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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百五十八節、ハッピーモーニング

緑に囲まれた、森のような景色の中━━夢で久しぶりに再会した“ルシラ”は、どこかやつれて見えていた。

ダインの隣に座って満足そうにしているものの、上半身が少し揺れている。

(大丈夫か━━?)

心配な“気持ち”を彼女に伝えると、ルシラはこちらを見上げつつ笑顔で頷いた。

「ちょっと使われすぎちゃったから…」

誰に何を使われているのか。

相変わらず彼女に関しては分からないことだらけだが、ルシラの行動がこれまで無意味なものだったことはない。

誰かの役に立つようなことをしているのだ。自分を犠牲にしてでも守りたい何かがあるのだろう。

「でも頑張るよ。ここが踏ん張りどころだと思うし。だからダインも…」

ダインの前でも気丈に振舞おうとする彼女を、ダインは無意識で抱き寄せていた。

「わわ…だ、ダイン?」

まさか抱きしめられるとは思ってなかったのか、ルシラは驚く。

「ど、どうしたの? 嬉しいけど…」

ルシラとは意識が繋がっている。だからダインはそのまま彼女に心で伝えた。

(絶対に会いに行くから、それまでは耐えてくれ…)

そのダインの“声”は、ルシラに届いたようで、彼女は「ん…」、と彼に寄りかかり、抱き返してきた。

「待ってる…ね」

そのとき、彼女から「あ」という声が漏れる。

「もしかして、いまみんなと一緒に寝てる?」

現実のダインの様子が視えたようだ。「シンシアちゃんとニーニアちゃん、それにティエリアちゃんの心を感じるんだけど…」

(心を通わせあったまま寝てるんだよ)

ダインはそう伝え、さらに腕に力を込めて彼女を抱きしめた。(分かるか? みんなの想い)

「う、うん。すごく大きくて…優しい力…」

赤い表情ながらも確かな奔流を彼女も感じているようで、次第に心地良さそうに目を閉じた。

彼女の力かどうかは分からないが、“ここ”は夢と現実がごちゃごちゃになっている世界。

もしかして、とあることが閃いたダインは、にっと笑った。

(ついでにあげるよ。みんなの想いをさ)

「え?」

ルシラを抱きしめたままダインは集中し、内側に感じていた熱い奔流━━シンシアたちの魔法力が、ルシラに流れていくよう念じてみた。

するとルシラから「ふあっ!?」、という声が出て、全身をびくりと震わせる。

そのまま“力”を流し込もうとしたところで、「だ、駄目だよっ!」、と慌てたように離れていった。

(どうした?)

「し、シンシアちゃんたちが疲れちゃうよ…」

(いいんだよ。みんなルシラのことが大好きで、お前の役に立つのなら、多少疲れるぐらいなんでもない)

ダインの狙い通り、少し力を流し込んだだけでもルシラの顔色は良くなっている。

体の揺れも緩和され、元気を取り戻してきたようだ。

(もっとあげるよ。あいつらの元気をさ)

ダインはルシラの腕を掴んで、再び抱き寄せる。

「あっ!? だ、ダイン…!」

ルシラの声を無視して、再びみんなの元気を流し込んでいった。

「ふああああぁぁぁぁ…」

ダインの腕の中でルシラは体中をびくびくさせている。

顔の血色がみるみる良くなり、いつもの元気なルシラに戻ってくれたようだ。

(こんなもんでいいかな?)

これ以上は色んな意味で危険だと判断し、注入を中断する。

(元気出たか?)

彼女が落ち着くまで、頭を撫で続けた。

「だ、駄目って、いったのに…」

ルシラはやや恨めしい目つきでダインを見る。

とはいえ力も戻ってきたようで、ダインを押し返す力が強い。

何故だかそのまま押し倒されてしまった。

(あの…ルシラ?)

巨石の平たい部分に彼を倒させた状態で、ルシラが馬乗りになる。

「ダインのせいだよ」

そのままルシラはいう。「こんなに熱い“想い”をぶつけられて…我慢できなくなっちゃったじゃない」

その長い髪がひとりでに動き、ダインの身体に巻きついていく。

彼を拘束し、ルシラは上体を屈めた。

覆いかぶさるルシラ。その可愛らしい顔が近づいてくる。

(え、ちょ…)

ダインがリアクションする隙もなく…キスされた。

時が止まったかのようだった。

やがてルシラは口を離し、これまた可愛らしい照れ笑いを見せてくる。

「えへへ、とうとうしちゃったね」

熱に浮かされたような表情だった。

「大好きな気持ちが止まらなくなる。もっともっと、ダインが欲しくなるから駄目だよっていったのに…」

白いワンピースを脱ぎだそうとし始めたので、ダインは慌てて止めた。

「ダインのせいだもん。このまま襲っちゃうんだから」

ルシラもルシラで諦めるつもりはないようだ。

またダインの顔に覆いかぶさり、程よい大きさの胸を押し当てる。

まずい流れになってきたとダインは慌てるが、そこで視界が白い光に包まれだした。

「あう…もう、どうしていつもこのタイミングなのかな…」

ルシラは悔しそうだが、反対にダインは助かった気持ちで一杯だ。

「でも、ありがとう、ダイン」

と、彼女はすぐに笑顔になっていった。「おかげで回復したよ!」

(俺は橋渡しをしただけだ)

シンシアたちの魔法力を流し込んだだけで、魔力の少ない自分は何もしていない。

そう伝える彼だが、ルシラは「それが凄いことなんだけどね。誰にでも出来ることじゃない」、とまた笑った。

「魔法力もそうだけど、この気持ちも想いも、相手に直接流し込める…ダインにしかできないことだよ」

もしかしたら…と呟く彼女は、嬉しそうな顔でダインを見つめている。

「ダインは…ううん、シンシアちゃんたちは、奇跡の魔法を使えるようになるかもしれない」

(奇跡の魔法?)

「うん。奇跡の、最高な…最強の魔法」

(何だよそれ。子供っぽいぞ)

ダインが笑うと、ルシラも可笑しそうに笑った。

「あはは。でもほんとだよ? 覚えてて」

光に包まれ、何もかもが真っ白になる中、ルシラは続けた。「この気持ちを大切にして。この気持ちこそが、奇跡の━━」

そこで夢から現実に切り替わってしまう。



ダイニングルームの広いテーブルには、ハムエッグ、コーンスープ、サラダといったヘルシーで美味しそうな朝食が並んでいた。

窓の外からは朝日が差し込んできており、そんな中ルシラがパンを焼いたり飲み物を準備したりと、ぱたぱたとスリッパの音がひっきりなしに聞こえている。

「ルシラ、ゆっくりでいいですよ」

元気に駆け回るルシラのサポートをしつつ、サラは「以上です」、と椅子にかけるシエスタの前に器に盛られたヨーグルトを置いた。

「ありがとう」

お礼をいったシエスタはサラを見ずに、目の前で横に並んで朝食を食べようとしている、制服姿のシンシアたちに目線を送る。

「…ねぇダイン」

にやついたその視線は、端っこで居心地悪そうにパンをかじっている息子で留まった。

「これは一体どういうことかしら?」

ダインの動きが止まる。

「みんなぐったりしているようだけど?」

シエスタの言葉の通り、シンシアたちは全員が緩慢な動作で朝食を食べていた。

両足は僅かながらに震えており、パンを持つことすら難しそうで、何より顔が真っ赤。

清々しい朝であるはずなのに、彼女たちの紅潮した表情と乱れた呼吸は“行為後”を思わせるものでしかない。

「あなたが何かしたとしか思えないんだけど?」

詳細を尋ねようとしたシエスタ。

「決まっているではないですか」

何故かサラが答えた。「ダイン坊ちゃまは、とうとう…いえ、ようやく、男として目覚めたというわけですよ」

「ち、違うから!」

ダインはすぐさま否定する。「複雑な事情があって説明しづらいけど、二人が想像しているようなことは何もしてねぇよ!」

一人喚きだすダインだが、シエスタもサラも冷静だ。

「照れなくてもいいのよ。昨日私たちがいったことを本当に実行していたのは驚いたけど、みんな同意の上であなたの情欲を受け止めて…」

「だ、だから違うっての! “そういうこと”は何一つしてない!」

「下着、可愛かったでしょ? 私が選んだのよ、あれ」

「マジで知らないしこんなところでそんな事実ぶっこむな!」

「ほう、堪能してなかったと? パンツ好きなダイン坊ちゃまでしたら、もっとじっくりねっとりシンシア様方のお下着姿を眺めているものと…」

「おい! おいサラ! おい!!」

何か言ってやれとダインはシンシアたちに目線を送るものの、彼女たちは恥ずかしそうにするばかりで言葉を発さない。

「これは確定でしょうか?」、サラは何故だか嬉しそうだ。

「あ、あのな…」

「旦那様は頭を抱えてらっしゃいます」

確かに、テーブルの先端で座っていたジーグは文字通り頭を抱えて唸っていた。

「う〜む…これは…どうしたものか…」

そう呟いている。

その真剣な表情は、まるで息子が犯してしまった罪をどう償おうか思い悩んでいるかのようだ。

「いや、だからな? 親父、俺は何もしてないんだ。だからあちらさん側にどう説明しようとか、責任とかは考える必要はなくてだな…」

「男の子であればシオン…女の子であればマリン…いや、アリスちゃんも捨てがたいな…」

「想像力! 先行しすぎだ!!」

突っ込んで回るダインを眺めつつ、シエスタとサラはクスクスと笑い出した。

「さ、こちら強力な回復ドリンクです。お飲みください」

そのままサラはシンシアたちに小瓶を置いていく。

「あ、ありがとう、ございます…」

早速蓋を開け中の液体を飲んだシンシアたちは、徐々に顔の赤みが引いてきた。

どうやら即効性のある回復剤だったようで、体の震えも収まってくる。

「さ、どんな“楽しいこと”をしていたのか教えてくれない?」

シエスタはまだ息子を弄り倒す気でいるようだ。「どんな変態的なプレイ内容だったとしても、母としてちゃんと受け止めてあげるわ」

さらに頭に血が上るダインだが、一度深呼吸して持ち前の冷静さを取り戻した。

「もうすぐ登校時間だ。詳細を説明してる暇はないよ」

早く食べよう、とシンシアたちを急かした。「どうせ何をいったところで茶化されるだけだろうしさ」

「いえ、純粋に気になりますよ」

と、ルシラを椅子に座らせながらサラ。「真面目な話、就寝中にダイン坊ちゃまは吸魔衝動に駆られたと?」

「…意図したものだよ」

仕方なく、ダインは説明を始める。「夢の中にルシラが出てきたからさ、しんどそうだったからシンシアたちから魔法力を横流しさせてもらっただけだ」

「…相変わらずだな、ダインは」

どこか達観したようにジーグがいった。「夢の中で逆吸魔をしただと? 相変わらず、どのヴァンプ族にもできない芸当をやってのけるわい」

「ほんと、見てて飽きないわ」

シエスタは愉快そうだ。「シンシアちゃんたちには、良かったら引き続きウチで泊まって欲しいぐらい」

「え、い、いいんですか?」

シンシアの顔が上がる。

「いや、さすがに家の人が心配するだろ」

ダインが横槍を入れた。「登校日前日にまでお泊りなんて、ヒンシュクかわれちまってるかも知れないのに…」

「何だったら親族もみんな呼べばいいんじゃない?」

シエスタがとんでもないことを言い出した。

「シディアンさんとはほとんど毎日顔を合わしているわけだし、一昨日はマリアさんとマミナさんも来てくれたんだし。楽しかったわねぇ、まざまざ会食」

「ええ、とても」

「…良く知らないけど、あんま騒がしすぎるのは勘弁な」

それよりも、とダインはシンシアたちに顔を向ける。「早く食べないと、マジで遅刻しちまうぞ?」

「あ、そ、そうだね!」

彼女たちはせっせとパンを食べ始めた。

急いではいるものの味わって食べているようで、口々に美味しいと笑顔を浮かべる。

「…う〜ん…でもほんと、新鮮だわ。娘が出来たみたい」

シンシアたちを見つめるシエスタはなんとも嬉しそうだ。

確かに珍しい光景ではある。この屋敷に学生といえば男子のダインしかいなかったのだが、いまは制服女子たちが朝ごはんを食べている。

華やかで微笑ましく、ずっと見ていたいぐらいです、とサラは携帯で撮影まで始めていた。

「ん〜…でもなんか、違うね?」

と、パンを食べながらルシラがいった。

「違うって?」

意味が分からずダインが尋ねる。

「しんしあちゃんたち、何だか、ふんいき…? が、違って見えるような…?」

「んん?」

ダイン含む親族側が、彼女たちをまじまじと見つめだす。

「え、ど、どこか変かな?」

シンシアたちはいそいそと髪を弄りだした。

身なりも整えだしたが、表情や仕草におかしな様子は見られない。

が、確かに彼女たちから発せられる空気のようなものに、何か違和感があった。

シンシアもニーニアもティエリアも、平時ならばその見た目の通りに“ぽわぽわ”した空気が漂っていたはず。

なのにいまの彼女たちからは、どこかピリッとした…いや、凛としたものを感じる。

「…少し大人びた?」、シエスタがいった。

「の、ようです、ね」、とサラ。

「大人びたというか、強くなったよう、な…? はっきりとはいえんが…」

ジーグまでそういい、「え? え?」、と、自覚がないらしくシンシアたちはお互いの顔を見詰め合っている。

だが、何が大人びて強くなったかは、見た目には全く変化はないため誰にも分からない。

持ち前の観察眼を発揮させつつ、シンシアたちを食い入るように眺めていたサラは、「…なるほど」、と声を出した。

「つまりシンシア様方は、文字通りダイン坊ちゃまに女にされたというわけで…」

「違うからな」

ダインは即座に突っ込んだ。「隙あらば下ネタは止めてくれ」

「私から下ネタを取ったら何も残らないではないですか」

「それはどうリアクションするのが正解なんだ」

そこでシエスタがくすっと笑い声を漏らす。

「ま、変わったのは雰囲気だけだし、悪い変化ではなさそうだから、そこまで気にしなくていいんじゃない?」

「そう…ですか?」

「ええ」

とそこで、テレビの下に置いてあった時計からアラームが鳴った。

ダインがいつも登校している時間だった。

「あ!? ご、ごちそうさま!」

シンシアたちは慌てて残りのご飯を口に詰め込んで、ジュースで流し込んでから立ち上がる。「もう行かなきゃ!」

カバンを掴み、シンシア、ニーニア、ティエリアの三人は玄関まで小走りで向かう。

見送るためにダインたちも玄関へ集まり、学生靴に履き替えたシンシアたちは、くるりと身体を後ろに向けた。

「いまからいっても十分間に合うから、焦らずにな」

ダインが笑いかけ、「荷物はそのままにしておくわね。学校が終わり次第取りに来て」、とシエスタがいう。

「こちら、お三方のお弁当です」

サラは彼女たちの分の弁当を用意しており、シンシアたちはありがたくそれを受け取ってカバンに詰めた。

「ではな。楽しんできてくれ」

ジーグの言葉に、シンシアたちは元気良く頷いてみせる。

「まってるね!」

手を振るルシラの姿にたまらなくなったのか、彼女たちは順番をつけてルシラを抱き寄せ、エネルギーをチャージした。

そうして優しくて楽しいカールセン一家を順繰りで見たシンシアたちは、

「それじゃあ…いってきます!」

元気よくダインたちにそう声をかけ、玄関のドアを開ける。


今日も朝から晴れていた。

まぶしすぎる陽光は庭先にも降り注いでおり、シンシアたちは目を細めながら駆け出していく。

「んあー! なんかすごく幸せな朝だね!」

背伸びをしながらシンシアがいい、「はいっ!」、とティエリアは大きく頷いた。

「とても、とても楽しかったです。こんな日が続けば良いのに」

彼女の呟きに、「続きます!」、と同じく元気にニーニアがいった。

「私たちの計画が成功すれば、きっと…!」

「ですね!」

笑顔のニーニアとティエリアを見て、シンシアはまたテンションが上がったようだ。

「よーし! 今日も一日、張り切っていこー!」

「おー!」

朝日を全身に受けながら、腕を振り上げるシンシアたち。


そんな彼女たちの楽しげな背中を笑顔のまま眺めてから、ダインは静かに玄関のドアを閉めた。

「さて、じゃあ私は食器を洗ってくるわね」

シエスタはキッチンへ向かう。

「では私たちは庭掃除と、ピーちゃんたちのお散歩に行きましょうか」

サラはルシラにいい、「うん!」、満面の笑みで頷いたルシラと共に、二人は中庭へと歩いていく。

「じゃあ俺はどうしよっかな…」

ダインはこれからの予定を脳内で組み立てるが、

「ダインよ」

最後に残っていたジーグが声をかけてきた。

「ん?」

「少し話がある。ついてきてくれ」

「話?」

「ああ」

と、ジーグがおもむろに懐から取り出したのは、白く四角い物体…硬化した七竜の残骸だった。

「七竜と“古の忘れ形見”の関連性が分かってきた」

怪しく微笑んだまま、ジーグはいう。「“アレ”は彼らにとって己を縛り付ける鎖のようなもので、壊すべき存在だったようだ」

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