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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百三十二節、ピクニック日和2

昼を過ぎてもまだ空には雲ひとつなく、快晴の日差しが山の中腹にある開けた場所に降り注いでいる。

点在する切り株の上にはランチボックスがいくつか並べられており、ダインたちはそれを取り囲むようにして手作りのサンドイッチを食べていた。

「だいん、おいしー?」

早くも五つ目のサンドイッチを手に取ろうとしたとき、隣からルシラが尋ねてくる。

パンの仕込みに食材のカット、盛り付けまで、今日のランチはほとんどが彼女の手作りのようだった。

「今日のも最高だよ。また上達したな」

日ごとにめきめきと料理の腕を上げていくルシラの頭を撫でると、彼女は両手を振り上げて「やった!」、と全身で喜びを表現した。

そのまま立ち上がって別の切り株があった場所へ向かい、「ぴーちゃんたちも、おいしー?」、そうきいている。

雑食だった彼らは、食べやすいサイズにカットされた肉や野菜をクチバシで突付いており、ルシラを見るや満足げな鳴き声を上げていた。

「みんなおいしーって!」

ルシラは嬉しそうにしたままシエスタとサラのいる切り株へ戻り、再びサンドイッチを頬張り始める。

「あなたが丹精込めて作ったものなんだもの。美味しいのは当たり前よ」

シエスタはいい、「このスープも絶品ですよ」、隣にいたサラはスープの出来も褒めている。

「えへへ〜、夜もたのしみにしててね!」

ルシラが笑顔を振り撒くと、彼女たちも穏やかに笑い返す。

タマゴサンドもツナサンドもボリュームがたっぷりで、カツサンドは噛む度に肉汁が溢れる。

ハムサンドはマヨネーズと相まってまろやかな味で、葉野菜のシャキシャキ感が気持ちいい。

ルシラは咀嚼したまま上を見る。青空の中で鳥たちが羽ばたいていた。

周囲からは小鳥の鳴き声がして、大きく息を吸い込むと緑の香りが全身に染み渡る。

ピーちゃんら含め、ピクニックそのものな穏やかな空気が辺りを包み込んでいた。

シエスタたちの席からも、ピーちゃんたちの席からも賑やかな声が聞こえるが、一番人数が多かったはずのダインの席では…、

「…何故…なのでしょう…」

ティエリアが呟く。

その表情はどんよりとしたもので、ディエルとラフィンも曇った顔でサンドイッチを食べている。

そこだけは、まるで暗雲が立ち込めているかのような暗い空気に包まれていた。

全員に試して回った“ダイブ”の結果を受けてのことだった。

ダインはあれからずっとダイブの試行を繰り返していたのだが、結局成功したのはニーニアとシンシアだけだったのだ。

サラの指示通りにイメージするもののうまくいかず、ただ悪戯に彼女たちの魔法力を吸い上げてしまっただけ。

快感に打ち震える彼女たちを見ていてさすがのダインも理性の限界が来てしまい、シエスタとルシラがランチボックスを手にやってきてくれたので、一旦区切りをつけた。

ダインと融合できなかったことがよほどショックだったようで、ルシラの手作りのサンドイッチを食べても、彼女たちはなかなか笑顔にならなかった。

「やっぱり魔法力が多すぎるのがネックなのかしら…」

ディエルは考察を始め、「種族にも関係があるのかも…」、と、ラフィンまでその考察に混じっている。

「私はこれ以上何をすれば…」

ティエリアに至っては真剣に思い悩んでいるようで、何が足らないのか、何が駄目だったのか、脳内であらゆる仮説を打ち立てている。

「あー、あのさ」

このまま放っておくと何かとんでもないことを言い出しかねないと予感し、ダインは念のため自分の想いを伝えることにした。

「別にダイブが成功しなかったからといって、俺たちの仲が悪いわけじゃない。信頼が足らないかどうかなんて論ずるまでもないことだし、そこまで気に病まないで欲しいんだけどさ」

どうも彼女たちはダインとの信頼関係を気にしすぎている節がある。

何でも一緒じゃないと気が済まないらしく、だからダイブだけは何が何でも成功させたいと思っているようだ。

「少なくとも俺はみんなのことは可愛いと思ってるし、親友だとも思ってるしさ。吸魔できるってだけで、割とすごいことなんだぞ?」

ダインがそうまでいっても、彼女たちの表情は優れない。

説得を続けようとしたダインだが、彼女たちの気持ちも分からないでもないと気付き、口をつぐんでしまった。

何しろダイブの成否という明らかな“差”がついてしまったのだから。そこに納得いかないというのは尤もだ。

「ニーニアとシンシアには成功して、私たちが駄目だったっていうことは、何か原因があるはず」

ディエルはいった。「信頼度がどうこうはとりあえず置いておいて、その原因の特定だけはしたいわね」

そこが一番気になっているようだった。ラフィンもティエリアも深く頷く。

「私は種族の差なんじゃないかと思うのよ」

ラフィンがいった。「あるいは住んでいる環境の差というか。私は雪国の中で、ディエルは魔力に溢れる地中の奥深くで、ティエリア先輩は空のずっと高いところでしょ? そういう違いもあるんじゃないかしら」

「その線はなくはないけど…でも、可能性は低いと思う」

考えながら、ディエルは首を横に振った。「魔族のニーニアと聖族のシンシアには成功したんだし、食べているものに明確な違いがない限りは種族差も環境の差もないと思う」

「じゃあ他にどんなものがあるのよ?」

「単純に魔法力の貯蓄量の差じゃない?」

ディエルはいった。「昨日話した通り、魔法力と精神には密接な繋がりがある。魔法力の貯蓄量が多いということは、つまり心の“スペース”が詰め詰めだから、ダインが入り込む隙がないんじゃないかと思うのよ。ボールがパンパンだったらそれ以上空気を入れられないでしょ?」

ディエルの話はなかなか分かりやすく、そして十分に考え得るものだった。

「確かにそうね…」

ラフィンは納得したようにいうものの、「どう、でしょうか…」、とやや否定的にいったのはティエリアだ。

「確かに心のスペースと考えればそうなのかもしれませんが、ニーニアさんはまだしも、シンシアさんは創造魔法を扱える方です。その質は私たちの誰よりも高いはずで、そこに魔族のダインさんが入り込む隙間はないものだと思います。つまり、魔法力の貯蓄量は関係がないのでは、と考えているのですが…」

その彼女の仮説もなかなか的を得ているものだと思ったのか、ディエルもラフィンもまた唸ってしまう。

「な、何だか、難しい話してるね…」

シンシアがいい、「う、うん」、ニーニアは頷いてまた新たなサンドイッチに手を伸ばす。

ダイブが成功したという余裕があるのだろう。あまりに真剣に話し合う彼女たちに、シンシアもニーニアも意見を差し込む隙もないようだった。

「ティエリア先輩は、ダイブが成功したニーニアとシンシアと、失敗した私たちの間にある差はどのようなものだと?」

ディエルが尋ね、しばし考え込んでいたティエリアは、口の中のものを飲み込んでから口を開く。

「種族でも魔法力でもない、もっと単純な…経験の差だと思います」、そういった。

「経験?」

ティエリアの説明は、ディエルやラフィンよりも単純明快なものだった。「ニーニアさんともシンシアさんとも、ダインさんのダイブは過去に成功していたのですから。ですからニーニアさんとシンシアさんの心と身体は、ダインさんをすんなりと受け入れる“余裕”ができたのではと思うのです」

成功の過去があるから、今回もすんなりと融合した。

その彼女の考察は、ディエルにもラフィンにも腑に落ちるものだった。

「経験と未経験の差…」

呟くラフィンは、「成功経験が大事だと?」、ティエリアにきいた。

「大事だと思います。つまり、私たちの身体にダインさんが入り込んでいただくには、私たちのほうの心構え次第ではないかと」

ダインとニーニアの初めての“ダイブ”を目撃してから、ティエリアはずっとその原因について考えていたのだろう。

触手による本格的な吸魔の対象にも選ばれなかったところから、どうすればダインの役に立てるのか、何をすればより強固な信頼関係を構築できるのか、ずっと考えていた末に、自分自身に原因があるのではと考えていたのだ。

ダインのことは好きだ。先日、思わずキスしてしまったほどに大好きだ。彼の役に立てることに至上の喜びを感じており、吸魔してもらうことには気持ちよさ以上に嬉しさがある。そこに躊躇いや恐怖心といったものは全くない。

ダインに対しては空よりも大きな好意しかない。しかしいくらそんな気持ちを抱いていても、己の肉体のほうはそう簡単にはいかないのだ。

予測不可能なことが起これば、それがどれだけ嬉しいことでも無意識に身構えてしまい、ゴッド族の場合は防衛本能としてバリア機能が働いてしまう。

大好きなダインであろうとも、体内に侵入してきたものは異物として認識し、排除に動き出してしまう。

いってしまえば免疫システムの構造に近い。悲しいことだがそのシステムがダインを拒絶してしまったということ。生きていく上で免疫というものは欠かせないものなのだが、時として必要なものすら弾いてしまうこともある。アレルギー反応のように。

その拒絶反応が、同じくダイブに失敗したディエルやラフィンにも起こってしまったのかもしれない。

ティエリアのその説明に、「きっとそれね…」、間違いないとばかりに、ディエルとラフィンは腕を組んだまま唸った。

「何事も初めては怖いものですからね」

真剣に話し合っている女三人の下へ、いつの間にかサラが近づいていた。「私も初めてのときはさすがに身構えてしまいましたから。でも痛いのは最初だけでしたし、後はもう快楽の渦に飲み込まれるまま…」

「しれっとぶっこむな」

ダインはすぐさま突っ込んだ。「一応真面目な話してるみたいなんだからさ」

「私も真面目に、初体験の話をしているのですが」

「そっちじゃねぇ!」

ダインはいって、サラが持っていた水筒をぶん獲って、彼女たちの前に置かれた紙コップに紅茶を注いでいく。

「話聞いてたんだろ? 悩んでいるようだから、少しは答えてやってくれよ」

というと、「えぇまぁ」、サラは一応頷いた。

「ですが、ティエリア様のご推察でほぼ間違いないかと思われますよ」、そういった。

「え、そ、そう、なのですか?」

ティエリアは驚いた目をサラに向ける。

「気構えの問題です。ダイン坊ちゃまは安全だとその身に分からせることができたならば、きっと免疫も働かなくなると思いますよ」

解決策はある。

サラの言葉からそう解釈した彼女たちは、見る見る目を輝かせていった。

「じゃ、じゃあ、具体的にどうすれば…」

尋ねるディエルに、「吸魔です」、サラはいった。

「吸魔を繰り返し、ダイン坊ちゃまの感覚、感触を嫌というほどその身に刻み、安心安全…どころか心地良いものだと分からせるのです」

結局それかよ、と突っ込みそうになったダインであるが、彼女の提案はその通りであるため何も言うことが出来ない。

サラは続けた。「それに先ほどティエリア様は経験者と未経験者の差だと仰られましたが、シンシア様とニーニア様にダイブが成功した要因とされるものがもう一つございます」

「え、それは…」

「思い出してください。ダイブが初めて成功した以前に、ニーニア様とシンシア様の身に降りかかったある“事件”のことを」

「事件…?」

「恐らくその事件があったがために、ニーニア様にもシンシア様にも、ダイン坊ちゃまに対する免疫がなくなったのです」

何のことか、ディエルとラフィンは首を傾げている。

ニーニアもシンシアもピンと来てないようだが、ハッとするティエリアだけは違ったらしい。「あっ」、と声を上げた。

「わ、分かりました! 吸魔衝動、ですね!」

彼女がそういうと、「大正解です」、サラはいう。

「枯渇状態による吸魔衝動は通常時のものとは違い、相手の魔法力を根こそぎ奪い取るものに近いですからね。その強烈な感覚によって、ニーニア様のお身体も、シンシア様のお身体も、ダイン坊ちゃまは安心安全なのだと理解したのかもしれません」

「なるほど…!」

すっかり息を吹き返したティエリアは、「ダインさん!」、真剣な表情をダインに向けた。

「ダインさん、よろしければ…!」

詰め寄ってきた彼女に、「ちょ、ちょっと落ち着こう」、ダインは片手を突き出し、興奮する彼女に待ったをかけた。

「前にも言ったと思うけど、“アレ”は意図して起こせるものじゃない。まさに衝動なんだからさ」

「そう、なの…ですか」

「ああ。難しいと思う」

そう説明している間、ディエルとラフィンは顔に疑問を貼り付けている。吸魔衝動がどういったものか、まだ知らされてないのだろう。

そんな二人の背後にシエスタが近づいていて、顔をニヤつかせていた彼女は二人に吸魔衝動の説明を始めている。

驚愕し、次に羞恥に顔を染めていく二人のリアクションに内心嘆息しつつ、ダインは「仮にその衝動が誘発できたとしても、誰に標的が向くか分からない」、とティエリアにいった。

「またニーニアかシンシアに襲い掛かっちまう可能性もあるんだし、そんなリスクの高いことはあんまりやりたくないよ」

はっきりといわれ、ティエリアは肩を落としていく。

「いや、だから落ち込まないでくれって」

ダインはすぐさま彼女に笑いかけた。「そんな急ぐことでもないんだし、ダイブが絶対にできるようにならなきゃならないってこともないんだからさ」

「で、ですけど…」

「ゆっくりな。ゆっくり慣らしていこう」

ダインはそういって、余ったサンドイッチを全て平らげ、空になったランチボックスの蓋を閉めていく。

「そういえば忘れていたんだけれど」

真っ赤になって大人しくなってしまったディエルとラフィンの頭を撫でつつ、ふとシエスタがいった。「そもそも、ラフィンちゃんにヴァンプ族の細かな特性を教えるために、今回来てもらうことを企画したんじゃなかったっけ?」

ダイン含むその場にいた全員が忘れていたのだろう、「あ」、と声を上げた。

「天気もいいし、このままここで講座を開きましょうか」

「それはとても良いお考えですね」

サラは手際よく切り株の上を片付け、紅茶を新たに用意していく。

そしてすでに準備していた大きなパラソルを突き立て、日陰の中に全員を入れた。

「お勉強かな?」

食事を終えたのか、ルシラもやってくる。

「ヴァンプ族の説明よ。ルシラは知ってるでしょうから、聞かなくてもいいんじゃない?」、とシエスタ。

「んーん、いっしょにお勉強するよ!」

そういってルシラはどこに座ろうか見回すが、「ルシラちゃん、こっちこっち」、とディエルが自分の足をぽんぽんと叩いている。

「あ、でぃえるちゃん、いいの?」

「ええ、もちろん。あなたとはもっと仲良くなりたいから」

そういわれ、ルシラは嬉しそうに彼女の足に座らせてもらった。

しかし、

「引っかかったわね!」

ディエルは突然ルシラの脇腹をくすぐり始める。

「わ、わーーー! あはははは! わ、罠だったよ! あはははは!!」

ルシラは身をよじって笑い転げており、「ちょっとディエル、ここでも悪戯しないの」、隣にいたラフィンが叱り付けている。

何とも心和む光景だが、吸魔の説明には大半が性的な内容が含まれている。

この九人の中で唯一の異性であったダインは、このまま同席しているわけにはいかない。

「俺が聞いても仕方ないし、あいつ等と遊んでくるよ」、そういって立ち上がった。

「別にいてもいいと思うのですが。誰も気にしませんよ?」

案の定サラがいってきたが、「俺が気にする」、ダインはぶっきらぼうにいい、食事を終えたピーちゃんたちのところへ歩いていく。

遊んでくれると分かったのか、彼らは嬉しそうな鳴き声を上げながら、ダインに群がっていった。

「気にするって…何か気まずいことでも?」

席を外したダインの行動が分からなかったのか、ラフィンはシエスタにきいた。

「ラフィンちゃんには少し刺激が強い話かもしれないわね」

シエスタはいい、サラも講師に加えて、主にラフィンとディエルに向け、ヴァンプ族の特殊能力についての説明を始めた。

吸魔のこと。触手のこと。“甘毒”の副作用に、深度レベルによって腰砕け状態になること。

一通り説明を受けたラフィンとディエルはすっかり赤面しており、まだ少し信じられないという表情だ。

「色々とびっくりだよね、ヴァンプ族って」

二人の驚きは分かるとばかりに、シンシアは頷いている。

「ですが吸魔という特異な能力以外は、私たちと何ら変わりありません」

ティエリアがいった。「村の方々はお優しい方ばかりですし、この長い歴史の中でも、ヴァンプ族の方が何か犯罪に手を染めたということも聞きませんし」

「何しろ数が少ないからね」

シエスタがいった。「もっと人口があれば、そういった人が出てきたかもしれないけれど…でもダインを見て分かってくれたと思うけど、基本的に恥ずかしがり屋で目立ちたがらない種族だからね。他人に迷惑をかける能力があることを自覚していたから、基本的に他種族の人とは関わろうとしてこなかったし、村内で自給自足できていたから、多少の不便さはあったものの、そこまで不平不満はなかった」

ヴァンプ族は温和な種族だと続けるシエスタだが、それゆえに派生した問題点まで言及した。

「特に男連中は無欲で大人しくて、ちょっと女々しいところもある。そういった性格だから、ここまで人口が縮小してしまったのかもしれないわね」

シエスタは少し寂しそうな表情を浮かべており、このままヴァンプ族という種族が途絶えてしまうのではないか、という危惧が滲み出ている。

だがその横顔も一瞬のことで、「でも」、とドラゴンたちと遊んでいるダインを見て、笑顔になった。

「あの子が“外”に出てくれて、少しは希望が見えたかもしれないわ」

「希望?」、とディエル。

「あの子のおかげで、他種族との交流を持てるようになった。現にこうしてあなたたちが来てくれたんだもの」

ディエルたちに笑顔を向け、「息子には本当に感謝しているわ」、と満足そうにいった。

「それでなくても、あの子には色々と面白い部分もあるし」

そう続けるシエスタに、「面白いところ?」、ラフィンが尋ねる。

「“ダイブ”よ」

微笑みながら、シエスタはいった。「ヴァンプ族でも他に類を見ない現象を、あの子は引き起こした。七竜ことピーちゃんたちには気に入られたし、ルシラにだって気に入られた。吸魔や触手といった不可思議な能力が多いヴァンプ族だけれど、その中でもあの子だけは私たちとどこか違うところがあるのかも知れないわ」

「…違うところ…」

ニーニアが呟き、全員の顔がダインに向けられようとする━━そのときだった。

突然、彼女たちの足元がぐらりと揺れる。

「わっ!?」

地震が起きたのかと一気に緊張が走る。

さらなる大揺れに身構える彼女たちだが、ダインとピーちゃんたちがいるであろう方向を見て、全員の視線が縫い付けられたように止まった。

そこには…一匹の巨大なドラゴンがいたのだ。

その姿形はいまもワイドショーを騒がせている“七竜”そのもの。

「え、えええええええええ!?」

伝承のモンスターの突然すぎる出現に、彼女たちは全員が驚愕した。

「シャアアアアアアアァァァァァ!!」

緑色の肌をした“彼”はバカでかい鳴き声を上げる。

「ど、どうどう! どうどうどう!!」

そのドラゴンの足元にはダインがいて、動き出しそうだった“彼”を落ち着かせている。周りではピーちゃんたちが鳴き声を上げており、そのまま“彼”の足回りをぐるぐる駆け回っていた。

「何事ですか、ダイン坊ちゃま」

ただならぬ事態を察知し、さすがに驚いた様子でサラが声をかけた。

「い、いや、俺も何がなんだか…」

答えるダインも困惑している。「こ、こいつはな、シャーちゃんだよ、多分」

そのまま彼はいった。「五匹同時に遊ぶのは難しかったから、触手も使って相手してたんだけど、どうやらシンシアたちから吸い取った魔法力をシャーちゃんに流し込んじまったみたいでさ、それでいきなり大きくなって…」

つまりシャーちゃんは事故でダインに魔法力を流し込まれ、急成長し成体となってしまったということだろう。

「そ…そん、な…ことが…?」

ラフィンは驚愕するばかりで、ディエルはあまりのことに固まっており、シンシアは口をあんぐりと開けたまま。

ニーニアとティエリアはお互いに抱き合っており、誰も驚愕すること以外のリアクションが取れないようだった。

「わあああぁぁ! かっこいー!」

ルシラだけはこの不測の事態にも順応したようで、ダインのすぐ側まで走り寄っていく。

「あ、る、ルシラちゃん、危ないよ!」

ハッとしてシンシアが声をかけるも、「しゃーちゃんだからだいじょぶだよ!」、ルシラはそういって、“彼”の足元に抱きついた。

「グルルルル…」

クチバシの形や翼の大きさなど若干の差はあるが、その姿は“張りぼて”だった暴風のドラゴン、シアレイヴンとほぼ変わらない。

討伐時に彼が暴れまわっていた光景が蘇るシンシアたちだが、しかしいま目の前に現れた彼の表情は非常に穏やかで、その目は小動物のように丸っこい。

クチバシを使って痒い部分を掻いており、その動きもゆっくりとしている。確かに彼はシアレイヴンではなくシャーちゃんのようだ。

「な…何しちゃってくれてる、のよ…」

困惑したままラフィンがいい、ディエルも未だに反応できないでいる。

大混乱な状況だったのだが、

「ふ、ふふ…あはははは!」

シエスタは突然声を上げて笑い出した。

「ほんと…本当に、あの子は訳が分からないわ。ねぇサラさん」、呆然としていたサラに声をかける。

「この展開はさすがに私も読めませんでした」

彼女の返事を聞いて、シエスタはそのままダインに声をかける。

「ダイブだけでなく七竜すらも変幻自在だなんて、どういうことよ、ダイン」

「い、いや、俺に言われても!」

困惑したままの彼は、「え、え〜と、どうやって元に戻したら…」、どうにかこの場を収めようと必死に考え始めた。

「え〜、まだいいんじゃないかなぁ」

ルシラが難色を示した。「このままあそぼーよ!」

「いや、ちょっと目立ちすぎるだろ。それにこのまま歩いたら山が崩れるぞ」

「でももったいないよ!」

「もったいなくはないだろ」

成体となったシャーちゃんの足元で、ダインとルシラが押し問答していると、

「シャッ!」

突然彼は首を伸ばし、そこにいた二人をクチバシでまとめて咥えた。

「うおっ!?」

「わぁっ!?」

そのまま首を動かし、自身の広い背へ乗せる。

彼が何をするのか分かったダインは、「ラフィン、先輩!」、即座に二人を呼んだ。

「どっちでもいいからコイツに不可視の魔法をかけてくれ! これ、誰かに見られたらさすがにマズイ!」

シャーちゃんは翼を広げ、上体を屈める。

「は、はい!」

ティエリアとラフィンは咄嗟に不可視の魔法をシャーちゃんにかけ、その巨体が消えた途端、彼は地面を蹴った。

翼がはためき、強風が辺りに吹き荒れる。

「うわっ!?」

シンシアたちは吹き飛ばされないよう踏ん張っており、強風で転がりそうになっていたピーちゃんたちは、シエスタとサラが捕まえて保護していた。

「すごおおおおおおおおぉぉぉ!!!」

上からルシラの声がする。二人の姿がぐんぐん上昇していった。

雲が浮かぶ付近まで到達し、彼らは山の周囲をぐるぐる回っている。

不可視の魔法でシンシアたちからシャーちゃんの姿は見えないが、飛行する彼はいまだかつてない開放感に満たされているようで、とても嬉しそうな表情を浮かべていた。

遥か上空でダインは未だに困惑した表情でおり、ルシラは満面の笑みで騒いでいる。

「も、もう何がなんだか…」

空を見上げたままシンシアはいい、ニーニアとティエリアは困り笑いを浮べている。

「ほんと訳が分からないわね…」

ラフィンはもはや呆れ口調で、「やっぱりダインといると飽きないわ」、ディエルは何故だか嬉しそうだ。

「…困ったわねぇ」

彼女らと同じく空を見上げながら、困り顔でいたシエスタは呟く。「息子がどう成長していくのか、母親の私ですら予測つかなくなってきたわ」

「私も同じですよ」

サラはどこか諦めたような表情だ。「セブンリンクスに通う前は、ただ読書とガーデニングが好きな、純朴な青年だったはずなのですが…」

チラリと、惚けているシンシアたちに目を向ける。「いつの間にかこれほどの可愛らしい方々と親しくなっていて、融合まで果たした。親族の方々がこちらまでお越しになられるようになり、恐らく偉大な方であろうルシラ“さん”にも気に入られた。ダイン坊ちゃまはどこを目指しているのやら」

それは俺が聞きたい、とダインがその場にいたならそう突っ込んでいたところだろう。

「このまま七竜を従えるようになって、混沌の神レギオスみたいになってしまわないかしら?」

冗談っぽくシエスタがいうものの、「いえ、もっと厄介なものになるかも知れませんよ」、サラはいった。

「聖剣使いのシンシア様、モノづくりの天才のニーニア様、ゴッド族のティエリア様に、エンド族の末裔であるディエル様と、エレンディアの証を持つラフィン様。極め付けに“特異”であるルシラさん。ダイン坊ちゃまの周りには、七竜だけでなく、大英雄になりうる素質を持つ方々までいらっしゃいます」

「最強ね」

ニヤリと笑うシエスタに、「はい、最強です」、サラも同じく口の端に笑みを結ぶ。

「最強の息子を持てて、私は鼻が高いわ」

「最強のお坊ちゃまを育てられたと、私は一冊本を書けそうです」

サラがいい、シエスタと目を合わせてお互いに笑い合う。

二人に抱えられたピーちゃんたちもどこか誇らしげにしており、シンシアたちは次は自分だと上に向けて叫んでいる。

彼女らの遥か頭上では未だにダインとルシラがいて、シャーちゃんの遊覧飛行はまだ終わらないようだった。

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