百六十四節、親子水入らず
「はっはっは! 全く、我が息子ながらとんでもない奴だ!!」
定例報告会の場で、ジーグの笑い声が木霊する。
「ルシラへの吸魔が成功したばかりか、ラフィン殿と魔法を創りだすことができただと? お前は神か何かか!」
そこはリビングだった。夜更けに近い時間で、ソファではルシラと六竜たちが一箇所に集まって眠っている。
「ルシラたちが起きちゃうでしょ」
ジーグの豪快な笑い声をシエスタが咎めつつ、「でもほんと、すごいわねぇ」とテーブルの上を見た。
そこには、ラフィンと協力して成功した、新魔法の“成果”が転がっていた。
「小石から宝石を精製、ですか…」
サラがその宝石の中からルビーを掴んで眺めている。
燃えるような赤色を放っているそれは、まるで原石を専用の機械で丁寧にカットしたような形状をしており、とてもただの石から作られたものとは思えない。
「ダイレゾに対抗するために編み出した術法というのは分かりましたが、これは…邪な考えが浮かんでしまいますね」
「駄目だからな」
サラが何を考えているか分かったダインは、先制して釘を刺した。「金儲けに利用することは考えてないぞ」
「それは分かっていますが…」
「現状ラフィンしか使えないし、相当精神力も使って負担かけるし、金が欲しいからやってくれなんていうわけにはいかないし」
「ですが、村が困窮しているからやってくれと頼めば、ひょっとして…?」
「…マジで駄目だからな」
本気のトーンでダインがいうと、「もちろん冗談ですよ」と彼女はいった。
「楽してお金儲けはろくな目に遭いませんからね」
「その割りに目がマジだったんだけど…」
「そんなことより、これでダイレゾ対策は何とかなりそうなの?」
シエスタが話題を切り替えてきた。「魔法を創れるっていうのはとてつもないことだとは思うけど、実用できるかどうかは未知数なんでしょ?」
そのシエスタの疑問と心配は当然だろう。
「どんな魔法にするか、その魔法が本当にダイレゾに効くのか。確認や準備、練習とか含めると大変そうな気がするんだけど」
「その辺については、明日も引き続きラフィンたちと相談するよ」
ダインがいった。「相手がダイレゾともなると相当な魔法力が要求されるだろうから、シンシアたちの協力も必要となる。明日もまたみんなと集まって話し合うよ」
「作戦決行の日取りはまだ決まってないのか?」
ジーグがきいた。「ティエリア殿が本日中に女王神と謁見し、相談するとお前から聞いていたのだが…」
「実はさっき先輩から連絡があったんだけどさ」
ダインは複雑そうな表情でいった。「ソフィル様、神殿にいなかったって」
「いなかった?」とシエスタ。
「ああ。封印地の解放も含めて相談しようと思ってたらしいんだけど、決行日がちょっとずれ込みそうなんだよな」
「いえ、それはいいんだけど、確かゴッド族の女王神って、神殿から離れちゃ駄目だったんじゃなかった?」
ゴッド族の習慣というものはシエスタもそれほど詳しくはないようだが、しかし首相級の人物が現場を離れてはならないことは、彼女も知っている。
「でもどこにもいなかったって」
ダインも不思議そうに答える。「先輩は“目”の魔法でも確認したらしいんだけど、神殿どころかバベル島のどこにもいなかったってさ」
「ダイレゾの様子でも見に行ってたのかしら…」
呟くシエスタに、「ここで一つ、私からもご報告がございます」と口を挟んできたのはサラだ。
「本日もガーゴ本部にてパートのお仕事をさせていただいたのですが、例の“有能弁護士”が朝礼の場にいなかったという会話を耳にしました」
「有能弁護士って…ハイドルか?」とダイン。
「はい。週始めの朝礼にはいつも壇上に上がってもっともらしい演説を始めるらしいのですが、今日は朝からどこかへ出かけているようでした」
「どこへ?」とジーグ。
「場所については明示されてませんでしたが、秘書の方かどなたかが“聖地アガレスト”という地名を口にしていたと…」
「アガレストって、この近くじゃん」
ダインが呟き、「そういえば」今度はシエスタが声を上げた。
「その聖地の入り口手前に、沢山の護衛っぽい人がいたって、ネイモさんからきいたわね」
ネイモというのは、エレイン村の主婦コミュニティで中心的な役割を持っている人だ。噂話が好きで、村外にまで情報収集に出かけることがある。
「その護衛の人たちは、全員が背中から派手な翼が出ていたらしいから、エンジェ族だとは思うけど…」
神殿から姿を消したソフィル女王神。
朝礼の場にいなかったハイドルに、聖地アガレストにはエンジェ族の護衛がいた。
残す七竜はダイレゾということを考えると、それらから導き出される答えは…
「…なるほどな」
合点がいったようにジーグは呟く。「連中は早くも“次”の交渉に入ったというわけか」
ダインも同様のことが浮かんではいたものの、優しくて穏やかだったソフィルをも利用しようとするガーゴの思惑に、忌々しそうに表情を歪めた。
ジーグはいう。「何しろやり手の弁護士らしいからな。どのような手を使ってでも女王神を説得し、ダイレゾを解放させようと企てているのだろう」
「つくづく、気に入らない連中だ」
我慢できずに、ダインは吐き捨てた。「どこまで他人の領域を侵せば気が済むんだ? 平和のためといいながら、奴らがやってるのは侵略以外の何物でもないだろ」
軍隊を結成し、他国へ乗り込む。七竜討伐という大義名分がなければ、侵略行為で世界中から非難を受けていたはずだ。
「地上だけでは飽き足らず、バベル島まで乗り込もうってか。どれだけ自分たちが偉いと思ってるんだ」
ダインは憤慨している。
「…そういう、分かりやすいものだったら対処も楽なのだがな…」ジーグがいった。
「どういう意味だ?」
「お前がいっているように、非難されるべき行動を奴らは平然と行っている。しかしそれら非難をものともせず、何が何でも遂行しなければならない“何か”が連中にはあるのだろう」
「何か?」
「巨大組織が動くときは、必ず表以外の裏の事情というものがある。そこを明らかにせずに対抗手段を考えても、奴らを止められないばかりか、こちらの足元をすくわれてしまうことになる」
ジーグの言葉にはどこか含みがあり、全員の視線を受ける中、彼はコップを傾けて息を吐いた。
「連中が抱える核心はまだ霧の中。そこを暴かんことには、やられた分の“お返し”はまだできそうにないな」
「そう、だな…」
ダインが頷き、しばしリビングの中は静かになる。
そのとき、「ところで」とシエスタがダインに尋ねた。
「ダイン、あなたルシラから吸魔することができたのよね?」
「え? ああ」
「だったら、逆探知してあの子の居場所を突き止められたんじゃないの?」
話題はルシラのことに流れたようだ。
昼の出来事を思い起こしていたダインは、「“緑”だったな」と答える。
「緑?」
「ああ。一面緑だった。夢で見た通りの景色で、やっぱり例の“緑の球体”があいつの居場所だってことは確実だと思うよ」
「そうなの」
「本当ならいますぐ向かって現場の状況を確認したいところだけど、順番的にはダイレゾを何とかしなくちゃなんねぇからな」
ルシラもそうだが、七竜もタイムリミットが迫っているとダイン。
「そうねぇ。ここまできて、残り一匹を失うわけにはいかないものね」
「準備や考えることが沢山あるからな。プノーのときは毒対策だけでよかったけど、ダイレゾの場合はどう対策したらいいかがまず分かんねぇし」
「といわれましても、プノーのときはダイン坊ちゃまは倒れましたけどね」
ちくりとサラ。「毒対策しておきながら、空気中の毒気と寒さで倒れるとは。その展開は私も予想してませんでしたよ」
「い、いや、あの時は仕方なかったんだって。道中で海のヌシっぽいやつに襲われたし、島に到着してからも色々と珍しいもんがあって…」
とそこで、何か思い出したダインは「あっ!?」と声を張り上げてしまった。
「ちょっとダイン、うるさいわよ」
すかさずシエスタが注意してくるが、「わ、忘れてた」とダインは目を丸くさせている。
「その無人島で、ありえないものを発見したんだよ」
「ありえないもの?」
「クワだよ」
数日前の出来事を思い出しつつ、ダインはいう。「前人未踏だったはずの島に、クワが…俺らヴァンプ族が愛用していたクワが落ちていたんだ」
「クワ…?」
「話に聞いていた通り島には人工物が一切なくて、動物すらいなくてさ。なのにクワだけ捨てられたように置かれてあったから疑問だったんだよ」
「本当ですか?」
サラが珍しく驚愕した表情できいた。「見間違いではなく?」
「見間違いじゃないよ。マジでほかに人工物らしいものは一切なかったから目立ってたし、ちゃんと近づいて確認もした」
「ほう…」
ジーグもかなり興味が引かれたのだろう。目を大きくさせながら、ダインに尋ねる。「名前は何と彫ってあった?」
「名前?」
「うむ。我々ヴァンプ族にとって農具は宝だからな。名前を彫るのが昔からの慣わしで、お前も知っているだろう?」
「いや、でも相当古いやつだったみたいで、柄の部分が朽ちててさ。先端の鉄しか残ってなかったよ」
「ふむ…」
考えに耽る彼らを見回しながら、ダインはいう。「絶海の中に島はあるわけだし、飛ばされたって可能性は考えられない。足跡も一切なかったから誰かが持ち込んだこともないと思う」
「…それは確かに気になりますね。できるなら我々も現地に乗り込んで確認してみたいところですが…」
サラはいうが、「でも私たちじゃ魔法で飛べないしねぇ」とシエスタが困ったようにいった。
「とりあえずその件は頭の隅に置いておくとして、まずは優先順位から考えていったほうがいいんじゃない?」
シエスタの意見はその通りだった。ダインは頷く。
「まずはダイレゾだよな。明日はシンシアたちと対策会議して、時間があるならピーちゃんたちに練習相手になってもらうよ」
「そうね。私たちはいつものように“お仕事”するわ。ね? サラさん」
「ですね」
サラはどこか嬉しそうに頷く。「今日の会議ではかなりの進展が見込めましたし、明日はもっと忙しくなりそうです」
二人は毎日が楽しそうだ。
とそこで、今日もニーニアの母親であるシディアンが来ていたことをダインは思い出した。
シディアンが来ることはもうほぼ毎日のことだったので、今更疑問に思うことでもなかったのだが…しかし女三人で何をしているのか、気にならないといえば嘘になる。
「なぁ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃねぇか?」
ダインはきいた。「結局何の仕事をしてるんだ? 最近は出張もないようだしさ」
今度こそ教えてくれと期待を込めた目を向けるが、シエスタは、
「みんなが幸せになることよ」
これまた抽象的な答えだった。「社会貢献の一環といってもいいかしら。私たちはとても“いいこと”を生業にしているのよ」
どうにもその台詞がすんなり入ってこなかったのは、話す彼女の顔がやけに、にやけた顔をしていたからだ。
「ま、いいじゃないそのことは。おかげで村の特産品を宣伝するために各国を回らなくても良くなったし、あなたも私たちが家にいたほうが安心でしょ?」
「それはまぁ…」
「私たちのお仕事のほうは気にしないでいいわ。あなたはあなたがいま抱えてる問題に集中しなさい」
どうもまたはぐらかされたような気もするが、確かにいま考えるべきはダイレゾのことだ。
「ダイレゾを救出したところで、“一応は”懸念していた問題の一つは解決したといってもいい」
ジーグがいった。「現状、それら難問を一つ一つ潰していくしかない。みんな気を抜かずにいこう」
それが本日の定例報告会の締めの台詞となり、シエスタとサラはテーブルの上にあった食器を片付け始める。
自室へ向かおうとジーグも立ち上がるものの、そのとき彼は何ともいえない表情をしていたことにダインは気がついた。
「親父、どうしたんだ?」
近づいて尋ねてみる。
「いや…」
軽く手を振るジーグだが、「ダインよ」と小声で話しかけてきた。
「昨今、男が生き辛い世の中になってきたと思わないか?」
「ん?」
「昔はあれだけ必死に宣伝のために国々を駆けずり回っていたというのに、妻たちが企画した事業だけで、こうも容易くひっくり返されることになるとはな…」
やけに寂しげな横顔だった。
「お、おい」
ダインが止める声も聞こえなかったのか、そのまま立ち去っていく。
「何だ…?」
ダインには何の話か全く分からなかった。
が、遠ざかっていく父の背中は、カールセン家の大黒柱という割にはやけに小さく見えた。
━━その翌日。
早朝を少し過ぎた時間、ダインは“ある場所”に来ていた。
そこは一般的には“奇跡の島”といわれている場所で、本当の名はバベル島。
ゴッド族しか住んでないその島の、ある一件の民家の前に彼は立っていた。
目の前にある呼び鈴を押すと、数秒の間が空いた後に、玄関のドアがガチャリと開かれる。
応答に出たその人物は、ダインを見るなり少し驚いたようだが、すぐに笑顔になった。
「やぁ。そろそろ来てくれると思っていたよ」
そう親しげにいって、ティエリアの父、ゴディアは、ダインを家の中へと招き入れた。