百五十七節、夢の先
「この辺りでいいですかね」
“軽々と”ダブルベッドを一人で運んでいたサラは、部屋の隅にあったダインのベッドのすぐ側にそれを置いた。
「後はシングルベッドが一つと…よし、これで完成ね」
シエスタの手によってさらに追加でベッドが置かれ、ダインの自室はベッドのみで埋め尽くされてしまう。
「わーい!」
シエスタとサラがベッドメイキングを終えてすぐ、ルシラがそのベッドに飛び乗っていた。
「ふかふかー!」
布団に包まる彼女は本当に気持ち良さそうにしている。
「いや…さすがにこれはやりすぎじゃねえか?」
自室が一面ベッドまみれなってしまい、ダインは困惑気味だ。「タンス開けられないどころか、椅子にも座れないんだけど…」
「この後は寝るだけですからいいではないですか」
と、サラ。「五人一室なのですから、まだベッドが足りないぐらいですよ」
「いや、それなら俺のベッドを別室に移して、敷布団を詰めたほうが良かったんじゃ…」
「べっどのがきもちーよ?」、と布団の中からルシラ。
「まぁそれはそうなんだけどさ…」
「ダイン君」
ちょうどそこでシンシアたちがキッチンから戻ってきた。みんな手に飲み物を持っている。
「ダイン君とルシラちゃんはホットミルクで良かったんだよね?」
彼女たちはみんなパジャマ姿にマグカップだ。何だかやけに似合っていて可愛らしい。
「ああ。サンキュ」
ダインはマグカップを受け取ろうとしたが、
「わぁ…! お部屋の中がベッドで埋め尽くされています!」
異常な光景であるはずなのに、ダインの自室を見たティエリアは目を輝かせた。
「早く入ろう、早く!」
ニーニアもウキウキしている。
彼女たちは早速パジャマパーティを始めようとしていたが、「その前にちょっといいかしら」、とシエスタがやや真面目な顔になって声をかけた。
「まだ寝るには早い時間だし、私たちの寝室はここから遠いから、どれだけ騒いでくれてもいいんだけど…」
彼女はそこで言葉を切る。何やら言いにくそうにしている。
「けど…なんだよ?」
「親の立場としていわせてもらうけど、一応、その…“節度”は守ってね?」
「…は?」
何のことか分からずにいると、
「至極真面目な話ですよ」
サラが継いだ。「一つの部屋に男女が一緒になる。間違いがないというほうがおかしいのです」
そこで彼女たちが何を言いたいのか気付いたダインは、「真面目な話じゃねぇじゃん」、と一応突っ込んだ。
「真面目ですよ」
サラは素の表情で反論する。「明日はみなさん学校なのに、疲れ果てさせたまま登校させるわけにはいかないではないですか」
「心配の方向性がおかしいだろっ!」
「私としてはウェルカムな展開なのだけどね?」
シエスタは期待を込めた視線をシンシアたちに向けており、何を想像したのか彼女たちは真っ赤になって俯いてしまう。
「いいからもう戻ってくれ!」
たまらずダインはシエスタとサラの背中を押し出した。「妙な空気を作るな!」
「はいはい。時々聞き耳を立てにくるわね?」
「親がいう台詞じゃねぇ!」
「あはは!」
おかしそうな笑い声と共に、シエスタとサラはリビングへ戻っていった。
「ったく…」
ダインはため息を吐いてシンシアたちのほうを見る。「いつも余計なこといって俺を困らせようとするから参るよ」
「あ、あはは。そ、そうだねぇ」
一応笑顔を浮かべるシンシアたちだが、その真っ赤な顔から意識しまくっているのは明らかだ。
ダインもダインで想像しないようにしていたのに、つられて顔を赤くさせてしまう。
普段だったら、彼女たちの“自衛”のためにも別の部屋に寝るよう提案していたところだったのだが、今日のメインは彼女たちと一緒に寝ることにある。
それを楽しみにシンシアたちは泊まりに来てくれたのだし、今更メインの予定を変更するわけにはいかない。
「と、とにかく部屋に入ろうか」
ダインはそういってシンシアたちを自室に招き入れる。
「ごろごろー」
ルシラはまだベッドの上で転がっていた。
やたらハイテンションなのは、沢山の人と一緒に寝れるからなのだろう。
「なんかたのしーね!」
「ああ。そうだな」
その屈託のない笑顔を見ていると、不思議と顔の赤みが引いてきた。
シンシアたちも恥ずかしさより楽しさのほうが増してきたようで、部屋の片隅で島のように浮いていたテーブルに飲み物を置いて、ルシラと同じようにベッドにダイブする。
「ルシラちゃん、パジャマパーティだよ!」
シンシアはルシラを抱きながら、一緒に転がりだした。
「ぱじゃまぱーちー! あははは!」
ごろごろ転がられながら、ルシラはいう。「ぱじゃまぱーちーって何するのー?」
そこでシンシアの動きは止まる。
「え〜と、何するんだろ?」
そもそもパジャマパーティがどのようなものか、良く分かってない顔だ。
「主に楽しいトークをするものだと、本には書いてありましたが…」
独自に調べてきたらしい、枕を胸に抱きながらティエリアが答える。「噂話や、こ、恋バナなどありまして…私たちならばどのような話題でも盛り上がれるはず…!」
…恋バナは色々とまずいような気がする。
何かいい話題はないかと部屋を見回したダインは、勉強机の上にシンシアたちの学生カバンが積みあがっていたのが見えた。
「そういや明日は何の授業があるんだ?」
いい話題が見つかったとダインが尋ねると、「明日は確か…」、とシンシアが自身のカバンを漁りだす。
明日の準備はとうに済ませていたようで、中から教科書とノートが数冊出てきた。
「座学ばかりだね。歴史と魔法学とかかな」
「へー」
「私のクラスでも座学がメインでして、数学と地理、それに同じく魔法学がありますね」
ティエリアもベッドの上に教科書を広げていった。
「見ていーい?」
側で眺めていたルシラが早速話しかけてくる。本というものは知識の集合体なので、ルシラはどんな本でも興味を示しているようだ。
「うん、もちろんいいよ」
「ありがとー」
と、ルシラが嬉々としてまず手に取ったのは歴史の教科書だ。
ぺらぺらと適当に読み進め、あっという間に最後のページまでいってしまう。
そして今度はティエリアの地理の教科書を手にとって、また黙読を始める。
傍目には、子供が難しい教科書を読み流しているようにしか見えない。
しかしダインたちは知っている。ルシラの知識はもうとっくに、シンシアたちがいま習っているところを追い越してしまっているということを。
「るしらが勉強したのと大体おなじことが書いてあるね!」
案の定、そういってきた。
ダインたちに笑いかけるその笑顔は、何故だか余裕綽々と微笑む天才のそれに、彼らには映った。
「あ、でもふくしゅーは大事かも!」
と、彼女はまた歴史の教科書を読み込み始める。
「ちなみに歴史っていまどの辺りを習ってるんだ?」
単純に気になってダインはきいた。
「まだ最初のほうだね」
ニーニアも自身の教科書を手に取り、いった。「イシュタル歴の始まりから終わりまでを辿るみたい」
「なるほど。あんま進んでないんだな」
ダインはそういいながら散らばった教科書に目をやり、気になるものを発見した。
「こっちは?」
掴んで見せたのは、魔法に関する教科書だ。「どの辺まで進んでるんだ?」
「え〜と、魔法と精神に関するメカニズム…だったかな?」、とニーニア。
「難しいよね。私ちょっと追いつけなくなってきたかも」
そう話すシンシアに、「分かります」、とティエリア。
「私もその辺りのことは理解するのに苦労した記憶があります。特に“賢人魔法種”というものはほぼ全文がテストに出てきていましたので、必死に丸暗記していましたね」
「賢人魔法種…?」
「こちらですね」
ティエリアは魔法学の教科書を手に取り、該当のページを開いて見せてきた。
そこには、世の中に数えるほどしかいない、“賢者”と称されるウィザード職の人たちが偶然発現させられたとされる、魔法の一覧表が書かれてあった。
“石を黄金に変える”
“一部の空間が圧縮され、巨大なワープホールを出現させる”
“個人の運気をありえないほどに上昇”
“天候を一瞬で変える”
才能と血統、種族、気候にコンディション。あらゆる条件が奇跡的な確率で折り重なった際、偶発的に発現に至った奇跡の魔法らしい。
“再現不可能魔法”という記述があり、確かにどれも現在の魔法技術では実現不可能なものばかりだ。
魔法にはまだまだ解明されてない部分は多い。偶発的な魔法はまだ数多く存在しているかもしれない、という一文でそのページは締めくくられている。
「…奇跡の魔法、か…」
それら再現不可能魔法の一覧を眺めていると、ダインの頭の中に何か閃くものがあった。
すべてが漠然としたものではあったのだが、何故だか“出来そう”な気がしていたのだ。
とはいえ具体的な方法も、どんな魔法なのかも何も浮かばなくて、すぐに空想が霧散してしまう。
「…ふぁ〜」
教科書を読みふけるルシラからあくびが漏れた。
「おっと、もうこんな時間か」
クラスメイトのことで会話が弾み、いつの間にか深夜近い時間になっていた。
「そろそろ寝よっか」
シンシアがルシラに話しかけるが、彼女はぷるぷると首を横に振っている。
「まだ…起きてぅ…」
いつもならとっくに寝ている時間だ。ルシラの上体がゆらゆら揺れている。
「まだ…みんな、で…」
それでも眠気に抗ってるのは、この楽しい時間をもっと味わっていたかったからなのだろう。
「分かってるよ。またこうしてみんなでパジャマパーティしような」
頭を撫でながらダインがいうと、「んへ〜」、とルシラは笑顔になった。
そのまま寝てしまいそうになったルシラだが、彼女には寝る前にすることがある。
「悪いけど誰かこいつをトイレに連れて行ってくれないか? いつもはサラに連れてってもらってるんだけど…」
「私が連れて行くよ」
シンシアがルシラを抱えた。「ちょうど私もトイレに行きたかったし」
「あ、私も…」
腰を上げたティエリアと一緒に、三人は部屋を出て行く。
「みんな結構お茶を飲んじゃってたからね」
残ったニーニアはくすくすと笑っている。
「ニーニアは大丈夫なのか?」
「うん。ダイン君も?」
「ああ」
教科書をカバンに戻してから、ダインは、はぁ、と息を吐きつつベッドの上で仰向けになった。
「しっかし今日は本当に色々あったよ。プノーを助けて孤児院で子供たちと遊んで、コーディさんと知り合ったり意外な奴と出くわしたりさ…」
濃い内容の一日だったと告げるダインに、「大変だったね」、とニーニアがいった。
「ダイン君倒れちゃったんだよね。枯葉の上で寝ちゃったって聞いたんだけど…」
「ああ、そうなんだよ。枯葉とはいってもガサガサで地面も硬くて、起きたときは身体のあちこちが痛くてさぁ」
仰向けのまま愚痴を呟いていると、突然視界の中にニーニアの顔が現れた。
彼女にしてみれば、ごく自然な流れだったのかもしれない。
ダインの頭が掴まれ、ベッドと頭部の間に柔らかいものが差し込まれる。考えるまでもなく膝枕されたのだろう。
「何かして欲しいことないかな?」
満足げにダインの頭を撫でながら、ニーニアはいった。「今日は色々あって疲れてるだろうから、何かして癒せればいいな」
「あーいや、ニーニアがしたいようにしてくれれば、それでいいよ」
顔の赤みを抑えつつ、ダインはいった。「このままでも十分気持ちいいし、ニーニアがしてくれることなら何でも癒しになるよ。だから好きにしてくれ」
そこで何故か彼女の手の動きが止まる。
「えと…で、でも、いいのかな…」
頬を赤くさせながら何やら考え出した。
「何のことだ?」
「あ、えとね、ルシラちゃんから聞いたんだけど…」
部屋には他に誰もいなかったのだが、ニーニアは声を潜めてダインにいった。「ダイン君とラフィンちゃんとディエルちゃん、みんなから同じ匂いがしてたって」
「…匂い?」
「う、うん…あ、もちろん臭いってことじゃないよ? 甘いお花の匂いっていってたから、ラフィンちゃんかディエルちゃんか、そのどっちともってことも考えられるけど…」
「う」と、ダインの身体が硬直する。
あえてシンシアたちには伝えてなかったことなのに、ニーニアはずばり言い当てた。「ダイン君、寒さと毒で倒れたっていってたから、回復魔法も効かないし、だからもしかしてラフィンちゃんとディエルちゃんが、身体を使ってダイン君を暖めて回復させたんじゃないかなって…」
「…名探偵だな」、ダインはそういうしかない。
「あ、そ、そうだったんだ、やっぱり」
「まぁあれは色々と不可抗力でさ、あいつ等も俺のことを心配してくれるあまりにあんなことを…」
「う、ううん、それはいいんだよ、全然」
そういいつつ、ニーニアの顔は徐々に真っ赤になっていく。
「だから、私が好きにしていいんだったら、その…わ、私も、同じように…」
続く台詞を遮って、「あ、あーいや、それはさすがに…な?」、ダインは慌てて止めた。
「節度を持ってっていわれたばっかだろ?」
「そ、それはそうなんだけど…」
病的なまでに世話好きなニーニアなんだ。きっとラフィンとディエルのことを羨ましく思ってしまったのだろう。
自分も同じようにしたい。身体を使ってダインを癒したい。
世話を焼きたいという気持ちが昂ぶると、ダインですら止められなくなる彼女なのだ。
「いいか、ニーニア」
だから、シンシアたちはまだ帰ってくる気配がないことを確認し、ダインはこっそりと…しかしはっきりと自分の気持ちを伝えた。「お前は可愛い」
「かわ…え?」
「可愛いんだよ、すごくさ」
またニーニアの顔が茹蛸のようになっていく。
苦笑しつつ、ダインは続けた。「俺も一応は健全な男子なわけでさ、その…“そういうこと”を全く妄想しないわけでもない」
ダインの言わんとしてることを理解したニーニアは、真っ赤なまま動きが固まる。
「サラや母さんから色々特訓を受けてはいるけど、それでもやっぱり限界ってもんがあってさ、お前が…いや、お前たちが可愛ければ可愛いほど、崩されそうになる。実際、こうしてるいまでも結構我慢してる部分もあるんだぞ?」
「わ…わ、私、は、べ、別に…そ、そうなって、も…」
「あー待て待て」
それ以上は言わせないとばかりに、ダインは続ける。「これ以上俺の理性を崩すようなことはいわないでくれ。俺だけは最後の砦でいたいんだよ」
「最後の…砦?」
「ああ。仮に俺が欲望のまま突っ走る奴だったとしても、優しいニーニアたちは、俺のどんな欲望でも受け止めてくれてただろうと思う。止めてくれる奴がいないから俺はますます暴走して、それでもニーニアたちは包んでくれて、結果滅茶苦茶なものになってたと思うんだよ。ま、まぁそれはそれで魅力的なことではあるんだけどな。男としてはさ」
ニーニアの手をギュッと握り締め、ダインはさらに続けた。「でも俺には七竜やルシラのこともあるし、ニーニアたちには学校や進路のことがある。優先すべき課題が沢山あるんだから、順番として“そういうこと”は諸々の課題を終わらせてから考えたいと思ってるんだ。ここまでは分かるか?」
「う、うん」
「俺の感触…肌質っていうのかな? ニーニアたちにとっては毒みたいなもんだし、他の種族とは違ってもっと慎重にしなければならないことだ。暴走しすぎると洒落にならないことになるのは目に見えてる。だからもう大丈夫と思うまではお互い手出しはせずにいたいんだ。もちろん触れ合ったり今日みたいに一緒に寝るのはいいけど、“そういうこと”はもうちょっと後で。な?」
「わ…分かった…」
素直なニーニアはすぐに理解して頷いてくれるが、その表情は若干残念そうだ。
ダインはすっと上半身を起こし、そのままニーニアを抱き寄せた。
「わ…だ、ダイン君?」
「でもニーニアの気持ちはものすごく嬉しいんだ」
「え…?」
「ありがとうな」
感謝の気持ちだけは伝えたかったダインは、抱きしめる腕に力を込めた。
「ちゃんと伝わってるからさ。無理しなくていい」
「ダイン…君…」
ニーニアの胸から鳴り響く心音は大きくなる一方だ。
顔の熱はますます上昇していき、込みあがるこの“気持ち”はもはや自分ではどうすることもできない。
やがて彼女の口が開かれ、「あ、あの、ダイン君…」、溢れ出る想いを、そのままある一つの言葉に変換しようとしていた、そのときだった。
「たーいまー!」
突然ドアが開かれる。
ダインがすぐさまニーニアから離れている間に、その小さな人影は部屋に入ったと同時にベッドに飛び乗る。
ぼふっと布団が揺れ、それに包まれたルシラは一瞬で動かなくなった。
「すやすや…」
もう寝息を立て始めていた。いい加減限界だったのだろう。
「た、ただいま…」
シンシアと、そしてティエリアが遅れてやってきた。いそいそと敷き詰められたベッドに乗ってくる。
「も、もうみんな寝静まってたよ〜」
と笑いかけてくるシンシア。
「そ、そうですね」
頷くティエリア。二人ともやたらに顔が赤い。
「…聞かれてたのか」
二人のリアクションから瞬時に察してダインがいうと、彼女たちは簡単に認めた。
「いい雰囲気だったから、ちょっと待ってみようかなって…」、とシンシアがいった。
ニーニアは顔を覆って恥ずかしがってしまう。
「い、いや、サラじゃないんだから、聞き耳立てなくてもさ…」
シンシアとティエリアはくすくすと笑うが、
「で、ですけど、確かに…その…そうなってしまった場合、困ることもございます、ね」
とティエリアがいった。「椅子に座りづらくなるでしょうし、運動も控えなければなりませんし…」
「あの…何の話だ?」
話の内容が読めないダインに、赤い顔のままティエリアは答える。「赤ちゃんができてしまった場合を…」
「あか…!?」
ダインは思わずむせそうになった。
「な、何いって…」
「で、でもでも、なくはない話だよ?」
シンシアが身を乗り出してきた。「私たちもダイン君も、みんな欲望のまま走っちゃったら、行き着くところは“ソコ”になっちゃうわけだし…」
…否定は出来ない。
「で、でも、さすがに飛躍しすぎじゃ…」
「げ、現実的に考えたら、そうなるよ」
気を持ち直し、ニーニアがいってきた。「大きいお腹に合わせた制服を作らなきゃならないし、授業自体は受けられるかもしれないけど、実技はさすがに…あ、でも水泳ぐらいならできるかな」
どんどん話が進んでいく。
「い、いや、もっと他に心配すべきことがあるはずじゃ…」、突っ込むダイン。
「あ、そ、そうだよ。お弁当も赤ちゃんの分も作っていかないと」、とシンシア。
「いや、だからそっちでもなくてな…」
「そうです! まずマタニティ体操を授業に組み込めないかを先生方に打診しなくては…」
ティエリアの話に、「それも違う!」、とダインが突っ込むと、彼女たちは顔を真っ赤にさせながらも笑った。どうも冗談だったらしい。
「お、お前らな…っつーかこれ、パジャマパーティで話題にするには不向きすぎるだろ」
「で、ですが、ものすごく盛り上がっております!」
ティエリアは少し興奮している。「も、もっともっと、ダインさんと私たちの赤ちゃんの話題…を…」
話してる途中で恥ずかしさが勝ってしまったのだろう。枕を顔に押し当て何も言わなくなってしまった。
「ほら、ダメージ受けてるじゃん…まぁ俺もだけど」
突っ込んでいるダインこそ、一番ダメージを受けているのは間違いなかった。
何故なら、彼は気付いてしまったからだ。
さっきから、シンシアたちは一言も『妊娠は嫌だ』とはいってない。
全員やぶさかではない表情をしており、その上で学校生活をどうするかを話し合っている。
それはつまり、ダインが相手ならば身ごもっても構わないといっているに等しいのだ。
いや、むしろそうしたいと願っている可能性も無きにしも非ずで…
「と、とにかく、諸々の問題が解決するまでは、この話はしないようにしよう!」
邪な考えを無理やり打ち切り、ダインはいった。「これ以上は俺の心がもたない! 分かってくれ!」
もう頼み込むしかなかった。
「それより、明日はみんな学校なんだろ? いい加減寝たほうがいい」
強引に話題を変えたが、「そ、そうだね」、とニーニアは素直に従ってくれた。
「えと、どのように寝ましょう…?」
ティエリアは自分たちの配置を考えている。
「…あの、一つ提案があります」
シンシアが手を上げた。
「提案って?」
「私たちには色々と課題が多い。それをクリアするまでは手出ししないようにしようっていう、ダイン君の意見は最もだと思う」
こほんと咳払いをして、シンシアは続けた。「だから、その代わりを所望します」
「代わり…?」
「手を繋ぎながら寝るとか、でしょうか?」
ティエリアの言葉に、「いえ」、とシンシアは首を横に振る。
「もっと深く繋がったまま、といいましょうか…」
「深く…」
ニーニアがハッとする。「もしかして、ダイン君の触手を?」
「は?」、と驚くダインだが、シンシアは大きく頷いた。
「ダイン君の眠りの妨げにならなかったら、でいいんだけど…ダイン君の触手で全員の“心”を繋げて、魔法力を循環させながら寝てみるのはどうかなぁって…」
…何というか、シンシアの提案はいつも突拍子もなく、それでいて大胆なものだ。
「あ、あのな…」
「ほあああああぁぁぁぁ…」
どんな様を想像してしまったのか、ティエリアは眩しいほどに全身を輝かせていく。
目までキラキラさせ始め、「と、とても素敵な…いいのでしょうか!?」、彼女にはかなり魅力的な提案に聞こえたようだ。
「ど、どう、かな…?」
ニーニアまで、期待を込めた目でダインを見ている。
彼は色々と言いたい衝動をどうにか押し込めつつ、
「…あのな?」
シンシアたちを横に並ばせ、いった。「前から何度も説明してるように、吸魔行為ってのは、俺たちヴァンプ族にとってみりゃ、その…せ、性行為となんら変わりないんだよ。甘毒の深度も増すだろうし、あまりお勧めしたくはない。気軽にできるものじゃないってことは、実際に経験したお前らも分かってんだろ?」
ダインの話をききながら、「うん…」、やっぱり駄目だったかと、彼女たちはみるみるしょんぼりしていく。
「…だから、その…クセにならない、程度でな」
と、彼は続けた。「毎回は駄目だぞ。お前たちもそうだけど、俺も…心が持ちそうにないから…」
「え、と…つまり?」、どういうことだとシンシア。
「良いっていってんだよ。プノーの救出作戦に選んでやれなかった償いの意味で、今日はシンシアたちにはわざわざ来てもらったんだから。だからみんなの要求には可能な限り応えてやりたく…」
言い切る前に、シンシアたちが一斉にダインにタックルをかましてきた。
「ふごっ!」
その勢いに押されるまま、ダインは仰向けに倒されてしまう。
「私とティエリア先輩がダイン君の左右で、ニーニアちゃんは上で良いかな?」
どういうフォーメーションで寝ようか、シンシアは相談を始めた。
「あ、ルシラちゃんも入れたいから、ダイン君には大の字で寝てもらって、右腕は私、左腕はティエリア先輩、胴体の両側にニーニアちゃんとルシラちゃんでどうかな?」
「いいと思います!」
やはり彼女たちは一致団結すると信じられない力を発揮するようで、ダインは何もしてないのにいつの間にやら全身を彼女たちに囲まれてしまった。
全身くまなく柔らかいものが包み込んでくる。
「じゃあダイン君、お願いできるかな?」
正直いってダインはかなり“ヤバイ”ところまできていたのだが、オッケーを出してしまった手前逃げるわけにもいかない。
気持ちを強く保ちつつ腕から触手を出し、彼女たちの身体にそっと絡ませていった。
「ふわ…ふふ、いらっしゃいませ」
その触手をもシンシアたちは優しく握り締め、またダインの鉄壁の理性が崩れそうになるが、どうにか持ちこたえる。
そうして、触手を介しての魔法力の循環が始まった。
シンシアからニーニア、ニーニアからダイン、ダインからルシラを経由してティエリア。端にいっては逆順で。
少量の魔法力だったが、それはまるで練り飴のように、最初は硬く、動かしている間に柔らかくスムーズな流れとなって、彼らの体内を巡り巡っていった。
温かで、優しくて、シンシアたちそのものの“想い”がぐるぐる回る。
彼女たちは始めくすぐったそうに笑っていたのだが、その心地よすぎる感覚は即座に全員を眠りに誘っていったようだ。
混ざり合い、一つの流れへと変容するシンシアたちの魔法力。
彼女たちの無意識で温かな想いが魔法力に乗って、何度もダインを通過していく。
その想い━━四人分の、ダインに対する“大好き”という奔流。
もはや無償の愛情といってもいいほどそれは強く大きくなっており、ダインの心を丸ごと包み込んでいる。
ダインは緊張やら何やらで眠れるか心配だったのだが、今日の彼は二十時間以上起きていたのだ。
さすがに疲れがあり、そのおかげですぐさま眠りに落ちてしまう。
彼が寝てしまっても、一度流れが出来てしまった魔法力の循環は留まることなく続いており、彼らの体内を何度も行き来している。
そうする内に、彼女たちの中に“ある奇跡”が起きていたのだが、それに気付くのは翌日になってしばらく過ぎてからだった。