百五十六節、タランチュリーの悲劇
ラフィンが語り始めた“タランチュリーの悲劇”とは、国際均衡保持組織『グリーン』が執り行った、国際裁判“カラー大裁判”の長い歴史の中で唯一の誤審といわれた事件であった。
かつて、種族間の差別意識が根強かった時代、六本の腕を持つタランチュリー族はその見た目から忌避される傾向にあった。
町を出れば後ろ指を差され、子供は必ずいじめの対象にされる。呪われた種族だといわれ陰口も絶えることはなかった。
それでも彼らは慎ましやかな生活を送り、それなりに幸せではあったのだが…。
始まりは、信じられないほどに自分勝手な理由だった。
“見た目が不気味で、聖なる大地には似つかわしくない”という理由だけで、ある一人のエンジェ族が仲間を募って、コンフィエス大陸からの排除を世間に訴えかけたのだ。
よく精査すればすぐに嘘だと分かる程度のものだった。
しかし感情論のみによって突き動かされた人々がでっちあげた暴力事件と、偽の証人と証拠はろくに調査もせず信じられてしまったのだ。
信じた根拠というものも理不尽極まりないもので、エンジェ族がそういっているから、というのみ。
あろうことか裁判員までもがそれら虚偽の情報を鵜呑みにしてしまい、不当な判決を下してしまった。
そうしてタランチュリー族は作物も育たないような辺境の地に追いやられ、友好的な他種族からの援助や貿易までも断たれてしまった。
完全なる孤立状態となり、食糧も尽きていき、そして追い打ちをかけるように流行り病が発生した。
飢えと病に苦しみ、結果タランチュリー族という種族は途絶えてしまったのだ。
これに彼らと親交が深かったデビ族が怒りの声を上げ、各地でデモが起こり暴動にまで発展したらしい。
その勢いは留まることなく、種族間戦争の再来かと世界各国で緊張が走った。
国々が軍拡を推し進め防衛という名の戦争の準備を始めたところで、ようやく暴行事件がガセだったことを認め、当時の裁判員だったエル族の三大族長以下、各国の首脳陣が公の場で判決に誤りがあったと謝罪した。
正式に謝罪文を掲示し、そこで事態は収束に至ったらしい。
しかしいくら彼らが謝罪を述べても、原因の究明をしても、絶滅してしまったタランチュリー族は戻ってこない。
あまりに無慈悲で、何とも胸糞の悪い事件…それがタランチュリーの悲劇だと、ラフィンは目を伏せた。
「もう何百年も昔のことだからあまり記述は残ってないけれど、デモが起きた当時はものすごく荒れていたみたい」
彼女はそういって、ルシラが持ってきてくれていたお茶を飲んで一息つく。
「間違った世論が一つの種族を根絶した、か。酷い話ね…」
ディエルはシチューを食べながら憤っている。「排除論者と暴力事件をでっち上げた連中は何の処罰も受けてないの?」
「絶滅に追い込んだ原因は誤審にあったとされているから、きっかけを作った連中は不問にされたみたい」
「はーっ! なんかきいてるだけでイライラしてきた」
確かにディエルのいう通り酷い話だ。ダインも内側からざわつくものを感じた。
「これで終わりだよっ!」
と、ルシラは最後にデザートとしてプリンを持ってきてくれて、そこで広いテーブルの上は美味しそうな料理で埋め尽くされてしまった。
ラフィンの語りを静かに聞いていたシンシアたちは所定の席にかけており、ダインたちと一緒に食べ始めている。
「無茶苦茶な時代もあったもんなんだな…」
ダインはルシラに自分の隣に座るよう勧め、彼女のために取り皿にから揚げを数個積み上げた。
ルシラが料理長として用意されたランチは、思わず唸ってしまうほどに美味しかった。しかしラフィンの語るタランチュリーの悲劇は相当にヘビーなものだったので、味の感想をいうことを忘れるほどに気分が落ち込んでしまう。
「気持ち悪いから排除して、か…エンジェ族だから正しいことをいってると思い込んだ裁判員もまた酷いもんだな」
憤り続けるダインに、ラフィンは「ええ」と頷く。
「彼らの証言だけを信じて、タランチュリー族側の意見は聞く耳持たなかったみたい。誤審を元に間違った正義感を発揮した外野から罵詈雑言を浴びせられ、辺境の地に追いやられた彼らの心境は、容易に想像できるものじゃないわ」
だから、コーディを前にしたラフィンの態度はおかしかったのだ。
タランチュリーの悲劇を知る彼女は、同種族であるコーディを見た瞬間に罪悪感に駆られてしまったのだろう。大昔のことでラフィン自身には全く関係のないものではあったのだが、事の発端はエンジェ族が騒ぎ立てたせいなのだから。
「私も全然知らなかったな…」
シンシアも物憂げな表情で息を吐いていた。「タランチュリー族のことも、過去にそんな酷いことがあったのも…」
孤児院での一件やコーディとのやりとりなど、ダインたちから一通りのことをきいたシンシアはショックを受けているようだ。
「でもどうしてその人…コーディさん? が科学者の手で復元されたって報道がなかったんだろ」
シンシアの疑問は確かにその通りだった。絶滅した種族の復元に成功したなど、世界的な大ニュースになっていてもおかしくないはず。
「その生みの親の方の意向か、コーディさんが衆目に晒されたくないという思いがあったのかもしれません」
ティエリアがぽつりといった。「また当時のような目に遭わないとも限りませんから…」
いまも差別はなくなってない。彼女が想像する展開は十分に起こり得る事だ。いや、もしかしたらすでに“被害”に遭っていたのかもしれない。
「もう一つ、報道されない理由として考えられるものがあるわ」
と、ディエル。
「ニュースにするのなら、まずタランチュリー族のことを説明しなければならなくなる。当然タランチュリーの悲劇のことも扱わなければならないでしょうし、エンジェ族含むお偉いさん方の過去の過ちを、改めて知らしめるようなことはしたくなかったんじゃない?」
「クソな理由だな」
ダインは吐き捨てるようにいった。「昔の失敗は忘れてしまおうってか」
しかしそれもまた十分に考えられる。報道機関は世の中に沢山存在するが、恣意的でない報道機関というのは限りなく少ないのだから。
シンシアたちもラフィンたちも押し黙ってしまい、店内にはしばし重い空気が漂う。
ルシラもこの微妙な空気を感じ取っているようで、大人しくサラダを食べながら、後ろでシャーちゃんたちがちゃんとご飯を食べているか確認している。
「…まぁでも、唯一の救いがあるとすれば、コーディさんはいまは元気に生活してる…ってことぐらいだな…」
ダインが呟くようにいったところで、彼女たちの心も幾分か軽くなった。
「その唯一のタランチュリー族のコーディさんと、カインさんはどういう関係なんだろうね」
ニーニアが別の疑問を口にした。「話を聞いた限りだと、カインさんがコーディさんに会いに来てたようだけど…」
「どうも親友っぽい感じがしたのよね」
ディエルは呟きながらラフィンを見た。「あなた何か知らないの? 元婚約者なんでしょ?」
若干空気が読めないディエルは天然で“元婚約者”というワードを出したのだが、ラフィンには引っかかるものがあったらしい。
「知るわけないでしょ。昔からそんなに親しかったわけじゃないんだから」
ムッとして彼女は答える。「会話らしい会話もほとんどしたことないし、親同士の付き合いがあった程度の、ほぼ赤の他人よ」
何も情報はないとラフィンは続けるが、「でもシグって人がダインにあの孤児院のことを教えたんでしょ?」、ディエルはいった。
「コーディさんからカインって人が出てきたんだし、そこに何かしらのメッセージを伝えたかったと思うのが自然じゃない?」
確かに彼女の言う通りだろう。とても偶然では片付けられない。
「…でも本当に何も知らないの」
ラフィンは困ったようにいった。「あの人に友達がいたなんて意外に思ってたし、初めて知り合った頃から、あの人が誰かと一緒にいるところを見たこともなかったし…」
「ふ〜ん…」
ディエルは若干つまらなそうに返事をするが、すぐに怪しげな笑みを浮かべる。
「ガーゴの“セカンド”であるイケメン最高責任者には、裏の繋がりがあった…なかなかそそるタイトルじゃない?」
興味津々とした彼女に、「ちょっと、誰かに余計なこと吹き込むつもりじゃないでしょうね」、ラフィンはジロリと睨む。
マスコミに囲まれ取材が殺到する様子が浮かんだのか、彼女は警戒心も露に忠告した。「絶滅したタランチュリー族が復元させられてたなんて世間に知られたら、コーディさんだけじゃなく孤児院の子供たちにも迷惑がかかることになるわよ」
「分かってるわよ。そんなことしないわよ」、とディエルは手をひらひらさせている。
「そもそもタランチュリー族自体が世間認識としてほぼ淘汰されてるんだから、言いふらしたところでそこまで話題にもならないでしょ」
悲しいことだけど、と続けるディエルは、キャベツ菜の炒飯を食べながら思案を巡らせている。「もっと強いネタがないと揺さぶりかけられないわねぇ」
彼女はガーゴに対抗するための情報を集めているようだ。
ダインも同様に何か考えている様子だが、その表情はどこかボーっとしている。
「ダイン君?」
シンシアの不思議そうな視線に気付いて、「ああ、いや、ちょっとな」、食事を再開しつつ、彼は考えていたことを話し出す。
「この間シグと結構話し込んだことから分かったんだけどさ、あいつ割りと適当な奴でさ」
「うん」
「そんな奴が回りくどい情報を教えてくれたとは思えないんだよ」
「というと?」
「要は、コーディさんとカインって奴はダチなんだ、意外だろ? ってことだけを伝えたかったんじゃないかってな」
それがダインが感じていたことだった。
シグはおまけとしてダインに孤児院のことを教えただけに過ぎず、ガーゴ全体に影響を及ぼすような情報を漏らすとも思えない。
「確かに、それが最も自然ではないかと」
ティエリアが引き継いだ。「シグさんは真っ直ぐな方でしたから。陰口を仰るような方ではないように感じましたし、フランクに取りとめの無い情報を教えていただいただけだと思います」
シグと接した事のあるティエリアだから、そういえたのだろう。
「だよな。それにシグからのメッセージがもう一つあるとすれば…」
と、ダインは途中で言葉を切る。
「あるとすれば…何よ?」
ラフィンが尋ねるが、「いや、考えすぎだな」、ダインは笑って首を横に振った。
「とにかくハッピーホワイトの一件は解決したってことでいいんじゃねぇか? そこにはタランチュリー族のコーディさんがいて、カインとは友達だった。それ以上でも以下でもないだろ」
お椀の中にあった魚介スープを飲み干し、「それよりもだ」、ダインは続けた。
「俺たちはこれからどうするかを考えるほうが大事だ。な? 先輩」
話を振られたティエリアは一瞬何のことだと顔に疑問符を浮かべたが、すぐに表情をハッとさせて、「は、はい」、と頷いた。
「七竜も残すところあと一匹。絶望のドラゴンをどうやって救うかを考えないとさ」
それこそが、彼らの喫緊の課題だった。シンシアたちは表情を引き締めていく。
ダインは続けた。「救出作戦ももう大詰めだ。できるだけ早期に終わらせたいから、先輩、ソフィル様と相談したいんだがアポみたいなのは取れないか?」
「あ、でしたら明日、学校が終わり次第掛け合ってみます!」
「ああ。頼む」
「具体的にどうやるかは考えてあるの?」
ディエルがきいてきた。「相手は死のドラゴンでしょ。さすがにこれまでのようにはいかないんじゃない?」
具体策は浮かばなかったので、「まぁそれはそうなんだけど…」、ダインはそういうしかない。
ダイレゾの危険性についてはこれまでの比ではない。失敗はそのまま死に繋がるといっても過言ではなく、シンシアたちは一気に緊張した面持ちになった。
「また一人で挑むとかいわないでよ」
ダインを睨みつつラフィンがいった。「あなたには、吸魔で私たちを動けなくさせてから、一人でプノーを助けにいった前科があるんだから」
シンシアたちにはあえて知らせてなかったことだった。
「え!? そ、そんなことしたの!?」
案の定、シンシアが驚いた様子で立ち上がる。
「そうなの。私たちを危険な目にあわせたくないからって、私たちの意見も聞かずに勝手に封印地まで向かったの」
彼女は淡々と真夜中の出来事を暴露した。「ドラゴンの口から体内に潜り込んで、本体を救出っていう、かなり危険なことをやったのよ。それも病みあがりによ?」
そこでシンシアたちがざわつきだす。
「ダイン君…」
彼を見つめるニーニアとティエリアの目は、心配を通り越して非難しているような目つきだった。
「だいん、わるい子?」
ルシラまでそういってくる。
「い、いやっ…だって俺の心配も分かるだろ?」
ダインはつい本心を吐露した。「ラフィンもディエルも俺の付き添いってだけなんだし、危険に晒したくないって思うのは当たり前じゃん」
「それであなたが深刻な怪我を負ったとして、私たちは何とも思わないとでも?」
ラフィンは険しい表情のまま反論する。「ダイレゾの救出時に、またあなたが同じような方法で私たちの行動を封じて、自分の命を粗末に扱うようなことをしたなら…私、絶対に許さないから」
かつてない怒りに包まれた表情だった。
しかしそれは心配に思うあまりに出た台詞に他ならず、ダインは一瞬言葉に詰まってしまう。
だがすぐに気を持ち直し、「と、とにかく、ダイレゾは七竜の中でぶっちぎりで危険な相手だ。安心安全な策を練りたい」、といった。
「ダイレゾ相手に安心安全はないと思うけど…」
早速シンシアに突っ込まれる。
「ダイン君、あまり無茶なことはして欲しくないよ…」
ニーニアが心配し始め、ティエリアからもかなり不安げな表情で見つめられている。
どうしたものかと考え込んでしまったダインは、「せめて練習相手でもいればなぁ…」、と呟いてしまった。
「ピィピィ!」
とそのとき、ダインの背後から突然ピーちゃんが叫びだす。
「シャー!」
シャーちゃんも両翼を広げながら鳴き声を上げており、
「ミャー!」
「ガー!」
「ワンワン!」
ミャーちゃん、ガーちゃん、ワンちゃん、そして、
「ヒョー!」
新人の“ヒョーちゃん”まで、ダインに何かを訴えかけているようだ。
「どうしたのかな?」
彼らが何かいっているのは分かるが、言葉が通じないためシンシアたちは首を傾げる。
「ん、いーとおもう!」
唯一、ルシラだけは彼らの訴えていることが伝わったようだ。
「れんしゅーしてくれるって!」
と、ダインにそういった。
「練習?」
「うん! きゅーしゅつ? 作戦の!」
ダインは少し考え、彼らはダイレゾ救出のための練習相手を申し出てくれているのだということに気がついた。
「なるほど、成体になって模擬戦してくれるってことか」
「ピ!」
その通りだといわんばかりに、彼らは翼を広げたまま動作を止めた。
「いいわね、面白そう!」
炒飯を一気にかき込んでから、ディエルは立ち上がる。
「じゃあ腹ごなしにいまから早速やりましょうよ。広い場所見つけてくるわね!」
意気込んで店を出ようとしたようだが、
「駄目ですよ」
その入り口から女性の声がした。
「うげっ!?」
ディエルから嫌そうな声が上がる。
「まったく、いつまでほっつき歩いてるんですか」
そういって店内に入ってきた女性は、黒を基調としたメイド服に身を包んでいる。
そのツインテールの彼女には、ダインは見覚えがあった。
「あ、ラステさんっすよね、確か」
ダインが声をかけると、メイド隊の隊長を勤める彼女の目つきが丸くなった。
「私めのことをお覚え頂き、恐縮です」
笑顔のままダインに一礼した後、今度はシンシアたちに向けてスカートの両端を掴み、「お初にお目にかかります」、と軽く持ち上げつつまた頭を下げる。
「スウェンディ家の専属メイド隊の隊長をしております、ラステと申します。ディエルお嬢様がお世話になっております」
「あ、こ、これはどうも」
ティエリアが立ち上がり、シンシアとニーニアもそれに倣う。
恭しく頭を下げ返すシンシアたちに笑いかけてから、「ラフィンお嬢様もお変わりないようで」、とラフィンで視線を止めた。
「ディエルお嬢様がご迷惑をおかけしてないでしょうか」
「え、い、いえ、それは…全然…」
ディエルに対しては本当は色々文句があっただろうに、相手方の身内を前にすると言いよどんでしまうのは誰でも同じだ。
「よ、良くしてもらってます、はい…」
ラフィンはそういうしかなくて、そのままの意味で受け止めたラステは満足そうに頷く。
「結構なことです。ではディエルお嬢様、帰りましょうか」
ディエルの荷物を抱えたラステだが、「これから面白くなるところなんだけど」、とディエルは渋った。
「伝承の七竜と戦えるのよ? こんな燃える展開そうは…!」
「なりません」
ラステはぴしゃりといった。「もうすぐ夕方になってしまいます。今日はご家族揃ってのディナーですし、奥様は腕によりをかけてお料理なさられているのですよ」
「え〜? じゃあせめて一戦だけ。ね?」
ラステに拝み倒すディエル。
「お迎えが来たんだったら帰るしかないじゃない」
いつものディエルの姿を見て調子を取り戻したのか、ラフィンが間に入った。「ごねても時間の無駄よ。教育係のラステさんのいうことには素直に従わないと」
彼女はどこか余裕のある笑みを浮かべている。口やかましいディエルを先に帰らせ、自分はもうしばらくダインたちと会話を楽しめると思っていたのだろう。
「お家の人が早く帰ってこいっていってるわけなんだから、あなたは従うしかないのよ。抵抗したって何もいいことはない」
事実だっただけに、ディエルは歯を食いしばって「ぐぬぬ」、と分かりやすい表情で悔しがっている。
何か反論しようとしたようだが、ラフィンの後ろを見て彼女の表情がはっとしたものに変わった。
「その通りですわね!」
座るラフィンの背後から、人影がにゅっと現れたのだ。
「ひゃぁっ!?」
予期しないところから突然声がしたので、ラフィンは飛び上がって驚いてしまう。
そこに立っていたのも、またメイド服を着た人物だった。
白を基調としたメイド服の彼女は、背中に翼を生やしており、髪は三つ編み。
「あ、サリエラさん」
ダインが呟くと、「さ、ささサリエラ!?」、ラフィンには予想外の登場だったらしく、驚きっぱなしだ。
「お久しぶりでございます、ダイン様」
恭しく頭を下げ、そしてシンシアたちに向けて再度お辞儀する。
「ウェルト家のメイド長を勤めております、サリエラと申します。ラフィンお嬢様が大変お世話になっております」
「あ、ど、どうも…」
ラステのときと全く同じ動作で頭を下げ返すティエリアたち。
彼女たちは困惑している。ラフィンとディエル、それぞれの身内といってもいいメイドたちの登場に、理解が追いついてないようだ。
「ちょ、ちょっと早いじゃない! まだ夕方にもなってないわよ!」
ラフィンがごねだした。
「何を仰います、もう一時間もすれば日が沈みだす時間ですよ」
サリエラは店内の掛け時計を指差す。確かに、そろそろ夕飯を作り始めようかという時間だ。
昼食が遅れたせいで時間の感覚が分からなくなっていた。ダラダラ会話しながら食べていたせいもあるのだろう。
「一戦だけ! それが終わったら大人しく帰るから!」
「せめて夕方になってからでいいでしょ? この近くに食料品売り場があるから、サリエラはそこでゆっくり買い物でも…」
まだ帰りたくないという意思を表情から漂わせ、ラフィンとディエルはごねている。
まるで駄々っ子のようにいうが、
「駄目です」
「なりません」
ラステとサリエラは“教育ママ”ばりの表情で彼女たちの要求を跳ね除けた。
「ぐ…そ、そもそも、なんで私たちがこのお店にいること知ってるのよ!」
ディエルは別の話題を持ちかけ時間稼ぎを図ったようだが、
「私がお教えいたしました」
と、ダインの背後からにゅっと別の人物が姿を現した。
カールセン家の専属メイド、サラだ。
「私が、このお二方にお伝えいたしました。ディエル様とラフィン様はこのお店にいらっしゃると」
「ど、どうして…」
尋ねるディエルは、裏切られたかのようなショックを受けた顔をしている。
「仕えるご主人様の大切なお子様を預かる教育係というお仕事は、どれほど大変か私も心得ておりますので」
サラは涼しげにいった。「どのようにいえば分かっていただけるのか、どのような教えをすれば曲がりくねらず真っ直ぐな性格におなりになるのか。その気苦労たるや、計り知れないものがあるのです」
淡々と話す彼女は、「そうして同じ苦労を抱えたメイドが三人、とうとうここに集結いたしました」、といった。
「しゅーけつ?」、とルシラ。
「そうです!」
突然サラは叫ぶ。
「私たちは…!」
彼女はどういうわけか店の入り口まで歩いていき、
「最強の…!」
そのサラにラステが続き、
「メイド三姉妹…!」
ラステにサリエラが続き、三人横並びになった瞬間、こちらへ振り向いた。
「アルティメットメイドトリオ、略して『アルメイド!』 ここに見・参!!」
ダインたちへ向け、まるで戦隊モノのような決めポーズをとって見せてきた。
どこからか、(バァン!)と効果音がしたかのような光景だった。
「…え…と…?」
対するダインたちはぽかんとしている。
「おおおおおおおおお!!!」
しかしルシラだけは目を輝かせ、必死に手を叩いて賞賛していた。
「かっこいい! あるめいど、かっこいい!!」
興奮しているようだ。
「決まりました」
サラは満足げにいい、ラステもサリエラもご満悦だ。
「…突っ込みたいことは色々あるが…いつの間にみんな仲良くなってたんだ?」と、ダイン。
「同じ職業同士、分かり合えることも多いのです」
サラはいった。「私にもとうとう“メイ友”ができました」
「メイ友…」
「ささ、ということで帰りましょう、ディエルお嬢様」
ラステがまたディエルを連れて帰ろうとする。
「だ、だからもう少し待ってってば…!」
引き続きごねだすディエルだが、ラステはそんな彼女の手を掴む。
「あっ!? ちょ…!」
「では皆様、お先に失礼致します」
「ま、待って! まってまっ…!」
そのまま店外へ駆けていき、飛び立っていった。
「キャアアアアアァァァァァ…!!」
ディエルの声が遠ざかっていく。
「…なんかあいつ、いつも連れ帰らされてんな…」
ダインが小さく笑っているところで、「ラフィンお嬢様もそろそろ…」、サリエラはラフィンを促している。
ディエルと比べて聞き分けの良かったラフィンは、嘆息しつつも「分かったわよ」、とカバンを持った。
「じゃあ私も帰るわね」
「ああ。今日は…いや、昨日か。マジでありがとうな」
そういってダインは彼女に笑いかける。「このお礼はどこかで必ず返させてもらうよ」
「別に好きでしてることなんだしいいの。結構楽しかったし」
同じように笑ったラフィンだが、「あ、そうだ。今日は色々あってできなかったけど、次は絶対にやるからね、勉強」と、また生徒会長としての顔を覗かせた。
「逃げるんじゃないわよ?」
「はいはい」
「では失礼致します」
サリエラが転移魔法を使い、二人は魔法陣の光に包まれ、一瞬で消えた。
「みんなも悪かったな」
ダインは残ったシンシアたちに向けて再度謝った。「本当は昨日のうちに作戦を終わらせて、例の約束を果たそうと思ってたんだけど…」
この埋め合わせは近日…といいかけたところで、
「何を仰います」
と、サラが遮った。
「今日“も”みなさん私どものお屋敷にお泊りになられますよ」
「へ?」
意外に聞こえたダインは妙な声を出す。「いやだって、明日はみんな学校じゃ…」
「準備は万端だよ!」
シンシアが元気良くいった。
四角くたたまれた何かをダインに見せてきたが、それは学校の制服だ。
「もうお家の人にはいってあるから…」
と、ニーニアも自分の制服を広げてダインに見せており、
「今日はダインさんのお家にお泊まりさせていただき、明日はそのまま学校へ向かおうかと」
ティエリアまで、制服と、おまけに学生カバンまで見せてきた。
「約束はちゃんと果たさないとなりませんからね」
固まるダインに向け、サラはニヤついたままいった。
「お嬢様方は非常に楽しみにしておられるのです。ダイン坊ちゃまとの同衾を」