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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百五十節、地獄の島

「もうっ! もうっ!」

絶海の中に浮かぶ孤島の浜辺では、ラフィンが怒りを爆発させていた。

「びっくりしたでしょ! 生きた心地がしなかったわよ!!」

そういって腕を振り上げ、拳を“彼”の胸板に叩きつけている。

ラフィンにぽかぽかと叩かれているダインは、「わ、悪かったって」、体を震わせつつも彼女をなだめた。

「後でいくらでも謝るから、とにかく暖を取らせて欲しいんだけどさ…」

そういっても、興奮状態にあったラフィンは聞く耳を持たない。

「引き返したくても後ろから大きなモンスターが追ってきてたし、あなたが落ちた海の中にも大きな魚がわんさかいて…!」

「ほ、ほんとよ。どう切り抜けたの?」

ディエルはまだ信じられないという顔でダインを見ている。

あの時、確かにダインは大海原の中へ落ちていった。落下した先に大きな魚の口がダインを待ち構えていて、うろたえたラフィンがシャーちゃんに戻るよう伝えたが、ちょうどそこへ飛行型の巨大モンスターに追いかけられそれすらもままらなかった。

結局この孤島への()()()()を余儀なくされ、ラフィンとディエルが泳いででも助けに行こうとしたとき、ずぶ濡れのダインがすでに砂浜に立っていたのだ。

「さすがに私も肝を冷やしたんだけど…」

そういいながら、ディエルはその辺に転がっていた流木を持ってきて、未だ寒がっている様子のダインの近くで火をつける。

「シャー…」

ラフィンとディエルの間には、魔力が切れたのか子供に戻っていたシャーちゃんがいる。

心配そうに寄り添ってくる彼の頭を撫で、ダインは「ちょうどボスっぽい奴がいたからさ」、暖を取りつつ笑った。

「そいつ殴って大人しくさせたら、周りの奴らも襲い掛かってこなくなってさ、ついでにここまで運んできてもらったんだ」

そういってのける。

俄かには信じられない話だが、ダインならば可能なのだろう。

「あ、相変わらず無茶苦茶なことしてるわね…」

ディエルは半ば呆れつつも、「まぁでも、無事ならそれでよかったわ」、と安堵してダインに笑いかけた。

「もうっ! もうっ!」

しかしラフィンだけは未だに怒っている。それほど、荒れ狂う海にダインが落ちていったシーンがショッキングだったのかもしれない。

別にダインが悪いわけではなかったのだが、彼は謝るしかなくて、「と、とにかくさ」、話題を逸らせた。

「ラフィン、シャーちゃんを魔法で俺の家まで送ってくれないか? ここ封印地近くだし、シャーちゃんに何か悪影響及ぼすかもしれない。だからさ、頼むよ。ピーちゃんたちも心配してるだろうし」

ずぶ濡れで体を震わせながら頼み込まれては、ラフィンは聞き入れるしかない。

「…もうっ!」

最後にもう一度だけ不満の声を漏らしてから、彼女はシャーちゃんに向けて転移魔法を使った。

魔法陣の光に包まれていくシャーちゃん。

「終わったら呼ぶから、そんときはまた頼むな」

手を上げるダインに、シャーちゃんは、「シャー!」、と任せとけといわんばかりの元気な鳴き声を上げ、そして転移魔法の光とともにその姿が消えた。

「へっくしゅ!」

シャーちゃんを見送った直後に、ダインはくしゃみを出してしまう。

火はあるが、浜辺は吹きさらしなのであまり暖かくはない。

「と、とにかく安全地帯を見つけて、そこで休憩取ろう。軽く探索して島の状況も確認しないと…」

暖もそこそこに歩き出そうとするダインだが、「駄目よ」、とすぐさまラフィンがダインの前に立ちはだかった。

「探索は私とディエルがするわ。あなたはこのまま服が乾くまで温まってなさい」

「え? いや、でもモンスターがいるかも知れないし…」

「いいから!」

強くいって、ラフィンはディエルを連れて森の中へ入っていった。

浜辺で取り残されてしまったダイン。

「う〜ん…」

どうやらかなり心配をかけてしまったらしい。

ラフィンの制止を無視して探索を始めても良かったが、そうするとまたラフィンに怒られてしまうだろう。

ダインは仕方なくこのまま焚き火で暖を取らせてもらうことにして、周囲を見回した。

真っ白な砂浜。波打ち際には流木や石ころが散乱しており、当然ながら人の姿はない。頭上はカラッと晴れており、雲がない。

海の遥か向こうには、ダインたちがつい先ほどまで通り抜けてきたセンタリア海域がある。そこでは未だに薄暗く、終わらない大災害が巻き起こっているようだ。

島側には森が広がっており、木々が鬱蒼と生い茂っている。

その景観も何もかも、単なる小島にしか見えない。

地獄と噂されていた“ブラッディスワンプ”のイメージとはかけ離れたもので、まるで南国のような平和な光景だ。

しかし地面の所々に変色した水溜りがあり、ここが普通の島ではないことを物語っている。

点在するその水溜りは毒々しい濁った紫色をしており、見た瞬間にそれが毒沼だと分かる。

噂どおり空気中に毒気も漂っているようで、息を大きく吸い込むと胸の奥が少しひりひりとした。

恐らくダインのいる周囲だけでなく、島全体にその毒沼はあるのだろう。森の中から生き物の気配がないのは当然かもしれない。

良く見てみれば、生い茂る木々も普通の植物ではないようだ。地表にある毒を吸って成長したせいか、葉の先端が変な方向に丸まっていたり、木自体が紫や赤色に変色していたりと、独特な進化を遂げている。

その葉からも毒気のようなものが排出されているのだろう。次第にダインの頭がぼやけてきた。

少し呼吸しづらくなってきた。そろそろガスマスクをつけた方がいい。

ついでに服を着替えようかとカバンを漁っていると、

「いい場所があったわ」

と、森の中からラフィンが戻ってきた。「大木だった朽木がある。中が空洞になっているから、あそこなら安心して休憩できると思う」

「おお、そうか」

返事をするダインだが、ラフィンの姿が一瞬ぶれて見えた。

「ん?」

ダインはつい目をこすってしまう。

「どうしたの?」

「いや、ちょっと…」

とそこで、今度はディエルが森から浜辺へ飛び出してきた。

「ちょっとちょっと、ここすごい場所じゃない!」

やたら興奮した様子だ。「見たことない植物が沢山あるし、人工物も何もないし。もしかしてここって、まさしく前人未踏の場所なんじゃ…!」

「そりゃそうでしょ」

答えるラフィンは当然だろうという表情だ。「守人は遠隔で管理してるんでしょ? 封印地には誰も近づけないはずだし、そもそも毒だらけの島なんて誰も来たがらないでしょ。もしかして私たちがこの地に降り立った初めての人類なんじゃない?」

ラフィンのその予測は恐らく当たっているだろう。地面にはダインたち以外の足跡はなく、転がっているものも木片や石ぐらいしかない。

動物も、モンスターですらも訪れない島。つまりここは世界で唯一、何千年と時間が止まっている場所ということになる。

「もうちょっと探索していい?」

ディエルはわくわくした様子でいうが、「遊びじゃないの」、ラフィンがすぱっといった。

「探索は、作戦が全部終わってその上で時間が余ったら。ダインはいまにも凍えそうなんだし、休憩するほうが先よ」

「ちぇー」

ディエルはつまらなそうにする。

が、彼女の姿もダインには一瞬ぶれて見えた。

頭もぐらぐらする。頭痛までしてきて、つい手を額に当ててしまう。

「ねぇ、大丈夫なの?」

ラフィンが近づいてくる。

「あ、ああ、いや…俺も少し疲れたのかな。軽く眩暈がするんだ」

身体には明らかに異常を感じるが、それが疲れなのか寒さか、それとも毒気なのか良く分からない。

「早く休憩したほうが良さそうね。ディエル、どこだっけ」

「こっちこっち」

ディエルを先頭に、ダイン一行は森の中へ入っていく。

生き物が生息していない森の中は、静寂そのものだった。

風で枝葉が揺れる以外の物音は一切聞こえてこなくて、ダインたちが落ち葉を踏みしめる音がやけに大きく鳴り響いている。

「毒沼はあるんだけど…随分と落ち着いた場所ね…」

草の生えてない、やや開けた場所を歩きながら、ラフィンがいった。「七竜がいるとは思えないぐらい、穏やかな場所だわ…」

ラフィンも、ブラッディスワンプという地名からおどろおどろしい場所を想像していたのだろう。

危険なモンスターの跋扈する荒れた場所だと思っていたらしいが、生き物の気配を一切感じない森の中は神聖さすら感じる。

浜辺と同じく、森の中も毒沼と生い茂る木々しかなく、当然のように人工物がない。

「大自然って感じね。人もモンスターの影もなくて、何千年とこのままっていうのは凄いわよね」

そう話しながら、ディエルは携帯を手に辺りを撮影している。

「だから遊びじゃないっていってるでしょ! 早く歩いてったら!」

ラフィンがまた怒り出すが、ディエルもディエルで引く気はないようだ。

「だって何百年も前に絶滅したはずの植物とか群生してるのよ? もう二度と踏み入れられないかもしれないし、記録しない手はないじゃない」

「そういうことは終わってから! それに学者でもないんだから、撮影したところでどうしようもないじゃない」

「もちろん専門家に見せるのよ。中には世紀の大発見があるかもしれないし」

「あるわけないでしょ!」

「いーえあるはずだわ。何千年と“放置”されたこの島にはとんでもない秘密があったりし…て…」

途中でディエルの台詞が止まる。

「ディエル?」

話しかけても返事がない。彼女は右側のある一点を見つめており、固まったままだ。

「どうしたのよ?」

「いや…」

ようやく反応したディエルは、「確認なんだけど…」、と顔の向きを固定させたままきいた。

「ここって、本当に誰も足を踏み入れたことがないのよ、ね?」

「は? ええ、そのはずよ」

ラフィンが答える。「封印地に近づいてはならない規定があるし、そのバリアの影響で魔法が阻害されるから、外部からは飛んで来れないはず。一度足を踏み入れた私たちなら、行き来することは可能なんでしょうけど…」

「そう、よね…前人未踏の地のはずよね…」

そういったディエルだが、「あの…何かあるんだけど」、と続けた。

「え?」

「あそこ。ほら」

ディエルが進行方向から逸れた場所を指で指し示す。

人が訪れず、誰も手入れしてないため草木が伸び放題、枯れ放題の開けた場所に、確かに自然にはない“もの”が落ちていた。

「あれって人工物じゃない?」

「そんなわけ…」

二人は話し合いながら近づいていく。

「な、何を見つけたんだ?」

ダインも寒さに震えながら彼女たちの後をついていった。

ディエルが発見したのは、明らかに人の手が加えられた物体だった。

それは鉄製で、細い棒状のものが組み合わさったような形状をしている。見た目に軽そうで、大きさは人の両足ほど。完全に錆付いたところから、相当な年数を感じさせる。

「…何かしら、これ」

ディエルにとっては見たことのない形状のものだった。

「これは…」

しかしラフィンには記憶にあるものだったらしく、少し考え込んだ後に口を開く。「鍬…っていうもの、じゃないかしら」

「くわ?」

「畑とかを耕す道具よ、確か」

ラフィンのいうとおり、それは鍬だった。だが柄の部分は完全に朽ちており、先端しか残ってない。

「へぇ。くわ…で、なんでそんなものがこんなところに?」

ディエルはまた不思議そうにきくが、「いや、私が知るわけないでしょ」、ラフィンもやや困惑気味だ。

「やっぱり人が住んでた…ってことはなさそうよね」

その鍬以外に周囲に何も人工物が無いことを確認し、ディエルは推理を巡らせる。「風で飛ばされたなんて有り得ないでしょうし、誰かが持ち込んできた可能性が一番高い、か…。でも何のために…?」

ラフィンの意見を聞こうと彼女を見るが、ラフィンはラフィンで別のことに疑問を抱いていた。

「この鍬って農具、ごく限られた種族の人しか扱わないものだったはずなんだけど…」

「限られた種族? どういうこと?」

朦朧とする頭を振りながら、ようやくダインは話しこむ彼女たちのところへ到着する。

ラフィンはいった。「当たり前だけど、農業自体はどの種族でも昔からあるわ。でも基本的に魔法を使って畑を耕したり作物を育てたりしていたから、農具自体使ってる人はそんなにいなくて、こういったものに頼ってる種族は、私の知る限りでは…一つ…」

その種族が何なのか。

「…待ってくれ」

そのとき、ダインが声を上げた。

「この形…どっかで見たことあるぞ」

「え、ほんと?」、とディエル。

「ああ。割と近いところで…確か…」

意識を強く保ちながら過去の映像を掘り起こしたダインは、「あ」、と思い出したような声を出した。

「そうだ。蔵だ。ウチの蔵にあったんだ」

「ダインのって…」

「そうよ!」

ラフィンも声を上げた。彼女もようやく思い出したらしい。「ヴァンプ族よ! ヴァンプ族のことを調べてるときに本に書いてあったのよ! 農具を使っての農作業をしている、珍しい種族だって!」

「え、ちょ、ちょっと待ってよ」

ディエルが慌てるように口を挟んだ。「そのヴァンプ族しか使ってなかった農具が、どうしてこんなところにあるのよ? 数十年かそこらのものじゃないでしょ、これ」

このブラッディスワンプという島は、かつての混乱期、空を飛んでいたプノーが封印され、墜落した拍子に出来た島だ。

島全体が毒に冒され、島の四方は終わらない嵐が囲んでいる。

鍬が偶然風で飛ばされたという可能性は限りなく低く、また移住するためにわざわざ毒のある島にヴァンプ族の誰かが持ってきたということもないはずだ。

しかし、現にそのヴァンプ族の象徴ともいうべき鍬は彼女たちの目の前にある。

「どういうこと…?」

ラフィンとディエルの視線は、自然とダインに向けられる。

「い、いや、俺も何がなんだか…」

ダインも困惑しっぱなしだ。「確かに何人かは村を出て外で暮らしている人もいるけど、大多数のヴァンプ族はエレイン村のままだ。大昔からさ」

謎は深まっていくばかりだ。

「もっと詳しく調べてみましょう!」

鼻息荒く、ディエルが駆け出す。

「あっ!? ちょ、こら!」

ラフィンはすぐに追いかけて、彼女の腕を掴んだ。

「回復してから! 迷い込んだり本命のプノーが出てきたらどうするのよ!」

「でも気になるじゃない! まさかこんなところでヴァンプ族に関連したものが出てくるなんて。ラフィンも調べてみたいでしょ?」

「そ、そりゃまぁ…」

「一緒に調べましょうよ。まだ何かあるかもしれないし」

ダインが関わっているかもしれないだけに、ディエルは相当興奮した様子だ。

「だ、だから駄目だったら! いま優先すべきは魔法力の回復で、ダインも具合が悪そうなんだし早く安全地帯を確保しないと駄目でしょ!」

ラフィンが強くいっても、ディエルは彼女ごと探索を続けようとしている。

「ちょ…ね、ねぇダイン! あなたからも何かいって…」

と彼のほうに顔を向けたとき、「え…」、ラフィンは固まった。

「あ、あれ?」

同じ方向を見ていたディエルも動きを止める。

そこに立っていたはずのダインは…倒れていた。

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