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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百四十二節、少女庭園(疑惑編)

「おはよー!」

並木道の端にたむろしていた二人に、シンシアが元気よく声をかける。

「あ、お…おはよう」

シンシアに気付いたニーニアが早速笑顔を向けてきた。

「おはようございます!」

次いでティエリアが勢いよく頭を下げてくる。

後輩に対して丁寧に喋るティエリアは、見た目も態度も相変わらず先輩っぽくない。シンシアはつい笑い声を上げてしまった。

いつも通りの登校。いつもの場所にはいつものメンバーがいるはずだが、ダインだけがいない。

寂しくないわけがなかったが、しかしそれは全員が思っていることだ。

「じゃあいこっか」

気持ちを押し殺しながらシンシアは二人にいい、ニーニアとティエリアが頷いたところで、三人並んで歩き出した。

「おっはよー!」

と、歩いてすぐに彼女たちの背後から元気な声がした。

やってきたのはディエルだった。彼女の後ろにはミーナがいて、彼女はすっかり顔なじみになった面々を見て笑顔で頭を下げてくる。

ほんわかとした空気のまま挨拶を交わし、彼女たちは止めていた足を進めだす。

シンシアたちはあえて口にしなかった話題なのだが、

「はぁー、やっぱりダインがいないとからかい甲斐がないわねぇ」

ディエルは躊躇いもせずに禁句を吐露した。「いつもだったらこの辺で驚かしてるはずだったんだけど…」

正直に話すディエルに、シンシアたちは思わず笑い出す。

「ディエルさんは悪戯が挨拶みたいなものですからね」

ティエリアが笑いながらいうと、「そうそう!」、ディエルは調子よくいった。

「デビ族の性といいますか、一日に最低でも五回は悪戯するか、からかわないと倒れてしまいそうになるので」

「あはは、五回は多くない?」

シンシアが笑いながら突っ込んだ。「デビ族の性っていうけど、ミーナちゃんはそんなことないのに。ね?」

話を振られたミーナは集団の後ろにいて、「う、うん」、恥ずかしそうに頷く。

「あ、で、でも私のようなタイプは珍しくて、ディエルちゃんみたいに伸び伸びとしてるのがデビ族らしい性格とされてるよ」

「そうなの?」

「うん。悪戯好きで自由奔放で、興味のあるものはとことん追いかけて…」

種族知識をひけらかすミーナだが、前を向いて言葉を止めた。

視線の先にはティエリアとニーニアが並んで歩いていたのだが、どういうわけか二人は手を繋いでいる。

「あら、可愛い」、とディエル。

小柄な二人が手を繋いで歩いている様は、まるで初登校の児童のようだ。

「でもどうしたの?」

ダイン相手ならまだしも、目立ちたがらない二人が手を繋いで歩くのは珍しい。

「私もいいかな!?」

そのあまりに可愛らしい姿に、シンシアは興奮気味だ。

「も、もちろんだよ、はい」

頷くニーニアはもう片方の手をシンシアと繋ぎ、今度は三人連なって歩き出す。

そんな彼女たちを後ろから眺めていたディエルは、中央にいるニーニアから漂う“何か”が見え、首をかしげた。

それは虹のようにキラキラと輝いており、大きな結晶のような何かだった。

「これは一体…?」

何事かと足早に追いついて尋ねると、

「実は今朝方、ニーニアさんからご連絡がございまして…」

ティエリアがこそっとディエルにいった。「ドワ族の“世話欲”が爆発してしまったようなのです」

「せ…世話欲?」

「はい。ここ最近誰にもお世話らしいお世話ができなかったためらしく、こうなると満足いくまで親しい誰かにお世話しないと落ち着かないそうで…」

ドワ族の特性についてはディエルも知っている。しかし世話欲というものが爆発するというのは知らなかった。

「そんなことが…じゃあ、あの結晶は?」

驚いたままディエルが尋ねると、「あ、これは“ホワイトピュア”現象ですね」、とティエリアは答えてくれた。

「その現象については、種族知識が豊富なミーナさんのほうがお詳しいのでは…」

ティエリアにいわれるまま、ディエルは後ろにいたミーナに顔を向ける。

「こ、こ…こ、これが噂に聞く、ドワ族の隠された生態…!」

ミーナは珍しく興奮した様子で、メモを手に結晶の形をスケッチしていた。その目は輝いており、とても説明できる状態じゃない。

「う〜ん…」

ダインがいない日常はつまらない。

そう決め付けていたディエルだが、シンシアたちとの日常も十分楽しそうだ。

「…なんか、面白そうなことになりそうかも」

そのときのディエルの呟きは、単にシンシアたちとの学生生活も悪くないと思っていっただけなのだろう。

しかし面白いことに敏感なディエルだから、どこかで感じ取ることができたのかもしれない。

いつものメンバー。いつもの笑顔。

今日から代わり映えのない日常が再開したが、しかしその日常の中に、“あるささやかな異変”が起こり始めていた。



休憩時間に入っても、ニーニアの“世話欲”は収まりを見せなかった。

シンシア、ディエル、ミーナと、その他仲の良いクラスメイトの間を何度も行き来しており、自分にできることはないか、何か世話になることはないか聞いて回っている。

「これ、ある意味ダイン君のせいだよねぇ…」

友達がやり忘れたのであろう、宿題の手伝いを始めたニーニアを眺めながら、自席に座っていたシンシアはディエルに困った笑顔を向けた。

「ダインのせいって?」、ディエルはどういうことだと尋ねる。

「ほんとはニーニアちゃん、ダイン君のお世話をしたかったはずだよ。でもダイン君はしっかりした人だから、隙もなくて…お世話らしいお世話もさせてくれなかったそうだから」

だから爆発しちゃったんだよ、と続けるシンシア。

「あー」

確かに分かるかも、とディエルは頷く。ドワ族の世話好き体質は、適度に消化されないとストレスが溜まる一方なのだと、つい先ほどミーナから聞いた。

その感覚はヒューマ族でいう“痒み”に近いものらしい。世話を焼くという行為が痒みを“掻く”行為と同じで、掻かないと痒みがいつまでも残ってストレスとなる。

とはいえ、誰彼構わず世話を焼けば解消するものでもないらしく、気に入った人物…特に好きな異性に対して世話を焼かなければ、完全な解消には繋がらないらしい。

「厄介な体質ねぇ…」

ディエルはしみじみいうが、「でもそこが可愛いよね」、シンシアは笑った。

「ニーニアちゃんにお世話されて癒されない人なんていないよ」

「それは間違いないけど」

シンシアと笑い合うディエルだが、別の友達のお世話をしに向かったニーニアを見て、何だか違和感を覚えた。

「…ねぇ、シンシア」

ニーニアの挙動を眺めながら、ディエルはシンシアに声をかける。

「何か…変じゃない?」

「え、何が?」

「あの子の歩き方よ」

ディエルはこそっと指で指し示す。「あんな大股開けて歩くような子じゃなかったはず…」

彼女の指摘どおり、ニーニアはずかずかした足取りで歩き回っている。その歩き方は勇ましく、まるで男のようだ。

確認したシンシアは、「あ、確かにそうだね。でもいま“爆発中”だから、ああなっちゃったのかも」、と気にも留めない。

「そう…?」

「うん。次々お世話していかないとなかなか解消できないからね〜」

「う〜ん…」

「学校が終わったら早速ダイン君に連絡してみるよ。やっぱりダイン君を相手したほうが早いし、こんなこと続けばニーニアちゃんも大変だしね」

「まぁ…」

頷くディエルはシンシアに顔を戻す。

別の話題を振ろうとしたのだが、そこでもまた“違和感”を見つけた。

「…足組んでる」

「え?」

「あなた…普段足組んだりするような子じゃなかったんじゃ…」

ディエルの視線の先にはシンシアの下半身があり、横向きで座る彼女はまるでお嬢様のように足を組んでいた。

「あ、ばれた」

組んだ足を元に戻したシンシアは、あはは、と照れたように笑う。

「ご、ごめんごめん。昨日のドラマで足を組んで犯人を問い詰めてるシーンがあって、ついなりきっちゃって…」

そう話す彼女は、ディエルに指摘され恥ずかしがっている…ようにも見える。

「あ、あんまり慣れないことはするものじゃないねぇ」

シンシアは笑顔で後頭部を掻いていた。

その笑い方がどこか“似ている”ように感じたディエルは、違和感がさらに強くなる。

問い詰めようとした彼女だが、ちょうどそのとき休憩時間が終わるチャイムが鳴り響いてしまった。



「ディエルちゃん、今日はどうするの?」

そう尋ねるミーナは、手に弁当箱を持っている。

午前の授業が終わり、いまは昼休憩の時間だった。教室内では生徒たちがそれぞれ仲の良いグループで机を寄せ合っている。

人見知りだったミーナは、このノマクラスの緩い空気をすっかり気に入った様子で、これからできたばかりの友達と一緒にお弁当を食べるそうだ。

「良かったらディエルちゃんも一緒に…」

「あー…」

教室を出て行こうとするシンシアとニーニアの姿を目で追いながら、ディエルはミーナにいった。「ごめんなさい。ちょっと確認したいことがあって」

「確認したいこと?」

「ええ。ちょっとね」

と、ディエルはパンとパック飲料が入ったビニール袋を掴み、立ち上がる。「ごめんね、ミーナ。今度はちゃんと付き合うから」

「う、うん、私はいいけど…でも、あんまりシンシアちゃんたちに迷惑かけちゃ駄目だよ?」

「分かってるって」

ミーナにひらひらと手を振りつつ、彼女はシンシアたちを小走りで追いかけていった。


やってきたのはギガクラスの教室だった。

また遠慮して来ないかも、とシンシアが言い出したので、ラフィンを迎えに訪れたらしいのだが…

「…は…?」

目の前で広がっている光景に、ディエルはしばし理解が追いつかなかった。

夢でも見ているのではないかと思った。

なぜなら、

「えぇ〜、そうなの?」

“冷酷美人”と揶揄されていた人物が…

「ふふ、ええ。それはとってもいいと思うわ」

自分にも他人にも厳しくしていた生徒会長が…

「あ、ありがとう。いただくわね、ふふ」

…クラスメイトに囲まれ、談笑している。周囲に笑顔を振り撒いている。

クラスメイトの冗談にラフィンは口元を覆って笑っており、彼女の周囲にいる彼ら、彼女らはラフィンと会話している状況に興奮した様子だ。

ありえない光景だった。

数ヶ月前の、近寄りがたい雰囲気を放っていたラフィンからは、とてもじゃないが想像できない場面だった。

そのとき、ラフィンの視線がこちらに向き、「あ、ごめんなさい、そろそろ私もお昼に行かないと」、クラスメイトたちにいって、人垣を割いてやってくる。

まだ話し足らないのか名残惜しそうなクラスメイトの視線を感じつつ、「じゃあ行きましょうか」、シンシアたちに向け、ラフィンはいった。

「ど…ど、どういうことよ」

固まっていたディエルは、そのままラフィンにきいた。「あ、あなた、なんであんなに楽しげにクラスメイトと会話なんか…」

「え? 何でって、普通に話してただけなんだけど…」

「あ、ありえないでしょ。同学年は自分より知能レベルが低いからって、相手にすらしなかったあなたがあんな…」

「いつの話をしているのか知らないけど、私は大人になったってこと」

そういって、ラフィンはまた笑顔を浮かべる。「いいから早く行きましょ。ティエリア先輩が待ってるわ」

「そうだね!」

ラフィンの様子に少しも疑問を抱かないシンシアは、これまたとびきりの笑顔で頷いている。

「あ、あの、ラフィンちゃ…!」

ニーニアが何事かいおうとする前に、「ええ、いいわよ」、ラフィンはニーニアと手を繋ぐ。

そこでニーニアはほっこりした顔になる。どうやらニーニアの症状についてはラフィンにまで連絡がいっていたようだ。

「ほら、ディエル、あなたも早く」

「え…ええ」


集合場所である体育館裏にたどり着いたとき、ディエルはまた固まってしまった。

また、驚愕すべき光景が広がっていたのだ。

そこにはいつものように、ティエリアが佇んでいてシンシアたちの到着を待っていたはずなのだが…、

「はっ! やぁっ!」

周囲に誰の視線もない中、ティエリアはどういうわけか広い場所で拳を振り回している。

体の動き方から察するに、空手の型のようだ。

普段から大人しく、おどおどしっぱなしのティエリアだったはずなのに。一切の争いごとは嫌いな彼女だったはずなのに。

なのにいま、ティエリアは勇ましい表情で拳を突き出している。

「わー、何してるんですか?」

珍しいものを見たと、シンシアが小走りで近づいていった。

「あ、みなさん」

シンシアたちを発見し、ティエリアは照れたように笑う。「わ、私も強くなろうと思いまして…」

通信で武道を始めたと、彼女は続ける。「強く逞しく! 守られるだけの私ではありませんよ!」

「あはは、いいですね!」

笑うシンシアは一緒になって始めようとしたが、「はいはい、お昼ご飯を食べてからね」、ラフィンが仕切って二人を所定の位置へ座らせた。

そして弁当箱を広げた彼女たちは「いただきます」、とご飯を食べ始めたが、

「………」

ディエルは無言のまま立ち尽くしている。

こうも連続して“違和感”を抱かされては、さすがのディエルも思考停止せざるを得なかった。

いつもの風景。いつものメンバー。

学生の日常というものは、大抵が刺激が薄くてつまらない。

ディエルも例に漏れずだったのだが、いまの生活はそれなりに気に入っている。

いや、はっきりいって大好きだ。“本当の”友達と過ごす日常というものは、刺激が薄くても会話がつまらなくても成り立つ。ただそうしているだけでいい。

だからこそ、だろう。

シンシアたちの些細な慣れない言動が、ディエルには異様なものに映ってしまったのだ。

朝から感じていた違和感は色濃くなっていき、やがて“確信”へと移り変わっていく。

彼女の脳裏には、二日前の出来事が過ぎっていた。

森の中、“あの人”がやってみせた、面白い現象。

「ディエル、食べないの?」

ラフィンが尋ねてくる。犬猿の仲だったはずの彼女なのに、いまディエルを見上げている目にはなんの嫌悪も感じられない。つい先日は、一緒にご飯を食べるのにだって文句をいっていたはずなのに。

「…分かったわ」

ゆらりと立ち尽くしたまま、ディエルは呟くようにいった。「分かった…そういうことね」

「何が?」

とシンシア。ニーニアはティエリアにご飯を食べさせている。

「分かったの。いま起きている“異変”の正体が」

「異変?」

おにぎりを咥えたまま、シンシアは不思議そうにしている。

彼女たちは気付いていないのだろうか。いや、敢えて気付かないフリをしているのかもしれない。

「宣言する!!」

だからディエルは声を高らかにしていった。「私の目は誤魔化せないわ。そして受けて立ってあげる。“あなた”の正体を掴んで見せる」

演技口調で何やらいい始めたディエルを、シンシアたちは困惑した顔で見つめている。

しかし、「断言するわ」、といって次の台詞を口にしたとき、シンシアたちは驚愕の表情を浮かべて全員が固まった。

「━━この中に、ダインがいるわね?」

ディエルは不敵に微笑んだ。

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