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absorption ~ある希少種の日常~  作者: 紅林 雅樹
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百二十八節、少し遅れたアフターケア

「七竜討伐計画…その最終目標は、“ダイレゾ”でしょうね」

ティーカップの中で揺れる紅茶を見つめながら、シエスタはいう。

報告会ならぬ、相談会はまだ続いていた。

リビングの外から聞こえていた虫たちの鳴き声は聞こえなくなっており、夜更け近い時間だ。

シンシアたちはすでに就寝している時間ではあるのだが、最強最悪のドラゴン“ダイレゾ”に話題が向いたところで、全員の表情が強張った。

「絶望のドラゴン、ダイレゾ…ですか」

混乱期のことが書かれた古い文献をテーブルに広げつつ、サラはいった。「管轄はゴッド族…」

そこでダインたちの視線はティエリアに集まる。

注目を浴びた彼女は少し物憂げな表情のまま、両手に握り締めたカップを見つめていた。

「いや、そもそも連中はダイレゾまで討伐する気でいるのか?」

ダインは疑わしげな視線のままサラにきいた。「あまりに危険だからってゴッド族が管理してるんだろ? 地上にいる俺らじゃ干渉できないんじゃないのか」

そもそも世界各地で天災を引き起こしているから、七竜討伐計画なるものをガーゴがぶち上げた。

ダイレゾは“絶界メビウス”という別次元の場所に封印されているため、当然ながら地上には何の影響も及ぼしていない。

つまりダイレゾを討伐しなければならない理由は無いはずだ。

「ですがそのように視えたと、ソフィル様は仰っておられました」

サラに代わってティエリアが答えた。「討伐隊がバベル島にまで大挙してやってくると」

彼女の物憂げな表情はそのまま、話を続ける。「パパ様の制止も聞かず、ダイレゾを復活させてしまう映像が…視えてしまったそうです」

ティエリアは、先日そのソフィル女王神よりダイレゾのこと、父ゴディアがその守人であることを打ち明けられたようだ。

その上で、押し寄せてきた討伐隊への対処をどうするか、ダイレゾが復活させられたらどうするか、数時間に渡って話し合いをしたらしいが、結局有効的な解決策は出てこなかったらしい。

「ソフィル様の未来視は、過程に差こそあれほぼ的中します。なので、ダイレゾが復活してしまうという展開は間違いないと見ていいと思います」

「もちろん、正規の方法じゃないです…よね?」

シンシアがティエリアにきいた。「仮にガーゴが正式にダイレゾの討伐をソフィル様に打診したとしても…」

「断るつもりでいるそうです」

ティエリアは少し顔を上げた。「ダイレゾはあまりに危険ですから。どのような理由であろうと、復活させるつもりはないと」

「…でも未来では復活させられていた」

ダインが呟くと、

「ゴッド族の中で一番偉い人の意思を無視するっていうわけ」

ディエルが憤った様子で鼻を鳴らす。「奴らはどこまで傲慢なの、全く」

「仮にいまそのダイレゾが復活したら、どうなるんだ?」

ダインはサラにきいた。「別次元に封印されてるんだから、さすがにガーゴも奴の力を抜けないだろ」

「恐らく数百万規模の犠牲が出てしまうかと」

文献に目を通しつつ、サラが答えた。「ダイレゾは、その咆哮を上げただけで聞く者の命を奪う。混乱期当時の力そのままが残っていたとするならば、世に放たれた瞬間世界危機に匹敵するレベルの災害に見舞われることは容易に想像できます。七竜には魔法が効きづらいですし、対策を講じてる間に犠牲者は雪ダルマ式に増えていくでしょう」

「やばいじゃん」

ダインはサラからダイレゾに関する文献を受け取り、内容を黙読する。七竜の中で最も危険だという記述を見て、眉をひそめた。

「こんなの誰も倒せないだろ」

「でもそこが狙いなんじゃないかしら」

ラフィンがいった。「ゴッド族ですら手を焼いていたダイレゾを仮に討伐することが出来たら、これ以上ない宣伝になる…」

シエスタは口元を覆いながら思慮に耽っており、深刻な空気を感じ取ったのか、ルシラはただ静かに彼らの話を聞いている。

「もし本当に討伐できたなら、きっと世の人々はガーゴ組織にひれ伏すことになるでしょうね。死をも凌駕する史上最強の組織だって」

ディエルは呆れたような表情だ。「犠牲が出て批判が噴出したとしても、それを美談として演出して同情を誘うぐらいのことはやりそうだわ」

「犠牲…」

ティエリアは一瞬泣きそうな表情を浮かべた。

彼女が危惧しているのは、ダイレゾが復活したらどうなるか、人々はどうなってしまうのか、という世界レベルのものではない。

先ほどからティエリアが深刻そうな表情でいるのは、絶望のドラゴン“ダイレゾ”を管理し、守人として勤めている彼女の父…ゴディアのことに他ならなかった。

守人には役割がある。もし“不測の事態”が起きてドラゴンが復活したとするならば、そのドラゴンを外に出さないようにしつつ、封印を再構築しなければならない。

それこそ命を賭してだ。つまり七竜による最初の犠牲者になる可能性が極めて高い。

相手がダイレゾならば、たとえゴッド族であろうと無事である保障は無い。故にティエリアは不安だったのだろう。

「私は…どうすれば…」

ソフィルから話を聞き、解決法を見出せない中、焦燥感は募るばかりで、今日に至るまで彼女はずっと思い悩んでいたのだ。

この場の誰よりも不安に苛まれ、押しつぶされそうになっていたティエリアに、ダインは「大丈夫だ」、と声をかけた。

「え」、と顔を上げる彼女の近くまで回りこみ、その頭に手を置く。

「俺たちも一緒になって考えるからさ」

「い、一緒に…?」

「ああ。誰も死なせない。誰も不幸な目に遭わない、良い方法をな」

「だから一人で抱え込まなくていい」、ダインは続けた。

「俺たちはみんな友達だ。友達ってのは時に助け合ったり笑いあったりするもので、相手が悩んでいたり悲しんでいたら同じ気持ちになる。その友達が大切であればあるほどどうにかしたいって思うものだし、みんなも俺と同じ気持ちでいてくれているはずだ」

シンシアたちがはっきり頷いたのを見てから、ダインはティエリアに笑いかける。「これだけ人がいるんだから、解決策なんていくらでも見つかるはずだよ」

「…みなさんと…一緒に…」

「そう。みんな一緒だ」

ティエリアに笑顔が広がりそうになったところで、「しかし」、とダインはいった。

「具体的な策が出るまでは俺も偉そうなことはいえないし、本当の意味で先輩は安心できないだろうから…」

だから、とダインは続けた。「プノーの本体を救出できたら、また先輩のところにお邪魔させてもらうよ」

「え、ほ、本当ですか?」

「ああ。どちらにしろダイレゾの本体も助けなきゃならないから、バベル島には行くつもりでいたんだし」

「私たちもいきます!」

シンシアがいい、「うん!」、ニーニアも頷く。

「あ、じゃ、じゃあ、私も…」

ラフィンが便乗し、ディエルまで「私もいけるなら…」、とおずおずといってくる。

「あ、ありがとうございます!」

そこでティエリアは嬉しそうな笑顔を浮かべた。「み、みなさんと知り合えてよかった…」

「そうだな。俺も先輩と知り合えてよかったよ」

ダインはそういいながら、彼女の頭を撫で続ける。

シンシアたちまでティエリアの頬や髪を撫で始め、優しい彼らに囲まれた彼女はくすぐったそうにしている。

そんな様をシエスタとサラは微笑ましく見つめており、ただ静かにティーカップを傾けていた。



「シンシア、ちょっといいか?」

客室のドアが開き、そこからダインが顔を覗かせてきた。

「ちょっと来てくれ」

「え、私?」

「ああ」

現在の時刻はもう深夜ギリギリ。

相談会の内容が濃いものばかりだったので、シンシアたちにはまだ眠気が訪れてないらしく、中央のベッドに集まってカードゲームをしていたようだ。

「シンシア借りるな」

ゲームを中断させティエリアたちに一声かけると、「はいはーい」、ディエルが手を振ってから別のカードケースをテーブルから取り寄せる。

「じゃあこの四人でババ抜き勝負しましょう。ニーニアが持ってきてくれたこのペナルティカードってちょっと面白いギミック仕込まれてるから、きっと白熱するわよ」

「ギミックって何よ?」

「デバフ系の魔法が敗者に実際に降りかかるのよ。防御ダウンしたあなたのぐったりとした姿、私の携帯に収めてあげる」

「ふん、逆に動けなくしてあげるわ!」

息をまくラフィンとディエルに、ティエリアはわくわくさせながらニーニアからカードの説明を受けている。

寝巻き姿でいる彼女たちの可愛らしい様にダインは笑いつつ、シンシアを廊下に出させてドアを閉めた。

「みんなまだ眠たくないんだな」

シンシアの少し前を歩きつつ、ダインは彼女に笑いかける。「普段から夜更かししてるのか?」

「ううん。みんな寝る時間は早いようだけど、なんだかもったいなくて」

ダインの後ろをついていきながらシンシアは笑った。「ダイン君のお家に泊まれるのって、滅多に無いから」

「俺としちゃいつでもいいんだけどな。暇になったし」

そういったダインだが、すぐに「あ、でも店があるか」、といった。

「今日みんなに来てもらって飲食店まがいのことやらせてもらったけど、なかなか大変だったよ」

メニューを考案し、食材を調達し、それの仕込み。

店内を清掃しもってどの料理にどの食器を使おうか考え、調味料の不足があればすぐに買出しに行かなければならない。

すでにある設備を借りて仮オープンしただけでも、その大変さが分かった。

もし自分の店を持つとなると、メニューの考案の他に資金繰りなど、さらに頭を悩ますことになりそうだ。

「ふふ。飲食店経営は難しいよ? 覚えることも沢山あるし」

昔、自身の母が飲食店で勤務していたことがあると明かし、その苦労話を思い出しつつシンシアは笑った。「本格的にお店をやったら、きっともっと大変だと思うよ」

「まぁ今回のは俺の趣味みたいなもんだけどな。世話になってたシンシアたちに、以前から何かお返ししたいって思ってたから」

「え、そうだったの?」

「ああ。俺のクラブ作ってくれたり、吸魔関係で協力してくれたりさ。世話になりっぱなしだったから、お返しに何をすれば喜んでくれるんだろうなってずっと考えてたんだ」

「そ、そんな…私の方がダイン君のお世話になってたのに…」

とシンシアが話しているところで、廊下の奥から大きな図体をした男が現れた。

「…ふわぁ…」

大あくびをしながら、小脇に衣類を抱えているのはダインの父、ジーグだ。

「親父、宴会は終わったのか?」

赤い顔をしてすっかり出来上がってしまったジーグに、ダインが声をかける。

「ああ、いや…なかなか話が盛り上がってしまってな…いまから風呂に入るところだ」

足取りが少しおぼつかない。

「飲酒後の風呂はあんま良くないって聞いたぞ?」

「なに、さっと身体を流すだけだ」

そういったジーグは、ダインの後ろにいたシンシアに顔を向ける。

「シンシア殿、くつろげているかな?」

「あ、は、はいっ、お、おかげさまで…」

「そうかそうか」

赤ら顔でニコニコしていたジーグは、「ではな」、といって歩き出す。

「…娘もいいものだなぁ…」

去り際に、ジーグからそんな呟きが聞こえた。

「む、娘…」

シンシアの顔が赤くなっていく。

「あーいや、特に深い意味はないと思うぞ」

ダインは笑いながらいった。「きっと今日の“お客さん”から散々娘はいいものだと聞いたんだろ」

「え、と…?」

不思議そうにするシンシアに再び笑いかけ、「行こう」、と案内を再開する。


たどり着いたところは、ダインの自室だった。

「あれ、ここダイン君のお部屋?」

「ああ」

頷いたダインはそのままドアに手をかけ、開ける。

「いらっしゃい!」

完全にドアが開いた瞬間、部屋の中から声がした。

「あれ、ルシラちゃん?」

ダインの自室にはルシラがいた。

彼女はベッドの上に座っていたようだが、シンシアの姿を見つけた途端ベッドから飛び降りる。

「ほら、中入って」

「え、う、うん」

シンシアを部屋の中に入れ、ドアを閉める。

「どうしたの?」

どうして自分はこの場に呼ばれたのか。

シンシアは不思議そうにしており、そんな彼女の前に、「んふふ〜」、両手を後ろにし、含み笑いをしたルシラが近づいてきた。

「しんしあちゃん、これどーぞ!」

と、ルシラがシンシアに何かを差し出す。

「…これって…」

それが何であるかを確認したシンシアは、目を大きくさせた。

「こ、これ、人形!? ルシラちゃんの?」

「そーだよ!」

ルシラは笑顔で頷いた。「だいんから、なくしちゃったって聞いたから!」

ジグルに破壊された人形を、ルシラがまた作ってきてくれたのだ。

「あ…ありがとう…」

ルシラから人形を受け取り、それをギュッと胸に抱きしめる。

「今度こそ…今度こそ、無くさないようにするね」

「ん!」

頷くルシラをも、シンシアは抱き寄せた。

「むぎゅっ!」

「…ごめんね…」

謝るシンシアに、ルシラは「んーん!」、と元気よく首を横に振り、お互いに思う存分抱き合ってから離れる。

「じゃーるしら、みんなのところにいってくるね」

「ああ。でも眠たくないのか?」

「まだ大丈夫だよ!」

ルシラは笑顔のままドアを開け、部屋を出て行った。

足音が遠ざかっていき、シンシアと二人きりになる。

「あ、ダイン君もごめんね、人形のこと…」

「いや、それはいいんだ。いいんだけど…」

ダインは何か言いよどむ。

「どうしたの?」

不思議そうにするシンシアに、彼は改めて体を向ける。

「ごめんな」

と、今度はダインの方からシンシアに頭を下げた。

「え、何が?」

「人形のこともそうだけど、シンシアがアイツに狙われることになったのは俺が原因だからさ」

謝る彼の脳裏には、ジグルに人形を破壊されて泣きじゃくるシンシアの姿が浮かんでいた。

彼女に乗り移る瞬間に見えていた映像だったのだが、あれから数日経っているのに、未だに鮮明に思い出してしまう。

「悲しくて悔しくて、辛い思いさせてごめんな」

シンシアがどれほどの気持ちでいたのか。彼女の中に入りその感情を言葉にするよりも強く感じていたので、ダインは誰よりもシンシアの心情を理解していた。

だからその分、ダインは罪悪感に苛まれていた。自分がもっとはっきりとジグルに向き合って対処していれば、あんなことにはならなかったはずなのに。

「ち、ちが…違うよ、私が弱いせいだから…」

申し訳なさそうにするダインを見て、シンシアは慌てたように首を横に振った。「私がもっとしっかりしていれば…」

「でも俺がきっかけなのは間違いない」

「そんなことないのに…」

シンシアは何度も自分のせいだと言い続けるが、ダインもダインで自分が悪いと主張する。

珍しく頑固になっているダインには、やはりあのときの映像がフラッシュバックしていたのだ。

大雨の中、壊された人形の前で、人目も憚らず声を上げて泣いていたシンシアの姿が。

一人の少女が、絶望に打ちひしがれたようにダインには映っていた。

「せめてもの罪滅ぼしをさせてくれないか?」

だから、ダインはそういった。

「え、つ、罪滅ぼし?」

「ああ。何でも良い。シンシアが喜んでくれるのなら、何でもするよ」

彼はシンシアに笑いかける。「いますぐ俺ができることで、何か無いか?」

とにかくシンシアを喜ばせて、記憶にこびり付いてしまったあの泣き顔を、シンシア自身の笑顔で塗り替えたかったのだ。

「え、えぇ…そ、そんな、急にいわれても…」

「いや、まぁ無理にとはいわないよ。何も思いつかないんだったら、あいつ等の部屋に戻…」

とダインがいいかけて、「ま、待って!」、シンシアは片手を突き出し、遮った。

「か、考えるから、ちょっと待って…」

ジグルの件については本当に気にしてなかったシンシアなのだが、急に降って湧いたダインのご褒美タイムだ。この機会を逃すわけにはいかなかった。

「その…な、何でもいいの?」

色んな“妄想”を浮かべつつ、シンシアがきいた。「何でも…」

「つっても、あくまで常識の範囲内でだぞ?」

ダインは笑いながらいった。「まぁシンシアのことだから、そこまで無茶な要求はしないと思うけどさ」

「じゃあ…えと、その…」

ほんのり顔を赤くさせた彼女は、少しもじもじさせながらダインを見る。

「その…だ、抱っこ…」

「抱っこ?」

「だ、抱っこなでなでを…」

いつものダインなら、恥ずかしがってなかなかやってくれなかったことだ。

しかし今日の彼は違った。

「よしきた」

これでシンシアが喜んでくれるのならと、彼女の目の前まで近づき、遠慮なくお姫様抱っこした。

「わ、わわっ」

驚くシンシアを抱えたままベッドの端に腰掛け、開いた足の間に彼女を横向きに座らせる。

「こう…でいいか?」

ふわりとシンシアの上半身を抱きしめ、頭を撫でた。

「あ…うぅ…」

やってくれといったのは自分なのに、いざダインに抱っこされると途端に顔を赤くさせ、大人しくなってしまうシンシア。本当に抱っこなでなでされるとは思ってなかったのかもしれない。

「シンシアは相変わらず柔らかくて気持ちいいな?」

ダインは笑顔だ。「もちろん、変な意味じゃなくてな?」

「あ…う、うん…わ、私も…き、気持ちいい、よ…」

シンシアはまだしおらしくしている。どうやら恥ずかしさの方が勝ってしまっているようだ。

「可愛いな」

間近からダインにそういわれ、シンシアはまたさらに顔を赤くさせ俯いてしまう。

彼女は恥ずかしそうではあるものの満足そうだ。

しかしダインにとってはまだ足らなかった。こんな簡単なことでは罪滅ぼしにならないし、これでは恥ずかしがるばかりで笑顔が見れない。

「もっと他にないのか?」

「え…」

「何でもいいっていったろ?」

「そ、そんな…こ、これで十分…」

「もっと他に要求してくれないと、勝手にやっちゃうぞ!」

と、ダインは突然シンシアの身体をくすぐり始めた。

「ひゃっ!?」

脇腹を触ったり首元をくすぐると、シンシアの全身がびくびくと反応し始める。

「んやははははは!!」

恥ずかしげな顔から一転、身をよじって笑い出した。

「ず、ずる…ずるいよ! 駄目だよ、ダインく…やはははははは!!」

「じゃあ次の要求を言え! 早く言わないとこのままくすぐり続けるぞ!」

「やははは! やははは! や、やー!」

ひとしきりシンシアを笑わせた後、結局彼女を抱きしめる形に落ち着いた。

「はぁ、はぁ…も、もー、ダイン君、ムードも何もないよぉ」

文句を言われてしまったが、おかげで緊張は解けたらしい。

「悪い悪い、ついな」

「ふふ、もう…」

笑顔のままシンシアは下を向き、腹部に回されていた彼の腕に自身の手を乗せる。

「…ほんとはね、寂しいんだよ?」

そのまま呟くように、シンシアはいった。「ついこの間まで一緒に登校して、一緒に授業を受けて、一緒にお昼ご飯を食べていたのに…なのに、今日はダイン君がいない。学校で会うことも、学校でお話しすることもできないんだって思ったら…すごく、寂しくなる」

ダインに完全に寄りかかりながら、彼女は続ける。「この気持ちは私だけじゃなくて、みんなもそうなんだよ? ほんとだったら、みんな必死に校長先生に訴えかけて、来週からでもダイン君を学校に復帰させたいんだから」

「…そっか」、ダインは静かに頷くのみ。

シンシアはさらに続ける。「七竜のこともあって、ルシラちゃんのこともあって、みんな言い出せないでいたけど…ほんとは、ダイン君が学校にいないこと、みんなすっごく寂しがっているんだからね…」

だから、と彼女はいった。「私が…ううん、私たちが本当に望んでいるのは、ダイン君がまた学校に来てくれること。みんなと一緒に授業を受けて、どうにかテストをクリアして、みんな一緒に進級すること。そして一足先に卒業していたティエリア先輩と一緒になって、みんなが思い描いている夢のお手伝いをし合えること」

ダインの腕をギュッと握りながら、シンシアは顔を上げて彼の目を見つめた。「これが、私の要求…です」

「…ありがとうな」

ダインはシンシアに微笑みかけ、再びその頭を撫で始める。「俺は本当に幸せ者だよ」

ここまで想ってくれる人がいて、ここまで心配してくれる人がいて、赤の他人から始まった関係なのに、ここまで寂しがってくれている。

もう感謝しかなかった。シンシアの…いや、彼女たちの優しさに包まれ、ありがとうという言葉しか出てこなかった。

せめてもの恩返しにと、ダインは少々きつめにシンシアを抱きしめてしまう。

そこで彼女から少しくぐもった声が漏れる。

「あ、わ、悪い…ちょっと苦しかったか?」

腕を緩めるが、彼女は顔を横に振ってまた笑った。

「寂しかった分の埋め合わせを要求します」、そういってきた。

「少しでもこうして、ダイン君のエネルギーを補給させてください」

「俺のエネルギー…?」

「うん。手を繋いで登校する分と、お昼ご飯を一緒に食べる分と、放課後ダイン君部でお喋りする分と…」

「割と多いな」

「そうだよ。すごく多いよ?」

ダインに笑いかけていたシンシアは、「だから…」、急にその笑顔が消えたと思ったら、また顔を下に向けてしまった。

「こ、効率的な…すごく良い方法が、あるんだけど…」

「エネルギー補給の?」

「う、うん」

「どんなのだ?」

「えと…」

彼女はまたもじもじし始めた。

ロングヘアーの間から覗く耳は真っ赤に染まっており、いきなりどうしたのだろうかとダインが思っていると、シンシアは…、

「き…キス…」

といった。

「き、キス、すれば…一気に、こう、ぎゅーんって…」

「え…」

ダインはさすがに固まってしまう。

「わ、私、知ってるよ?」

ダインを見ず、俯いた状態のままシンシアはいった。「この間、ティエリア先輩のお家にお泊りにいったとき、眠っているダイン君に、ティエリア先輩がキスしちゃったこと…」

「え…え? そ、そうなのか?」

当然ながらダインには初耳だった。

「な、何でも共有し合おうって、私たちの間で取り決めがあって…だから、ティエリア先輩が正直に打ち明けてくれて…」

シンシアたちのことだから、もちろん嘘や冗談ではないのだろう。

「ま…マジか…」

ダインが衝撃を受けているのに、「に、ニーニアちゃんのときも…」、シンシアはさらに続けた。

「ニーニアちゃんの中にダイン君が入っちゃったときも、肉体じゃなかったけどダイン君とキスしちゃったのも聞いたし…」

「え、あいつ覚えてたのか!?」

またビックリしてしまった。

今日に至るまでニーニアからそれらしい素振りは無かったはずなのに、見事に騙されていたのだろうか。

「あ、で、でもこれ、ほんとはダイン君にいっちゃ駄目なやつだから、本人には話さないでね? すごく恥ずかしがっちゃうと思うから」

「あ、そ、そう、だな…」

「だから…その…わ、私、とも…どうかなぁって…」

エネルギー補給の話はどこへやら、シンシアは急に慌てだす。「あ、で、でも、無理しなくていいよ? ヴァンプ族のキスがどういったものか私も知ってるつもりだし、ニーニアちゃんの場合もティエリア先輩の場合も、ダイン君の意思じゃなかったわけだから…」

強制したくなかったのだろう。

「えっと…べ、別の要求がいいよね! じゃあ、その…え〜と…」

一人であたふたしている彼女に、

「シンシア」

ダインが声をかけた。

「ふえ?」

思わず顔を上げたシンシア。

そのすぐ目の前に、ダインの顔があった。

「え」

何が起こっているか分かってない彼女に、ダインはさらに抱き寄せて顔を近づけ…、

唇に柔らかいものが当たり、そこでシンシアの目が大きく見開かれた。

ダインはすぐに離れるが、照れ笑いを浮べる彼はシンシアと同じぐらい真っ赤だ。

「えと…こ、こういうので、いいんだよな?」

指で頬をかきながら、彼はまた笑う。「俺もこんなこと初めてでさ…」

何をされたか分からなかったシンシアだが、徐々に理解できてきたのか、体が震え始め…、

「…ふやぁ…」

力の抜けたような声と共に、その目が閉じられ動かなくなった。

「あ、あれ? ど、どうした?」

まさかそんな反応が返ってくると思わなかったダインは、小さくシンシアの体を揺すってみる。

しかし彼女が起きる気配はない。どうやら気を失ってしまったらしい。

自分も極度に緊張していたので分からなかったのだが、キスをした拍子に吸魔をしてしまったのだろう。

体の中に感じるシンシアの聖力から考えて、気絶するほどの量をあの一瞬で吸い取ってしまったらしい。

「わ、悪い、シンシア…え〜と…」

どうしようかと考えているところで、突然部屋のドアが勢いよく開かれた。

「警察だ!」

そういってぞろぞろと人がなだれ込んでくる。

「“二人きりになりすぎ罪”により逮捕する!」

訳の分からないことを言ってきたのはディエルで、後ろにいたルシラが「そーだそーだ!」、と拳を振り上げている。

「そ、そんな引っ付き合って、あなたたち何してるのよ!」

ラフィンまで部屋に乗り込んできたが、ダインの上で完全に気を失っているシンシアを見て、彼女のみならず全員の動きが固まった。

「え…ほ、ほんとに何をしてるの?」

「あ、あーっとだな…」

どうやらキスした瞬間を見られたわけではないらしい。

ホッとするダインだが、この状況自体、非常にマズいことは分かる。

「エロね! エロいことしてたのね!」

案の定ディエルが騒ぎ出した。

「えろってなにー?」

ルシラがまた興味を持ち始め、部屋が一気に騒がしくなる。

そんな中でもシンシアが目を覚ます気配は無く、深夜を過ぎてもダインは説明に難儀していた。

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