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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百五十九節、プチ覚醒

ラビリンスの地下十階は、冒険者レベルでいえば中級に相当する場所だった。

湧き出るモンスターも同様に高レベルで、“ブラッドホンケル”、“デュラハン”、“トロル”など、見た目にも凶悪な敵ばかりだ。

当然ながら、ノマクラス程度の実力ではとても太刀打ちできない相手だったはずなのだが…、

「…な…何、が…」

彼らはいま、硬直状態にあった。

一様に何が起こったのか分からないという表情をしており、その視線の先には…、

「え…え〜と…」

シンシアがいた。

クラスメイトの注目を一身に浴びていた彼女は、手に聖剣を発現させたまま動かない。

彼女も困惑した表情を浮かべており、その周囲には筋骨隆々でいかにも強そうなモンスターたちが、山積みになって倒れていた。

一瞬の出来事だった。

実技の授業で、現時点でのノマクラスの限界を見てみようと担任のクラフトが言い出し、彼らはとにかく下層を目指していた。

三階、五階と順調に進んでいたのだが、八階から九階にかけて苦戦を強いられるようになった。

この辺りが限界かと十階まで降りた途端、イレギュラーが発生し大量のモンスターが湧いてしまったのだ。

現場は大混乱に陥り、全員を帰還させようとクラフトが魔法を使おうとしたそのとき、クラスメイトの奮闘をずっと見ていただけのシンシアが、ここからが自分の出番かと応戦しようとした。

いつものように、創造魔法を使って聖剣を出現させた。本当にただそれだけだった。

なのに、聖剣を発現させた際に生じた“波紋”だけで、数百はいた屈強なモンスターたちがばたばたと倒れていったのだ。

聖剣には魔を払う性質がある。下手な浄化魔法よりも強いことは誰しも知っていることだが、まさか衝撃波だけで凶悪モンスターを倒すなど見たことも聞いたこともない。

「…何をしたんだ?」

クラフトですらも、何が起こったのか理解できていないようだった。

「わ、私にもさっぱり…」

困惑したままシンシアは聖剣を解いたが、「あっ!?」、とディエルが声を出す。

「マイラ、後ろ!」

「え?」

『グアアアアアァァァ!!』

またいきなり敵が湧いたらしく、女子生徒のすぐ背後にモンスターの大群が迫ってきていた。

「きゃぁっ!?」

逃げ惑う女子生徒。そんな彼女の前に、小さな人影が間に入った。

そこにいたのはニーニアだった。

恐らく無意識に動いてしまったのだろう。とにかく相手の動きを止めようと氷の魔法を使ったようだ。

魔力の低いニーニアだから、大して効果はない…はずだった。

しかし、(キィィ…!)、という金切り音が鳴り響いた瞬間、“それ”はフロアの半分ほどを埋め尽くす氷塊と化していた。

フロアはまるで冷凍庫のように冷え込んでおり、氷漬けにされたモンスターはびたりと動きを止めている。

「…え…」

信じられない光景を目の前にして、ノマクラスの生徒たちもまるで凍らされたかのように動きを止めていた。

「あ、あれ?」

術者であるニーニア本人も、目の前の光景が理解できていないようだった。

「え? こ、これ、私…が?」

周囲を見回すが、彼女以外に魔法を使っている人はいない。

シンシアとディエルの驚いたような視線に気付いたところで、彼女もまた混乱してしまった。

「あ、ご、ごめんね、これじゃ進めないよね」

ニーニアはすぐにその氷塊を溶かそうと、今度は火の魔法を使った。

突き出した両手に火気が集まり、緩やかな火となって氷を少しずつ溶かすつもりだったようだが、違った。

ニーニアが集中し始めた途端、凄まじい勢いでその両手に火気が集まりだしたのだ。

「あれ?」

そしてその両手が白く輝きだし、太陽のような閃光を放った瞬間、

ドォッという凄まじい爆発音がして、前方は真っ赤な炎に包まれた。

氷塊は溶けるどころか粉々に砕け散ってしまい、あまりの爆風に、「うわぁっ!?」、と悲鳴を上げながらクラスメイトたちが吹き飛ばされていく。

「きゃっ!」

ディエルも尻餅をついてしまい、何が起こっているのかと呆気に取られているところで、氷と炎は消えてなくなった。

大量にいたモンスターは全て消滅。強力なプロテクトが施されたはずの壁面は焦げ付いており、欠けている箇所もある。

大魔法を使った後のような荒れ模様だった。

ノマクラスの生徒たちは全員がぽかんとしており、その“中心人物”であるシンシアとニーニアもリアクションが取れないほど驚いている。

そうして訳が分からないうちにラビリンス内にチャイムの音が鳴り響き、午前の授業は終了となった。



「…っていうことがあってね」

シンシアが弁当箱の蓋を開けながら説明し終えると、「は、はぁ…」、と、ラフィンは頭に沢山のハテナマークを浮かべながら、とりあえず返事をしている。

いつもの体育館裏での昼食だった。シンシア、ニーニア、ティエリアに、ラフィンとディエルといったお決まりの仲良しメンバーが揃っている。

「え〜と、つまり“覚醒状態”に陥ったってこと?」

ディエルがいった。

覚醒状態とは、現代風にいえばハイテンションな状態であるということ。具体的にどうなるかは人によって様々だが、多くのケースとしては飛躍的なまでの魔法力の向上や、通常扱えないはずの魔法が使えたり、使用した魔法の効果量があり得ないほどに増幅される、といったものだ。

何でもできるような気がして、事実思う通りに大魔法を使えたりもする。しかし覚醒へ至るのは容易なことではなく、血が滲むような努力や経験が必要となるはずだ。

「思い返してみれば朝からシンシアもニーニアもいつもと雰囲気が違って見えてたし、ティエリア先輩もいつも以上にバリアが輝いていましたよね?」

ディエルの視線を受け、「そ、そうですね」、とティエリアは頷いた。

「私も同様の状態になっているかは、実技がなかったので分かりかねますが…」

そういった彼女だが、「いえ」、とラフィンがいう。

「ティエリア先輩にも起きていますよ。“異常”が」

「え?」

「周りを見てください」

ラフィンのいう通りに、ティエリアは周囲を見回す。

彼女の周囲には、沢山の小鳥たちがいつの間にやら集まっていた。

どうもエサ目当てにやってきているわけではなさそうで、ティエリアの周囲でただチュンチュンと鳴いている。

どの小鳥も穏やかに羽を休めており、ティエリアに寄り添って眠っている鳥もいた。明らかに、ティエリアの全身から発せられている優しい聖力に引き寄せられているようだった。

「何か思い当たることはないの?」

ラフィンはシンシアとニーニアにきいた。「特別な特訓をしたわけでもないでしょうし、昨日の今日でいきなり覚醒するなんて聞いたことがないわ。しかも三人同時にだなんて」

彼女たちの秘密を探ろうとしたようだが、

「あ、あ〜、まぁ…う〜ん、ど、どうなんだろうね、あはは」

シンシアが頭を掻きながら笑う。どう見ても誤魔化しているようだ。

「何よ。心当たりあるの?」

ディエルの興味が向けられるが、

「な、なんでもないよ、なんでも」

何故かニーニアが慌てだした。「た、たまたまなんじゃないかな。特別な何かをした記憶はないし…」

「いや、覚醒なんてそう易々となれるもんじゃ…」

「そ、それより早くお昼を食べましょう! お話をする時間が減ってしまいます!」

ティエリアまで紛らわすようにいって、黙々と食事に集中し始める。

ディエルがちらりとラフィンを見る。「どういうこと?」、という彼女の念が通じたのか、ラフィンは静かに首を左右に振った。

「ってあれ? 三人とも同じお弁当じゃない」

ラフィンの指摘に、シンシアたちは明らかにぎくりとした様子で手を止めた。

「弁当箱も一緒だし、どこかで一緒に作ってき…」

ラフィンが話しているのに、彼女たちは一斉にラフィンに背中を向け、無言のまま弁当を食べ進めていく。

「いやいや、何してんのよ」

ディエルがすぐに突っ込もうとしたが、「待って」、ラフィンが止めた。

顎に手を添え考えを巡らせていた彼女は、「お弁当が同じっていうことは、この子たちは登校前も一緒にいたってことじゃない?」、と、ディエルにこそっと耳打ちした。

「みんな朝早いんだし、早朝に集合したっていうことも考えられなくもないわ。けど、ごく自然的な流れを推理すれば…」

「…昨日も一緒にいたっていうこと…」

ディエルが引き継ぎ、「確か昨日って、みんなファミレスの『るしらん』にいたわよね…」、彼女も推理を始めた。

「そのままダインの家にお泊りしたと考えるのが自然で、そして次の日の今日、シンシアたちは覚醒状態になった…」

徐々に展開が読めてきたディエルは、シンシアたちの何度もぎくりとする反応を見て口の端に笑みを結ぶ。

彼女は続けた。「厳しい特訓の末に到達する覚醒状態を、簡単に引き起こせるなんてありえないわ。何か特殊能力を持っている人のサポートがあれば別だけど」

「特殊能力…?」

「ええ。例えば魔法力のやり取りができるような人とか…」

ディエルの推理に、シンシアたちはまた肩をびくびくと震わせている。

「で、でも、例えダインの家に泊めてもらったとしても、それだけで覚醒するのはおかしくない?」

「もちろん。だからこの子たちは家に泊めてもらっただけじゃなくて、ダインと同じベッドで寝たっていうことよ」

「は!?」

そしてこれが核心とばかりに、ディエルはシンシアたちに聞こえるように言い放った。

「ダインと同じベッドで寝て、そして覚醒に至った“何か”をしたっていうことよ!」

「な…!?」

驚愕するラフィンは、そのままシンシアたちを問い詰める。「ど、どうなの!?」

「え、え〜と…」

弁当を食べ終えた彼女たちは、身体をディエルたちに戻しながら頬を掻いていた。

「な、何かした…い、いえ、された、とか?」

ラフィンの追及に、「う、う〜ん…」、と彼女たちは曖昧に返事をするだけ。

イエスともノーともいわないが、三人の顔は真っ赤だ。もうそれだけで答えは出ているようなものだった。

もちろん実際には何もなかった。

シンシアたちにとっては、昨日の出来事は嬉しい行為という認識でしかなく、事実魔法力の循環をしていただけの、ある意味で“清い”ものだったのだが、恥ずかしがって答えられなかったことにより、ラフィンとディエルの誤解はさらに加速することとなった。

男と女が一つのベッドの中。そのワードだけで、二人の脳内は一気に破廉恥なものに染め上がってしまったらしい。

「ふ、ふふ、不埒な…ふ、不純異性交遊よ!!」

ラフィンが激しく激昂する。

「う、羨ましいわね!」

ディエルは別のベクトルで不満を露にさせた。

もうそこからは、てんやわんやだった。

「な、なな、なにやってるのよ! ど、どうしてそんな…! そ、そもそも、あ、あのダインに限って、そ、そんなこと…!!」

真っ赤になってしまったラフィンを見て、あらぬ想像を駆り立ててしまったとティエリアは思ったらしい。

「い、いえ、ち、違います! そういうことではなく、その…だ、ダインさんの触手で、わ、私たちは繋がっていただけ、ですので…!」

そう弁明するが、頭の中はピンク色に染まりきっていたディエルは別の意味で変換してしまったらしい。

「つ、繋がる!? い、いやらしいですね!?」

といった。「み、みんな未経験でしょ!? そんな…い、いきなり四人同時だなんて、ちょ、ちょっと背伸びしすぎじゃない!?」

「ち、違うよディエルちゃん! ルシラちゃんもいたから、だから…!」

「あ、あの子まで巻き込んだの!? まだ子供でしょ!? 早すぎるでしょ!」

ラフィンが過剰に反応している。

「も、もーだから違うってば! ダイン君を中心に、みんな一つになって寝ていただけだよ!」

見かねてシンシアが正直に打ち明けたのだが、ディエルとラフィンにはもう何をいっても“そっち”に変換させられてしまうようだ。

「か、かか…会議よ、会議! あ、あなたたち、あ、後で生徒指導室に来なさい!!」

そう告げるラフィンだが、「待って、ラフィン」、と何故かディエルが割り込んだ。

「これはもしかして、チャンスだと思わない?」

「ちゃ、チャンス? どういうことよ?」

「つまり、ダインと一緒に寝れば、私たちでも覚醒状態になれるってこと…いまよりも段違いに強くなれるのよ!」

「な…!? は…!? え…!?」

「ダインに女にしてもらえれば、文字通り一皮剥けるってこと!」

ディエルのはっきりとした口調に、動揺していたラフィンは少しだけ落ち着きを取り戻す。

「た、確か…に…?」

と一応は納得してみせたが、“女にしてもらう”という台詞がどういう意味かを理解し、「って、騙されないわ!」、と真っ赤になって否定した。

「そんな簡単になれるわけないじゃない!」

「だから間違いないって! ダインと寝れば強くなれるの!」

「そんなはずない!」

強くいったラフィンが次に打ち明けたのは、シンシアとティエリアには全く知らされてなかった事実だった。

「この間ダインと裸になって一緒に寝たけど、何もなかったじゃない!」

…まさしく、時が止まった瞬間だった。

小鳥たちのチュンチュンという鳴き声だけが木霊しており、やがて…

「え、ええええええええ!?」

シンシアとティエリアの驚愕する声が周辺に響き渡った。

あまりの大声に、小鳥たちはびっくりして飛び立っていく。

「ど、どど、どういうこと!? え!? ほ、ほほ、ほんとに!? な、何で!?」

「あ…」

ラフィンはしまったという顔をしており、ディエルは空を仰ぎ見ながら、「あちゃー」、と右手で額を覆ってる。

唯一その事実を知るニーニアだけは気まずそうにしており、事の成り行きを見つめることしかできない。

「く、詳しく! ラフィンちゃん、ディエルちゃん、詳しく!!」

「い、一体どのような流れでそのようなことに…!」

ラフィンのおろおろした視線がディエルを捉える。

「まぁ…正直に話すしかないんじゃない?」

諦めたようにディエルはいった。「この子たち、ダインに関することならどこまでもしつこく追及してくるわよ」

確かに、シンシアもティエリアも掴みかからん勢いだ。その両目は爛々と輝いており、何が何でも詳細を聞きだそうという執念に似たものを感じる。

「ほら、ラフィン。別に疚しいことでもないんだし」

この場はさらに混乱するだけだ。

「わ、分かったわ…」

大人しく頷いたラフィンは、シンシアとティエリアにブラッディスワンプでの一幕を語り始めた。

ダインが毒と寒さで倒れたこと。

魔法が効かない彼を助けるために、自身の身体を使って彼の回復を試みたこと。

熱心に説明を聞いていたシンシアとティエリアだが、ダインを裸にさせて一緒に寝た、という辺りでまた顔を真っ赤にさせていく。

「あ、あの…何か、イレギュラー的なものが発生したり、とかは…?」

尋ねるシンシアは少し震えている。どういったイレギュラーを思い浮かべているのかは、その顔を見れば一目瞭然だ。

「あ、あるわけないでしょ!」

シンシアと同じコトを想像してしまったのか、ラフィンは真っ赤なまま否定した。

「ダインが倒れて私たちも動揺してたんだし、変なこと考える余裕なんて微塵もなかったわ」

「それは…そう、だけど…」

呟くニーニアは、ディエルに目を向けた。本当かどうか、尋ねているような視線だ。

「もし私たちとダインの間に“何か”があったんだとしたら、ラフィンも私も今頃何にも手がつけられなかったでしょうね」

自分たちの態度が証拠だとディエルはいった。

「あの、ディエルさんも、一緒に裸に…?」

ティエリアが尋ねる。

「え、ええ、まぁ…」

素直に答えると、「い、いいなぁ…」、と、ニーニアから本音が漏れた。

「やっぱり昨日、同じようにすればよかった…」、なんてことをいっている。

「そ、そうよ、それよ!」

と、ラフィンがニーニアに人差し指を向けた。「は、裸で寝たことはダインを助けるためだったから問題ないの! そんなことより、昨日あなたたちがダインと一緒のベッドで寝たことが問題だっていいたいの!」

「あなた自分ですごいこといってるの、気付いてる?」

ディエルが冷静に突っ込むが、「う、うるさいわね! これ以上追及されたらあなたも恥ずかしい目に遭うことになるわよ!?」、と予想外の反撃をされた。

確かに、ダインと裸になって一緒に寝たことは思い出しただけでも顔が熱くなる。が、ディエルが何より暴かれたくなかったのは、その後の展開だ。

ダインを間に挟んでラフィンと語り合い、挙句に手を繋いで眠ってしまった。

冷静になったディエルにしてみればそのときのことは黒歴史といっても過言ではなく、これ以上シンシアたちの追及を許せば、その記憶まで掘り起こされてしまう。

「分かったわ」

だからディエルはいった。「昨日はあなたも私も家に帰らされた。だからあなたは憤ってるのよね。その場に私もいれば…っていうことでしょ?」

「え…は? い、いえ、そんなことは…」、ラフィンの目が泳ぐ。

「隠さなくて良いのよ。私だってそうなんだから」

余った菓子パンを全て口に放り込み、ごくりと飲み込んでからディエルは決意を口にした。

「私、ダインに女にしてもらうわ」

…また時間が止まった。

「おん…!? な、何いって…」

ラフィンの顔がまた赤くなる。

「私だって強くなりたいんだもの」

頬をほんのり赤く染めながら、ディエルはいった。「覚醒なんてそう容易く至れるものじゃない。でもダインなら簡単にしてくれそうだし、一緒にも寝れるんだから一石二鳥じゃない。彼になら何されてもいいし、私」

「ば…バカじゃないの! バカじゃないの! ダインはそんなことを易々とするような人じゃ…!」

「そうね。ダインの理性はなかなか強固よ。でも彼だって男なんだもの。こっちが渾身の色仕掛けをすれば崩せるはずよ」

「い、色仕掛けって、あなたね…!」

押し問答を始めるディエルもラフィンも、さっきからずっと勘違いしたままだ。

「あ、あのね! エッチはしてないから!!」

ダインの名誉のためにも、シンシアは叫んだ。「普通に一緒に寝ただけで、ついでに魔法力の循環をさせてもらってて、覚醒状態はおまけみたいなものだよ。その覚醒だって一時的なものっぽいし…」

確かに、シンシアたちの凛とした雰囲気はいつの間にか消えていた。魔法力も元に戻っているらしく、ティエリアの元に集まっていた小鳥たちはもう近寄ってこない。

何にもなかった、と続けるシンシアだが、「一時的なものでもいいのよ」、とディエルはいう。

「強者の気持ち? っていうものを味わってみたいし、クラスメイトのみんなを驚かせてもみたいし、ダインとも一緒に寝たい。全ての欲が満たされるんだもの。やらない手はないじゃない」

「だ、駄目よ!」

ラフィンがまた反対の声を上げた。「そもそも、みだりに男女が接触してはならないっていう校則があること忘れたの!? あなたは副会長としての自覚を少しは…!」

「それはこの学校の中だけのルールでしょ?」

ラフィンの台詞を遮って、ディエルが“事実”をぶっ込んだ。「ダインはこの学校の生徒じゃない。つまり彼は部外者なのよ。あなたならこの意味が分かるでしょ?」

「ぶ…部外者…」

「そう。その部外者とどういう仲になろうが、校則には当てはまらない。違反にはならないのよ」

そこでラフィンは黙り込んでしまった。実際ダインはセブンリンクスの生徒ではないし、そのため校則など関係ない。

理性と欲望。頭の中をぐるぐる回り始めたラフィンに、ディエルは囁き続けた。「これはチャンスなの」

「ちゃ…チャンス?」

「ええ。校長先生の取り計らいのおかげで、ダインは近い将来この学校に戻ってくるわ。だから彼との“特別な関係”を築き上げるタイミングは、ダインが部外者である、いまを置いて他にはないとは思わない?」

ラフィンはハッとした表情になる。その通りかもしれないと、シンシアたちまで気付かされたような表情になった。

「ライバルが減るんだし、ラフィンにその気がないならないで構わないわ。でも私はこのチャンスを逃したくない」

ディエルはすっと立ち上がる。

「私はダインに女にしてもらう!」

頭上で数人の生徒たちが戯れているのを気にもせず、ディエルは同じ台詞をいった。「ダインと特別な関係を築いて、あなたを出し抜いてやるわ!」

「そ、そんなことさせないんだから!」

ラフィンも慌てて立ち上がった。「あ、あなたなんかに追い越されてたまるもんですか! わ、私が先に…!」

「私も…!」

と、ぞろぞろとシンシアたちまで立ち上がる。

「ええ、いいわ。いいわよ」

ディエルは不敵に笑った。「悔しいけど、私一人の色香程度じゃ、アイツの鉄壁に近い理性は崩せそうになかった。でも私たちが束になってかかれば、きっとあの牙城は崩せるはず」

小柄で、小動物のような可愛らしさを放つニーニアとティエリア。

魅惑的なボディを持つシンシアとラフィン。

これだけの女性に迫られれば、いくらダインであろうと耐え切れないはず。

「待ってなさいよ、ダイン…どれほどの精神鍛錬をして鉄壁の理性を持てたのか知らないけど、私たちの魅力にかかればイチコロだっていうことを分からせてあげる。最終的に、男は女に抗えない生き物なのよ!」

そういって、彼女は青い空に向けて高笑いを響かせた。

シンシアたちも同じように笑い声を上げ始め、ラフィンは恥ずかしそうにしたまま。

昼休憩の終わりを知らせるチャイムが鳴り響いても、彼女たちはしばし妄想に耽っていた。

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