、シンシアたちに相談を始める。

そんな彼女を、ディエルはパックジュースのストローを咥えつつジト目で睨んでいた。

「どこまでいったの?」

そう尋ねだす。

しかし完全に無視を決め込んでいたラフィンは、「みんな、意見を頂戴」とシンシアたちを見回した。

「私は変化系の魔法がいいな! 犬とか猫とか、可愛いのに変身させちゃおうよ!」とシンシア。

「キス?」

またディエルが割り込んでくるが、

「変化ね。ニーニアは?」とラフィンはニーニアに顔を向ける。

「あ、わ、私もそれがいいかな。可愛いのに変化させることができたら、怖くなくなると思うし」ニーニアはディエルを気にしつつも一応答えた。

「ねぇ、キスまでいったの?」

諦めずディエルは割り込もうとするも、それもラフィンは無視する。

「ティエリア先輩はどうですか?」

「まさかその先!? ねぇ、キスの先までいったの!?」

「わ、私は、ダイレゾを救出しやすいよう、束縛系統の魔法がいいかと…」

「下着になったの!? ねぇ!? パンツ見せたの!?」

「なるほど、束縛もいいですね…」

「許さないわよそんなの! パンツ見せてダインを獣にさせて、そのデカパイを使って揉ませたり押し付けたりむしゃぶらせ…!」

興奮するディエルの顔面に、突然ラフィンの手が覆いかぶさった。

「ちょっと黙っててくれない?」

その顔は笑顔だ。

が、ディエルの顔面を掴む手には血管が浮き出ており、ギリリ…と音が出そうなほど力んでいるのが分かる。

「いだだだだだ!!」

あまりの激痛にディエルは悲鳴を上げている。

「いま大事な話をしてるの。下品な会話は生徒会長として看過できないわよ?」

「あぎゃあああぁぁぁ!!」

「特にあなたは副会長なんだから、品のある話し方をして。分かったの? ねぇ?」

「はいはいはいはいはい!!!」

ディエルが何度も頷いたところで、ラフィンは手を離した。

「まったく…ほら、あなたの意見は?」

気を取り直し、ラフィンはディエルにもきいた。

「うぅ…な、何でもいいの?」

「ええ。採用するかどうかは別だけど」

「じゃあ、う〜んと…」

考え込みながら、何故かラフィンから距離をとっていくディエル。

突然「あっ!」と声を上げた彼女はいった。

「おっぱいおっきくする魔法がいいわね!!」

「…は?」

一瞬でラフィンのこめかみに青筋が浮いた。

顔が険しくなっていくラフィンに向け、「私もラフィンとシンシアみたいな“武器”が欲しいの」ディエルは果敢にも続ける。

「名づけてパイパイマシマシ魔法よ!!」

「…あのね、いま真面目な話してるの」

「あなたこそ、真面目に答えてくれないじゃない。どこまでいったのよ」

また話を戻すディエルに、「だ、だから、その話はもう終わったって…」ラフィンはしどろもどろになる。

「ちゃんと答えてくれないと、どこまでも追及するから」

「何もなかったっていってるでしょ?」

「嘘つくんじゃないわよ! この抜け駆けムッツリエロエンジェ!!」

ラフィンが凄まじいスピードでディエルに近づき、再びアイアンクローをお見舞いしようとする。

が、ディエルはすかさず上体を逸らし、食後のお茶を啜っていたティエリアの背後に回った。

「ひゃわっ!?」

「てぃ、ティエリア先輩、いじめはよくないと思いませんか!?」

彼女を盾にしたまま、ディエルは続ける。「生徒会長なのにいじめ! しかも副会長の私に! これはいじめの上にパワハラですよ、パワハラ!!」

「…ディエル、顔を出しなさい」

ラフィンは冷たい表情で見下ろしている。

「ま、まぁまぁ、ラフィンさん、その辺で…」

ティエリアはどうにかラフィンを諌めようと笑いかけた。「ディエルさんも悪気があっておっしゃっているわけでは…ひゃわっ!?」

突然ティエリアの体がびくりと跳ねた。

「さすが、ティエリア先輩は分かってますね〜! よしよししてあげます、よしよし!」

といいつつ彼女が撫でているのはティエリアの脇腹で、小さな体がよじれだした。

「あ、あはははは! ち、違いま…! でぃ、ディエルさ…! こ、これはよしよしでは…あははははは!!」

ティエリアは身体を左右に振りながら笑い転げている。

「め、目上の人に何してるのよ!!」

そこでラフィンの怒りのボルテージはさらに上がったようで、素早くティエリアの背後に回ってディエルを捕まえようとした。

攻撃の予感がしたディエルはすかさず逃げ出し、ラフィンが追いかけ、しばらくシンシアたちの周りをぐるぐる回っている。

「しつこいわね、ラフィン!」

「どっちがよ!!」

途中でディエルが黒い翼をはためかせ飛んでいく。

「こらぁ! 待ちなさい!!」

ラフィンも白い翼を広げて飛び立ち、二人は体育館の屋根の上をグルグル回りだした。

「校内の高速飛行は違反だっていってるでしょーが!」

「あなたもでしょー?」

頭上からの賑やかな声を聞きつつ、シンシアは「はぁ」と息を吐いている。

「ディエルちゃんのいった通り、昨日ダイン君と何か特別なことしたっぽいねぇ、ラフィンちゃん」

そう話すシンシアは明らかに羨ましそうだ。

「シンシアちゃん、分かるの?」とニーニア。

「だって嬉しそうだもん、ラフィンちゃん」

シンシアにも、ラフィンの微妙な変化というものに薄々気付いていたようだ。

「ティエリア先輩もそう思いません?」

と彼女はティエリアに話を振るも、彼女はどこか真剣な表情で考え込んでいる。

「ティエリア先輩?」

「…いい…ですね…」

「ん?」

「いいと、思います…パイパイマシマシ魔法…」

「あ、そ、そこ食いついていたんですか」

シンシアは困惑した笑顔で笑う。

「世の中の男性の方々は、やはり“大きい”ほうがお好きだとお聞きしまして…」

自分の胸元を見つめ、ティエリアは息を吐いた。

「そ、そんなことはないと思いますけど…」

自身の胸の大きさについてはシンシアも自覚があっただけに、下手な励ましはあてつけにしかならない。

「ティエリア先輩、可愛いから…」

とだけいうしかなかったのだが、「でも」と同じ悩みを抱えるニーニアが突っかかってきた。

「同じ可愛い人でも、お胸が大きい人と小さい人、どっちがいいっていわれたら…」

「そ、それは…え〜と…」

どう励ましたらいいのか。迷いに迷ったシンシアは、やがて丸投げすることを思いついた。

「だ、ダイン君にきいてみようよ」

シンシアにはそれしかなかった。「男の人がどうこうというより、ダイン君がどう思うかが一番重要だと思う!」

「あ、そ、そうだね!」

「そうですね!」

“同盟”を結ぶ彼女たちにとっては、一番気にするべきはダインの好みだ。

胸は大きいほうが好きなのか、小さいほうが好きなのか。

面と向かって尋ねられれば、世の男性の大半が困ってしまう質問をダインにぶつけようとしている。

真剣に頷く彼女たちの頭上では、未だにラフィンとディエルが鬼ごっこを続けていた。

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