百四十三節、少女庭園(問題編)
「なにいってるの」
ラフィンは呆れたよう視線を伏せた。「ダインもダインで忙しいんだし、なんでいまこのタイミングでそんなことしなくちゃならないのよ」
ディエルの言葉をハナから信用してないラフィンは、そのまま食事を再開する。
「い、いらっしゃるのですか!? ここにダインさんが…!」
ティエリアは慌てた様子できょろきょろと辺りを見回す。「ご、ご挨拶を…!」
「あ、いえ、ダインが来てるということじゃなくてですね」
ディエルは静かに、いま起きていることを伝えた。「私たちの“誰か”に、ダインが潜んでいるということです」
「は…はぁ…」
いまいちよく分かってなさそうなティエリアに、「“ダイブ”ですよ」、とディエルはいった。
「二日前、ダインがシンシアとニーニアに乗り移ることができましたよね? それが起きてるんです、いま」
説明するディエルは興奮した面持ちだ。「事故か、何かのっぴきならない事情があってかは分かりませんが、この中にいます!」
「…一応きくけど」
ラフィンはため息を漏らしつつ、未だ立ったままのディエルを見上げる。「根拠は?」
「デビ族としての勘よ!」
「バカじゃないの」
一蹴するラフィンだが、「もちろんそれだけじゃないわ」、ディエルは続ける。
「普段から女の子な振る舞いしかしてこなかったあなたたちなのに、今日はみんな男勝りな言動が目立つ。つまり男としてしか生きてこなかったダインが、女の子として演じきれてないということ!」
ディエルがシンシアたちの朝の不可解な行動を追及するも、彼女たちはお互いを見合わせて「そうだっけ?」、と首を傾げている。
「私の目は誤魔化せないわ」
絶対に見破ってやると、ディエルからは相当なやる気が感じられた。
「あー、でもその気持ちも分かるなぁ」
ほんわかとした表情でいったのはシンシアだ。「数日ダイン君に会えないと、目の前にいるような錯覚を持っちゃうこともあるよねぇ」
「あ、欠乏症のようなものでしょうか?」、とティエリア。
「ですね!」
シンシアと笑顔で頷き合うが、「幻覚見てるわけじゃないわよ!」、とディエルはすぐさま突っ込んだ。
「さっき説明した通り、勘が働いたの。間違いないわ!」
「はいはい、分かった分かった。うるさいわね」
呆れきったラフィンだが、その顔面はやや赤い。「いいから早く食べなさい。次の世話され係はあなたなんだから」
ラフィンはニーニアの献身的な介護を受けていた。ご飯を食べさせられるという行為が初体験だったらしく、恥ずかしいのだろう。
「つまり、一番怪しいのは“前科”があるシンシアとニーニアよ」
ラフィンの声を完全に無視して、ディエルは続けた。「さぁ、観念して吐きなさい。自分がダインであると。どっちなの?」
「そんなこといわれてもなー」
シンシアは困った。「合ってるのか違ってるのか、証明のしようがないよ」
「そうよ」
尚もニーニアにご飯を食べさせられながら、ラフィンも同調する。「大体、名乗り出ないってことは、それなりの事情があるってことじゃないの?」
「確かにそうですね」
と今度はティエリア。
「ダインさんでしたら、何か問題があればすぐに私たちに伝えてくださるはずですから。仮にディエルさんの仰る通りの現象が起きているとして、それでもダインさんが素直に言い出せない理由があるとすれば…私たちに迷惑をかけたくないか、はたまた秘密裏に動かなければならない特別な理由がある、ということになるのではないかと」
「その通りです」
仮にディエルの言う通りだとして、と前置きした上で、ラフィンはいった。「つまり邪魔しないほうがいいっていうこと。ダインのことだから、後でちゃんと説明してくれるはずよ。だからあなたも変に詮索しないで大人しく…」
「やだ!」
「や、やだ?」
「こんな機会、滅多にないんだもの!」
ニーニアのターゲットがディエルに移り、彼女にパンを食べさせてもらいながらも、ディエルは主張する。
「ダインとの秘密の学校生活(女装ver)なんて、こんな面白すぎる展開ないじゃない!」
そういいつつ、彼女の目はキラキラ輝いている。
「ねぇ、ニーニアなんでしょ? 私の目は…」
近くにいたニーニアに問い詰めようとしたが、
「ディエルちゃん、美味しい?」
“過保護ママ”状態となったニーニアこそ、いまの状況が見えてないようで、ディエルに慈愛に満ちた笑顔を向けている。
「え、い、いや、まぁ、美味しいけど…」、小柄なのに圧倒的な母性に押され、ディエルは素直になるしかない。
「ふふ、良かった」
「じゃなくて!」
隙を見てニーニアを再び問い詰めようとしたが、
「ニーニアはシロなんじゃない?」
ラフィンが冷静にいった。「仮にニーニアの中にダインがいたとして、こんなことできると思う?」
その指摘はまさしく正論だった。精神年齢は若干高めなダインだが、普段の彼の言動は男っぽさしかなく、硬派を目指していただけあって女子らしい仕草も天使のような微笑も、例え女の子に乗り移っていたとしてもできるわけがない。特にご飯を食べさせるなど、羞恥心が勝ってしまってやるわけがないのだ。
「…じゃあ、犯人は自然と一人に絞られるわけだけど…」
ディエルの視線はシンシアに向けられる。「あなたね!」
「え、ええ?」、シンシアは困惑した。
「観念しなさい! 素直に認めたらどう?」
「ち、違うよ、私じゃないよぉ」
「口ではなんとでもいえるわ」
ディエルは今度はシンシアを追及しようとしたが、
「ですけど、この場にいる全員にその可能性があるのでは?」
ティエリアがそういったことによって、ディエルの動きが止まる。
「先日のダイブはシンシアさんとニーニアさんのみに成功しましたが、かといってお二人にしかダイブできないということでもないはずです」
ティエリアは続ける。「私たちのお気持ちはダインさんにもご理解いただいているはずですし、練習に練習を重ねた結果、私たちへのダイブが成功して、シンシアさんとニーニアさん以外の私たちの中に、いままさに紛れ込んでいる…という可能性は否定できないのではないでしょうか」
ティエリアのその一投は波紋を広げ、場をさらに混沌とさせてしまうこととなる。
「…確かに、私たちに自覚はないけど、ディエルちゃんから見て今日の私たちの言動に不可解な点があった…」
顎に手を添えながら、シンシアは推理する。「つまり私たちみんなが容疑者、ということ…」
そこで彼女たちはそれぞれ困惑した表情を浮かべた。
「私たちのうちの…誰かに…」
ラフィンもディエルもティエリアも、お互いに視線を合わせては外す。
ほどよく世話欲が満たされてきたニーニアだけは満足げな表情でいて、「ダイン君がいたらお世話したいなぁ」、とのんびりした口調でいっていた。
ドワ族の本性を発揮させているニーニアには、まだ否定しきれないもののダインだという可能性は低いだろう。
つまり犯人はそれ以外ということになる。
シンシア、ティエリア、ラフィン、ディエル。この四人の何れかに、ダインが潜んでいる。
「…ちょっと、あなたどうして今日はパンが一個だけなのよ」
ラフィンがディエルに先制攻撃した。「いつもは二個か三個ぐらい食べてなかった?」
「な…!? ま、まさか私を疑ってるの?」
驚愕するディエルだが、すぐに否定する。「今日はたまたま朝ごはんが少し多かったから、お昼はそんなにいらなかっただけよ」
「たまたま、ねぇ」
疑わしげに呟くラフィンに、今度はディエルが反撃する。
「ラフィンこそ、いつも半分以上残してる豪華お弁当がかなり減ってるじゃない。その食べっぷりは怪しさしかないんだけど」
「い、いや、それは…に、ニーニアが食べさせてくれたから…」
ラフィンは正直にいってしまい、「くすくす。嬉しいな」、ニーニアはほんわかと笑う。
その可愛らしさにシンシアはつられて笑うが、
「あ、あれ?」
ティエリアが不思議そうに指摘した。
「シンシアさん、お弁当の中に、“超絶ブロッコリー”が入っていたはずでは…以前苦手で食べられないと仰ってらしたと記憶してるのですが…」
まさかのティエリアからの攻撃だ。
「へ? あ、は、はい。今日は何だか美味しく感じられて…たまたま…」
シンシアは弁明するが、「た…たまたま…ですか…」、というティエリアはやや懐疑的だ。
「あ、で、でもティエリア先輩も少し変なような…」
シンシアまでも疑いだした。「いつもはフォークですくうようにしておかずを食べていたのに、今日は突き刺して食べてます、よ?」
「あ、い、いえ、今日のおかずはたまたま滑りやすいものばかりでしたから、こうしなくては食べづらくて…」
「…たまたま…」
そこで、とうとう全員が黙り込んでしまう。
誰にダインが潜んでいて、誰がノーマルなのか。
楽しかったはずの昼食は“人狼ゲーム”を彷彿とさせるような状況を呈しており、彼女たちはすっかり疑心暗鬼に陥っている。
「みんな、早く食べよ?」
“ママ状態”のニーニアだけは、始終ニコニコしていた。「時間が余ったらみんなでお昼寝しようよ。寝かしつけてあげる」
午後の授業が始まってからも、シンシアたちの探りあいは続いていた。
お互いを監視し、微妙な変化を見つけてはその都度追及し、逆に矛盾を突かれてあたふたしてしまう。
記憶の追及にクセの指摘。
お互いのことが大好きだからこそ成り立つゲームは次第に面白くなっていき、しかしどれも決定的な証拠がなく誰一人として認めることもない。
ディエルだけは血眼になって正体を暴こうとしていたが、また世話欲に支配されたニーニアに程よく邪魔されてしまい、計画は全て潰されていってしまう。
そうして時間だけが悪戯に過ぎ去っていくだけで、結局その日の授業が終わっても真実は分からないままだった。
「はい、ではこの辺りで終わりにしましょうか」
書類を束ねながらラフィンはいった。
「お疲れ様です」
そこは生徒会室だった。もう少しで暑い季節がやってくるということもあってか、放課後ではあるが、窓の外はまだ真昼のように明るい。
「お疲れー!」
我先にと飛び上がったのはフェアリ族のセレスだ。「お先ー!」
彼女に続き、他の生徒会役員もぞろぞろ部屋を出て行く。
「じゃあ僕も帰らせてもらおうかな。お疲れ様」
エル族のユーテリアがいい、「はい、お疲れ様です」、と返すラフィンは議事録をまとめたファイルを整理している。
「ラフィン」
席を立ったユーテリアは、そのまま彼女の名を呼んだ。
「はい?」
と顔を上げる彼女に、「どうやら元に戻ったみたいだね」、そういって笑いかける。
「先週の君はやたら落ち込んでるようだったからさ」
「…は?」
何のことか分からず不思議そうにする彼女の前に移動し、「良かったよ。悩みは解決したということかな?」、とまた白い歯を輝かせて笑顔を向けた。
ユーテリアが何の話をしているのか、徐々に理解できてきたラフィンは、「あー、まぁ…そう、ですね」、と再びファイルの整理を始める。
「といっても、ユーテリア先輩には関係のないことですし、何も話す気はないですけどね」
冷たくあしらうような一言だった。
なのに、何故かユーテリアは「くーっ!」、と身悶える。
「相変わらずクールだねぇ! でもそれこそが君だ!」
二枚目の顔立ちながら、冷たく言われて嬉しそうにしている。マゾなのかもしれない。
「な、なぁラフィン、その綺麗な顔のままもっと罵るようなことをいってくれても…」
さらに近づこうとした彼に、「帰りなさい」、ラフィンはまた冷たく言い放った。
「ユーテリア先輩の校内での“違反行為”に私が感知してないとお思いで? 私の温情に気付かず私にまでちょっかいを掛ける気でいるのなら、遠慮なくしょっ引きますがそれでもいいんですか?」
凍りついた湖面のような眼光だった。
「あ、あはは。じょ、冗談だよ冗談。それじゃ…」
固まっていたユーテリアはすぐさま踵を返し、歩き出す。
「ラフィン…ダインによろしくね」
やけに真面目に言い残してから、彼は生徒会室を出て行った。
手の動きを止めていたラフィンは、「まったく…」、軽く息を吐いてまとめたファイルを棚に収める。
そして戸締りを始めようとしたが、
「じー…」
…まだ生徒会室には人が残っていた。
「…じー…」
その人物は、いうまでもなくディエルだった。
「じー…」
テーブルに頬杖を突いていた彼女は、わざわざ声を出しながらラフィンの動きを凝視している。
「何よ。まだ“それ”、続けてたの?」
ラフィンは呆れて肩をすくめた。「いい加減諦めなさいよ。真実がどうだったにしろ、もう放課後。後は帰るだけよ」
と彼女はいうものの、「いーえ、まだよ。まだ諦めきれない。こんな機会二度とないかもしれないんだから」、ディエルは未だに活力が漲っている。
「そうはいっても、未だに決定的な証拠もないんでしょ?」
椅子にかけなおし、ラフィンは息を吐く。「昨日の夕飯が何だったのか聞いて回っても全員が即答し、ダインの羞恥心を煽るような擬似告白大会も空振りに終わった。女子トイレに入る試験も全員が難なくクリア。もう答え出てるじゃない。今日あなたが感じたこと、その直感は、全てあなたの勘違いだったということよ」
断言した。「無駄なことしてるのよ、あなたは。これ以上何かあるんだと思ってるのなら、もうそれは妄想の域に入っちゃうんじゃないかしら」
そうまでいわれても、諦めが悪く、粘り強いディエルは引かなかった。
「これで最後にするわ」
だからもう少し付き合ってと続け、「何する気よ」、ラフィンは少し身構える。
「最終試験よ。全員がこれをクリアできたら、いい加減私も諦める。時間的にもみんな帰らなくちゃならないしね」
「だから何を…」
そこで、部屋のドアが勢いよく開かれた。
「ディエルちゃん!」
飛び込んできたのはシンシアだ。彼女は背中にニーニアを背負っており、遅れてティエリアも入室してくる。
「え、に、ニーニア? どうしたの?」
シンシアに背負われたニーニアは、ぐったりした様子で全身がぶるぶる震えている。
「お…おせ…わ…」
そういって虚空に手を伸ばしている。
「ちょうどいい塩梅ね」
緊迫した状況のはずなのに、ディエルはニヤリと笑った。「ニーニアには悪いけど、この子の“世話欲”を利用させてもらうことにしたわ」
「は?」
「題してママチャレンジよ!」
ニーニアをソファに座らせつつ、ディエルはいった。「極限までお世話を我慢してもらったニーニアの世話欲に、どこまで耐えられるのかテストするの」
「何それ」
「“本当の”私たちならニーニアにどんなお世話されても平気だけど、ダインなら決して耐えられないはず。だからそれをいまから試すの」
「い、いや、いってる意味が…」
困惑しているラフィンを他所に、「まずはシンシアから!」、とディエルが仕切りだす。
「制限時間は五分よ。始め!」
ディエルの合図と共に、シンシアは移動を始める。
「じゃあニーニアちゃん、よろしくね?」
嬉しそうにしながらソファの上で身体を横にして、ぐったりとしたニーニアの足に頭を乗せた。
「し…シンシアちゃ…」
ニーニアの手がシンシアの頭に添えられ、膝枕の形になった途端、ニーニアの目に光が戻った。
「シンシアちゃん…いーこいーこ…」
たちまちニーニアの顔に笑顔が広がっていき、その上半身から虹色に光る結晶が噴出しだす。
「えへへ〜」
さらに嬉しそうにするシンシアだが、その顔面は赤い。「な、何だかちょっとだけ恥ずかしいね」
確かに恥ずかしそうだが、そのリアクションは普段の彼女とそんなに違いはない。
何事もなく五分が経過した。
「じゃあ次はティエリア先輩」
携帯で時間を計りつつ、ディエルが指示を飛ばす。
「お、お邪魔します…」
彼女もシンシアと同じようにおずおずとソファの上で身体を横にし、ニーニアの足に頭を乗せる。
「…ほああああぁぁぁ…」
ニーニアの顔はさらに緩んでいき、ホワイトピュアの量がさらに増えた。
後輩に頭を撫でられるティエリアはシンシア以上に顔を赤くさせており、しかし心地よさから安心しきった表情で目を閉じている。
「問題なさそうね…」
五分経過するまでティエリアのリアクションをジッと見つめていたディエルは、「終わりです」、といってニーニアからティエリアを解放させた。
「じゃあ次は…」
ディエルの顔がラフィンに向けられるが、
「あなたよ」
と腕を組んだままのラフィンが先にいった。
「は? 私?」、ディエルは意外そうな顔になる。
「騒ぎ立てる人ほど怪しいもの。ドラマでも映画でも何でも、よくある展開じゃない」
ディエルを真っ直ぐに見つめるラフィンの目は、かなりの疑念がこもっている。「問題提起した人こそ疑ってかかるべきだわ。それに言いだしっぺなんだから、まずあなたが試してからじゃないとね」
正論だった。
「わ…分かったわよ…」
折れたディエルは、仕方なくニーニアに膝枕させてもらおうとしたが…、
「んぶっ!?」
途中で、何とニーニアに頭部を抱かれた。
「ディエルちゃん…!」
小さな手と腕でディエルを力いっぱい抱きしめており、ディエルの顔面を自身の胸に押し付けている。
「ふふ、ディエルちゃん、気持ちいい? 眠れそう?」
ニーニアは尋ねるが、彼女の慎ましい胸に口を塞がれていたディエルは、ふがふがとしかいえない。
そのまま五分が経過し、ニーニアに解放されたディエルは顔が真っ赤になっていた。
「はぁ…はぁ…」
完全にぐったりとしており、「ど、どうしたのよ」、ラフィンは生唾を飲み込みながら尋ねる。
「だ、駄目…ニーニアの母性、つ、強すぎ…」
いまにも気を失いそうだった彼女だが、どうにかソファから離れる。
「さ、最後、あなたよ…」、と気力を振り絞ってラフィンにいった。
「う…」
圧倒的なニーニアの母性に後ずさるラフィンだが、ここでごねても仕方ない。時間もないし、身の潔白を証明するには彼女の母性を受けきるしかない。
「じゃ、じゃあ…」
覚悟を決め、ラフィンはニーニアに近づく。
しかし、やはりというべきか、彼女もニーニアの抱擁を受けてしまった。
「ラフィンちゃん…!」
「むぐ…!」
顔面がニーニアの胸に埋まってしまう。
「ラフィンちゃん…ラフィンちゃん…!」
ニーニアはここぞとばかりに世話欲ならぬ母性を発揮している。
ラフィンの頭を撫で、思う存分よしよししている彼女は、きっと目の中にハートマークが浮かんでいることだろう。
「あ、おっぱい、おっぱいいるかな…?」
とんでもなく妙なことを言い出した。
首を横に振ろうにも、がっちりホールドされてるので動けない。
「おっぱいあげるね?」
「むー!」
生徒会室がさらに混沌としたものになろうとしたときだった。
「お取り込み中のところすまんが…」
男の声がした。
ニーニアに抱かれているのでラフィンからは何も見えないが、
「せ、先生!?」
というシンシアたちの声が聞こえる。
そこでニーニアもラフィンもハッとして、ニーニアの腕が緩んだのでラフィンは慌てて振り向いた。
そこにいたのはクラフトだった。
彼は生徒会室で起こっていたこの異様な光景を前に、困惑した表情を浮かべている。
「あー、何をしているのかは皆目見当もつかんが、ほとぼりが冷めるまでは廊下で待ってようか?」
「い、いえ、大丈夫です」
ラフィンはニーニアからそっと離れ、「それで…」、身なりを整えてクラフトと向き合った。
「ちょうどみんな揃ってることだし、来て欲しいところがある」
「来て欲しいところ?」
ラフィンたちを見回し、クラフトは咳払いしつついった。
「校長室に来てくれ。話がある」
「何だろね?」
廊下を歩きながら、シンシアは隣にいたディエルに尋ねる。
「もしかしてダイン君のことかな?」
「いえ、それは分からないけど…」
答えるディエルは、すぐに顔に笑みを浮かべる。「でも…ふふ、分かったわ」
「分かった?」
「ええ。真実がね」
「?」
「とうとう尻尾を出したっていうことよ」
不思議そうにするシンシアに、ディエルはこそっという。「今日一日の全員の言動を振り返って、ようやく見えてきたわ」
「言動?」
「ええ。よく思い出してみて。おかしな点があるから」
「おかしな点…」
「例えば…“この子、こんなこという子だっけ?”みたいな…ね」
「う〜ん?」
シンシアは始終首を傾げたまま。
「もう逃げられないわよ…ダイン」
行列の最後尾にいたディエルはシンシアたちの背中を見つめており、彼女たちに紛れ込んでいた“犯人”に目を向け、また怪しげな笑みを浮かべたのであった。