百三十八節、ハイテンション事案
「グアアアアアアァァァァ!!」
荒れ狂う暴風のドラゴンは、自然災害そのものだった。
咆哮を上げるたびに周囲に巨大な竜巻が発生し、地面の砂を巻き上げていく。
いまや数十本もの竜巻が周囲に出現している様は凄まじく、この世の終わりを見ているかのようだ。
そんな中でもシンシア、ニーニア、ティエリアの三人は果敢に災害と化したドラゴン、“シアレイヴン”と対峙していた。
シンシアは反撃の機会を窺っていたが、砂の竜巻によって視界が覆われ何も見えない。
とそこで、その竜巻の奥から何かが光った。
竜巻の間を縫って凄まじい勢いで迫ってきたのは、風圧波の塊…ドラゴンのブレスだった。
「んっ!」
ティエリアは咄嗟にバリアを展開し、ぶつかる寸前でブレスを防ぐ。
空気の塊がバリアとぶつかり、耳をつんざくような金切り音が辺りに響き渡る。
「ニーニアちゃん!」
ティエリアにバリアを張り続けてもらいながら、聖剣を構えていたシンシアは背後にいたニーニアに声をかけた。
「うん!」
掛け声だけでシンシアが何をしたいか分かっていた彼女は、背負っていたカバンから一本の小瓶を取り出す。
金粉を散りばめたような中の液体を、シンシアの持つ聖剣に振りかけた。
するとその聖剣は虹のような光を放ち始め、刀身がシンシアの背丈以上に成長し始める。
そのアイテムは不浄のモノに対する追撃効果を与えるものだ。聖剣自体モンスターへの特攻効果があるので、生半可な武器よりも凶悪なほどに強力だ。
「ちょっと待ってて!」
ニーニアはさらにカバンからゴムボールのようなものを取り出し、それを前方に放り投げた。
「一瞬だけ目を閉じて!」
ニーニアがいい、ゴムボールがバリア外に出た瞬間、破裂する。
破裂音と共に激しくほとばしる閃光。それは一種のスタングレネードに近いものだった。
砂を巻き上げた竜巻すら貫通する強い光で、眩いばかりの閃光を直視したドラゴンは一瞬だけ動きが止まる。
「ギャアアアアアアァァァァ!!」
視界が奪われ、その煩わしさに大きな翼と尻尾を振り回しながら暴れだした。
「シンシアちゃん!」
ニーニアがシンシアに声をかける。
「うん!」
重心を落とし、聖剣を横に構えていたシンシアは深呼吸をひとつする。
「鳳牙・激迅!!」
地面を蹴った。
全身が光に包まれたシンシアは一直線に進撃し、音速に近いスピードで立ちふさがる竜巻を突き抜けていく。
竜巻がシンシアに触れた瞬間それはたちまち霧散していき、そして━━
(ズドッ!!)
という衝突音が響いた。
すると風が途端に止まり、視界を覆っていた他の竜巻もまとめて消滅する。
前を見たニーニアから「あ」という声が漏れる。
シンシアの長い聖剣は、ドラゴンの腹部に深々と突き刺さっていたのだ。
「グ…ガ…!」
声にならない悲鳴を上げるシアレイヴンだが、その凶悪な目つきはまだ死んでない。
全身が震えている。最期の力を振り絞り、暴れるつもりでいるのかもしれない。
「はあああああぁぁぁぁ!!」
しかし反撃は許さないとばかりに、聖剣を引き抜いたシンシアはドラゴンに次々と斬撃を浴びせていった。
猛特訓によって習得した、転移魔法を織り交ぜた全方位からの攻撃だ。
巨大なドラゴンの足、腹、翼や、頭部に首、背中。至る箇所がシンシアの聖剣によって切り刻まれていき、あまりの手数にドラゴンはなす術もない。
「ガ、ガガ…!」
隙を見てシンシアにブレスを浴びせようとするも、ドラゴンが口を開けたときにはシンシアは聖剣を上段に構えていた。
「グアッ!!」
ドラゴンはシンシアに瀕死の一撃としてブレスをお見舞いする。
「裂翔閃!!」
シンシアも聖剣を振るい、カマイタチを放つ。
鉄同士がぶつかり合うような音がして、お互いの攻撃がせめぎ合う。
続けざまに吐かれたブレスによって、一瞬シンシア側が押されそうになったが、シンシアは聖剣を激しく振り回し、次々とカマイタチを放っていった。
質量を持たないカマイタチとブレスが幾重にも折り重なり合う。
衝撃波が何度も発生し周囲の砂が吹き飛んでいく。
固唾を呑んで見守っているニーニアとティエリアの周囲にまで衝撃が飛んできたが、決着は一瞬でついた。
「はぁッ!!」
シンシアが止めの一撃を放ったのだ。
その瞬間カマイタチが押し勝ち、ブレスを引き裂いていく。
“巨刃”はそのままドラゴンにぶつかり、その巨体までをも切り裂いていった。
「…ッ!」
ドラゴンは悲鳴を上げる間もなく地面に沈み、ズシンという音を最後に静かになる。
シンシアはそのまま聖剣を構え、倒れたドラゴンを睨みつけている。
一瞬の隙も見せないよう身構えていたのだが、裂かれた巨体が光に包まれ、空気に紛れるようにして完全に消滅したのを確認してから、武装を解いた。
「やったよ!」
そういって後ろにいたニーニアとティエリアに声をかける。
「やったね!」
「やりましたね!」
ニーニアとティエリアは笑顔のままシンシアの元へ駆け寄り、手を取り合って喜んだ。
「ティエリア先輩のバリアはさすがです!」
「いえ、お二人のお背中に安心できたからこそ、間違えず詠唱できました!」
「みんなが凄いからだよ!」
お互いを褒め合うシンシアたち。
伝承のドラゴンを倒したというのに、その喜び方はまるで部活の大会で勝利を収めたかのようだ。
「いや〜、まさかこれほどとはね〜」
シンシアたちの奮闘の記録をタブレットで確認しながら、やや驚いたようにいったのはシディアンだ。
「みんな息ぴったりじゃない。練習していたの?」
「ふふ、ううん。特に練習とかはしてないよ」
ニーニアは笑いながら母にいった。「みんなとはいつも一緒にいるから、息が合ってるのはそのおかげかな?」
「そうだね」
シンシアは笑顔で頷く。「阿吽の呼吸っていうのかな? 顔を見ただけで分かるもんね」
「アイコンタクトですね!」
そう話すティエリアは興奮気味で、またシンシアとニーニアの戦いっぷりについて感想を述べ始める。
シンシアもニーニアもティエリアも、始めの頃のような緊張した様子は見られなくなっていた。
「伝承のドラゴンをたった三人でか…」
シディアンは感慨深そうに呟く。「この映像を部外者に見せたら、きっと大騒ぎになるでしょうねぇ」
何かのビジネスに活かせるのではと一瞬考えた彼女だが、マスコミに囲まれる彼女たちのことを想像して首を振った。
「さ、それより早く休憩に入って。次でラストだから、気を抜かずにね」
「はいっ!」
戦闘状態を解いたシンシアたちは、固まって地面に座り込む。
ニーニアから栄養ドリンクが配られ、そのまま魔法力の回復に努めた。
「…ダイン君、大丈夫かなぁ…」
美味しそうにドリンクを飲んでから、シンシアは呟く。「外ものすごく暑そうだよ」
空調の効いた試験場内でも、シンシアたちは全員が沢山の汗をかいていた。
中がこれほど暑いのに、外はどうなっているのか。
トルエルン大陸の今日の外気温は五十度を越えている。雨が頻発し以前よりは涼しくなったとはいえ、その温度は現代に例えると炎天下に放置されている車の中とほぼ同じだ。
しかもそんな中で石拾いというのは、さすがのダインでもきついのではないだろうか。
「倒れたりしてないかなぁ…」
心配を口にするシンシアに、「それは大丈夫だよ」、ときっぱりとニーニアが断言した。
「指輪の精度を上げたから。何かあれば指輪が熱くなって分かるようにしてあるから」
「あ、そうなんだ」
「うん。だからいまのところ倒れてはいないと思うよ」
というニーニアも、少し表情を曇らせた。「でも、炎天下の中で作業は確かに辛いよね…」
「残りの一戦を終わらせて私たちも手伝いにいきましょう!」
ティエリアが明るくいった。「全員で取り掛かればすぐに終わるはずです。それにみなさん汗をかいていますし、贅沢に明るいうちからお風呂など…」
「おー! いいですね!」
シンシアは笑顔で賛同し、ニーニアは「お母さん!」、シディアンに向け、風呂の準備をしておくよう伝える。
「はいはい」
頷くシディアンは、にこにこしたまま談笑する娘たちを眺めていた。
「可愛いわねぇ…このデータ、シエスタさんとマリアさんと共有しようかしら」
なんともほのぼのとした空気が漂う中、試験場の中央では最後のドラゴン、暴雷の“ディグダイン”が姿を現そうとしていた。
━━ちょうど同時期。
「も…もう…いいんじゃ、ないっすかね…」
そうシグに声をかけるダインは、全身から滝のような汗を流していた。
「ま、まだだ…まだ終わらねぇよ…」
返すシグもシャツの色が変わるほど、汗でずぶ濡れになっている。
“拳での語り合い”が始まって軽く三十分ほどは過ぎただろうか。
空は相変わらず雲ひとつなく、太陽光が容赦なく降り注いでいる。その暑さたるや、まるで全てを焼き尽くさんばかりだ。
地面からはどこもかしこも熱された鉄板のように陽炎が立ち昇っており、熱波と湿度にダインも倒れそうになっていた。
あまりにも過酷な状況だが、
「そ…そろそろ俺の本気を見せてやるよ…」
シグはペットボトルの中の水を全て飲み干し、潰してポケットに詰め込む。「これまでが茶番だったと思うぐらいになぁ!」
何か強化魔法を使ったらしく、シグの体が白く光りだす。
「いや、始めから本気で来てくださいよ…」
突っ込むダインも水を飲み、朦朧としてきた意識をどうにか保つ。
「っらぁ!」
創造した沢山の銃器で武装したシグは、ダインに向けて無数の弾丸を放った。
チュンチュンと砂地が弾かれていき、その弾痕がダインの足元へ伸びていく。
ダインは素早く動いてその銃弾をかわす。
避けることを予感し、先読みして銃口を向けるシグだが、ダインの動きが速すぎて照準が定まらない。
「ちっ! やっぱ豆鉄砲じゃ駄目か!」
舌打ちをしたシグは武装形態を変えた。
自身を中心に、複数の銃口を円状に広げる。まるで自分ごとガトリング砲の銃身になったかのようだ。
そのままダインに向け手を突き出し、
「エンドブレイズ!」
そう叫んだ瞬間、その銃口が一際眩しく光りだす。
ドドッという音と共に、無数の細長い弾丸がダインに襲い掛かっていった。
強力なバリアや、特殊素材を使った装甲すらも貫く強力な弾丸だった。
その弾速も目にも止まらぬほどだったのだが、ダインはそれすらもかわしていく。
ダインの周囲にある砂地から甲高い音がして、砂の波紋が広がる。その跳ね返りの高さから相当な威力が窺えるが、しかしダインには一向に当たった気配はない。
「まったく訳分かんねぇヤツだよお前は!」
シグは叫びつつ攻撃を続ける。「どう特訓したらそんな動きできるようになるんだ!?」
「普通っすよ」
熱にやられそうだったダインだが、喋り口調はどこまでも涼しげだ。「人並みのトレーニングはしてる程度ですよ」
「嘘つけ! 人並みのトレーニングでその反射速度は有り得ねぇだろ!」
「っていわれても…」
ダインは続けようとしたが、“何か”を感じた彼は咄嗟に飛び退いた。
瞬間、彼がいた場所から突然爆発が巻き起こる。
ドッという音がして、砂が巻き上がった。
「おいおい、これもかわすのかよ」
シグはまた驚いた様子だが、彼が何か魔法を使ったようには見えなかったダインこそ驚いた。
「え、何したんすか」
「何って…」
答えようとしたシグだが、また攻撃の気配を感じたダインは飛び退いた。
また彼のいた地点から爆発が起こり、避けた先々からも原因不明の爆発が巻き起こる。地雷でも仕掛けられているかのようだ。
「何だ…?」
気になったダインは素早い身のこなしでシグの背後に回る。
するとそこに“実体のない固定砲台”のようなものが五台ほど設置されていた。
「ミリタリー・オン・ザ・フライ。設置型の創造兵器だ」
シグはいった。「俺を一騎当千たらしめる秘蔵の技だったんだが…まさかこれも見切られるとはな」
「いや…なんでもありっすね」
ダインもさすがに驚いた。自身を覆うほど銃器で武装できる挙句、砲台まで複数設置できる奴なんてそうはいない。
まるでシグ自身が数多くの兵器を備えた機械兵のようだ。あるいは強力な砲台を持ちつつ、航空攻撃もできるような、戦艦と空母を融合した超兵器的な存在。
レッドキラーという異名は伊達では無いということだろう。純粋な力ではガーゴ内でナンバーワンというのも頷ける話だ。
「いくぜおらぁ!!」
ダインが爆撃をかわしているところで、槍を携えていたシグが襲い掛かってきた。
目の前までやってきて、高速の突きを繰り出してくる。
秒間にして数十回にもなる突きだが、ダインはそれをすべてかわした。
爆撃にまみれながらもシグの突きをひらりと避け、槍での振り払いも上体を屈めてやり過ごし、体当たりや蹴りや頭突きも受け流す。
「っるああああああぁぁぁぁ!!!」
二人は目まぐるしい速さで動き続け、攻撃を受け止めた衝撃波が周囲に何度も響く。
爆撃も相まって滅茶苦茶な破壊音がひっきりなしに聞こえ、二人の周囲には大きなクレーターがいくつも出来上がっていた。
それでもシグの攻撃は一向に緩まず、ダインもダインで避けては受け止め、柳のようにかわしていく。
シグの一方的な攻撃でまたさらに周囲の地形が変形していき、彼らの周りでは何度も砂が天高く巻き上がっているのが見えた。遠目から見ると、まるで爆破実験を繰り返しているかのようだ。
「俺はまだまだ元気だぞ!? このままじゃ終わんねぇぞ!?」
攻撃を続けながら、シグが挑発する。「終わらせたかったらお前も来いよ! ダインのマジなヤツを見せてくれよ!」
シグの攻撃をかわしながら、「そうっすね…」、ダインはちらりと、腕時計に目をやった。
もうそろそろ昼だ。太陽は真上にある。
しかし昼前には終わらせるといっていたのに、シグの表情を見るに、終わらせる気は一切なさそうだ。
彼は脳筋であるだけに、ひとたび荒事が始まると興奮して仕方なくなってしまうタイプなのだろう。
「もう前回の俺じゃねぇ! 強ぇバリア張ってるから、遠慮なく来いよ!」
そのシグの声に、「んじゃお言葉に甘えて…」、ダインは拳を作った。
「その前に、俺からいくぜえぇぇ! 奥義…!」
腰を深く落としていたシグは、槍を後ろに構えたまま一歩踏み込む。
「迅雷・千け…!」
奥義を繰り出そうとしたようだが、そんな彼の目の前にダインの拳があった。
「いっ!?」
(ドゴォッ!!!)
とてつもない衝突音が鳴り響き、彼らの足元にあった砂が天高く舞い上がる。
次いでダインの前方にあった大きな砂山からまた衝突音が鳴り、一瞬にして爆散した。
シグの姿が消え、一瞬静寂が訪れたが、
「っずぁ!!」
盛り上がった砂の中から、シグが飛び出し地面に着地した。
「っぶねええぇぇ! 直撃受けたらまた気を失うとこだった!」
どうやら咄嗟にガードを取ったらしい。
しかしダインの攻撃をしっかり防御したにも関わらず、彼の腕は震えていた。
見れば固定砲台も消えており、創造していた槍もない。
「あ…? なんだこれ?」
疑問に思ったシグだが、そんな彼の顔面にまたダインの拳が迫っていた。
「っつぉ!?」
シグは即座に両腕をクロスさせ、ガードする。
拳と腕がぶつかり、再びとてつもない衝突音が響く。
(ドガァッ!!!)
ダインがそのまま振り抜いたことにより、シグの姿は一瞬にして消えた。
シグは自分でも気付かないほどのスピードで後方に吹き飛ばされていたのだ。
また砂山に背中を打ちつけ、衝撃音と共にその砂山が爆散する。
舞い散る大量の砂が辺りを漂い、風で流されていく。
「…終わったか?」
静寂の中ダインが呟くと、
「ま…まだだ!!」
また砂の中に埋められていたシグがそこから飛び出した。
跳躍し地面に着地するが、足がついた瞬間がくっと右膝を崩す。
「く、くそが…やっぱてめぇバケモンじゃねぇか…どうなってんだよ…」
シグは愚痴るようにいった。「そこそこ強い奴は何人もいた。世界大会の歴代優勝者も何人もぶちのめしてきたが…奴等の強さが霞むほどの存在がなんでこんなとこにいるんだよ…おかしいだろ…どうなってんだよこの世の中はよ…」
彼は歯痒そうだ。
「もう止めますか?」
ダインは期待を込めてきいた。「もうさすがに暑いし…」
「いーや、やだね!」
シグはいって、何か魔法を使ったのか全身を激しく光らせた。
「後のことはもうどうでもいい! こんな楽しいこと、止められるかよ!」
彼の口元はニヤついている。
どうやらさらに火がついてしまったらしい。
「やっぱ面倒なことになった…」
ダインがため息を吐いていると、聖槍を発現させていたシグはそれを天高く掲げた。
彼は何か呪文を詠唱しており、足元に魔法陣が広がっていく。
「━━雷神」
そう呟いた瞬間、彼の全身は黄金色の光に包まれた。
「もう小細工は無しだ。全力でいかせて…いや、俺のマジをお前にぶつけさせてもらうぜ」
シグが一歩踏み込む。
二歩目に動こうとしたとき、突如その姿が消えた。
ダインの周囲から雷鳴に似た音が轟き、気付いたときにはシグの姿はダインの後ろにあった。
すぐに振り向くダインだが、そこにいたはずのシグの姿がまた消える。
そして雷鳴が轟く。
シグの気配はそこら中から感じていた。なのにその姿は全く見えない。
気付けばダインの周囲には光の筋のようなものがいくつも走っていた。
「これはさすがに見えねぇだろ!? 極限の強化魔法だからな!!」
全ての方向からシグの声がする。
どうも“雷神”という魔法は、シグの中では最上位に位置する強化魔法のようだった。
限界を超えたその魔法はシグを人ならざるものへ変えており、シグ自身がまさに雷と化したかのようだ。
「っらああぁぁ!!」
そのままダインに向けて渾身の突きを放つ。
雷撃の如き、瞬殺の技だった。
ダインは素早くかわすものの、また別角度からシグの槍が迫ってくる。
その攻撃も彼はひらりとかわした。
「へっ! やっぱこれも見えてるってのか! さすがだな!」
そう嬉しそうに話すシグは、ダインの遥か頭上に浮かんでいた。
空中にいた彼はまた何か新たな魔法を使ったのか、周囲に魔法陣が浮かぶ。
「━━風神!」
そういった瞬間、彼の持つ槍が七色に光りだす。
「あらゆる特攻性能をエンチャントさせた! 避けても死、受けても死だ!!」
槍の切っ先に“光の風”がまとわりついている。風神の魔法によって特殊強化されたそれはあらゆるものを貫き、破壊する性質を秘めている。
上空に浮かんでいたシグはそのまま槍を構え、下界にいたダインに向けて突進を始めた。
「いっくぜええええええぇぇぇぇ!!」
勢いをつけて下降していたシグの姿が分身する。
その数は数百に及び、まるでシグ自体が雨となったかのようだ。
「迅雷・千穴!!」
いままさにダインだけでなく、その周囲にある何もかもが巻き込まれ破壊されようとしていた。
しかし聞こえてきたのは、
(ズドンッ!!)
という、武器ではなく拳が肉体を打ちつける音だった。
凄まじい衝突が波となり、周囲の大気を激しく震動させる。
辺りの砂山が崩れていき、その衝撃波が上昇させられていたシグを突き抜けて浮かんでいた雲を霧散させた。
頂点に達したシグは、全身をきりもみ状に回転させながら落ちてきた。
彼はそのまま地面にドッと落ちて、また砂埃が舞い上がる。
「…あちぃ…」
動かなくなったシグを見下ろしながら、ダインは振り上げていた拳を下ろす。「もういいんじゃねぇかな…」
シグから反応はない。
「終わりっすね」
ダインがそういったとき、白目を剥いていたシグの目が元に戻った。
「ふんっ!」
足を上げ、首跳ね起きで立ち上がる。
「へへっ…! 強ぇ…強ぇなぁ…! こういうのを待ってたんだよ!」
シグはかなり興奮した様子だ。「血湧き肉踊るとはまさにこのことだな!!」
「いや、もう暑苦しい台詞すら聞きたくないんすけど…」、ダインはもううんざりした様子だ。
「くく、そういうなって。つかさ、お前まだ本気出してねぇだろ」
そこだけが不満だというかのように、彼はちょいちょいと手招きする。「本気でこいって。もっとやる気を出せ!」
「こんな暑くてやる気なんて出せるわけないでしょ…」
「いや、出るはずだ。というかそれぐらい強いんだから、何か技の一つぐらい持ってんだろ?」
興奮なのか彼も暑さにやられだしたのか、爛々とした目で続けた。「見せてくれよ、お前の技を。俺を驚かせてくれ」
「いや、そんなもの…」
「こないならこっちからいくぜ!!」
槍を構え、シグはまたダインに突進を始める。
「うおおおおおおぉぉぉ!!」
周囲が吹き荒れるほどの手数の多さだった。
「ちょ…!」
再び始まった一方的な攻撃にダインは避けざるを得なくて、「話を…!」、そう声をかけても、シグの動きは止まらない。
激しく動き回り、またみるみる体温が上昇していく。
サウナのような暑さの中で動かされて、徐々にダインの頭にまで血が上ってきた。
水が尽き、ジッとしてるだけでも暑くて仕方ないのに、目の前にいるシグは暑苦しい叫び声を上げ続けている。
どうしてここまでコイツに付き合わなければならないのか━━ダインはそこまで考えるようになった。
苛立ってきた彼は、「技っすね。じゃあ…」、シグの攻撃を避けながら、振りかぶっていた拳をパッと開く。
「技…なんか叩くやつ!!」
攻撃の合間を縫って、パーにしていた手を振るう。
そのビンタはシグの頬を確実に捉え、バチィッ!!、と凄まじく派手な音がした。
「ぶっ!!」
顔面を変形させたシグはそのまま真横に吹き飛ばされていく。
(ドゴォッ!!)
そこにあった砂山にシグの全身が埋まり、「ぐはぁっ!」、またシグの悲鳴が上がる。
その砂山にはダインの手形が巨大化して埋め込まれていた。
手形の中心にいたシグは全身をぴくぴくさせながら、「い…いいねぇ…!」、そういった。
「もっと…もっとお前の技を見せてく…!」
動き出そうとした彼だが、ダインはすでに目の前にいた。
「なんかねじるやつ!!」
振りかぶっていた彼の拳が、シグの腹部にめり込んでいた。
ズドッという衝撃がシグの全身を貫く。
ダインは拳に回転を加えた突きを放っていた。
砂山が一瞬歪み、次いで爆破されたように散っていく。
「ぐああああああぁぁぁぁぁ!!!」
弾かれたシグも車輪のように激しく回転させられており、また別の砂山に全身を打ちつけ、砂に体が埋まった。
そこで再び静寂が訪れる。
「…水…」
呟いたダインは、カバンを置いていた場所へ向けて歩き出す。
だが背後から気配を感じ、すぐに身をかわした。
ダインの側を何かが通り過ぎ、前方からドッという音がして砂埃が巻き上がる。
「…まだだ」
シグがいた。
「まだ終わらねぇっつってんだろおぉ!!」
槍を創造し、それを持って滅茶苦茶に振り回してきた。
「っだーーー! いい加減しつけぇ!!」
「うるせぇ! てめぇに悲鳴の一つでも上げさせなきゃ終われねぇんだよぉ!!」
ナンバーサードというプライドがそうさせるのか、シグはもう半ばヤケクソになっていた。暑くて限界がきていたのもあるだろう。
意識がおぼろげになっていてもダインへの攻撃は止めず、そんな彼のしつこさに辟易としていたダインは反撃に出る。
ダインに殴られ、弾き飛ばされてはまたダインの元へ向かい、またまた弾かれ砂山に埋められては復活する。
殴ってもあしらってもシグはダインに挑んでいき、ダインにとってはまるで不死身のゾンビに襲われているように感じていた。
「も、もう、いい加減に…!」
ダインが本気の攻撃をしようとしたとき、シグは彼の腕にべったりとまとわりつく。
「逃がさねぇぞぉ…」
アンデッドのような低い声を発した彼は、何を思ったのか━━ダインの汗にまみれた腕に、舌を這わせたのだ。
“べろり”と音がするかのような感触だった。
「っぎゃあああああああああぁぁぁぁ!?」
これにはさすがのダインも腹の底から悲鳴を上げてしまった。
「ばっち…! な、何す…何してんだよ!!」
「強くなれるならなんでもする…てめぇの汗を飲んだら強くなれんじゃねぇかなぁ…」
「んなわけあるか!!」
怒りに任せたダインの一撃がシグの顔面を捉える。
再び周囲に(ドゴンッッ!!)、という音が鳴り響き、殴り飛ばされたシグは凄まじい勢いで弾かれていき、“水切りの石”のように砂上で何度も全身をバウンドさせる。
引きずるような音と共にシグの半身ほどが砂漠の中に埋まり、そこでようやくシグの動きは止まった。
聖力も尽きたようで、彼はもはやボロ雑巾のような状態でいたのだが、その口元には笑みが浮かんでいる。
「へ…へへ…こ、これで、一矢報いた…な…」
途切れ途切れにいってから、がくりと落ちた。
「な…なんつーヤツ…」
シグの執念深さに、ダインは驚く他になかった。
そのまま放置してようかとも思ったが、シグは動けそうにない。その状態で炎天下に放置はさすがに命の危険がある。
「マジでなんで俺がこんなこと…」
仕方なくシグを起こそうとしたが、
『あーあー、そこの二人、止まりなさい』
どこからか、聞きなれない男の声がした。