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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百四十九節、まざまざ会食

「それではこれより、ママ友の会特別企画『スペシャルマザー会食』、通称“まざまざ会食”を始めたいと思います」

長いテーブルの端に立っていたサラが、手にしていたグラスを掲げる。

「ママー!」

真顔でいったその号令に倣うように、テーブルの両脇に座っていた“ママたち”が同じように「ママー!」、とグラスを掲げた。

正午の時間だった。カールセン邸のダイニングルームでは()()()()()()()異なった種族の奥様方が集まっており、宴会ならぬママ友会が繰り広げられている。

テーブルの中央には見るからに華やかで豪勢な料理が並んでおり、彼女たちはそれら料理がどこの国で誰が作ったか、品評会のようなものを始めていた。

レシピを聞いて回っているのは、ダインの母シエスタ。誰よりも料理に対する情熱を持っていた彼女は、熱心にメモを取っている。

そんなシエスタに付き従い、柔らかな笑顔を振り撒いているのはニーニアの母シディアンだ。シエスタとはもはや子供の親同士といった繋がり以上の絆が出来上がっており、笑い合う姿は親友同士にしか見えない。

そしてママというよりは聖母のような輝きを放っているのは、ティエリアの母マリア。彼女もシエスタのようにメモを手にしており、郷土料理のみならず、ママたちが身につけているファッションのチェックまで始めている。

一歩引いたところで彼女たちのやりとりを楽しげに見つめていたのは、シンシアの母マミナ。一番遅れてこの会に入会した彼女は、料理を口にして美味しそうに頬を押さえている。

「もっと早くにお知り合いになるべきでした」

ニコニコしたまま、彼女はいった。「このような楽しい会食が毎週開催されていたとは」

まだ始まったばかりの“まざまざ会食”だが、準備段階でマミナは楽しくて仕方なかったのだ。

週の始めにシエスタから連絡があり、二つ返事でオッケーした。元栄養士の実力を見せるときだと意気込んでやってきたのだが、シエスタたちの料理の腕前もなかなかのもので、全く知らない調味料や調理法など、発見ばかりで今日ほど視野の狭さを思い知った日はない。

「いつもこれほどのお食事会を開催なさっているんですか?」

マミナが尋ねるが、「いえ、本格的なものは今日が初めてよ」、とシエスタ。

「流れでこうなっちゃったとしかいえないわ。ね?」

彼女はシディアンに話を振り、「最初は私とシエスタさんだけだったんだけどねぇ」、シディアンはまた笑う。

「マリアさんが来てくれて、マミナさんも来てくれて、最初は小規模なものでもいいと思ってたんだけど、こんなに楽しいなら毎日でもいいぐらいね〜」

シディアンは、単純に世話できる人が増えて嬉しいようだ。

「私も楽しいです」

穏やかにいったのはマリアだ。「これほど多くの種族の方と食卓を囲むのは初めてのことですし、お料理談義はもちろんのこと、生活習慣やゴシップなど、色々とお聞きしたいと思っておりました」

もっと種族ごとの“あるある”を聞きたいとマリア。

「確かにそうね。話したいことは色々とあるわ」

冷製パスタを取り分けつつシエスタがいった。「日常生活や子供のこと、旦那のこと、夫婦生活のこととかね」

婦人ならではの楽しみ方や過ごし方があるはず。

そんなシエスタに、「すごく興味があるわねぇ」、とシディアンも同調したが、でも、とすぐに困った表情を浮かべる。

「話したいこと、聞きたいことが多すぎて、何から始めればいいか分からなくなるわねぇ」

とぽつり。

その台詞を待ってましたと言わんばかりに、

「とのことですので」

サラがやや声を大きくして、淑女たちの注目を集めた。

「実はこのようなものを作って参りました」

そういって彼女がテーブルの上にとんと置いたのは、バスケットボールほどの角張った箱だ。

「トークテーマサイコロです」

かつてのバラエティ番組で使用していたものを真似て作ったというそれは、六面ほどはあるカラフルなサイコロだった。

一面ごとに異なるトークテーマが書き込まれており、子供自慢、最近嬉しかったこと、恋愛歴や悩み相談などがある。

「あら、面白そうですね」

真っ先に食いついたのはマミナだ。「これは、投げた人がそのテーマを元に話をすれば良いと?」

「左様です。もちろん他に話したいことがあれば無視していただいても構いませんが、主にこのサイコロの目に書かれたテーマを元にお話をしましょう」

「じゃあ私からいいかしら」

シディアンが手を上げた。「このサイコロは私の案でもあるから。だから、まず手始めに私からいかせてもらうわねぇ」

食事を中断し、サイコロを手に持ったシディアンは、「えいっ」、とリビング側に向けてそれを放り投げる。

絨毯に落ちてころころと転がっていくサイコロ。

その動きが止まったところで、サイコロを追いかけていたサラはそれを拾い上げた。

「…なるほど」

そこに記されたテーマを見るなり、彼女は神妙な面持ちになる。

「さすがシディアン様。その引きの強さ、感服いたします」

「というと?」

「早速キラーコンテンツが出てしまいました」

サラはそういってシエスタたちにサイコロの目を見せる。

示されたトークテーマを目にしたシエスタたちは、それぞれ独特な反応を見せた。

「え…」

まずマミナが固まってしまい、「へぇ」、と面白そうな表情を浮かべたのはシエスタ。

「くすくす。いきなりですね」

マリアは可笑しそうに笑っており、「まぁまぁ〜、困ったわねぇ」、シディアンは困ったといいつつも笑顔だ。

彼女がサイコロを振って出したトークテーマは…ずばり、“夜の営み”。

「…どうするの? こんな真昼間に話すことじゃないとは思うんだけれど」

シディアンに顔を向けるシエスタは、この予想外の展開を面白がっている。

「シディアン様のお好きなようにお話いただいても構いませんが」

サラはチラッとマミナのほうを見ていった。「まだお知り合いになられて日が浅い方もおられますし、このキラーコンテンツは後に回すという手も…」

「い〜え、マス目の指示は絶対だから、話させてもらうわ〜」

ぽわぽわとした調子でシディアンはいった。「こういうお話から仲良くなるのもアリだと思うのよね〜」

そう、固まったままのマミナににこりと笑いかける。

「え、と…」

何を想像したか、みるみる顔を赤くさせていくマミナは、今日もヒューマ族の正装“キモノ”を身に纏っている。

それが彼女にとっての普段着のようで、奥ゆかしさを表現している“キモノ”同様、マミナ自身も奥ゆかしい人物なのだろう。

しかしそんな奥ゆかしいマミナに、悪魔の囁きを施す人物がいた。

「━━知りたくない?」

マミナの背後に移動していたのはシエスタだ。

「お互い種族が違うとはいっても、生活スタイルはみんなそう変わりないと思うの。聞いたところで大した驚きはないかもしれない。でも夜の営みはそれこそ人それぞれ。基本的に隠された部分よね」

シエスタの囁きは続く。「よほど親しくなるか、こんな場所でなきゃ聞けない話題よ? あなたは知りたくない? そういった、隠された恥部ともいうべき部分を。━━どういう風に、シているのか…ね」

…固まったマミナから返事はない。

ただ、その喉元がごくりと動いた。

見開かれた目には“興味”の文字が浮かび出ているかのようだ。

「どうする? マミナさん」

「…き…聞いてみたい、です…」

素直にそういった彼女は椅子に座りなおし、やけに改まった様子でシディアンを見つめる。

「あ、では私も…」

マリアもそそくさと自分の椅子にかけ、静かに耳を傾けた。

「ふふ。じゃあ話すわね〜」

嬉しそうに、しかし恥ずかしそうに、シディアンは自身の“夜の営み”というものを淑女たちに話し始める。

そのあまりに刺激的な内容にマミナもマリアも驚愕するばかりで、会食の場は静かながらも大いに盛り上がっているようだ。


そんな“まざまざ会食”の様子を中庭から見つめていたシンシアは、顔を前に戻して息を吐いていた。

「はぁ…何の話をしているか分からないけど、お母さんたちみんな気楽でいいよねぇ…」

シンシアの隣にいたニーニアも、「うん…」、と力なく頷いている。

「いま、どの辺りなのでしょうか…」

呟くティエリアは好物の春野菜パスタを食べても、浮かない表情をしている。

中庭にある小さなテーブルを囲って昼食を食べていた彼女たちは、シエスタとサラの厚意でカールセン邸に招かれたというのに、ダインたちの身を案ずる余り食が進まなかった。考えれば考えるほど、悪いほうへ想像が働いてしまう。

いままさにダインたちが危険なモンスターに襲われてないか。遭難してないか。プノーとの戦闘で誰かが深手を負ってしまってないか。

センタリア海域がどれほど危険な場所か理解しており、その上未開の地とされる孤島もどんな危険が潜んでいるか分からないため、シンシアたちの心配は尽きない。

「おいしーね!」

しかし不安がるシンシアたちとは真逆に、同席していたルシラは満面の笑みを彼女たちに向けていた。

“花嫁修業中”のルシラは今日も料理に精を出していたのだ。初挑戦だったパスタの麺作りは出来上がりが今ひとつだったが、味についてはサラの保証つきだ。

子供ドラゴンことピーちゃんたちもそのパスタの切れ端を口にしており、口々に満足そうな鳴き声を上げている。

「とまとのソースもおいしーけど、ふるーつを使ったソースもおいしーんだよ?」

天真爛漫そのものなルシラの振る舞いに、シンシアたちはつられて笑顔になってしまう。

しかしまたすぐに目を伏せてしまい、その口から何度目かのため息が漏れた。

「んん?」

どうしたんだろうとルシラは思ったのだが、しかし彼女も日々成長している。

いまや中等部直前にまで“急成長”していた彼女なので、彼女たちが何を心配しているのか、そしてダインがいま何をしているのかも理解していた。

「だいじょぶだよ!」

だからルシラはより一層の笑顔とともにいった。「だいんだったら、ぴょーっといって、ぴょーっと帰ってくるよ!」

「え、そ、そうかなぁ」

「そうだよ!」

ダインの強さを確信しているからこそ、ルシラは心配などしていなかったのだろう。

「それに心配ばかりしていたら、色んなことたのしめなくなっちゃうよ?」

「た、確かに…」、シンシアが頷く。

「だいんが帰ってきたあとのことを考えるとたのしーよ!」

と、頬にマヨネーズをつけたままルシラはいった。

「帰ってきた後…?」

「うん! 帰ってきただいんは、疲れてるのかもしれない!」

そこでニーニアの顔が上がる。「あ、じゃ、じゃあ、今度こそお世話とか…?」

「そーだよ!」

ルシラはまた笑う。「今度はるしらたちが、帰ってきただいんをおもてなししようよ!」

「おもてなし…!」

ティエリアの顔も上がった。「それはとてもいいアイデアです!」

息を吹き返してきた彼女たちを見て、ルシラのテンションがまたさらに上がる。

「みんなでお店をやればいいんじゃないかな?」、そう提案した。

「お店って…“るしらん”のこと?」、とシンシア。

「うん!」

ルシラは、ダインのお店を借りて彼をもてなそうと考えていたようだ。

「いいね!」

沈んでいたシンシアたちの気分はまた盛り上がったが、

「あ、ですが勝手にお店を使ってもいいのでしょうか」

ティエリアが疑問を呟いた。

確かに、“るしらん”のお店も実際には別のファミレスを間借りしているだけだし、正式に使わせてもらうには使用許可を得なければならない。

「それに関しては私が申請しておくわ」

と、いきなりシンシアたちの後ろから声がした。

「ちょうど制服も完成したところだし」

彼女たちの元へやってきたのはシエスタだ。

「制服って…?」

何のことだとニーニア。

「もちろん“るしらん”用の制服よ。こんなこともあろうかと、サラさんと作っておいたのよ」

シンシアたちの、と付け加えてシエスタがいったところで、彼女たちは驚いた顔になった。

「とっても可愛らしいデザインに仕上がったから、楽しみにしててね」

次いで沸き立つシンシアたちは、どんな制服か見せてくれとシエスタに詰め寄る。

「ふふ、ええ、もちろんよ。午後からは寸法合わせしましょうね。丈が合わないかもしれないから」

「あ、じゃあ急がないと! ダイン君が帰ってくる前に寸法合わせしてメニューを考えて…!」

慌てだすシンシア。

だが意外にもシエスタは「急がなくて良いわ」、といった。

「プノーの封印地って割と遠いところにあるらしいから、あの子が帰ってこれるのは明日ね、多分」

確かに、出発前にダインも同じようなことをいっていた。

「明日までに寸法合わせとメニューを考えて、それからお買い物に行きましょうか」

「お買い物…あ、食材ですね」

ティエリアがいい、「それもあるけど…」、と、少し考えを巡らせたシエスタは、何故か含み笑いを漏らす。

「ところでシンシアちゃんたちは、今週の始めにダインが学校に“お邪魔”させてもらったとき、あの子から何かきいた?」

シエスタは笑顔のまま続ける。「だからみんなこうして来てくれたと思うんだけど…」

「あ、そ、それは…」

シンシアはニーニアとティエリアと目線を合わせ、「は、はい…」、赤い顔のままコクリと頷いた。

「おとまりー!」

ルシラが万歳するように両手を上げる。「だいんとみんなとで、おねんねするんだよね!」

それこそが、今回の救出作戦にシンシアたちを選ばなかったことに対する、ダインなりの“ケア”だった。

『そっちさえ良かったら、たまにはみんなで一緒に寝てみる、か━━?』

シエスタかサラの発案であることは間違いなかったのだが、その“ダフィン”の提案にシンシアたちは大喜びで同意したのだ。

「そう。お泊りするんでしょ? だったら買っておかなくちゃ」

にやにやしたままシエスタは続ける。「あの子を悩殺できるような下着を…ね?」

「…し、下着!?」

シンシアたちは驚愕の声を上げる。

「あーいえ、もちろんそのままのあなたたちも凄く可愛いのよ? あの子だってそんなにこだわりとかはないでしょうけれど」

でも、とまたシエスタは含み笑いを漏らす。「一緒に寝るんだったら、どんな拍子で見えちゃうか分からないし。ひょっとすれば…っていうこともあるし。ね?」

その彼女の台詞によって、シンシアたちは何を想像してしまったのか。

また恥ずかしそうに俯いてしまった彼女たちに笑いかけ、「気合の入ったモノを身につけているのなら、私も余計なことはしないつもりだけど」、といった。

自分の下半身を見てしまうシンシアたち。ルシラはまだ何のことか分かってないようで不思議そうにしていたが、シエスタはまた可笑しそうに笑い声を上げた。

「これぐらいの余計なお節介ならあの子も怒らないでしょうし、これぐらいのことはやらせて欲しいわ」

ダインの驚く様でも想像しているのか、シエスタは始終楽しそうにしている。

シンシアたちは恥ずかしがる一方だ。しかし、ずっと笑顔のシエスタを見ているうち、シンシアは疑問が沸いた。

「あ、あの…」

彼女は思い切ったようにきいた。「シエスタおば様は、気にならないんですか…?」

「ん? 何を?」

「ダイン君のこと…いまも危険地帯の中にいて、何か危ない目に遭ってるんじゃないかとか…」

笑うシエスタからは、息子のダインを心配する素振りが一切感じられなかった。そこがシンシアたちには理解できなかったのだ。

「ああ、そのこと」

シンシアから懸念をきかされても、シエスタは微笑んだまま。

「あの子なら大丈夫よ」

と、ルシラとまったく同じことをいった。「ダインなら、ぱっと行ってぱっと帰ってくるわ。きっと」

「ど、どうしてそう言い切れるんですか?」

「私の息子なんだもの」

シエスタのその言葉はとても根拠とはいえないものだったのだが、何故だかその根拠を信じてしまいそうなほどに、シエスタの笑顔は眩しいものだった。

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