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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百四十八節、黒雲海

密度の高い雲の中は、闇そのものだった。

上下左右、どこを見ても黒いモヤしかなく、ダイン一行は突っ切るようにその雷雲の中を翔けている。

行く手を阻むのは豪雨と、激しいうねりを伴った暴風。

さらに雷鳴も轟いており、飛行するシャーちゃん目掛けて時折雷が降り注いでいた。

「ひゃっ!?」

稲光と雷鳴が響く度に、ダインにしがみついていたディエルから悲鳴が上がる。

一個人の人の力など全く意味を成さないような、まさしく大自然の猛威だった。

いくらラフィンの保護バリアによって守られているとはいえ、大災害に揉まれているこの状況は恐怖としかいいようがない。

ルシラやダインたちとの穏やかな日常だけを経験していたシャーちゃんにとっても、この暗闇と暴風雨は戦慄するものでしかなかっただろう。

しかしそれでも怯えずに飛行できているのは、ラフィンの魔法の光と、大切なダインたちを確実に目的地に運ぶため、そして仲間を助けたい一心からに他ならない。

「すげぇ迫力だな…」

呟くダインは、シャーちゃんの背中に捕まりながら携帯を取り出し、現在の時刻を確認していた。

岬を飛び立って、かれこれ一時間ほどは過ぎただろうか。

どれだけ突き進んでも景色は何一つ変わらなくて、風と雷雨だけが激しさを増してきている。

いまどの辺りなのだろうか。

疑問に思っているところで、

「…ねぇ」

先頭で三種類の魔法を使い続けていたラフィンが振り返ってきた。「この子…シャーちゃんは大丈夫なの?」

「え、どういうことだ?」

「かなり猛スピードで進んでるみたいなんだけど…」

「そうなのか?」

「ええ」

頬に感じる風の強さからか、先頭にいるラフィンにはシャーちゃんがどれほどのスピードで飛んでいたのか分かっていたようだ。

「この調子でいくと、あと数時間ぐらいで到着するかも…」

というラフィンだが、その表情は心配そうだ。

「途中でバテちゃったりしたらまずいわよ。もう少しペースを落としてもらっても…」

そのとき、

「だ、大丈夫よ」

と遮っていったのは、ダインにしがみついたままのディエルだ。

「私が風の魔法でサポートしているから。この子は追い風に乗っているだけよ」

「え、そうなの?」

「ええ。だから体力的な問題はないはず」

そう答えるディエルは顔面が真っ赤だ。

「いや、でもそれって…大丈夫なのか?」

今度はダインが心配そうな顔をディエルに向けた。「身体震えてるじゃん」

ダインの指摘どおり、ディエルの手足は時折震えている。

それもそのはず、彼女の全身にはダインから伸びた透明な触手が絡み付いていたのだ。

触れ合った箇所から定期的に魔力を吸い上げられ、その度にディエルから悩ましい声が上がっている。

シャーちゃんの成体を維持するための“燃料”となっていたディエルなのに、さらに魔法を使って自分を追い込んでいたのだ。

「あんま無理しない方がいいんじゃ…」

心配するダインに、「そう思ってくれるなら、そのまま私に触れてて」、とディエルは笑いかけた。

「ここはあまり長居するものじゃないから。とっとと突っ切らないと、シャーちゃんの体力が磨り減って墜落する可能性が出てくるんだもの。全員共倒れにならないためにも、持てる力を総動員して危険地帯を突破しないとね」

そのディエルの判断は正しかった。

著しく魔力を消費しているディエルは早くも疲れが見え始め、同じく三種類の魔法を維持し続けているラフィンもそろそろ疲労し始める頃合だろう。

危険地帯にいればいるほど、シャーちゃんも、ダインたちにも影響が及ぶ。

「とりあえず、島に着いたら休憩場所を確保して回復に努めるか」

触手で彼女たちが落ちないようしっかり捕まえつつ、ダインはいった。

「そ、そうね、そうしてもらえると…」

ラフィンは意識を強く保ち、バリアの強度を上げる。

「うわっ!」

そのとき、背後のディエルから悲鳴に似た声が上がった。

「どうした?」

何かあったのかとダインが再び振り向くと、彼女は下を向いている。

「海の中がすごいことになってる…」

気付けばシャーちゃんの飛行高度がやや下がっており、雷雲の下に出ていたようだ。

薄暗いが、おかげで下界が見渡せていて、広大な海の中でとてつもなく巨大な何かが蠢いているのが確認できる。

黒い海面を突き破って突如現れたのは、一軒家を飲み込めそうなほどのバカでかい魚の口だった。

その超大型の魚は他の超大型魚類と餌を巡って争っていたようで、海面上で激しく揉み合っている。

自然界ならばどこにでもある、弱肉強食の光景だ。しかし規模が違えば迫力も違う。

「さ、さすがデモンズシーといわれてるセンタリア海域ね…あんなところに落ちたらひとたまりもないわ…」

魚類同士の争いなのに、まるで怪獣同士が戦っているかのような光景に、ラフィンは息を呑む。

「道理で誰も突破できなかったワケだ。俺も船で渡ろうとしなくて良かったよ」

ほっと安堵するダインに、ラフィンもディエルも同意している。

そうしてしばし飛行を続けていると、

「あ、あう〜…」

ダインの後ろから、また情けない声が上がった。

「だい〜ん…」

猫なで声を上げているのはディエルだ。そろそろ吸魔の感覚に耐え切れなくなってきたらしい。

顔の赤みは増していくばかりのようで、呼吸も乱れている。全身にほんのりと汗をかいており、ダインの腕を握るその手もじっとりと湿っていた。

「はぁ、はぁ…ん…んあっ!」

「ちょ…へ、変な声出さないで! 気が散るじゃない!」

ラフィンがクレームを出すが、「で、でもぉ…」、ディエルの表情は徐々に余裕がなくなってきている。

「悪い、もうちょっと耐えてくれ」

ダインだけは冷静さを保ちつつディエルを応援し、「ラフィン、あとどれぐらいか分かるか?」、と彼女にきいた。

「このまま順調にいけば、あと十キロ…いえ、二十キロぐらいかしら」

憶測だからあてにしないでよ、と続けるラフィンだが、その憶測は当たってるかもしれない。

また高度が下がり、おかげで前方も見えるようになったのだが、自分たちの遥か先に僅かながら光が差し込んでいる場所があったのだ。

その地点がゴールかどうかはまだ分からない。が、暗闇の中に浮かぶ光ほど、安堵できるものはない。

「シャーちゃん、もう少しだ! 頑張れ!」

激しい風雨の音の中ダインが声をかけると、「シャー!」、と彼も元気な声で返してくる。

シャーちゃんの頑張りももちろんのこと、ラフィンとディエルのサポートもあり、到着は夜になるかと思っていたが、予想外に早くにたどり着けそうだ。

「今日中には作戦が終わりそうだな」

ダインがいうと、「そう、ね…順調に行けば…」、ラフィンの返事はやや心許ない。

何事も油断するなといいたいのだろう。順調ほど怖いものはないというのは、ラフィンも経験上分かっていたのかもしれない。

バリア外では相も変わらず激しい雨風が打ちつけている。視界は薄暗いままで、朝の時間帯であるはずなのに真夜中のようだ。

「うぅ…?」

そのとき、ダインの全身がぶるっと震えた。

「? どうしたの?」、とラフィン。

「いや…何か急に寒くなってきたな」

「え、そう?」

彼女は不思議そうに周囲を見回す。

「わ、私は特に気温が下がった感じはしないけど…」

むしろ暑くなってきたとディエル。

「いや、お前ら気温の影響を受けない魔法アイテムか何か身につけてるからだろ」

ダインの指摘どおり、ラフィンとディエルは冒険者の必須アイテムともいうべき魔道具“平温君”というアミュレットを身につけていた。

どんな寒冷、温暖地帯でも身体への影響を受け付けず、常に過ごしやすい温度を維持し続けるアイテムだ。

「そういうの俺には効果ないからさ。寒くなってきたのは確かだよ。十度くらい下がった感覚だな」

そうダインがいったところで、「そういえば」、と前を見たままラフィンが声を出す。

「ここをもっと真っ直ぐ突き進めば、コンフィエス大陸があるわね」

「コンフィエスって…エンジェ族の?」

「そう。私も住んでるところ」

コンフィエス大陸は極北に位置する大陸だ。大陸全土が永久凍土に覆われた、とても寒い場所だったはず。

「その大陸に近いから気温が下がってきたのかも知れない」

「なるほど、そういうことか」

ダインが納得してる間にもぐんぐん気温が下がってきており、またダインは体を震わせてしまう。

魔法力を消費し続けるラフィンとディエルに続き、ダインまで状況が危うくなってきた。

「も、もうちょっとよ。みんな頑張って!」

ラフィンが応援を飛ばした。「目的地まであと十分もないはず。到着したらすぐに安全地帯を見つけて休息を取りましょう!」

「そ、そうだな」

ダインは到着した後の行動を脳内で組み立てる。

これから向かうところは絶海の孤島だ。当然その島に踏み入れられる人はいないに等しく、そのため危険なモンスターが跋扈している可能性もある。

まずは島がどんなところかを周囲だけでも確認し、そこに生息する生物は何がいるのか、危険種はいないのかを把握しなければならない。

場所は前人未踏の封印地なのだから…とそこまで考えて、ふと気になったことが浮かんだ。

「な、なぁディエル。封印地の近くに守人はいないのか?」

ダインが身体をさすりながらディエルにきいた。

「え、えと…たぶんいないはずよ。守人自体は存在しているけど、場所が場所だけに遠隔で管理しているみたい」

「そうか。誰もいないか」

人がいれば面倒なことになる。

ホッとするダインだが、「でもガーゴが裏で何か仕掛けてたりして」、とラフィンがいった。

「何かの罪を着せるために、私たちが到着するのを待ち構えてるかもしれないわよ」

「いや、こんなところを抜けてまで邪魔しようってんなら、見上げた奴らだとしかいえないよ」

寒さに震えながらもダインは笑った。「でもその可能性は低いはず。ガーゴはガーゴで内部で色々あるみたいだからな」

含みのある台詞だった。

「どういうこと?」

「それぞれ思うところがあるってことだ。まともな奴も変な奴も、そして悪い奴もいる。行政組織だの取り締まり機関だの偉そうにいってるが、中身はそこらの企業と変わりない」

ダインが何かを掴んでいる様子に、ラフィンもディエルも興味が向く。が、根掘り葉掘り聞ける状況ではない。

「というか、これ以上の面倒ごとはごめんだ」

ダインは続けた。「ただでさえガーゴの厄介な奴に顔と名前覚えられちまったしなぁ。思わせぶりなヒントまで置いていきやがってさ」

「ヒント?」

ラフィンとディエルはまた首を傾げる。

そういえば二人にはまだ話してないことがあった。

ディエルから魔力を吸い取り、シャーちゃんに補充しつつ、ダインはいう。

「経過はまた今度お前らに話すとして、どっちかは聞いたことないか?」

「何を?」

「ハッピーホワイトって単語…いや、名前か?」

「ハッピーホワイト?」

ディエルが顔に疑問符を浮かべる。「な、なにそのお菓子でありそうな名前は」

「単語しか知らされてないから、マジでただのお菓子の名前かもしれないけど…でも、一応重要なヒントとして残してくれたものなんだ。ただのお菓子の名称じゃないとは思うんだが…」

そうダインが話しているところで、

「…きいたこと、あるかも」

そういったのはラフィンだ。

「え、マジ?」

「ええ。まだはっきりとは思い出せないんだけど、確かどこかの名前で…コンフィエス大陸の中にある…」

そのときだった。

突然辺りが真っ白に染まり、全身を貫くような轟音が鳴り響く。

「きゃああぁぁっ!?」

ラフィンとディエルは同時に悲鳴を上げた。どうやら大きな雷が目の前で発生したようだ。

バリアのおかげでダインたちには全くダメージはなかったのだが、

「シャアアァァァ!?」

シャーちゃんがびっくりしていた。

無理もないだろう。暗闇が一瞬で白色に反転し、全身が震えるほどの雷鳴が轟いたのだ。

しかし彼が驚いてしまったのがまずかった。

彼の身体が大きく震え、背中にしがみついていたダインたちの足場が揺れる。

ラフィンとディエルは咄嗟に踏ん張ったのだが、ダインは…

「あ」

下を向いたラフィンたちから声が上がる。

彼女たちの視線の先にはダインがいて、

「…え?」

…巨大魚の蠢く大海原のど真ん中に、彼は落ちていった。

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