十三節、ガーゴ視察団
その日、ダインは妙な夢を見ていた。
真っ白な視界の中、中心に見慣れない少女がいたのだ。
見た目は幼そうで、緑色の髪は長く、手足は細い。
服を着ているのか着ていないのか確認できないほど眩しい中、こちらにずっと笑いかけていた彼女はダインのすぐ目の前にいた。
いや、いたというより、体中を触れられていた。
手を握ってきたり、腕に抱きついてきたり、頭を撫でられ、頬にキスまでされたり。
とてつもなく心地良い感触ではあったが、状況が飲み込めないダインは戸惑うしかない。
可愛らしい女の子に触れられるのは、正直に言って悪くはなかった。だが緊張しっぱなしだ。胸はドキドキして対応に困り、体は固まって動けない。
そんな彼に謎の少女は何か話しかけているようだが、声が良く聞き取れなかった。
まるで無声映像を見ているような状況で、突然視界がさらなる白に覆われる。
何もかも見えなくなり、意識が浮いてきた瞬間、その少女の声が聞こえたような気がした。
「ダイン」
自分を呼ぶ声に目を開いたときには、視界は見慣れた自室の天井に変わっていた。
「…ん…?」
何の夢だったのかと頭の中を整理してる間に、視界の横からルシラの顔が飛び込んでくる。
「やっとおきたよ〜」
彼女の手はダインの胸に添えられている。ずっとダインを揺すっていたらしいというのは、彼女の困り顔を見て分かった。
「ごはんできてるよ?」
いまが現実なのだとようやく理解した彼は、「あ、ああ」と上半身を起こす。
「いこ? あ、そのまえにきがえる?」
「そう、だな…」
返事をしつつも、ダインはついルシラの顔をじっと見てしまう。
何となくだが、夢の中で見た少女の顔は、ルシラの顔と似ていたような気がしてならない。
「ん?」
最後に聞こえた声も、ルシラにそっくりだった。
「う〜ん…なぁ、ルシラさ。今日はどこで起きた?」
「え? ここだよ?」
と、彼女はダインのベッドを指差す。
「そうか…」
少し、彼は落ち込んだ様子を見せてしまう。夢が欲求不満なものからきたと思ってしまったからだ。
ここ最近、彼は連日のように女の子と触れ合っていた。
サラが言っていたように学校に通う前まではそんな機会など滅多になかったので、彼にとって刺激の強い日々が続いていたのだ。
だから少女にずっと抱きつかれる夢なんて見てしまったんだろう。その上、シンシア達だけの影響ならまだ分かるものの、夢に出てきたのはルシラに似た少女だった。
つまり、ルシラの影響であんな夢を見てしまったということになる。ルシラの成長した姿を勝手に妄想し、夢の中でその妄想と触れ合っていたということは、潜在的に現実のルシラに対し少しでもそういうことを想像してしまったから、なのだろうか。
吸魔衝動という特性を少しでも抑えるため、幼少期から精神鍛錬をすることはヴァンプ族にとって義務だ。
他ならぬダインも親から特に力を入れて教育されていたはずなのに、こんなことで理性にひびが入ってしまうなどあってはならないことだ。
それも子供であるルシラに対して劣情を抱くなど。
「俺もまだまだだな…」
「っし!」と自分の頬を両手で叩き、ベッドから降りる。
「だいん、どうしたの?」
不思議そうに見上げるルシラに「なんでもないよ」と笑いかけ、改めて気持ちを強く抱きつつ彼女を抱き上げた。
「朝飯食べよう」
「うん!」
常に平常心、冷静でいようと思いなおした彼は、サラが疑問に思うほどキリッとした表情をしていた。
「今日は午後から視察団が来る」
朝のホームルームで、教壇に立つクラフトがそう言った。
その瞬間、クラス中にどよめきが広がっていく。
「授業風景やその内容などの見学に来るようだ」
クラフトはチョークを手にし、黒板に視察団メンバーの名前を書き込んでいった。
「視察団ってなんだ…?」
いまいち理解してないダインは、隣で同じく驚いていたディエルに質問する。
無関心なダインに彼女は「相変わらずね」と笑いつつも、視察団がどういうものかを説明してくれた。
「ガーゴの連中よ。その巨大組織の上層部らしい“ナンバー”って呼ばれてる人達が授業内容とか生徒の顔ぶれを見に来るの」
「目的は?」
「噂程度に聞いていただけだから目的までは分からないけど、でもこの学校ってガーゴと一番繋がりが深いんだし、将来的にガーゴに就職する人達が多いわけだから視察に来るのも分かるんじゃない?」
「確かにな」
視察とは品定めの意味もあるのだろう。
ダインが再び椅子の背にもたれたとき、またクラス中からワッと声が上がる。口々にジーニ様、シグ様、と話しているのが聞こえてきた。
黒板に羅列したメンバーを見て生徒達は驚いているようだった。
「あー、下から順に、聖魔犯罪対策課部長、ジーニ・ジルコン。防衛第一部隊隊長、サイラ・キーリア。第一治安部隊隊長、シグ・ジェスィ。そしてリーダーはルインザレク正規軍隊長、カイン・バッシュだ」
今度は女子連中から黄色い悲鳴が上がった。
「はー、どれも隊長クラスなんて、そうそうたるメンバーねぇ」
ディエルも驚いた様子だ。
「そんなすげぇ奴らなのか?」
「私も詳しくは知らないけど、カインって人は確かガーゴの中で上から二番目ぐらいの偉い人らしいわよ?」
未だ騒ぐ女子連中を横目に、彼女は呆れたように肩をすくめる。
「この大陸を守る正規軍のトップを務めるほどの実力があって、しかもその容姿が超絶イケメンらしいから、女性人気がものすごく高いんだって」
そのディエルの情報は確かなようで、カインという名前を見ただけなのに女子連中は未だに騒いでいる。
男子たちもサイラやジーニといった名前に色めきたっているようだ。恐らく容姿の良い女性幹部か誰かなのだろう。
「割と有名人なんだな」
「ええ。けどノマクラスの私たちなんて見向きもしないはずなのにね」
そうディエルと話していると、クラフトが「おっとそうだ」と黒板に新たな名前を書き込んでいく。
「特別ゲストも来るらしい。こっちの方がお前らにとっちゃ大変なことじゃないか?」
一番上にゲストとして書かれた名前は、
「ええっ!?」
名前を確認した瞬間、前の席にいたシンシアが大声を張り上げながら椅子から立ち上がった。
「大退魔師、リィン・エーテライトだ」
その瞬間、教室中が沸いた。
男子たちは腕を振り上げ、女子たちは手を叩いて喜び合っている。
相当な盛り上がりで、ダインは誰なのか一瞬分からなかったが、エーテライトという名前を見てピンと来た。
「まさかシンシアのお姉さんか?」
立ち上がったままのシンシアに問いかけるものの、彼女から返事はない。
固まった様子で、全身が小さく震えているようだ。
その反応を見るに姉なのは間違いないのだろうが…。
「午後の授業は予定を変更し、その視察団によるデモンストレーションを行うことになったから、そのつもりでいろ」
そう言ってクラフトは授業を開始する。
生徒達はまだざわついている。クラフトが何度も注意するものの、みな浮き足立ったようだ。
そんな中、シンシアだけは未だに全身を小刻みに震わせていた。
「お、おおお姉ちゃんが来るなんて聞いてないよぉ〜!」
休み時間に入った途端、シンシアがダインの方を振り返り彼に泣きついてきた。
「ど、どうしよう…どうしたら…」
頭を抱えだしており、何事かとニーニアもダインのところにやってくる。
「なんだ、ひょっとして仲が悪いのか?」
シンシアの反応を見てそう尋ねたが、彼女は首を左右に振った。
「仲は良いよ。良いんだけど、お姉ちゃんちょっと真面目なところがあるから…きっと私の授業態度も見に来るつもりだよ〜」
仲が良い姉が会いに来てくれるのなら、普通なら嬉しいはずだ。
「シンシアちゃんは、授業中の態度悪くないと思うけど…」
ニーニアが言うが、シンシアは「そうじゃなくてね」と困りきった顔で憂鬱な理由を打ち明ける。
「じ、実は、ハイクラスからノマクラスに移ったこと言ってなくて…」
「え?」と、その場に居合わせたシンシア、ニーニア、ディエルが声を上げた。
「言ってないって…親父にも?」
「う、うん」
「お母さんにも?」
「うん…」
シンシアが繰り返し頷いたところで、「あちゃ〜」と天井を見上げたのはディエルだ。
「どうして言わなかったのよ? クラス移籍は身内に報告しなくちゃならない規則だったでしょ?」
「だ、だって、お父さん真面目だから、面白そうだからって理由でハイからノマに移籍するの認めてくれそうになかったから…」
だから自分で勝手にクラス移籍を申請したとシンシアは告白した。
「最近お姉ちゃん家に帰ってなかったから知らないだろうけど、今回視察に来ちゃったらさすがにばれちゃうよ…」
またガタガタと震えだす。
「まぁ言わなかったのが悪いとしか言えないが…」
「ご、午後から特別授業するっていうことは、その前に視察団の人達きちゃうってことだよね?」
「多分ね。いつぐらいかは分からないけど」
ディエルの答えを聞きながら、シンシアは真剣な様子で考え出す。「そうだ!」と名案が思いついたように顔を上げた。
「ニーニアちゃん、姿を消すアイテム持ってたよね?」
「え? あるけど…」
「私の魔法なんかじゃすぐに見破られちゃうから、一瞬だけでいいから貸して!」
「う、うん。いいけど…あ」
途中でシンシアの後ろを見たニーニアが声を上げる。
「え? あ、持ってきてない? じゃあ、えと、どこかに隠れて…ううん、一瞬だけハイクラスに混ぜてもらうとか…」
ダインもディエルも、いや、クラス中がシンシアの背後を見て止まっているのも気付かず、シンシアはあれこれ画策している。
「あ、早退するっていう手も…」
「いつからうちの可愛い妹は不良娘になったのかな〜?」
シンシアの背後。そこに、いつの間にか立っていた人物から声がした。
「ふえ?」と背後を振り向くシンシアは、その顔をみるみる蒼白させていく。
「お、おおおおおおお姉ちゃん!?」
慌てて立ち上がり後ずさろうとしたシンシアを、その女はすぐさま捕まえ抱き寄せた。
「ん〜久しぶりね〜シンシア〜☆」
目一杯に抱きつき、頭に頬擦りしている様は何とも幸せそうだ。
「あ〜この感触久しぶり。相変わらず私の妹は可愛いな〜」
「んみゅ〜〜〜!!」
女はスカートにブラウスと質素な出で立ちだが、体中の至る所に無数の装飾品がぶら下がっている。
いや、良く見ればそれは装飾品ではなくタリスマンであったりペンダントであったり、戦闘で使うアイテムのようだ。
背中にはやや大きめのカバンが背負われており、模造刀も背中にある。
まるで冒険者のような格好の彼女は、明らかにこの学校の生徒ではない。
シンシアより背が高く声も違うが、優しそうな顔つきやウェーブがかった長髪は確かにシンシアと似たところがあった。
「ど、どどどうして、こ、ここに?」
混乱の極みに達しながらも、シンシアが疑問を口にする。
「あれ? 先生から説明受けてなかった? 視察団が来るって」
「き、聞いたけど…」
「ガーゴの中に知り合いがいてね、妹が通う学校を見てくるって聞いたからついてきちゃったの。他のメンバーは昼前に来るらしいけど、久しぶりの帰省で妹にも会えるって思ったら我慢できなくて、転移魔法で先乗りしちゃった☆」
と、またシンシアを思い切り抱きしめている。
再会の喜びに浸るリィンと、もがくシンシア。
あまりに唐突のことで、ダイン含めノマクラス全員が固まったまま二人のやり取りを注視している。
「さて、シンシアが勝手にハイクラスからノマクラスに移籍していたのは、家に帰ってからゆっくり問いただすとして…」
「はうっ!」と背筋を伸ばすシンシアから離れ、リィンは彼女の近くにいたダイン達に目を向けた。
「あなたがドワ族のニーニアちゃん、よね?」
彼女の視線がニーニアで止まる。ニーニアは「は、はいっ」と緊張した面持ちで返事をした。
「シンシアから通信であなたのことはよく聞いてるわ。妹と仲良くしてくれてありがとうね?」
リィンに優しく笑いかけられた彼女は、「い、いえ…」と顔を赤くし首を振る。
「わ、私の方が、シンシアちゃんにはお世話になりっぱなしで…」
そう話し出すニーニアを見るリィンは、始終ニコニコしていた。
「話に聞いていた通りちっちゃくて可愛い…後で抱きしめさせてね?」
「え、えと…」
予想だにしない台詞だったようでニーニアは困っている。そんな困り顔にもリィンは「可愛い〜」と笑いかけ、余計に恥ずかしくなったようでダインの後ろに隠れてしまった。
そこでリィンの視線は自然とダインに向けられる。
「なるほど。君がダイン君だね? シンシアから頻繁に話を聞いてるよ」
「話…っすか?」
「うん。とっても強くてかっこよくて、優しい男の子がいるってね?」
「お、お姉ちゃん!」またシンシアが慌てだす。
「それ言っちゃ駄目なやつだよ!」
いつの間にか顔を真っ赤にさせたシンシアに、リィンは声を上げて笑った。
「いや〜、来てよかったわ。家とはまた違った妹の顔が見れて…」
話している途中で、未だ固まったままのディエルに気がついたようだ。
「おっと、君は確かディエルちゃんだね? 君の事もシンシアから聞いてるわ。面白い子だって」
「ど、どうも…」
珍しくディエルが緊張している。
相手が有名人のリィンだからというよりは、少し怯えているようにダインには映った。
彼の勘は正解で、ディエルは“大退魔師”という肩書きに少なからず恐れを抱いていたのだ。
かつてデビ族は悪行を生業としたことがあり、素行を正すために退魔師組合がデビ族を粛正の対象にしたことがある。
光魔法による長時間の拘束の上、正座の強要。説法の視聴、聖書の書取り、座禅。
“矯正”の名のもとに行われた数々の粛正は今もなおデビ族の間で語り継がれており、いつしか退魔師は畏怖の対象となっていた。
ディエルにも退魔師の怖さは幼少期から教えられていたことなので、だから目の前に大退魔師がいることに危機感を抱いているのだろう。
「ディエルちゃんもいつもありがとうね」
「い、いえ…」
少し後ずさる彼女に、リィンはさらに踏み込んでくる。
「ほぁ…!?」
驚くディエルにリィンが小声で言った。
「お父さんにはお世話になったわ。困ったことがあれば言ってね?」
「し、知ってるんですか?」
ディエルの目が見開く。リィンはまたくすっと笑って言った。
「よく仕事の斡旋とかしてくれてね。あの人のおかげでいまの私があるといっても過言じゃないよ」
意外なところで意外な繋がりがあったようだ。
「あ、あの…リィンさん、ですよね…?」
会話の隙間を狙って、遠巻きに見ていたノマクラスの一人が、おずおずとリィンの背後にやってきた。
「ん? そうだよ〜」
その女子生徒に笑いかけると、彼女もたちまち顔に笑顔を広げていく。
「あ、あの、サインとか…」
「おっけーおっけー。妹と同級生なんだったらいっぱい書いちゃう!」
「しゃ、写真とかいいですか?」
「あはは。いーよー」
その台詞がきっかけになった。
他の生徒達がペンと紙を大慌てで取り出し、一斉にリィンに殺到し始める。
「はいはい! 順番、順番ね〜」
サインを求められることも少なくなかったのだろう。彼女は慣れたように列を作らせ、差し出されたものに手早くサインを書き込んでいった。
騒ぎを聞きつけた他のクラスの生徒もやってきて、教室はてんやわんやになる。
あまりの勢いに、ダイン達は教室の端に追いやられてしまった。
「すげぇ人気だな…そんなに有名だったのか」
ダインは驚くばかりだ。
「ま、まぁアニメになるほどだから。この学校でも知ってる人は多いと思うよ」
そうシンシアが話している間にも生徒は増え続け、もはや教室内はすし詰め状態になり、しまいにはリィンコールまで始まってしまう。
アニメのテーマソングまで口ずさむ者もおり、教室はさながらライブ会場のようだ。
リィンに憧れを抱く者や、単純にリィンがモチーフのアニメが大好きな者。
絆が生まれ、団結となるのを目の当たりにしたダイン達は驚きっぱなしだが、喜ばしいことでもあるのでつい笑ってしまう。
「…もうとっくに授業は始まってるんだが…」
そんな中、予鈴と共に教室にやってきたクラフトは困り果てたように呟いていた。
午後からは、クラフトが言っていた通り視察団がやってきたようだ。
今か今かと教室の窓に張り付き校庭を眺めていた生徒から、わぁっと歓声が上がる。
校門から校舎へ歩いてくる一団が見えた。
その一団は総じて白を基調とした制服を着ており、横一列で足並みを揃えている。
「シグ様〜!」
「ジーニ様〜!!」
「カイン様〜〜〜!!」
本当に来たと喜ぶ生徒もいれば、口々に名前を叫ぶ生徒もおり、窓から身を乗り出し手を振っている奴までいる。
顔を一目見ようと場所取りから言い争いまで始めてしまう生徒もいた。
「すげぇな…」
あまりの熱狂っぷりに、ダインは圧倒されっぱなしだ。
「あんな愛想のない連中のどこがいいのかしら」
片肘をついたディエルが言っている通り、学校中の声援を浴びているはずなのに視察団一行はろくな返事を返さない。
赤い短髪の男や、先ほどまでノマクラスで授業参観していたリィンだけは笑顔を振りまいているものの、先頭を歩くリーダーと思しき金髪の男は仏頂面のままで、その左右にいるメガネとポニーテールの女も無表情のままだ。
「カイン様〜〜〜!!」
カインと呼ばれる男への女生徒の声援が特に大きい。
イケメンだとディエルは言っていたが、確かに遠目からでもそのカインと思しき金髪の男は端正な顔立ちをしていた。
切れ長の目鼻をしており身長が高く手足も長い。制服で腕や足の太さまでは分からないが、隙のない歩き方を見るていと相当な実力者だというのはダインでも推察できる。
二年生でモテ男のユーテリアと良い勝負ではないだろうか。
「はぁ、アホくさ」
ディエルは明らかにつまらなさそうな表情で悪態をついている。
「なんだ、お前イケメン好きじゃないのか?」
茶化すように言うと、彼女はもう一度ため息を吐いた。
「好きでも嫌いでもないわ。と言うか、ガーゴ自体あんまりね」
「あんまり?」
「ええ。まぁ、色々とね」
どこか含みを持たせた言い方に疑問を抱いたダインだが、「何より気に入らないのは」とディエルは続ける。
「ダイン、あの連中良く見てみてよ。いくつの種族があると思う?」
「種族…?」
ダインは素直に再び窓の外に目を向ける。
一団は存在をアピールするかのようにあえてゆっくりとこちらに歩いてきているようで、おかげで種族の特徴を確認することが出来た。
金髪の男はエンジェ族だろう。赤髪の男はヒューマ族のようだ。
メガネの女は耳が長いのでエル族で、ポニーテールの女は金髪なのであれもエンジェ族なのかもしれない。
「色々いるな」
率直な感想を言うが、「色々じゃないわよ」とディエルが否定する。
「選別意識が根強いって噂、本当みたい」
「選別意識?」
「ええ。魔法力が高い奴ほど有能だっていう古い考え方があるみたいよ。ガーゴ全体でね」
確かに一団の中には魔力魔法を使える者はいない。
エンジェ族、エル族、ヒューマ族で統一されてるように見えなくもないが…。
「デビ族やドワ族も、もちろんガーゴには入れるらしいわよ。けれどどれだけ有能だったとしても、配属先は末端だってもっぱらの噂よ」
「ふ〜ん…」
ディエルの言うことだからガセも含まれてるだろうが、しかし事実である部分もあるのだろう。
選別意識の根強い、ガーゴ上層部がセブンリンクスの視察にやってきた。
「ガーゴねぇ…」
ダインはしばし、未だに熱狂的に声援を送る生徒たちをぼーっとした顔で眺めていた。
視察という名目どおり、午後の一時間目まではその視察団がそれぞれのクラスを見て回っていたようだった。
といっても回ったのはギガ、メガ、ハイクラスまでで、ダイン達の予想は的中しノマクラスなど見向きもしない。
彼らはそのまま闘技場に向かい、予定通りそこで生徒たちを集めデモンストレーションが行われるようだった。
全校生徒なのでもちろんノマクラスも見学が許可されている。
が、ダインとディエルはまだラビリンスへ続く闘技場への入場を許可されていない。
二人はそのまま教室で自習を命じられ、知識学の簡単な問題集を手渡された。
「はー、つまんないわねぇ」
自習が始まって早速ディエルが愚痴る。
「ガーゴなんていけ好かないけど、デモンストレーションは見たかったなぁ!」
「何するんだろうな?」
「先輩から聞いた話だと、模擬戦とかしてくれるみたい。派手めな上級魔法を披露したりもしてくれるらしいわよ?」
「へぇー」
確かにそれは見てみたい。
「曲がりなりにも実力者たちなんだろうし、きっとものすごい派手な魔法なんでしょうねぇ」
そのとき闘技場側から大きな歓声が沸き起こったのが、ノマクラスの教室にまで聞こえてきた。
良く見るとその闘技場全体が様々な光に包まれているのが確認できる。
ディエルはしきりにその闘技場がある方角へ目を向けるものの、途中の障害物が多いためよく目視できない。
「う〜」
歓声が沸き起こる毎に彼女の苛立ちは募るばかりのようだ。
「あーも! なんで私たちは駄目であいつは入れるのよ!」
見たくても見れない鬱憤が溜まったのか、とうとうディエルはシャーペンをノートに放り投げ全身をだらけさせる。
ちなみにディエルの言うあいつとは、もちろんラフィンのことだ。
ラフィンも一応謹慎期間中なのだが、生徒会長が公式の場にいないのはさすがにまずいとの判断で、特別に闘技場への入場を許可されたのだ。
再び闘技場から歓声が聞こえ、衝突音や爆発音が教室まで轟いてくる。
聞いているだけでわくわくしてくる戦闘音に、ディエルの機嫌はますます悪くなっていくようだった。
「こうなったらこっそり…」
「いやまずいだろ」
「ちょっとぐらいバレないって」
「もしバレたら俺まで波及すんだろうが」
そんな押し問答を続けていると、突然背後から気配がした。
「君達は行かなかったんだね」
リィンだった。また転移魔法で教室までやってきたらしい。
「あわぁ!?」
突然の出現にディエルは思わず椅子から転げ落ちそうになったが、リィンがすぐさま支えててくれた。
「あ、ど、どうも…」
「んふ〜」
にんまりとした顔をディエルに向けている。
「あ、あの…?」
「ディエルちゃんも可愛いね〜!」
何を言い出すかと思いきや、彼女は両手を広げ、突然ディエルに抱きついた。
「にゃあ!?」
悲鳴を上げるディエルだが、リィンは構わず頭に頬擦りしている。
「ん〜、この抱き心地はなかなか…妹と同じぐらい…?」
「ちょ…! あ、あの…ちょ…!!」
ディエルが慌てふためいている。普段は悪戯したりからかったり余裕のある笑顔を見せる彼女なのに、逆のパターンは案外弱い奴なのかもしれない。
「いいんすか?」
ダインは笑いながら言った。
「デモンストレーションの最中っすよね? 抜け出して怒られないっすか?」
リィンは手を振り、「あーいいのいいの」と言った。
「私の出番は終わったからね。後は形式ばった挨拶とか演説ぐらいだし」
確かにもう闘技場からの戦闘音は聞こえなくなっている。
「ああいう堅苦しいのは苦手だからねぇ。それに私ゲストだし。本来は来る予定になかったからね?」
こちらにウィンクをしてくる。
シンシアが真面目だと言っていた姉リィンは、他人から見ればどうも違うようだ。
明るく朗らかに接する彼女は確かにシンシアに似たところがあると思ったダインは、笑顔のまま緊張を解く。
「それにしても君たちにも見てもらいたかったなぁ。私の聖剣」
デモンストレーションでのことを言ってるんだろう。
「おお、あれっすか。シンシアと同じ」
「そうそう! 自分で言うのもなんだけど、聖剣って綺麗だよね」
リィンは嬉しそうに頷き、ようやくディエルを解放した。
そして突如として何かのポーズをとり始める。
「輝け! 切り裂け! 聖剣ミストルティン!」
何を言い出すのかと驚くダインだが、そのポーズには見覚えがあった。
『マジカル探偵、リーネ』に出てくる主人公のポーズだ。いまルシラが熱中しているアニメだから覚えている。
「リーネっすか?」
「おや、知ってるの?」
「知り合いが良く見てたので」
「なるほどあのアニメの…」と、ダインはようやくリィンが何のアニメの元ネタになったのか分かったようだ。
「声も一部担当したことがあるんだよ」
「え、マジっすか」
「どうしてもって頼まれてね。本業はそっちじゃないからずっと断ってたんだけど」
と、リィンが背中に背負った模造刀を見せてくる。
彼女が動くたびに、装飾品っぽく身に着けた戦闘アイテムがじゃらじゃらと音を出す。
さっきは教室中が騒いでいたから確認する間がなかったが、良く見れば彼女の衣服は所々が汚れていたり破けていた。
いまはこうしてざっくばらんに話してはいるが、ここへ来る間際まではどこかでモンスターと戦っていたのだろう。
その身なりから何となく分かる。大退魔師という名の通り、彼女も相当な実力者のようだ。
「そ、それで…どうしてここに?」
ようやく緊張を落ち着けられたディエルが口を開く。
「あーうん。デモンストレーションの後学校終わりらしいから、ついでだし妹と一緒に帰ろうかなってね」
「校門で待てば良いのでは…?」
「そうするとまた騒がれる予感がしたから、ここで待ってようと思って。ニーニアちゃんともお話したいし」
どうも彼女はシンシア以上に自由人のようだ。
「視察団の連中も帰るんすか?」
ダインは気になり尋ねた。
「最後に部活動見て回るらしいよ。というかそれがメインじゃないかな。個々の実力が見れるしね」
「なるほど」
見つかるとややこしいことになりそうだと思ったダイン。
早く帰ったほうが良いと思ったそのタイミングで、廊下からクラフトが顔を覗かせてきた。
「二人ともいるな。もう帰っていいぞ」
クラフトだけ先にやってきたのだろう。せっかちな性格そのままに、そそくさと職員室へ戻っていった。
窓から見える校庭では、闘技場から校舎へぞろぞろと生徒達が戻ってくるのが見える。
「まぁ…その前に、ひとつ面倒なことをするつもりらしいけど…」
同じく窓の外を見つめながら、リィンが小声で言った。
「ほんとカインって頭固いんだから…エンジェ族ってややこしいことが好きだなぁほんと」
どこか愚痴るように言うその台詞が、ダインにはやけに引っかかった。
「何かあるんすか?」
「ちょっとね。ある生徒に尋問することがあるんだって」
「穏やかじゃないっすね」
尋問という言葉にディエルも引っ掛かりを覚えたらしく、身を乗り出してくる。
「慣例を破ったからって、ガーゴが問い詰める必要も義務もないのにね」
「…慣例を破る…」
途端に嫌な予感がしたダインは、まだクラスメイトが戻ってこないのを確認してから、それが誰なのか尋ねた。
「ほんとは口止めされてるんだけどね。ダイン君はシンシアのお気に入りだから」
そう前置きを言って、リィンはある生徒の名を口にする。
その瞬間、ダインはカバンを手に立ち上がっていた。
察したリィンから場所を教えてもらい、もう自分は帰ったとシンシアとニーニアに伝えるよう彼女に頼み、教室を出て行く。