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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
16/240

十六節、追跡

「あ、ダイン君、どこ行ってたの?」

弁当を手に急ぎ足で体育館裏へ向かうと、そこにはすでにいつものメンバーが弁当箱をつついていた。

「ちょっと校長室にな」

遅れていつもの場所に腰を下ろしながら、ダインも弁当箱を開けて食べ始める。

「え、校長室? どうして?」

「な、何か言われたのですか…?」

不思議そうなシンシアとニーニアの視線と、不安げなティエリアの視線がダインに集中する。

確かに校長室に行っていたなんて、何かあったとしか思えない。

「ダインさん、校長先生から何か…」

ティエリアは昨日のことがずっと引っかかっていたのだろう。食い下がるように詳細を求めてくる。

「いや、先輩が気にするようなことは何も…ない、とは言えないか」

別件で頼まれたことがあったんだ。信頼のおける仲間内でなら共有しても良いと言っていたが、どこで誰が聞いているか分からない学校で話すのはまずいだろう。

「い、一体何を…? やはり、何かしらの処罰が…」

ダインが途中で台詞を切ったものだから、ティエリアはますます悪い方へ話を膨らませていく。

ティエリアのただならぬ様子にシンシアとニーニアも一気に気になりだしたようで、食事中にもかかわらずダインに詰め寄ってきた。

「あーいや、そっちについては問題ない。向こうから抗議があったのは確かだけど、校長先生は話の分かる人だったからさ」

「何の話か聞きたいよ」

尚も迫ってくるシンシアにニーニア。回復薬の効果か仮眠をとったおかげか、シンシアはすっかりいつも通りだ。

「説明が長くなるからさ、明日ゆっくり話すよ。俺ん家来るんだろ?」

そうシンシア達をなだめ、ティエリアにも顔を向ける。「先輩が心配してるようなことは何もないから、それは安心してくれ」

嘘は言わない、と言ったところでティエリアは安心したように嘆息した。

とりあえず彼女たちが引いてくれたのを見てから、ダインは明日の話題を続ける。

「それより、明日はいつ来るか決めたか?」

「あ、うん」と答えたのはシンシアだ。「いま話し合って決めたんだけど、朝から行っても大丈夫かな?」

「朝?」

「お昼ご飯、みんなでお弁当持ち寄って、いつもみたいに外で食べたいなって」

「ああ、いいな」

ダインは快諾した。

「俺の家の裏に山があってさ、ハイキングしつつそこで食べようか」

「おー!」

「や、山なんて久しぶりだよ」

「わ、私もです…でも自然は好きです」

一気に盛り上がる女性陣を見て、ダインも嬉しくなる。

「ちなみに泊まったりもできるんだが、さすがに難しいか?」

上げ気味になったテンションのままダインが言うと、シンシアが「え、いいの?」と返してきた。

「うちに俺の世話係のメイドがいるんだけどさ、そいつがやたらはりきってる様子だから、泊まってくれたらあいつも喜んでくれるんじゃないかって思ってな」

客室もあるし、と言ったところでシンシアは「どうする?」とニーニアとティエリアに視線を送った。

「だ、大丈夫だよ? 私は」

ニーニアが言い、ティエリアも頷く。

「ご家族の方にご迷惑でなければ、ぜひ…」

「決まりだな」

ダインは早速携帯を取り出し、サラに友達が泊まる旨のメールを送る。

するとすぐに返信が来て、『グッジョブ!』と文面だけで嬉しそうだと分かるメールが返信されてきた。

「あー、楽しみだなぁ。早く明日にならないかなぁ」

シンシアは早くも明日のことに意識を飛ばしている。

「いや、あんま期待されても困るぞ? そんな遊べるようなもんとかないしさ」

「そういうのじゃないよ。友達のお家に泊まるって、それだけで嬉しいし楽しいんだよ?」

一大イベントだと言うシンシア。

彼女の隣にいるニーニアとティエリアはやや緊張した面持ちで、明日の準備を話し合っている。

友人宅に外泊というのはシンシアは経験済みかも知れないが、ニーニアとティエリアはこれまで友達がいなかったと言っていた。

当然お泊りというのも初めてだろうし、シンシア以上に一大イベントなのは言うまでもない。

彼女たちに遅れて、ダイン自身も誰かを家に泊めるのは初めてだったことに気付く。

ノリでつい言ってしまったが、女の子を家に泊めるというのは相当なことではないだろうか。

そう思ったが、何も自分の部屋に彼女達を泊めるわけではない。サラもルシラもいるし、両親も明日帰ってくる。

問題はない。そう思い直し、彼女たちに持ってくるものは着替えぐらいで良いと伝えた。

「で、ですが粗相のないようにしませんと…作法などを伯母様から習い直して…」

「いや気楽で良いからさ」

ダインがティエリアに笑いかけていると、ニーニアはシンシアに着替え以外に何かいらないか尋ねている。

「ドワ族って歯磨きとかする習慣あるかな?」

「あ、うん。基本的な生活習慣はヒューマ族の人たちと同じだと思うよ」

「じゃあ着替え以外に歯磨きセットと、念のため自分の枕も持って行った方が良いかもね」

「え、どうして?」

「これはヒューマ族だけかも知れないけど、自分の枕じゃないと寝れない人もいるんだよ」

「そうなんだ。じゃあ、圧縮式の枕を…」

しかし結構な盛り上がりだ。ダインも嬉しくなってしまう。

「あ、そうだ」

途中で思い出したことがあり、シンシアを呼んだ。

「シンシアんところって、確か種族関係に強いよな?」

「ん? うん」

退魔師をしている姉が大陸中を渡り歩いている関係で、その種族の特徴や慣わしを知るために種族関係の蔵書が家に沢山あるらしい。

そのことを思い出したダインは、シンシアに種族のことができるだけ詳しく書かれた本を一冊持ってきてくれないかと頼んだ。

「それは別に良いけど…」

でもどうして? という疑問がダインに向けられる。

「それも明日ちゃんと説明するよ」

「訳ありってことだね。オッケー!」

理解の早いシンシアは笑顔でオッケーサインを出してくれた。

ダインはいつも話を後回しにしてくる。今すぐにでも詳細が知りたいだろうに、それでも彼女はいつも大人しくダインが話し出すのを待っていてくれる。

聞き分けがよく素直なシンシアの対応に嬉しくなったダインは、「ありがとな」と自然な動作で彼女の頭を撫でた。

以前、シンシアが頼んできたことだ。ダインの感触の心地よさを知っている彼女だから、そんな彼から撫でられると気持ちいいし嬉しいはず。

今回も笑顔を見せてくれるかと思いきや、その反応はこれまでと全く別のものだった。

「ふわぁっ!?」

突然声を張り上げ、全身を飛び上がらせたと同時に一瞬で力が抜けたかのようにニーニアにしなだれていく。

「わ、し、シンシアちゃん?」

「あ、あう〜」

思わぬ反応でしばし固まっていたダインだが、すぐにハッとなり「ど、どうした」と声をかける。

「ん、ん〜、な、なんでもないよ〜」

そういう声も間延びしており、どう見てもなんでもないようには見えない。

「保健室行くか?」

無理して元気を装っていたのかと心配になったダインは、今度こそ保健室に行って休ませようと彼女の手を取ろうとした。

「ご、ごごめん、ま、待って!」

シンシアはすぐさま手を突き出し、こちらを制してくる。

「その…つ、疲れてたとかじゃ、なくてね…びっくり、して…」

「びっくり?」

「う、うん。まだ、その…昨日のあの感覚、残ってたみたい」

シンシアは静かに言った。

「わ、私も驚いたんだけど…ダイン君に触れられると、自然と力が…」

体が僅かに震えている。顔は真っ赤になっており、確かにニーニアが支えてないとそのまま倒れてしまいそうだ。

「こ、これは一体…」

状況を良く飲み込めていないティエリアは戸惑うばかりだ。

そんな彼女に、シンシアが震えながらも昨日あったことを説明してくれた。

「し、シンシアさんも…ですか…」

「は、はい。だから…い、いまだけは、ダイン君に触ってもらうのは困るかなって…」

「そう…みたいだな」

体力も眠気も完治した。しかし、完全に元通りというわけでもなさそうだ。

触れた瞬間に力が抜ける。これが触手の副作用なんだと理解したダインは、同時に申し訳なくなり「悪い」と謝った。

「あ、あはは。いいんだよ」

シンシアは笑う。

「ダイン君が悪いんじゃないんだし、全然嫌じゃなかったし、むしろ…う、嬉しかったし…」

後半の呟きが聞こえていたニーニアも笑う。

「私と同じだね」

「ふふ、うん」

シンシアとニーニアは互いに笑い合っている。

ダインの触手に襲われた。必要とされた。そのことに対する絆のようなものがそこにはあった。

反応に困るダインを、ティエリアがじっと見つめている。その目は明らかに羨ましそうなものだった。

彼女が何を望んでいるのか直感したダインは、「い、いや」と首を振る。

「どっちも事故みたいなもんだしさ」

「意図的に出すことは出来ないのですか?」

やけに真剣に聞いてくるティエリアにダインはまた「いや…」と首を振るが、意図的に、という言葉を聞いてハッとする。

そういえば考えたことがなかった。いつもは、枯渇状態に陥ってからシンシアやニーニアに触手が伸びていた。

つまりは無意識だったのだ。限定的な症状のようなものだと思っていたが、触手はヴァンプ族のもう一つの器官。体の一部であるはずならば、意図的に出すことも可能なのかもしれない。

「あ、こ、今度のダインさん部では、その辺りのことをテーマに実験してみてはいかがでしょうか?」

これまた意外な提案をしてくるティエリアだが、彼女の目的は明白だ。

確かにテーマとしては良いかもしれないが、元から吸魔行動に消極的だったダインは難色を示す。

何よりも彼女たちに負担をかけたくない、という思いが強かっただけに、彼はすぐには頷かなかった。

副作用の対策もまだできてないし、吸魔中の感覚共有もある。

「あ、で、ですが、無意識下でないと意味がありませんね」

断ろうと思っているところでティエリアが言った。

「近しい間柄だという証を確認するためには、無意識下でないと…」

ぶつぶつ喋っている。

どうやら彼女は、単に興味本位で吸魔されたがっているわけではなさそうだ。

「別にそんなもの確認しなくても」ダインは笑いながら言った。

「何度も言ってきたと思うけど、俺と先輩はもう友達だろ?」

「は、はい。と、友達です」

ティエリアは頷き、またぶつぶつと話し出す。

「あ、明日、お家にお呼ばれしていますし、お家に行く間柄だと、親友と言っても良くて…」

よく分からないが、独り言を呟く先輩も可愛い。

その姿にダインはつい笑ってしまいながら、彼女の頭を撫でた。

「大丈夫です。ティエリア先輩」

ダインとティエリアのやり取りを見ていたニーニアが、シンシアを支えながら口を開く。

「次は必ず、先輩の番だと思いますから」

「そうそう」と、シンシアも同調する。

「次は絶対、先輩が襲われるはずです」

傍から聞けばとんでもない会話だっただろう。

しかしティエリアはパァッと笑顔を広げ、「はいっ!」と大きく頷いていた。







━一年、ノマ科の出席番号28番、ダイン・カールセン。生徒会室まで━


HRが終わった直後だった。

教室のスピーカーから、懐かしささえ感じるラフィンの声が響き渡る。

他のクラスメイトはダインに一瞥をくれ、そのまま教室を出て行った。

「むぅ…」

早く帰ろうとこちらを笑顔で振り向いていたシンシアは、途端に不満げな表情で頬を膨らませる。

「今度は何だろうね?」

カバンを手に近づいてきたニーニアも、少し残念そうだ。

「分からないけど、生徒会長に呼ばれたんなら行くしかねぇわな」

ダインは仕方ないといった様子でカバンを手に立ち上がった。

「もー、またラフィンさん…放送使うのはずるいよ。ダイン君部またできないよ」

「話するだけだろうし、すぐ終わらせるよ」

「いつものところで待っててくれよ」ダインがそう続けるものの、シンシアはまだ不満そうだ。

「私、ダイン君に吸ってもらったのに…」

「ん?」

「抱っこよしよしのチャンスなのに!」

ダインはぎょっとして「いや、おま…」とすぐに辺りを見回す。

クラスメイトは早くもいなくなっており、ディエルもすでに部活に行っている。

自分たちしかいないことを確認してから、「いきなり何言ってるんだ」と咎めた。

「副作用まだ残ってるだろ? そんな状態で触れたらまずいだろ。色々と」

「なでなでタイムのためなら我慢できるもん」

「いや、そうは言ってもな…」


━一年、ノマ科の出席番号28番、ダイン・カールセン。生徒会室まで━


再び頭上からラフィンの声が響く。どうも早く来て欲しいようだ。

「とにかく無視するわけにもいかないから行ってくる。時間的に無理そうなら連絡するから、先輩と一緒に例の場所で待っててくれ」

「う、うん。分かったよ」

「もー!」と憤るシンシアをニーニアに任せ、ダインは教室を出て行った。


生徒会室に入ると、そこには珍しくラフィン以外に人がいた。

「おっと、来たね」

いらっしゃい、と笑顔で出迎えてくれたのは、手のひらサイズの小さな女生徒だ。

生徒会会計で二年生のフェアリ族、セレスだった。

「ささ、奥までどーぞどーぞ」

「あ、ああ、どうも…」

案内されるまま中に入れてもらうと、手前のソファから「君も大変だねぇ」という男の声がする。

「こんなに頻繁に生徒会長様に呼び出されるなんて」

色白で長身の優男。校内きってのモテ男、ユーテリアだ。

どうして彼がここにいるのか疑問を抱いたが、そういえばユーテリアも生徒会役員だったことを思い出したダインは、とりあえず「はぁ」と反応を示す。

「いいですから、二人はもう帰ってください…仕事は終わりましたよ」

デスクで書類を片付けていたラフィンは迷惑そうな顔をしている。

ちなみにセレスとユーテリアの他に何人か生徒会役員がいたはずだが、すでに帰っているようだ。

「え〜、いいじゃない別に」

元気良く飛び回っていたセレスは、デスクの端に腰を下ろしつつラフィンを見上げる。

「業務的な会話しかしないラフィン会長は〜、ノマクラスのダインとどんなお話をしてるのかな〜ってね?」

そのにやけ顔から察するに、単なる興味本位なのは間違いないだろう。

「セレス先輩が期待してるようなことは何もありません」

ラフィンはぴしゃりと言った。

「単なる世間話です」

「会長がその世間話することすら珍しいもん」

セレスは引き下がらない。「ねね、良いでしょ?」と、目が輝いている。

「気が散るから駄目です」

先輩相手に動じないラフィンも引く気はないようだ。

「さ、もうお開きです。退室願います」

「むー、つれないなぁ」

ラフィンの気丈な態度に軟化は望めないと思ったのか、セレスは渋々と生徒会室を出て行く。

「隠れても無駄ですからね」

その背中に向かってラフィンは言った。

「この生徒会室に於いては、私に死角はありませんから」

その言葉に嘘はないということはダインにも分かっていた。

魔法力に敏感なダインには、四方八方に存在するもやのようなものが見えていたのだ。

“目”の魔法だ。遠くにいながら任意の場所を見ることのできる魔法で、上級者ほどその性能と設置する数が増えるらしい。

「大人しく帰ってくださいね。でなければ、また体が重くなって飛べなくなりますよ」

過去にセレスが何かの悪戯をして、ラフィンが何かの罰を下したことがあるらしい。

フェアリ族が飛べなくなるのは、人間で言うと全身を拘束させられるのと同じだ。

セレスは「うぐ」とうめき声を上げ、悔しそうな顔でこちらを振り返ってから「覚えててよ!」と捨て台詞を残したまま生徒会室を飛び出していった。

「なんか…ディエルみたいな人だな」

セレスに対する率直な感想を述べるダインに、ラフィンは明らかにめんどくさそうに頷いた。

「悪戯好きっていう点ではデビ族もフェアリ族も似たようなものだから…。あの二人が一緒になったときの会議はほんと進まないのよ」

「お前もお前で苦労してるんだな」

笑いながらダインが言う。

「ん〜…行ったようだね」

いつの間にか窓際に移動していたユーテリアは、そこから見える校庭を見渡していた。

「これでようやく僕も帰れるよ」

「ユーテリア先輩も相変わらずですよね…」

ラフィンは短く息を吐く。

「たまにはついてくる女生徒に強く言ってはどうですか? でないとまたこの前みたいに会議中に乱入されますよ」

ラフィンの苦労はまだあったらしい。

しかしユーテリアは「いやぁ」と笑いながら頭を掻く。

「可愛い子達の悲しむ顔は見たくないからなぁ」

来るもの拒まずのスタンスは貫きたいのだろう。それで周囲に迷惑が及んでも、仕方ないとするのがユーテリアの性格なのかもしれない。

いや、彼に限らず長命種であるエル族は基本的にはのんびり屋が多い。争い事は好まず、いまが楽しければそれでいいという考えの者が多いのだ。

青年期までは他の種族と同じ年月で成長する彼らだが、青年になってからは長命期に入るため焦らなくなる者が多くなる傾向にあるらしい。

「できるだけ見つからないようにするからさ」

平和主義者である彼はそう頼み込むが、ラフィンはまたため息を吐く。

「次に乱入するようなことがあれば、その生徒には罰則として一時間のサイレンスをかけますからね」

「分かった分かった」

そう言った後、彼は笑う。

「怒ったラフィン君も綺麗だね」

無意識なのか、意図的なのか口説き文句が出た。

ユーテリアほどの美形に言われれば一発で落ちただろう台詞だったが、ラフィンが浮かべたのは明らかに苛立った顔だ。

「早く帰りなさい」

鋭く尖った聖力を放ったのか、ユーテリアは即座に「はい」と姿勢を正す。

「じゃ、じゃあダイン、またね」

「あ、ああ、はい」

頷くダインの横を通り過ぎようとしたとき、ユーテリアは足を止めた。

「ああそうだ。ラフィン君との逢瀬を邪魔しちゃったお詫びとして」

「だ、誰が逢瀬ですか!」

ユーテリアの台詞を切って即座にラフィンが否定したものの、ユーテリアは「まぁまぁ」と落ち着かせながら再びダインに顔を向ける。

「お詫びとして、一つ君に良い事を教えよう」

「え、何すか?」

耳を傾けるダインに、彼は窓を見ながら言った。

「外にいる彼らの狙いは君だ」

何のことか分からず「ん?」というダインに、ユーテリアは肩をぽんと叩く。

「ま、気をつけると良い」

そう言い残し、部屋を出て行った。

「気をつけるって…」

ぽかんとするダインに、ラフィンは向き直って話し出す。

「学校の外に、生徒ではない誰かがいるようなのよ」

「誰か?」

「ええ。学校の正式な認可がなければ入れないバリアのすぐ側で、こちらの様子を窺ってる人がいるみたい」

特例もあるが、このセブンリンクスに通う生徒はほとんどが貴族以上の階級にある子供たちだ。

世界各国から魔法力の秀でた生徒が通う学校なので、防犯対策は何よりも気をつけている。

中でも何重にも張り巡らされたバリアは、魔法のスペシャリストである先生方が作り出したものだ。

あらゆる災厄を受けず、どんな魔法も跳ね返すと言われているほど強固なものなので、まず犯罪に巻き込まれる心配はない…とされている。

完璧なまでの防犯システムは一般人でも知るところなので、侵入を試みようとする者などいないはずなのだ。

しかしいま、そのバリア付近に怪しい人物がいる。バリア外で、物陰から下校する生徒たちを見ているらしい。

「守衛かガーゴには連絡したのか?」

ダインが尋ねると、ラフィンは首を左右に振った。

「したけど確認できなかったって」

「確認できなかった?」

繰り返すダインに、彼女は真面目な顔で頷く。

「私が張った探索魔法から、その人物の気配はびんびん伝わってるんだけどね」

遠くからゆっくりと近づいてきた不穏な空気を感じ、ダインもまた眉をひそめる。

「迷い込んだモンスターか、動物か何かじゃないかって言われたわ」

明らかに納得のいってなさそうな表情のまま、「これは私見だけど」彼女は続ける。

「気配の感じ方から察するに、その怪しげな人物は見つけられないようにされていた、みたいなの」

「どういう意味だ? あえてスルーしてるってことか?」

「恐らくね。曲がりなりにも守衛はガーゴの関係者。先生クラスの実力があって、そんな人が私でも分かる気配を見逃すはずないもの」

「確かにな」

「そしてその守衛が怪しい人物をスルーしてると仮定すれば、一つの可能性が浮き出てくるわ」

先の読めたダインは呟く。「その人物もガーゴ関係者…ってことか」

「そう」ラフィンは頷いた。

「生徒を窺うガーゴ関係者。一番想像しやすいのは、捜査員ってところかしらね」

「ユーテリア先輩は俺が狙いだって言ってたけど」

「私じゃ目も耳の魔法も届かないけど、あの人の精霊魔法ならある程度の精度で索敵ができるようだから。その中であなたの特徴を話す声が聞こえたらしいわ」

そこでようやくラフィンがダインを呼びつけた理由が分かった。

「でも目的が分からないの。心当たりないの?」

腕を組みながらラフィンが聞いてくるが、ダインも同じように腕を組み首をかしげた。

「ガーゴなんてこれまで滅多に絡んだことないしなぁ。ガーゴ自体、最近知ったんだし。昨日ひと悶着あったぐらいで…」

ダインはハッとして顔を上げる。「もしかしてそれか?」

報復のために捜査員を派遣させたのだろうか。思ったことを口にすると、ラフィンは真顔のまま「ありえない」と首を振った。

「他の視察団メンバーもそうだけど、仮にもナンバーセカンドのカイン様が、ノマクラスのあなたにわざわざ人を使って襲わせるなんて考えられないわ。昨日のことがあったとしても、そこまで根に持つような方じゃない。何か言われたぐらいで害をなすような短絡的な人だったら、あそこまでの地位には上れないわよ」

確かに、と納得すると同時に、ラフィンの台詞に別の興味が湧いたダインは「良く知ってるんだな」と言った。

「ええ、まぁ…」

誰もが憧れるカインと知り合いであるはずなのに、ラフィンの返事は歯切れが悪い。

やや困ったような表情だが、ダインの興味には応えたかったようで、小さく「婚約者よ…」と言ってきた。

「え、そうなのか?」

さすがに驚くダインだが、ラフィンはすぐさま「元ね、元!」と大声で訂正してくる。

「カイン様バッシュ一族と私のウェルト一族は、大昔同じゴッド族のエレンディア様に仕えていた。そこから現在まで付き合いは続いていて、その延長線上で婚約の話が上がったの」

「へぇ?」さらに詳細を聞きたかったダインは、そのまま続きを促す。

「カイン様のご実家も相当な財力を持ってらして、カイン様はナンバーセカンド。そして私はエレンディア様の証を持っている。両家が合わされば、地位も名誉もより高みにいけるとの目論見があって、縁談が出ただけに過ぎないわ」

「元婚約者って言ってたな」

デリケートな問題だったらスルーしてくれと前置きして聞いた。「破断した原因は?」

「あの人らしい理由よ」彼女は腕を組んだまま、ダインから視線を逸らし窓へ向ける。

「婚約とか全く考えてないって。ガーゴで成さなければならないことが出来たからって、詳細な説明はなく向こうから一方的にね」

「結果として振られたってことか」

無頓着な台詞だったとダインが思ったのは、彼女の顔が赤くなり不機嫌そうな表情を浮かべていたからだ。

「私からも断るつもりだったわよ」

吐き捨てるように言いながら、デスクの端に寄りかかる。

「ウェルト家の長女としてプライドはあるし、跡継ぎのことや伝統とか色々考えてはいるわ。けれど、家柄のためだけに私の伴侶まで勝手に決められるのは真っ平ごめんよ。カイン様との付き合いはあったし会話もある程度したけれど、カイン様も私もお互いに特別な感情を抱いたことはない」

一息に言ってから、最後にはこう強調した。「ただの一度も、ね」

「あーいや、そんなつもりで言ったわけじゃなくて」

ラフィンの機嫌を損ねたと思ったダインは弁明した。

「単純な興味本位でさ。悪い」

笑顔だが気まずそうに謝るダインを横目で見て、彼女は小さく息を吐く。

「分かってるわよ…元婚約者だけど、どちらも望んだものじゃなかったことだけ、あなたに分かってもらえればそれでいいから…」

ラフィンに何か別の感情が差し込んだように見えたダインは、「ん?」と声を出す。

「怒ってるんじゃなかったのか?」

「え?」

「いや、必死な様子だったから…」

「それは…」ダインに顔を向けるラフィンだが、顔は先ほどよりも赤くなる。

「か、勘違いされたら嫌だなって思っただけで…」

「勘違い?」

「ほ、ほら、本気の婚約だったりしたら、過去にそんな気持ちがあったんだってあなたに思われるのは嘘でも嫌だったから…」

「なんで俺が思ったら嫌なんだ?」

「へ? いや、そ、それは、え、え〜と、その…」

「ん?」

ラフィンの心境を詳しく知りたかったダインは、さらに追求しようとした。

そのときだった。生徒会室のドアが勢いよく開かれる。

「きゃぁッ!?」

突然の物音にラフィンは全身を飛び上がらせた。

「抗議します!!」

乱入者はそう声を上げる。

入ってきたのはシンシアだった。どうしてそうなったのか分からないが、彼女は小脇にティエリアを抱えている。

遅れてニーニアがやってきて、両手を膝につき呼吸を整えていた。

「な、何? あ、あなた達は…」

「ダイン君の独占は断固として抗議します! 生徒会長の職権乱用は止めてください!」

「せーの」と、ティエリアとニーニアに目配せをして、彼女たちは同時に拳を振り上げた。

「ダイン君を返せー!」

声高に言ったのはシンシアだけで、ニーニアは恥ずかしそうに「か、返せー」と言っている。

「と、突然何の話…?」

混乱するラフィンに、「すみません」とシンシアに抱えられたままのティエリアが申し訳なさそうに言ってきた。

「い、一応、止めてはみたのですが、ご覧の有様でして…」

首謀者はシンシアだろう。生徒会室に突撃だなんてティエリアは止めようとしたようだが、押し返されるどころか抱えられ運ばれてきたらしい。

「今日もダイン君部やるつもりだったんだよ」

不満げな表情のままシンシアは言った。

「美味しいお菓子を食べながらの談笑を楽しみにしてたのに。一日のうちの一番の楽しみなのに、それを奪わないでください!」

ほぼ私情でしかないが、彼女にとってみればラフィンはダインを独占してるようにしか見えなかったのだろう。

連日我慢していたが、いよいよ限界が来て突撃してきたのだ。

「ど、独占なんてしてないわよ」

戸惑いながらもラフィンは反論する。

「ただ、放課後にちょっとお話してるだけじゃない」

「その分こっちの時間が減るじゃないですか! 放送で呼びつけるなんて無視できないんだから、ずるすぎます!」

「そ、そんなこと言われても…私がノマクラスに行けば、それだけで目立つし混乱するし…」

押し問答を始める二人に対し、ダインは「あーシンシア」と落ち着かせるような声で呼んだ。

「確かに普段は世間話で呼び出されてたんだけど、今回のはマジな方の呼び出しだったんだよ」

「まじな方?」

そこでダインは、先ほどまでラフィンと話していたバリア外の怪しげな人物のことを彼女たちに伝えた。

「ダイン君が狙い…?」

空気の変化を感じ取ったシンシアは、ティエリアを降ろしつつ考え込む。

「学校の外にいる方々のこと、ですよね。確かに気配は感じていましたが…」

そう言ったティエリアに、彼女の魔法ならば状況が見えるかも知れないと思ったダインは「どんな人物か分からないか?」と尋ねた。

「やってみます」

ティエリアは目をつぶり、人語ではない言葉を詠唱した。

全身が光り、その光が円状に広がり窓の外まで範囲を広げていく。

「…確かに、まだいらっしゃいますね」

目の魔法が届いたようで、目を閉じながら言ってきた。そしてそのまま分析を始める。

「外見からヒューマ族と思われる方がお二人。そこそこお年を召した方と、若い方。どちらも黒いコートに身を包まれていて、下校する生徒の方々には気付かれない場所から様子を窺っているようです」

そこで魔法を切り、彼女は目を開く。

「ダインさんが目的だというのは、本当なのでしょうか?」

「これはユーテリア先輩の見解ですけど」ラフィンが答えた。

「少し前から、ダインから何か特別な匂いを感じるって言っていたんです。今回その怪しげな連中がダインを付け狙おうとしているのはそこじゃないかって」

ラフィンの視線が再びダインに向けられる。「本当に心当たりないの?」

「本当だよ。昨日の一件ぐらいしか思いつかない」

そうダインは言うものの、匂い、という単語を聞いて薄々感づいてきたことがある。

確かに以前、ユーテリアはダインに『大きな何かを感じる』と言っていた。

いま思い返してみてもよく分からなかったんだが、直近で特別な何かがあったとすれば、ルシラと出会ったぐらいだ。

あいつは特異な魔力の持ち主だ。鋭敏な嗅覚を持つエル族だからこそ、ユーテリアはルシラの存在に気付いたのかもしれない。

毎日ルシラと接触しているから、ダイン自身にその魔力の匂いのようなものが染み付いてしまったのだろう。

そういえば昨日の視察団の中にもエル族がいたはず。ユーテリアほどの嗅覚を持っていたとしたなら、向こうにもルシラの存在は分からないにしろ、気配は察知されたのかもしれない。

つまり、いま学校の外にいる奴らの狙いはルシラ…ということだろうか。グラハム校長もガーゴの動きが怪しいと言っていたし。

「ガーゴ関係者で捜査の為なんだったら、俺に直接言って来りゃいいのに」

ダインの独り言に、ニーニアが反応を示す。

「表立ったことが出来ないから、物陰にいるのかな…?」

ダインはふと感情を消し、遠い目をして呟いた。「そうかもな」

女性陣の不思議そうな視線を受けながら、彼が思い出していたのは過去の出来事だ。

両親と旅をしていた頃、様々な種族の様々な人達と出会ってきた。

ほとんどが良い人ばかりだったんだが、中にはこちらの財産を付け狙う悪い奴らもいた。

騙すつもりで接触を図る奴ほど、心証を良く見せようと笑顔で近づいてくる。無条件で甘い餌を差し出し、壁を取り払おうとしてくる。

父も母も他人に対し物腰は柔らかいが、経験上心の中では決して警戒心を解かない。

そのためこれまで嘘や騙しに引っかかったことはないが、危うい場面は何度もあった。

中でも狡猾だと思ったのは周りから攻める方法だ。友人や親族に接触し、場合によってはその近親者までをも犯罪に巻き込んでいく。

ガーゴがどういう組織なのかはまだ見えてない。

しかし、仮にルシラの気配を察知したナンバーの連中が仕掛けてきたことなのだとしたら、その狡猾な連中と同類の組織ということになる。

このまま黙って大人しくしていれば、やがて奴らの手は自分の周りにまで波及するのではないだろうか。

両親やサラのみならず、シンシアやニーニア、ティエリアにまで。

「…気に入らねぇな」

内心沸き起こってきたむかつきをそのまま口にし、彼は窓際まで歩いていった。そしてそのまま窓を全開にする。

「ダイン? どうしたの?」

尋ねるラフィンに振り向いて答えた。「回りくどいこととか嫌いなんだわ」

「回りくどいって…」

「ちょっと話聞いてくる」

「え? ちょ…!」

ラフィンが止める間もなく、ダインはそのまま窓から飛び降りた。

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