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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百四十一節、あるママの策略

「それで、どうなったの?」

リィン、シンシア姉妹と父ゲンサイが直接対決した、というところまできいて、ニヤついていたシエスタは結末を急かした。

「いやぁ、最後はさすがに気の毒だったよ」

ゲンサイの心中を慮るダインは目を伏せる。

そこはリビングだった。窓の外は真っ暗で、虫の鳴き声だけが響き渡っている。

ダインの周囲には両親とサラ、ルシラに五匹の子供ドラゴンたちがいて、彼らは穏やかな寝息を立てている。

シンシアたちはすでに帰宅しており、定例報告会はいつものメンバーながら、あの三人がいないだけでやけに静かに感じた。

「親父さんも最後辺りは割りとマジで応戦してたと思うんだけど、結局あっさり決着ついちまって、泣きそうな顔で倒れてたのが印象的だったよ」

ダインがそういい終えると、「泣きそうだった? あのゲンサイさんが?」、意外そうな表情でいたシエスタは、次いで笑い声を上げた。

「鬼神と恐れられたあの人が泣くことなんてあるのねぇ」

ゲンサイの武勇伝はシエスタも色々と聞き及んでいたらしい。厳つい顔つきも知っているようで、鬼のような顔面から涙が浮かんでいるのはとてもじゃないが想像できないようだ。

「ですが奥様、その涙は負けて悔しいのではなく、子供の成長を肌で感じた故のものかもしれませんよ」

シエスタの隣で一息つきながら、私服に着替えていたサラがいった。「シンシア様とリィン様、お二人のことを溺愛していたゲンサイ様なのですから」

「確かにそうねぇ…」

頷くシエスタは、自分の通信機の画面に顔を落としている。「夕飯のときは嬉しそうだったって、メールがきたわ」

誰かとやりとりしていたらしく、クスリと笑っている。

「メールって?」

ダインがきくと、「マミナさんよ」、とシエスタはまた笑った。「シンシアちゃんのお家に行く前に、連絡先の交換をしていたの」

さすが、抜かりのない人だ。

「ママ友の輪がさらに広がってきたわ」

嬉しそうにいう彼女に、「奥様、今度私たちだけで食事会でも…」、サラが提案する。

「いいわね!」

シエスタは快諾して、勝手に予定を組み立てていった。

そんな二人の奥から、「う〜む」、と唸るような声が響く。

ジーグだった。彼は絨毯の上に座り、テーブルに広げられた書類に目を通しながら顎を撫でている。

「どうしたのよ」

何やら難しそうな表情でいる彼に、シエスタが声をかける。

「いや、そろそろ情報を伝えるべきかと思ってな」

書類に視線を落としながらジーグはいった。「七竜のこと、古の忘れ形見のこと。色々と情報が出揃ってきた」

その書類にはギベイルたちと共同で調査したであろう、七竜の残骸の分析結果や、古の忘れ形見に関する噂の真偽等がグラフ付きで書き込まれている。

「誰に情報を伝えるんだ?」

気になってダインが尋ねると、「グラハム校長だ」、ジーグは意外な人物の名を挙げた。

「ダインには伝えておらんかったが、グラハム校長は私のかつての恩師でな、いまも交流が続いている。エル族の三大長老の一人であるあの方は、均衡保持組織“グリーン”とも深い関わりがある」

「…マジで知らなかったんだけど」

さすがに驚くダインだが、ジーグはふっと笑うだけで、そのまま続けた。「その組織関連で我々と同じく七竜のことを調べていらしたのだ。お互いの情報をすり合わせて真相に近づきたいところなのだが…如何せん連絡手段がない」

ジーグはまた困った顔になる。「グラハム先生は多くの口外できん機密情報を抱えている。一切の情報漏えいを予防するため携帯すら持っておらんのだ。だから平時であればグリーン直轄の“エージェント”に情報を流していたところなのだが…」

「何か問題が?」、とシエスタ。

「あの方…いや、あの方々はガーゴのことも探っていた。ダインもそこに関しては知っているだろうが、勘ぐりに気付かれたらしくいまも奴らにマークされているようなのだ。だから下手に動くことができん」

確かにセブンリンクスの最高責任者である“グラハム・シーカー”は謎多き人物だ。多くを語らず、しかし根底には強い信念を持っている。

世の中の和平を目指す彼の思いに賛同し、ジーグはこれまでに定期的な情報提供を行っていた。

その見返りといえば夕食を奢ってくれる程度の可愛らしいものだったのだが、恩師の考え方や生き様に多くを学ばされてきたジーグにとっては、尊敬に価する彼と縁があるというだけでありがたいことなのである。

「どうするかなぁ…さすがに学校に堂々と通信会話するわけにもいかんし」

「だったら、シンシアか誰かに頼もうか?」

ダインが軽い調子で提案した。「情報だけなんだったら、手紙にするとか色々方法あるしさ」

「お前はグラハム校長のことを、そんじょそこらの先生という認識でいるのだろうが…」

ジーグは嘆息して顔を上げた。「確かにあの方のいまの地位は校長という枠に収まっているが、“外”ではガーゴ以上の権限を持つ方なのだぞ」

「…そうなのか?」

「いっただろう、三大長老の一人だと。エル族が統治するマレキア大陸の中でスフィリア女王に次ぐ権力を持っている。超長寿の彼らは長寿であるが故に知識と経験に富み、その長所を活かして他国への干渉条約を取り付けた。グリーン組織を立ち上げたのも彼らであることから、グラハム校長がどれほどの人物か分かるだろう」

そんな人がどうしてセブンリンクスの校長を勤めることになったのか、疑念が湧いたダインだが、話が長くなりそうなので止めた。

ジーグは続ける。「お前のようにそういった裏の事情を知らない者は学校内に沢山いるのだろうが、しかしただでさえセブンリンクスの校長というのはその役職や威厳、何から何まで近寄りがたい存在なのだ。お前以外の生徒たちもそういった認識を持っているだろうし、シンシア殿たちも恐らく例外ではない。気軽に話せる相手ではないのだ」

「…セブンリンクスの内情、よく知ってるんだな」

ダインは疑わしげな目をジーグに向けた。「学生だった俺より詳しいんだけど」

「お前の元担任、クラフトとは旧知の仲でな」

ジーグはニヤッと笑う。「お前がセブンリンクスにそう苦労せず入学できたのも、彼らの計らいがあったからだ」

真相を明かされ驚くダインを横目に、「いい人たちよね、ほんと」、シエスタは小さく笑いながらいった。

「ヴァンプ族が減少の一途を辿っていることを危惧して、グラハムさんが打診してくださったのよね。ダインを学校に入れてみてはどうだと」

「ああ。ここまで様々な種族と交流を持てたのはダインのおかげということで異論はないが、しかしそもそものきっかけを与えてくださったのは、グラハム先生ということになるな」

「結局俺は大人たちの手の上で踊らされてたってわけか」

腕を組むダインは、納得のいかなさから表情を険しくさせた。「いまになって俺の知らない情報が色々でてきて問い詰めたいところだが、夜も遅いし次回に持ち越すことにするよ」

不機嫌そうにする息子の顔を見て、「そうしてくれるとありがたい」、ジーグは余裕たっぷりに笑った。

「で、どうするんだよ」

ダインは話を戻した。「七竜にしても古の忘れ形見にしても、日ごとに新情報が出てきてるんだろ? 大事なことだったら早めに伝えたほうがいいんじゃないのか」

「そうなんだがなぁ…」

考え込むジーグに、「早く実行しないと、ガーゴだか誰だかに遅れを取ることになるんじゃねぇの?」、先ほどの反撃だとばかりに、ダインは急かす。

さらに追い打ちをかけようとしたが、「人のこといえないんじゃない?」、と意外なところから先制してきたのはシエスタだ。

「あなたこそ、早く決めなければならない問題が山積してるじゃない」

「え、俺?」

「ええ。プノーの救出作戦に誰を連れて行くのか。ダイレゾの救出もどうするか決まってないし、“ルシラ”の居場所についても、いつ行くのかも決めてないでしょ」

シエスタのいう通りだった。ジーグとグラハムの情報伝達は期限は設けられてないが、ダインが抱えている問題は喫緊の課題だ。遅れると取り返しのつかないことになる。

世論の批判を受け、ガーゴは当分大人しくせざるを得なくなった。そのため、一時的にだがガーゴ問題は解決したといっていい。

しかしその他の問題は何一つ進展していないのだ。

七竜はまだ全てを救出できていないし、ダインの学校への復帰時期も不透明で、そもそも復帰できるかどうかも怪しい。

ルシラがいるであろう“緑の球体”についても、現在は立ち入り禁止エリアになっている場所からでしか確認できないので、いま現在調査できていない。

「そろそろ先延ばしできなくなってきたんじゃない?」

シエスタの指摘に、ダインは難しそうな表情で唸ってしまう。

喫緊の課題であるはずなのに、出題される問題はどれも難問といえるもので、簡単に答えを導き出せるものではない。

もたついている間にまた新たな問題が降りかかってきて、既存の課題をさらに複雑なものに変えていく。

物事は自分の思うように動いてくれない━━彼の表情にはそんな歯痒さが滲んでいた。

「今頃どうしているのでしょうかね」

固まって眠っているドラゴンたちを寝床へ移動させ、サラがいってきた。「ルシラさんは、いまもダイン坊ちゃまを待っているのでしょうか」

そう話すサラは窓の外に顔を向けており、そこにはない遠くにいる“ルシラ”へ思いを馳せているかのようだ。

「…会いに行くって約束したからな」

夢の中でルシラと約束したことを思い出し、ダインは呟く。「何があろうと、必ず会いに行く。そして状況によってはあいつも救い出したい」

決意ともとれる台詞をいったとき、座る彼の足元から「だいん…」、という声が聞こえた。

ダインの足を枕にしていたルシラは、むにゃむにゃと口を動かしながら可愛らしい寝顔を晒している。

「…会いに行くからな」

小さな頭を撫でると、彼女はくすぐったそうに笑った。

「焦って物事の解決を急いでもろくなことにならない。だからとりあえず目の前の問題を一つずつ解消していく。プノーとダイレゾをどうにか救出し、それからルシラの元へ行く方法を考える。いまの俺にできるのはそれぐらいだ」

「その通りね。確実にいくのが一番」

シエスタは満足したように頷く。

「で、同行者の選定はどうするんだ?」

ジーグがきいてきた。「作戦実行は来週末だ。それこそゆっくりしてられんのではないか? ご息女たちにも予定があるのだろうし」

ダインが答えようとしたとき、「ま、どうせあなたのことだから、すでに絞っているんでしょうけどね」、とシエスタが割り込んできた。

「大事なことはスパッと決められるように教育してきたんですもの。違う?」

親でしかいえない台詞を耳にして、「ま、まぁ…」、見透かされたダインは頬を掻いてしまう。事実、彼の脳裏には同行者として“ある二人”のことが浮かんでいた。

その申し訳なさそうな、心配げな息子の表情を見て、シエスタたちは静かに笑い出す。

「朝はあれだけ頑張って親の許可を取り付けてくれたのに、シンシアちゃんたちには謝らないとね」

「か、勝手に俺の心読むなよ」

ダインがいうと、また彼らは笑い声を上げた。

「ま、まぁでも、向こうのスケジュール次第だけどな。忙しいなら諦めるし」

「そうね。でももう決めたのなら、早く伝えないと。シンシアちゃんたちの“ケア”のことも考えなくちゃならないし」

そのシエスタの台詞に、「え、ケア?」、ダインは意外そうな声を上げた。

「ケアはいるでしょ。大好きな人の力になりたいのに、それが叶わないんだもの。断り方にもよるけど、少なからずショックは受けるはずよ?」

「それは…まぁ、確かに…」

ケアねぇ…と、ダインは天井を見上げて考え込む。

「大体は、相手の望むことをしてあげれば満足しますよ」

サラが答えに近いヒントをいった。「キスのひとつでもかましてあげれば一発ではないでしょうか」

「口が悪いぞ」

ダインはすぐに突っ込む。「あいつ等はそんな単純じゃねぇよ。望んでることだって様々だろうし」

シンシアやティエリアとキスしたことを思い出してしまったダインだが、どうにか赤面することだけは押さえ込んだ。

そして反論しようとしたが、「キスこそ単純ではないですよ」、サラが真顔で返してきた。

「理想的なシチュエーション、理想的なタイミングでのキスというものはなかなか実現できるものではありませんし、難しい。ジェイルから何度間違った場面とタイミングでキスを迫られたことか…」

急に個人的な苦労話を始めたので、「い、いや、それは俺にいわれてもな…」、ダインはどうにかサラを諌めた。

失礼、とお茶を飲んで仕切りなおし、サラは続ける。「まぁともかく、キスにしろなんにしろ、ケア自体は必要だと思いますよ。あの可愛らしい方々は、ダイン坊ちゃまのためにこれまで色々と頑張ってくださったのですから」

「それはまぁ、そうなんだけどさ…」

う〜ん、と、ダインは唸ってしまう。「俺も学校に行けたらその辺のことちゃんとできそうなんだがな…」

「みなさん明日から忙しくなりますものね」

サラは頷く。「授業に実技にと、学生は学生でやることがたくさんありますから」

そのとき、

「あ、それよ!」

突然シエスタが声を上げた。

「その方法があったじゃない」

と彼女はいうが、何を指しての台詞か誰も分からない。

「“その方法”を使えば、シンシアちゃんたちをケアすることも、ついでにグラハムさんにも情報を届けることができる」

「どういうことだ?」

ジーグの顔が上がった。「ダインを学校に送りつけるのか? こやつは退学になって進入すら適わんぞ?」

「ええ。でも大丈夫」

紅茶を飲むシエスタは、そのまま怪しげな笑みをダインに向ける。

「ダイン。“秘密裏に”頼むわね」

「…?」

シエスタが何を考えているのか、ダインもジーグもサラも、そのときは全く分からなかった。

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