百三十六節、常夏のオーパーツ
トルエルン大陸は、かつては緑豊かな大陸だった。
熱帯雨林や川があり、四季もあってどこも肥沃な土地だったのだ。
そんな土地だから野菜もよく育ち、過ごしやすい気候のため、大昔はドワ族も地上に住んでいたことがある。
しかし工作好きな彼ら自身の手によって、その地上の環境は一変することとなる。
生い茂る木々は次々と伐採されていき、水も枯渇するまで採取され、岩や虫や動物の死骸ですら“工作”の材料にされた。
相次ぐ素材収集と実験を繰り返された結果、地上は緑のない砂漠と化してしまい、加工と応用がしやすい鉱物を求めて地中が掘り進められ、巨大な地下都市にまで発展してしまったのは、ドワ族の住処として選ばれたトルエルン大陸では避けられない運命だったのかもしれない。
動物も虫ですら住めなくなった広大な砂漠は本当に砂以外何も無く、もはや“砂上スキー”というレジャーぐらいでしか活用方法はなかったのだが、その広大な砂漠の中心にとてつもなく巨大な“鉄箱”ができたのはつい最近のことである。
人工物の一切ない中に、黒光りする鉄箱が“でん”とそびえ立っているのは異様でしかなく、パッと見オーパーツか何かのようだ。
「…おっきぃ…ねぇ…」
その鉄箱の手前にいたシンシアは、顎を真上に向けながら呟く。あまりの巨大さに圧倒されているようだ。
「なんか…いかにも機械って感じだな」
ダインはいう。
それは、一見単なる鉄の箱にしか見えない。が、メタリックに輝く壁面の至る箇所に小窓やアンテナのようなものが突き出ている。
「本当に完成してる…この間まで鉄骨しかなかったのに…」
ニーニアもかなり驚いた様子だ。鉄箱のような試験場の製造過程を見ていた彼女でも、完成の早さは予測できなかったらしい。
「早く中に入りましょ。外は暑くて仕方ないわ」
シエスタはそそくさと鉄箱の手前まで向かい、そこに設置されていた台座のモニターに、黒いカードキーのようなものを差し込む。
すると扉すら見当たらなかった鉄箱の一部が動き出し、音もなく口を開けた。
「行こう」
ジーグがいい、彼と手を繋いでいたルシラも、「いこーいこー!」、とティエリアの手を掴んで引っ張っていく。
ダインたちもそのすぐ後に続き、入り口を抜ける。
中の景色を見る前に、まず驚いたのは全身にまとわりつく冷気だった。
「おお、涼しいな」
どうやら箱の中は地下都市のように空調が行き届いているらしく、汗ばんでいたダインの体温を一気に冷ましていく。
「あれ、ここって…もりの中?」
辺りをきょろきょろさせながらいったのはルシラだ。
彼女の言う通り、箱の中は一面緑だった。
奥行きが分からないほど木々が生い茂っており、足元は落ち葉で埋め尽くされている。
箱の中のはずなのに天井は大空が広がっている。どうやら地下都市と同じく、内部の壁面には全体的に特殊な透過塗料が塗られているようだ。
「これって、マジで作られたものなのか?」
現実と全く遜色ない景色だった。枝葉は風で揺れ、さわさわと音を奏でている。虫の鳴き声まで聞こえ、涼しいほどの気温と相まって森の中にいるとしか思えない。
「私も初めて見せられたときはびっくりしたんだけどね」
シエスタは笑いながらいって、出入り口右側の壁面に手を差し込む。
そこにはタブレットが備え付けられていたようで、それを取り出し画面にタッチした瞬間、景色が一変した。
瞬時に森が消え、砂漠が現れたのだ。
「うわ、すごい!」
シンシアが驚きの声を上げる。
「色々あるわよ」
前回試験場に訪れたとき詳しい人から説明を受けたのか、シエスタはタブレットに何度か手を触れる。
景色は、“街中”や“草原”といったフィールドに次々と切り替わっていき、その度にシンシアたちから声があがった。
「始めは障害物がないほうがいいわね」
最終的にデフォルトの砂漠に切り替える。
「こ、これ、どういったシステムなんですか?」
ラビリンスよりも数段進化したドワ族の技術力の前に、シンシアは興味津々だ。
「う〜ん、色々と説明はしてくれたんだけど、専門用語が多すぎて私もよく分からなくて…」
困ったようにシエスタがいう。
「エーテリアルマッピング、というそうだ」
得意げに答えたのはジーグだ。「視覚効果のある聖力魔法を箱の空間内に織り交ぜ、そこに散在する光物質と化学反応を起こさせてな…」
…と、途中でジーグの台詞が止まる。
「あの、続きは…」
ニーニアはやけに興奮した様子で続きを促している。ドワ族の端くれとして、最先端とも言うべき試験場の技術に興味があるのだろう。
「要約してどういうことなんだ?」
ダイン含め、ティエリアやルシラまでもがジーグの説明に耳を傾けている。
「…あ〜、悪い、私もそこまでしか分からん」
妙なところで説明を切られてしまい、ダインはこけそうになった。
「何だよそれ。知ったかぶりかよ」
「い、いやだって、しーちゃんのいう通り専門用語が多すぎるのだ。あわよくば村の工房でも活用させてもらおうと思っていたのだが、ちんぷんかんぷんだった」
厳つい顔をしているのに、その口からは情けなくとも正直な感想が漏れ、シンシアたちはくすくすと笑い出す。
「まぁ細かいことはさておいて、試験場の使い方を…」
シエスタがタブレットを手に説明を始めようとしたが、突然背後の出入り口が開いた。
「あ、みんな揃ってるようね〜」
そういってやってきたのは、ニーニアの母シディアンだった。
砂漠地帯のど真ん中なのに普段着でいた彼女は、ダインたちを見るやにこやかに笑いかけてくる。
「どうしたの? リステン邸で落ち合う予定だったんじゃ…」、不思議そうにシエスタ。
「それが、撮影用のドローンを探して見つけたんだけど、手動操作のものしかなくてね」
困ったようにシディアンはいうが、すぐに笑顔になる。「だから、シンシアちゃんたちの戦いの記録は、私が手動で撮らせてもらうわ」
「あら、いいの?」
「ええ。七竜ちゃんたちのことは夫とお父さんに任せてあるし、お昼ご飯はお母さんとサラさんがやるみたいだから、珍しく暇でね」
「俺も暇っすよ」
ダインが割り込んだ。「今回のことは俺がメインみたいなものだし、撮影なら俺がすべきじゃ…」
続けようとしたダインだが、「あなたはちょっと厳しいかもね」、シエスタがいってきた。
「いや、確かにドローンとか扱ったことないし、映像がぶれちまうかも知れないけど、こういうことは俺が…」
「そうじゃなくて、見てられなくなるでしょ」
シエスタの指摘は鋭かった。「シンシアちゃんたちが仮に苦戦していたとして、あなたは冷静に撮影することができるの?」
…確かに、自信がなかった。
もしシンシアたちが大ピンチに陥り、ドラゴンの猛追を受けていたところを目の前で見てしまったら、きっと撮影のことを忘れ駆け出してしまうだろう。
「そういうことだから、あなたは外で待機ね」
冷たいシエスタの一言だが、彼女の言う通りダインは試験場の中にはいないほうがいいだろう。
「ああ…でも心配だ…」
この期に及んでも、まだダインはシンシアたちを案じている。
「大丈夫だよ!」
そんな彼に、シンシアは気合を込めたポーズを見せた。「今日はコンディションもばっちりだし、昨日はおねえちゃんと猛稽古したから!」
強がりでそういったわけではなさそうで、確かに彼女の顔つきは普段より数倍凛々しい。
「私も、最新の戦闘アイテム沢山持ってきたから」
ニーニアは背中に背負っていたカバンの中を見せてくる。ボールや小さな鉄の棒のようなものが出てくるが、用途は分からないが多変式の武器のようだ。
「わ、私も、バッチリです! 色々と!」
ティエリアも両手を握り締め、ダインにやる気をアピールしている。
が、彼と目が合った瞬間、彼女は真っ赤になって俯いてしまった。
昨夜の出来事を思い出したのはダインも同じだったが、「ま、まぁ、怪我の心配はしてないけどさ…」、呟くようにいいながら、どうにか顔の熱を押さえ込んだ。
「ま、とにかくあなたは外にいてね。暇なんだったら“タイチンマテリアル”を集めてきて欲しい」、シエスタがダインにいった。
「タイチン? 何だそれ?」
「ドワ族が地上に住んでいた時代の忘れ物よ。硬度はそんなにない魔力原石で、見た目にも綺麗だから建築材料にもなってたの」
「へー。どんな見た目なんだ?」
「石の表面に金が混じってる。見たらすぐに分かるわ。地下暮らしを決めたドワ族が地上の建造物を砕いていって、あんまり掃除もされてないらしいから砂漠のそこら中に転がってるはずよ」
「んなもん集めて何するんだよ?」
「いったじゃない、見た目に綺麗だって。何かのインテリアにでも加工すれば売れそうだわ」
いつ如何なるときでも商売のことを考えるシエスタは、さすがである。
「地上のものは好きにしていいって、ルチル王からも特別に許可をもらっているから、沢山集めてきて欲しいの。ご褒美もちゃんと用意するわ」
「ご褒美?」
「調理器具欲しがってなかった? 圧力鍋だっけ」
「え、マジ? 買ってくれんのか?」
「いいわよ。そんなに高いものじゃなければ、だけど」
ご褒美があると聞けば、断る理由は無い。「分かった。集めるよ」
「じゃあはい、これ」
とシエスタから受け取ったのは、折りたたまれた布製の袋だ。
手のひらサイズのものだったが、広げてみると大男が難なく収まれそうなほど大きい。
「タイチンマテリアルはほとんどが小さくて丸っこい石だから、袋が破れる心配もない。元々頑丈なものだから、気にせず詰められるだけ詰めて」
「ああ」
「ルシラも一緒にあつめていい?」
ルシラが割り込んできた。「なんだかおもしろそう!」
やや興奮した彼女だが、「ん〜、駄目ね」、シエスタは笑顔と共に首を横に振った。
「あなたは一緒についてきて欲しいところがあるっていったでしょ? それに砂漠はすごく暑いんだし、ルシラには危険だわ」
「え〜」
「ピーちゃんたち待ってるわよ?」
「ん〜、でもだいん一人じゃたいへんだよ?」
ルシラはダインのことを気遣っていたらしい。
「俺なら大丈夫だ」
ダインは笑ってルシラにいった。「ご褒美関係なく、外で何かしてないと中が気になって仕方なかったしな。何でもいいから体動かしてないと」
「そう?」
「ああ」
全員ひとまずやることが決まり、「じゃ早速行きましょうか、あなた」、シエスタはジーグに顔を向けた。
「みんな頑張ってな」
ジーグがシンシアたちに声をかけると、彼女たちは真剣な顔で「はいっ」、と頷く。
「昼前ぐらいに戻ってくるよ」
「ああ。よっぽどの非常事態が起きない限りは俺は外にいるからさ」
そう話すダインを見てから、「そうだな…」、ジーグはふらりと出入り口右手にあった、ガラスで区切られた休憩スペースまで向かう。
そこに設置されていた自販機から五本ほどの飲料水を買って戻ってきた。「ダイン、水分補給は忘れずにな」
「お、サンキュ」
ダインは別のカバンに飲料水を詰め込み、肩から提げる。
「みんなも喉が乾いたらいってねぇ。カードキーでいくらでも買えちゃうから」
シディアンはシンシアたちにいってから、「じゃあお昼前にね」、シエスタとジーグに笑顔を向けた。
「ええ。ルシラ、行くわよ」
「またねー!」
ルシラはシエスタに手を引かれながら、ダインたちにぶんぶん手を振る。
その元気な姿は、鉄箱の出入り口から漏れる光であっという間に見えなくなった。
「さて、じゃあどのドラゴンから召喚しましょうか」
シディアンはタブレットに顔を向けており、慣れた手つきでフィールドや気候など、細かな設定を施している。
「あ、ソロプレイもできるようだけど、どうする?」
ある項目を見つけシディアンがシンシアたちに質問するが、もちろん単独で戦うなど彼女たちは想定していない。
「そ、ソロですか…」
「五匹同時に戦うことも出来るわよ?」
全員が一気に青ざめた表情になり、「あはは、うそうそ、冗談よ〜」、シディアンは可笑しそうに笑った。
「おばさん、あんまり時間が…」
ダインがいうと、「ふふ、ええ、そうね。ごめんなさい」、可愛らしく謝った彼女は、まるでリズムゲームのようにタブレットをタッチしていく。
フィールドは砂漠のまま。そして初戦の相手として、獄炎の竜、ヴォルケインが選ばれたようだ。
どこからか稼動音がし始め、前方に小さな竜巻が生じ始める。
「まだ試作段階だから、出現までタイムラグがあるわ。その間に戦闘準備を済ませといて」
「は、はい!」
戦闘服に着替えていた彼女たちは、荷物を降ろして準備体操を始める。
「じゃあこの間に私はドローンの設置を…」
シディアンは背負っていたカバンを下ろし、中から超小型のドローンとコントローラーを取り出していく。
動力が満タンだったことを確認しており、そんな彼女を見下ろしながら、「なんか…妙な話っすね」、ふとダインがいった。
「ん? 妙?」、シディアンの顔が上がる。
「いや、シンシアたちが何のために模擬戦するのかは聞いてるんすよね? 親を説得するためなのに、ニーニアの親であるおばさんが協力するのは何か変かなと思いまして」
ダインの話に、「ああ…ふふ、そうねぇ」、シディアンも柔らかく笑った。
「でも私は始めから心配なんてしてないわ。ダインちゃんと一緒なら、娘はどんな危険なことでも安心だと思ってるんだもの」
意外な意見だった。
「あれ、そうなんすか?」
「ええ。私も、そしてお母さんも、あなたと一緒なら大丈夫だと確信しているわ。私たちだけで判断するなら、そもそもこんなことしなくても良かったんだけどね」
でも、と、シディアンは少し困ったような表情をする。「夫とお父さんがねぇ。娘のこととなると、どんな状況でも心配しちゃうみたい」
確かに無理もない話だ。父ペリドアにとってニーニアは一人娘で、祖父ギベイルは専用の部屋を設えるほど孫娘のニーニアを溺愛している。そんな彼女が七竜と戦うと聞けば、どのような事情があったにしろまず反対するだろう。
「今回のことは夫にもお父さんにも話してなくて、ただ試験場で遊ばせてもらうとしか伝えてないけど、いまから撮れる娘たちの勇猛果敢な映像を見せればきっと大丈夫よ」
「まぁ、一発で納得してくれるかは分かりませんが…」
「ふふ、そうね」
シディアンは再びドローンの操作確認を始める。
「だ、ダイン君」
そのとき、シンシアがダインの元へ近寄ってきた。
彼女だけでなく、後ろにはニーニアとティエリアもいる。彼女たちは皆一様に緊張した様子だ。
「何度もいうが無理せずな」
真剣な表情のシンシアの頭に手を置き、ダインは笑いかけた。「あくまでアトラクションなんだ。遊ぶ気持ちで戦ったら良い」
「う、うん」
頷くシンシアは、真剣な表情からすぐに恥ずかしそうなものに変わる。「あ、あの…」
「ん?」
「元気…欲しいな…」、小声でそういった。
「元気?」
「そ、そう、元気…」
そう呟く彼女の物欲しげな表情を見て、何を望んでいるのかダインにはすぐに分かった。
「え、え〜と…」
シディアンの目があるが…“これ”で彼女たちの元気が湧くなら、仕方ない。
ダインは目の前にいたシンシアをそっと抱き寄せる。
「頑張ってな」
「ん…」
そのまま頭をぽんぽんすると、彼女から何とも満足げな息が吐き出された。
「愛の力ね〜」
横目でやりとりをばっちり見ていたシディアンは、くすくすと笑っている。
とりあえず彼女の声はスルーすることにして、ダインは次にニーニアを腕の中に収めた。
「ふわ…」
「ニーニアはそもそもモノづくり専門で戦闘技術はないんだから、絶対に前に出ようとするなよ」
「う…うん…」
その小さな頭にもぽんぽんと優しく叩く。
「私もやってもらおうかしら」、とシディアン。
「い、いいからドローンの設定を終わらせてください」
突っ込んだダインは、最後にティエリアを抱き寄せた。
「あ…あの…ダインさん…」
胸元から、ティエリアが静かに話しかけてくる。「あの、こ、今度、もう一度…夢を…」
ティエリアはまだ夢の続きを見ることを諦めてなかったようだ。
「あ、ああ、そうだな」、また昨夜のことを思い出しドキリとしてしまったダインだが、どうにか動揺しないよう踏ん張りつつ彼女を解放する。
「えと…これで元気になってくれたか?」
ダインが尋ねると、彼女たちは大きく頷いた。もうその表情に迷いはない。
「そろそろ出てくるわよ〜」
シディアンがいい、全員がフィールドの中央に目を向ける。
小規模の竜巻が生じていたそこには、小さな光の球がいくつも浮かび上がっていた。
それらは突如として光の線を伸ばし始め、点と点を線で結ぶようにお互いを繋ぎ合わせていく。
星座のように形作られたその輪郭は、まさしくドラゴンの形状、そのものだった。
シンシアたちはすぐに駆け出し、それぞれ武器を構えだす。
「ダインちゃん、戦闘が始まるわ」
シディアンがいったと同時に、その輪郭の内部に“肉体”が現れ始めた。
ぎょろりとした目がシンシアたちを捉える。
「んじゃ俺は退散します」
ダインはシディアンにいって、「頑張れよ!」、シンシアたちにそう声をかけ、背を向けた。
「ギャアアアアアアアアアァァァァァ!!!」
ドラゴンの激しい咆哮が大気を震わす。そしてすぐに聞こえ出す戦闘音。
後ろ髪引かれる思いだが、ダインはそのまま出入り口から外に出た。
扉が閉まると同時に、内部の物音がぱたりと止んだ。
ダインは後ろをチラリと見てから、前方を見る。
外は相変わらず晴れ渡っていた。雲ひとつない太陽光が地面の砂漠に反射しており、見えるもの全てが眩しい。
辺りには背後の鉄箱以外に人工物は何一つ見えなくて、右も左も砂の山しかない。
動物の姿もなく虫の声も聞こえず、一切の水分を感じられない。まさしく砂の海のようだ。
「タイチンマテリアルねぇ…」
目的を思い出し歩き出そうとしたダインだが、ふと足元に視線を下ろし、そこにやけにキラキラ光る石が転がっているのが見えた。
拾い上げて確認してみる。
それは拳ほどの大きさで、楕円形の石だ。
白い表面には、金色で曲線のようなストリークがいくつも描かれている。
「なるほど、これか」
よく見てみれば、砂漠の至る所に似たような石が転がっているのが見えた。
拾った石を袋に入れたダインは、早速ペットボトルの蓋を開けて水を飲む。そしてぐっと両手を上に伸ばして肩を鳴らした。
「さて、俺も頑張りますか…っと!」
気合を入れなおし、目を凝らしてタイチンマテリアルの収集を始める。
地味な作業というものは、炎天下の下でやると日陰よりも数倍辛いものだ。
一般人ならすぐに音を上げていたところだろうが、普段からガーデニングで細かな作業をこなしていたダインにとってはそれほど苦ではなかった。
手当たり次第に見つけた石を袋の中に詰め込んでいき、三十分ほど過ぎた頃には、もう袋の中はパンパンになっていた。
その重さは相当なもので、彼が一歩踏みしめるたびにくるぶしまで足が埋まってしまう。
彼は力の強いヴァンプ族なので、力仕事に関しては問題ない。しかしこの暑さだけはどうしようもなかった。
「あっちぃな…」
顎からぽたぽたと汗が滴り、シャツはとっくにずぶ濡れになっている。
そろそろ休憩した方が良い。
そう思い手ごろな日陰を探そうと辺りを見回したとき、
「ん?」
遠くを見つめ、彼の口から声が漏れた。
砂と岩しかない砂漠の地平線に、何か自然ではない“色”が見えたのだ。
雪のような砂漠に足を取られないよう注意を払いつつ、その“何か”の元へ向かう。
そしてそれが何なのかを確認したダインは、「え」、驚愕の表情を浮かべた。
「あ…あ…」
そこには一人の人間が倒れていたのだ。
その人物は男性のようで、こんな砂漠地帯のど真ん中でトレーニングでもしていたのか、スポーツウェアを着用している。
何よりもダインが驚いたのは、その男の髪だった。
ビジュアル系バンドでいそうな髪形をした男の髪の色は赤。その顔つきも、ダインには非常に見覚えのあるものだった。
「あ…あ…」
乾いた唇からかすれた様な声が発せられ、プルプル全身が震える様はまるでゾンビのようだ。
焦点の定まってない目が、固まったままのダインを捉え、そのまま彼は━━ガーゴ・ナンバー“サード”の『シグ・ジェスィ』はいった。
「み…み…水…」