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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百三十九節、広がる輪

当然な話だった。

トルエルン大陸の地上は確かに砂漠しかなく、辺りには誰もいない。そのためいくら暴れても壊れる物がないし、誰にも迷惑をかけない。

が、その下には大都市が広がっている。多くの人たちが居を構え、日常を送っている。

いわば砂漠はその都市にとっての天井で、その天井の一部が激しく揺れていては何事かと誰もが恐怖するはず。

『はい、ここに住所と氏名。こっちに年齢と職業、お願いね』

数多くの問い合わせが都市部中枢にある警察庁に殺到するのは当然のことで、その警察庁から辞令を受けたロボット警察が“元凶”であるダインとシグを発見したのだ。

二人の周囲には赤と青のランプが取り付けられた警察車両が数台停まっており、いまダインとシグは車両の中で事情聴取を受けている。

『二人とも随分と汚れてるようだけど、何してたの』

鉄骨むき出しのいかにもロボットだという二足歩行の彼から、遠隔操作している主と思しき男の声が発せられる。『見たところ二人は現地の人たちじゃないようだし、内容次第によっては色んな容疑にかけられちゃうよ?』

「い、いや、それは…なぁ?」

車両の中は涼しく、水分も補給できたシグは会話できるまでに回復はしたが、ダインを見る表情は困り果てている。

「ちょっとはしゃぎすぎてしまいまして…」

お前のせいだと内心シグに恨み言を呟きながら、ダインは無難にいった。「決して破壊工作をしていたわけじゃないです」

『そうはいってもねぇ…尋常じゃない揺れだったよ? 君たちヒューマ族だよね? ヒューマ族があれほどの揺れを起こせるものかねぇ』

ダインとシグの“爆心地”である地点は、隕石が落ちたのではと思うほど巨大な穴が開いていた。

周囲の場所にも穴が点在しており、地盤がむき出しになっている箇所もある。

そのロボはダインとシグの個人情報が書かれた紙に目を向けており、ネットを通じて確認が取れたのか、機械の口からため息が漏れた。

『誰かと思えば、いまや世界的なヒーロー扱いを受けているガーゴ様じゃないですか』

大層な素振りと共に、ロボはシグに顔を向けた。『七竜討伐も休止中と聞いていますが、次の作戦に向けた準備の一環とか?』

「あ! そう、そうだよ!」

シグはいま思いついた風に頷きだす。「俺、しょっちゅうこの辺でトレーニングしててさ、重要な作戦に向けて鍛えてたっつーか…」

『確かに、あなたはちゃんと法律にのっとってこの砂漠帯の使用申請をなさっていたようですね。その点についてはまぁ、良いでしょう。大陸は違えど、我々と同じく市民を守るという職業に就いているだけあって、ルールは守っているようですし』

「だろ!?」

『ですが、現地の方々への配慮を怠るのはいかがなものかと。力を振りかざす相手を間違えているのではないですか? 危険人物だと認定されて逮捕されても文句言えませんよ』

ロボの正論にシグは何もいえなくなってしまい、「うぐ…」、と口ごもってしまう。

『それと君』

ロボは今度はダインに顔を向けた。『君はどうしてこの場所に?』

ロボットだけに無機質な顔面だが、ダインを見る照明器具の目はどこか訝しげだ。

『君からは何の申請も届いてないねぇ。もしかして不法入国者なのかな? 近くにタイチンマテリアルが沢山詰まった袋もあったし。あんなもの集めて何しようとしてたの』

「あー、あれは…」

ダインの声を無視し、ロボは続ける。『エレイン村という場所もよく分からないところにあるし、それに君はヒューマ族じゃなくて、ヴァンプ族? これはいったいどういう種族なのかな? データバンクにないんだけど…虚偽してないかい?』

彼がいったところで、「…何?」、何故かシグが反応した。

「ヴァンプ…いまヴァンプ族っつったか?」、ロボに尋ねる。

『え? ええ、いいましたが…』

「お…おいおい、まさかお前…」

シグがダインに向けて何かいおうとしたとき、窓からコンコンと音がした。

全員が窓の外に顔を向ける。そこにニーニアたちがいたのを見つけ、ダインは「あ」と声を出した。

『はいはい、ちょっと待ってね〜』

彼女たちの心配そうな顔を見て迷子だと勘違いしたのか、ロボは適当にあしらって事情聴取を続けようとする。

が、手の動きが固まり、また窓の外に顔を向けた。

『や…やや!? あなた様はギベイル様のお孫様!?』

ニーニアの顔を改めて確認したロボは、やたら驚いた様子でドアを開けて外に出た。

自動でドアが閉まってしまい外の声が聞こえないが、ロボとニーニアが何か話し合っている。

「…なぁ、お前ってさ、ヴァンプ族…っていう種族なのか?」、シグがきいてきた。

「え? ああ、まぁそうっすけど…」

「でも確か、セブンリンクスの生徒名簿にはヒューマ族って…」

ダインの出自は確認していたらしい。

「あー、もう退学になったから明かしますけど、種族がバレたら色々面倒だからって、その部分だけちょっと弄って入学申請させられたんすよ」

ダインは肩をすくめた。「見た目はヒューマ族と同じっすからね。いずれにしろ退学になる運命だったのかも」

「い、いや、それはどうでもいいんだよ。ヴァンプ族ってさ、確か…」

シグが話している途中でまたドアが開いた。

『いやー、ダイン様、すみません!』

それまでの疑わしげな態度から一転して、ロボは後頭部に手を添えながら謝ってきた。『お孫様とお知り合いだったとは! しかも王様と懇意になさっているカールセン様のご子息! 真に申し訳ありません!』

ダインに向けてビシッと敬礼した。『シディアン様よりまとめて申請があったことを失念しておりました。こちらの確認不足です。ささ、どうぞ外へ!』

機械の手に腕をつかまれ、車の外へ出される。

『本当に失礼致しました! それでは我々はこれで!』

そういってロボは運転席に乗り込んだ。

「い、いや待てよ、俺は!?」

シグが車の中から抗議する。

『あなたは署で話を聞きます』

「何でだよ!」

『ダイン様は一般人ですが、あなたは同業者。国に従事する者として、厳しくいかねばとの判断です』

ロボのいい方はそこはかとなく冷たい。『とりあえずガーゴのほうへご連絡させていただきますので』

「理不尽だ!」

『弁解は後でね』

ロボが周囲に停まっている無人警護車両に合図を送り、サイレンを鳴らしながら走り去っていく。

最後にシグが乗せられた車両も走り出そうとしたが、「あ、悪い、一瞬待ってくれ」、憤っていた彼だが、突然冷静さを取り戻してロボにいった。

『逃げようったって…』

「違うっつの。マジで一瞬だ。ダインに用がある」

そういって窓を開けさせ、「ダイン、ほら」、その窓からシグが手を伸ばしてきた。

その手には四角い紙が握られている。

「受け取れ」

「なんすかこれ?」

「いったろ。俺を楽しませてくれたお礼だ」

笑ってシグは続けた。「邪魔が入っちまったからお前の要望は聞けなくなったが、約束は約束だからな。だからほれ」

さらに手を伸ばしてダインの腕を掴み、メモを握らせる。「ま、大した情報じゃないかも知れねぇが」

「はぁ…」

「んじゃまたな。次もどっかで派手に遊ぼうぜ」

窓が閉まり、シグはそのまま地下にある警察署まで連行されていった。

「…情報…」

メモを確認しようとしたダインだが、

「ね、ねぇ、さっきの人って、あの…シグ、さん? ガーゴの…」、シンシアが驚いた様子で話しかけてきた。

「ああ、そうだな。この辺でトレーニングしてたらしいんだけど、ぶっ倒れててさ。たまたまた発見したから助けたんだよ」

「そ、それがどうして警察の人の事情聴取を受けることに?」

シンシアは当然の疑問を口にし、ニーニアとティエリアも不思議そうにしている。

「この周りを見てもらえれば分かると思うけど…まぁ、戻りがてら説明するよ。とにかく箱ん中まで行こう。親父たちも戻ってきてるんだろ?」

頷く彼女たちを引きつれ、ダインは深いため息を吐く。「もう暑いのはうんざりだ」



カールセン邸のダイニングでは、もはや週末の恒例行事となってしまった昼食会が開かれていた。

テーブルの上には大皿料理がいくつも並べられていて、昼ご飯にしては明らかに量が多い。

普段ならば残るところだったが、朝から激しい運動をしていたシンシアたちは、食べ盛りの男子のようにバクバク食べ進めていた。

「お母さんおかわり!」

少食だったニーニアまで元気よくシディアンに皿を差し出す。

シンシアとティエリアも同じようにしており、「ふふ、はいはい」、シディアンは何とも嬉しそうに皿にベーコン菜チャーハンをよそっていった。

気持ちいいぐらいの食べっぷりを見せているのはダインも同じで、口の中をパンパンにさせたまま、次は何を食べようか机の上を見回している。

そんな彼の近くにはシャーちゃんとニャーちゃんがいて、ダインに向けて小さなブレスを吐きかけていた。

シャーちゃんは風のブレス、ニャーちゃんは冷気のブレス。

シンシアたちからダインが大変な目に遭ったと報告を受け、湯上りで上昇した彼の体温を合体技で冷ましていたのだ。

「ありがとな。もういいよ」

口の中のものを飲み込んでから、ダインは彼らに笑いかける。「もう十分冷えたよ。みんなのところに戻ってくれ。全部食われちまうぞ?」

二匹の頭を撫でながらいうと、彼らはそれぞれ嬉しそうな鳴き声を上げつつ、仲間がいる中庭へトテトテと歩いていった。

「しゃーちゃん、にゃーちゃん! ほらほら、こっちだよ〜」

笑顔で迎え入れたルシラは二匹を所定の位置に移動させ、ルシラのお手製らしい雑穀米のお粥や海藻類のサラダを振舞っていた。

「さすが若い連中だ。みんなよく食うねぇ」

上座に座っていたカヤも上機嫌な様子で、煮物をちびちび食べている。

「他の男連中はどうしてるんだい?」、シディアンにきいた。

「まだ見学会してるそうよ〜」

シディアンはカヤの隣に座りながら答える。「まだ間取りとか決まってないからねぇ」

そこでカヤからため息が漏れる。

「別に今日明日スタートするわけでもないしんだし、もっとゆっくりしてもいいだろうに」

「ですが素晴らしい立地でした」

そう間に入ったのはサラだ。「あの広さでしたら、もっと効率的な作業場が作れるでしょうし」

「そうかい?」

「はい。上手くすれば販売所も設置できるでしょうし、相談室やメンテナンスルームなども…」

いいかけて、彼女は口をつぐむ。“誰か”の強い視線を感じたのだ。

「作業場…」

呟くニーニアが質問を投げかけようとしたが、「サラさ〜ん」、とリビングにいたシエスタが彼女を呼んだ。

「失礼」

サラはそそくさと彼女の元へ歩いていく。

「でもダイン君も大変だったよねぇ」

ニーニアの疑問に気付く様子もなく、シンシアはダインに話しかけた。「まさかあんなところであの人に会っているとは思わなかったよ」

「いや、俺もびっくりしたよ。まさか俺以外に砂漠に人がいるなんて思わなかったしさ。それもトレーニングしてるなんて」

そこでダインはもう一度息を吐く。「結局面倒なことに巻き込まれちまったし。水だけ渡してさっさと離れるべきだったよ」

「あ、ですが、悪い人ではなかった…ですよね? やはり」

ティエリアが遠慮がちにいってきた。「ダインさんからお聞きする限りでは、純粋に遊んでいただけのようですし…」

奇襲戦におけるシグの一番の被害者であるはずなのに、そのシグに対するティエリアの印象は相変わらずそれほど悪くはないようだ。

会話が出来たら悪い人ではない、というティエリアの基準はいかにも人見知りらしい考え方なのだが、しかし確かにシグからは悪意のようなものは一切感じられなかった。好戦的ではあったが、それはシグにとっては遊びの延長上というだけなのだろう。

それにティエリアに対しても謝罪を口にしていたし、お礼として情報も提供してくれた。

「…封印の破壊、ねぇ…」

ダインの手元にはシグから渡されたメモがあり、取調べ中に隙を見て書いたものらしく、そこには短い文章で奇襲戦の最中にティエリアを襲った真の狙いが書かれていたのだ。

だがこうしてわざわざ書いてもらわなくても、当時のシグの行動を考えればおおよその予想はつく。

当初、シグはティエリアが張るバリアの破壊のみを目的にしていた。

ティエリアの父であるゴディアが“ダイレゾ”の守人だという情報をどこから掴んだのかは分からないが、連中がダイレゾを封印するバリアの破壊を考えていることはすぐに分かった。

なのでシグに聞くまでもなかったことなのだが、しかし本人が書き示してくれたおかげで裏は取れたといってもいい。シグが嘘をついていなければ、だが。

「でもこの下のは何だろね?」

隣からメモを覗きながら、シンシアが指摘した。

シグはもう一つ、機密情報を明かしてくれたのだ。

しかしそれは短い一文のみだったので、それが一体何であるかはいまのところ見当もつかない。

「…ハッピーホワイト…」

ニーニアもダインたちの会話に興味が向いたようで、同じくメモを見つめながら呟く。

「ホワイト…ホワイト…」

ハッとしたようにティエリアは顔を上げた。「もしかしてホワイトピュアのことでは?」

「えっ!?」

自分に関連したことと思ったのか、ニーニアの顔がさっと赤くなっていく。ホワイトピュアとは、ドワ族特有の“ある恥ずかしい現象”だ。

「いや、そんなことわざわざメモに残さないだろ。第一そうだとして、それが? って話になっちまうし」

ダインに否定され、「あ、で、ですよね」、ティエリアは再び考え込んでしまった。

「もっと別の意味があるように思うんだよなぁ…」

「う〜ん…」

首を捻るダインたちだが、いくら考えても分かりそうにない。

「ま、いずれ解明されるだろ」

ダインはそういってメモをポケットに突っ込んだ。

「今日はもうこれ以上あいつのことを思い出したくないからな」

そう話す彼の脳裏には、あるとても嫌な思い出が過ぎっていた。

彼の心中を察するかのように、「あ、あー…」、シンシアたちは笑っていいのか困ったらいいのか、微妙な表情になる。

「ここだぜ、ここ」

ダインは嫌そうな表情で、自身の右腕の手首と肘の間をシンシアたちに指し示した。「普通こんなとこ舐めねぇだろ」

暑さにやられたシグの“奇行”は、シンシアたちも聞き及んでいる。

「なんで野郎なんざに…いま思い出しても身震いする…」

再び食事を再開するダインは、言葉どおりに体を震わせていた。

「あ、あはは。ま、まぁ大変だったねぇ」

シンシアは乾いた笑いをこぼす。

「た、大変でしたね」

「う、うんうん」

ティエリアとニーニアまで同じような笑顔で笑っていた。

シンシアたちが全員同じリアクションなのには理由がある。

シグに舐められて気持ち悪かったというダインの心情は分かるのだが、それ以上に…思ってしまったのだ。

“羨ましい”、と。

もちろんダインには口が裂けてもいえないことで、「どした?」、という彼の疑問に、「な、何でもない」、と全員が首を横に振るしかできなかった。

「いい感じじゃない!」

そのとき、リビングにいたシエスタから声が上がった。

ソファに座る彼女の周りにはサラと、そしていつの間に移動していたのかシディアンとカヤもいる。

「これどうやったの?」、とシエスタ。

「簡単よ〜。ここをこうして、これをコピペ…コピーアンドペーストすれば、ほら」

「へぇ〜! さすがね!」

何だかやけに盛り上がっているようだ。

「なになに〜?」

ルシラが駆けつけ、気になったダインたちもわらわらとシエスタの元へ集まった。

「何してんだ?」

「これよ」

ダインたちに見えるように、シエスタは持っていたタブレットを掲げる。

その画面には、ドラゴンと対峙するシンシアたちの勇ましい姿が映っていた。

「あ、これ朝の…」、とシンシア。

「そう。編集しているの」

シエスタの返事に、「編集?」、ダインは疑問を抱く。

タブレットの画面内では、シンシアたちの動きに合わせて効果音や字幕が付けられていた。

ダラダラした部分はカットされており、技の名前や使用したアイテムなど、解説文までつけられている。

「い、いや…これいるか?」

ダインは突っ込まずにはいられなかった。「こんな動画配信みたいな編集なんて…」

「テレビ用もあるわよ」

といって別のシーンも見せてくる。

その映像はさらに手が込んでおり、効果音に文字が付けられたり、試練後のシンシアたちのインタビューまで差し込まれている。

「いや駄目だろ」

ダインは再び突っ込んでしまう。「こんな加工施しちまったら、何のための動画か分からなくなるじゃん。試練をクリアできたのは良かったけどさ」

否定しようとしたが、

「え〜、頑張ったのになぁ」、シディアンが残念そうにいってきた。「ダインちゃんは気に入らない?」

「い、いや、俺が気に入る気に入らないの話じゃなくてですね…」

ダインとシエスタたちとで若干揉めているところで、部屋中にチャイムの音が鳴り響いた。

「男連中が帰ってきたのかね」

カヤはジーグたちの昼食の準備を始め、「お出迎えして参ります」、とサラは玄関へ向かおうとする。

だがその前にぞろぞろとジーグ、ペリドア、ギベイルといった男たちがリビングに押しかけてきた。

「おや、お帰りなさいませ」

そう頭を下げるサラに、「お客人だ」、ジーグはいった。

「客人?」

「ああ。玄関前でうろうろしていたので声をかけたのだが…」

その口ぶりから、どうもジーグの知り合いではないらしい。

「外で待ってもらっているんだ。サラ、すまんが用向きを聞いておいてくれないか」

「はぁ…畏まりました」

サラは不思議そうにしたまま玄関へ歩いていく。

「ああ、腹が減ったわい」

ダイニングまでやってきたギベイルは適当な椅子に腰を降ろし、カヤは鼻を鳴らして彼の前に取り皿とフォークを置く。

「さっさと食べとくれよ。食器が片付かない」

身内に対するカヤのぶっきらぼうっぷりは相変わらずで、ダインは思わず笑ってしまった。

「あ、そうだ、ダイン君」

そんな彼に、ニーニアの父であるペリドアがこっそり声をかけてきた。「明日は時間があるかい?」

「明日?」

「うん。そろそろ“アレ”の続きを始めようかと思って」

「あれ…?」

何のことか聞こうとしたダインだが、ペリドアは少し気まずそうな顔になる。

動画を熱心に見ているニーニアにチラリと目をやってから、「稽古を…ね」、またこっそりとダインにいった。

話が見えてきたダインは、「あー」、と声を出してしまう。

「“ダイブ”…だったかな。成功したんだよね? だから出来るだけ早期にマスターしてあげて欲しいって、シエスタさんから連絡があって…」

「あ、じゃあ…お願いします」

ダインが頭を下げたところで、

「お連れしました」

サラがリビングに戻ってきた。「お客様です」

遅れて現れたその“客人”に、全員の視線が集中する。

その女性は、ダイン含むほぼ全員が初めて見かける人物だった。

黒のストレートのロングヘアー。背丈は隣のサラとそう変わりない。

優しげな貴婦人といった面持ちで、見た目の年齢はシエスタやシディアンに近いかもしれない。

しかし何より目を引いたのは彼女の格好だった。

足首まで伸びた布はぴっちり閉じており、腕からは布地がカーテンのように垂れ下がっている。

珍しい格好だなとダインは思ったが、それがヒューマ族の正装である“キモノ”だということをすぐに思い出した。

「え〜と…」

シエスタがまず名前を窺おうとしたところで、

「お、お母さん!?」

シンシアが驚愕の声をあげ、「えっ!?」、という全員の声と共にシンシアに顔が向く。

「お食事中失礼致します。お初にお目にかかります、皆様」

物腰柔らかく、彼女はダインたちに向けて丁寧に頭を下げた。

「シンシアの母、『マミナ・エーテライト』と申すものです」

そう名乗った彼女は、顔を上げてにこりと笑いかける。「娘のシンシアが沢山お世話になっているのに、ろくなお礼も返せず申し訳ありません」

一言謝り、手にぶら下げていた風呂敷に包まれた四角い箱を差し出してきた。「これ、つまらないものですが」

「丁重にお受けいたします」

恭しくサラが受け取り、「ダイン坊ちゃま」、何故かダインに顔を向けた。

「マミナ様は、ダイン坊ちゃまに御用があるそうです」

「へ?」

予想外の言葉に固まっているダインの元へ、マミナが静々と歩み寄ってくる。

「あなたがダイン君? ごめんなさいね、突然おしかけてきてしまって」

「い、いえ…」

マミナはダインに柔らかい笑顔を向けた。「お食事の後でいいんだけど、来て欲しいところがあるの」

「来て欲しいところ…俺がっすか?」

「ええ」

マミナはいう。「引きこもりのクセにプライドだけはいっちょ前な主人の鼻を、もう一度へし折ってあげて」

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