百五十三節、本当の天使たち
━━コンフィエス大陸。
主にエンジェ族が統治しているその大陸は、全面積のおよそ九十五パーセント以上が雪に覆われていた寒い大陸だった。
どのような季節、時期であっても雪が降らない日はなく、森や川といった自然が多い。
その特殊性から住処にするには些か不便な場所だったはずだが、太古の昔からプライドが高かったエンジェ族は、利便性よりも己の地位を他の種族に証明したいがために、この地を選んだというのは有名な話だった。
全世界の統治者として、北に居を構えるべき。
かつてのエンジェ族の王が決めた通りに、彼らはこのコンフィエス大陸を定住の地として選び、今日に至る。
機械文明の発達したトルエルン大陸とは違って雪景色しかないため、旅行にも不向きだったのだが、しかしやはりエンジェ族の住まう大陸という付加価値は大きい。
信心深い旅客が頻繁に訪れる場所でもあり、それなりに見所もある。
内装も外観も、全てが決して溶けない氷で造られたとされる“アモス大教会”。
北東にある“セッカウン大空洞”の中には、混乱期に使用していたとされるエンジェ族所縁の伝説の武具類が眠っており、世界中の重要書類が集められたとされる“プレミリア大聖堂”には、連日見学人が押し寄せてくるほどの人気を見せている。
一見雪しかない大陸だが、エンジェ族がいるというだけで他種族にとってはそこは神聖な場所でしかなく、何の変哲もない山や一本木にすら、両手を合わせる者もいた。
そんな、厳かなるコンフィエス大陸の、さらに北。
かつては王都とされていた都があり、現在の名称は“聖都クィンリア”。
ダインたちはその都から数キロは離れた、町外れの“ある施設”の前に立っていた。
「…ここは…」
森の中にぽつんと佇む建物を、厚着していたダインは静かに眺めている。
その建物は、全体が真っ白な造りをしていた。
平屋のだだっ広い建物で、雪かきを終えたらしい広い庭には沢山の洗濯物が干されている。
聖都に建ち並んでいたような厳かな置物や装飾もなく、本当にただの平屋建ての施設だ。
その広さから察するに、民家でも、それに宿泊施設でもなさそうな建物の入り口の看板には、確かにダインが探していた“名前”が書かれてあった。
「ハッピーホワイト…」
看板に書かれた可愛らしい字体を読み上げたディエルは、不思議そうな表情をラフィンに向ける。「ねぇ、ここってもしかして…」
「孤児院よ」
ラフィンはいった。「世の中の実情を知るべきだって、昔お父様にここまで連れてこられたことがあってね、それで記憶に残ってた場所なんだけど…」
「…孤児院…」
建物を見つめるダインは困惑している。「ここに何のヒントがあるってんだ…?」
広めの庭には大きな木が一本だけ立っており、いくつか遊具もある。
まるで公園のようだが、質素な佇まいから決して裕福ではないことが分かる。
「まぁハッピーホワイトって名称は他にも沢山あるでしょうから、ここがそうだとは限らないとは思うけど…」
ラフィンの台詞に、ダインも腕を組んで唸ってしまう。
ここからどうしようかと考えていたところで、
「どうされました?」
ダイン一行の背後から別の声がした。
振り向くと、そこには見知らぬ中年と思しき、エンジェ族の女性が立っていた。
「もしかして迷子の方?」
見た目からして優しそうな彼女は、やや心配そうな視線をこちらに送っている。
両手には買い物袋が提げられており、どうも孤児院の関係者のようだ。
「帰り道が分からないとか?」
「あ、いえ、そうではなく…」
ラフィンはどう答えようか困っている。
ダインもどうにか誤魔化そうと考えていたが、彼女の持つビニール袋からネギが頭を出しているのを見て、無意識に腹をグゥと鳴らしてしまった。
割と大きな音だった。
「ちょっとダイン、何なのよこのタイミングで」
ディエルに軽く叱られる。
「い、いや、昨日一食しか食べてなかったから…」
ディエルと押し問答していると、女性はくすくすと笑い出した。
「良かったら食べていかない?」、そう提案してきた。
「い、いやいや! そんな、世話になるわけには…!」
ダイン含め、全員が同じリアクションで遠慮しだす。
孤児院がどんな場所かは、ダインもラフィンもディエルも知っている。
国からの補助金と慈善団体からの寄付のみで成り立っているところで、孤児たちのためのご飯をいただくのは流石に気が引けた。
「いいのよ」
しかし彼女は優しい笑顔をたたえたままだ。「お腹を空かせている子供を見たら、放っておけないんですもの」
「い、いや、でも…」
きっぱりと断った方がいいと考えているところで、突然孤児院のドアが勢い良く開かれた。
その勢いのまま、庭を駆けてやってきたのは小さな男の子。
「まーがれっとまざー!」
舌足らずな声をとともに、そのまま“マザー”と呼んだ女性に抱きついた。
「おかえりなさい、まざー!」
「ええ。ただいま」
「きょうはなにつくるのー?」
「今日はタマゴ料理が多めね。レイモンが好きなオムレツを作ってみようかしら」
「ほんと!?」
そう二人が会話しているところで、開かれっぱなしだった玄関からまたぞろぞろと子供たちがやってきた。
総勢十五人ほどだろうか。見た目の平均年齢は五、六歳ほどと幼く、男の子も女の子もいて、さらにデビ族やエル族、ヒューマ族と様々な種族がいるようだ。
「マザー、この人たちは?」
その子供たちの中で一番の年長者と思しき、エル族の女の子がマザーにきいていた。「新しい人かな?」
「迷子さんよ」
マザーは優しい笑顔のままいった。「帰り道が分からず彷徨ってるうちに、ここまで来ちゃったみたい。お腹を空かせてるようだから、私たちもこれから朝食だし一緒にどうかと思って」
ダインたちにウィンクしてから、彼女は子供たちに向け、「だからみんな。この人たちと一緒にご飯してもいいかしら?」、ときいた。
「いいよー!」
子供たちの元気な声が、朝の寒空に響き渡った。きっと彼らは、新しい人が来たというだけで嬉しかったのだろう。
「ほらほら、こっちだよ!」
と、子供たちはダインたちの手を掴んで引っ張りだす。
「ちょ…え、ええ? い、いいの?」
ディエルは困惑している。両手を掴まれたラフィンは躊躇う間もなく、孤児院の中へ連れて行かれている。
「ま、まぁ、いいんじゃねぇか? みんなも乗り気だしさ」
ダインは両手とさらに背中も押されている。
子供たちのキラキラした目にダインたちは断れるはずもなく、やや強引ながら孤児院の中で朝食を食べさせてもらうこととなった。
「創造神様に感謝を」
孤児院のマザーである『マーガレット』が両手を合わせていったとき、食堂のテーブルについていた子供たちも同じ仕草で目を閉じた。
「エレンディア様に感謝を!」
それがいただきますの合図だったようで、定位置にかけていた子供たちは、プレートに乗せられた料理を好きなように食べ始めていく。
「か、感謝を…」
遠慮がちにいったラフィンは、恐る恐るオムレツを口にした。
「あ、お、美味しい…!」
ダインと同じく、彼女も昨日は弁当一個しか食べてない。久しぶりの食事ということもあってか、表情をパッと明るくさせた。
つられて同じものを口にしたダインも表情を緩め、「うまいっすね」、と隣にいたマーガレットに笑いかける。
「お年頃のあなたたちには少々物足りない量かもしれないけれど…」
少し申し訳なさそうな彼女に、「いえ、こうしていただけること自体、滅茶苦茶ありがたいです」、ダインはいった。
「な?」、と反対側にいたディエルに同意を求めたのだが、
「えぇ、まぁ…」
彼女は微妙な表情をしていた。
朝ごはんを無償でいただいているのに、そのリアクションはまずい。
「おい、どうしたんだ?」
「もしかしてお口に合わなかった?」
マーガレットが心配そうにいったところで、「あ、い、いえ、ご飯は美味しいです。すごく」、とディエルはいった。
「でも、少し無用心すぎないかなと…」
彼女は別の懸念を抱いていたようだ。「私たちがどんな人かも分からないのに、子供たちがこれだけいる院内に招き入れるなんて…」
マーガレットの行動を軽く咎めているようだ。用心深いディエルならではの考え方というべきだろうか。
「私たちが悪い人だったらどうするんですか」
「ふふ。一応、私は人を見る目はあるつもりよ?」
マーガレットは優しげにいった。「私もそれなりに色々な経験を積んで、この孤児院のマザーを務めるまでになった。その上で、あなたたちは“大丈夫”と思ったのよ」
「大丈夫…ですか?」
「ええ」
彼女は多くは語らなかったが、孤児院のマザーというだけで、彼女がこれまでに何を見て聞いてきたのか、察するには十分なものにダインたちには思えた。
事件、事故、家庭内暴力から逃げた子や、ネグレクトに捨て子。
相次ぐ不幸の末に孤児となった彼らを、マーガレットはまとめて面倒を見ている。
親の愛情という、当たり前の幸福を得られなかった子供たちに手を差し伸べ、親代わりとなって彼ら、彼女らの不安や悩みを聞く彼女の苦労たるや、きっとダインたちでは到底想像できないものだったのだろう。
マーガレットは子供たちの世話をすることに苦労というものを感じてないのかも知れない。マザーを務めることになった経緯も分からないが、そうなるに至った“きっかけ”は確実にあるはずなのだ。
その上で、彼女は子供たちの笑顔が絶えない食堂を作り上げた。屈託なく笑う彼らの笑顔から考えても、このマザーという人物は偉人に匹敵する存在なのだろう。
「私が訪ねたとき、子供たちは笑顔であなたたちを招き入れた。それだけで、あなたたちは悪い人ではないという何よりの証明になるわ」
朗らかなマーガレットの笑顔を見て、ディエルは圧倒的な“経験の差”を見せ付けられたように感じたのだろう。
「ま、まぁ、それならいいんですけど…」
そのまま押し黙ってしまった。
「わー! かわいー!」
とそこで、ダインたちの後ろから数人の子供たちの歓声が上がった。
後ろの小さなテーブルには、シャーちゃんと、もう一匹…目を覚ました“プノー”が子供たちに囲まれていたようだ。
タマゴ料理にがっつく二匹の可愛らしい姿に子供たちは見入っていたようで、何人もの手がシャーちゃんとプノーの頭や胴体を撫で回している。
「はいはい、お食事の邪魔しちゃ悪いから、ほどほどにね」
マーガレットは笑いながら咎め、素直な彼らは元気のいい返事とともに、自分の席に座って食事を再開した。
朝から賑やかな食事だった。
子供たちの笑顔は絶えず、口々に今日のご飯も美味しいと感想を漏らし、マーガレットは始終嬉しそうにしている。
行儀のあまり良くない子には近くにいた子が注意していて、スープをこぼしてしまった子には別の子が新しいスープを用意しており、濡れた服もタオルで拭っている。
大人しい子もいたのだが、それでもその笑い方は他の子と同様楽しそうで、暗い過去があることを思わせないような笑顔だった。
「…いい子たちっすね」
ダインは思わず呟いてしまう。
「みんな聞き分けが良すぎて心配になっちゃうくらいなの」
マーガレットはぽそっといった。「もう少し手をかけさせてくれてもいいと思うんだけど…最近、ドワ族の子が新しく来てくれてねぇ…」
嬉しいような困ったような笑顔だ。生来の世話好きなドワ族とマザーとでは、役割が被ってしまうのかもしれない。
そんな中、ラフィンはマーガレットに何度か視線を向けていた。
表情からして何か尋ねたいことがあるようだ。
しかしそんな彼女の背後には、やや距離があるものの、子供たちが近づこうとしている。
その表情には純粋な興味というものが張り付いている。彼らにしてみれば、ダインたちは“外”からやってきた人。彼らこそ、ダインたちに尋ねたいことが山ほどあるのだろう。
「あ、あのっ!」
案の定、年長者の女の子が思い切ったようにラフィンに声をかけた。
「ひゃっ! な、何? 私?」
話しかけられるとは思ってなかったのか、ラフィンはやや驚いたように返事をする。
女の子はそのままきいた。「み、みなさんは、どこから来られたんですか?」
早速質問が始まった。
「あ、あ〜、え〜と…」
プノーの封印地だったブラッディスワンプから来たと正直にいうわけにもいかず、ラフィンは困惑している。
「ディビツェレイド大陸からよ」
代わりにディエルが答えた。子供たちから「すげー!」という声があがる。
「た、確かデビ族の大陸ですよね!? 遊園地とかショッピングモールとか沢山あって…!」
ディエルにわっと子供たちが集まった。
人懐っこいディエルは子供の扱いにも慣れた様子で、「面白いものが沢山あるわよ?」、と、遊興施設の内容を面白おかしく伝えている。
外の世界は本やテレビから空想するしかなかっただけに、ディエルの生の情報というものは、子供たちにとっては光り輝く世界のように聞こえたのだろう。
彼女から話を聞けば聞くほど、彼らは感嘆の声をあげ、より一層両目を輝かせていく。
「もっと落ち着いてお食事して欲しかったのだけど、困ったものねぇ」
マーガレットはそういうが、台詞の割りに困った顔はしていない。
「子供は元気が一番ですから」
ダインが笑っていうと、「そうなんだけどね」、と彼女もまた笑った。
「あの、マザー。この“ハッピーホワイト”という名称はどこからきたものなんですか?」
子供たちの興味がディエルに注がれたのを確認してから、ラフィンはマーガレットにきいた。
どうやら彼女はこの施設へ来た目的を忘れてなかったようだ。
名称の由来。施設の歴史。どうしてこの地に建てられたのか。
ラフィンはさもジャーナリストのようで、マーガレットは律儀に答えている。
ダインは素直に聞き役に徹していると、今度は彼の服の裾が誰かに引っ張られた。
そこに立っていたのは小さな男の子だ。
もう朝ごはんを食べ終えたのか、手に大きめのボールを持っている。
「あ、あの…あそんだり、とか…」
彼はややおっかなびっくりした様子だ。無理もない。ダインの目つきは普段から悪く、傍目にも悪人面なのだから。
しかしそれでも外からの客人であるダインに対して、興味はあるようだ。
「いいぜ」
ダインは笑って男の子の頭に手を置いて、そして残った料理を素早く平らげる。
「マザー、後は任せてもいいっすかね?」、と隣を見た。
「ええ。是非遊んであげて」
マーガレットの快諾を得て、ダインは男の子からボールを貸してもらう。
「よーし! 遊びたい奴は外に集合だ!」
食堂中にダインが声を響かせると、遊びたい盛りの男の子たちは慌ててご飯をかきこみ、食器を流しに置いて駆け足で外に出て行く。
活発な子供たちを庭に集合させ、ダインは自分の村で流行っているというボール遊びの説明を始めた。
ありきたりなドッジボールに、ルールを簡略化したキックベース。
どちらもこの孤児院にはまだ伝わってない遊びだったようで、彼らは目を輝かせてダインの説明を聞き、実際にプレーを始めていた。
子供たちに混ざって遊んでいたダインはもちろん手加減をしていたが、どちらかのチームに勝率が偏らないよう、ここぞという場面で“裏技”を披露してバランスを保つ。
魔法を使ってないはずなのに、ダインが投げたボールは空中でありえない動きを見せ、その度に子供たちから大歓声が沸き起こった。
どうやったんだとダインに子供たちが殺到し、どの子もすっかりダインの悪人面は気にならないようになっている。ひっきりなしに笑い声が巻き起こり、みんな楽しそうにしていた。
「ふふ」
満足げに外の様子を眺めていたマーガレットは、今度は隣に顔を向ける。
そこにいたディエルとラフィンの周りには女の子たちが集まっており、二人が話す“外の世界”の情報に興味津々とした様子だ。
孤児院の中も外も笑い声と笑顔に包まれていて、マーガレットはますます笑顔になってしまう。
「いやぁ、やっぱ子供っつーのは元気でいいもんだな」
笑いながら、ダインは庭から食堂まで戻ってきた。「ルール教えりゃ、後は自分たちで遊びだしてくれたよ」
広い庭では男の子たちが元気にボールを追いかけている。
「そっちはどんな様子だ?」
ダインがきくと、「見ての通りよ」、とディエルは食堂の片隅を指差した。
女の子たちは折り紙に夢中になっているようだ。彼女たちの手前にはディエルが作成したと思しきモンスターや人の顔を模った見本があり、彼女たちは何度も見比べながら折り紙を折っている。
「へー。器用なことできんだな」
「まぁ、あれぐらいはね。昔、折り紙教室なんてものに通わされてたことあったから」
その女の子たちの中にラフィンが混ざっているのが少し面白かった。
ディエルに出来て自分に出来ないのが納得いかなかったのだろう。しかしどうやっても見本のような形にならず、なかなか苦戦しているようだ。
途中で諦めたのか、ダインの姿に気付いた彼女は、席を立ってそのままこちらに歩いてきた。
お疲れ、といってから、「で、どうだった?」、ダインはこそっと彼女たちにきいた。
「何かヒントめいたものとかは…」
「いえ、全く…」
ラフィンは首を横に振り、「子供が可愛いことしか分からなかったわね」、とディエルも困った様子だ。
ラフィンがマーガレットから孤児院について色々と聞き出してくれたが、特に疑問に思うようなところはなかった。
子供たちにも気になる点はなかったし、施設内にも秘密らしいものは何もない。
「ここじゃなかったってことじゃないの?」
ディエルがいい、「まぁ、そう、だなぁ」、ダインも認めざるを得なかった。
そもそも、何に対してのヒントかもよく分かってない。シグが適当な単語をメモに残した可能性もあるわけだし。
朝食をご馳走してもらった手前、さすがにこれ以上の調査は気が引けた。
「いつまでもお邪魔するわけにはいかないし、そろそろお暇しましょうか」
ラフィンの提案にダインもディエルも頷いたとき、厨房からマーガレットが戻ってきた。
「ダインちゃんたちは、お昼はどうするの?」
そうきいてきた。「せっかくだし、お昼寝の時間までいてくれたら、みんなも喜ぶと思うんだけど…」
悩ましい問題だった。
子供たちはすっかりダインたちに懐いた様子で、ダインたちももっと一緒に遊んでやりたいという気持ちはある。
しかし彼らは彼らで家で待ってくれている人がいる。プノーの救出作戦は成功したんだし、このままいつまでも帰らなければ余計な心配をかけてしまうだろう。
「あの、また来ますので…」
と、ダインがいいかけたところだった。
開けっ放しの孤児院のドアにマーガレットが目を向けると、「あら?」、と何かに気付いたような声を上げる。
「今日も来てくれたみたいね」
嬉しそうに彼女はいい、外にいた子供たちも騒ぎ出す。
「にーちゃんがきた!」
そんな男の子の声を耳にした瞬間、食堂の一角で折り紙に熱中していた女の子たちも、はっとしたように一斉に立ち上がった。
そのまま押し寄せるように出入り口を飛び出していく。
誰が来たのかとダインたちも顔を向ける。
子供たちの群れで中々確認しづらかったが、中心には一人の青年がいるようだった。
彼らの騒ぎようからよほどの人気者のようで、足にしがみつかれ、困り顔ながらも彼は嬉しそうに笑っている。
優しげな顔つきをした彼はとても“特徴的な容姿”をしており、その姿が目に入ったダインたちは一瞬動きを止めてしまった。
「今日も沢山採れたよ、マザー」
そういって玄関をくぐった彼は、足元に大量の紙袋を下ろす。
そこにはジャガイモやタマネギといった野菜類が詰め込まれていた。
「毎日ありがとうね」
マーガレットは彼に笑いかけている。
そのまま話をしようとした彼だが、途中でダインたちの存在に気付き、「おや」、と意外そうな顔になった。
「見ない顔だけど、お客さんかな?」
その目はダインたちに向けられているが、ダインもラフィンもディエルも、しばし動くことができなかった。
その青年の姿が、初めて見るものだったからだ。
左に三本。右にも三本。
ダインたちの前に立つ彼は、左右合わせて六本の腕を持つ…“超希少種”とされていた青年だった。