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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百五十四節、忘れられた種族

落ち着いて話をするには、子供たちの沢山いる孤児院では些か難しいものがあった。

もっと遊んでくれとせがむ彼らに、必ずまた遊びに来るとダインたちは約束を交わし、“超希少種”の彼━━『コーディ・ルカス』の案内によって人気のない公園に訪れた。

「びっくりさせちゃったね」

ベンチに座る六本腕の彼は、そういってダインたちに笑顔を向ける。

「い、いえ、すみません。失礼な反応を見せてしまって…」

ラフィンは詫び、ダインとディエルも申し訳なさそうに頭を下げる。

人の外見を見て驚くのは失礼なことだ。そう思っていた彼らだが、コーディは、「ううん、気にしないでよ」、とまた笑った。

「こういう姿は他にはいないからね。僕だって、足が六本生えた人を見たら驚いてたと思うし」

ふぅ、と落ち着く彼は、頬を掻いては頭を掻き、別の腕ではダインたちにベンチを勧めたりと、全て違った動きをしている。

マザーからもらったパンが入った紙袋を大切に持っているところから、彼本人の意思でそれぞれの腕が動いているようだ。

「あの…失礼ついでにお尋ねしたいのですが…」

ラフィンがおもむろに口を開く。「コーディさんは…“タランチュリー族”、という種族なんですよ…ね?」

「おや、良く知ってるね」

コーディは意外そうにラフィンを見た。「僕の種族を一発で言い当てた人は初めてかも。そういうのに詳しい人なのかな?」

「い、いえ、そういうわけではないのですが…」

ラフィンは少し視線を伏せる。「だって、タランチュリー族は、確か…」

…それきり何も言わなくなってしまった。

彼女の言動に不可解さを感じながらも次の続く言葉を待つが、彼女から何か語られることはない。

微妙な空気に包まれたとき、「そういえば」、とコーディが声を出した。

「僕もビックリしたよ。あの孤児院にお客さんがくるなんて」

彼も、何故あの場にダインたちがいたのか気になっていたようだ。

「あ、私たちはたまたまです。町で迷っていたところをマザー…マーガレットさんに見つけていただいて、それで朝食をご馳走してくれて…」

ディエルが一連の流れを説明し、「そうだったんだね」、コーディは納得したように頷く。

「あの、それでコーディさんは…」

反対に、ディエルもコーディと孤児院の関係が気になったようだ。

「僕も昔はあの孤児院…いや、マザーに気にかけてもらっていてね」

彼は笑顔のままいった。「色んなご飯を食べさせてくれて、料理を教えてくれて…僕にとっても“マザー”なんだよ、あの人は」

それで大人になったいま、マザーに恩返しをしていると彼は続けた。

「確かに、優しい人でしたね」

ダインがいった。「補助金と寄付金が出てるとはいえ、あれほどの子供たちの親代わりを務めるなんて、そう簡単に出来ることじゃない。他にスタッフもいないようでしたし、生半可な気持ちじゃ続かないでしょ」

「昔から子供好きだったらしいから、それほど苦労は感じてないんだろうけどね。でも肉体的な疲労はあるはずなんだ」

そこでコーディはやや神妙な面持ちになる。「温泉旅行とか連れていけたらなぁ…」

マザーであるマーガレットのことを気にかけているようだった。

その横顔は親孝行な子供のそれに近く、言動には一切の悪い部分が感じられない。

彼は純粋な優しい青年でしかないようだった。

そこでまたダインとディエルの胸が痛む。

彼にこそ何か“秘密”があるのではないかと、彼らは直前まで勘ぐってしまっていたのだ。

ダインをチラリと見やるディエルの顔は、「もういいんじゃない?」、といっているかのようで、同意見だったダインは「あの」、とコーディに向き直る。

「すみません。嘘をついてました」、そういった。

「嘘?」

「はい。実は“ある人”からハッピーホワイトに秘密があるというメモを渡されて、それで来てみただけなんです」

ダインが正直に打ち明けると、「ハッピーホワイトに秘密、かい?」、コーディは首を傾げる。

「あの施設のことは昔からよく知ってるけど、普通の孤児院だと思うんだけどなぁ」

「ええ、それは俺たちも実感したところです。ただのデマか、別の何かだったのかも知れません。そもそも何の秘密かも良く分かってないし」

「う〜ん…」

考え込んでくれていたコーディは、「もしかして」、と顔を上げる。

「僕、心当たりがあるかもしれない」

まさかの台詞だった。

「え、マジすか?」

「うん。でもその“秘密”はハッピーホワイトじゃなくて、恐らくは…」

そのとき、彼は何故か未だに押し黙ったままのラフィンにチラリと目をやった。

「ちょっと着いてきてくれるかな?」

一番下の腕でぽんと両膝を叩き、ベンチから立ち上がった。

「ご期待に添えられるかどうかは分からないけど、君たちが探している“ヒント”が見つかるかも」



コーディに連れてこられた先は、孤児院と同じく白塗りの施設のような建物だった。

ただその建物は平屋ではなく、マンションかと思うほど大きい。

五階建てほどはあるだろうか。窓が沢山ついているが、しかし聖都クィンリアとは違って簡素な箱のような造りをしており、マンションのようだが生活感はあまり感じられない。

手前の門には『アビスラ』という施設名が記されている。

ラフィンが驚いたのは、その看板の上部に書かれていた文字だ。

「…遺伝子研究所…」

呟くラフィンの横を通り抜け、コーディはその施設を背にこちらを振り返る。

「ここが僕の家だよ」

と、そういった。

「研究所が、家…?」

不思議そうなディエルに笑いかけてから、「エンジェ族の君は気付いてるようだけど」、とラフィンに声をかける。

「僕は…いや、僕たち“タランチュリー族”は、とっくの昔に絶滅していた種族なんだ」

…その表情から、嘘をいっているようには見えない。

「僕には生みの親である“パパ”がいてね」

笑顔のまま、コーディは続けた。「パパは物好きな研究者でね、遺伝子を使った再生技術を得意としているんだよ」

「…まさか…」

ラフィンがはっとしたように彼を見る。

「うん」

六本の腕を広げ、彼はいった。「僕は、研究者のパパの手によって復元された存在なんだ」

容易には信じられない話だったが、六本の腕を持つ彼本人が証拠だ。

「その誰かさんはどういう意図を持って、あの孤児院に行くよう君たちに伝えたのかは分からないけど、きっとそこに足繁く通っていた僕のことを知って欲しかったのかもしれないね」

絶滅したはずの、タランチュリー族の末裔…いや、復元された存在がいると、シグはダインたちに伝えたかったのだろうか。

確かに色々と衝撃的な話だ。この事実を知っている奴はそうは多くないはず。

「…私は、誰にも…いいませんから…」

と、ラフィンが搾り出すようにいった。「このことは、決して、誰にも…」

さっきからラフィンの様子がおかしい。まるで何かを知っているかのような反応だ。

「ラフィン、どうしたんだ?」

さすがに気になってダインはきいた。

「だ、だって…こうなったのは、元々は私たちのせい、だから…」

「…どういうことだ?」

「くだらない理由で騒ぎ立てて…間違った判決が下されて、それで…」

ぶつぶつと彼女は独り言のように呟いている。

ダインとディエルには何のことか全く分からなかったのだが、

「君が生まれる何年も昔の話だよ」

コーディはまた優しげな笑顔をラフィンに向けた。「平和になったこの時代を生きている若い君たちに、過去の過ちを責めるつもりも、押し付けるつもりも毛頭ないよ。そもそも僕は復元された存在なんだし、そんな権限もない」

そう話す彼は晴れやかな顔をしていたが、「だから」、と彼女にやや困った顔を向けた。

「そんな顔をしないで欲しい。罪だと感じないで欲しい。過去のことは学ぶべきだろうけど、そっちにばかり目を向けていたら前に進めないよ」

「前に…」

「ああ。反省を口にするのは誰にでもできる。重要なのは、過去の経験を未来にどう活かすかということだよ」

ポジティブに振舞う彼からは、晴天の太陽のような輝きを感じた。

「って、ごめんね。なんか説教臭くなっちゃったね」

照れたように笑う彼に、ダインたちは「い、いえ」と恐縮する。

「この容姿だからあんまり外出できなくて、その分部屋で沢山の本を読んできたんだ。無駄な知識といえばそれまでなんだけど、調子に乗ってたまに孤児院の子たちの先生とかしちゃってたから、そのときのクセが出ちゃったみたい」

あはは、とコーディは笑っている。

ダインたちもそうであったように、六本の腕、という見た目はインパクトがあり、確かに驚く人は多いだろう。

そのせいで彼もこれまでに色々と苦労してきたのは間違いないはずだ。

辛い過去を経験してきたはずなのに、それでも彼はポジティブな思考を持ち、孤児院の子供たちの人気者となっている。

何だか、自分と相通じるものがあるな、とダインは思った。

魔力の少ないヴァンプ族の彼は、両親と各国を旅をしている間、魔力があってプライドが高い奴らから色んな陰口を言われ続けてきた。

虐げられこそはしなかったが、ヴァンプ族にしかない圧倒的な物理力がなければ、絶対にポジティブな思考になどならなかっただろう。

仮にコーディのような境遇に置かれていたら、卑屈になるばかりで逃げ癖がついていて、きっと彼のように明るく笑うことなんてできなかったはず。

「あの…また来てもいいっすかね?」

気付けばダインはそういってしまっていた。「迷惑じゃなければ、孤児院の子らと一緒にコーディさんの授業、聞いてみたいっす」

「ああ、大歓迎だよ。僕も話をするのは大好きだからさ」

「よろしくお願いします」

ダインが手を差し出すと、彼も嬉しかったのか沢山の手がダインと握手していった。

「あ、わ、私もよろしくお願いします!」

ラフィンが慌てたようにいって、「わ、私も…」、とディエルも申し出る。

「嬉しいなぁ。可愛い生徒がまた増えたよ」

満足そうなコーディにつられ、ダインたちも笑顔になる。

人気のない研究所前は始終穏やかな空気に包まれていた。

が、次の瞬間だった。

ピリッとした、“鋭い気配”のようなものを背後から感じた。

察知したダインたちはすぐさま振り向く。

そこには、一人の男が立っていた。

流れるような金色の髪をして、整った顔立ちをしているが、その両眼は細められダインたちを睨みつけている。

怒りに満ちた表情をしていたエンジェ族のその男は…

「…貴様ら…何故ここにいる」

“オールキラー”の異名を持つ、ガーゴの内情を知り尽くした男。

最高幹部である、ナンバー“セカンド”の『カイン・バッシュ』…その人だった。

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